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ありがとうございます!
ありがとうございます。
大変分かりやすい説明で勉強になりました。ありがとうございました。
小学校の運動会で、直実節という曲を踊りました。その頃は、こんなイカサナイ曲を踊るってダサい、と思っていましたが、歳を重ね子供を育ててみると、年々熊谷直実の気持ちが理解出来るようになりました。現在の小学校の運動会では、流行歌が多いようですが、日本人としての、歴史と伝統を伝えて行って欲しいです。左傾化した日本の教育を憂いています。
すばらしい!いろんな方の「敦盛の最期」の解説を聞かせていただきましたが、最もよく分かりました。また、勉強にもなりました。ありがとうございます。
熊谷直実は強いだけじゃなく情けも知る真の武人。
その後 熊谷は仏門に入り、法然の教えに傾斜したとの事本郷和人氏著書より
秩父に直実節という よく盆踊りで聞きました。敦盛もりっぱ 敦盛長生きして欲しかったです😢
敦盛の最期。名調子が良かったです♪♪〜
信長ファンでありながら、今まで敦盛の由来を知りませんでした。ああ~そーなんだー!!
我が故郷の武士、熊谷次郎直実を取り上げて頂き、ありがとうございます。今も、熊谷駅前に勇猛果敢な馬乗の姿が、銅像となっております。この戦いの後、出家し敦盛を永年弔った生き方に、小さい頃から感心した事を思い出しました。人を殺める事の苦しさを体現した生き方ですね。
ドラマで出てこなさそうなので、思わず紹介してみましたwww
@@kashimashi_rekishi_ch さんありがとうございます。
素敵です!惚れ直しました!感動です。
ラン科の植物にアツモリソウとクマガイソウがあり、カサゴ科の魚にアツモリウオとクマガイウオがある.平敦盛と熊谷直実は自然界でも一対で語られているようです.
敦盛魚! そんなのがあるんだ~とググったら、あんまり美形ではなかったwww 素敵な情報ありがとうございます💖
@@kashimashi_rekishi_ch ご返答ありがとうございます😊名の由来、見た目が派手?だからだそうです.
お話も解説も大変すばらしいです。ますます歴史が好きになりました。
いつ聴いても勉強になります😊
ありがとうございました。一の谷の敦盛最期(平家物語)の完璧な解説、またそれを講談調で語られ、感動致しました。この一の谷は、現在は須磨浦公園となり、敦盛塚(胴塚)もあります。旅行で神戸に来られる時は、ぜひお立ち寄りください。
平家の史蹟はけっこう巡ってて、昔、敦盛塚にも手を合わせてきました💖
素晴らしい講義。ありがとうございました。❤❤
今日も大変、お勉強になりました。ラットさんと、く〜さんがいらっしゃらいのは、寂しいところもありましたが、きりゅうさんの話しを沢山、拝聴したいので沢山、upしててください。ところで甲斐源氏(八嶋さん)は、この頃、どうなってるんですか?
次回出てきそうですよね~。
確かに今日、八嶋さん、出てました。こんな事が本当に、この日本で実際にあった事なんですよね。何十年振りに大河を見ていますがこんなにも、描き方がおどろおどろしかったかな?毎回、見終わった後、いろんな感情が溢れてきて…主人公も、どんどん、変わってきて、恐ろしくて見ることが出来なくなるのではないかと心配です。その中で、みなさんの話しは、とても、心を穏やかにさせてくれます。毎日、動画をあげて欲しいです。宜しく、御願い致します。🙇🏻♂️
きりゅう先生カッコイイー。須磨寺の屏風絵や敦盛さま熊谷殿の絵に乗る声に惹き込まれ切なくなりました。こんな回もイイ!!!義仲さまは31歳敦盛さまは数えの17歳「あはれ、弓矢とる身ほど口惜しかりけるものはなし。武芸の家に生れずは、何とてかかる憂き目をばみるべき。情けなうも討ちたてまつるものかな」敵味方なしに戦とは無情なものですね(涙。)17歳の高貴な意識と潔さに震えます。しっかり生きろ私。はい。高貴な意識といえば、荒ぶる義経さまも約束は守ってた。直実さまの躊躇いと涙荒ぶる?!戦闘マシーンの如く射って斬ってな一側面をもつ坂東武者の深い愛情がよく見えて思い出した。時政パパーッ😭
聞いてるだけでウルっときてしまうお話ですね😭 いつも欠かさず観てます😊
昔 昔懐かしい青葉の笛って歌があります!家の父が歌ってくれたっけ。 国語の教科書にも載ってました。このお寺にも行って来ました
「青葉の笛」という歌を、(小三治師匠の落語の枕でw)聞き、改めてこちらの動画を再視聴、感動新たです。唱歌一つ理解するにも、教養って大事ですね。。。
熊谷は坂東平氏の中でも北条の親戚筋
我がご先祖様よ。。。時に勇ましく、時に優しく、時に奇想天外。
熊谷次郎直実は、ベンチャー企業から、大企業に変化する組織に合わなかった人。流鏑馬の場において、勇気ある武士に的持ちの役が回るが、そんな事やれるもんかよ!と怒りくるい、頼朝の静止を聞かずに熊谷領に帰ってしまう。また、法然の話しを聞きたいあまり、急いで会場に向かうも、鎧武者の姿のまま。初対面で不躾な振舞いを咎めらるなどの話しも。なんと言っても面白いのは、晩年に西から熊谷領に向かう際、仏に背を見せてはならないとし、馬を逆にのる!現代風に言えば、かなりDQN。。。しかし、人間味のある慈愛に満ちた人だからか、後世に美談をの残したのでしょう。
人間五十年♪敦盛だけに厚く盛ったお話ありがとうございました。。。楽しかったですー♪
地元の武将をこのように取り上げて頂けるのはとても嬉しいです😊熊谷では必ず小学校で直実節を踊らされるのと、駅前に銅像があるので知らない人はいません😂粗野な部分のエピソードもしかり、人間味のある人だったんだなぁって、つくづく思います😌鎌倉殿では畠山重忠が注目されていますが、熊谷直実も地元民には同じ比、知って欲しい人物でしたので、ご紹介頂き感激のあまりコメントしてしまいました😊来週の畠山重忠の乱も楽しみです😌これからも楽しく視聴されて頂きます✨😌✨有難うございます🙇
めっちゃ良いお声〜♥
いつも、分かりやすく解説して頂き、有難うございます😄 若干15.16の年齢であの、堂々たる態度😬流石は武門の生まれでもありますよね🤔須磨寺の首塚、一の谷の胴塚、はたまた高野山奥の院のお墓迄参りに行き、行ってないのは淡路島の煙島だけ?と言う敦盛ファンとしては、個人的には助かって欲しかったです。とは言うものの、平家の誇り、武門の生まれ故に、最後は……💦かも知れませんが😥 余談ですが、奥の院の敦盛さんのお墓の隣になんと、熊谷直実殿のお墓があったのにはびっくりしました😬💦
高野山、戦国武将の墓は何度も訪れたんですが、敦盛、直実のお墓もあったんですね!!
地元に敦盛の許嫁が落ち延びて平家再興を願った民謡がありましたわ…
一度生を享け、滅せぬもののあるべきか の歌詞も大好きです。美少年を打ち果たした熊谷直実に、内心激オコなきりゅうさん。
高校の古典で習った平家物語、好きでした。敦盛最期は「連銭葦毛なる馬に黄覆輪の鞍置いて」というところが好きです。
朗読も上手いんですね。新しい動画が上がるのを楽しみにしております。
敦盛塚には小学校で皆で行きました。以降、数年に一度は離宮公園を超えてウォーキングするコースになっています。立派な銅像が残っていますよ。
お疲れ様です。上手い。イマジネーションが湧きます。婆様も平家物語をはじめ、伝説や伝承が大好きでしたねぇ。歴史の本質は伝説や伝承に隠れている、とよく言ってました。
儚くて美しい物語ですね。幸若舞の謡ですか?上手ですね。
謡曲はちょっとかじっただけなので、「なんちゃって」です(汗)
いつも、楽しく勉強になります!ありがとうございます🙇♀️私の従兄弟に熊谷真実という女の子がいます。生まれの場所もちょっと何か縁を感じました!!
素敵な名前。
日本史の先生とかが、出席簿を読み上げるときにワクワクしそうなお名前ですね💖
恥ずかしながら織田信長の敦盛は、ここから来てるて最近知りました。
こんな凄い人がおられたのですね。歴史好きの友人にも、紹介しておきましたあ😊
なるほど、コレが敦盛の物語なのですね😃✨それにしても、きりゅうさん、いい声ですね☺️🎵敦盛の幸若は、「利家とまつ」で、信長を演じた反町隆史さんが何度か披露してましたね☺️✨
ただでさえ今年はしんどい大河なのに、こんな敦盛映像で出されたら立ち直れない(泣)きりゅうさんの講談がスゴ過ぎて、敦盛のイケメン顔が妄想ファンタジーで浮かんで来てしまう!こんな16歳現代に何人いるかしら?平たく生きてきてしまった😅この後は義高、義経、景時、重忠のイケメン組にチームパパ(頼朝、比企、時政)と退場ラッシュかぁ…。あっ、範頼さんと和田っちも(笑)巨人が負けてるペナントレースよりも1年見るの胃が痛い…。
なんか巷で義時が頼朝を殺すとかって噂が流れてて、そっちもドキドキです。
@@kashimashi_rekishi_ch 聞いた聞いた!やっぱり聞いてましたか!!義高の後から小栗義時は闇落ちするって予想もあるみたいですね…。これは金剛と八重ちゃんのためかなあ。でもハズれてほしい(泣)善児暗躍説もあるし、三谷さんに早く登録してもらわないと!!
ものの哀れですね。ありがとうございました😊
中学校だったか高校だったかの国語の教科書に載ってて習ったことを思い出します✏もう30年以上前ですが、今でも習ったりしてるんだろうか?
青葉の笛として小枝は飾られてますね
16にしてその覚悟見事!グサッ
大河大好きの父が私の愚弟に名付けたのですが、思いっきり名前負けしてしまいました😅
かっこいい!
ありがとうございます☺
こんな凄い人、というのは、この動画で語っておられる女性のことです💖
きりゅう先生、ナレーターとか声優とかもこなせそう。
げてんは下天ではなかったでしたっけ。
漢字はどっちもあるんですよね。
熊谷直実うちのご先祖様や
アニメの平家物語に敦盛最期のシーンがありましたがまだ若い敦盛の気高さが印象的で胸を打たれました。とても哀れで。熊谷直実のその後のこと、勉強になりました。知ったことで物語に厚みを感じることができました。ありがとうございます。(あと浴衣お似合いです!)
アニメ版の敦盛は直実相手に圧倒してましたね。
そうなんだ~!アニメ版の敦盛、観てみようかなあ…。
@@桃饅頭-q3i はじめから敦盛が、直実を圧倒して直実が斬られそうになると砂をぶっかけて形勢逆転。
@@pontarou01 闘いの中身がまさにアスリート平氏対ゲリラ源氏だったんだ😖私だったら呼ばれても難聴か幻聴聞こえてるフリして逃げちゃう😅
美しい敦盛でしたねえ…丁寧に描かれていてとても可哀想なシーンでした😢あれは一生後悔するわ💧
敦盛は武士らしく死ねたので満足だったと思います。戰場での命のやり取りはお互い恨みっこ無し。落ち武者狩りで死ぬのは本望では無いでしょうし。
平敦盛は、お歯黒をしてたと聞いたことありますが本当でしょうか?
当時の公家の男性はみなお歯黒に化粧をしていました。
鎌倉殿の13人では、敦盛や忠度の最期まではやらないだろうなと予想してはいたのですが、このようにきりゅう先生の名調子で聴けて嬉しいです。判官びいきという言葉がありますが、私は平家びいきかも知れないです。「青葉の笛」という歌、きりゅう先生もご存知でしょうか、悲しい曲ですよね・・・「一の谷の軍やぶれ討たれし平家の公達あわれ暁さむき須磨の嵐に聴こえしはこれか青葉の笛」(´;ω;`)須磨といえば源氏物語のイメージがありますけど(私は源氏物語を読もうと決意しても、いつも須磨返りでしたw)平家の悲しい物語の繰り広げられた地でもあるんですね。
「青葉の笛」は知りませんでした。情報ありがとうございます。
「青葉の笛」なんと明治39年に作られた曲だそうなので、さすがのきりゅう先生もご存知なかったですね、失礼致しました。私もNHKの名曲アルバムで知ったんです。お節介と知りつつ、貼っておきます。美しくも悲しいメロディで、歌詞も良いのでお時間ある時にとうぞ・・・ua-cam.com/video/8UShL2FwUNM/v-deo.html
5月1日のドラマでは、敦盛最期のシーンが出てくることを期待していますが、なにせ鵯越の逆落としもなかったし、名場面をカットし過ぎで面白くありません。期待していた篠原の戦いの斎藤実盛の最期、義仲との対面……やってほしかったな。
NHKで木曽義仲主演ドラマを是非やってもらいましょう!!
悲しいはなしですね ㅠㅠ
熊谷次郎直実。武芸を磨いてきた彼が、戦争のむなしさ、不条理さを知った瞬間です。諸行無常が大テーマの平家物語にぴったりのエピソード。人間は、じんかんですね。人間万事塞翁が馬も「じんかん」が正しいと思います。間違えてる人多いですね。
笛を嗜む無冠太夫、気高くも見目麗しい美少年を小汚い(知らんけど)オヤジが討ち取ったのです。万死に値する、とはまさにこの事。今も昔もイケメンは貴重な国の財。皆で守ろう、地球の資源。
保護活動に募金しますよ!!
いつも本当に勉強になります。山野草のアツモリ草とクマガイ草のことからこの話しがとても知りたかったので嬉しかったです。今まで読んだ中、聞いた中で一番わかりやすかったです。ありがとうございます。
そんな野草があるんですね! 勉強になります💖
名調子、お見事!まさに語りだけで情景が浮かんできます。この時代から連綿と受け継がれた武士の美学が自分の中にもあるはず・・・きっと(笑)
いよっ❗女講談師。お上手ですね~聞き惚れてしまいます🙋敦盛の話は日本人が何に心を揺さぶられるかというのが今も変わらないのがいいですね。鎌倉時代からの共通の価値観。RやCの国の人なら、サッサと首をはね、鎧も兜も装束も根こそぎ持っていって終わりでしょう。
どうしても民謡「直実ぶし」の印象が強い人物ですね。あと畠山重忠は「重忠節」で。
馬に関してご注進。芦毛は、生まれた時は黒鹿毛、鹿毛、栗毛です。成長とともに体毛が生え変わるに連れて白くなり、一般的な競馬で走っている時期(2~6歳)がちょうど灰色になる時期なのです。例えば、往年の名馬で現在は種牡馬のゴールドシップは芦毛ですが、生まれた時は「尾花栗毛(鬣と尻尾が白っぽいススキ色の栗毛)」だったので「ゴールド」シップと命名されたと言われています。なお、芦毛とは別に「白毛」という毛色があり、白毛馬は、生まれたときから体毛は白です。日本では桜花賞馬のソダシなどを輩出したシラユキヒメ一族が繁栄しています。
お詳しい!
ここで問題です、信長がいつも敦盛を舞っていたのは何故でしょう?
答えそれしか知らなかったから。
きりゅうさん、何でもできるんですね~😳反感買う事を覚悟で言いますが、敦盛は生意気なガキだなぁという印象しか持ちませんでした。それにしても8千年も寿命がある世界なんて疲れそう🙄半世紀くらいで良いんですよ。現代人は長生きし過ぎ。だから色々な問題も山積してくるんです。本筋から外れましたが、直実もそんなに泣いて出家しなくても良かったのになぁ。「平家物語」は平家贔屓に描かれてますからね。
いまの中学生くらいですから、まあ生意気盛りなんでしょうww
ありがとうございます!
ありがとうございます。
大変分かりやすい説明で勉強になりました。ありがとうございました。
小学校の運動会で、直実節という曲を踊りました。その頃は、こんなイカサナイ曲を踊るってダサい、と思っていましたが、歳を重ね子供を育ててみると、年々熊谷直実の気持ちが理解出来るようになりました。現在の小学校の運動会では、流行歌が多いようですが、日本人としての、歴史と伝統を伝えて行って欲しいです。左傾化した日本の教育を憂いています。
すばらしい!いろんな方の「敦盛の最期」の解説を聞かせていただきましたが、最もよく分かりました。また、勉強にもなりました。ありがとうございます。
熊谷直実は強いだけじゃなく情けも知る真の武人。
その後 熊谷は仏門に入り、法然の教えに傾斜したとの事
本郷和人氏著書より
秩父に直実節という よく盆踊りで聞きました。敦盛もりっぱ 敦盛長生きして欲しかったです😢
敦盛の最期。名調子が良かったです♪♪〜
信長ファンでありながら、今まで敦盛の由来を知りませんでした。ああ~そーなんだー!!
我が故郷の武士、熊谷次郎直実を取り上げて頂き、ありがとうございます。今も、熊谷駅前に勇猛果敢な馬乗の姿が、銅像となっております。この戦いの後、出家し敦盛を永年弔った生き方に、小さい頃から感心した事を思い出しました。人を殺める事の苦しさを体現した生き方ですね。
ドラマで出てこなさそうなので、思わず紹介してみましたwww
@@kashimashi_rekishi_ch さん
ありがとうございます。
素敵です!惚れ直しました!感動です。
ラン科の植物にアツモリソウとクマガイソウがあり、カサゴ科の魚にアツモリウオとクマガイウオがある.
平敦盛と熊谷直実は自然界でも一対で語られているようです.
敦盛魚! そんなのがあるんだ~とググったら、あんまり美形ではなかったwww 素敵な情報ありがとうございます💖
@@kashimashi_rekishi_ch ご返答ありがとうございます😊
名の由来、見た目が派手?だからだそうです.
お話も解説も大変すばらしいです。
ますます歴史が好きになりました。
いつ聴いても勉強になります😊
ありがとうございました。
一の谷の敦盛最期(平家物語)の完璧な解説、またそれを講談調で語られ、感動致しました。この一の谷は、現在は須磨浦公園となり、敦盛塚(胴塚)もあります。
旅行で神戸に来られる時は、ぜひお立ち寄りください。
平家の史蹟はけっこう巡ってて、昔、敦盛塚にも手を合わせてきました💖
素晴らしい講義。ありがとうございました。❤❤
今日も大変、お勉強になりました。
ラットさんと、く〜さんがいらっしゃらいのは、
寂しいところもありましたが、きりゅうさんの
話しを沢山、拝聴したいので沢山、upしててください。
ところで甲斐源氏(八嶋さん)は、この頃、どうなってるんですか?
次回出てきそうですよね~。
確かに今日、八嶋さん、出てました。
こんな事が本当に、この日本で実際に
あった事なんですよね。
何十年振りに大河を見ていますが
こんなにも、描き方がおどろおどろし
かったかな?
毎回、見終わった後、いろんな感情が
溢れてきて…
主人公も、どんどん、変わってきて、
恐ろしくて見ることが出来なくなるのでは
ないかと心配です。
その中で、みなさんの話しは、とても、
心を穏やかにさせてくれます。
毎日、動画をあげて欲しいです。
宜しく、御願い致します。🙇🏻♂️
きりゅう先生カッコイイー。
須磨寺の屏風絵や敦盛さま熊谷殿の絵に乗る声に惹き込まれ切なくなりました。
こんな回もイイ!!!
義仲さまは31歳
敦盛さまは数えの17歳
「あはれ、弓矢とる身ほど口惜しかりけるものはなし。武芸の家に生れずは、何とてかかる憂き目をばみるべき。情けなうも討ちたてまつるものかな」
敵味方なしに戦とは無情なものですね(涙。)
17歳の高貴な意識と潔さに震えます。
しっかり生きろ私。はい。
高貴な意識といえば、荒ぶる義経さまも約束は守ってた。
直実さまの躊躇いと涙
荒ぶる?!戦闘マシーンの如く射って斬ってな一側面をもつ坂東武者の深い愛情がよく見えて思い出した。
時政パパーッ😭
聞いてるだけでウルっときてしまうお話ですね😭
いつも欠かさず観てます😊
昔 昔懐かしい
青葉の笛って歌があります!
家の父が歌ってくれたっけ。
国語の教科書にも載ってました。
このお寺にも行って来ました
「青葉の笛」という歌を、(小三治師匠の落語の枕でw)聞き、改めてこちらの動画を再視聴、感動新たです。唱歌一つ理解するにも、教養って大事ですね。。。
熊谷は坂東平氏の中でも北条の親戚筋
我がご先祖様よ。。。
時に勇ましく、時に優しく、時に奇想天外。
熊谷次郎直実は、ベンチャー企業から、大企業に変化する組織に合わなかった人。
流鏑馬の場において、勇気ある武士に的持ちの役が回るが、そんな事やれるもんかよ!と怒りくるい、頼朝の静止を聞かずに熊谷領に帰ってしまう。
また、法然の話しを聞きたいあまり、急いで会場に向かうも、鎧武者の姿のまま。
初対面で不躾な振舞いを咎めらるなどの話しも。
なんと言っても面白いのは、晩年に西から熊谷領に向かう際、仏に背を見せてはならないとし、馬を逆にのる!
現代風に言えば、かなりDQN。。。
しかし、人間味のある慈愛に満ちた人だからか、後世に美談をの残したのでしょう。
人間五十年♪敦盛だけに厚く盛ったお話
ありがとうございました。。。楽しかったですー♪
地元の武将をこのように取り上げて頂けるのはとても嬉しいです😊
熊谷では必ず小学校で直実節を踊らされるのと、駅前に銅像があるので知らない人はいません😂粗野な部分のエピソードもしかり、人間味のある人だったんだなぁって、つくづく思います😌鎌倉殿では畠山重忠が注目されていますが、熊谷直実も地元民には同じ比、知って欲しい人物でしたので、ご紹介頂き感激のあまりコメントしてしまいました😊来週の畠山重忠の乱も楽しみです😌これからも楽しく視聴されて頂きます✨😌✨有難うございます🙇
めっちゃ良いお声〜♥
いつも、分かりやすく解説して頂き、有難うございます😄
若干15.16の年齢であの、堂々たる態度😬流石は武門の生まれでもありますよね🤔須磨寺の首塚、一の谷の胴塚、はたまた高野山奥の院のお墓迄参りに行き、行ってないのは淡路島の煙島だけ?と言う敦盛ファンとしては、個人的には助かって欲しかったです。とは言うものの、平家の誇り、武門の生まれ故に、最後は……💦かも知れませんが😥
余談ですが、奥の院の敦盛さんのお墓の隣になんと、熊谷直実殿のお墓があったのにはびっくりしました😬💦
高野山、戦国武将の墓は何度も訪れたんですが、敦盛、直実のお墓もあったんですね!!
地元に敦盛の許嫁が落ち延びて平家再興を願った民謡がありましたわ…
一度生を享け、滅せぬもののあるべきか の歌詞も大好きです。
美少年を打ち果たした熊谷直実に、内心激オコなきりゅうさん。
高校の古典で習った平家物語、好きでした。敦盛最期は「連銭葦毛なる馬に黄覆輪の鞍置いて」というところが好きです。
朗読も上手いんですね。新しい動画が上がるのを楽しみにしております。
敦盛塚には小学校で皆で行きました。以降、数年に一度は離宮公園を超えてウォーキングするコースになっています。立派な銅像が残っていますよ。
お疲れ様です。上手い。イマジネーションが湧きます。
婆様も平家物語をはじめ、伝説や伝承が大好きでしたねぇ。
歴史の本質は伝説や伝承に隠れている、とよく言ってました。
儚くて美しい物語ですね。
幸若舞の謡ですか?上手ですね。
謡曲はちょっとかじっただけなので、「なんちゃって」です(汗)
いつも、楽しく勉強になります!ありがとうございます🙇♀️私の従兄弟に熊谷真実という女の子がいます。生まれの場所もちょっと何か縁を感じました!!
素敵な名前。
日本史の先生とかが、出席簿を読み上げるときにワクワクしそうなお名前ですね💖
恥ずかしながら織田信長の敦盛は、ここから来てるて最近知りました。
こんな凄い人がおられたのですね。歴史好きの友人にも、紹介しておきましたあ😊
なるほど、コレが敦盛の物語なのですね😃✨
それにしても、きりゅうさん、いい声ですね☺️🎵
敦盛の幸若は、「利家とまつ」で、信長を演じた反町隆史さんが何度か披露してましたね☺️✨
ただでさえ今年はしんどい大河なのに、こんな敦盛映像で出されたら立ち直れない(泣)きりゅうさんの講談がスゴ過ぎて、敦盛のイケメン顔が妄想ファンタジーで浮かんで来てしまう!こんな16歳現代に何人いるかしら?平たく生きてきてしまった😅この後は義高、義経、景時、重忠のイケメン組にチームパパ(頼朝、比企、時政)と退場ラッシュかぁ…。あっ、範頼さんと和田っちも(笑)巨人が負けてるペナントレースよりも1年見るの胃が痛い…。
なんか巷で義時が頼朝を殺すとかって噂が流れてて、そっちもドキドキです。
@@kashimashi_rekishi_ch
聞いた聞いた!やっぱり聞いてましたか!!義高の後から小栗義時は闇落ちするって予想もあるみたいですね…。これは金剛と八重ちゃんのためかなあ。でもハズれてほしい(泣)善児暗躍説もあるし、三谷さんに早く登録してもらわないと!!
ものの哀れですね。ありがとうございました😊
中学校だったか高校だったかの国語の教科書に載ってて習ったことを思い出します✏もう30年以上前ですが、今でも習ったりしてるんだろうか?
青葉の笛として小枝は飾られてますね
16にしてその覚悟見事!グサッ
大河大好きの父が私の愚弟に名付けたのですが、思いっきり名前負けしてしまいました😅
かっこいい!
ありがとうございます☺
こんな凄い人、というのは、この動画で語っておられる女性のことです💖
きりゅう先生、ナレーターとか声優とかもこなせそう。
げてんは下天ではなかったでしたっけ。
漢字はどっちもあるんですよね。
熊谷直実うちのご先祖様や
アニメの平家物語に敦盛最期のシーンがありましたがまだ若い敦盛の気高さが印象的で胸を打たれました。とても哀れで。
熊谷直実のその後のこと、勉強になりました。
知ったことで物語に厚みを感じることができました。
ありがとうございます。
(あと浴衣お似合いです!)
アニメ版の敦盛は直実相手に圧倒してましたね。
そうなんだ~!
アニメ版の敦盛、観てみようかなあ…。
@@桃饅頭-q3i
はじめから敦盛が、直実を圧倒して直実が斬られそうになると砂をぶっかけて形勢逆転。
@@pontarou01
闘いの中身がまさにアスリート平氏対ゲリラ源氏だったんだ😖
私だったら呼ばれても難聴か幻聴聞こえてるフリして逃げちゃう😅
美しい敦盛でしたねえ…丁寧に描かれていてとても可哀想なシーンでした😢あれは一生後悔するわ💧
敦盛は武士らしく死ねたので満足だったと思います。
戰場での命のやり取りはお互い恨みっこ無し。
落ち武者狩りで死ぬのは本望では無いでしょうし。
平敦盛は、お歯黒をしてたと聞いたことありますが本当でしょうか?
当時の公家の男性はみなお歯黒に化粧をしていました。
鎌倉殿の13人では、敦盛や忠度の最期まではやらないだろうなと予想してはいたのですが、このようにきりゅう先生の名調子で聴けて嬉しいです。
判官びいきという言葉がありますが、私は平家びいきかも知れないです。
「青葉の笛」という歌、きりゅう先生もご存知でしょうか、悲しい曲ですよね・・・
「一の谷の軍やぶれ
討たれし平家の公達あわれ
暁さむき須磨の嵐に
聴こえしはこれか
青葉の笛」
(´;ω;`)
須磨といえば源氏物語のイメージがありますけど(私は源氏物語を読もうと決意しても、いつも須磨返りでしたw)平家の悲しい物語の繰り広げられた地でもあるんですね。
「青葉の笛」は知りませんでした。情報ありがとうございます。
「青葉の笛」なんと明治39年に作られた曲だそうなので、さすがのきりゅう先生もご存知なかったですね、失礼致しました。私もNHKの名曲アルバムで知ったんです。
お節介と知りつつ、貼っておきます。美しくも悲しいメロディで、歌詞も良いのでお時間ある時にとうぞ・・・
ua-cam.com/video/8UShL2FwUNM/v-deo.html
5月1日のドラマでは、敦盛最期のシーンが出てくることを期待していますが、なにせ鵯越の逆落としもなかったし、名場面をカットし過ぎで面白くありません。
期待していた篠原の戦いの斎藤実盛の最期、義仲との対面……やってほしかったな。
NHKで木曽義仲主演ドラマを是非やってもらいましょう!!
悲しいはなしですね ㅠㅠ
熊谷次郎直実。武芸を磨いてきた彼が、戦争のむなしさ、不条理さを知った瞬間です。諸行無常が大テーマの平家物語にぴったりのエピソード。
人間は、じんかんですね。人間万事塞翁が馬も「じんかん」が正しいと思います。間違えてる人多いですね。
笛を嗜む無冠太夫、気高くも見目麗しい美少年を小汚い(知らんけど)オヤジが討ち取ったのです。
万死に値する、とはまさにこの事。
今も昔もイケメンは貴重な国の財。
皆で守ろう、地球の資源。
保護活動に募金しますよ!!
いつも本当に勉強になります。山野草のアツモリ草とクマガイ草のことからこの話しがとても知りたかったので嬉しかったです。今まで読んだ中、聞いた中で一番わかりやすかったです。ありがとうございます。
そんな野草があるんですね! 勉強になります💖
名調子、お見事!まさに語りだけで情景が浮かんできます。この時代から連綿と受け継がれた武士の美学が自分の中にもあるはず・・・きっと(笑)
いよっ❗女講談師。
お上手ですね~聞き惚れてしまいます🙋
敦盛の話は日本人が何に心を揺さぶられるかというのが今も変わらないのがいいですね。鎌倉時代からの共通の価値観。
RやCの国の人なら、サッサと首をはね、鎧も兜も装束も根こそぎ持っていって終わりでしょう。
どうしても民謡「直実ぶし」の印象が強い人物ですね。
あと畠山重忠は「重忠節」で。
馬に関してご注進。
芦毛は、生まれた時は黒鹿毛、鹿毛、栗毛です。成長とともに体毛が生え変わるに連れて白くなり、一般的な競馬で走っている時期(2~6歳)がちょうど灰色になる時期なのです。例えば、往年の名馬で現在は種牡馬のゴールドシップは芦毛ですが、生まれた時は「尾花栗毛(鬣と尻尾が白っぽいススキ色の栗毛)」だったので「ゴールド」シップと命名されたと言われています。
なお、芦毛とは別に「白毛」という毛色があり、白毛馬は、生まれたときから体毛は白です。日本では桜花賞馬のソダシなどを輩出したシラユキヒメ一族が繁栄しています。
お詳しい!
ここで問題です、信長がいつも敦盛を舞っていたのは何故でしょう?
答え
それしか知らなかったから。
きりゅうさん、何でもできるんですね~😳
反感買う事を覚悟で言いますが、敦盛は生意気なガキだなぁという印象しか持ちませんでした。
それにしても8千年も寿命がある世界なんて疲れそう🙄半世紀くらいで良いんですよ。現代人は長生きし過ぎ。だから色々な問題も山積してくるんです。
本筋から外れましたが、直実もそんなに泣いて出家しなくても良かったのになぁ。
「平家物語」は平家贔屓に描かれてますからね。
いまの中学生くらいですから、まあ生意気盛りなんでしょうww