Розмір відео: 1280 X 720853 X 480640 X 360
Показувати елементи керування програвачем
Автоматичне відтворення
Автоповтор
そもそも人間が評価する時点で不平等になりがちなのでaiにさせたらどうかな?
チームメンバーとしてうまくやるということは何かやっているように見せて何もやらないということです。結局、媚びへつらうことがサラリーマンの出世です。出世すると何が良いか?給料が増えて豊かな生活ができるということ、優越感を感じることができるということが出世ということになります。それを人生の目的とする人は徹底的に媚びへつらいましょう。一度の人生をそんな風に使いたくない人はサラリーマンになるのはやめましょう。
評価する時が一番楽しいと言っていた人がわたしを排除しました。昔の同僚が出世して、かなりショックを受けています。配属先が仕事のない部署で。
人事評価は公平であるべきですが、一方で公平でないほうがいいと思っている立場の人もいると思っています。よく会社のリーダー以上に会社は大きくならないといわれます。その理由は会社のリーダーは自分の都合がいい人を部下にしたほうが都合がいいからです。そのためには人事評価が公平である必要はないです。公平に評価したら自分の扱いやすい部下が自分の部下にならないおろか、場合によっては自分の立場を危うくさせます。そういうことをその上司は望むでしょうか。所詮人事評価は主観的なものであり、上司によって昇進することもあれば左遷されることもある。それはあなたが無能とか努力が足りないのではなく、上司にとって都合がいいかどうかだけです。あなたができることは2つ。上司にとって都合がいい部下になるか、自分を貫くか。それだけです。会社を守る人事としては、それだと会社の存続に困る事態が発生するので、リーダーシップや公平な評価を求めているだけにすぎません。そのリスクがなければ人事評価なんてどうだっていいと思っている。だから形式的な人事評価制度になっているんです。
「評価のプロセスが上層部に真剣に受け止められている」と言う部分が最大の嘘ですね。評価をするスキルもないのにヘラヘラ笑いながら他人の人生の価値を決める。そもそもこれがおかしいので、頑張ったかどうかを評価するという尺度はもう捨てるべき。成果ではなく、中途のオファー額と同じく、対象の人物のスキルに対する期待値だけで良い(実質これがジョブ型の評価なのに、旧型人事はこれを認めない)人事評価はもっとシンプルにできるし、お高い給料をもらっている上層部の時間を期末に拘束する事もなくなる。原資の問題は集まってきた元データを元に調整すれば良く、人材投資に積極的であれば天井を超えて支給、厳しければ整理と言うジャッジが可能。
はっきりいって、評価なんてなくていいと思う評価なんてものがあるから、自分だけが良ければ良いと言う考えが生まれ、みんなで協力しなくなる情報も共有されず、個人プレイになるそもそも、評価自体が9割の人にとってはアンフェアなものなんだから、なくていい
最近、人事は、公的な組織でないなら、公平性を保つ必要もなく、経営者の好き嫌いで決めれば良いと言うことに気がつきました。経営者の好きな人って、業績や成果を上げる人や、経営者の思い通り動いてくれる人、経営者と考え方の共通項が多く、相性が良い人などですから。自身の待遇や職場や上司に不満があるなら、自分の境遇を嘆くより、さっさと転職して、自分を評価してくれる企業に行った方が良いのではないですか?
私も20年超サラリーマンをして、同じ結論に達しました。人事考課の結果、この給与になりましたと当人に伝えても、それ以上の給与を支払う転職先があれば転職するわけで、公正かどうかなどまったく意味がないです。
個人評価のみの人事制度に違和感を感じました。日本固有の道徳観である、無私による他者の配慮だと思います。無私による他者への配慮をする方が少なくなってしまいました。戦前では、学校教育で習っていました。現代では、自己の利益を追求するために、他者へ配慮する、または配慮するフリをする(自己の周りの人達を利用する)方が、多くなってしまいました。なので、最近は「あざとい」という言葉が横行しているのだと思います。私の経験ですと、買収して1年の子会社(海外営業部)に出向になりました。買収される前のこの会社の人事評価は、個人評価のみで、部門評価(チーム評価)はありませんでした。個人評価のみなので、自分さえ良ければ良いのです。この雰囲気に違和感を感じました。国内営業も同様の雰囲気でした。まさに、自己の利益(出世)の追求のために、他者に配慮する、または配慮するフリをする(自分の周りの人達を利用する)方が多く見られました。個人評価のみの制度は、外資系企業が良く採用する制度です。国内企業でも、この制度を採用する会社がありますが、日本人としてのビジネスの考え方、道徳観があれば、個人評価だけにはならないと思います。グローバリズムの考え方、道徳観よりは、ナショナリズム(日本人としての共同体意識)の考え方、道徳観の方が良いのではと思いました。
🌱🙄💙🌾
そもそも人間が評価する時点で不平等になりがちなのでaiにさせたらどうかな?
チームメンバーとしてうまくやるということは何かやっているように見せて何もやらないということです。結局、媚びへつらうことがサラリーマンの出世です。出世すると何が良いか?給料が増えて豊かな生活ができるということ、優越感を感じることができるということが出世ということになります。それを人生の目的とする人は徹底的に媚びへつらいましょう。一度の人生をそんな風に使いたくない人はサラリーマンになるのはやめましょう。
評価する時が一番楽しいと言っていた人がわたしを排除しました。昔の同僚が出世して、かなりショックを受けています。
配属先が仕事のない部署で。
人事評価は公平であるべきですが、一方で公平でないほうがいいと思っている立場の人もいると思っています。
よく会社のリーダー以上に会社は大きくならないといわれます。その理由は会社のリーダーは自分の都合がいい人を部下にしたほうが都合がいいからです。そのためには人事評価が公平である必要はないです。公平に評価したら自分の扱いやすい部下が自分の部下にならないおろか、場合によっては自分の立場を危うくさせます。そういうことをその上司は望むでしょうか。
所詮人事評価は主観的なものであり、上司によって昇進することもあれば左遷されることもある。それはあなたが無能とか努力が足りないのではなく、上司にとって都合がいいかどうかだけです。あなたができることは2つ。上司にとって都合がいい部下になるか、自分を貫くか。それだけです。
会社を守る人事としては、それだと会社の存続に困る事態が発生するので、リーダーシップや公平な評価を求めているだけにすぎません。そのリスクがなければ人事評価なんてどうだっていいと思っている。だから形式的な人事評価制度になっているんです。
「評価のプロセスが上層部に真剣に受け止められている」と言う部分が最大の嘘ですね。評価をするスキルもないのにヘラヘラ笑いながら他人の人生の価値を決める。
そもそもこれがおかしいので、頑張ったかどうかを評価するという尺度はもう捨てるべき。
成果ではなく、中途のオファー額と同じく、対象の人物のスキルに対する期待値だけで良い(実質これがジョブ型の評価なのに、旧型人事はこれを認めない)
人事評価はもっとシンプルにできるし、お高い給料をもらっている上層部の時間を期末に拘束する事もなくなる。
原資の問題は集まってきた元データを元に調整すれば良く、人材投資に積極的であれば天井を超えて支給、厳しければ整理と言うジャッジが可能。
はっきりいって、評価なんてなくていいと思う
評価なんてものがあるから、自分だけが良ければ良いと言う考えが生まれ、みんなで協力しなくなる
情報も共有されず、個人プレイになる
そもそも、評価自体が9割の人にとってはアンフェアなものなんだから、なくていい
最近、人事は、公的な組織でないなら、公平性を保つ必要もなく、経営者の好き嫌いで決めれば良いと言うことに気がつきました。
経営者の好きな人って、業績や成果を上げる人や、経営者の思い通り動いてくれる人、経営者と考え方の共通項が多く、相性が良い人などですから。
自身の待遇や職場や上司に不満があるなら、自分の境遇を嘆くより、さっさと転職して、自分を評価してくれる企業に行った方が良いのではないですか?
私も20年超サラリーマンをして、同じ結論に達しました。人事考課の結果、この給与になりましたと当人に伝えても、それ以上の給与を支払う転職先があれば転職するわけで、公正かどうかなどまったく意味がないです。
個人評価のみの人事制度に違和感を感じました。
日本固有の道徳観である、無私による他者の配慮だと思います。無私による他者への配慮をする方が少なくなってしまいました。戦前では、学校教育で習っていました。現代では、自己の利益を追求するために、他者へ配慮する、または配慮するフリをする(自己の周りの人達を利用する)方が、多くなってしまいました。なので、最近は「あざとい」という言葉が横行しているのだと思います。
私の経験ですと、買収して1年の子会社(海外営業部)に出向になりました。買収される前のこの会社の人事評価は、個人評価のみで、部門評価(チーム評価)はありませんでした。個人評価のみなので、自分さえ良ければ良いのです。この雰囲気に違和感を感じました。国内営業も同様の雰囲気でした。まさに、自己の利益(出世)の追求のために、他者に配慮する、または配慮するフリをする(自分の周りの人達を利用する)方が多く見られました。
個人評価のみの制度は、外資系企業が良く採用する制度です。国内企業でも、この制度を採用する会社がありますが、日本人としてのビジネスの考え方、道徳観があれば、個人評価だけにはならないと思います。
グローバリズムの考え方、道徳観よりは、ナショナリズム(日本人としての共同体意識)の考え方、道徳観の方が良いのではと思いました。
🌱🙄💙🌾