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ホント後醍醐天皇は自分が起こした戦乱の中での、下の苦労とか大変な現状を無視して強引に話を進める・・・。
逃げ上手の若君見た後だと余計に分かりやすい!
上奏文は天晴れですね美しき高貴な武人✨
上杉とか今川とか後の戦国時代の後期に、中心になる一族の人達が続々と表れてその辺が分かると南北朝時代は楽しい。
まじで楽しみにしてました!今日もありがとうございます🥺
昭和28年小学校に入る1年前に半年ほど、三重県一志郡美杉村という草深い所に住んだことがある。1日1往復のバスは朝に出て夜に帰り、運転手は日中の間、久居市内で運行していた。土田舎だったが北畠神社という立派な神社があって、北畠氏の居城であった霞山城の麓にあった北畠氏の館跡であったと記憶している。だから北畠親房.顕家の名はこのときから頭に焼き付いている。
堺出身なのですが、「堺かるた」の「あ」の札は、顕家の 悲壮な戦死 石津川でした阪堺線の石津電停から西へ行き、紀州街道に出て南へ橋を渡ったところに戦死の地の碑はありますね
堺かるた、懐かしい(^^)そうそう、あ、が顕家でした。
へえー!『堺かるた』っていうのがあるんですか?仁徳天皇稜や、豊臣秀吉なんかも出て来ますか?面白そうなので、ググってみます😄
太閤さんはなかったと思います(だいぶん記憶のかなたなので違ってたらごめんなさい)信長関連はあったかな。信長の名前は出ないけど。でも太閤さんではないけど利休はありました。「納屋衆の 利休は茶聖と あおがれる」仁徳陵はあります。「世界一 広い大きな 大仙陵」
@@hyouehyoueさま堺市立図書館のHPで、全部の札が公開されてますよちなみに堺かるたに大きく関わってるのが、はとぶえ会小学生の詩や書道等を発表している雑誌です創設者の別所やそじ先生は、小1の時の校長先生でした2年の時に高倉台小学校に転勤なされましたがwww.lib-sakai.jp/yuduriha/sakaiCarta.htm
@@hiromuta1さま ありがとうございます(^^)確認して見ますね
この動画の内容が共通テストに出ますように!!🙏🙏このチャンネルで学んだことを携えて本番行ってきます。
活動期のほとんどが未成年なのに、秀吉を超える進撃速度で本州を略奪して横断したり、尊氏と鬼ごっこしたり異常なことやってるよねw
おもしろい。北畠が東海道で略奪行軍したのを描いていてありがたい。まっとうながらも善悪判断できないところも彼らしく、ものすごく頭のいい若者だったのがよく描けていますね。一般的でないお話をまた聞かせてください。
青野ヶ原の戦いはまだ冬の寒い時期であり、特にこの年の寒さは厳しかったとも言われてます。戦いによる多くの負傷者を抱えた状態で、新田義貞が居る北陸へ雪の積もる山道を越えて行くのは現実的な選択肢ではないと思います。
でも合流してたら面白そうだった
この頃は10代から二十歳になるやならずで戦場で戦ってたたんですねぇ。特攻で散っていった若者たちと重なって胸が痛くなります。北畠顕家は逃げ若で知ってファンになりました❤
上奏文は知らなかったです。建武の親政の実態がよく分かりますね。二条河原の落書より、政権寄りゆえに重い一言ですね。
声は年齢高めの人は今くらいがぴったり。とても分かりやすいです。でも自分のいいと思う感じが一番でしょう。そのほうが自然です。
鎌倉から京を経て九州へ兵士を連れて移動してから京に上ってきたり、京都から東北行って戻ってきたり、戦国時代でも江戸時代でも現代でも兵站大変なのになんで14世紀にできたのか?
すべて略奪し、行軍で脱落する以上の徴兵という名の拉致をしながら進むから、兵站もクソもない、戦国時代だと逆にできない、もちろん太平記の誇張もあるが
北畠顕家は日本史史上最大のモンスターだと思う
最大かどうかは… とにかくスターの1人ですね😄
@ホークちゃん2号 取り上げられない??太平記は読み物としても、今も昔も人気あるし、大河ドラマにもなったし、鎌倉幕府と北条氏の滅亡、楠木正成や新田義貞、足利尊氏、そして北畠顕家、後醍醐天皇、この時代は魅力的で人気ある人物も多いし、小中学校の歴史でも高校の日本史でも必ず学ぶし、取り上げられてないなんてことぜんぜんないですよね?本当に取り上げられていないのは、応仁の乱のあたりのこととか、道鏡と孝謙上皇の時代とか、昭和初期の、太平洋戦争開戦までのこととか、戦後のGHQと自民党の関係とかですよ。南北朝時代なんてむしろ、めちゃめちゃ取り上げられてる時代の方の部類ですよ😄
@ホークちゃん2号 さんそれって、SMAPと嵐とTOKIOと、どれが一番人気あるか?みたいな話で、どっちも人気者なのは間違いないですよ😄太平記の大まかな逸話、新田義貞が最初に鎌倉幕府を滅亡させて、北条氏が滅亡する場面、楠木正成や北畠顕家の活躍、後醍醐天皇と足利尊氏との軋轢と、一度負けた尊氏が、九州に一旦落ち延びてから捲土重来で復活を遂げることなどなど、日本史好きの人ならみんな知ってる、やはりとても人気ある時代ですよ😄一方、応仁の乱の詳細とかなんて、自分も含めてキチンと理解してない人が多いし、昭和初期の日本が太平洋戦争に向かう時代の詳しいことなんて、現代からも近いし、とても重要な時代なのに、詳しく知らない人がとても多い。どう考えても太平記や南北朝時代は、日本史の中ではかなり人気ある方の時代だと思います😄
@ホークちゃん2号 感情的にならないで、客観的に、事実についての話をしましょうよ😄太平記の時代は日本史の中でも人気があって、その逸話の数々は、日本史好きの人ならみんな知っているというのは事実であって、ぜんぜん私1人の個人的価値観とかじゃないですよ😄この時代をもっと注目して欲しいという貴方の思いは勿論いいと思うし、ぜんぜん反対はしてないですよ😄ただ南北朝の時代があまり取り上げられていないというのは事実ではない。南北朝の時代も、日本史の中でかなり人気がある時代の1つなのは間違いない。学校の歴史の授業でも必ず詳しく学ぶし、たくさんの作家がこの時代に関する小説や考察の本も書いている。南北朝時代と同じぐらい重要な時代や重要な事件でも、もっとぜんぜん注目されていなくて、その事件の詳細について、ほとんどの人が理解していないような時代もたくさんある。これも事実です。貴方が南北朝の時代が好きなのが自由なのと同じように、幕末や戦国時代、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康を好きな人が多いのも、全く自由なんです。自分の好きな時代を注目して欲しいっていう気持ちまでは全く自由だけど、見ず知らずの他人に対して「自分を見つめ直せ。」なんて、そこまでムキになってケンカ腰になったり、感情的になるようなことではないですよ😄
和製アレクサンダー
逃げ若、次回から石津の戦いだからどのような散り際になるのか気になる
アニメ化する漫画「逃げ上手の若君」でこの辺りがどう描かれるか楽しみ。
顕家が青野原から北ルートではなく南ルートを取ったのは、湊川の戦いの教訓があったからでは?新田と組んで戦場を共にするとロクなことがない、という教訓が。
顕家卿が好きで明日大阪の阿倍野神社に行くのですが、参拝する前に復習できてとても助かりました。
足利義詮はこの時幼少なので、斯波家長や上杉憲顕たちが補佐していました。北畠顕家軍と戦い斯波家長は戦死してしまいますが
先日再放送されている大河太平記で後藤久美子演じる北畠顕家が陣没してしまいましたキャスト発表時はいくら少年で花将軍と言われたといっても女優の後藤久美子に演じさせるということで否定的な意見が多かったようにも思えますが改めて見ると父親に会いに行ったときに見せたひ弱なところなどは彼女であれば出来なかった演技かもしれません最後に一喝したあと自害するシーンは顕家の無念さが伝わるようでした
ミスキャストとは思わなかったけど演技が・・・同じ太平記に出てた宮沢りえも最初は酷かったが、回を重ねるごとにどんどん上手になっていったけど、彼女は最後までそのままでしたね。男役ってことを割り引いても
@@zav09753 さん宮沢りえは、誰の役でしたっけ?確かに後藤久美子は美人なだけの、大根役者でしたね😅でもこの時の北畠顕家は、意外な配役で、確かに演技はダメでも、薄幸で不運な天才美少年という意味では、妙にハマってたような気がしました😄
演技は無理があったがそれを上回る華があったね、顕家のスター性がよく出ててた。
南北朝を学校で習った知識のみだと、新田や楠木は知っても、顕家卿の凄さを知る事はほぼ無いでしょう。南朝最強の武将(家柄は公家)だと思っています。しかし顕家や楠木といった南朝の主戦達を次々と倒した高兄弟は恐ろしい。というより、高兄弟がいたからこそ、尊氏方が勝ったのだろうなぁ。
顕家や楠木は南朝では?
ご指摘ありがとうございます。間違えました。訂正しておきます。
阿倍野神社に行ってきました。そして知りました。それでこのビデオも見させていただきました。有難う御座います。
何回やっても何回やっても足利が倒せない…
むしろ『何回勝っても何回勝っても足利尊氏が倒せない』
1991年大河の北畠顕家は、後藤久美子が演じてたなあ。懐かしい
足利尊氏:真田広之楠木正成:武田鉄矢後醍醐天皇:片岡仁左衛門北条高時:片岡鶴太郎なかなか良い配役でした😊
随分と昔、岩手県遠野市の親父さんが、南部公が味方した北畠の旧跡をたどりたいと云うので、一緒に石津川の古戦場跡に行きました。
住吉出身です。北畠とかなつかしい〜😆
700歳くらいですか?
顕家と戦った斯波家永も17で死んでるんだよな。若いね
王手をかけたのにトドメを刺さない失態で敵に勝機の芽を与えてしまう痛恨いろんな世界で教訓にしなければならない名将
北畠顕家公は公家でありながら、足利尊氏を打ち破り、九州まで落とした人。もし後醍醐帝が顕家公を中心に軍団を編成していたら、吉野に落ちずに済んだのかも。つくづく惜しい方を亡くしたものだ。
新田義貞と合流しなかったことも、とても惜しいですね。
平安・南北朝・戦国時代色々な武将が頑張って日本を良くしていこうと戦い敗れ散っていった事を思うと自然と涙が出てきます。また国を思い皇族を思って戦ってくれた事にあらためた、感謝です。天皇系を慕う日本人はやはり最高です。
天皇家の内紛に武将や民草が巻き込まれて被害を延々と受け続けていたとも言えるのでは。
@@moromiti そうだな、諸悪の根源天皇制は廃止するに限る
北畠顕家が「建武の親政を批判した」のは初見でした。勉強になりました。
自分も初めて知りました。なんというか意外でした。後醍醐の追随者だと思っていたのですが、若いのに気骨があったのですね。
俺の曽祖父は北畠顕家を祀った霊山神社の宮司やっとった。
ありがとうございます。霊山に住んでいますが大変大変勉強になりました。霊山(りょうぜん)の名前はインドから来ていると言われております
文武両道の貴公子、二十歳やそこらで天皇に建白書出すとか凄すぎるでしょ
うーん、勉強になりました。太平記とかは好きで楠木正成とか新田義貞はよく知ってました。北畠さんは名前をちょっと聞いたくらいで、よく知りませんでした。前出の二人以外には、人士はいないって思ってましたが。まさか、ここまでの人物とは…。天下を取ってもおかしくない人物ですね!
ドラマで演じたのは後藤久美子当時の美人女優のトップクラスそんな人が討ち死にしちゃうのは儚かったな
大河ドラマですよね?ゴクミが演じてましたねーそれももう、30年近く前になりますかねー!「父上、私はもう疲れました。」というセリフがあったような記憶があります。
@@silversurfer512 父親の北畠親房は近藤正臣さん、最強の親子でした@_@www
ゴクミと宮沢りえの共演ドラマは他にないね、演技的に無理があったけどそれをはるかに上回る華があった
何が凄いって、ゴミ捨て場から史跡を救った地域住民の心意気だよ。て言うが最初から守れよって話だけど、事を成したのは、単純に凄いと思う。d(^_^o)
上奏文は現代にもかなり通じる内容ですね。
航空写真も巨椋池あるし、東大阪の深野池もある。素晴らしい。新淀川もなく中津川になってる。
犬獅子くん、カッコいい‼️
全然関係のない話しですが何故Google earthの画像に現在では存在しない巨椋池が写っているのでしょうか?
良くドラマ、歴史番組で馬上の顕家が刺されて討ち取られるシーンが、ありますが地元の石津では隠れていたのを地元の人間が敵方に場所を教えて討ち取られたと言われています、ちなみに場所を教えた人間の末裔の家を地元の石津の人間は知っています😅
わあ、そちらが史実っぽいですね。
鎌倉の留守任されてる足利義詮は相手が悪いのと、まだ8歳だったとはいえ将軍職継承前は戦に弱い印象がどうも拭えないな将軍職継承してからは、内政面や外交面でその穴埋めを後の江戸(徳川)幕府の2代目の徳川秀忠と同様にやり遂げているだけに
足利義詮は自分の墓を楠木正行の墓のそばに造らせた一件で、それなりの人物であったと思う。
美しく高貴な武人
好き
大阪シティバスで北畠ってバス停あるが関係あるのかな?
北畠顕家が戦死したことが阿倍野区北畠の地名の由来となっていますのでその地にあるから北畠という名前のバス停になったのだと思います
北畠顕家討死 1338年諌めし文(13)帝に(3)遺した花将軍(8)
情勢が変わったのは相馬家が小高城を奪還したこと
後藤久美子さんがやっていましたね
石田三成は高師直の言葉を知っていたか?
後藤久美子さん!>w<
太平記(大河劇),後藤久美子···········👍
話し方を変えましたか?文節の区切りが目立ち、ちょっとテンポが悪くなった気がします。
貴重なご意見ありがとうございます。「早口すぎてわからない」というコメントが一時期多かった為、最近は意識的にゆっくり話して反応を見ていたところでした。早ければ「ついていけない」と思う人がいて、遅ければ「テンポが悪い」と思う人がいるのは、予測はしていましたのでこれからも調整していくつもりです。話す速度の基準がひとつ知れましたので、すごく助かりました。ありがとうございました。
@@Y_Eschool 動画制作お疲れ様です。中先代の乱の信濃の御家人については紹介しないのですか...?
この頃関東に上杉顕定、長尾景仲、上杉定正、太田道灌そして足利成氏がいたら簡単には突破さなかったろう。
めちゃめちゃ南朝の武士たちは有能なのに上がゴミすぎる
モリヨシ親王?
僕の先祖です。
ホント後醍醐天皇は自分が起こした戦乱の中での、下の苦労とか大変な現状を無視して強引に話を進める・・・。
逃げ上手の若君見た後だと余計に分かりやすい!
上奏文は天晴れですね
美しき高貴な武人✨
上杉とか今川とか後の戦国時代の後期に、中心になる一族の人達が続々と表れて
その辺が分かると南北朝時代は楽しい。
まじで楽しみにしてました!今日もありがとうございます🥺
昭和28年小学校に入る1年前に半年ほど、三重県一志郡美杉村という草深い所に住んだことがある。
1日1往復のバスは朝に出て夜に帰り、運転手は日中の間、久居市内で運行していた。
土田舎だったが北畠神社という立派な神社があって、北畠氏の居城であった霞山城の
麓にあった北畠氏の館跡であったと記憶している。
だから北畠親房.顕家の名はこのときから頭に焼き付いている。
堺出身なのですが、「堺かるた」の「あ」の札は、
顕家の 悲壮な戦死 石津川
でした
阪堺線の石津電停から西へ行き、
紀州街道に出て南へ橋を渡ったところに戦死の地の碑はありますね
堺かるた、懐かしい(^^)
そうそう、あ、が顕家でした。
へえー!
『堺かるた』っていうのがあるんですか?
仁徳天皇稜や、豊臣秀吉なんかも出て来ますか?
面白そうなので、ググってみます😄
太閤さんはなかったと思います
(だいぶん記憶のかなたなので違ってたらごめんなさい)
信長関連はあったかな。信長の名前は出ないけど。
でも太閤さんではないけど利休はありました。
「納屋衆の 利休は茶聖と あおがれる」
仁徳陵はあります。
「世界一 広い大きな 大仙陵」
@@hyouehyoueさま
堺市立図書館のHPで、全部の札が公開されてますよ
ちなみに堺かるたに大きく関わってるのが、はとぶえ会
小学生の詩や書道等を発表している雑誌です
創設者の別所やそじ先生は、小1の時の校長先生でした
2年の時に高倉台小学校に転勤なされましたが
www.lib-sakai.jp/yuduriha/sakaiCarta.htm
@@hiromuta1さま
ありがとうございます(^^)確認して見ますね
この動画の内容が共通テストに出ますように!!🙏🙏
このチャンネルで学んだことを携えて本番行ってきます。
活動期のほとんどが未成年なのに、秀吉を超える進撃速度で本州を略奪して横断したり、
尊氏と鬼ごっこしたり異常なことやってるよねw
おもしろい。北畠が東海道で略奪行軍したのを描いていてありがたい。まっとうながらも善悪判断できないところも彼らしく、ものすごく頭のいい若者だったのがよく描けていますね。一般的でないお話をまた聞かせてください。
青野ヶ原の戦いはまだ冬の寒い時期であり、特にこの年の寒さは厳しかったとも言われてます。
戦いによる多くの負傷者を抱えた状態で、新田義貞が居る北陸へ雪の積もる山道を越えて行くのは現実的な選択肢ではないと思います。
でも合流してたら面白そうだった
この頃は10代から二十歳になるやならずで戦場で戦ってたたんですねぇ。特攻で散っていった若者たちと重なって胸が痛くなります。
北畠顕家は逃げ若で知ってファンになりました❤
上奏文は知らなかったです。建武の親政の実態がよく分かりますね。
二条河原の落書より、政権寄りゆえに重い一言ですね。
声は年齢高めの人は今くらいがぴったり。とても分かりやすいです。でも自分のいいと思う感じが一番でしょう。そのほうが自然です。
鎌倉から京を経て九州へ兵士を連れて移動してから京に上ってきたり、京都から東北行って戻ってきたり、戦国時代でも江戸時代でも現代でも兵站大変なのになんで14世紀にできたのか?
すべて略奪し、行軍で脱落する以上の徴兵という名の拉致をしながら進むから、兵站もクソもない、戦国時代だと逆にできない、もちろん太平記の誇張もあるが
北畠顕家は日本史史上最大のモンスターだと思う
最大かどうかは… とにかくスターの1人ですね😄
@ホークちゃん2号
取り上げられない??
太平記は読み物としても、今も昔も人気あるし、
大河ドラマにもなったし、
鎌倉幕府と北条氏の滅亡、楠木正成や新田義貞、足利尊氏、そして北畠顕家、後醍醐天皇、
この時代は魅力的で人気ある人物も多いし、小中学校の歴史でも高校の日本史でも必ず学ぶし、
取り上げられてないなんてことぜんぜんないですよね?
本当に取り上げられていないのは、
応仁の乱のあたりのこととか、道鏡と孝謙上皇の時代とか、
昭和初期の、太平洋戦争開戦までのこととか、
戦後のGHQと自民党の関係とかですよ。
南北朝時代なんてむしろ、めちゃめちゃ取り上げられてる時代の方の部類ですよ😄
@ホークちゃん2号 さん
それって、SMAPと嵐とTOKIOと、どれが一番人気あるか?みたいな話で、
どっちも人気者なのは間違いないですよ😄
太平記の大まかな逸話、新田義貞が最初に鎌倉幕府を滅亡させて、北条氏が滅亡する場面、
楠木正成や北畠顕家の活躍、
後醍醐天皇と足利尊氏との軋轢と、一度負けた尊氏が、九州に一旦落ち延びてから捲土重来で復活を遂げることなどなど、
日本史好きの人ならみんな知ってる、やはりとても人気ある時代ですよ😄
一方、応仁の乱の詳細とかなんて、自分も含めてキチンと理解してない人が多いし、
昭和初期の日本が太平洋戦争に向かう時代の詳しいことなんて、
現代からも近いし、とても重要な時代なのに、詳しく知らない人がとても多い。
どう考えても太平記や南北朝時代は、
日本史の中ではかなり人気ある方の時代だと思います😄
@ホークちゃん2号
感情的にならないで、客観的に、事実についての話をしましょうよ😄
太平記の時代は日本史の中でも人気があって、その逸話の数々は、日本史好きの人ならみんな知っているというのは事実であって、
ぜんぜん私1人の個人的価値観とかじゃないですよ😄
この時代をもっと注目して欲しいという貴方の思いは勿論いいと思うし、ぜんぜん反対はしてないですよ😄
ただ南北朝の時代があまり取り上げられていないというのは事実ではない。
南北朝の時代も、日本史の中でかなり人気がある時代の1つなのは間違いない。
学校の歴史の授業でも必ず詳しく学ぶし、
たくさんの作家がこの時代に関する小説や考察の本も書いている。
南北朝時代と同じぐらい重要な時代や重要な事件でも、もっとぜんぜん注目されていなくて、
その事件の詳細について、ほとんどの人が理解していないような時代もたくさんある。
これも事実です。
貴方が南北朝の時代が好きなのが自由なのと同じように、
幕末や戦国時代、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康を好きな人が多いのも、全く自由なんです。
自分の好きな時代を注目して欲しいっていう気持ちまでは全く自由だけど、
見ず知らずの他人に対して「自分を見つめ直せ。」なんて、
そこまでムキになってケンカ腰になったり、感情的になるようなことではないですよ😄
和製アレクサンダー
逃げ若、次回から石津の戦いだからどのような散り際になるのか気になる
アニメ化する漫画「逃げ上手の若君」でこの辺りがどう描かれるか楽しみ。
顕家が青野原から北ルートではなく南ルートを取ったのは、湊川の戦いの教訓があったからでは?新田と組んで戦場を共にするとロクなことがない、という教訓が。
顕家卿が好きで明日大阪の阿倍野神社に行くのですが、参拝する前に復習できてとても助かりました。
足利義詮はこの時幼少なので、斯波家長や上杉憲顕たちが補佐していました。北畠顕家軍と戦い斯波家長は戦死してしまいますが
先日再放送されている大河太平記で後藤久美子演じる北畠顕家が陣没してしまいました
キャスト発表時はいくら少年で花将軍と言われたといっても女優の後藤久美子に演じさせるということで否定的な意見が多かったようにも思えますが
改めて見ると父親に会いに行ったときに見せたひ弱なところなどは彼女であれば出来なかった演技かもしれません
最後に一喝したあと自害するシーンは顕家の無念さが伝わるようでした
ミスキャストとは思わなかったけど演技が・・・
同じ太平記に出てた宮沢りえも最初は酷かったが、回を重ねるごとにどんどん上手になっていったけど、
彼女は最後までそのままでしたね。
男役ってことを割り引いても
@@zav09753 さん
宮沢りえは、誰の役でしたっけ?
確かに後藤久美子は美人なだけの、大根役者でしたね😅
でもこの時の北畠顕家は、意外な配役で、
確かに演技はダメでも、薄幸で不運な天才美少年という意味では、妙にハマってたような気がしました😄
演技は無理があったがそれを上回る華があったね、顕家のスター性がよく出ててた。
南北朝を学校で習った知識のみだと、新田や楠木は知っても、顕家卿の凄さを知る事はほぼ無いでしょう。南朝最強の武将(家柄は公家)だと思っています。
しかし顕家や楠木といった南朝の主戦達を次々と倒した高兄弟は恐ろしい。というより、高兄弟がいたからこそ、尊氏方が勝ったのだろうなぁ。
顕家や楠木は南朝では?
ご指摘ありがとうございます。間違えました。訂正しておきます。
阿倍野神社に行ってきました。そして知りました。それでこのビデオも見させていただきました。有難う御座います。
何回やっても何回やっても足利が倒せない…
むしろ
『何回勝っても何回勝っても足利尊氏が倒せない』
1991年大河の北畠顕家は、後藤久美子が演じてたなあ。懐かしい
足利尊氏:真田広之
楠木正成:武田鉄矢
後醍醐天皇:片岡仁左衛門
北条高時:片岡鶴太郎
なかなか良い配役でした😊
随分と昔、岩手県遠野市の親父さんが、南部公が味方した北畠の旧跡をたどりたいと云うので、一緒に石津川の古戦場跡に行きました。
住吉出身です。北畠とかなつかしい〜😆
700歳くらいですか?
顕家と戦った斯波家永も17で死んでるんだよな。若いね
王手をかけたのにトドメを刺さない失態で敵に勝機の芽を与えてしまう痛恨
いろんな世界で教訓にしなければならない名将
北畠顕家公は公家でありながら、足利尊氏を打ち破り、九州まで落とした人。もし後醍醐帝が顕家公を中心に軍団を編成していたら、吉野に落ちずに済んだのかも。つくづく惜しい方を亡くしたものだ。
新田義貞と合流しなかったことも、とても惜しいですね。
平安・南北朝・戦国時代色々な武将が頑張って日本を良くしていこうと戦い敗れ散っていった事を思うと自然と涙が出てきます。また国を思い皇族を思って戦ってくれた事にあらためた、感謝です。天皇系を慕う日本人はやはり最高です。
天皇家の内紛に武将や民草が巻き込まれて被害を延々と受け続けていたとも言えるのでは。
@@moromiti そうだな、諸悪の根源天皇制は廃止するに限る
北畠顕家が「建武の親政を批判した」のは初見でした。勉強になりました。
自分も初めて知りました。
なんというか意外でした。
後醍醐の追随者だと思っていたのですが、若いのに気骨があったのですね。
俺の曽祖父は北畠顕家を祀った霊山神社の宮司やっとった。
ありがとうございます。霊山に住んでいますが大変大変勉強になりました。霊山(りょうぜん)の名前はインドから来ていると言われております
文武両道の貴公子、二十歳やそこらで天皇に建白書出すとか凄すぎるでしょ
うーん、勉強になりました。太平記とかは好きで楠木正成とか新田義貞はよく知ってました。北畠さんは名前をちょっと聞いたくらいで、よく知りませんでした。前出の二人以外には、人士はいないって思ってましたが。まさか、ここまでの人物とは…。天下を取ってもおかしくない人物ですね!
ドラマで演じたのは後藤久美子
当時の美人女優のトップクラス
そんな人が討ち死にしちゃうのは
儚かったな
大河ドラマですよね?
ゴクミが演じてましたねー
それももう、30年近く前になりますかねー!
「父上、私はもう疲れました。」というセリフがあったような記憶があります。
@@silversurfer512 父親の北畠親房は近藤正臣さん、最強の親子でした@_@www
ゴクミと宮沢りえの共演ドラマは他にないね、演技的に無理があったけどそれをはるかに上回る華があった
何が凄いって、
ゴミ捨て場から史跡を救った地域住民の心意気だよ。
て言うが最初から守れよって話だけど、
事を成したのは、単純に凄いと思う。
d(^_^o)
上奏文は現代にもかなり通じる内容ですね。
航空写真も巨椋池あるし、東大阪の深野池もある。素晴らしい。新淀川もなく中津川になってる。
犬獅子くん、カッコいい‼️
全然関係のない話しですが何故Google earthの画像に現在では存在しない巨椋池が写っているのでしょうか?
良くドラマ、歴史番組で馬上の顕家が刺されて討ち取られるシーンが、ありますが地元の石津では隠れていたのを地元の人間が敵方に場所を教えて討ち取られたと言われています、ちなみに場所を教えた人間の末裔の家を地元の石津の人間は知っています😅
わあ、そちらが史実っぽいですね。
鎌倉の留守任されてる足利義詮は相手が悪いのと、まだ8歳だったとはいえ将軍職継承前は戦に弱い印象がどうも拭えないな
将軍職継承してからは、内政面や外交面でその穴埋めを後の江戸(徳川)幕府の2代目の徳川秀忠と同様にやり遂げているだけに
足利義詮は自分の墓を楠木正行の墓のそばに造らせた一件で、それなりの人物であったと思う。
美しく高貴な武人
好き
大阪シティバスで北畠ってバス停あるが関係あるのかな?
北畠顕家が戦死したことが阿倍野区北畠の地名の由来となっていますので
その地にあるから北畠という名前のバス停になったのだと思います
北畠顕家討死 1338年
諌めし文(13)
帝に(3)遺した
花将軍(8)
情勢が変わったのは相馬家が小高城を奪還したこと
後藤久美子さんがやっていましたね
石田三成は高師直の言葉を知っていたか?
後藤久美子さん!>w<
太平記(大河劇),後藤久美子···········👍
話し方を変えましたか?文節の区切りが目立ち、ちょっとテンポが悪くなった気がします。
貴重なご意見ありがとうございます。
「早口すぎてわからない」というコメントが一時期多かった為、最近は意識的にゆっくり話して反応を見ていたところでした。
早ければ「ついていけない」と思う人がいて、遅ければ「テンポが悪い」と思う人がいるのは、予測はしていましたのでこれからも調整していくつもりです。
話す速度の基準がひとつ知れましたので、すごく助かりました。ありがとうございました。
@@Y_Eschool
動画制作お疲れ様です。
中先代の乱の信濃の御家人については紹介しないのですか...?
この頃関東に上杉顕定、長尾景仲、上杉定正、太田道灌そして足利成氏がいたら簡単には突破さなかったろう。
めちゃめちゃ南朝の武士たちは有能なのに上がゴミすぎる
モリヨシ親王?
僕の先祖です。