【諏訪大社2】上社をディープに深掘り!前宮は縄文から続く諏訪の奥宮?

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  • Опубліковано 29 гру 2024

КОМЕНТАРІ •

  • @きれっと
    @きれっと 4 місяці тому +1

    いつも動画配信ありがとうございます
    そもそも、武一族ってどこから来たのか謎ですねよね
    次回も楽しみにしております

  • @abarenbosyougun
    @abarenbosyougun 3 місяці тому

    逆だと思う。大祝が御社宮司社を拝み、その先に本宮があり、その先に前宮があるという、宮司(大祝)が住まう方向性だったんじゃないかなぁ?
    その逆の一直線上に例の御社が…
    私はレイラインにあまり意味を感じてないですが、歴史を考察する上でその関係性(方角)はとても数学のように美しいです。

  • @abarenbosyougun
    @abarenbosyougun 3 місяці тому

    なるほど。硯石から見たらそこが正面ですが、単純に本宮は前宮の拝殿のように感じました。
    今では前宮も一般人が入れる場所になってますが、諏訪氏が聖地としていた時代にそこには入れたのか?というと疑問で…
    実際に訪れ、諏訪信仰のレベルの高さからいうと硯石程度では磐座になりえないのではないかと感じる「諏訪大社」の規模ではありました。

  • @youchan-mo3nn
    @youchan-mo3nn 4 місяці тому

    江戸時代初期の絵図では今硯石のある場所には御炊殿(みかしきどの)があり、硯石は数十メートル左に描かれています。また、硯石は安政年間の石の柱で支えられており動かされたものである、と諏訪市教育委員会の上社遺跡発掘調査報告書に記載があります。よってこの石が信仰の対象というのは違うと思います。
    諏訪信仰についていろいろ読んで考えた自分の結論は、本宮は大祝家のご先祖様に対する祭祀の場であったと思っています。

  • @はこ-l9b
    @はこ-l9b 4 місяці тому

    守屋神社の鳥居の神額には、物部守屋神社って書いてましたよ。

  • @世界の変化
    @世界の変化 4 місяці тому

    雷ミカズチに出雲からタケミナカタ追われて気持ち悪いターミネーターかカンドロイドの超ロボット神の腕が剣になる天照の使いに閉じ込められた尊ですね

  • @世界の変化
    @世界の変化 4 місяці тому

    守屋山、ユダヤにもモリヤ山ありました。モーセがジェホバ神に石板に二枚に十戒書きユダヤの守るように与えた山
    諏訪にも渡来の人々が縄文から由来していたのでしょうね