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この動画ホント好き。自宅で一人飲みしてる時にめっちゃ見たくなる。何回でも見れる
コロナ禍で失業したモノです酒好きが昂じて都内のバーで再就職することになりました江戸の酒事情も現代に通じるものですね
再就職めでたいですね。都内はまだまだ大変そうなので身体に気を付けて頑張って下さい。🤗
コロナに負けるな!
いつも世相に配慮する台詞がある動画が、主さんの心意気を伝えてくれる。良い人だね。今回も面白かったです。
その時代の世相や庶民の生活の声が聞こえて来るようです。いつも興味深い話をありがとございます。更新楽しみにしてます。お酒で思いだすのはお酒や酔うことに寛容だったのか昼間から酒屋の店先の長椅子でじいちゃんが大笑いしながら呑んでいたりコントのように一升瓶を担いだおっさんが自転車でフラフラしていました。昭和40年代の頃です。
昔の日本酒は、今と違ってすごく濃い味に醸造して、それを水で割って販売していたそうです(税金が樽単位だった為)。酒を水で割ることを「玉をきかせる」と言ったそうで、下手なところだと水っぽくて人気が無かったそうです。醸造所、卸問屋、居酒屋と何回か「玉をきかせる」ので度数も下がっていて飲みやすかったそうです。「村醒め」と言って、飲んで村に帰りつく前に酔いが醒めてしまうというネタも聞いた事がありました。
そうそう。いまでいうとウイスキーの水割りのようなものですね。もともと日本人はお酒に強くないから、水割りで飲むのは合理的だったかもしれません。
今の日本酒も、醸造過程で「加水」といって水を足して調整していますね。未加水の原酒はアルコール度20%くらいで、加水で15%程度に調整しています。加水によって角が取れて飲みやすくなるそうです。それを店先でやっていたんですね。
@@Vantelin. 最も佳い酒が如水、水の如しと言われるのも納得ですね
ネタ(落語)と言えば、少し水っぽい酒をさらに薄め呑んでたら、酒っぽい水になった。ってのを思い出した🤣🤣
古代ギリシャでもワインを大きな水瓶の半分目ぐらい入れてそこに水を足してなみなみにしたのをすくって飲んでたらしいし、世界中で似たような事あったんだろうなぁ
身近なものに歴史を感じるようになるこの瞬間好き
16:57 ここからの実際に当時の居酒屋の様子を再現するパートほんと好き古き江戸の文化に思いを馳せながら今日も私は酒を嗜むのです
今日も一杯やるンゴwなんか、BGMもピッタリしてて、江戸庶民の「ささやかな楽しみ感」が…なんか郷愁といいますか哀愁といいますか…そんな感じに。よぉ!てっつぁん!
鬼平かな?
@@ジャックフロスト-d2z 殿>ちょうど再放送してたんでw
やですよ、おじさん。長谷川様に向かって、、。
呑めませんが、こう言う動画を見ると、呑めるのは良いなと思います。
居酒屋や立ち飲みが出来る酒屋など今の飲食店形態の基本ができたのが江戸時代。江戸の酒造りが盛んになったのが米の値段を調整するために酒を造らせようという工夫だったり調べるほどに面白い事情がありますね。
けお
実際にお店で呑んだみたいにやってくれるの好き
後半の小芝居がとても良かった!時代劇の一コマが脳内再生されました。
所以終日酔こういう日常についての歴史解説も素敵zeroさんの時もteraさんの時も過去解説がふっと現在につながっていく、素肌で江戸を感じられるのがいい
学校の授業での江戸時代は退屈以外の何者でもなかったが、この動画はとても楽しく観れるね
何故か定期的に見に来てしまいます。そして、ゆっくり日本酒が呑みたくなる。で、酒の肴に何を作るかを昼間っから考える楽しみで一日が暮れる幸せ。(強くないくせに)最初は嫌だった在宅ワークが、結構いいじゃんと思い始めた今日この頃。
呑みながら観た…👍👍👍
今回も新しく色んなことがわかって、とても楽しかったです!
めちゃくちゃ面白かったです!江戸時代にタイムスリップしたい!居酒屋の火を消してはなりません!
子供の頃、初めて杉玉観た時に…「なんで、スズメバチの巣を放置してるんや?」…と思った。
10:18ぐらいから酒造に関する規制と緩和は米の生産量に対応した「いたちごっこ」という表現をされていますが実際には金融政策的な意味合いを持っていました。江戸時代は税を米で納める米本位制ともいうべき経済構造をとっていましたから凶作で米が採れないと税収が減るだけでなく、豊作で米価が安くなっても税収が減りました。それで、市場に出回る米の量を調節して米価を安定させるための手段として酒造の規制と解禁が行われていたのです。
酒飲みながら見させていただきました!楽しかったです😆
BGMというか音というか、台詞にも、そのままで、何だかその場にいるみたい🎵大江戸シリーズにしては、何やら現代にも通じるような………。但し、「美味しんぼ」いわく、歴代将軍や、一般庶民でも飲んだことのない大吟醸酒など技術の向上で飲まれるようになった、と習い覚えたことがあります。どんな時代になろうと、居酒屋と酒場は付き物ですね😄⤴️
江戸時代にタイムスリップ出来ました。庶民にとって、とても興味深い話です。😊
毎回流れる咲花付近の阿賀野川の景色がいいですなあ~。新潟は景色もいいし空気も美味しいし米どころだしお酒も旨いのでまた行きたいですね。磐越西線は会津若松以西乗ったことがないし近いうちに寄りたいですね。
是非、「八海山」を飲んでいただきたい(まだ酒飲めないが)
江戸時代はお酒を造った量に対して税金がかかったので濃い酒を造って飲み屋で水で薄めて提供したのだそうで、良い具合に薄めるのが飲み屋のおやじの腕の見せ所だったとか。よく落語なんかで「あそこの酒は薄い」なんていうのはそれなんだとか。それにしても、自分が酒好きだからか、酒の歴史は面白い。
なので金魚が泳ぐとか帰る途中で覚めるとか
北条氏康も酒は朝に飲むもの、っていってたな夜の酒はついつい深酒しちゃうからって
待ってました^o^ このテーマも興味津々です。いつも丁寧な作りの動画をありがとうございます。
夜、炬燵でゆっくりしながら見るのが最高
同じく。☺️✌️
歴史好きの呑兵衛には嬉しい歴史の肴‼️いつも有難う‼️
同じ動画でも何度も見るのはココだけです。ホッコリします。いつもありがとうございます。
江戸の飲み屋事情…すごく興味深いです。楽しい動画ありがとうございます。
今も昔も、日本でも海外でも人間のやる事ってそう変わらんねともかく、居酒屋のおやじが良かった。文化って面白いね
暴れん坊将軍とか、金さんとか見てたら、しょっちゅうお店でお酒を飲むシーンが出てくるし、ホントにこんなに飲むの?って思ってたらホントによくのまれていたんですね。61リットル/人 ってすごい!今日も楽しかったです。ありがとうございました。
61リットルって浴槽に入れるお湯の量の勢いですよねw風呂入りながら飲み干す…やってみたいw
文字通り、浴びるように呑むってことですね。凄いな
1週間に1.2ℓだから、毎日1合飲めば帳尻合うよ。・・・・・とはいっても、幼児など「まったく飲まない人」も含んでの数字だから、やっぱりスゴく飲んでるワケで。
遠山の金さんは桜吹雪から湯に、酒の成分が染み出るからな。湯屋側は、ウェルカムかもな。😅
あなたのアイコンを見て、とても見覚えがあるのですが、岸本さんでしょうか?
朝5時まで飲んで、朝8時から飲むよ🤣うちの家ではフツーだ♪今はこういう食事とか酒の動画とか見ながらチビチビやってるからありがてぇ♪
江戸の酒呑みといやぁ蕎麦屋ですね。昼から飲むなら蕎麦屋に限ります。
蕎麦屋の板わさは酒飲み用ってね。
ソバヤソバーヤ!
昼飲み最高、と言うか昼、会社抜けて角打ちできるのが当たり前ではない、と知ったのが驚きだった。昼下がり、なか締め前の蕎麦屋で「そば前」あてにして飲むのが至福でした。
東京に遊びに行ったら池波正太郎ごっこ、よくします!
近所にそば居酒屋(そばダイニング)があるのですが、酒の飲めない私には、ソバと酒の関連がわかりませんでした。店内が妙におしゃれで、雰囲気が良いのです
大和民族の約4割がアルコール耐性ゼロなのに、ここまで酒文化が発達したのは、なんとも摩訶不思議。明暦の大火が居酒屋文化のはじまりで、江戸と東京の酒事情はほとんど同じなのは、初めて知りました。また、文化の発達に流通網や交通網の改変が深く関わっているのは、現代でも変わらないものですね。私も今晩は、他人様のご厄介にならないように気を付けながら、一杯やりたいと思い升🍶
のんびり飲める居酒屋は好きです。のんびりしすぎると、会計がとんでもないことになるんですが。
レジの前で酔いがさめるんですよね、わかります(´・ω・`)
@@nuruosan4398 それでも懲りないんです。
@@blackbird2420 www
これまでで一番好きな回
何時も面白く、為になる動画ありがとうございます。楽しみにしています。
蕎麦の動画から飛んできたんだが蕎麦屋で飲む日本酒も旨いよね。日本酒の蕎麦湯割りって最高だね。
私も呑みながら視聴してます速攻で高評価を10連打しました!
もう一回押すんだ!
更にもう一回!
よーし俺も酒買ってこようw
🤭
連打は奇数回にしなきゃ!
コロナに加えてタバコ禁止になったから益々居酒屋に行かなくなった。当時のタバコ事情お願いします。キセルの仕組みとかタバコ盆とか。
同じく愛煙家ですが肩身が狭いですなぁ…。キセルは花の慶次で慶次がプカプカ吸ってたし昔からあるんだろうな。
この動画を見ながら遠き江戸に想いを馳せつつ飲む酒も美味い
このご時世、たいへんな飲食業さん方へエールを送って〆る、ニクい演出❤️今回も楽しませていただきました。明日は近所の居酒屋さんへ行ってくるぞ!
なかなか興味深い内容でおもしろかったです!次は・・・チョット物騒ですが、辻切りとかお願いできますか?
本当にありがとうございます🐱こおゆうの待ってました👍
素晴らしい動画です♪
当時の酒の肴番付を見ると、現代の居酒屋並みの多彩なメニューがあって驚かされますね。落語の熊さん八っつあんは蕎麦屋で酒を飲んでいるし、飯屋じゃご飯に酒をかけたのがあるし、どこでも酒を出していた様子。泣きやまない子供に酒を飲ませてあやしたなんて話が残されていて、小児死亡率が高かったのはそういう無茶も原因だったかも…。
日本でもやってたのかwww フランスだったかな? ヨーロッパの国も昔泣きやまない赤子の歯茎に指でワインをぬるという、今ではアウトなあやし方が、、、
基本的にはそうそう無いとは思うんだけどね。疳の虫除けとかあったから泣き止まない赤子とか泣く子に手を焼くのは今も昔も変わらないのでしょうね。
肴に限らず色んな当時の番付見てると、現代の「打線組んでみた」と同じ事してて面白い。
子供に酒飲ませるのはイギリスならジンとか昔の海外もあるね
朝から呑みながら見ています
真田六文銭魔理沙「今日もバッチリなんだぜ」
こういう、当時は普通の生活情報ってなかなか歴史書には残らないから貴重だよね。
どちらかと言うと庶民の娯楽になってた書き物とか絵なんかに残る事が多いですね実際、かの有名な東海道中膝栗毛なんて今でいう漫画だけど当時の東海道の様子や庶民の生活様式や流行りなんかを最も詳しく記述した貴重な歴史資料でもあるって言いますからねぇ
昔から呑んべいに寛容的だったのか。歴史があるね。
江戸後期や幕末に江戸に来た欧米人がまず最初に思うのが酔っ払い多すぎだろ、って話だったらしいですからねぇw
話に出てきた水戸黄門の茶屋も、昔のシリーズだと「遊び人」な助さんがご隠居に隠れて呑んでるシーンとかあったよね、時代が下るにつれて、そういうシーンあまり描写されなくなったけど
これはひさびさに実践食文化シリーズきますかね!むき身切り干し深川飯どじょう汁うまいうまい!
凄い、江戸時代の居酒屋に入った体験が出来ました。江戸時代の居酒屋、楽しかったろうな、行ってみたい。
時代劇は何かと脚色ばかりだけれども、それでも居酒屋のお酒やおつまみはとても美味しそう。ましてこんな動画で詳しく知ってしまうと、下戸な私でも暖簾をくぐりたくなる。でも女ひとりで飲んでたら、やっぱり周りにヒソヒソされちゃうのかなあ・・・。
杉玉について補足を…吊るす時はまだ緑色の新しい葉を丸めて、その色が写真の色までなった頃に、ちょうどお酒が熟成されて美味しくなりましたよーって意味だそうです。飲兵衛はこの色が出たお店を探して行ってたんでしょうね。
わぁ!?リクエスト届いた!?酒事情の動画まってました!動画を観ながらのビール🍺は最高です^ ^
江戸時代の料理は塩と味噌が基本でそれも赤味噌が多かったそうだ その赤だしで葱たっぷりのアサリ汁は朝食にはうってつけの逸品なんだな
下り酒は富士山の前を通ってくることから「富士見酒」と呼ばれたそうで、それが悔しかった京や大阪では江戸に送った酒を戻して「二度見酒」と言って威張っていたとか。下町では今も普通の酒屋さんで酒を飲ませている店がありますね。それに魚という字は「うお」「ぎょ」としか読まなかったが、酒肴には魚が多かったことから魚を「さかな」と読むようになったそうですね。
魚の『さかな』って読みは『肴』から来てたんですね!勉強になりましたw
それは、江戸っ子の負け惜しみのウソ噺で、一度江戸に下った酒を大坂が有り難がる訳はないでしょう(笑)
杉玉は造り酒屋で新酒の販売の印だったので、毎年蒼々した物を吊し色が変化するものだった。また当時のお酒は熟成が必要で、船で揺られる事で熟成が速くすすんだ事も下り物の名を高めた。そういった理由で戻り酒(一度江戸に運び、また上方に戻す)を買い求める富裕層もいたw(新酒の頃でしょうね)吟醸酒は作りたてでもフルーティーで美味しい。酒ネタは色々あるのにあっさりした動画になっているのは、実はアプ主はそんなに酒好きでは無いのかもねwオープニングの様にビール党なのかな?
すみません。メイン部分のBGMの元、教えてもらえませんか?先日見つけたのですが、リンクし忘れまして・・解説にすごくあってますね!
熱燗飲みたくなったw面白かったです。
タイトルを忘れたけど山本周五郎の小説の中で今の小学校高学年くらいの子供が兄と飲みに行くシーンが出てくるね。子供の頃から飲んでいたのは事実なんでしょうね。
素浪人月影兵庫か花山大吉か忘れたけど茶屋で酒を頼んでた記憶がある。日本酒以外にも濃口醤油(地廻り醤油)や鰹節など江戸前は物流の進化と町民の可処分所得のおかげで今の形になった。サービス業が多いのも江戸時代の名残り。早く外で飲み歩ける様になりたい。
時代劇の人物たちに現代のいろんなお酒を飲ませたらどんなリアクションするのか考えたことある……考えたことない?でもなんやかんやで洋酒もあったのかな?一部地域の外国人のもてなしとして。
この頃の燗に関しては、恐らく燗を入れるという方の燗だと考察される。大正辺りまでは熱燗やぬる燗などの温度区分はほぼなく、薫りをたたせる為に少し温めることを燗をつけると言ったらしい(祖父談) 今でもいわゆる普通酒(日本酒)はこの燗をつける程度に温めると呑みやすいよ!!
江戸の火事のくだりを色んな動画でみるたびに思うんですが、当時出稼ぎにきてた大工さんたちは外食中心でも大丈夫なくらい稼げたんですね
魔理沙がビール飲むの好き
動画で紹介されている杉玉ですが中学生の時学校の授業で作りましたね。杉の葉が枯れていく速度が酒の鮮度の指標になっていたそうです。緑なら出来立てが飲めると宣伝効果があったとか。あと、参考画像で使用されている忠臣蔵46+1は江戸時代の生活に関わる情報が盛りだくさんなので江戸時代好きにはたまらないエ□ゲです。是非プレイして見てください
新酒が出来るたびに交換するんですよね。ウチの近所の造り酒屋は年中吊るしっぱなしの茶色ですけど(´・ω・`)
へぇ、そんな冷やし中華はじめました的なサインだったのか
今でもそうだけど、江戸時代の良い蕎麦屋は良い酒を出していたと聞きます。良い酒を飲ませて、最後の締めに良い蕎麦を少しだけ食べて帰ったと聞きました。今でも高級な蕎麦屋はそれが続いていて上手い酒と肴を出すそうですが、肝心の蕎麦は盛りがかなり少ないそうですよ‼️
終盤の、当時の飲み方シミュレーションがなんというか凄くいい味出してる展開なので、もし機会があればもっと長いバージョンでまたやってほしいです。
この動画を見ながら大好物の日本酒を注いだ湯呑み茶碗を傾けつつ、、当時の江戸っ子達の生活に思いを馳せる…というのも中々粋ですねぇ…!江戸時代の風俗を紹介する動画は星の数ほどありますが、主様の動画が最も分かりやすく、そして江戸の風情を感じることが出来るので、一番大好きです。話は変わりますが、もし差し支えなければ、14:13秒以降で流れているBGMの詳細、または過去に詳細を返答した動画等を教えていただければ幸いです。当方、動画投稿等はしておりませぬが、このようなノスタルジックな曲調には目がない次第でして…。これからも動画投稿応援しております!色々と難儀な世の中ですが、無事乗り切られるよう応援しております。
水戸の梅まつりには「水戸の梅酒まつり」というイベントがあるので、昼間から飲めるのです。ストレートで飲むから酔いが回る酔いが回る…。今年は3月3日〜3月5日でした。花を見ながら飲む酒は良いもんですな♥
昔、杉良太郎や松方弘樹の遠山の金さんは、大工や畳屋の棟梁が岡っ引きと一緒になって、小料理屋で呑んだくれるシーンは面白かったよね。
21:8 お愛想って本来はお店がお客さんに使う言葉なんだよね
最近色々歴史解説見てるせいか、外国人驚きすぎな気がしてきた
よく考えてみると、江戸時代、夜の街を飲み歩くのは危険だったのではないでしょうか。いまのように明かりも満足になかった。夕方4時くらいから飲み始めて、暗くなる前に家に帰るのが一番安全だったのではないかな。だから、明るいうちから飲むのは、ごく普通のことだったかもしれないね。
>江戸時代、夜の街を飲み歩くのは危険だったのではないでしょうか。それは時代劇のフィクションに毒され過ぎですよwww江戸時代に詳しい人の話では、江戸初期こそ戦国時代の名残り血気盛んな武士が何かと斬り合う事もあったようですが、徐々に治安と規律が確立して中期以降はかなり治安の良い街だったそうです。それに武士とは町人や農民を守るのが本分なので、武士同士の刃傷沙汰はあっても町人や農民が捲き込まれるのはほぼ無かったそうです。極稀に、町人や農民を傷つけた場合、武士は厳重に処罰され、時代劇みたいに辻斬りでもしようものなら晒し者にされたうえで打ち首だったそうですよ。
@@gale_straits2695 ボクが危険と言っているのは武士ではなく、盗賊の類ですよ。夜道を歩く酔っぱらいは彼らにとって格好の標的でしょう。そもそも江戸の町は夜間、外出禁止だったのでは?
@@綾瀬川はるか-v6g >盗賊の類ですよ。それならもっと安心安全ですぜ、旦那!酔っぱらって千鳥足って事はスッ空から~んの御螻蛄状態が江戸っ子ってもんです。盗賊が襲っても金子は殆ど持ってません。まぁ、中には身ぐるみ剥いでく輩が居たかもですが、酔っぱらいの身ぐるみ剥いでも大した金額にならないのでそんな無駄な事をしないそうです。紙幣の無い時代なので、大金を持ち歩く人がそもそも居ないんです。
古い時代劇の暗さが江戸の暗さを表現していて確かに怖いけど、そこに現代の時代劇の肩身の狭さを感じる人口密度と噂の伝達速度を合わせたのが当時の江戸の世情と思われます。その代わり個人の徒士の旅行は指摘通りかなり死んでおり、旅行前に葬式地味た儀式をしたりします。
夜間は町木戸閉まってるけど(呆
話題の着目点が好きw凄い知りたい事じゃないけど、興味を持たせるネタには関心するw
江戸時代!好きなゆっくり実況erさんみつけた!!🥰
元々日本人は朝から飲んでいたし水変わりだし酒はちなみにマズいうまいがかなり別れて明治以降は味の素が世に出てからは味はどこでも安定したのは有名なはなし
確かに一説には縄文時代からお酒らしきものを飲んでたらしいから日本人のお酒好きは筋金入りかも。個人的にお酒飲めないから飲める人が羨ましいわー。
江戸時代にもレジがあったチーン。そういえば最近は酒屋さんに飲みコーナーがあったりしますね。食べ物は缶詰しか売ってないけど。
酒屋さんの立ち飲み屋は今に始まった事じゃないよ。むしろ昭和の酒屋さんがよくやってた、懐かしの風景って感じ。
角打ちというのよ。
立ち飲み(博多辺りでは角打)は秤売りの名残です。昭和30年代までは米でも醤油・味噌・酒は欲しい量だけ売ってくれた。たまたま、買った酒をその場で飲んでしまったのが始まりです。つまみも調理した物を提供すると飲食業の許可が必要になるが、缶詰・乾き物を提供するなら別に許可は必要なかったからです。
意外と昔から普通にあったんですね…
酒屋も飯屋も含め、飲食店の小上がりと縁台の店構え…あれがテーブルとイスって風景に変わったのは、やはり関東大震災が大きかったと聞く。逆に言えば、明治大正期まではああした界隈の風景は江戸時代のままだったって事なんだろう。
時代劇の居酒屋の雰囲気好きだなー。
小芝居、大好きっす👍
素直に楽しかった♪
酒の肴がたまらない!江戸時代から東京の飲み屋街は続いているって思うとロマンだわ
逆に京の方の庶民は居酒屋が広まる前はどうやって酒を楽しんだんだろうねやっぱ家で飲むしかなかったのかな
昔のお酒は物凄く水で薄めていたので、いくら飲んでも酔わなかったそうです
嘗ての禁酒法を考えると、本当に日本に、日本人として生まれたことを幸いに思います。
お酒の歴史がこんなに古いとは思いませんですした。
61リットル飲んでるとか江戸っ子凄ぇな…自分は年間どんだけ飲んでるかな?っと計算したら6割ビールだが200リットル以上飲んでた…
腎臓「やべぇよやべぇよ・・・」肝臓「・・・・・」脳「ええんやで」
この頃の酒は現在と違って アルコール濃度が薄かったと言う専門家の話もある 現在と簡単に比較できないと思いますが
米は籾のままだったら、長く保存できる物ですよ。縄文時代から、古古米を食べて古米新米は、飢饉のため保存食であったり、またそれが、領民を救う籾米でもあった。
尾張藩はお酒飲みながら仕事していたという話、本当かもと思えてきたむしろ、現代の社会もこれくらいゆるくなればいいのに!!!
鸚鵡籠中記の漫画でやってましたね。城の夜勤の番なのにほぼ宴会だったという話
肴に味噌。。良いんだyいなーーー!!京都の古い居酒屋行くとこれがあるのがほんと嬉しい。
今夜は一杯やりたくなった
このチャンネル勉強にもなるし、何より面白い!登録しました😄
岡山は何代目かの池田の殿様が酒嫌いで、領内に豊富な水源と米があるにも関わらずとうとう銘酒が出来なかった実に惜しいなと思う
そういえば、あまり聞きませんね。お隣の播磨の国は、灘の男酒がありますし。明石の鯛、赤穂の塩、播州素麺と次々に列挙できますけど。 岡山は、昔は吉備の国。岡山出身の磯田道史先生いわく、地名に因んで吉備真備を生んだり、黍の産出が豊かな地であることから桃太郎伝説と共に黍団子を生んだとも………。堤防が現在も尚、現役というのも驚きでした。岡山初代藩主・池田 光政は、良くも悪くも銘酒を生ませなかったと別のサイトで知った次第です。徳川初代〜五代将軍の頃までの藩主で、徳川千姫の娘婿。しかも、同時期に越後騒動(千姫の妹の勝姫が、結城秀康の子・松平忠直に嫁ぎ、光長と女の子を産んだ。姫は有栖川宮家に嫁ぎ、後継ぎを産み、宮将軍になる可能性もあった。)が起きている。正室は千姫の一人娘である勝子で、光長とは正真正銘の従姉弟に当り、一番、徳川家と近しい関係になる。そのため、何としても藩の取り潰しをさせないよう気配りしていたのではないか………。池田初代から始まる岡山🍣。節倹ながら、藩主の意向の下、もてなし料理であることから時と共に他の都道府県とは違うばら鮨・備前鮨であるとか。備前焼もあるし、中国地方で誇るべき県だ、と思います。
へえ~、もったいない。せっかくなんだから自分では飲まなくても、産業として興して他所へ高く売りつけたら良かったのに~
一応、地元の酒自体はあるし、あったけどね。ただ、岡山は「物流が下手」だったんだと思う。宇喜多の頃に山陽道を海沿いの城下へ移した、そこまでは良かったけど、海上輸送がイマイチだったというか。笠岡は隣の福山に取られ、尾道や鞆が宿の整備などで利便性を高めていくのに、岡山は倉敷ぐらいしか「輸送の街」「トラックステーション」の印象が無いというか。
でも雄町はほんと素晴らしい酒米だと思います
@@ココット-h2u 灘は摂津の国で上方、大阪の経済圏、文化圏です。学生時代、岡山でキツネうどん食べましたが、薄味の上等なあじで、やはり薄口醤油、昆布出汁の親近感を覚えました。
縄暖簾、風情があって良いよね。
江戸時代の居酒屋、行ってみたいなぁ!再現してるお店、無いかな?
巣ごもりでもある程度の食材は手に入るようですが、居酒屋の醍醐味はまわりの空気感で、こればかりはネットでどう逆立ちしても手に入りません。一刻も早くもとの居酒屋で心置きなく飲める日を待ち望んでいます。
この動画ホント好き。
自宅で一人飲みしてる時にめっちゃ見たくなる。
何回でも見れる
コロナ禍で失業したモノです
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コロナに負けるな!
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そうそう。いまでいうとウイスキーの水割りのようなものですね。もともと日本人はお酒に強くないから、水割りで飲むのは合理的だったかもしれません。
今の日本酒も、醸造過程で「加水」といって水を足して調整していますね。
未加水の原酒はアルコール度20%くらいで、加水で15%程度に調整しています。
加水によって角が取れて飲みやすくなるそうです。それを店先でやっていたんですね。
@@Vantelin. 最も佳い酒が如水、水の如しと言われるのも納得ですね
ネタ(落語)と言えば、少し水っぽい酒をさらに薄め呑んでたら、酒っぽい水になった。ってのを思い出した🤣🤣
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身近なものに歴史を感じるようになるこの瞬間好き
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なんか、BGMもピッタリしてて、江戸庶民の「ささやかな楽しみ感」が…なんか郷愁といいますか哀愁といいますか…そんな感じに。
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けお
実際にお店で呑んだみたいにやってくれるの好き
後半の小芝居が
とても良かった!
時代劇の一コマが脳内再生されました。
所以終日酔
こういう日常についての歴史解説も素敵
zeroさんの時もteraさんの時も過去解説がふっと現在につながっていく、素肌で江戸を感じられるのがいい
学校の授業での江戸時代は退屈以外の何者でもなかったが、この動画はとても楽しく観れるね
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子供の頃、初めて杉玉観た時に…「なんで、スズメバチの巣を放置してるんや?」…と思った。
10:18ぐらいから酒造に関する規制と緩和は米の生産量に対応した「いたちごっこ」という表現をされていますが
実際には金融政策的な意味合いを持っていました。江戸時代は税を米で納める米本位制ともいうべき経済構造をとっていましたから
凶作で米が採れないと税収が減るだけでなく、豊作で米価が安くなっても税収が減りました。
それで、市場に出回る米の量を調節して米価を安定させるための手段として酒造の規制と解禁が行われていたのです。
酒飲みながら見させていただきました!楽しかったです😆
BGMというか音というか、台詞にも、そのままで、何だかその場にいるみたい🎵大江戸シリーズにしては、何やら現代にも通じるような………。但し、「美味しんぼ」いわく、歴代将軍や、一般庶民でも飲んだことのない大吟醸酒など技術の向上で飲まれるようになった、と習い覚えたことがあります。どんな時代になろうと、居酒屋と酒場は付き物ですね😄⤴️
江戸時代にタイムスリップ出来ました。庶民にとって、とても興味深い
話です。😊
毎回流れる咲花付近の阿賀野川の景色がいいですなあ~。新潟は景色もいいし空気も美味しいし米どころだしお酒も旨いのでまた行きたいですね。磐越西線は会津若松以西乗ったことがないし近いうちに寄りたいですね。
是非、「八海山」を飲んでいただきたい(まだ酒飲めないが)
江戸時代はお酒を造った量に対して税金がかかったので濃い酒を造って飲み屋で水で薄めて提供したのだそうで、良い具合に薄めるのが飲み屋のおやじの腕の見せ所だったとか。よく落語なんかで「あそこの酒は薄い」なんていうのはそれなんだとか。
それにしても、自分が酒好きだからか、酒の歴史は面白い。
なので金魚が泳ぐとか
帰る途中で覚めるとか
北条氏康も酒は朝に飲むもの、っていってたな
夜の酒はついつい深酒しちゃうからって
待ってました^o^ このテーマも興味津々です。いつも丁寧な作りの動画をありがとうございます。
夜、炬燵でゆっくりしながら見るのが最高
同じく。☺️✌️
歴史好きの呑兵衛には嬉しい歴史の肴‼️
いつも有難う‼️
同じ動画でも何度も見るのはココだけです。ホッコリします。いつもありがとうございます。
江戸の飲み屋事情…すごく興味深いです。
楽しい動画ありがとうございます。
今も昔も、日本でも海外でも人間のやる事ってそう変わらんね
ともかく、居酒屋のおやじが良かった。
文化って面白いね
暴れん坊将軍とか、金さんとか見てたら、しょっちゅうお店でお酒を飲むシーンが出てくるし、ホントにこんなに飲むの?って思ってたらホントによくのまれていたんですね。
61リットル/人 ってすごい!
今日も楽しかったです。ありがとうございました。
61リットルって浴槽に入れるお湯の量の勢いですよねw風呂入りながら飲み干す…やってみたいw
文字通り、浴びるように呑むってことですね。凄いな
1週間に1.2ℓだから、毎日1合飲めば帳尻合うよ。
・・・・・とはいっても、幼児など「まったく飲まない人」も含んでの数字だから、
やっぱりスゴく飲んでるワケで。
遠山の金さんは桜吹雪から湯に、酒の成分が染み出るからな。
湯屋側は、ウェルカムかもな。😅
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朝5時まで飲んで、朝8時から飲むよ🤣うちの家ではフツーだ♪
今はこういう食事とか酒の動画とか見ながらチビチビやってるからありがてぇ♪
江戸の酒呑みといやぁ蕎麦屋ですね。昼から飲むなら蕎麦屋に限ります。
蕎麦屋の板わさは酒飲み用ってね。
ソバヤソバーヤ!
昼飲み最高、と言うか
昼、会社抜けて角打ちできるのが当たり前ではない、と知ったのが驚きだった。
昼下がり、なか締め前の蕎麦屋で「そば前」あてにして飲むのが至福でした。
東京に遊びに行ったら池波正太郎ごっこ、よくします!
近所にそば居酒屋(そばダイニング)があるのですが、酒の飲めない私には、ソバと酒の関連がわかりませんでした。店内が妙におしゃれで、雰囲気が良いのです
大和民族の約4割がアルコール耐性ゼロなのに、ここまで酒文化が発達したのは、なんとも摩訶不思議。
明暦の大火が居酒屋文化のはじまりで、江戸と東京の酒事情はほとんど同じなのは、初めて知りました。
また、文化の発達に流通網や交通網の改変が深く関わっているのは、現代でも変わらないものですね。
私も今晩は、他人様のご厄介にならないように気を付けながら、一杯やりたいと思い升🍶
のんびり飲める居酒屋は好きです。
のんびりしすぎると、会計がとんでもないことになるんですが。
レジの前で酔いがさめるんですよね、わかります(´・ω・`)
@@nuruosan4398 それでも懲りないんです。
@@blackbird2420 www
これまでで一番好きな回
何時も面白く、為になる動画ありがとうございます。楽しみにしています。
蕎麦の動画から飛んできたんだが
蕎麦屋で飲む日本酒も旨いよね。
日本酒の蕎麦湯割りって最高だね。
私も呑みながら視聴してます
速攻で高評価を10連打しました!
もう一回押すんだ!
更にもう一回!
よーし俺も酒買ってこようw
🤭
連打は奇数回にしなきゃ!
コロナに加えてタバコ禁止になったから益々居酒屋に行かなくなった。
当時のタバコ事情お願いします。キセルの仕組みとかタバコ盆とか。
同じく愛煙家ですが肩身が狭いですなぁ…。キセルは花の慶次で慶次がプカプカ吸ってたし昔からあるんだろうな。
この動画を見ながら遠き江戸に想いを馳せつつ飲む酒も美味い
このご時世、たいへんな飲食業さん方へエールを送って〆る、ニクい演出❤️今回も楽しませていただきました。明日は近所の居酒屋さんへ行ってくるぞ!
なかなか興味深い内容でおもしろかったです!
次は・・・
チョット物騒ですが、辻切りとかお願いできますか?
本当にありがとうございます🐱
こおゆうの待ってました👍
素晴らしい動画です♪
当時の酒の肴番付を見ると、現代の居酒屋並みの多彩なメニューがあって驚かされますね。落語の熊さん八っつあんは蕎麦屋で酒を飲んでいるし、飯屋じゃご飯に酒をかけたのがあるし、どこでも酒を出していた様子。泣きやまない子供に酒を飲ませてあやしたなんて話が残されていて、小児死亡率が高かったのはそういう無茶も原因だったかも…。
日本でもやってたのかwww フランスだったかな? ヨーロッパの国も昔泣きやまない赤子の歯茎に指でワインをぬるという、今ではアウトなあやし方が、、、
基本的にはそうそう無いとは思うんだけどね。
疳の虫除けとかあったから泣き止まない赤子とか
泣く子に手を焼くのは今も昔も変わらないのでしょうね。
肴に限らず色んな当時の番付見てると、現代の「打線組んでみた」と同じ事してて面白い。
子供に酒飲ませるのはイギリスならジンとか昔の海外もあるね
朝から呑みながら見ています
真田六文銭魔理沙
「今日もバッチリなんだぜ」
こういう、当時は普通の生活情報ってなかなか歴史書には残らないから貴重だよね。
どちらかと言うと庶民の娯楽になってた書き物とか絵なんかに残る事が多いですね
実際、かの有名な東海道中膝栗毛なんて今でいう漫画だけど当時の東海道の様子や庶民の生活様式や流行りなんかを最も詳しく記述した貴重な歴史資料でもあるって言いますからねぇ
昔から呑んべいに寛容的だったのか。歴史があるね。
江戸後期や幕末に江戸に来た欧米人がまず最初に思うのが酔っ払い多すぎだろ、って話だったらしいですからねぇw
話に出てきた水戸黄門の茶屋も、昔のシリーズだと「遊び人」な助さんがご隠居に隠れて呑んでるシーンとかあったよね、時代が下るにつれて、そういうシーンあまり描写されなくなったけど
これはひさびさに実践食文化シリーズきますかね!
むき身切り干し
深川飯
どじょう汁
うまいうまい!
凄い、江戸時代の居酒屋に入った体験が出来ました。江戸時代の居酒屋、楽しかったろうな、行ってみたい。
時代劇は何かと脚色ばかりだけれども、それでも居酒屋のお酒やおつまみはとても美味しそう。
ましてこんな動画で詳しく知ってしまうと、下戸な私でも暖簾をくぐりたくなる。
でも女ひとりで飲んでたら、やっぱり周りにヒソヒソされちゃうのかなあ・・・。
杉玉について補足を…
吊るす時はまだ緑色の新しい葉を丸めて、その色が写真の色までなった頃に、ちょうどお酒が熟成されて美味しくなりましたよー
って意味だそうです。
飲兵衛はこの色が出たお店を探して行ってたんでしょうね。
わぁ!?
リクエスト届いた!?
酒事情の動画まってました!
動画を観ながらのビール🍺は最高です^ ^
江戸時代の料理は塩と味噌が基本でそれも赤味噌が多かったそうだ その赤だしで葱たっぷりのアサリ汁は朝食にはうってつけの逸品なんだな
下り酒は富士山の前を通ってくることから「富士見酒」と呼ばれたそうで、それが悔しかった京や大阪では江戸に送った酒を戻して「二度見酒」と言って威張っていたとか。下町では今も普通の酒屋さんで酒を飲ませている店がありますね。それに魚という字は「うお」「ぎょ」としか読まなかったが、酒肴には魚が多かったことから魚を「さかな」と読むようになったそうですね。
魚の『さかな』って読みは『肴』から来てたんですね!
勉強になりましたw
それは、江戸っ子の負け惜しみのウソ噺で、一度江戸に下った酒を大坂が有り難がる訳はないでしょう(笑)
杉玉は造り酒屋で新酒の販売の印だったので、毎年蒼々した物を吊し色が変化するものだった。
また当時のお酒は熟成が必要で、船で揺られる事で熟成が速くすすんだ事も下り物の名を高めた。
そういった理由で戻り酒(一度江戸に運び、また上方に戻す)を買い求める富裕層もいたw
(新酒の頃でしょうね)
吟醸酒は作りたてでもフルーティーで美味しい。
酒ネタは色々あるのにあっさりした動画になっているのは、実はアプ主はそんなに酒好きでは無いのかもねw
オープニングの様にビール党なのかな?
すみません。メイン部分のBGMの元、教えてもらえませんか?
先日見つけたのですが、リンクし忘れまして・・
解説にすごくあってますね!
熱燗飲みたくなったw面白かったです。
タイトルを忘れたけど山本周五郎の小説の中で今の小学校高学年くらいの子供が兄と飲みに行くシーンが出てくるね。子供の頃から飲んでいたのは事実なんでしょうね。
素浪人月影兵庫か花山大吉か忘れたけど茶屋で酒を頼んでた記憶がある。
日本酒以外にも濃口醤油(地廻り醤油)や鰹節など
江戸前は物流の進化と町民の可処分所得のおかげで今の形になった。
サービス業が多いのも江戸時代の名残り。
早く外で飲み歩ける様になりたい。
時代劇の人物たちに現代のいろんなお酒を飲ませたら
どんなリアクションするのか考えたことある……考えたことない?
でもなんやかんやで洋酒もあったのかな?一部地域の外国人のもてなしとして。
この頃の燗に関しては、恐らく燗を入れるという方の燗だと考察される。
大正辺りまでは熱燗やぬる燗などの温度区分はほぼなく、薫りをたたせる為に少し温めることを燗をつけると言ったらしい(祖父談)
今でもいわゆる普通酒(日本酒)はこの燗をつける程度に温めると呑みやすいよ!!
江戸の火事のくだりを色んな動画でみるたびに思うんですが、当時出稼ぎにきてた大工さんたちは外食中心でも大丈夫なくらい稼げたんですね
魔理沙がビール飲むの好き
動画で紹介されている杉玉ですが中学生の時学校の授業で作りましたね。杉の葉が枯れていく速度が酒の鮮度の指標になっていたそうです。緑なら出来立てが飲めると宣伝効果があったとか。
あと、参考画像で使用されている忠臣蔵46+1は江戸時代の生活に関わる情報が盛りだくさんなので江戸時代好きにはたまらないエ□ゲです。是非プレイして見てください
新酒が出来るたびに交換するんですよね。
ウチの近所の造り酒屋は年中吊るしっぱなしの茶色ですけど(´・ω・`)
へぇ、そんな冷やし中華はじめました的なサインだったのか
今でもそうだけど、江戸時代の良い蕎麦屋は良い酒を出していたと聞きます。
良い酒を飲ませて、最後の締めに良い蕎麦を少しだけ食べて帰ったと聞きました。今でも高級な蕎麦屋はそれが続いていて上手い酒と肴を出すそうですが、肝心の蕎麦は盛りがかなり少ないそうですよ‼️
終盤の、当時の飲み方シミュレーションがなんというか凄くいい味出してる展開なので、もし機会があればもっと長いバージョンでまたやってほしいです。
この動画を見ながら大好物の日本酒を注いだ湯呑み茶碗を傾けつつ、、当時の江戸っ子達の生活に思いを馳せる…というのも中々粋ですねぇ…!
江戸時代の風俗を紹介する動画は星の数ほどありますが、主様の動画が最も分かりやすく、そして江戸の風情を感じることが出来るので、一番大好きです。
話は変わりますが、もし差し支えなければ、14:13秒以降で流れているBGMの詳細、または過去に詳細を返答した動画等を教えていただければ幸いです。
当方、動画投稿等はしておりませぬが、このようなノスタルジックな曲調には目がない次第でして…。
これからも動画投稿応援しております!色々と難儀な世の中ですが、無事乗り切られるよう応援しております。
水戸の梅まつりには「水戸の梅酒まつり」というイベントがあるので、昼間から飲めるのです。
ストレートで飲むから酔いが回る酔いが回る…。
今年は3月3日〜3月5日でした。花を見ながら飲む酒は良いもんですな♥
昔、杉良太郎や松方弘樹の遠山の金さんは、大工や畳屋の棟梁が岡っ引きと一緒になって、小料理屋で呑んだくれるシーンは面白かったよね。
21:8 お愛想って本来はお店がお客さんに使う言葉なんだよね
最近色々歴史解説見てるせいか、外国人驚きすぎな気がしてきた
よく考えてみると、江戸時代、夜の街を飲み歩くのは危険だったのではないでしょうか。いまのように明かりも満足になかった。夕方4時くらいから飲み始めて、暗くなる前に家に帰るのが一番安全だったのではないかな。だから、明るいうちから飲むのは、ごく普通のことだったかもしれないね。
>江戸時代、夜の街を飲み歩くのは危険だったのではないでしょうか。
それは時代劇のフィクションに毒され過ぎですよwww
江戸時代に詳しい人の話では、江戸初期こそ戦国時代の名残り血気盛んな武士が何かと斬り合う事もあったようですが、徐々に治安と規律が確立して中期以降はかなり治安の良い街だったそうです。それに武士とは町人や農民を守るのが本分なので、武士同士の刃傷沙汰はあっても町人や農民が捲き込まれるのはほぼ無かったそうです。極稀に、町人や農民を傷つけた場合、武士は厳重に処罰され、時代劇みたいに辻斬りでもしようものなら晒し者にされたうえで打ち首だったそうですよ。
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ボクが危険と言っているのは武士ではなく、盗賊の類ですよ。夜道を歩く酔っぱらいは彼らにとって格好の標的でしょう。そもそも江戸の町は夜間、外出禁止だったのでは?
@@綾瀬川はるか-v6g >盗賊の類ですよ。
それならもっと安心安全ですぜ、旦那!
酔っぱらって千鳥足って事はスッ空から~んの御螻蛄状態が江戸っ子ってもんです。盗賊が襲っても金子は殆ど持ってません。まぁ、中には身ぐるみ剥いでく輩が居たかもですが、酔っぱらいの身ぐるみ剥いでも大した金額にならないのでそんな無駄な事をしないそうです。紙幣の無い時代なので、大金を持ち歩く人がそもそも居ないんです。
古い時代劇の暗さが江戸の暗さを表現していて確かに怖いけど、そこに現代の時代劇の肩身の狭さを感じる人口密度と噂の伝達速度を合わせたのが当時の江戸の世情と思われます。
その代わり個人の徒士の旅行は指摘通りかなり死んでおり、旅行前に葬式地味た儀式をしたりします。
夜間は町木戸閉まってるけど(呆
話題の着目点が好きw凄い知りたい事じゃないけど、興味を持たせるネタには関心するw
江戸時代!好きなゆっくり実況erさんみつけた!!🥰
元々日本人は朝から飲んでいたし水変わりだし酒は
ちなみにマズいうまいがかなり別れて明治以降は味の素が世に出てからは味はどこでも安定したのは有名なはなし
確かに一説には縄文時代からお酒らしきものを飲んでたらしいから日本人のお酒好きは筋金入りかも。個人的にお酒飲めないから飲める人が羨ましいわー。
江戸時代にもレジがあったチーン。そういえば最近は酒屋さんに飲みコーナーがあったりしますね。食べ物は缶詰しか売ってないけど。
酒屋さんの立ち飲み屋は今に始まった事じゃないよ。むしろ昭和の酒屋さんがよくやってた、懐かしの風景って感じ。
角打ちというのよ。
立ち飲み(博多辺りでは角打)は秤売りの名残です。昭和30年代までは米でも醤油・味噌・酒は欲しい量だけ売ってくれた。たまたま、買った酒をその場で飲んでしまったのが始まりです。つまみも調理した物を提供すると飲食業の許可が必要になるが、缶詰・乾き物を提供するなら別に許可は必要なかったからです。
意外と昔から普通にあったんですね…
酒屋も飯屋も含め、飲食店の小上がりと縁台の店構え…あれがテーブルとイスって風景に変わったのは、やはり関東大震災が大きかったと聞く。
逆に言えば、明治大正期まではああした界隈の風景は江戸時代のままだったって事なんだろう。
時代劇の居酒屋の雰囲気好きだなー。
小芝居、大好きっす👍
素直に楽しかった♪
酒の肴がたまらない!江戸時代から東京の飲み屋街は続いているって思うとロマンだわ
逆に京の方の庶民は居酒屋が広まる前はどうやって酒を楽しんだんだろうね
やっぱ家で飲むしかなかったのかな
昔のお酒は物凄く水で薄めていたので、いくら飲んでも酔わなかったそうです
嘗ての禁酒法を考えると、本当に日本に、日本人として生まれたことを幸いに思います。
お酒の歴史がこんなに古いとは思いませんですした。
61リットル飲んでるとか江戸っ子凄ぇな…自分は年間どんだけ飲んでるかな?っと計算したら6割ビールだが200リットル以上飲んでた…
腎臓「やべぇよやべぇよ・・・」
肝臓「・・・・・」
脳「ええんやで」
この頃の酒は現在と違って アルコール濃度が薄かったと言う専門家の話も
ある 現在と簡単に比較できないと思いますが
米は籾のままだったら、長く保存できる物ですよ。
縄文時代から、古古米を食べて古米新米は、飢饉のため保存食であったり、またそれが、領民を救う籾米でもあった。
尾張藩はお酒飲みながら仕事していたという話、本当かもと思えてきた
むしろ、現代の社会もこれくらいゆるくなればいいのに!!!
鸚鵡籠中記の漫画でやってましたね。城の夜勤の番なのにほぼ宴会だったという話
肴に味噌。。良いんだyいなーーー!!
京都の古い居酒屋行くとこれがあるのがほんと嬉しい。
今夜は一杯やりたくなった
このチャンネル勉強にもなるし、何より面白い!登録しました😄
岡山は何代目かの池田の殿様が酒嫌いで、領内に豊富な水源と米があるにも関わらずとうとう銘酒が出来なかった
実に惜しいなと思う
そういえば、あまり聞きませんね。お隣の播磨の国は、灘の男酒がありますし。明石の鯛、赤穂の塩、播州素麺と次々に列挙できますけど。
岡山は、昔は吉備の国。岡山出身の磯田道史先生いわく、地名に因んで吉備真備を生んだり、黍の産出が豊かな地であることから桃太郎伝説と共に黍団子を生んだとも………。堤防が現在も尚、現役というのも驚きでした。
岡山初代藩主・池田 光政は、良くも悪くも銘酒を生ませなかったと別のサイトで知った次第です。徳川初代〜五代将軍の頃までの藩主で、徳川千姫の娘婿。しかも、同時期に越後騒動(千姫の妹の勝姫が、結城秀康の子・松平忠直に嫁ぎ、光長と女の子を産んだ。姫は有栖川宮家に嫁ぎ、後継ぎを産み、宮将軍になる可能性もあった。)が起きている。正室は千姫の一人娘である勝子で、光長とは正真正銘の従姉弟に当り、一番、徳川家と近しい関係になる。そのため、何としても藩の取り潰しをさせないよう気配りしていたのではないか………。
池田初代から始まる岡山🍣。節倹ながら、藩主の意向の下、もてなし料理であることから時と共に他の都道府県とは違うばら鮨・備前鮨であるとか。備前焼もあるし、中国地方で誇るべき県だ、と思います。
へえ~、もったいない。せっかくなんだから自分では飲まなくても、産業として興して他所へ高く売りつけたら良かったのに~
一応、地元の酒自体はあるし、あったけどね。
ただ、岡山は「物流が下手」だったんだと思う。
宇喜多の頃に山陽道を海沿いの城下へ移した、そこまでは良かったけど、
海上輸送がイマイチだったというか。
笠岡は隣の福山に取られ、尾道や鞆が宿の整備などで利便性を高めていくのに、
岡山は倉敷ぐらいしか「輸送の街」「トラックステーション」の印象が無いというか。
でも雄町はほんと素晴らしい酒米だと思います
@@ココット-h2u 灘は摂津の国で上方、大阪の経済圏、文化圏です。学生時代、岡山でキツネうどん食べましたが、薄味の上等なあじで、やはり薄口醤油、昆布出汁の親近感を覚えました。
縄暖簾、風情があって良いよね。
江戸時代の居酒屋、行ってみたいなぁ!
再現してるお店、無いかな?
巣ごもりでもある程度の食材は手に入るようですが、居酒屋の醍醐味はまわりの空気感で、こればかりはネットでどう逆立ち
しても手に入りません。一刻も早くもとの居酒屋で心置きなく飲める日を待ち望んでいます。