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10:00タウシュベツ川橋梁はこのGWに行きましたがめっちゃ良かったです。1937〜1955年まで運用された旧線の一部なのですが、川砂を使用したコンクリート橋なので劣化が進んでいて、何時崩壊してもおかしくない儚さが感慨深かったです。未だに鉄道系UA-camrが誰も取り上げて無い穴場ネタですので、このchで一部でも紹介してくれて流石だと思いますよ。
タウシュベツ川橋梁のすぐ近くに温泉が有ったと思います。
台湾の鉄道マニアです。ご説明ありがとうございます。2019年4月1日 - 夕張支線の廃止ため、北海道に行ってきました。はじめて夕張の旅でしたげと、なんか悲しかったなぁ...これから廃線しないようにお祈ります!JR北海道 頑張ってください!
ご存知のように廃線するかは沿線人口の増減によります。戦前は内務省が北海道への国内人口の誘導を図っており、それなりに発展したけど、今の日本政府にその気概が感じられません。要は戦略不足だと思います。
我也是台灣人
あっという間に20分魅入ってしまった 近年まれにみる秀逸な動画だと思います 作成者に感謝
数多くある廃線の説明動画の中では、視聴者に分かりやすい有数の動画!かなり感動いたしました。UPありがとうございました。
パワーポイントの様に文章だけでつらつら説明する動画が多い中、鐵坊主さんの動画は視覚的にわかりやすいのでいつも楽しく観賞しています
地図を見るのが大好きで、国鉄の路線図の変遷を見るのが大好きです。特に北海道は全盛期からの変遷が激しいので思いを馳せながら路線図を眺めたりしています。動画としてこの様に歴史をまとめてくれているのがなかなか無いので、日本の鉄道の歴史をこの様な感じて少しずつアップして下さると有難いです。いつもの、今後の鉄道の展望の動画も楽しいですが、これまでの鉄道の歴史も改めて勉強したいと思ってます。
私が中学生だった1980年頃は、夜行列車もたくさんあって駅の待合室はいつも賑わっていました。廃線に次ぐ廃線で現在の帯広駅や釧路駅舎内は閑散とし、駅周辺はビジネスホテルばかりで商業施設はすっかり寂れてしまいました。特に釧路の北大通なんかはゴーストタウン化していますね。鉄道廃線だけ見れば淋しい限りですが、代わりに道東道開通や高規格道路の整備がされました。大昔は日勝峠の途中に砂利道区間もあったりして、帯広から札幌まで行くのはけっこう大変だった事を憶えています。
JR職員です(東海)我々も同じ系列企業の社員であるため人ごとではありません高校時代にうろ覚えですが昔北海道にバイトでためた5万円を握り締め当時は北陸新幹線が着工された時代でしたので北海道新幹線など無かった物でしてフェリーで苫小牧に行きましたその時に帯広やいろんな名所に行きました結局旅費が足りなくて旭川のラーメン屋で働いて旅費を稼いだんですよねそれから2016年でしたっけ20年ぶりに北海道に行ったんですがあの頃の面影はなく私が乗った鉄道はほとんど廃止されたりその時に私が働いていた旭川のラーメン屋に行ったのですがあのラーメン屋はクリーニング店になっていてそのあと風の噂で聞いたのですがそこの親父は私が内地に戻った2年後に死んだらしいです他にも私が行った名所やホテル代がなくて3日くらい泊めてもらった牧場も全てなくなっていてもはや北海道は私の知っているあの広い大地牧草の匂いそして人の暖かい心全てがもうそこには無いもう残っているのはライカで撮った大雪山の頂上ラーメン屋のオヤジ知床のクマの写真そしてコーヒーのシミあの時のリュックが今でも残っていますもうあの景色はないですが私の思い出として残っています。
鉄道ファンではありませんが、出来た経緯や廃止になった原因がわかりやすく説明されていて、全編興味深く観せていただきました!
北海道に初上陸したのが中学生になった90年以降だったから、深名線と池北線がまだかろうじてあった頃。70年代、せめて80年代の北海道を鉄路で旅したかった。
お気持ちわかります。私は80年代前半学生だったので、友人と北海道旅行の時に現在、廃線となっている路線に乗りました。風光明媚な湧網線、襟裳岬へ行くのに乗った日高本線、広尾線など。その他羊蹄山のふもとの胆振線ものんびりした感じで良かったですね。春休みに乗った天北線はあたり一面雪景色でしたが、癒されました。当時はまだ旧国鉄が優位な時代でした。まさか乗った路線が廃線になるなんて夢にも思いませんでした。それだけに残念です。
オッサンだから第二次廃止対象線区全て&美幸線・岩内線乗ったよ(単なる自慢)!
北海道の鉄道の変遷がとても良くわかる素晴らしい動画ですねそれにしてもこれだけの路線網をよくぞ作ったものだと、先人の熱意と努力には感心します
その鉄道網を遥かに上回って整備されてるのが一般道路網で更に現在も整備が進んでる高規格道路です実経験として、最早、北海道で大寒波到来時に頼りに成るのは鉄道では無く道路ですそれは、札幌~旭川と言う北海道でもトップクラスの都市間移動でさえです
北海道の森林資源、炭坑開発の為に囚人、タコ部屋労働者など多くの犠牲のもとに開発、開業されたものを赤字理由とは言え、こんなにも無くして本当に良かったのかと言う思いは有ります。やむを得ないのだとは思いますがハッキリ言って鉄道経営をしかも人口希薄で自然条件も過酷な北海道を民間一社で維持存続させる事など無理な事は確かでした。
日高本線廃止は当然の流れと思いつつも寂しい感じがしました。7年前まで新ひだか町で仕事をしていて、同町を離れるときに苫小牧行きの列車に乗ったのを今でも思い出します。
バブルの頃は「快速アポイ」で、キハ130前面展望を満喫できました。
久々に動画を見直しました。北海道では数多くの路線が廃止されていますね。比較的新しい?新千歳支線でも30年以上、津軽海峡線も30数年、石勝線は40年以上、藤城線に至っては半世紀以上もたっているのですね。この4路線以外はもっと古い歴史があるのですね。学園都市線は複線電化高架線化で改良されていますね。北海道の鉄道動画を作成して頂きありがとうございます。
鐵坊主さんへ・今日9月20日に、拝見しました。1968年からの道内で廃止された路線を年代順に(その該当の箇所をズームインとアウトさせて見せられる等の手法で)紹介されて、感激しました。
丁寧な説明ありがとうございます2:00の札沼線 新十津川駅の当時の読み方は「しんとつがわ」で正しいです。しかし、17:38の札沼線新十津川駅の読み方はJR化後に読み方が町名と同一の「しんとつかわ」に変更されておりますので念のため。
ご指摘ありがとうございます。
そういう事だったのですねΣ(゚Д゚)勉強になりますm(__)m
ちなみに、「旭川」も同じパターン。
1987年の6月に、初めて(最後になるかも)の北海道旅行。名古屋からしらさぎ、白鳥、はまなすを乗り継いで北海道へ。今はなき天北線、標津線、日高線の様似までも乗りました。夜行急行のはまなす、利尻、まりも、大雪、全部乗りました。礼文の「ウニ丼」美味かった〜。もう思い出の中にしか存在しないのは寂しいですね。
平成元年生まれの自分としては、北海道の廃線は本でしか読んだことなくて、路線ごとの情報は知っているのですが、今回のように地図を含めて流れで説明されるのは初めてだったので、すごく理解が深まりました。ありがとうございます。
鉄道だけでなく、北海道の歴史の教材になるレベルですね!素晴らしい出来です。
見せ方が上手い、生声で聞きやすい、そして内容が濃い。20分集中して見られました。
10年近く前の夏にバイクで北海道一周した時に増毛駅や夕張駅に行きました。どちらもツーリング客で賑わっており「あぁこれは廃線やむなしだなぁ」と感じたのを覚えています。
動画ありがとうございました。廃線の歴史はただただ悲しいです。
主さんの動画と声はいつもわかりやすく、よくできていて見入ってしまいます。鉄道に興味ない方でもふと見始めたら最後まで見てしまうと思います。
毎回、クオリティの高い動画を作成されてることに感心します。北海道で起こった産業の衰退→貨物需要激減、沿線人口流出→廃線の流れは全国で加速しそうですね。50年前に生まれてれば北海道の鉄道旅は今以上に楽しかっただろうなと思いを馳せると同時に何かいろいろ日本の鉄道網は今後どうなるのだろうと考えさせられます。
50年前の北海道なら汲み取り式トイレが当たり前だろうし家も寒そうだからゆとり世代の俺は無理かもしれんw
jr北海道も選択と集中を改めて行える大切な時期かもしれませんね変わらずのわかりやすい説明、詳細で飽きさせない構成流石ですありがとうございました
炭鉱閉山のあとの産業が・・・マイカーと石油、それを基にした公共投資だから人口推移以上に大大爆減ですわ。
自転車旅の始まりで輪行利用した日高本線が懐かしい…廃線になってしまったけど、降り立った様似駅で夕日が車両を照らしたあの夕景、生涯忘れることはないでしょう。
1995年から2014年まで廃線してないって凄くない?JR北海道頑張ってたんだなあ。日高本線は正式廃止前にグーグルがマップで勝手に消してたのも話題になったね。結果的にグーグル様が正しかったけどさ。。。
新幹線が思った程需要が伸びなかったからね。どうせなら千歳空港経由で札幌まで伸びないと、,,,ね。
既に列車の運行が儘ならなかったからね。
北海道の紋別、中標津、江差など中規模な町でも、鉄道が無く寂しくなりました、JR北海道は全線赤字ということですが、札幌、小樽、旭川、函館、釧路以外の中規模な都市とを結ぶ公共交通機関として、旅客、貨物を効率的に運行して、存続させたいものです。
私が生まれたときには既に特定地方交通線の処分はほとんど片付いていたので、北海道の路線図を開いて鉄道旅行の行程を考えるとき、「もしこの路線が残ってたらもっと便利に周遊できたのに」と悔しい思いをすることが多々あります。どうにかならなかったのかと、時代と政治を恨むこともありますが仕方ありませんね。今度は自分が持続可能な公共交通網の構築に向けた施策を考え実行できるように、勉学に励んでいます。
1984~85年の時期に知人に同行して北海道の鉄道路線をかなり乗る機会がありましたが乗客の殆どは鉄道ファン及びその同行者というのが素人目にも良く判る状態で今から40年近く昔の段階で地域輸送の役割はほぼ終えているんだな…というのが北海道のローカル線の実情ではありましたほぼ似たような年代にたまたま兵庫県のローカル線(高砂線・北条線・鍛冶屋線・加古川線)を訪れる機会がありましたが同じく廃止対象であった高砂線etc.についても北海道のそれに較べると一般の利用者がまだ存在しており北海道における鉄道の必要性が(特に地域輸送の面では)かなり低下していたことを痛感した記憶があります
近年はJR北海道の路線の廃線が多いです。今じゃ50年くらい前よりかなり廃線された路線ばかりです。今じゃ主要都市の路線しか残らない感じです。
15:41 他の廃線の説明を聞いていて物悲しさを感じていた処であの説明。おかげで廃線翌日の切ない思い出がどこかへ楽しく吹き飛んだ地元出身者です。
こうやって地図を添えて解説してくれるとわかりやすいです。北海道に限らず地図がないからピンと来ない動画は多いです。
湧網線、名寄本線、羽幌線、深名線、富内線、士幌線、広尾線、天北線、日高本線は廃止前に何とか乗ることが出来ました。転換バスですら、維持できずに廃止になり、乗り通せなくなった湧網線が一番悲惨だと思います。
北海道の東半分から人が居なくなるのもそう遠くない気がする・・・
@@ベルカ公国国家宣伝相 その東半分に住んでいる漏れガイル。
@戦慄の露弩樞變駆詫 十勝の場合野菜の一大供給基地として残りそう。酪農は、十勝がブランド化にまぁ、成功したお陰で一歩リ-ドという感じだが、浜中のような高品質乳がまだないとは言え浜中も、酪農家の老齢化という問題が有る。今、鶴居や、別海も高品質化に舵を切っているがまだ本格化していない感じ。鶴居は有休牧草地でワイン用ブドウに手を出している所も出て来たが、ワイナリ-を興したくとも、財務省の妨害で中々進まない。
名寄本線は本線なのに廃止になり、ショックでした。
青函博最後の日、海峡中央で十和田丸から羊蹄丸を見送った時は感慨深いものがありましたね。昭和52年から何十回も北海道を訪れたけど、映像に出てくる路線はほぼ残ってましたね。でも鉄道に興味も無いし、幸福駅で切符を買ったくらいで、そのうち通りがかりの地方駅の入場券を買ったり、ことのついでに列車の写真を撮ったりしたけど、一日に何百kmも走る北海道旅行では、鉄道関係にさく時間は限られたものでしたね。万字炭山もよく訪れたけど、万字線が走っていた頃の町の賑わいを見たかった、とよく思いましたね。夕張や幾春別や頼城など、炭鉱の街には郷愁を感じますね。
なんとも悲しい歴史ですね。北海道の鉄道は50年かけて建設し、40年だいたい維持し、50年かけて衰退といった感じでしょうか。今から50年先、2070年にはどうなっているのだろうか。
多分0になってる
@@sagamineko さん、その可能性も否定できません。いずれにしても50年以内に札幌ー旭川、帯広あたりを残すかどうか賛否が問われるかもしれませんね。
今のKitaca利用エリアと、2024年春からKitacaが利用可能のエリアは確実に生き残る
千歳線ぐらいは残るかも
感動するほどわかりやすい動画でした。。。かつて北海道はこんなに路線網が敷かれていたのですね、、、留萌本線は留萌まで行かなくなっても留萌本線なんですかね笑
札沼線や片町線等の例を見るとそうなりそうですね(^_^.)
ん~、でも国鉄時代にはこれに「国鉄バス」てのが加わっていて、本当に細やかな正に網だったんだよねぇ。しかも冬場は自前の除雪車で路線の除雪までして。
廃線マニアです。廃線後に尋ねた路線もあり、興味深くみさせて頂きました。見せ方が絶妙で位置関係がわかりやすかったです。
素晴らし過ぎてびっくりぎょうてん。何度もみて拝んでいます。一生のお宝動画です。
廃止理由も簡潔でわかりやすいですね、いい動画だと思います。松前線は朝の通学時間帯は立って乗る人が出る程混雑する、時間によって極端な路線でした。
バス化した後も補助席使ったり1台じゃ足りなくて2台出したりしてましたもん今では、バスも数人となり廃止の先見の明はあったのかと
@@こばねこ さん、ん~確かに。
こう見ると1本も廃線される前に最長片道切符を作成していたら、北海道内だけでもとんでもない距離になってましたね
逆に今からすると石炭輸送有りとはいえよくこんなに路線作れたな国鉄ってほんと凄かったんだな
国が作るというより、私鉄が造った路線を国有法で国鉄にしたケースもあるので、全部敷設に関わったワケではありませんけどね💦
@@giantnioinoba あの函館本線ですら道庁お抱え?の鉄道会社の運営だったからね😃
北海道開拓使に始まり大臣が任命される開発庁なんてあったり、国策?で国鉄も含め政治家が見境いもなく税金注ぎ込んで作りすぎてしまった結果ですね。モータリゼーションと炭鉱業の衰退で廃線にするしかなかった。残念だけど学生時代、周遊券で巡りまくった時代が懐かしい。
1960年代迄は、石炭が主要なエネルギー源でしたから。今は廃墟が有るだけの雄別は、曾ては13000人に人間が住んでいて、そこから産する石炭は、京葉地帯に船で送られて、火力発電所の燃料になっていました。雄別炭は6500キロカロリーと熱量が高かったので、朝鮮戦争の時には、米軍にも納入されたそうな。曾ては軍艦も石炭が燃料でしたし。
何も無い所に輸送手段作ろうとしたら、鉄道が安上がりだったんだと思う。車の輸送能力も低かったし。
マジで、かなり勉強になりました!
お疲れ様です。経営の苦しいJR北海道、に限らず他社にも言える事ですが、営業係数が芳しくない路線は日高本線のように自然災害によって不通になった途端に即廃線の危機に陥る事もあるから、乗れるうちに少しでもローカル線に乗っておきたいものですね。その為にも、コロナ禍が一日でも早く収束してほしいと切に願っております。
北海道新幹線が札幌まで延伸されれば、函館本線の存続問題も出てきますよね。山線区間は絶望的だし、長万部~新函館北斗、砂原支線の森~大沼、これらの区間も第三セクターへの転換か廃止という選択が下されるはず。乗り鉄としては残せるものは残してほしいけど、厳しいとしか言いようがない。
北海道は面積が大きいのでアメリカ本土のような考え方で、人口の多い札幌の都市近郊路線しか黒字にならないのでローカル線は廃線は仕方ないでしょう。
中国出身の留学生です。2019年3月末、春休みを利用して北海道に行く時現在なくなった石勝線夕張支線と留萌本線石狩沼田ー留萌間に乗りました。非電化ローカル線が好きになるようになっています。
なんやかんやこの動画を1週間に1回見てる
昔ファミコンで「オホーツクに消ゆ」というサスペンスゲームがあり、その中で紋別駅が存在していましたが、大人になり鉄道旅で北海道へ行った時には時既に遅しでした。
旅行もののアドベンチャーゲームだとありますよね、トドワラもなくなりましたし
ニポポ人形は、網走監獄のお土産屋さんで売っています。刑務所では売っていません。ブラックジャックしに、網走や札幌からよく頻繁に釧路へ移動できたものだww
何とまあ。脚本書いた小説家が何か言ってませんでしたか?
昔の北海道はロマンの塊や
15:41 何回見ても好きw
ここまで積極的に廃線しても経営が良くならない。というか廃線を進めたから存続できているというか。北海道は人口も少なすぎるのが致命的。行っておきたかったな、という路線も紹介してくださってありがとうございます。
人口はまあまあ多いですよ。人口「密度」が小さいんです。
@@etsuminansen-channel その人口もほとんどが札幌ですからね。一位の札幌が195万人で、二位の旭川が32万人ですから。
大好きな北海道の鉄道の歴史。興味深く視聴させて頂きました。中学校を卒業した1986年春、青春18きっぷで初めて北海道へ行きました。まだ、国鉄時代です。青函連絡船深夜便から、函館始発札幌行の客車鈍行で、札幌まで乗車。青春18きっぷ、5日間の有効期限をフル活用し、北海道のローカル線を乗り歩きました。赤字でしかたありませんが、鉄道ファンとして廃止は、寂しい。
根北線は開業から13年、白糠線上茶路~北進間は開業から11年で廃止こういった路線は存在意義を疑ってしまいますちなみに、士幌線糠平~十勝三股間は営業係数22500だったそうですが、それでも芸備線備後落合~東城間にはかなわないという事実
曾て上茶路に有った炭鉱は、雄別炭鉱の支鉱でした。この為1970年の雄別炭鉱閉山と共に閉山。
たびたび、お邪魔します。1995年から2014年まで廃線がなかったので、それまでJR北海道は耐えていたんですね。単独維持困難線区13線区が発表されました。この中身を理解するには国鉄最後となる昭和61年度(1986年)国鉄予算が鍵でした。その国鉄予算でJR北海道に残した餞別。特急用車両キハ183系500・1500番台36両、普通列車のキハ54形500番台29両。これら車両の更新時期が40年目(鉄道車両の車検が8年毎のため)の2026年に一気に来るんですね。この費用が石北線などの特急が運行される幹線ですら単独維持困難と言わせてるんです。貨物輸送のある北見、釧路まではなんとか鉄道は維持されるとは思うのですが、2026年というのが鍵になりそうです。あと、松前線に関しては廃止後の補償のような海峡線の知内駅の利用を見ると仕方なかったのでは、知内駅の廃止の前年の利用者は1日2人ほどだったようですから。
稚内に在住していたときにドライブしていた道北の道に廃線と廃駅の跡がよく残ってて興味をもってみました廃線の跡めぐりで北海道を旅するのもすごく面白そうですね
北海道の鉄道の廃止が進んてしましたが、鐵坊主さんの真摯なアナウンスは評価したい。私は北海道出身で現在は大阪在住ですが、廃線に対して神経を痺れをきらしてましたね。😞
大変参考になります。チャンネル登録&高評価させて頂きました。これだけの情報量を纏めるには相当のご苦労があったかと存じます。これからも動画を楽しみに拝見させて頂きますね。頑張ってくださいませ!ありがとうございます
ありがとうございます。頑張ります!
16:29 北海道新幹線の開業日付が“路線廃止“になってる……
ブラックジョークで草
コピペして、変え忘れました〜すみません。北海道新幹線、頑張って欲しいです・・・
未来の予測になってない事を祈るばかりです…😓
たまにgoogleマップで見て「何でこの規模の町に鉄道が走っていないんだろう」と思っていた場所もあるがその大半がないのではなく、なくなったのだという事が分かりました
1989年の廃線が悲しすぎる.....
本当です。1989年に廃止になった路線は活用策があったと思います❤ちゃんと活用策を考えて廃止していれば今も残せたでしょう。
リクエストに応えていただきありがとうございます!
鉄道系でup主が話す系はイライラすることが多いのですが、声質と話し方好きです。
士幌線の糠平~十勝三股間のバス代行は上士幌タクシーという会社がマイクロバスを運行しており、乗用車(タクシー)での代行ではなかったようです。何回か実際に乗ったことがあります。紀行作家・宮脇俊三さんの著書にも紹介されていますが、代行バスの主な乗客はドライバーのお子さんだったという種明かしがあります。
北海道出身です。1980年代前半までは道路網が貧弱であり鉄道には存続意義がありました。今…遅れていた高規格道路網が整備されるつつある中、また鉄道が役割を終える時期が近づいて来ていると感じます…寂しいですが…。
うおおお❗この動画の内容も秀逸やけど、ナレーションもいいなあー
ありがとうございます。
悲惨すぎて札幌市営地下鉄と路面電車いれてやりたくなった
稚内市街地バスも入れたくなった。
札幌市電もピーク時から見たら激減してますよw
初めまして。 物凄く分かり易く丁寧な動画でした。有難うございました。
JR北海道も北海道新幹線札幌延伸時に東京∼札幌4時間切りするまでが正念場ですね…北海道新幹線札幌延伸前に留萌本線(深川∼留萌)と根室本線(滝川∼上落合信号場)は廃止になってもおかしくないと思います。滝川∼富良野も花咲線区間より営業係数が大きいので根室本線は滝川∼富良野も富良野∼上落合信号場とセットで廃止になってもおかしくないと思います。
滝川ー富良野は貨物あるから何とかなるとは思いますがね。根室線滝川ー上落合信号所は特急・貨物迂回線で残すべきだと思います
@@大阪車両区 このまま北海道新幹線札幌延伸まで持ってほしい所ですね。落合駅(T37)が廃止されたら落合駅(T02)から落合駅(T37)と足柄の25倍以上時間のかかる乗換というのが出来なくなる(ネタです)あと札幌延伸後に黒字化したら上落合駅も作るべきだと思います。仮に滝川(富良野)∼上落合信号場が廃止になったとしても南富良野町民にとって唯一の交通の足となってくれる(停車するとしても占冠(K21)と同じ扱いになると思いますが)
今現在は年間を通じて富良野→札幌貨物タまでトラック便があり、鉄道輸送は繁忙期限定ですから、絶対必要かといえば微妙なところだとは思ってます、、
@@よよよ-r4s 確かに。繁忙期でも貨物は富良野線経由でもよさそうな気がしますね。このままいけば根室本線(滝川∼上落合信号場)は北海道新幹線札幌延伸前にまとめて廃止になってもおかしくない。
北海道新幹線の赤字がJR北海道の経営の足を引っ張っているという北海道新幹線が青函トンネルを占拠したら、タマネギ、ジャガイモが本州に届かなくなるなぁ。まぁ釧路からホクレンフェリーで運べばいいか。
比較用19:35 19:45
初めて視聴しましたがとんでもなく分かりやすくて感動しました。チャンネル登録と高評価しました。
ありがとうございます。すごく励みになります。
5:30 よくできたマップですけど、志文~岩見沢は旧ルートだったらよかった。11:10 三笠~幌内の支線についても触れてほしかったな。廃止日においてJR北海道第1種鉄道事業者区間です。
あっという間の20分。大変面白かったです。
大学生の時に国鉄乗り潰しを開始し、北海道内は北海道ワイド切符を駆使して、道内全線完乗しました。今回ご紹介された線区のうち、根北線と札沼線の末端区間は既に廃線、士幌線は既に末端区間はバス代行でした。しかし寂しくなりましたね。夜行急行折り返しとか、体力のある頃だからこそできた事です。
ユースホステルで、周遊券交換をやってる輩をよく見かけました。
ぽっぽやを見るとき、北海道の線路の廃止ことに興味がある。いろんな動画を見たら、やはり鉄道だけではなく、失うのは人の記憶と生活の想い出です。いずれ周囲が住んでいる人がないとき、これらの駅は本当に消してしまいました。なんか、悲しいなと思った。(Googleの通訳です、不明瞭ことがあれば本当にすみませんでした)
地図による路線紹介だからすごくわかりやすかったです。1980年代はまだ子供だったから乗れなかった路線ばかりです。個人的には天北線と松前線と広尾線乗ってみたかったです。
まとめで路線総距離と地図を出してくれるので非常に分かりやすいです。炭鉱も無くなり車社会である今現在、鉄道の利用はあまり無く、北海道の広大な鉄道網を維持するのは非常に厳しい。在りし日の鉄道網に乗り、車窓からの風景をゆっくり列車に揺られながら眺めたいものです。
とても分かりやすい動画ですね。1970年代との差に唖然としました。大昔にはるばる関西から蒸気機関車を撮影に行った路線がいつどのようになくなったのか懐かしく拝見しました。残念ですが時代というか、需要あっての鉄道だから仕方ないですね。
繰り返しになりますが、石炭の需要低下とそれに伴う人口減の時に、北海道の交通体系をどうするか?という議論が全く無いままになったというのが、今の根本原因なんです北海道では、最初から不要と思われる路線を結構建設していましたからね鉄道の次は道路を建設しまくって、現在の状態に有りますもう、JR北海道としては、札幌‐稚内の拠点間輸送ですら、維持できないという状態です稚内駅の時刻表見るともうすごいですよ、長大線なのに、数本の特急と、数本の各停のみ・・これじゃあ、もう公共交通機関として役割は果たせないでしょうもう、函館ー札幌周辺ー旭川ー帯広・・程度の路線網しか維持出来ないでしょう
北海道の鉄道は資源輸送が目的であって都市間輸送ではなかったので、ある意味廃線はやむ無しかなあと思います。今後、北海道新幹線が札幌まで延伸されれば、長万部~小樽間がJR北海道から経営分離されるのか廃線となるのか気になるところです。
これだけ廃線にしても未だに2,500kmの路線を有しているんですね。。。今後も路線は減り続けるんでしょうがいったい何kmを残す事が出来るんだろう
内地在住です内地民に出来ることは「乗りに行くこと(および記念乗車券の購入)」と考えており、長期休暇にはせっせと訪北、、、
江差線無くなったんだ!昭和五十二年から北海道行き始めたけど、鉄道に興味なかったから何ヶ所かで入場券を買うくらいで、今思えばもったいないことをしたと思うけど、天気と勝負の北海道旅行では目的地を周るだけで精一杯。万字炭山もよく行ったけど、万字線があった頃の繁栄を見たかったと思ったことしきり。てなわけで、お名残りで乗りに行ったのは青函博の最終日くらいかな。
高速道路と自動車専用道路の整備が影響しています。北十勝線ができていれば石北本線上川から遠軽も廃止問題が上がる危機になります。名寄本線と池北線は北見網走方面の本線ルーツでした。名寄本線は名寄から下川と遠軽から紋別は第三セクターで残す予定でしたが下川から紋別の地元との話し合いがまとまらなく全て廃止に。オホーツク紋別は札幌からの飛行機も事実上の運休になってしまいました。クルマや都市間バス主体になってしまいました。
まさにこんな動画を探していました。ありがとうございます。
高校時代自転車を輪行して廃線1週間前の深名線全線のり鉄しました。当時買った記念日切符は良い青春のお土産です。
わかりやすい解説ありがとうございます
非常に整理されていて解りやすかったです。鉄道のバス化で地域が衰退すると言いますが、逆で、地域が衰退して需要がなくなったから鉄道を維持出来なくなる。また、北海道民も旅行客もなぜ車を使うかといえば、例えば旭川から稚内間でさえ車で移動すればかなり疲れますが、それでも列車で行って着いた後観光地までの足がなくて絶望するよりはマシなのです。だからJR北海道が生き残る道はたった1つで、それは車との共存、つまり道内の「自家用車輸送」です。函館から札幌、札幌から釧路・旭川・小樽、旭川から稚内・留萌・北見(網走)へ「自家用車と乗員を」輸送してくれる列車(半分貨物半分客車)を作ると大きな需要があるでしょう。運賃にもよるでしょうが、これは高速バスでは担えないニーズです。
鐵坊主さんの、動画分かり易くてよかったです。
楽しかった(という表現は沿線自治体からすれば不適当な言葉かもしれませんが)です。あっという間の20分でした。
初コメです。とても勉強になりました。
個人的に深名線から江差線までの間に廃線が無かったのは意外でした。一旦は落ち着いてたんですね
テンポが良くて見やすかったです。炭鉱閉山とモータリゼーションが大きな廃線要因なのですね。 道路整備のなされた区間…建設された自動車道も同時に見られるとさらに興味深いかもしれません、と思いました。
子供の頃、時刻表を眺めては『大人になったら、北海道ワイド周遊券買って乗り潰し』を妄想してました。残念ながら大人になる頃には、子供の頃見た北海道の鉄道路線図は見るも無残な悲しい姿に……。あの頃に戻りたい。
これはとても面白かったです。昔の路線図はロマンがありますね。
このほか、鉱物資源絡みの廃止は、胆振線脇方支線(昭和45年11月1日)と、函館本線南美唄支線(昭和46年8月3日旅客営業廃止)でしょうか。支線なので、話題にものぼらなかったのでしょうね。わずかに、千歳線の切り替え(苗穂~北広島)と新千歳空港支線の新設くらいですものね。それにしても、鐵坊主さんの調査能力すごいです。
分かりやすかったです。
いろんな廃線跡巡りの動画がありますが、それを視聴するときの参考になります。非常に!
産業が無くなるとあっという間に衰退するのね恐ろしや。未成線と聞くと今福線(広島ー浜田)や岩日線(岩国ー日原)を思い浮かべる。
クマが出没する、名羽線
10年ほど前に出ていた鉄道(廃線)地図の本で知識としては知っていましたがここまでわかりやすいのは助かります
天北線の代替である天北宗谷岬線も存続が危うく、天北線当時の本数よりも少ない状態です
10:00
タウシュベツ川橋梁はこのGWに行きましたがめっちゃ良かったです。1937〜1955年まで運用された旧線の一部なのですが、川砂を使用したコンクリート橋なので劣化が進んでいて、何時崩壊してもおかしくない儚さが感慨深かったです。
未だに鉄道系UA-camrが誰も取り上げて無い穴場ネタですので、このchで一部でも紹介してくれて流石だと思いますよ。
タウシュベツ川橋梁のすぐ近くに温泉が有ったと思います。
台湾の鉄道マニアです。
ご説明ありがとうございます。2019年4月1日 - 夕張支線の廃止ため、北海道に行ってきました。
はじめて夕張の旅でしたげと、なんか悲しかったなぁ...
これから廃線しないようにお祈ります!
JR北海道 頑張ってください!
ご存知のように廃線するかは沿線人口の増減によります。戦前は内務省が北海道への国内人口の誘導を図っており、それなりに発展したけど、今の日本政府にその気概が感じられません。要は戦略不足だと思います。
我也是台灣人
あっという間に20分魅入ってしまった
近年まれにみる秀逸な動画だと思います 作成者に感謝
数多くある廃線の説明動画の中では、
視聴者に分かりやすい有数の動画!
かなり感動いたしました。
UPありがとうございました。
パワーポイントの様に文章だけでつらつら説明する動画が多い中、鐵坊主さんの動画は視覚的にわかりやすいのでいつも楽しく観賞しています
地図を見るのが大好きで、国鉄の路線図の変遷を見るのが大好きです。特に北海道は全盛期からの変遷が激しいので思いを馳せながら路線図を眺めたりしています。動画としてこの様に歴史をまとめてくれているのがなかなか無いので、日本の鉄道の歴史をこの様な感じて少しずつアップして下さると有難いです。いつもの、今後の鉄道の展望の動画も楽しいですが、これまでの鉄道の歴史も改めて勉強したいと思ってます。
私が中学生だった1980年頃は、夜行列車もたくさんあって駅の待合室はいつも賑わっていました。
廃線に次ぐ廃線で現在の帯広駅や釧路駅舎内は閑散とし、駅周辺はビジネスホテルばかりで商業施設はすっかり寂れてしまいました。特に釧路の北大通なんかはゴーストタウン化していますね。
鉄道廃線だけ見れば淋しい限りですが、代わりに道東道開通や高規格道路の整備がされました。大昔は日勝峠の途中に砂利道区間もあったりして、帯広から札幌まで行くのはけっこう大変だった事を憶えています。
JR職員です(東海)我々も同じ系列企業の社員であるため人ごとではありません高校時代にうろ覚えですが昔北海道にバイトでためた5万円を握り締め当時は北陸新幹線が着工された時代でしたので北海道新幹線など無かった物でしてフェリーで苫小牧に行きましたその時に帯広やいろんな名所に行きました結局旅費が足りなくて旭川のラーメン屋で働いて旅費を稼いだんですよねそれから2016年でしたっけ20年ぶりに北海道に行ったんですが
あの頃の面影はなく私が乗った鉄道はほとんど廃止されたりその時に私が働いていた旭川のラーメン屋に
行ったのですがあのラーメン屋はクリーニング店になっていてそのあと風の噂で聞いたのですがそこの親父は私が内地に戻った2年後に死んだらしいです他にも私が行った名所やホテル代がなくて3日くらい泊めてもらった
牧場も全てなくなっていてもはや北海道は私の知っているあの広い大地牧草の匂いそして人の暖かい心全てが
もうそこには無いもう残っているのはライカで撮った大雪山の頂上ラーメン屋のオヤジ知床のクマの写真
そしてコーヒーのシミあの時のリュックが今でも残っていますもうあの景色はないですが私の思い出として
残っています。
鉄道ファンではありませんが、出来た経緯や廃止になった原因がわかりやすく説明されていて、全編興味深く観せていただきました!
北海道に初上陸したのが中学生になった90年以降だったから、深名線と池北線がまだかろうじてあった頃。70年代、せめて80年代の北海道を鉄路で旅したかった。
お気持ちわかります。私は80年代前半学生だったので、友人と北海道旅行の時に現在、廃線となっている路線に乗りました。風光明媚な湧網線、襟裳岬へ行くのに乗った日高本線、広尾線など。その他羊蹄山のふもとの胆振線ものんびりした感じで良かったですね。春休みに乗った天北線はあたり一面雪景色でしたが、癒されました。当時はまだ旧国鉄が優位な時代でした。まさか乗った路線が廃線になるなんて夢にも思いませんでした。それだけに残念です。
オッサンだから第二次廃止対象線区全て&美幸線・岩内線乗ったよ(単なる自慢)!
北海道の鉄道の変遷がとても良くわかる素晴らしい動画ですね
それにしてもこれだけの路線網をよくぞ作ったものだと、先人の熱意と努力には感心します
その鉄道網を遥かに上回って整備されてるのが
一般道路網で更に現在も整備が進んでる高規格道路です
実経験として、最早、北海道で大寒波到来時に頼りに成るのは鉄道では無く道路です
それは、札幌~旭川と言う北海道でもトップクラスの都市間移動でさえです
北海道の森林資源、炭坑開発の為に囚人、タコ部屋労働者など多くの犠牲のもとに開発、開業されたものを赤字理由とは言え、こんなにも無くして本当に良かったのかと言う思いは有ります。やむを得ないのだとは思いますがハッキリ言って鉄道経営をしかも人口希薄で自然条件も過酷な北海道を民間一社で維持存続させる事など無理な事は確かでした。
日高本線廃止は当然の流れと思いつつも寂しい感じがしました。
7年前まで新ひだか町で仕事をしていて、同町を離れるときに苫小牧行きの列車に乗ったのを今でも思い出します。
バブルの頃は「快速アポイ」で、キハ130前面展望を満喫できました。
久々に動画を見直しました。北海道では数多くの路線が廃止されていますね。比較的新しい?新千歳支線でも30年以上、津軽海峡線も30数年、石勝線は40年以上、藤城線に至っては半世紀以上もたっているのですね。この4路線以外はもっと古い歴史があるのですね。学園都市線は複線電化高架線化で改良されていますね。
北海道の鉄道動画を作成して頂きありがとうございます。
鐵坊主さんへ
・今日9月20日に、拝見しました。
1968年からの道内で廃止された路線を年代順に(その該当の箇所をズームインとアウトさせて見せられる等の手法で)紹介されて、感激しました。
丁寧な説明ありがとうございます
2:00の札沼線 新十津川駅の当時の読み方は「しんとつがわ」で正しいです。
しかし、17:38の札沼線新十津川駅の読み方はJR化後に読み方が町名と同一の「しんとつかわ」に変更されておりますので念のため。
ご指摘ありがとうございます。
そういう事だったのですねΣ(゚Д゚)
勉強になりますm(__)m
ちなみに、「旭川」も同じパターン。
1987年の6月に、初めて(最後になるかも)の北海道旅行。名古屋からしらさぎ、白鳥、はまなすを乗り継いで北海道へ。今はなき天北線、標津線、日高線の様似までも乗りました。夜行急行のはまなす、利尻、まりも、大雪、全部乗りました。礼文の「ウニ丼」美味かった〜。
もう思い出の中にしか存在しないのは寂しいですね。
平成元年生まれの自分としては、北海道の廃線は本でしか読んだことなくて、路線ごとの情報は知っているのですが、今回のように地図を含めて流れで説明されるのは初めてだったので、すごく理解が深まりました。ありがとうございます。
鉄道だけでなく、北海道の歴史の教材になるレベルですね!素晴らしい出来です。
見せ方が上手い、生声で聞きやすい、そして内容が濃い。20分集中して見られました。
10年近く前の夏にバイクで北海道一周した時に増毛駅や夕張駅に行きました。
どちらもツーリング客で賑わっており「あぁこれは廃線やむなしだなぁ」と感じたのを覚えています。
動画ありがとうございました。廃線の歴史はただただ悲しいです。
主さんの動画と声はいつもわかりやすく、よくできていて見入ってしまいます。鉄道に興味ない方でもふと見始めたら最後まで見てしまうと思います。
毎回、クオリティの高い動画を作成されてることに感心します。
北海道で起こった産業の衰退→貨物需要激減、沿線人口流出→廃線の流れは全国で加速しそうですね。
50年前に生まれてれば北海道の鉄道旅は今以上に楽しかっただろうなと思いを馳せると同時に何かいろいろ日本の鉄道網は今後どうなるのだろうと考えさせられます。
50年前の北海道なら汲み取り式トイレが当たり前だろうし家も寒そうだからゆとり世代の俺は無理かもしれんw
jr北海道も選択と集中を改めて行える大切な時期かもしれませんね
変わらずのわかりやすい説明、詳細で飽きさせない構成流石です
ありがとうございました
炭鉱閉山のあとの産業が・・・
マイカーと石油、それを基にした公共投資だから人口推移以上に大大爆減ですわ。
自転車旅の始まりで輪行利用した日高本線が懐かしい…
廃線になってしまったけど、降り立った様似駅で夕日が車両を照らしたあの夕景、生涯忘れることはないでしょう。
1995年から2014年まで廃線してないって凄くない?JR北海道頑張ってたんだなあ。
日高本線は正式廃止前にグーグルがマップで勝手に消してたのも話題になったね。
結果的にグーグル様が正しかったけどさ。。。
新幹線が思った程需要が伸びなかったからね。どうせなら千歳空港経由で札幌まで伸びないと、,,,ね。
既に列車の運行が儘ならなかったからね。
北海道の紋別、中標津、江差など中規模な町でも、鉄道が無く寂しくなりました、JR北海道は全線赤字ということですが、札幌、小樽、旭川、函館、釧路以外の中規模な都市とを結ぶ公共交通機関として、旅客、貨物を効率的に運行して、存続させたいものです。
私が生まれたときには既に特定地方交通線の処分はほとんど片付いていたので、北海道の路線図を開いて鉄道旅行の行程を考えるとき、「もしこの路線が残ってたらもっと便利に周遊できたのに」と悔しい思いをすることが多々あります。どうにかならなかったのかと、時代と政治を恨むこともありますが仕方ありませんね。今度は自分が持続可能な公共交通網の構築に向けた施策を考え実行できるように、勉学に励んでいます。
1984~85年の時期に
知人に同行して北海道の鉄道路線をかなり乗る機会がありましたが
乗客の殆どは鉄道ファン及びその同行者というのが素人目にも良く判る状態で
今から40年近く昔の段階で
地域輸送の役割はほぼ終えているんだな…というのが北海道のローカル線の実情ではありました
ほぼ似たような年代に
たまたま兵庫県のローカル線(高砂線・北条線・鍛冶屋線・加古川線)を訪れる機会がありましたが
同じく廃止対象であった高砂線etc.についても
北海道のそれに較べると一般の利用者がまだ存在しており
北海道における鉄道の必要性が(特に地域輸送の面では)かなり低下していたことを痛感した記憶があります
近年はJR北海道の路線の廃線が多いです。今じゃ50年くらい前よりかなり廃線された路線ばかりです。今じゃ主要都市の路線しか残らない感じです。
15:41 他の廃線の説明を聞いていて物悲しさを感じていた処であの説明。おかげで廃線翌日の切ない思い出がどこかへ楽しく吹き飛んだ地元出身者です。
こうやって地図を添えて解説してくれるとわかりやすいです。
北海道に限らず地図がないからピンと来ない動画は多いです。
湧網線、名寄本線、羽幌線、深名線、富内線、士幌線、広尾線、天北線、日高本線は廃止前に何とか乗ることが出来ました。
転換バスですら、維持できずに廃止になり、乗り通せなくなった湧網線が一番悲惨だと思います。
北海道の東半分から人が居なくなるのもそう遠くない気がする・・・
@@ベルカ公国国家宣伝相
その東半分に住んでいる漏れガイル。
@戦慄の露弩樞變駆詫
十勝の場合野菜の一大供給基地として残りそう。酪農は、十勝がブランド化にまぁ、成功したお陰で一歩リ-ドという感じだが、浜中のような高品質乳がまだないとは言え浜中も、酪農家の老齢化という問題が有る。今、鶴居や、別海も高品質化に舵を切っているがまだ本格化していない感じ。
鶴居は有休牧草地でワイン用ブドウに手を出している所も出て来たが、ワイナリ-を興したくとも、財務省の妨害で中々進まない。
名寄本線は本線なのに廃止になり、ショックでした。
青函博最後の日、海峡中央で十和田丸から羊蹄丸を見送った時は感慨深いものがありましたね。昭和52年から何十回も北海道を訪れたけど、映像に出てくる路線はほぼ残ってましたね。でも鉄道に興味も無いし、幸福駅で切符を買ったくらいで、そのうち通りがかりの地方駅の入場券を買ったり、ことのついでに列車の写真を撮ったりしたけど、一日に何百kmも走る北海道旅行では、鉄道関係にさく時間は限られたものでしたね。万字炭山もよく訪れたけど、万字線が走っていた頃の町の賑わいを見たかった、とよく思いましたね。夕張や幾春別や頼城など、炭鉱の街には郷愁を感じますね。
なんとも悲しい歴史ですね。北海道の鉄道は50年かけて建設し、40年だいたい維持し、50年かけて衰退といった感じでしょうか。今から50年先、2070年にはどうなっているのだろうか。
多分0になってる
@@sagamineko さん、その可能性も否定できません。いずれにしても50年以内に札幌ー旭川、帯広あたりを残すかどうか賛否が問われるかもしれませんね。
今のKitaca利用エリアと、2024年春からKitacaが利用可能のエリアは確実に生き残る
千歳線ぐらいは残るかも
感動するほどわかりやすい動画でした。。。かつて北海道はこんなに路線網が敷かれていたのですね、、、
留萌本線は留萌まで行かなくなっても留萌本線なんですかね笑
札沼線や片町線等の例を見るとそうなりそうですね(^_^.)
ん~、でも国鉄時代にはこれに「国鉄バス」てのが加わっていて、本当に細やかな正に網だったんだよねぇ。
しかも冬場は自前の除雪車で路線の除雪までして。
廃線マニアです。廃線後に尋ねた路線もあり、興味深くみさせて頂きました。見せ方が絶妙で位置関係がわかりやすかったです。
素晴らし過ぎてびっくりぎょうてん。何度もみて拝んでいます。一生のお宝動画です。
廃止理由も簡潔でわかりやすいですね、いい動画だと思います。松前線は朝の通学時間帯は立って乗る人が出る程混雑する、時間によって極端な路線でした。
バス化した後も補助席使ったり
1台じゃ足りなくて
2台出したりしてましたもん
今では、バスも数人となり
廃止の先見の明はあったのかと
@@こばねこ さん、ん~確かに。
こう見ると1本も廃線される前に最長片道切符を作成していたら、北海道内だけでもとんでもない距離になってましたね
逆に今からすると石炭輸送有りとはいえよくこんなに路線作れたな
国鉄ってほんと凄かったんだな
国が作るというより、私鉄が造った路線を国有法で国鉄にしたケースもあるので、全部敷設に関わったワケではありませんけどね💦
@@giantnioinoba あの函館本線ですら道庁お抱え?の鉄道会社の運営だったからね😃
北海道開拓使に始まり大臣が任命される開発庁なんてあったり、国策?で国鉄も含め政治家が見境いもなく税金注ぎ込んで作りすぎてしまった結果ですね。モータリゼーションと炭鉱業の衰退で廃線にするしかなかった。残念だけど学生時代、周遊券で巡りまくった時代が懐かしい。
1960年代迄は、石炭が主要なエネルギー源でしたから。今は廃墟が有るだけの雄別は、曾ては13000人に人間が住んでいて、そこから産する石炭は、京葉地帯に船で送られて、火力発電所の燃料になっていました。雄別炭は6500キロカロリーと熱量が高かったので、朝鮮戦争の時には、米軍にも納入されたそうな。曾ては軍艦も石炭が燃料でしたし。
何も無い所に輸送手段作ろうとしたら、鉄道が安上がりだったんだと思う。車の輸送能力も低かったし。
マジで、かなり勉強になりました!
お疲れ様です。
経営の苦しいJR北海道、に限らず他社にも言える事ですが、営業係数が芳しくない路線は日高本線のように自然災害によって不通になった途端に即廃線の危機に陥る事もあるから、乗れるうちに少しでもローカル線に乗っておきたいものですね。その為にも、コロナ禍が一日でも早く収束してほしいと切に願っております。
北海道新幹線が札幌まで延伸されれば、函館本線の存続問題も出てきますよね。
山線区間は絶望的だし、長万部~新函館北斗、砂原支線の森~大沼、これらの区間も第三セクターへの転換か廃止という選択が下されるはず。
乗り鉄としては残せるものは残してほしいけど、厳しいとしか言いようがない。
北海道は面積が大きいのでアメリカ本土のような考え方で、人口の多い札幌の都市近郊路線しか黒字にならないのでローカル線は廃線は仕方ないでしょう。
中国出身の留学生です。
2019年3月末、春休みを利用して北海道に行く時現在なくなった石勝線夕張支線と留萌本線石狩沼田ー留萌間に乗りました。非電化ローカル線が好きになるようになっています。
なんやかんやこの動画を1週間に1回見てる
昔ファミコンで「オホーツクに消ゆ」というサスペンスゲームがあり、その中で紋別駅が存在していましたが、大人になり鉄道旅で北海道へ行った時には時既に遅しでした。
旅行もののアドベンチャーゲームだとありますよね、トドワラもなくなりましたし
ニポポ人形は、網走監獄のお土産屋さんで売っています。刑務所では売っていません。
ブラックジャックしに、網走や札幌からよく頻繁に釧路へ移動できたものだww
何とまあ。脚本書いた小説家が何か言ってませんでしたか?
昔の北海道はロマンの塊や
15:41 何回見ても好きw
ここまで積極的に廃線しても経営が良くならない。というか廃線を進めたから存続できているというか。北海道は人口も少なすぎるのが致命的。
行っておきたかったな、という路線も紹介してくださってありがとうございます。
人口はまあまあ多いですよ。人口「密度」が小さいんです。
@@etsuminansen-channel その人口もほとんどが札幌ですからね。
一位の札幌が195万人で、二位の旭川が32万人ですから。
大好きな北海道の鉄道の歴史。興味深く視聴させて頂きました。中学校を卒業した1986年春、青春18きっぷで初めて北海道へ行きました。まだ、国鉄時代です。青函連絡船深夜便から、函館始発札幌行の客車鈍行で、札幌まで乗車。青春18きっぷ、5日間の有効期限をフル活用し、北海道のローカル線を乗り歩きました。赤字でしかたありませんが、鉄道ファンとして廃止は、寂しい。
根北線は開業から13年、白糠線上茶路~北進間は開業から11年で廃止
こういった路線は存在意義を疑ってしまいます
ちなみに、士幌線糠平~十勝三股間は営業係数22500だったそうですが、それでも芸備線備後落合~東城間にはかなわないという事実
曾て上茶路に有った炭鉱は、雄別炭鉱の支鉱でした。この為1970年の雄別炭鉱閉山と共に閉山。
たびたび、お邪魔します。
1995年から2014年まで廃線がなかったので、それまでJR北海道は耐えていたんですね。
単独維持困難線区13線区が発表されました。この中身を理解するには国鉄最後となる昭和61年度(1986年)国鉄予算が鍵でした。その国鉄予算でJR北海道に残した餞別。特急用車両キハ183系500・1500番台36両、普通列車のキハ54形500番台29両。これら車両の更新時期が40年目(鉄道車両の車検が8年毎のため)の2026年に一気に来るんですね。この費用が石北線などの特急が運行される幹線ですら単独維持困難と言わせてるんです。貨物輸送のある北見、釧路まではなんとか鉄道は維持されるとは思うのですが、2026年というのが鍵になりそうです。
あと、松前線に関しては廃止後の補償のような海峡線の知内駅の利用を見ると仕方なかったのでは、知内駅の廃止の前年の利用者は1日2人ほどだったようですから。
稚内に在住していたときにドライブしていた道北の道に廃線と廃駅の跡がよく残ってて興味をもってみました
廃線の跡めぐりで北海道を旅するのもすごく面白そうですね
北海道の鉄道の廃止が進んてしましたが、鐵坊主さんの真摯なアナウンスは評価したい。私は北海道出身で現在は大阪在住ですが、廃線に対して神経を痺れをきらしてましたね。😞
大変参考になります。チャンネル登録&高評価させて頂きました。
これだけの情報量を纏めるには相当のご苦労があったかと存じます。
これからも動画を楽しみに拝見させて頂きますね。
頑張ってくださいませ!
ありがとうございます
ありがとうございます。
頑張ります!
16:29
北海道新幹線の開業日付が“路線廃止“になってる……
ブラックジョークで草
コピペして、変え忘れました〜
すみません。
北海道新幹線、頑張って欲しいです・・・
未来の予測になってない事を祈るばかりです…😓
たまにgoogleマップで見て「何でこの規模の町に鉄道が走っていないんだろう」と思っていた場所もあるが
その大半がないのではなく、なくなったのだという事が分かりました
1989年の廃線が悲しすぎる.....
本当です。1989年に廃止になった路線は活用策があったと思います❤
ちゃんと活用策を考えて廃止していれば今も残せたでしょう。
リクエストに応えていただきありがとうございます!
鉄道系でup主が話す系はイライラすることが多いのですが、声質と話し方好きです。
士幌線の糠平~十勝三股間のバス代行は上士幌タクシーという会社がマイクロバスを運行しており、乗用車(タクシー)での代行ではなかったようです。何回か実際に乗ったことがあります。
紀行作家・宮脇俊三さんの著書にも紹介されていますが、代行バスの主な乗客はドライバーのお子さんだったという種明かしがあります。
北海道出身です。1980年代前半までは道路網が貧弱であり鉄道には存続意義がありました。今…遅れていた高規格道路網が整備されるつつある中、また鉄道が役割を終える時期が近づいて来ていると感じます…寂しいですが…。
うおおお❗
この動画の内容も秀逸やけど、ナレーションもいいなあー
ありがとうございます。
悲惨すぎて札幌市営地下鉄と路面電車いれてやりたくなった
稚内市街地バスも入れたくなった。
札幌市電もピーク時から見たら激減してますよw
初めまして。
物凄く分かり易く
丁寧な動画でした。
有難うございました。
JR北海道も北海道新幹線札幌延伸時に東京∼札幌4時間切りするまでが正念場ですね…
北海道新幹線札幌延伸前に留萌本線(深川∼留萌)と根室本線(滝川∼上落合信号場)は廃止になってもおかしくないと思います。
滝川∼富良野も花咲線区間より営業係数が大きいので根室本線は滝川∼富良野も富良野∼上落合信号場とセットで廃止になってもおかしくないと思います。
滝川ー富良野は貨物あるから何とかなるとは思いますがね。根室線滝川ー上落合信号所は特急・貨物迂回線で残すべきだと思います
@@大阪車両区
このまま北海道新幹線札幌延伸まで持ってほしい所ですね。
落合駅(T37)が廃止されたら落合駅(T02)から落合駅(T37)と足柄の25倍以上時間のかかる乗換というのが出来なくなる(ネタです)
あと札幌延伸後に黒字化したら上落合駅も作るべきだと思います。
仮に滝川(富良野)∼上落合信号場が廃止になったとしても南富良野町民にとって唯一の交通の足となってくれる(停車するとしても占冠(K21)と同じ扱いになると思いますが)
今現在は年間を通じて富良野→札幌貨物タまでトラック便があり、鉄道輸送は繁忙期限定ですから、絶対必要かといえば微妙なところだとは思ってます、、
@@よよよ-r4s
確かに。
繁忙期でも貨物は富良野線経由でもよさそうな気がしますね。
このままいけば根室本線(滝川∼上落合信号場)は北海道新幹線札幌延伸前にまとめて廃止になってもおかしくない。
北海道新幹線の赤字がJR北海道の経営の足を引っ張っているという
北海道新幹線が青函トンネルを占拠したら、タマネギ、ジャガイモが本州に届かなくなるなぁ。
まぁ釧路からホクレンフェリーで運べばいいか。
比較用
19:35 19:45
初めて視聴しましたがとんでもなく分かりやすくて感動しました。チャンネル登録と高評価しました。
ありがとうございます。
すごく励みになります。
5:30 よくできたマップですけど、志文~岩見沢は旧ルートだったらよかった。
11:10 三笠~幌内の支線についても触れてほしかったな。廃止日においてJR北海道第1種鉄道事業者区間です。
あっという間の20分。大変面白かったです。
大学生の時に国鉄乗り潰しを開始し、北海道内は北海道ワイド切符を駆使して、道内全線完乗しました。
今回ご紹介された線区のうち、根北線と札沼線の末端区間は既に廃線、士幌線は既に末端区間はバス代行でした。しかし寂しくなりましたね。夜行急行折り返しとか、体力のある頃だからこそできた事です。
ユースホステルで、周遊券交換をやってる輩をよく見かけました。
ぽっぽやを見るとき、北海道の線路の廃止ことに興味がある。いろんな動画を見たら、やはり鉄道だけではなく、失うのは人の記憶と生活の想い出です。いずれ周囲が住んでいる人がないとき、これらの駅は本当に消してしまいました。
なんか、悲しいなと思った。
(Googleの通訳です、不明瞭ことがあれば本当にすみませんでした)
地図による路線紹介だからすごくわかりやすかったです。1980年代はまだ子供だったから乗れなかった路線ばかりです。個人的には天北線と松前線と広尾線乗ってみたかったです。
まとめで路線総距離と地図を出してくれるので非常に分かりやすいです。
炭鉱も無くなり車社会である今現在、鉄道の利用はあまり無く、北海道の広大な鉄道網を維持するのは非常に厳しい。
在りし日の鉄道網に乗り、車窓からの風景をゆっくり列車に揺られながら眺めたいものです。
とても分かりやすい動画ですね。1970年代との差に唖然としました。
大昔にはるばる関西から蒸気機関車を撮影に行った路線がいつどのようになくなったのか懐かしく拝見しました。残念ですが時代というか、需要あっての鉄道だから仕方ないですね。
繰り返しになりますが、石炭の需要低下とそれに伴う人口減の時に、北海道の交通体系をどうするか?という議論が全く無いままになったというのが、今の根本原因なんです
北海道では、最初から不要と思われる路線を結構建設していましたからね
鉄道の次は道路を建設しまくって、現在の状態に有ります
もう、JR北海道としては、札幌‐稚内の拠点間輸送ですら、維持できないという状態です
稚内駅の時刻表見るともうすごいですよ、長大線なのに、数本の特急と、数本の各停のみ・・これじゃあ、もう公共交通機関として役割は果たせないでしょう
もう、函館ー札幌周辺ー旭川ー帯広・・程度の路線網しか維持出来ないでしょう
北海道の鉄道は資源輸送が目的であって都市間輸送ではなかったので、ある意味廃線はやむ無しかなあと思います。今後、北海道新幹線が札幌まで延伸されれば、長万部~小樽間がJR北海道から経営分離されるのか廃線となるのか気になるところです。
これだけ廃線にしても未だに2,500kmの路線を有しているんですね。。。
今後も路線は減り続けるんでしょうがいったい何kmを残す事が出来るんだろう
内地在住です
内地民に出来ることは「乗りに行くこと(および記念乗車券の購入)」と考えており、長期休暇にはせっせと訪北、、、
江差線無くなったんだ!昭和五十二年から北海道行き始めたけど、鉄道に興味なかったから何ヶ所かで入場券を買うくらいで、今思えばもったいないことをしたと思うけど、天気と勝負の北海道旅行では目的地を周るだけで精一杯。万字炭山もよく行ったけど、万字線があった頃の繁栄を見たかったと思ったことしきり。てなわけで、お名残りで乗りに行ったのは青函博の最終日くらいかな。
高速道路と自動車専用道路の整備が影響しています。北十勝線ができていれば石北本線上川から遠軽も廃止問題が上がる危機になります。
名寄本線と池北線は北見網走方面の本線ルーツでした。
名寄本線は名寄から下川と遠軽から紋別は第三セクターで残す予定でしたが下川から紋別の地元との話し合いがまとまらなく全て廃止に。オホーツク紋別は札幌からの飛行機も事実上の運休になってしまいました。
クルマや都市間バス主体になってしまいました。
まさにこんな動画を探していました。
ありがとうございます。
高校時代自転車を輪行して廃線1週間前の深名線全線のり鉄しました。当時買った記念日切符は良い青春のお土産です。
わかりやすい解説ありがとうございます
非常に整理されていて解りやすかったです。
鉄道のバス化で地域が衰退すると言いますが、逆で、地域が衰退して需要がなくなったから鉄道を維持出来なくなる。
また、北海道民も旅行客もなぜ車を使うかといえば、例えば旭川から稚内間でさえ車で移動すればかなり疲れますが、それでも列車で行って着いた後観光地までの足がなくて絶望するよりはマシなのです。
だからJR北海道が生き残る道はたった1つで、それは車との共存、つまり道内の「自家用車輸送」です。
函館から札幌、札幌から釧路・旭川・小樽、旭川から稚内・留萌・北見(網走)へ「自家用車と乗員を」輸送してくれる列車(半分貨物半分客車)を作ると大きな需要があるでしょう。運賃にもよるでしょうが、これは高速バスでは担えないニーズです。
鐵坊主さんの、動画分かり易くてよかったです。
楽しかった(という表現は沿線自治体からすれば不適当な言葉かもしれませんが)です。あっという間の20分でした。
初コメです。とても勉強になりました。
個人的に深名線から江差線までの間に廃線が無かったのは意外でした。
一旦は落ち着いてたんですね
テンポが良くて見やすかったです。
炭鉱閉山とモータリゼーションが大きな廃線要因なのですね。
道路整備のなされた区間…建設された自動車道も同時に見られるとさらに興味深いかもしれません、と思いました。
子供の頃、時刻表を眺めては『大人になったら、北海道ワイド周遊券買って乗り潰し』を妄想してました。
残念ながら大人になる頃には、子供の頃見た北海道の鉄道路線図は見るも無残な悲しい姿に……。
あの頃に戻りたい。
これはとても面白かったです。
昔の路線図はロマンがありますね。
このほか、鉱物資源絡みの廃止は、胆振線脇方支線(昭和45年11月1日)と、函館本線南美唄支線(昭和46年8月3日旅客営業廃止)でしょうか。支線なので、話題にものぼらなかったのでしょうね。
わずかに、千歳線の切り替え(苗穂~北広島)と新千歳空港支線の新設くらいですものね。それにしても、鐵坊主さんの調査能力すごいです。
分かりやすかったです。
いろんな廃線跡巡りの動画がありますが、それを視聴するときの参考になります。非常に!
産業が無くなるとあっという間に衰退するのね恐ろしや。
未成線と聞くと今福線(広島ー浜田)や岩日線(岩国ー日原)を思い浮かべる。
クマが出没する、名羽線
10年ほど前に出ていた鉄道(廃線)地図の本で知識としては知っていましたが
ここまでわかりやすいのは助かります
天北線の代替である天北宗谷岬線も存続が危うく、天北線当時の本数よりも少ない状態です