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キハ58ではなくキハ65と編成を組んだら出力不足にならずにデザインも似ているので編成美も綺麗になったと思います。
しかも重量のある元スハフがぶら下がってる。でもキハ58はキサハから冷房の電気をもらえてたからお互い様かな。
っちゅーか、冷房用の電源車という「目的で」スハフ改を入れたんでしょう。
元スハフで4両分の給電は賄えるんでこの構成になった…と聞き及んでおります
何故か惹かれるんだよね〜、こういう車両って
キサハ144も客車から付随車になりましたね
気動車と客車の併結というとJR北海道のキハ400・480系やキハ183系と14系寝台車もそうでしたが(登場時期も同じ位)、そっちは1、2両の客車に3両以上のキハなのと夜行用だから可能だったのですね。
逆に、気動車だったのに機関を撤去されて客車化された車両もありましたね和田岬線のキクハ35とか・・・あとは地方のローカル鉄道でも客車化された元気動車があったと聞きます
併結相手がキハ65だったら出力に余裕があっただろうにね、あと編成美もそろえられてよかったけど。
当時キハ65系は特急・臨時用に改造されてましたね。
同感です。私も当時同様な事を思いました。
銀河のキハ141系と北海道のキハ143系のキサハも客車そのままで気動車牽引の客車でしたね。今はgv e197系牽引の客車列車が有名になったけど…
まあ、元を正せば、その昔北海道の匠が客車を気動車に改造した際に、増結用に客車をそのまま気動車に編入し、それぞれキサハ、キクハとしていた先例がありまして
関鉄常総線にも 小田急の元電車(クハ 1650)を気動車の『キサハ』『キクハ(制御系を気動車用に改造)』に改造したものがありました。
キサハ34系は確かキハ58系の真ん中にサンドイッチ状態で連結をされて走っていたスハフ12系客車を改造された車両でしたね。
まだほくほく線が開通する前、金沢から長岡乗り換えの時代にかがやきや北越に雷鳥の車内からちょくちょく見ました。キハ58系とは車体寸法も違うんでなかなか凸凹な編成でしたよ
【キとサの悪魔合体】🤣多分、みんな『◯◯さん、正気ですか⁉️😰』と思った事だろう😅PS:オハ50「だから私のように【エンジンを搭載】しろ」とw
「そうだ!気動車にしょう!💡」「えっ?」60系、50系、12系😨
ミャンマーではよく見かける組み合わせです。エンジンの状態が思わしくない車両がエンジン撤去の対象になり、付随車に転用されて動力車両に牽引される姿は、キハ58とキサハ34を思い起こします。
あの雨晴の絶景にこの珍車は源義経もびっくり
それより昔、気動車改造のキサハ04の200番台が高岡にいて氷見線で活躍していたという。
これ気動車化と言うよりかは気動車に連結出来る様にしたトレーラーって感じですね
キサハで静かだろうとおもったら発電機がうるさかったと(実際に乗ったことある)。
両端ともキハ58だったらまだ1Engine4両の換算になったのね(^^);そう言えば…あれは幻か?高岡駅構内で脱線して大きく傾いてあわや駅舎に突っ込む寸前でかろうじて転覆免れているところに遭遇した記憶があるのだが…平成一桁頃の話。
0:28 こっちの真っ青な12系の方が違和感ヤバい、白線ないだけでここまで変わるとは
このキサハ34の謎なところは元スハフは金沢車なのに元オハは金沢車ではなくて広島から転属させたのを種車にしているところなんですよね。一方で広島には金沢からの転配車が入っておりプラスマイナスゼロ。この金沢車と広島車の差し替えは「検査の都合」と言われてたみたいですが、理由としてはピンときません…😅
けっこうロングシートの割合が多かったんでしね。
動力が付いたら面白いのになと、思った。
キハ58:「…なんつー有難迷惑な改造してくれたんやねん…」…😅
福知山のスハフ12を連結運用したキハ58のスタフを見ると分岐の速度制限があるのですが。北陸の方は、どうだったのでしょうか?
廃車にするなら広島かまたは、新山口または、下関に持って来てほしかった。
一時期マジでハマってたキサハやんwww
今こうゆう車両出来ないんかなあ…
キハ58ではなくキハ65と編成を組んだら出力不足にならずにデザインも似ているので編成美も綺麗になったと思います。
しかも重量のある元スハフがぶら下がってる。でもキハ58はキサハから冷房の電気をもらえてたからお互い様かな。
っちゅーか、冷房用の電源車という「目的で」スハフ改を入れたんでしょう。
元スハフで4両分の給電は賄えるんで
この構成になった…と聞き及んでおります
何故か惹かれるんだよね〜、こういう車両って
キサハ144も客車から付随車になりましたね
気動車と客車の併結というとJR北海道のキハ400・480系やキハ183系と14系寝台車もそうでしたが(登場時期も同じ位)、そっちは1、2両の客車に3両以上のキハなのと夜行用だから可能だったのですね。
逆に、気動車だったのに機関を撤去されて客車化された車両もありましたね
和田岬線のキクハ35とか・・・あとは地方のローカル鉄道でも客車化された元気動車があったと聞きます
併結相手がキハ65だったら出力に余裕があっただろうにね、あと編成美もそろえられてよかったけど。
当時キハ65系は特急・臨時用に改造されてましたね。
同感です。私も当時同様な事を思いました。
銀河のキハ141系と北海道のキハ143系のキサハも客車そのままで気動車牽引の客車でしたね。
今はgv e197系牽引の客車列車が有名になったけど…
まあ、元を正せば、その昔北海道の匠が客車を気動車に改造した際に、増結用に客車をそのまま気動車に編入し、それぞれキサハ、キクハとしていた先例がありまして
関鉄常総線にも 小田急の元電車(クハ 1650)を気動車の『キサハ』『キクハ(制御系を気動車用に改造)』に改造したものがありました。
キサハ34系は確かキハ58系の真ん中にサンドイッチ状態で連結をされて走っていたスハフ12系客車を改造された車両でしたね。
まだほくほく線が開通する前、金沢から長岡乗り換えの時代にかがやきや北越に雷鳥の車内からちょくちょく見ました。
キハ58系とは車体寸法も違うんでなかなか凸凹な編成でしたよ
【キとサの悪魔合体】🤣
多分、みんな『◯◯さん、正気ですか⁉️😰』と思った事だろう😅
PS:オハ50「だから私のように【エンジンを搭載】しろ」とw
「そうだ!気動車にしょう!💡」
「えっ?」
60系、50系、12系😨
ミャンマーではよく見かける組み合わせです。
エンジンの状態が思わしくない車両がエンジン撤去の対象になり、付随車に転用されて動力車両に牽引される姿は、キハ58とキサハ34を思い起こします。
あの雨晴の絶景にこの珍車は源義経もびっくり
それより昔、気動車改造のキサハ04の200番台が高岡にいて氷見線で活躍していたという。
これ気動車化と言うよりかは気動車に連結出来る様にしたトレーラーって感じですね
キサハで静かだろうとおもったら発電機がうるさかったと(実際に乗ったことある)。
両端ともキハ58だったらまだ1Engine4両の換算になったのね(^^);そう言えば…あれは幻か?高岡駅構内で脱線して大きく傾いてあわや駅舎に突っ込む寸前でかろうじて転覆免れているところに遭遇した記憶があるのだが…平成一桁頃の話。
0:28 こっちの真っ青な12系の方が違和感ヤバい、白線ないだけでここまで変わるとは
このキサハ34の謎なところは元スハフは金沢車なのに元オハは金沢車ではなくて広島から転属させたのを種車にしているところなんですよね。
一方で広島には金沢からの転配車が入っておりプラスマイナスゼロ。
この金沢車と広島車の差し替えは「検査の都合」と言われてたみたいですが、理由としてはピンときません…😅
けっこうロングシートの割合が多かったんでしね。
動力が付いたら面白いのになと、思った。
キハ58:「…なんつー有難迷惑な改造してくれたんやねん…」…😅
福知山のスハフ12を連結運用したキハ58のスタフを見ると分岐の速度制限があるのですが。北陸の方は、どうだったのでしょうか?
廃車にするなら広島かまたは、新山口または、下関に持って来てほしかった。
一時期マジでハマってたキサハやんwww
今こうゆう車両出来ないんかなあ…