【ラストシーン】アスカが一人でいた理由/シンジとマリに隠された伏線/レイとカヲルが2人でいた理由を解説
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- Опубліковано 8 вер 2024
- 今回のエヴァンゲリオン解説は「ラストシーンの考察」について!シンエヴァンゲリオン劇場版本当のラストシーン、新宇部川駅ホームでのシーンをそれぞれのキャラクターに焦点を当てて考察。アスカはなぜ一人でいたのか?レイとカヲルはなぜ楽しそうに談笑していたのか?マリとシンジに隠された伏線や関係性について解説しています。
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訂正:新宇部川駅▶︎宇部新川駅でした。大変失礼いたしました。
エヴァってアニメ見るのも面白いけど。
見終わった後に、彼処は○○と言う意味が有ったんじゃないか?とか、考察が凄く面白い作品。
そして、今後、増えて欲しいとシン劇場版始まってから思ってるが...。
他の方の”宇部新川駅に2番線ホームないよ”ってコメントで住んでいた当時を思い出しました。
小野田駅にも2番線はないのですが、かつては貨物専用線として使われていたのが撤去されたのだそうです(ホームは元々ない)。それと関係があるんですかね。
@@user-sx1zq3fj1i 2番線がないということは新世紀になった事(エヴァからの解放)を表してるんですかね。
シン宇部川駅みたいになってますねw
ゲンドウが世界を私物化しようとしたように、庵野監督もエヴァを私物化したのかなと。。。
今作だけではなく劇場版は庵野監督のわがままというか自身のアニメの集大成をエヴァの世界で表現してたのかなと。
そう考えるとラストシーンのシンジは庵野監督でマリはモヨコさんなのかな笑
向かいのホームはまさしくエヴァの世界で3番線は現在です。
その3番線ホームでシンジと同じように長年エヴァの呪縛に苦しんできた庵野監督をエヴァから解放し、庵野監督にとっては始まりの場所でもある宇部新川の駅(別れの場所)がエヴァとの別れの場所になり、そして新しい出発をするみたいな。。。
ただチョーカーが消滅ではなくポケットに入れたということはアニメでやりたい事が出てきた時にいつでもエヴァの世界に戻れるようになのかなとか思ってます。
アスカ「もう泣くのは辞めたの?」って聞いたときシンジが「泣いて救えるのは自分だけだから」って言ったときにシンジの成長を感じた
カオルだよ
@@user-ww5jm7lr2u 西表島じゃねぇよ
@@user-ex5ld6fl7u にゃんこやってねぇやつしかわからねぇよそのネタ
@@user-ex5ld6fl7u あいつ違うwww
カヲルがアス化した…
シンジくんの声変わりがあんなに切なくて寂しくてうれしいとは思わなかった
私もああああああああぁぁぁ````ってなりましたエヴァって時間の流れが特殊で複雑だけど、ラストシーンだけははっきりと時の流れが感じられた。まさに寂しかったけど嬉しかった
@@a5kaho0 めっちゃ分かります。今までのちょっと難解な世界軸をひっくるめての最後、確かに階段を上がっていく2人にはとてつもない感動と何とも言えない喪失感がありました…
俺もリアルに「うお...」って言った
間違いなく視聴者の我々もエヴァの世界に囚われていたんだね。
難病による難聴で、そういうのは全く分からないので、羨ましいです。
いつも思ってるのが、
カヲルはループしてるというよりも、
我々が何度もエヴァを観ることで物語を何度も繰り返し演じさせられていることを、カヲルだけが認識してるって模写なんじゃないかと思ってる。
めっちゃ好きです!!
Qってことですね
@@xoyren まぁ、カヲルはシンジくんラブだしいいんじゃない?(ハナホジ)
@@user-ic9hz1uc6j コメ主が言いたいのは、カヲルがシンジラブってことにさせているのはあたい達だということ、無理矢理BLさせられているのを自覚しながらカヲルはシンジだけでなく視聴者にも向けて何度も演じているということ、なんじゃないかな。
公式のつけた設定そのものをカヲルやレイが自分の意思ではないのに必死にあたい達に向けて演じてる
俺、カヲル君を相当殺してるけどw
映画でこのシーンを観た時,楽しいとか泣けるとかではなく,「お疲れ様でした」の一言しか思い浮かばなかった。
😊
見終わったときの不思議な充足感は言い表せない。
TV版から観ている身にとってはもう20年以上エヴァ観てるわけで、新たな世界で生きているシンジ、アスカ、レイ、カヲルがいるだけでもう泣いちゃった。なんか、子供が巣立ったなって。
TV版から、自分の生活も人生も価値観も変わってって、子供が出来て…
シンジくんたちも自分の投影から、自分の子みたいに思えてきて、自分で答えを見つけて偉いなあ頑張ったなあって抱きしめてあげたい気分になった?が近いかな。シンがこの世に出て、僕は本当に良かったなって思います。さようなら、すべてのエヴァンゲリオン。
アスカも解放されてたとして、誰ともくっつかなくても別にいいと思う。独りで生きていくって選択肢もあるから。人間には自由意志がある。
ただ、幸せになってほしい。
ラストで躊躇なく他人(マリ)の手を取り シンジの方からマリを引っ張り走り出すシーンには、物語の確かな終着を感じたなぁ
そういやそうやん
寂しくなったけど泣いてられないこの気持ち。
俺達も大人になったな
明るい終着でよかったですね😃
解放感がありました。
あのラスト僕的にはめっちゃ幸せそうでよかったなぁ
映画のラストは必ずシンジくんが誰かと手を繋いで終わりますよねー
まぁラストはカプ論や配信主のような捉え方、それ以外にも色々考えられるとは思うけど、1つ言えるのはエヴァがハッピーエンドなのが良い。
あれだけ孤独の苦しみや寂しさを描いてきたのに最後はひとりぼっちのアスカに対してだけ「自立した」は都合が良すぎる
シンジくんがあんな軽口叩いてるの見て俺「シンジくん……!」ってなっちゃったもん
@@soosy512 まあプロフェッショナルでも言っていた通り、かなり作成期限ギリギリまで作業して、いくつか削るしかないシーンもあったんだそうです。
僕も一つの終わり形としてはこの映画好きなんですが、どこか投げやりというか…視聴者の捉え方にお任せというか…決して手抜きな訳ではないのですが…
鋭い考察とか出来ない自分は映画館で終始?で観ていて、いつのまにかなんか良さげな感じで終わったなくらいの感覚しかありませんでした。
大好きな作品で長年待っていたので、その分期待値が大きくなりすぎてしまったのかも知れませんが…
個人的には漫画版の未来ある終わり方が凄く好きです。シンエヴァも未来はあるのですが、細部をすっ飛ばして急にハッピーみたいな。
私もダントツで漫画版のファンです。もちろん、映画も好きでしたが^_^
最初、夢落ちかと思った。
このこうさつのおかげて謎がとけた。
何がすごいかって、ここまでの期間日本中の多くの人に考察をさせた製作陣と、コメント欄でさらに深く考えてる人やコメントがあって飽きないこと
丁度14歳頃にエヴァに出会って今までずっと大好きだった作品。
今では30手前になって劇中キャラクター達も大人になって、上手く言葉に表せないけどすごくスッキリした
15歳の誕生日の1日前の日に
母とシンエヴァ観れてなんかよかった!
@@user-pd2yr2st4l お前シンエヴァ母さんと見たんかw
すごいなそれ気まずくならんかったか?w
@@popii.k5668 大丈夫だ
お母さんはエヴァの全部の
映画見てるから。
もちろんシンジくんがアスカでやってるのも見た事あるし、なんなら俺の前で見てた!
@@user-pd2yr2st4l これは、お強いお方
14歳で出会って39歳になっちゃったよ…
20年前ならこの結末も受け入れられなかったかもしれないけど、ずっとエヴァの呪縛に囚われ続けた今なら最高とも思える終わり方だった
私達もエヴァの呪縛にかかっていた
ということだね
@@KUNAPANAOKI ええ事言うやん(´;ω;`)
果たして我々は呪縛から解放されてるのだろうか…
未だ捕らわれていると公言してるファンの方もいますし(笑)
@@yusadou2778
ええ事って言うか 多分監督も意図してやってる。
@@KUNAPANAOKI 空白の14年が気になりすぎて未だ呪縛されてます
全て語られることが良いことではないってわかってはいるんだけども
三次元作品に俳優として出演したり、二次元作品に声優として出演している神木隆之介さんが最後のシンジを担当しているのは、二次元と三次元の境目にいるシンジにぴったりなのかなと思った。
うお、まじか、すげぇなそれ
見た時は何が起きているか全然理解できなかったけど、謎の満足感はあったんだよなあ
とてもいい終わり方だった。これはあくまで創作物なのだと、遥か俯瞰からの視点を持って締めてくれて清々しい気持ちになった。どんな作品も製作者の情熱と想像の発露で彼らのものなのだと、それでいいのだと改めて思えた。
けど個人的にアスカはもっとハッピーにして欲しかったな。
庵野監督の中では、シンエヴァはマリがメインヒロインだったんだろうけど、漫画版や旧劇見て、その後にシンエヴァ見るとずっとアスカはシンジに対して恋心ではないにしても何か想いを馳せていた気がする。思春期特有の好きではないが近くにいる異性を意識する感覚みたいな。
まあ時にはそれが本当の恋心に変わることもあったんだろうけど。
だから、せめてケンスケとでも良いから幸せになって欲しかった。
欲を言うなら、シンジの事を達観して俯瞰するんじゃなくて、マリとシンジのかけがえのない親友みたいな形で一緒に笑っていて欲しかった。
けどまあマリ=庵野さんの奥様みたいだから、それはきつかったかな…w
物語の終着駅に着いた二人と、電車に乗って新しい物語の始まる3人って感じた
語彙力神か?
天才おった
シンジが回を追うごとにイケメンになっていっててマジ推せる
新エヴァのシンジはもうマジ神
最後のカヲルとレイはゲンドウとユイの再開も表してるのかなって思った
まさに
魂はゲンドウとユイか
@@user-sc5ih3zz7w
あまりエヴァに詳しくは無いのですが ユイとレイの結び付きは分かります。カヲルとゲンドウの結び付きはどう言ったものなのでしょうか
@@user-zy8su2uh2u 旧シリーズでユイが初号機(リリスの体の一部)と、リリスの魂がレイ(ユイのDNA)と融合した様に
ゲンドウとカヲル(アダム)も融合しており
新シリーズではカヲルの人格がゲンドウと同一の部分があることが判明しました
これはカヲルの中にゲンドウの魂の一部が融合しているのではないかと思われます
そしてそれはレイの中にユイの魂の一部が融合している可能性も考えられるのでは?
という妄想ですw
アスカはシンジに好きって言えたこともあって自立でも納得出来る
絵がどんどんレイアウトになっていったのはシンジが消えそうになってたからってのめちゃくちゃ納得できた
それはほとんどの人が初見でわかっていたことかと。。
そうですか、僕はわからなかったのでこのコメントをしました。
もし気づいてないなら、その指摘の仕方嫌われると思うのでやめた方がいいですよ
@@user-vp7tb3wv7g 余計な一言
@@user-vp7tb3wv7g うわあ、、嫌な言い方
@@user-vp7tb3wv7g
ちくちく言葉
アスカシンジルートだと思っていた人には受け入れにくい終わり方だったと思う。正直、この結末ならマリシンジもっと丁寧にやっておいて欲しかった。アスカは作品自体に使うだけ使われて、この結末でモヤモヤします。恋愛抜きにしても、満足してる笑顔で終わってほしかったなー
シンジの望む新世紀なのに
アスカもミサトとカジもレイもゲンドウやユイも含めて、ハッピーエンドならな。誰も文句言わなかっただろう。なぜ、マリなのか?
エヴァからの解放、「エヴァに乗ったせいで不幸になったキャラの救済」というより「エヴァに乗ることでしか幸せになれないと思い込んでいたキャラへの諭し」
エヴァ見終わった時感じたのは寂しいとか、終わったぁていう感じだった。
他のアニメとかでは続いて欲しいな〜とか、続きどうなんだろ?とか思ってたけど、エヴァはあ、終わったんだって思えた。やっぱすごいな。終わりが納得できるいい作品だと思います
DSSチョーカーを外した瞬間のOne last kissがいいんだよなーまじで
映画館で聞いたあのイントロとbeautiful worldの最後の重低音は一生忘れられそうにない
@@user-ni8kx9us5m そうですよね!最後のドゥーンドゥーンドゥーンの音と真っ白な背景に黒字の「終劇」はいまだに脳裏に焼き付いてますw
@@kurenahi0415 分かってくださる方がいるとは…!
旧劇見てるからこそあの白黒反転した二文字は鳥肌立ちますよね
わかる!あそこで色々な想いが込み上げてきて俺の涙腺が決壊した…「ありがとう」って。
DSSチョーカーは「大好きサクラ×シンジ」…それがとられたということは…
アスカはゲームをしながらケンスケと待ち合わせをしてるとこで、2人は楽しく過ごせてるって思いたい。
ケンスケはおじいちゃんになってるのかな
シンジとケンスケは同級生なのに、オッサンのケンスケが人形の着ぐるみを被って幼いアスカを「アスカはアスカのままでいいんだよ」と慰めるシーンの意味が分からない。
て言うかミヤムーさんのアスカめっちゃ好きなのでなんかケンスケに妬けちゃう。
@@DelicaHaigoh 着ぐるみはアスカの母の形見で、アスカとケンスケが長い間一緒にいて親・家族的位置になり、アスカの事を理解してくれる人物だったからそのシーンが出来たって勝手な解釈してます。
そんな事より大人のアスカ可愛すぎてガイウスの槍欲しい
仕組まれた好意である故シンジを素直に好きだと思えないアスカに、シンジが居場所としてケンスケをアスカに寄り添わせたんだと思ってます。
駅のホームにいるのは惣流の方のアスカじゃないかなって思ってる。
最後駅出たところで背景が3次元になっていたのは、シンジが終わりのない円環の物語から抜け出したんだなってのを映画の中で理解した時は鳥肌たった
いや、日本のどこかにシンジがいるんだよ笑笑
@@user-xv5zf4fy8b
フィギアスケートしているとかしてないとか
シンジくんが大人になったと同時に我々も大人になったと感じさせる良い作品
アスカは最後の方で射出したエントリープラグがケンスケのもとにたどり着いている描写があったので、そこまで寂しい環境ではないと思う。単にアスカらしく凛々しく生きている描写ではないですかね。
アスカの生き様よな!
別に誰もいなくていいけどただ頭を撫でてほしかった。って
こういう考察する人達って、すごいなぁと思う。
1カットに込められた意味と意図を解釈して、聞けばなるほどと納得する内容だし。
庵野監督に観てもらって、感想聞いてみたい。
考察を広げるために何度もエヴァを視聴する=エヴァの世界がループ→見る度カヲルのセリフを理解する→次の作品or話に映る=物語の進展...ていう視聴者もエヴァのストーリーの1部になってるのかな...っていう妄想
息子の身代わりになる瞬間の為だけにユイが途方もないループの中に居たとか凄まじい精神力よな(´Д`|||)
子を想う親の愛故に。
碇家皆いい感じにイカれてるよな
カヲル君顔負けのループしてるママに
妻に会いたいが為に世界も変えるパパ
@@user-ux9ds6qu3u
愛は時に人を狂わせる。
@@xoyren
他の生物「ウチらも巻き込むのほんとにやめちくり〜‼️😭😭😭😭」
マリはある意味ゆいを助けるために参戦したんかな
綾波とカヲル君がシンジ君をどんな形でもハッピーエンドに導きたいと思っているのに対して自分の世界や考察から抜け出せなかったシンジ君とファンとの闘いの話だったようにも思える
シンジの理想の新世紀にレイ、アスカではなく、マリというのは?何なんだろうね?
@@Gonta-xl5lz 両親と精神年齢が近いマリに惹かれたあたり、シンジ君は完全には親離れできていなかったのかなぁと思いました
この世界にミサトさんと加持さんとジュニアは存在していて幸せになっていて欲しいと心から願う
でも時は戻さないって言ってたし シンジが やり直そうとしたら失敗してたから
@@user-zu1py7hv5z
ミサトはリョウジをリツコに託したんだよきっと。
生き返りましたハッピーエンド!ではないと思う。
インフィニティ化されてずに6んだ人はいないと思うよ。
無論、シンジの代わりをやったゲンユイも6んだか、存在してた事実が消えたか、はたまた存在が別の誰かに置き換わったのかと。
幸せになって欲しいというのはあくまで願いですからね、カジさんが老後は葛城と畑仕事と言っているから1%位は希望があっても良いじゃない。そう思った方が自分は幸せです
死んだよー
誰が言ってたか忘れたけど(岡田斗司夫さんだったかな?)、ネオンジェネシス後の世界は「時間も世界も戻さない、ただ世界を書き換えるだけ」の世界だから、あくまでディティールの部分が変わっただけでキャラの本質の部分の進展とかは引き継がれたまま。
アスカの場合、最後シンジがマイナス宇宙で各キャラと対話するシーンで、寂しさを紛らすための西洋人形からケンケンが出てくるメタファーと、ケンケンの家の前にエントリープラグの残骸があるシーンがあることから、アスカはこれからやっと見つけた自分の居場所に帰ろう(向かおう)としてることがわかる。
そのタイミングでネオンジェネシスが起きたから、ディティールが書き換えられて「エヴァパイロットに自分の居場所を見つけようとして頑張ってた女性」が恐らく「会社員として仕事に居場所を見つけようとしてた女性」に書き換えられ、これから近い将来にケンケンに相当する「自分の居場所」に向かおうとしてる最中が最後の駅のアスカであり、アスカ一人だけ孤独に見えるけど、実際はこれから報われる最中だ
っていう考察が一番しっくりきてるし、推せる
もはやアスカはシンジから離れた。
自分の意志で生き自分の意志で死んでいくだろう!(別の漫画のレイ調に)
自分的には、エヴァのある世界(虚構世界)のDSSチョーカーをマリが投げ捨てずにポケットにしまったのは、卒業アルバムのようにいつでも取り出してエヴァのある世界(虚構世界)を思い出してもいいけど、エヴァのない世界(現実世界)を中心に生きてね!というメッセージがあるような気がする。。。
”エヴァンゲリオンのない世界”というのは”リアルではエヴァという物語はもう終わり、この先にはエヴァの続編などは一切ない”と意味すると思います。
26年間視聴者さんたちの成長と共に続けてきた物語がここで終わり、これからは視聴者さんたちが”エヴァのない世界”で生きていくことが庵野監督からのメッセージだと思います。
20年後ぐらいに全く違う人がbad endリバイバル版作ったりして。
@( ᐛ👐)パァ
同感。
@( ᐛ👐)パァ 我々きっと生きてないさ…
何歳か知らんが!
???「さよならって...何?」
これで終わりでいいって思ってたけど、もう見れないって実感した瞬間の悲しみと虚無感がヤバかったから続いてくれたら歓喜
綾波とカオルくんのところ、個人的には
綾波は言わずもがなユイで
カオルくんはゲンドウと似てる(ピアノとか)ってことから
新しい世界で2人はまた会えたことを意味してるってのが1番感動した、、
良い考察ですね!
この動画を見て考えたのは、シンジのDSSチョーカーが贖罪・罪の象徴であるなら、マリは「赦し」の存在であり、マリの手で外した瞬間、シンジは「赦された」のだと言うこと。DSSチョーカーを投げ捨てなかったのは、罪は消せないからで、ポケットにしまったのは「受け入れた」ということを表しているのかなと思いました。
書いてて思ったのは、マリは「マリア」なのかな?この辺りは直感です。
考察に考察をかけるようなことだけど、レイ=ユイ、カヲル=ゲンドウのクローンだったり生き写しみたいな事を前提にして、2番線に二人でいたのは、ユイとゲンドウの再会を表してるって説もあって好き。
最後、駅にいたカヲルとレイはゲンドウとユイの再会を表してたのかなとか思ってた。本当にエヴァは色々な解釈ができる素晴らしい映画ですよね。
あーなるほど。レイはユイの生き写しみたいなものだったし、ゲンドウさんの立ち位置がカヲル君だったシーンありましたもんね。
今このラストシーンを見ても私の心にグッとくるのは、人生で深くかかわった人が去っていくのを象徴してるシーンでもあるからなんだろうな。
キャラの年齢の点など一部「ん?」と思った箇所もありましたが、ほとんどの内容は深く考察された納得の行く内容だったと思います。
素晴らしいですね。
残酷な天使のテーゼ=旧劇、アニメの結末
Beautiful World=新劇の結末
ふぅ.....
@@user-ho5wv8qe3p まじか。
エヴァンゲリオンでの心象描写では、いつも走っている電車内で登場人物たちが対話しているシーンがありましたよね。
また、ゲンドウにシンジが育児放棄させられたシーンは駅で発車する電車の前でシンジが泣いている場面でした。
庵野監督も言っていましたが、物語のドラマは走っている電車と同じで、終着駅とは物語の終わりと帰結を示しているのだと思います!
第3村でケンスケが住んでいたのも無人駅を改装したものでした。
その駅は勿論電車が通っているわけもなく、どこにも続かない駅です。
少々強引な気もしますが、ケンスケは最終シーンの世界にはいないともとれますか?
@@nozawa2221
さすがに強引だと思います。発想は好きですが。
初日朝一の回で観たけど本当にエヴァが終わった…と感じて、制作陣本当に良かった、良かった…と思った
色々文句言われたり書かれたりしてたけど作品として終わった、ちゃんと終わったと感じて安心した
レイとカヲルのシーンはカヲルはゲンドウのクローンですよって言う作中の答え合わせのようなものだと思ってます。
シン劇中でのゲンドウの音楽特にピアノが好き等カヲルとの類似点を多く語っており、それをきっちり拾えてない視聴者に更に分かりやすく表現したシーンと解釈しています。
同感です、僕もそう思います
そして、カヲルの夢のなかでかじがカヲルのこと、「渚司令」と呼んでいる、これは!!絶対ゲンドウのクローンじゃんと思いました
クローンだったら顔似るので違いますよ
こうやって見るとどれだけエヴァンゲリオンの世界線が美しく、それでもって残酷か分かるよね。
世界というモノは、美しくも見えるし残酷にも見える。
自分「へぇ!すげえ!そうなんだ!」
庵野監督「へぇ!すげぇ!そうなんだ!」
それは草www
エヴァに取り憑かれた視聴者
まだ成仏出来ません。
我もでございます・・・・・。
南無阿弥陀仏
レイとカヲルはゆいとゲンドウ説が1番好きや
7:04この鳩で「あぁ、最後なんだなぁ」ってなったなぁ
懐かしいなぁ
あんたどこにでもいるなw
個人的に岡田敏夫が言ってたカヲル→ゲンドウの考え方で、レイ→ユイだから二人は一緒になれたっていう捉え方好き。
個人的な印象ですが、
レイとカオルが仲睦まじい姿を描いたのは、ゲンドウとユイが分かれることなく結ばれたんだと解釈しました。
レイは度々ユイの代わりとして表現されていていましたし駅のホームにいたレイの服装はユイのイメージに近い服装だったからです。
また、シンエヴァでカオルはゲンドウが座ってた席に座っている描写があり、どこかゲンドウに近い存在に感じました。また、カオルの服装もゲンドウのイメージに近い服装でした。
あくまで個人的にだけど、レイとカヲルがCPではなくて、(アスカも)それぞれの道に進んでいくという主の考察めっちゃ良いなぁて思った
きっとケンケンが家で待ってるんだよ
ケンケンはサラリーマンやるって感じでもないだろうし、アスカは幸せになってるって思いたい
マリがQの最後で「ちょっとは世間を知りニャ!!」って言ってたのは、マリが世間を教えてくれたのかー、となんか妙に納得してしまいました。
宇部新川駅の2番線を発車した列車は次の居能駅の3番線に到着するみたい(Googleマップで見ただけ)なのでもしかしたらアスカとレイとカオルくんはこれから解放されるよっていうメッセージもあるのかな…
恥ずかしながら昨日やっとシンエヴァを観ました。
完結しても楽しめるエヴァ最高
考察を色々観て初めから見直します
そんな報告いちいちコメントする必要ある...?w
@@user-vf6yb5se1f それもいらんやん
@@user-vf6yb5se1f
ブーメラン
さようなら全てのエヴァンゲリオン
という動画もおすすめです。この作品のこだわりが知れますよ^_^
アスカはシンジ君の相手役に留まらず比較対象であり女性版主人公であったように感じます。旧劇では(いずれ他の人間が二人同様に復帰するとしても)アスカと二人きりで終わった一方、他の公式媒体では好き好きに様々な相手と良い関係を築いておりシンジ君はメタ的には自由でした。シンジ君ではなくケンスケと良い関係を築けそうな流れはアスカにもシンジ君と同等に選択肢がある事を感じさせ、それだけにケンスケとゴールインする所まで描いて結論付ける事はせずメタ的自由を与えたのだという気がします。
アフターはどうなるか知らんけど、アスカはずっとシンジ君を思ってたんじゃないかな?って思ってます。
少なくともケンスケは14年間でアスカの心の居場所にはなれなかったから、シンジ君がケンスケの姿でアスカを慰めたんでしょう。
そもそもケンスケは父親役ってみやむーさんが言ってますし。
アフターもアスカがシンジ君を好きでいてほしいです。
by一端のLAS厨
ネタバレあり
エヴァンゲリオンがハッピーエンドになるためには、どうしても、本当の他者が必要だった。
庵野監督にとって、安野モヨコさんという奥さんが必要だった。
つまり、新エヴァの 物語の軸となる謎=ヒロイン(シンジの約束の人)は「真希波・マリ・イラストリアス」だった
という理由でシンジとマリがくっつく事をQが出る前に断言していた掲示板の人を思い出した
主さんが言うように各々がいろんな考察を持って楽しめるのがエヴァの魅力ですよね。
2次元/3次元の解釈も『なるほど~』と思います。
庵野監督が結構なお金をかけて制作したというCGが表現する2番線から発車していった電車が余りにも古い車体。
・アニメ版から通じてシンジの精神世界の表現に使われていた、最後にゲンドウと話をしていた車体?
・第3村で新生風呂として使われていた車両?
古すぎる車体であったが故に
・2番線は第3村へつながっているという伏線?
・庵野監督のただの趣味?
7回目を見終わったときに『何でこの電車こんなに古いの?』と思った次第です。
何処かで監督が発言していたと思いますが、この劇場版にて「マリがどうしても必要になった」というのは、こういうことだったのかと納得してしまいました。
シンジと同じ、人間のエヴァパイロットが必要になったってことですね。
神木隆之介さんは現在28歳。14歳のシンジが14年たって28歳になったというのにぴったりなんですよね。そして俳優、ジブリや新海作品を渡り歩いてきた声優さんでもある。キャスティング的にも完璧だったと思います。
ワタシもそう感じました!
ゲンドウ→宮崎駿監督
シンジ→庵野秀明監督
大人シンジ→神木隆之介さんを通した細田守監督にバトンタッチのイメージがラストシーンで漠然と感じました(個人的解釈なので)細かい因果は書かないですが
宇部新川駅の地図見ると一本のレールだった宇部線が宇部線と小野田線にレール的に分岐するとこなんよね
で, マリシンがいた方は宇部線, その他大多数がいたのが小野田線側
ここで, 宇部線がエヴァの話だとすると,
大多数の人たちはこの分岐で乗り換えて別の物語 (小野田線 ネオンジェネシスの続き)
マリシンはそういう物語から全てフェードアウト (下車)
もともとあったエヴァの話はもう誰も乗ってない (宇部線 誰も乗ってない)
今回の2次元説も合わせてこんな感じの表現じゃないかなーって思ってた
レイ 指示待ち人間
シンジ 謙虚過ぎる実力者
アスカ 上だけ向いてる努力家
マリ ひたすらその場を楽しんで居る天才
カヲル 何でも出来る主体性が無い天才
最後に現実のメタファー出して来たのかと思った
だとすればチョーカーの理由はもう苦しまなくて良いとも取れる
マリの正体については冬月の言ったイスカリオテのマリア様が鍵だと思いました。
冬月やゲンドウたちを何らかの形で裏切り、原罪から解放された特別な存在になったということでしょうか。
なんにせよこの動画の最後にもあるように沢山の考察の余地を残してくれたシンエヴァは最高の作品でした。
「時間も世界も戻さない」ってことは
新世界にミサトさんはいないってことになるよなぁ、恐らく
うわぁ、、、
ある意味母からの自立って感じするよね
シンジはイマジナリー(エヴァンゲリオン)ではなくリアリティー(現実)で成長していた
エウンゲリオンという作品の中ではシンジは常に辛い役目を背負わされていたけど、現実では庵野監督(シンジ)は拠り所(奥さんでありマリ)を見つけ成長した
シンジとマリが駆け抜けていった先がラブホ説好き
おまえっあほかwwwww
最低w
だからあんなに生き生きしてたのか
「イこう!」
納得した
エヴァは庵野秀明自身の内面を表現した私小説であると仮定した場合。
ラストシーンのシンジは庵野秀明。
迎えに来たマリは安野モヨコ。
シンジ(庵野秀明)をエヴァに縛り続けてきた
プラットフォームの向かいに居る3人のキャラクターから
現実に(ノリノリで)解放されるエンディング。
がこのエンディングの一面であると思います。
綾波=ユイ、カヲル=ゲンドウで、2人は姿は変わっても結ばれてるよってのが1番幸せ
カヲル君が少年シンジ君肩車して、隣に綾波がいる3ショットのイラスト、エモくて好き
@@Same73-rider57 尊いですよね‥‥あの子供目が赤かったからシンジくんじゃないのかなって思ってたら描いた本人の人いわくあの子供はシンジくんっていってたのでめっちゃ尊い‥‥
新しい世界に行っても、カヲルとレイをゲンユイ構造でくっつけると、それはキャラクターの本当の解放にならないと思います。
ゲンユイは、一緒に槍でつかれて一緒に成仏しました。
ホームのカヲルとレイは、もう、誰かのクローンとか代わりとかメタファー等の役割から解放されて、自由な個のキャラクターとして生きてほしいなと思います。
この解説の通り。
せっかくゲンドウはユイさんと幸せになったのに また現実に引き戻すんか。
@@Same73-rider57 あくまで同人誌だからね
2番線(2次元)側に残った、アスカ、レイ、カヲルは、これからのVガンダム的なエヴァにも出していいよっていうことを示しているのでは
段々原画になっていったところはシンジ君が消えていきそうだったからなのか… アニメ版の製作費足りなくなって原画で放送したときのオマージュだと思って、旦那と「遊び心あるねぇ~♪」ってキャッキャしてたわ。
初見でほとんどの人がそこは理解してたかと…バカ夫婦…いや、オマージュの観点も間違いなくあると思うけども。
@@user-vp7tb3wv7g
そうなんですかー!みんな賢いですね。
自分はアニメ見た時の衝動が甦ってきて、違う表現もできるはずなのにわざわざあの時と同じ事するなんて!!って胸熱すぎて興奮し過ぎたのかもw時間あるときにまた見たくなりました😊
アディショナルインパクトの解釈一致すぎて気持ちいい。アマプラで配信されたから昨日また見たけど何回観ても良いね。
ラストシーンは駅から出て終わるものでしたが、きっと劇中に描かれてないだけであの世界ではアスカもカヲルも綾波もシンジやマリと仲良くやってるんだと想像してます笑
想像は自由だもんね人だけが持つ空想を作り出す力
エヴァンゲリオンイマジナリー。
マリの「お達者で」
→シンジとマリは別世界、即ち現実へ
つまり、他のキャラ達は引き続き第3村の物語の世界で生き続けている。
最後の描写でキャラが登場したのは、単なる監督のサービスか、彼等が猫箱の物語の中で生き続けていることの暗示だと思った。物語の舞台を全て壊した旧劇と違い、逆にそれらを残して視聴者の想像に託してくれたのが新劇なんだと思う。
単にエヴァパイロットじゃないからケンケンがホームにいなかっただけやないかな
アスカはあの電車に乗ってケンケンとの待ち合わせ場所に向かってる、とかだとエモい
カヲルとレイが一緒にいるのはゲンドウとユイを表してるんじゃないんですか?薄い本にカヲルとレイが子供のシンジと歩いてる絵もありますし
アスカの「ゲームをしてる」ってやつなんだけど、わかりやすくゲーム機じゃなくスマホっぽいのは、誰かと連絡のやり取りをしているかもって言う取り方も出来るよな~
シンジくんはアスカやレイ・カヲルのいる隣のホームで同じ電車(物語)に乗る選択もできた。
しかし、それぞれ居場所を見つけられることを信じて、(大人の)階段を駆け上り、駅を出て現実(実写=エヴァのいない)世界を走り抜けてく…
本当に素晴らしい締めくくりで、エヴァのいない世界を実写で表現されたのには興奮しました(笑)
アスカがどうやっても他のキャラとは違って救われないのが辛い
かろうじて漫画版では救われたのではないかと思ってます…
漫画版のアスカも結局は心に闇を抱えたままだと思うから、シンの自立ってゆうのはシンジと一緒で大人になったのかなーって思う
@@e5j0 漫画版lcl化しちゃってるから微妙じゃない?
宇部新川駅に2番線ホームは無いらしい
結局マリ=モヨコでしょ。まじで最後の最後にやってくれたなって感じ。なんでこんなに絶賛されてるか分からないし、今まで何十年もやってこれかよとしか思えない。ハッピーエンドにするのであれば全員救えばよかったのに。
実際全員救ってますが?この動画は答えではなく、一つの見解であるということを分かった方がいいよ
あかん、、、言葉無くすわ、、、
生きてるうちにこんな物語に出逢えて良かったわ。
ゲンドウとユイもエヴァと一緒に消えたから、シンジの存在も段々消えかかった所にマリが親(ユイ)の代わりに来たって思った。
親が変わったから声も変わっててセリフもマリっぽいのかな。
後は以前の記憶があるか無しかでホームが分かれてるのかなと。他の人もいたっぽいし
どう考えても乳のデカい、いい女が親代わりとは思えんな。
だつて
ユイを狙っていたコネメガネだぞ!
宇部新川駅のシンジ達がいたホームは3、4番ホームで、レイ達がいたホームは1番ホームかと思われます。
あの駅に2番のりばは無いんですよね。
存在しないホームなんて、なんかグッときますね。
@@nenchan. 単純に線路にホームがないからかと思います。1番線は1番ホーム、2番線は引き上げ線か通過線、3番線は3番ホーム、4番線は4番ホーム、5番線は引き上げ線。
@@naotosp2 補足情報ありがとうございます。
駅のホームのこっちとあっちはそんなに深い意味ないと思ってる。エヴァという呪縛、レールからようやく解放された。みんな自由に生きてる。もう同じ列車に乗る事もない。だから行き先も違うし、お互いに気づく事もない。新世界ではエヴァという繋がりがなくなった。だから出会えもしない。
でもみんな同じ世界にちゃんといるよ。濃い縁で繋がりすぎてるから近くにいるよ。そのうちどこかでまたシンジもアスカもレイもカオルも出会うかもしれないよって事かと思って見てた。
ちなみにマリとシンジは付き合ってないよね。会話がカップルのそれとは違い過ぎてる。ずっと会ってなかった2人が再会して互いの成長を喜びつつ、新しい世界で最高の人生を送るぞ!って笑顔で走り出した親友、戦友のような。
アスカの下りだけは納得はできない。浜辺のシーンのあと、第3村のケンケン家にエントリープラグが着陸していたのだから、ただただ、ケンケンに会いに行くために電車待ってるだけなんじゃねぇかと思っています。
シンジが14歳から14年後の28歳になっていることから、現28歳の神木隆之介さんが声優を担当しているのだと思っています。
自分もそうだと思ってたけど、違うの??
@@shunkawaii ネオンジェネシスについて「時間は戻さない」という趣旨のセリフがあるので、序・破の時点の2014年にプラス5年というのは「無い」とは思います。時間を戻していないのならQ・シン時点が2028年でシンジは28歳ですね。
最後のシーン
レイ=ユイ
カヲル=ゲンドウ
的な感じかと思ってました笑
それもあると思う!
カヲルは父性を移してる的な考案があったのであながち間違ってなさそう
様々な要素が複雑に絡み合ってるからこそ正解がないからね
そういう解釈も良いと思う
あのエンディングを否定する訳では無いが、
心のどこかでバットエンドを望んでいる自分がいる。
DSSチョーカーをマリが外してポケットに入れたことで、シンジの贖罪が終わったってことを表していたんだな…。
犯した罪は消えないから捨ててしまうことはできないけど、オトシマエはつけたから、そっとポケットにしまっておくね、おつかれさん。
みたいなとこかな…。
うん、自分的に納得がいくように整理できました。いい動画をありがとうございました。
アスカが1人だったのは、いつかは親離れするものだし、それこそ父親ポジのケンスケとずっと一緒にいるわけでもないからだと思いたい。by LAS信者
あの駅にいたのは父親代わりのケンスケとしばらく一緒に居たけどその後自立(親離れ)してメンタル的にも普通になったアスカみたいな
二番線と三番線の違いは単にそれぞれ違う道に進むこと表現してるんじゃないかな?
宇部新川駅が実写なのはそれまでのセリフで強調されていた「リアル(現実)」を生きる事を表現するため
鳩は聖書的に考えるならば、ノアの方舟と大洪水の話で、大洪水の後ノアが鳩を方舟から飛ばして陸地があること確認し、その後神が人間を大洪水によって滅ぼさない事を誓った。というのがあるので、神と人間の和解や使徒による滅びはもうない事を表しているとも考えられます。
2:48頭がないから知恵がないってすごいいよね(語彙力)
アスカがゲームしてたのは魂が彷徨い続けてるというより、ネオンジェネシス後の世界がシン・エヴァの世界の地続きって事の表現だと思うけどな
最後の駅のシーンで、あぁホントに終わちゃたんだ…って思ったら泣いてた自分がいた…
時間も世界も戻さないってシンジくんは言ってたけど私たちのいるリアルの世界と繋がったと考えるならシンジくんは今年成人する世代なので、スーツ着て昔から姉のように慕っていたマリと一緒に成人式に行こうとしてるところだとしたらすごく平和でいーなーと思いました笑
そうなるとその他のメンバーはなんで私服なんって感じではありますが…笑
セカンドインパクトも起こらず、使徒もせめてこず、エヴァという概念が存在しなくなって今の私たちの住むリアルの世界に書き変わったとするならば、駅にいたシンジ君はエヴァの無い世界を生きてきたシンジくんで、宇部新川のシーンでエヴァあり世界に生きてきたシンジくんと同化して二つの世界の記憶を持つシンジ君になったんじゃ無いかなと。(これはマリも同様では無いかと思います。)
勝手な俺の解釈だけど…
レイとカヲルが一緒に居たのはレイはシンジの母親ゆいのコピー体、そんでシンジが劇中でカヲルくんに対して父さんに似ているって言ってたからカヲルくんをゲンドウと仮定して、ゲンドウはちゃんとゆいに再開できたという意味だと勝手に思った
しかも、カヲルはピアノを引くのが趣味でゲンドウもピアノを引くことが好きって言う共通点だし…
エヴァは最後の最後までこうやってファンに色々なことを考えさせるところが本当に好き
その考察すごい好きです