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An abandoned village where I happened to wander in and found a temple on the verge of collapse.
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- Опубліковано 13 сер 2024
- History of Nyudani settlement: historica-web.com/column/1703/
This time, we will begin our exploration of Shiga Prefecture.
Nyudani was a place I happened to wander into this time, but it is a wonderful place that strongly retains the original landscape of good old Japan.
It would be nice if this kind of scenery could be preserved for future generations, but as the local people age, it becomes more and more difficult to manage the village.
In 10 to 20 years from now, such places will probably decrease in number and return to nature.
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Chapters
0:00 Opening
1:06 First, gather information and talk to the locals
2:36 Getting hungry before heading to our destination
3:55 Now, we are on our way to our destination!
5:02 Discover a mysterious village on the way
6:10 Exploring the village
7:58 Excited by the beautiful location
11:27 Learn about the origins of the village
12:40 Investigate the mysterious collapsed building
14:15 Explore the Gujinja Shrine
17:46 Exploring the village further
23:20 Investigating a temple on the verge of collapse
28:03 Ending
#Exploring abandoned villages #Abandoned villages #Ruins
風呂が小さく感じるのは現代人の感覚で当時の平均身長が男性で155センチ。女性に至っては140センチでした。体重に至っては男子でも40kg台だから、あの大きさで十分でした。それに一番の問題は水くみで水道で窯の中に直接入れるのじゃなく、わざわざバケツで運んでいましたから窯が大きいと大変でした。それに、その仕事が女や子供でしたから大変でしたでしょうね。ちなみに露天風呂ではなく周りに囲いはありましたよ。家より簡単な作りでしから経年劣化で無くなってしまったのでしょうね
確かにそうやって考えると合点がいきました。
いつも為になる情報を提供いただき感謝いたします。
取材で、訪ずれていしました、る方の❗、祖父、祖母
18:32 の機械は マサル式製縄機 という 稲わらから縄を作る機械です。
コメントありがとうございます!
まさか分かる方が居られるとは😳
勉強になりました。
コメントを読ませてもらうと、情報があちこちに。実際を記憶しているのは貴重だなあ。
取材して配信して情報がもたらされるって、素敵なチャンネルですね。
07:05
五右衛門風呂ですね。
うちの田舎(母の実家)も 風呂・便所は別棟。そんなつくりの家、昔はけっこう多かったですよ。
冬は雪のなか 足跡つけながら風呂に入りに行くんですが、これがまた寒いのなんのw
で、母親は家族の為に 外で薪をくべて追い焚きしてくれるんですよ。母強しです。
昔はお風呂に入るのも大変な作業だったのですね。
貴重なお話ありがとうございます😊
こんにちは😊
配信お疲れ様です。
謎の釜は他の人も言ってるように、五右衛門風呂ですね。
となりのトトロのサツキの家にあった丸い風呂の蓋をそのまま踏んで入るやつです。私の実家も昭和40年代半ば過ぎまで五右衛門風呂でした。
もう最近では立派な石垣の廃村の動画を見ると、感動したり、もったいないと思ったり。
そして了眼寺❗️別のUA-camrさんの動画で見かけたことがありましたが、ちゃんと現存してますね(一番気になってた)。今でも元住民さんの拠点になってるとこ、ポイント高いです。
これからもご安全に。
いつもご視聴ありがとうございます😊
まさか五右衛門風呂とは思いませんでした😳
お寺は最近元住人の方が補修されたようです。
この先もずっと残り続けてほしいですね。
廃村を探索するだけでなくその歴史を調べてたり廃村の理由等記述されているのに感動しました。
自分も廃村を見るのは凄く好きでありし日を思うと胸が熱くなります。
これからも色々な廃村探索して下さい。
神社の下の蔵がある家は私の家でした。取材ありがとうございました。
縄で竹を組んで、土を塗るという竹小舞土壁ですね。蔵の土は、また蔵の土壁になるという湿度コントロールが得意なリサイクルされる土です。
五右衛門風呂です、湯船に浮いた落とし蓋を踏み込んで入浴します、昭和20年代は火災が多かったので、野外に設ける家が多かったデス
トイレは井戸と離した
風呂は火を使うので離れてた
昔の住居って、朽ちても水回りは残りがち、台所やお風呂だったんじゃないかな?
タイル張りしてるとこは残り気味ですよね✨
五右衛門風呂ですよ😃
はじめまして。若い方が丁寧に、訪れたところを視聴者に発信されていて、色々勉強になります。😊
安藤さんの声がいいですね。
これからもがんばって、くださいね。
土壁は普通の家でも 竹で骨組みし縄を絡めて(手間がかかります)藁を切ったのを混ぜて湿らせた土を錬って
コテで延ばして壁にします、蔵は初めて見たので感激です。さすがに厚みがすごい、竹も民家なら割って使うけど
丸々使ってるんですね。
最初の残骸は稲の足踏み脱穀機(弾み式)で、二番目は稲藁用の縄綯い機でしょう。
情報提供ありがとうございます😊
お宮さんの前の紐は鈴の緒といいます。厄年なんかに奉納します。女の人は19歳33歳に、男性はちょっと分かりませんが。私の地方では男の41歳の厄年には、京都の岩清水八幡宮(男山 おとこやま)にお参りしてました。 最近はこの風習もだんだんなくなりつつあるのでしょうねーー
なるほど。
そういう風習があるのですね。
ありがとうございます。勉強になりました。
18分前後のギアのついている機械は豆とか稲の脱穀機です 次の機械は稲わらからわら縄を造る機械と思われます
子供の頃(昭和40年代)母方の祖父母の実家に行くと五右衛門風呂用の薪割りをやってました。薪割りは鉈ではなく、日本刀の残欠を使用してました。五右衛門風呂の周りを探せば、鉈や残欠が放置されているかもしれませんよ。そう思いながら、懐かしく拝見させてもらいました。お寺はそのうちに、三徳山三佛寺の様になるかもしれませんね。
コの、石垣、人が、一つ、づつ積み上げたのですね、お二人は、目を向けて、くださり、古人も、ご苦労が、報われますね。
昔は、トイレを、ご不浄、と、いったのですから、いえから、はなして、そとに、なったのでしょうか?
この風呂は五右衛門風呂でしょう。こう言う風呂を使う家庭も私が子供の頃ありました。
この石垣は史跡としても保存してほしい気が致します。
コメントありがとうございます。
情報提供ありがとうございます😊
こういう集落は後世に残していきたいですね。
国道から河内風穴に登る道沿いは、国道からいくらも離れてないところから、軒並み廃集落になってますね。
仕事で近くの工業団地によく行くので、周辺通ることが多いけど、廃墟を見ると怖くもあり寂しくもあり。
此の機械は自動的にわら縄を編む機械で編み終わった物はドラムに巻き取られる仕組みみ成って居りました。
情報提供ありがとうございます!
全く初めて見る物だったので想像もつきませんでした😳
先ほどの釜戸は岐阜県とか滋賀県ではその土地の大きな家は地域に一軒はもやいと言う制度があり春のお茶摘み,部落の集まり山菜の保存用夏はつかあず秋には穀物の乾燥,年末には豆腐と夏場を除いて大変活躍する道具です。
毎回、動画楽しく見させていただいてます🌼
苔がたくさんの石垣や、古びた小道は見ていてワクワクしますね、歴史を感じます。
コメントありがとうございます!
とても素敵な場所で、歴史の重みを感じました😊
失礼します。ほかの方も言ってますがあの釜はお風呂でお風呂といっても五右衛門ぶろだと思います。釜の下から直火でたきつけます。入浴時に釜の底が熱くてそのまま入れないので気の底蓋を沈めてから足を入れて入ります。その風呂だと思います。
石垣が素敵な廃村でしたねー♡
桜の木が所々に見受けられるので、季節になると、桜が廃村を美しく彩ってくれるのでしょうねー^_^
コメントありがとうございます!
桜の咲くころにまた訪れてみるのもありかもしれませんね😊
22:31 釜戸ではなく五右衛門風呂ですよ。地域は違いますが、1990年代前半まで田舎の祖父母の家で五右衛門風呂に入っていました。昔の家は、火災避けのため炊事場とお風呂は本宅から切り離してありました。
詳しいお話ありがとうございます!
お風呂が離れている理由も勉強になりました😊
神社の本殿に下がっている紐の様な物は多分鈴がかかっていたと思いますよ 途中にいろんな物有りましたが かまど跡(おくどさんと言います)や五右衛門風呂の後でしょう 昔風呂は家の外に有りましたからねトイレも同じく外に作られてました 滋賀県 奈良県 京都府の山間部の集落はその昔山家集と言われていた人達の末裔が少なからず居られた様です
コメントありがとうございます!
かまどの事をおくどさんと言うんですね。
初めて知りました、勉強になります。
2023年5月初めに二度目の探訪をしました
現住は二軒ってとこですかね
2年前と比べて崩壊家屋が増えてます
この村の規模にしてはあのお堂は大きいので驚きです
五右衛門風呂です。田舎は、便所とか風呂は、母屋ではなく、たいてい別棟です。
コメントありがとうございます!
五右衛門風呂だったんですね。
情報提供感謝します😊
この寺まだのこってたか~たしか10年くらいまえに廃墟マスターの立花君が訪れていたよ!懐かしいよ
五右衛門風呂ですね。60年前に親戚で入りました。台所の端の土間についてました。
凄くいい所でしたね!トイレには笑いましたw
外にあったのはかまどか風呂かどっちだろうか?😳五右衛門風呂にしては釜の中に板を置く広さも無い気がするのでかまどかな?
興味深い映像をありがとうございます😊お気をつけて。
コメントありがとうございます!
偶然発見した場所なので感動も大きかったです😀
釜は和紙づくりのこうぞ(楮)を煮る釜のように見えます。
桂の大木、好きです。
トイレや建物が似てるのは大工さんが同じだからだと思います
現代でも〇〇ハウスはこんな感じで〇〇工務店はあんな感じなのと同じですね
大きい釜は「五右衛門風呂」です。私も子供の頃は入っていました(現在75才)。風呂やトイレはは大抵母屋とは別にありました。
素敵な風景ですね、この辺り一面全部購入してキャンプ場などに活用する!
昔の人々は、この石垣を
コツコツと積み上げたんですね!
こんばんは!(^^)!
いつも楽しみに拝見してます(^^♪
昔は砂利代わりに古い瓦を割って道に撒いてましたよ!(^^)!
コメントありがとうございます!
瓦、そのように活用される場合もあるのですね。
勉強になりました。
廃村ではないのですが瑞浪市の日吉に深沢峡と言うかつての観光地に「いさむら」と言う茶店の廃墟があります。
自分も25年前に見に行った時は既に廃墟になって何十年か経ってました。
もし良かったら取材してもらえませんか?
ロケーションは最高で五月橋と言う吊り橋もありますし、日本の観光地百選に選ばれた石碑もあります。
廃村でありませんが面白いですよ。
廃墟マニアでは有名な場所ですがその変遷を調べてもらえたら面白いと思います。
石垣が美しすぎる!
めっちゃ好みの村。
縁続きだったら、住みたい位に…。廃れていくのが惜しい村でした。どなたか復興させてください🙏🏻❤️
So interesting how quickly the old houses just disappear once the roof goes
私も岡安くん好きだな〜😊
おかやすくんあってのヒストリカです。だれもやる人なんかいないです。ヒストリカ続けたいならディスらないでください。
@@user-zv8fx3tz3q 全然ディスってないですよ😳
土壁が観られるのは懐かしいです。父が瓦屋根を葺く仕事をしていたので、小舞掛け(竹で編んだ土壁の名前)の土壁の作り方も見せてもらったので懐かしいです。築50年以上前のものは土壁造りの家が多いですね。
あと、石垣に穴(4~10cm)が無数に見えたのですが、もしかしたら「盃状穴」ではないでしょうか。
九州方面ではよく見られる古代信仰物の跡になります。
めっちゃ好き😊❤
五右衛門風呂です。33年前まで使っていた。
初めて見るものだったので五右衛門風呂思い至りませんでした😳
コメントいただきありがとうございます!
あのお寺は 現在どんな風に 変化してるか 心配です。
どこの地も石垣を積んで生活の基盤を構築したんですね!海外は石の文化で現代も生活に密着使用されているのに木を使う日本は特別な建物しか残らない、一時。
登録はしてましたがコメントは
初めてです!オカヤスさん、私はファンですよ😃 コメントはちょっと苦手ゆえあまりできませんが応援はしています🤗 配信楽しみにしてますのでこれからも頑張って下さいね(^^)v 今回の映像も良かったです👍️
コメントありがとうございます!
そう言って頂けてオカヤスも喜んでおります😊
今後も楽しい動画を配信できるよう頑張ります!
あの何だろうと言っていた丸いかまどのようなものは五右衛門風呂ですね。
カメラマンの人の声が聴きやすい❤❤❤❤❤❤❤❤
ぼっとんは臭いがあるので離してたのかなぁと思います。台所、お風呂も火事になったときのためか離されてましたね。
ただ父方の祖父の家はトイレも台所も母屋にくっついてるんですよねぇ…なんでなんだか😅
お寺の土台は雨が降る度に崩れてる感じで
もう住むには危険すぎる地域ですね
田舎で便所、お風呂が外にあるって昔は結構ありでした。
石垣がすごいななんか城っぽいし
雪が多い米が取れない地区は廃村になりやすいのかなぁ。
実家あるのは岐阜の東濃の山中だけど、雪は少なく米は取れたから廃村は少ないように思う。それでも空き家は多くなってきたけどね。
お疲れ様です
狭い石段の通路は、絶対的に外敵からの備えではないのかな
という事は、その場所は古い時代のお寺では(戦国時代の城跡が江戸時代に一部お寺になってたりします)
塔頭や僧房があった場所とか
神社や城周辺に登っていく道があると思うので、この集落は戦国時代の城下町では
なるほど、その視点はなかったです。
確かに近くに城跡が存在するのであり得ますね。
前はお風呂とトイレが一緒で、外にあるのが普通で、五右衛門風呂です。
夜中に起きて別棟のトイレに行くのもなんか怖いよね。幽霊が出そうで。
オカヤスさん、ファンが皆無なんて謙遜してたけど、コメント見てたら皆無じゃないじゃ無いですか❗オカヤスファン第一号💕❗ってコメントしようと思ってたら……😔
昔は、炊事の、燃料は、薪ですから、二宮金次郎の、ように、山へ、たきぎひろい、は、おおくの、かていで、おおしごと、そのぶん、やまは、きれいでした。
ごえもん風呂って、関西だけなんやろか?
へっついと、ごえもん風呂は一目瞭然です!
石垣が気になる❤❤❤❤❤
これはすごい、女性ですが、石垣好きです
お二人は、もし、できれば、公的機関トか、昔住んでいた人が、写真でも、もし、あれば、見たいですね、その頃の、人たちの、楽しみは?お祭りとか?お茶飲み、おしゃべり、トか?でしょうか?いろんなコとを、我慢、して暮らしたのでしょうね!
製縄機です
情報提供ありがとうございます😊
縄もじり 機ですね電動ですぅね。
五右衛門風呂ですよ。田舎はお風呂とトイレは母屋の外に造ります
滋賀県が主なエリヤなんだね。
素人ですが
あの寺土台もう無理じゃね?
感じがします
移転ですかねぇ
此れは、五右衛門風呂ですね!
既出かもしれないけど壊れた機械は索道かも?
風呂♨️ですよ
お風呂みたいですね😀
教えて頂きありがとうございます!
おふろだと思います‼️
風呂です、囲いは壊れたのでしょう。
ごえもんふろといいます
五右衛門風呂じゃないの?
五右衛門風呂
風呂に決まってるやん。
ゴエモンふろ
縄ない機では。
自民党政治の失敗で、地方が取り残され、林業が廃れてしまった結果、みんな山の中の集落を出ていきました…😭
喋り過ぎ!廃村探検には不向き!
今時の若い人達の話を聞きながら廃村を巡るのを観るのもなかなか興味深いです。そんな風に思っているんだとか、あー若い人は知らないんだとか思いながら色々楽しく拝見してますよ。
黙々と廃村歩きされても、何処の廃村も似たり寄ったりだから飽きちゃう。私は、見てる側も知らず知らずの内に参加してしまうから楽しいですよ🌷
同じ疑問が湧いてくるし、そうか!って納得する事も。
すごくわかりやすいし、話し方もゆっくりしていてちょうどいいですよ。