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勝頼も一門衆であればホントに輝いたと思うんだよな…
武勇に優れた頼りになる弟
今回特に面白かったです!ありがとうございます‼︎
義信が家督を継いでいたら重臣や一門衆達との軋轢はなかったでしょう。北条家と今川家とは友好関係を続け、上杉家と戦い続けることになるでしょう。上杉家の所領を奪わない限り港を手に入れることができないのはきついです。謙信死後の御館の乱では氏政の弟景虎に味方するのは間違いないでしょうが、景虎が勝っても武田家には港は手に入らない。状況は厳しそうです。
好き好んで浅井長政の位置に座ってしまう武田義信といった感じ。今川が肝心な時に動き渋ったために共々滅亡しそう。
個人的には、第4次川中島で、信玄の弟である信繁が戦死しなければ、必ず信玄と義信の間に立って、義信の謀反は起きなかったという説に共感しているのでこの世界線での義信への禅譲を見てみたいですね。
私個人の思いなので気を悪くしないで下さい。信玄の弟信繁や秀吉の弟秀長に共通していると思うのが、弟であることを強調せず、忠実ないち家臣の立場を貫いていたことです。本心はともかく、主君である兄信玄の決めたことには異を唱えるとは思えないのです。となると、今川侵攻にも反対しないことから義信を説得できるとも思えず、また謀反の疑いによる嫌疑がかかれば義信の助命嘆願はしたかもしれないけど、それとて自らの命と引き換えにするほど強くは反対しなかったと思います。むしろ、信玄亡き後に信繁がいたら、勝頼を補佐し、家臣団をまとめあげる存在にはなっていたかもしれません。信玄に意見具申できるとすれば、傅役だった板垣信方だけだったように思います。板垣が生きていれば義信の命だけは自分の命に変えてでも擁護したかもしれません。となれば信玄も義信を出家させるか父と同じく追放ぐらいで済ませたのかなと。
@@武田信繁-l6z でもやっぱ諏訪の孫だからね...
信繁討ち死にの原因を作ったのは義信ですからね
それ私も同感ですね。典厩信繁が八幡原で討たれなければ武田はああも脆く崩れることはなかったんじゃないかなぁと思ってます
戦死しなかったら、謀反が怒って、嫡男を廃嫡し、信玄死後は弟の信繁が跡継ぎになっていたと思います。勝頼はあくまでも諏訪の跡継ぎであって、武田の跡継ぎではないので。
めっちゃ面白かったです!次回も楽しみにしています!
義信が武田家当主を継承し織田・徳川に対し果敢に抵抗していたら、信長は京都で油断して公家相手に茶会など開く余裕などなく、本能寺の変は起きようがなかったと思われる。
義信が生きているのと駿河侵攻と西上作戦が両立しないと武田存続は難しそう。逆に両立できるなら一番織田の天下を遠ざける可能性が高い存在ではある。
武田義信自身が、父信玄のような権謀術数に優れていなくても、彼が武田家嫡男であることは紛れもない事実であり、信玄の有能家臣団が信玄亡き後でも忠義を持って仕えただろう唯一無二の存在。武田家中が一つにまとまっていれば、天下取りはともかく、今川、北条、上杉と誼を通じながらも戦国大名から江戸、幕末まで家名を残していたかもしれないかなと。義信が武田家当主ならば、信玄時代の重臣もそのまま仕えますし、何より勝頼も戦の猛将としては非常に有能に働いたはず。勝頼も有能な武将ではあったものの、やはり諏訪の出であり、古参の武田家臣からしたら、勝頼は主君として見られなかったでしょう。実際、信玄も勝頼はあくまでも信勝の後見として期待していたようですし。まさに因果応報で、信玄は父信虎を追放して武田家を戦国屈指の大名にしたものの、今度は嫡男の義信からの謀反を防いだはいいが、それが結局武田家滅亡へと導いたとも言えなくもない。
最後の一文が(武田家にとって)皮肉にしか見えない
@@sugisinfkk 皮肉と言えば皮肉になるかもしれません。武田信玄、上杉謙信しかり、本人は偉大なカリスマだったものの、後継者問題についてはちょっと関心が薄かったのかなぁ。でも、これも酷ですよね。どちらも志半ばで病による死ですから、自分がそんなに早く亡くなるなんて思わなかったでしょうし。信玄にとっては弟信繁を失っていたことがその後の武田家、勝頼にとっては大きなマイナスだったとは思う。
よし、今度は事が起きる前に義信と謀反を疑われているとおちょくって、上洛と言う名分で、二人を魔力で勝家のもとへ強制出奔させよう(迫真)一益に佐渡、長可に石見を任せた上でなら、勝重が柴田を継ぐし、これで武田家の甲斐信濃も安泰だ()ノッブ「せ、せめて秀吉よりもうちょっと長生きさせて........。」???「(家臣を賄える所領を返してくれたら)善処します。」
信玄こそが武田滅亡の遠因
三方ヶ原の戦いも圧勝のように言われてますが信玄側は危うく前線を切り崩される一歩手前まで苦戦してますからね、準備万端で待ち伏せしても苦戦してるので義信には信玄のような老獪さはないので危うい事になってたでしょうね、砥石崩れみたいに、 名将も敗戦や失敗を経験しつつ成長するものですからね。
下剋上の世の中こんな話は、ありえないですが、理想は自由なので、楽しく拝見しました。
武田の駿河侵攻がなければ越相同盟を成立させる必要はなく、御館の乱は起こらない気がするなぁ。夢のあるifだけに、景虎が越後へ行く何らかの理由付けをして呉れたら、より嬉しかったような気がします。
面白い考察でした。ただ、義信が家督を継いでいたとしても、疲弊する国内経済や織田との国力差はどうしようも無かったでしょうね。信玄に無く義信が持っていたもの、それは「寿命=時間」であり、その意味で徹底した防衛策をとっていれば信長は逆に東国に見切りをつけ西国への進軍を速めた可能性がありますね。
尼子政久、毛利隆元、大内義隆、徳川信康、織田信忠、長宗我部信親、堀秀政、蒲生氏郷、長生き展開みたいですね。徳川信康、徳川秀康ニ代将軍、三代将軍忠長なども希望。
管理人さん最高のIFにexcellent❗️⤴️裏切り者がでることはなかったかも~
if考察は飽きないね
武田義信が家督継いでいたらって良く歴史シュミレーションゲーム信長の野望シリーズでは、武田信玄のあとは武田義信に継がせていたな。戦闘力は武田勝頼が上だけど政治力は武田義信の方があるからな。歴史にもしがあるからロマンがありますからね。
二人で手を取り合っていたら続いてたんじゃね?
ワイ野望、革新では、義信、勝頼は、おろか、全家臣全能力オール100にしたから、誰一人家臣、欠けることなく天下統一出来たわ(笑)時間かかったけどやはり敵は・・・・能力オールZEROにすべきだったな(笑)
これは常々考えてた。勝頼は当主よりは猛将タイプだし、仁科盛信も猛将。歴代武田の良い面が詰まった歴史イフになったのは間違いないはず
義信はかなり優秀な武将だったと思います。義信の部隊は第四次川中島の戦いで、上杉本陣に勇気ある突撃を決行したそうです。その行動は上杉の文献にも書かれています。その結果、武田の本陣守備隊を押し込んでいた上杉の精鋭部隊も一時的に前線から下がらざるを得なくなり、信玄を討ち取るチャンスを逃してしまったと思われます。もし義信が信玄の命令通りに動いていたら二人ともこの戦で上杉軍に打ち取られていた可能性が高かったと思います。
武田家大好き!
少なく嫡男が継承は北条氏政と同じような感じにはなるし武田義信なら世代的には織田信長や北条氏政と同世代にはなるな。織田信長、上杉謙信、徳川家康の三国同盟対北条氏政、今川氏真、武田義信の三国同盟でファイトになるけど
これがOKなら、「もしも松平信康が江戸幕府の徳川二代将軍になっていたら?」も見たいです!
たしかに
武田にとってこのパターンのほうが良かったかもと思ってしまいます。
今まで長篠の戦いで武田が負けなかったとか、三方原の戦いの後信玄が死ななかったらとか考察する人はいたけど義信が当主になったらは今まで考えたことなかったから面白かった
尾張・美濃・伊勢で170万石近くあるわけでなかなか織田を打ち破るのは難しいですよ
躑躅ヶ先館は、行ってみたが、もちろん城ではないが、あれは中世の建造物。近世の織田には勝てない。包囲網が完全に機能したら信玄が生きていればいけたかもしれない。長島、朝倉、浅井がいなくなった時点で勝負はついたと思う。
@@ryous1694 浅井朝倉より謙信の抑えになってた本願寺が一番でかかったと思う。結局信玄が亡くなったのが一番の敗因。
@@ryous1694 新府城をご覧になることをお勧めします。
織田は石高のみならずキャッシュも持ってますしね~。硝石だって大量に輸入できる。武田の石高なんて朝倉と浅井の合計値と大して変わらんし、密度も低いので戦力の集中も難しい。過大評価でしょ宇喜多が天下をとれますか?というくらいの設問ですね。まあ史実の徳川の例もあるのでイフ世界はどうとでも語れますけどね
本能寺後に信雄、信孝が跡を継いでいたり史実では三法師を利用した秀吉が利用せずに忠実に織田家に仕え続けた世界線も面白そうですね。歴史にifはロマンがある。
いくらもしもは存在しなくても、やっぱり楽しいですよね。漫画とかで二次創作が流行るのと同じように、歴史もんにはもしもが流行るw
歴史にifが多すぎる。ロマンはええが、事実を変えてはアカン。
うーん、やっぱ無いかなぁ。昌景が史実では密告したのかもしれないけど、武田の強さは諜報。昌景以外からでも謀反バレたと思うよ。
実際に有り得たのは信忠が生き延びた世界線。一緒にいたおじの有楽斎は脱出して生き延びられてるので、自刃さえしなければ可能だった筈。自刃を勧めながらその後自分は脱出した有楽斎はなんだかなあだが。信忠が生き延びてたら後継者争いは起きないので、秀吉の専横は起きなかった筈。信長の仇討ちの功績での筆頭家臣にはなってはいただろうけど、他の兄弟や家臣との関係は変わらずなので。
義信って思ったより優秀なんですね。勉強になりました。
勝頼が素直に従うかどうかが大きなカギになりそうな気がする。家中での力関係や兄弟仲はどうだったんだろう?勝頼が信玄を押し立てて内乱になったら武田は相当なダメージになったと思われ・・・
義信存命中であれば、勝頼がいくらがんばっても家臣が言うことを聞かないでしょう。当時の嫡流というのは今の時代では想像できないぐらい重みがある。
武田信玄は自身が武田晴信の時代に父信虎追放計画を成功させてるので、自分の息子義信が同様の計画を立てる事を凄く警戒してたと思うんです。もし晴信が父信虎からスムーズに家督を継承していれば義信に対してあまり警戒せず、義信が上手く信玄を追放して家督継承してたかも知れません。武田晴信の信虎追放の時から武田氏滅亡の道筋は始まっていたのかも知れません。
義信は戦国の世には珍しく義を重んじる性格だったところが残念だ。海が欲しかった信玄が今川氏真の器を見抜いて駿河を狙い奪いとったのは戦国の世ではある意味当然な事。武田が強かったのは、信玄のカリスマ性があったからこそで、仮に信玄亡き後義信が継いでいたとしても織田徳川連合軍に勝つ可能性は少なかったでしょう。織田徳川連合軍に勝つには、信玄の存在が必須です。
武田・甲州は国人衆の寄合いで、武田家が統括していたに過ぎない。 情勢次第でどうにでも転ぶ連中を纏めるのは不安要素しかなく、軍事組織として確立されている織田にアドバンテージがありますね。
リクエストありがとうございます‼️
今までは第四次川中島合戦で武田義信が無理に敵を追い回した愚将のように描かれてdisられていたけど、自分の判断であえて総大将を守るために奮戦したとなれば、あながち愚将とは言えないね。運悪く信玄の外交方針転換によって粛清されてしまったけど、生きて家督を継いでいれば長篠の戦いや御館の乱での失敗はなかったかもしれないな。
義信は、武田の嫡男として英才教育を受け育てられたので優秀な将で家臣たちも義信が武田当主になるのを期待してたくらいですからね!武田家の親と嫡男の不和て因縁ですね。信虎と父親も不和で同じ様な事してましたものね。
武田義信が存命であれば三国同盟+上杉景虎により、織田信長の天下統一が難しい状況になる事がよく分かりました。戦国時代が長引き、文明開化に辿り着くのも遅れたかも知れませんね。
強力な反織田勢力が出現するほうが話としてはおもしろいけれど、甲相駿三国同盟が継続するこの世界線では反武田の越相同盟はあり得ず、越相同盟→御館の乱・景虎当主→甲相駿越四国同盟の流れは無理があるような。景勝が御館の乱なしで当主になった場合でも反織田側に入る可能性はあるのかもですが。
@@ziggystdst 川中島と春日山城の距離・位置関係からして、安全保障上、武田と簡単に同盟を結べない。ちょうど、キーウとモスクワの距離が数百キロしかないのにウクライナがNATO加盟を希望している現状で、ロシア・プーチンがそれを容認できない現状に似ている。この状況で上杉・長尾側からの同盟提示は実質的な武田への隷属的な同盟関係にしかならないですね。
上杉謙信は「武田とは組めるが北条とは願い下げ」と後に言うくらい北条を嫌悪してるから信玄という共通の敵が存在しなければ越相同盟も起きない上杉は本願寺と武田という共通の敵があるから織田と組む…って流れとかはあまり史実と変わらないと思う
謙信視点だと義信にしろ史実の勝頼にしろ史実の長篠の戦いで武田家弱体化しない限りは武田と和平は難しいんでは。義信は第四次川中島で謙信と因縁つくったし信繁まで生きてるなら尚更むしろ織田徳川上杉三国同盟で足利義輝なり足利義昭を守りたつ織田が斯波氏の後継管領、関東管領上杉、吉良家の後継が松平徳川家で
関東管領が北条の関東支配を認めたら自己否定以外の何者でもない。
どっちにしろ武田家は信長に滅ぼされていた可能性の方が高そうですが、織田・徳川VS武田・今川の夜襲は面白そうですね。とりわけて湿度の多い日を狙えば鉄砲の火縄は使いにくくなるでしょうし。
義信はかわいそうに思えてしまうんだよな。信玄を慕っていた様子がうかがえるし。信玄が信虎を追放していたから長男に自己投影を向けて恐れてしまったのではとも思う。
おもしろいです。三国同盟が崩れていないなら、織田と戦うときに北条が数千人程度は援軍を出してくれませんかね。
結局武田・上杉・北条は各個撃破されてしまったので、西に対抗するためには甲・相・越で同盟組むしかなかったかもしれませんね。信玄が駿河に追放されて信虎に足蹴にされる図もちょっと見てみたい
武田義信、北条氏政、今川氏真は組めるけど上杉謙信はむしろ織田信長、徳川家康、浅井長政でガッチリ同盟足利将軍家を支えるべきでは
勝頼にとっては義信が生きていた方が良かったですよね。
むしろ戦場とかでも思い切り采配振るえたでしょうね。義信の指示での動きならば、うるさい穴山梅雪なども抑えられますし。義信にとっても勝頼やその弟仁科盛信のような勇猛な弟たちがいたらずいぶん心強いでしょう。
@@はぐれひろ義信が島津家における義久、勝頼が義弘、盛信が歳久、葛山家に養子に入った信貞や安田家に養子に入った信清が家久のポジションになるってのもありでしょうね。
義信は好きな武将なので、このような歴史であってくれればと思います。また、毛利隆元も立場や信条が義信と近いので二人の友情で織田を東西から挟撃なんて想像までしてしまいました。
確かに勝頼は義信配下の武将で働いた方が合いそうな感じするし。
義信と勝頼との仲はかなり良好だったそうです。勝頼自身も「諏訪四郎勝頼」として、義信の一家臣として生きることを望んでいました。
武田信玄が天下を目指さずに織田信長との同盟存続の為に信忠と秀信の母?と言われている 松姫の祝言をしっかり挙げさせていたら も気になりますねそして 義信がいたら、 徳川家を完全に家臣扱い出来るので信長は内心喜びそうですね。
信玄と義信の関係が、信虎と晴信の関係と、すごく似てるのはなんとも皮肉。
氏真と義信の共闘は見たい
武田今川北条の三国同盟が健在なら「上杉が北条と組むのは100%あり得ない」実際に謙信は足利義昭からの「上杉武田北条で和睦して織田に当たってほしい」という要請を「武田と組むのは出来るが、北条とはできない」と断るほど北条を毛嫌いしてます。越相同盟も武田信玄という共通の敵が出来て、北条から当主氏政の子(実際には氏政が拒んだので最終的に三郎になった)を人質を貰うという破格の条件を北条に飲ませてようやく締結です。寧ろ上杉謙信は一向宗と武田という共通の敵を持つ織田と組む可能性の方が非常に高いと思います。そうなると、上杉が武田を抑えて、佐竹ら北関東の反北条が北条と対峙。徳川(+織田)対今川の構図に信長が持っていくのでは?と思います。
『信長の野望』をプレイしながら、いつもそう思ってたのです。
この時代は武勇と知略だけでなく、やはりいつの時代も人間性といい、コミュニケーションも必要ですよね。親子といえども全てをお互いに知っている訳ではないですし、そこが少し足りなかったのではないかなと個人的にはどの武将に対しても思います。
全部虎まささんの言う通りになってしまったね
勝頼よりは人物的にも大分上、武田家としても納得だから、流れが変わった可能性も少しは有るのかな?と言った印象だね。
一度見てみたいのがあるんですが「もしも御館の乱で景虎方が勝っていたら?」「もしも上杉謙信が織田信長を討ち取っていたら?」この2つは上杉家推しとして見てみたい展開です!
「もしも御館の乱で景虎方が勝っていたら?」上杉景虎は北条氏政の弟、武田勝頼は氏政の妹婿なので、北条優位の相越甲三国同盟が結ばれたでしょうね
景虎勝つの物凄いきつそう
@@ノブトラ 景虎が勝ったら、最終的に上杉家は北条家の支配下になると思う。武田家とは北条家優位の同盟が結ばれると思う。その上で人質時代、家康と一緒に過ごした氏政の弟に家督を譲り、家康と同盟を組めばかなりの勢力になる。ただ北条家が天下を取れるとは思わないので、信長の天下を遅らせるだけになるだろう。
義信は実直・生真面目。平時なら良い当主になれたかも知れないが、権謀術数渦巻く戦国の世を生き抜けたかどうかは疑問。また虎昌と昌景は兄弟では無い可能性がかなり高い。
あくまで勝頼は陣代だったんだよね。だから信玄は勝頼の嫡男に跡を継がせて後見するようにと遺言してる。
最強の馬場信春がこんなに簡単に打ち取られるとは💦
馬場信春は慎重に物事を運ぶ人物だったので果たして博打に近い夜襲を提言してたか疑問は残りますね。夜襲が失敗しても逃げられる算段だけはつけてたと思います。
武田は立地が悪いのじゃよ…信玄が家康に煽られて反信長になってたら、信玄死後は織田と戦わざるを得んだろうね…
義信が生きていたら、三国同盟も生きて、徳川家康に駿河、遠江を侵略されずに済んだかも知れませんね。今川氏真も史実では割りと有能であったようですし(ゲームでは雑魚扱いですが…)、そうなると織田信長も易々と東に手は出せないと思います。武田義信自身に、領土拡大の野望があるかは分かりませんが、周辺諸国と良好な関係は築けたのではないかと思う。織田信忠と松姫の婚姻があるかは分からないけど、この二人が結ばれれば、家督を継いだ織田家と武田家は争いをやめて、違った形で、天下統一がされるかも知れない。
今川家と友好関係にある武田家が信濃に存在する中で、織田家が美濃の斉藤家を倒すことが出来るでしょうか。信長の美濃、伊勢、近江への進出自体も難しくなると思います。
甲斐から簡単に山越えて美濃に行けるなら、とっくに信玄が攻め込んでるだろ。
どっちにしろ滅ぼされてた説好き
普通に考えて、滅ぼされたろうな。
ヨシノブって名前は終わりを呼ぶのでしょうかね偶然ですよね?
義信より弟の信繁が生きていた方が武田は残っただろうね。義信も勝頼と同じで勝ち気で脳筋タイプだったみたいだし信玄が亡くなったら滅びに向かっていった可能性もある。
確かにこのifストーリーは興味深いものがありますね。
周りは勝頼よりは言うことを聞いた(笑)
そうそう、勝頼は、諏訪大社の大祝殿やってろっての。
ま、でしょうね…所詮は高遠勝頼○何故か信の字を渡さなかった事○孫を当主にすえ、あくまで元服するまでの繋ぎ、後見だった事色々あるやろが、そりゃある日突然対等だった奴にあれやこれや命令されたら嫌気もたつやろ
勝頼も家中は微妙な空気、対外的には信玄のやらかしがあった中ではよくよくやったよなぁと
@@matukawatositane そのプレッシャーから無理に拡大政策を推し進めた結果、武田家史上最大勢力を築くも、一瞬にして崩壊してしまう……
@@lx1125 侵略以上に維持は大変
初見だけど案外ちゃんと考察してて感心した。他のチャンネルはくだらない妄想や一次資料シカトしたりで妄想激しいのもあるし。ところで、まあ信玄の外交の煽りを喰らった結果、勝頼が全方位ほぼ味方いない状態で滅びたようなもんだからな、、景勝も頼りになんねえしwそう考えると義信も間違ってなかったと思える
ifとしては義信が今川攻めを容認するという方向性の方が可能性があるかと。そもそも妻の実家を攻めるなどということは戦国時代なら普通にあること。義信の行動は近視眼的すぎて当主に相応しくない。そうでなく素直に信玄の方針に従っていたのならば武田家はもう少し生きながらえたか、また全く違った展開があったかもしれない。ただそれはあまりにも選択肢がありすぎるので予想というより願望になってしまうだろう。
この後継者が生きていたらのifなら、やはり長宗我部信親が生きてたら?が一番見たいですし、織田信忠も見て見たいですね!
信親版は以前アップされてましたよ?
@@明石則実 あっ!そうなんですか?見落としてました。有り難う御座います。
飯富兵部が謀反失敗していなければ、三郎兵衛は山県姓を継ぐ事は無かったかと。
面白い動画でした。ただ信玄政権の末期には甲斐の軍事行動を可能にしていた金山は枯渇状態にあったので、尾張・機内という経済圏を握っている織田信長に対して積極的な軍事行動した場合、勝頼の二の舞になる可能性があるかもしれません。
桶狭間の戦いの後の駿河攻めで信玄と揉めて結局追放か切腹になり勝頼が後継者になりそう
勝頼の誤算は武田一の猛将と言っても過言でない勝頼を最前線で使えなくなったって事でしょうね。
長嶋茂雄の穴が埋まらなかった第一次長嶋政権と一緒
よく考えられていて面白いですね氏真と義信では天下は望めそうにないが武田が長く存続する可能性はかなり高いですね。武田が存続すれば武田の敗残兵をたくさん抱えた徳川の戦力もかなり減退するし、状況が一変しそう。
勝頼の兄ですね🎵
もし織田家による明国攻めが行われていたらお願いします🙇♂️
あまり変わんなかったと思うけどなというのは鉄砲が武器の主流になり即席で仮城を作るなど経済力が戦争に大きく影響するようになった義信が継いでいたら駿河は徳川に取られる氏真は武田に逃げ込む上杉が降参してしまったのは交易を止められてしまったから武田領より西がすべて織田になれば陸路、海路ともに貿易をとめられ武田はジリ貧、家臣が離反
ifがすぎるが、よく考えられたifである。小説などからの引用ではなく、主さんのオリジナルですか?
義信が生きていたら早い段階で織田と対立する事になりますね、信玄が織田と対立する決断をしたタイミングよりは勝ち目がありそうですが、武田が早い段階で敵になったら織田、徳川の拡張は遅れますので、武田も上野はとれても駿河遠江は取れないでしょう(家康の能力からして氏真を傀儡にして今川領を併合とかは不可能)からどうなるか
信玄が信虎を失脚に追い込めたのは人望がなかったからだから、信玄を簡単に失脚させることはできずその時点で武田は内戦に突入していた可能性が高い。仮にうまくいったとしても今川氏真が義信と手を組んで積極的に行動することはないだろう。この時点で今川家には信玄や家康などの調略が伸びているから、氏真が義信と手を組もうとしたらこちらも大混乱に陥ると思う。本能寺の変は武田が滅んだから信長がほぼ無防備で京都にとなったのだから起きるはずない。
諏訪四郎が跡取りっていうのが武田滅亡の原因でしょ。源氏の名門今川と甲斐源氏の武田の同盟は大切だと思います。血筋がステータスとなって求心力が得られる時代であることはまちがいないと思います。
信長の野望では武力67~71ぐらいだったね。それなりに強かった記憶があるw
武田軍は80以上がゴロゴロいるので、雑魚でしかありません。
能力高くて重宝した武将だったのは覚えてる
@@戸田賢司勝頼も統率と武勇が80超えてますし、最近では政治や知略も60程度はありますし。
確かに義信が武田家臣団をまとめ挙げ信玄を隠居させることができたらこういう歴史もあるでしょうねただ、武田家臣団をまとめ挙げることができたが問題ですまた、松平の駿河進出なしに織田の上京が可能であったかも判断に苦しむところです
まさに、戦国無双のifシナリオみたいで面白かったです。
信長包囲網が健在の時に岡崎城を抜いたのだったららそのまま尾張に侵攻して、浅井朝倉と一緒に織田を挟撃したら良かったのに・・・。織田と武田では、経済力が違い過ぎるから一気呵成に攻めないと厳しい。
➡➡ 18:28 北条からの援軍も・・・期待できるやろ。そうなると・・・さらに2万ほど増えるワイ。😊😊😊😊😊😊😊😊😊😊😊😊😊😊
面白かったです。ただ、信長は武器統制、つまり鉄砲の独占化を行うでしょうからそれを考えれば、武器商人の質の差が勝敗を決すると思います。
ドリフのもしもシリーズも面白いがこの歴史のもしもシリーズも面白い!
家臣の信頼度も高かった武将だっただけに残念。弟信繁が生きていたらこの悲劇はなかったと思う。
義信が当主だと、版図の拡大が難しそう
無理に版図を拡大する必要はないないでしょう
もしも羽柴秀勝(実子)が豊臣秀勝として成長し、家督を継いでいたら。。この線も相当日本史が変わるIFストーリー。
秀勝という人物がいたことも知りませんでした。凄い。豊臣鶴松が初めての秀吉の子だと思っていました。考えてみると秀吉は、2回も息子を短命で失っていますね。
条件はかなり難しいですが、太閤立志伝4(PC版)では、生きていれば武田信玄の後継ぎになれます。勝頼よりも優先されます。ただ信玄が死んだ次の日に死んだり、長くても信玄が死んだ年の年末までしか生きられません。
信長の野望だと史実の自害は戦死扱いにされてるのでかなり長生きする
今回のifは面白かったです。ただ武田・今川両家が三河を抑えている前提ならば国のない家康には戦力と呼べるものはないので姉川の合戦での織田単独での勝利というのはなかったのかも知れないですし、ひょっとしたら浅井・朝倉の滅亡もなかったかも知れないですね・・・
楽しく拝見させてもらいました。最近の研究では今川氏真の評価も見直されていますし、武田と今川の同盟が強固だった場合のIFも興味深いですね。
このパターンだと井伊直正は今川家の武将として赤備え無しでの活躍というか史実程は活躍できそうにないですね山県昌景も飯富姓のままでしょうね赤備えは飯富家で独占ですね
17:07 武田・今川の領土配分について。 ぼくが義信だったら「海」がある領土は主張したいですね。武田領は「海」が無く「塩」の調達が弱点ですから。この地図からすれば尾張全土か西尾張・伊勢。 もしくは、富士川以東の東駿河。武田勢の武功からして「これぐらい」は主張できそうです。
信長の勢力位置の差がありますね、近畿を抑えたほうが、お金、鉄砲など戦争には欠かせない戦力強化になります、あと京都の公家、天子様も抱えられたら更に不利です、甲斐がどうこう言うのではないですが、土地の利はやはり信長有利だったと思います。
信親(二男)が盲目でなかった場合、あるいは、信之(三男)が夭逝しなかった場合に、義信廃嫡後にどちらかが家督を継いでいた世界線も見てみたいです。
今川家を存続させようと思ったら、むしろ今川家を属国化して、国力を高めて織田、徳川との抗争に備えるべきだったし、母親の三条夫人と本願寺顕如の夫人は姉妹なので、織田信長との対立は遅かれ早かれ避けられなかっただろう。
信長 秀吉 家康 のラインが無かったら、他のアジア諸国のようにキリスト教国の植民地になった確率が上がりそうな気もします。堺の商人との関係があればこその情報網で武田や北条は一寸ばかり距離が有るかなと。
可能性としては、勝頼に諏訪を継がせて、五男の仁科盛信に、武田を継がせた方が良かったのではないかと思う。
武田義信でも武田滅亡は避けれなかったですよ。武田家は信玄時代で結構限界まで来てましたから。仕方ないとはい信玄は非道の限りを尽くしてでも拡張せざる得なかった。その悪名を義信の代で薄めようというのが信玄の戦略だったと思います。義信の代になれば周辺の大名と上手くやっていけるかもしれないですが織田信長はいずれ衝突せざるえなくなったんで今川家の肩をもったら一緒に共倒れになっていたはず
昔の戦国無双で武田義信がレギュラー化したら声優は速水奨さんになりそう
馬場信春が夜討ちかけたとき織田軍が鉄砲で反撃。夜討ちだから鉄砲は役に立たないはず。
武田が大人しかったら北条ー上杉の同盟は成り立たないんじゃない?今川:氏真は暗愚ではなく少なくとも内政は巧者だったから、掛川以西は朝比奈に任せて内政に専念、たまに武田北条に援軍を出す北条:対佐竹は伊達と手を組んであえての膠着にしておき、里見を第一目標とした上で上杉も牽制武田:北条と連携して上杉攻め信長:同盟こそできなかったものの武田の脅威は低下したので史実より早めに浅井朝倉を攻略徳川:遠州騒乱も起こらないため鳴かず飛ばず上杉:どこかで大勝しないとジリ貧のまま景勝に代替わりでつぶされそう
こういうIFを考えるのは凄く面白いし歴史をより深く多角的に捉えるきっかけにもなるよねだからこれは批判では決してないのだが、個人的には一人二人の存在によって歴史が変わることは無いと思っている偉大な英雄や天才でさえもそれまでの歴史の積み重ねによって起こる現象の「最後の一滴」のような存在であってその時点での歴史・文化・技術・科学・政治状況・民度・民意・国際情勢、その他諸々を無視できるものではない人は常に英雄や天才を求めるものだから起こった現象を一人の手柄にしたがるけどマクロなレベルで見た時に一人で出来ることなど限られているし代替が効かない人間も一人も居ないと思うディテールは多少違っても歴史の方向を曲げることは決して出来ないのではないかなあ
そもそも義信事件は飯富虎昌が主犯で義信は担がれただけという説も
大河ドラマでも「こたびの謀反はそれがしの一存にて若殿には一切かかわりございません。どうぞそれがしに切腹お申し付けくだされ」と言ってたのを思い出しました。
もっと言えば飯富兵部をそそのかしたのは八重ですから(笑)
義信事件は信玄に不満を持っていたり、今川と繋がっていた方が得になると思っている家臣や国衆達が義信を担ぎ出したという可能性はありそうですね。
勝頼も一門衆であればホントに輝いたと思うんだよな…
武勇に優れた頼りになる弟
今回特に面白かったです!
ありがとうございます‼︎
義信が家督を継いでいたら重臣や一門衆達との軋轢はなかったでしょう。
北条家と今川家とは友好関係を続け、上杉家と戦い続けることになるでしょう。
上杉家の所領を奪わない限り港を手に入れることができないのはきついです。
謙信死後の御館の乱では氏政の弟景虎に味方するのは間違いないでしょうが、景虎が勝っても武田家には港は手に入らない。
状況は厳しそうです。
好き好んで浅井長政の位置に座ってしまう武田義信といった感じ。
今川が肝心な時に動き渋ったために共々滅亡しそう。
個人的には、第4次川中島で、信玄の弟である信繁が戦死しなければ、
必ず信玄と義信の間に立って、義信の謀反は起きなかったという説に共感しているので
この世界線での義信への禅譲を見てみたいですね。
私個人の思いなので気を悪くしないで下さい。
信玄の弟信繁や秀吉の弟秀長に共通していると思うのが、弟であることを強調せず、忠実ないち家臣の立場を貫いていたことです。本心はともかく、主君である兄信玄の決めたことには異を唱えるとは思えないのです。となると、今川侵攻にも反対しないことから義信を説得できるとも思えず、また謀反の疑いによる嫌疑がかかれば義信の助命嘆願はしたかもしれないけど、それとて自らの命と引き換えにするほど強くは反対しなかったと思います。
むしろ、信玄亡き後に信繁がいたら、勝頼を補佐し、家臣団をまとめあげる存在にはなっていたかもしれません。
信玄に意見具申できるとすれば、傅役だった板垣信方だけだったように思います。板垣が生きていれば義信の命だけは自分の命に変えてでも擁護したかもしれません。となれば信玄も義信を出家させるか父と同じく追放ぐらいで済ませたのかなと。
@@武田信繁-l6z でもやっぱ諏訪の孫だからね...
信繁討ち死にの原因を
作ったのは義信ですからね
それ私も同感ですね。典厩信繁が八幡原で討たれなければ武田はああも脆く崩れることはなかったんじゃないかなぁと思ってます
戦死しなかったら、謀反が怒って、嫡男を廃嫡し、信玄死後は弟の信繁が跡継ぎになっていたと思います。勝頼はあくまでも諏訪の跡継ぎであって、武田の跡継ぎではないので。
めっちゃ面白かったです!
次回も楽しみにしています!
義信が武田家当主を継承し織田・徳川に対し果敢に抵抗していたら、信長は京都で油断して公家相手に茶会など開く余裕などなく、本能寺の変は起きようがなかったと思われる。
義信が生きているのと駿河侵攻と西上作戦が両立しないと武田存続は難しそう。
逆に両立できるなら一番織田の天下を遠ざける可能性が高い存在ではある。
武田義信自身が、父信玄のような権謀術数に優れていなくても、彼が武田家嫡男であることは紛れもない事実であり、信玄の有能
家臣団が信玄亡き後でも忠義を持って仕えただろう唯一無二の存在。武田家中が一つにまとまっていれば、天下取りはともかく、
今川、北条、上杉と誼を通じながらも戦国大名から江戸、幕末まで家名を残していたかもしれないかなと。
義信が武田家当主ならば、信玄時代の重臣もそのまま仕えますし、何より勝頼も戦の猛将としては非常に有能に働いたはず。
勝頼も有能な武将ではあったものの、やはり諏訪の出であり、古参の武田家臣からしたら、勝頼は主君として見られなかった
でしょう。実際、信玄も勝頼はあくまでも信勝の後見として期待していたようですし。
まさに因果応報で、信玄は父信虎を追放して武田家を戦国屈指の大名にしたものの、今度は嫡男の義信からの謀反を防いだはいいが、それが結局武田家滅亡へと導いたとも言えなくもない。
最後の一文が(武田家にとって)皮肉にしか見えない
@@sugisinfkk
皮肉と言えば皮肉になるかもしれません。
武田信玄、上杉謙信しかり、本人は偉大なカリスマだったものの、後継者問題についてはちょっと関心が薄かったのかなぁ。でも、これも酷ですよね。どちらも志半ばで病による死ですから、自分がそんなに早く亡くなるなんて思わなかったでしょうし。信玄にとっては弟信繁を失っていたことがその後の武田家、勝頼にとっては大きなマイナスだったとは思う。
よし、今度は事が起きる前に義信と謀反を疑われているとおちょくって、
上洛と言う名分で、二人を魔力で勝家のもとへ強制出奔させよう(迫真)
一益に佐渡、長可に石見を任せた上でなら、勝重が柴田を継ぐし、これで武田家の甲斐信濃も安泰だ()
ノッブ「せ、せめて秀吉よりもうちょっと長生きさせて........。」
???「(家臣を賄える所領を返してくれたら)善処します。」
信玄こそが武田滅亡の遠因
三方ヶ原の戦いも圧勝のように言われてますが信玄側は危うく前線を切り崩される一歩手前まで苦戦してますからね、準備万端で待ち伏せしても苦戦してるので義信には信玄のような老獪さはないので危うい事になってたでしょうね、砥石崩れみたいに、 名将も敗戦や失敗を経験しつつ成長するものですからね。
下剋上の世の中こんな話は、ありえないですが、理想は自由なので、楽しく拝見しました。
武田の駿河侵攻がなければ越相同盟を成立させる必要はなく、御館の乱は起こらない気がするなぁ。
夢のあるifだけに、景虎が越後へ行く何らかの理由付けをして呉れたら、より嬉しかったような気がします。
面白い考察でした。
ただ、義信が家督を継いでいたとしても、疲弊する国内経済や織田との国力差はどうしようも無かったでしょうね。
信玄に無く義信が持っていたもの、それは「寿命=時間」であり、その意味で徹底した防衛策をとっていれば信長は逆に東国に見切りをつけ西国への進軍を速めた可能性がありますね。
尼子政久、毛利隆元、大内義隆、徳川信康、織田信忠、長宗我部信親、堀秀政、蒲生氏郷、長生き展開みたいですね。徳川信康、徳川秀康ニ代将軍、三代将軍忠長なども希望。
管理人さん最高のIFにexcellent❗️⤴️裏切り者がでることはなかったかも~
if考察は飽きないね
武田義信が家督継いでいたらって良く歴史シュミレーションゲーム信長の野望シリーズでは、武田信玄のあとは武田義信に継がせていたな。
戦闘力は武田勝頼が上だけど政治力は武田義信の方があるからな。
歴史にもしがあるからロマンがありますからね。
二人で手を取り合っていたら続いてたんじゃね?
ワイ
野望、革新では、義信、勝頼は、おろか、全家臣全能力
オール100にしたから、誰一人家臣、欠けることなく
天下統一出来たわ(笑)時間かかったけど
やはり敵は・・・・能力オールZEROにすべきだったな(笑)
これは常々考えてた。勝頼は当主よりは猛将タイプだし、仁科盛信も猛将。歴代武田の良い面が詰まった歴史イフになったのは間違いないはず
義信はかなり優秀な武将だったと思います。義信の部隊は第四次川中島の戦いで、上杉本陣に勇気ある突撃を決行したそうです。その行動は上杉の文献にも書かれています。その結果、武田の本陣
守備隊を押し込んでいた上杉の精鋭部隊も一時的に前線から下がらざるを得なくなり、信玄を討ち取るチャンスを逃してしまったと思われます。もし義信が信玄の命令通りに動いていたら二人ともこの戦で上杉軍に打ち取られていた可能性が高かったと思います。
武田家大好き!
少なく嫡男が継承は北条氏政と同じような感じにはなるし
武田義信なら世代的には織田信長や北条氏政と同世代にはなるな。
織田信長、上杉謙信、徳川家康の三国同盟対
北条氏政、今川氏真、武田義信の三国同盟
でファイトになるけど
これがOKなら、「もしも松平信康が江戸幕府の徳川二代将軍になっていたら?」も見たいです!
たしかに
武田にとってこのパターン
のほうが良かったかもと
思ってしまいます。
今まで長篠の戦いで武田が負けなかったとか、三方原の戦いの後信玄が死ななかったらとか考察する人はいたけど義信が当主になったらは今まで考えたことなかったから面白かった
尾張・美濃・伊勢で170万石近くあるわけでなかなか織田を打ち破るのは難しいですよ
躑躅ヶ先館は、行ってみたが、もちろん城ではないが、あれは中世の建造物。近世の織田には勝てない。包囲網が完全に機能したら信玄が生きていればいけたかもしれない。長島、朝倉、浅井がいなくなった時点で勝負はついたと思う。
@@ryous1694
浅井朝倉より謙信の抑えになってた本願寺が一番でかかったと思う。
結局信玄が亡くなったのが一番の敗因。
@@ryous1694 新府城をご覧になることをお勧めします。
織田は石高のみならずキャッシュも持ってますしね~。硝石だって大量に輸入できる。武田の石高なんて朝倉と浅井の合計値と大して変わらんし、密度も低いので戦力の集中も難しい。過大評価でしょ
宇喜多が天下をとれますか?というくらいの設問ですね。まあ史実の徳川の例もあるのでイフ世界はどうとでも語れますけどね
本能寺後に信雄、信孝が跡を継いでいたり史実では三法師を利用した秀吉が利用せずに忠実に織田家に仕え続けた世界線も面白そうですね。
歴史にifはロマンがある。
いくらもしもは存在しなくても、やっぱり楽しいですよね。
漫画とかで二次創作が流行るのと同じように、歴史もんにはもしもが流行るw
歴史にifが多すぎる。
ロマンはええが、事実を変えてはアカン。
うーん、やっぱ無いかなぁ。昌景が史実では密告したのかもしれないけど、武田の強さは諜報。昌景以外からでも謀反バレたと思うよ。
実際に有り得たのは信忠が生き延びた世界線。
一緒にいたおじの有楽斎は脱出して生き延びられてるので、自刃さえしなければ可能だった筈。
自刃を勧めながらその後自分は脱出した有楽斎はなんだかなあだが。
信忠が生き延びてたら後継者争いは起きないので、秀吉の専横は起きなかった筈。
信長の仇討ちの功績での筆頭家臣にはなってはいただろうけど、他の兄弟や家臣との関係は変わらずなので。
義信って思ったより優秀なんですね。勉強になりました。
勝頼が素直に従うかどうかが大きなカギになりそうな気がする。家中での力関係や兄弟仲はどうだったんだろう?勝頼が信玄を押し立てて内乱になったら武田は相当なダメージになったと思われ・・・
義信存命中であれば、勝頼がいくらがんばっても家臣が言うことを聞かないでしょう。
当時の嫡流というのは今の時代では想像できないぐらい重みがある。
武田信玄は自身が武田晴信の時代に父信虎追放計画を成功させてるので、自分の息子義信が同様の計画を立てる事を凄く警戒してたと思うんです。
もし晴信が父信虎からスムーズに家督を継承していれば義信に対してあまり警戒せず、義信が上手く信玄を追放して家督継承してたかも知れません。
武田晴信の信虎追放の時から武田氏滅亡の道筋は始まっていたのかも知れません。
義信は戦国の世には珍しく義を重んじる性格だったところが残念だ。海が欲しかった信玄が今川氏真の器を見抜いて駿河を狙い奪いとったのは戦国の世ではある意味当然な事。武田が強かったのは、信玄のカリスマ性があったからこそで、仮に信玄亡き後義信が継いでいたとしても織田徳川連合軍に勝つ可能性は少なかったでしょう。織田徳川連合軍に勝つには、信玄の存在が必須です。
武田・甲州は国人衆の寄合いで、
武田家が統括していたに過ぎない。
情勢次第でどうにでも転ぶ連中を纏めるのは不安要素しかなく、
軍事組織として確立されている織田にアドバンテージがありますね。
リクエストありがとうございます‼️
今までは第四次川中島合戦で武田義信が無理に敵を追い回した愚将のように描かれてdisられていたけど、自分の判断であえて総大将を守るために奮戦したとなれば、あながち愚将とは言えないね。運悪く信玄の外交方針転換によって粛清されてしまったけど、生きて家督を継いでいれば長篠の戦いや御館の乱での失敗はなかったかもしれないな。
義信は、武田の嫡男として英才教育を受け育てられたので優秀な将で家臣たちも義信が武田当主になるのを期待してたくらいですからね!
武田家の親と嫡男の不和て因縁ですね。信虎と父親も不和で同じ様な事してましたものね。
武田義信が存命であれば三国同盟+上杉景虎により、織田信長の天下統一が難しい状況になる事がよく分かりました。戦国時代が長引き、文明開化に辿り着くのも遅れたかも知れませんね。
強力な反織田勢力が出現するほうが話としてはおもしろいけれど、甲相駿三国同盟が継続するこの世界線では反武田の越相同盟はあり得ず、越相同盟→御館の乱・景虎当主→甲相駿越四国同盟の流れは無理があるような。
景勝が御館の乱なしで当主になった場合でも反織田側に入る可能性はあるのかもですが。
@@ziggystdst
川中島と春日山城の距離・位置関係からして、
安全保障上、武田と簡単に同盟を結べない。
ちょうど、キーウとモスクワの距離が数百キロしかないのにウクライナがNATO加盟を希望している現状で、ロシア・プーチンがそれを容認できない現状に似ている。
この状況で上杉・長尾側からの同盟提示は実質的な武田への隷属的な同盟関係にしかならないですね。
上杉謙信は「武田とは組めるが北条とは願い下げ」と後に言うくらい北条を嫌悪してるから信玄という共通の敵が存在しなければ越相同盟も起きない
上杉は本願寺と武田という共通の敵があるから織田と組む…って流れとかはあまり史実と変わらないと思う
謙信視点だと義信にしろ史実の勝頼にしろ
史実の長篠の戦いで武田家弱体化しない限りは武田と和平は難しいんでは。
義信は第四次川中島で謙信と因縁つくったし信繁まで生きてるなら尚更
むしろ織田徳川上杉三国同盟で足利義輝なり足利義昭を守りたつ
織田が斯波氏の後継管領、関東管領上杉、吉良家の後継が松平徳川家で
関東管領が北条の関東支配を認めたら自己否定以外の何者でもない。
どっちにしろ武田家は信長に滅ぼされていた可能性の方が高そうですが、織田・徳川VS武田・今川の夜襲は面白そうですね。
とりわけて湿度の多い日を狙えば鉄砲の火縄は使いにくくなるでしょうし。
義信はかわいそうに思えてしまうんだよな。信玄を慕っていた様子がうかがえるし。
信玄が信虎を追放していたから長男に自己投影を向けて恐れてしまったのではとも思う。
おもしろいです。
三国同盟が崩れていないなら、織田と戦うときに北条が数千人程度は援軍を出してくれませんかね。
結局武田・上杉・北条は各個撃破されてしまったので、西に対抗するためには甲・相・越で同盟組むしかなかったかもしれませんね。信玄が駿河に追放されて信虎に足蹴にされる図もちょっと見てみたい
武田義信、北条氏政、今川氏真は組めるけど
上杉謙信はむしろ織田信長、徳川家康、浅井長政でガッチリ同盟
足利将軍家を支えるべきでは
勝頼にとっては義信が生きていた方が良かったですよね。
むしろ戦場とかでも思い切り采配振るえたでしょうね。義信の指示での動きならば、うるさい穴山梅雪なども抑えられますし。
義信にとっても勝頼やその弟仁科盛信のような勇猛な弟たちがいたらずいぶん心強いでしょう。
@@はぐれひろ
義信が島津家における義久、勝頼が義弘、盛信が歳久、葛山家に養子に入った信貞や安田家に養子に入った信清が家久のポジションになるってのもありでしょうね。
義信は好きな武将なので、このような歴史であってくれればと思います。
また、毛利隆元も立場や信条が義信と近いので二人の友情で織田を東西から挟撃なんて想像までしてしまいました。
確かに勝頼は義信配下の武将で働いた方が合いそうな感じするし。
義信と勝頼との仲はかなり良好だったそうです。勝頼自身も「諏訪四郎勝頼」として、義信の一家臣として生きることを望んでいました。
武田信玄が天下を目指さずに織田信長との同盟存続の為に信忠と秀信の母?と言われている 松姫の祝言をしっかり挙げさせていたら も気になりますね
そして 義信がいたら、 徳川家を完全に家臣扱い出来るので信長は内心喜びそうですね。
信玄と義信の関係が、信虎と晴信の関係と、すごく似てるのはなんとも皮肉。
氏真と義信の共闘は見たい
武田今川北条の三国同盟が健在なら「上杉が北条と組むのは100%あり得ない」実際に謙信は足利義昭からの「上杉武田北条で和睦して織田に当たってほしい」という要請を「武田と組むのは出来るが、北条とはできない」と断るほど北条を毛嫌いしてます。越相同盟も武田信玄という共通の敵が出来て、北条から当主氏政の子(実際には氏政が拒んだので最終的に三郎になった)を人質を貰うという破格の条件を北条に飲ませてようやく締結です。
寧ろ上杉謙信は一向宗と武田という共通の敵を持つ織田と組む可能性の方が非常に高いと思います。
そうなると、上杉が武田を抑えて、佐竹ら北関東の反北条が北条と対峙。徳川(+織田)対今川の構図に信長が持っていくのでは?と思います。
『信長の野望』をプレイしながら、いつもそう思ってたのです。
この時代は武勇と知略だけでなく、やはりいつの時代も人間性といい、コミュニケーションも必要ですよね。親子といえども全てをお互いに知っている訳ではないですし、そこが少し足りなかったのではないかなと個人的にはどの武将に対しても思います。
全部虎まささんの言う通りになってしまったね
勝頼よりは人物的にも大分上、武田家としても納得だから、流れが変わった可能性も少しは有るのかな?と言った印象だね。
一度見てみたいのがあるんですが
「もしも御館の乱で景虎方が勝っていたら?」
「もしも上杉謙信が織田信長を討ち取っていたら?」
この2つは上杉家推しとして見てみたい展開です!
「もしも御館の乱で景虎方が勝っていたら?」
上杉景虎は北条氏政の弟、武田勝頼は氏政の妹婿なので、
北条優位の相越甲三国同盟が結ばれたでしょうね
景虎勝つの物凄いきつそう
@@ノブトラ
景虎が勝ったら、最終的に上杉家は北条家の支配下になると思う。武田家とは北条家優位の同盟が結ばれると思う。
その上で人質時代、家康と一緒に過ごした氏政の弟に家督を譲り、家康と同盟を組めばかなりの勢力になる。
ただ北条家が天下を取れるとは思わないので、信長の天下を遅らせるだけになるだろう。
義信は実直・生真面目。平時なら良い当主になれたかも知れないが、権謀術数渦巻く戦国の世を生き抜けたかどうかは疑問。また虎昌と昌景は兄弟では無い可能性がかなり高い。
あくまで勝頼は陣代だったんだよね。だから信玄は勝頼の嫡男に跡を継がせて後見するようにと遺言してる。
最強の馬場信春がこんなに簡単に打ち取られるとは💦
馬場信春は慎重に物事を運ぶ人物だったので果たして博打に近い夜襲を提言してたか疑問は残りますね。
夜襲が失敗しても逃げられる算段だけはつけてたと思います。
武田は立地が悪いのじゃよ…
信玄が家康に煽られて反信長になってたら、信玄死後は織田と戦わざるを得んだろうね…
義信が生きていたら、三国同盟も生きて、徳川家康に駿河、遠江を侵略されずに済んだかも知れませんね。今川氏真も史実では割りと有能であったようですし(ゲームでは雑魚扱いですが…)、そうなると織田信長も易々と東に手は出せないと思います。
武田義信自身に、領土拡大の野望があるかは分かりませんが、周辺諸国と良好な関係は築けたのではないかと思う。
織田信忠と松姫の婚姻があるかは分からないけど、この二人が結ばれれば、家督を継いだ織田家と武田家は争いをやめて、違った形で、天下統一がされるかも知れない。
今川家と友好関係にある武田家が信濃に存在する中で、織田家が美濃の斉藤家を倒すことが出来るでしょうか。
信長の美濃、伊勢、近江への進出自体も難しくなると思います。
甲斐から簡単に山越えて美濃に行けるなら、とっくに信玄が攻め込んでるだろ。
どっちにしろ滅ぼされてた説好き
普通に考えて、滅ぼされたろうな。
ヨシノブって名前は終わりを呼ぶのでしょうかね
偶然ですよね?
義信より弟の信繁が生きていた方が武田は残っただろうね。義信も勝頼と同じで勝ち気で脳筋タイプだったみたいだし信玄が亡くなったら滅びに向かっていった可能性もある。
確かにこのifストーリーは興味深いものがありますね。
周りは勝頼よりは言うことを聞いた(笑)
そうそう、
勝頼は、諏訪大社の大祝殿やってろっての。
ま、でしょうね…
所詮は高遠勝頼
○何故か信の字を渡さなかった事
○孫を当主にすえ、あくまで元服するまでの繋ぎ、後見だった事
色々あるやろが、そりゃある日突然対等だった奴にあれやこれや命令されたら嫌気もたつやろ
勝頼も家中は微妙な空気、対外的には信玄のやらかしがあった中ではよくよくやったよなぁと
@@matukawatositane そのプレッシャーから無理に拡大政策を推し進めた結果、武田家史上最大勢力を築くも、一瞬にして崩壊してしまう……
@@lx1125 侵略以上に維持は大変
初見だけど案外ちゃんと考察してて感心した。他のチャンネルはくだらない妄想や一次資料シカトしたりで妄想激しいのもあるし。
ところで、まあ信玄の外交の煽りを喰らった結果、勝頼が全方位ほぼ味方いない状態で滅びたようなもんだからな、、景勝も頼りになんねえしwそう考えると義信も間違ってなかったと思える
ifとしては義信が今川攻めを容認するという方向性の方が可能性があるかと。
そもそも妻の実家を攻めるなどということは戦国時代なら普通にあること。義信の行動は近視眼的すぎて当主に相応しくない。
そうでなく素直に信玄の方針に従っていたのならば武田家はもう少し生きながらえたか、また全く違った展開があったかもしれない。ただそれはあまりにも選択肢がありすぎるので予想というより願望になってしまうだろう。
この後継者が生きていたらのifなら、やはり長宗我部信親が生きてたら?が一番見たいですし、織田信忠も見て見たいですね!
信親版は以前アップされてましたよ?
@@明石則実 あっ!そうなんですか?
見落としてました。有り難う御座います。
飯富兵部が謀反失敗していなければ、三郎兵衛は山県姓を継ぐ事は無かったかと。
面白い動画でした。ただ信玄政権の末期には甲斐の軍事行動を可能にしていた金山は枯渇状態にあったので、尾張・機内という経済圏を握っている織田信長に対して積極的な軍事行動した場合、勝頼の二の舞になる可能性があるかもしれません。
桶狭間の戦いの後の駿河攻めで信玄と揉めて結局追放か切腹になり勝頼が後継者になりそう
勝頼の誤算は武田一の猛将と言っても過言でない勝頼を最前線で使えなくなったって事でしょうね。
長嶋茂雄の穴が埋まらなかった第一次長嶋政権と一緒
よく考えられていて面白いですね
氏真と義信では天下は望めそうにないが武田が長く存続する可能性はかなり高いですね。
武田が存続すれば武田の敗残兵をたくさん抱えた徳川の戦力もかなり減退するし、状況が一変しそう。
勝頼の兄ですね🎵
もし織田家による明国攻めが行われていたらお願いします🙇♂️
あまり変わんなかったと思うけどな
というのは鉄砲が武器の主流になり
即席で仮城を作るなど
経済力が戦争に大きく影響するようになった
義信が継いでいたら駿河は徳川に取られる
氏真は武田に逃げ込む
上杉が降参してしまったのは交易を止められてしまったから
武田領より西がすべて織田になれば陸路、海路ともに
貿易をとめられ武田はジリ貧、家臣が離反
ifがすぎるが、よく考えられたifである。小説などからの引用ではなく、主さんのオリジナルですか?
義信が生きていたら早い段階で織田と対立する事になりますね、信玄が織田と対立する決断をしたタイミングよりは勝ち目がありそうですが、武田が早い段階で敵になったら織田、徳川の拡張は遅れますので、武田も上野はとれても駿河遠江は取れないでしょう(家康の能力からして氏真を傀儡にして今川領を併合とかは不可能)からどうなるか
信玄が信虎を失脚に追い込めたのは人望がなかったからだから、信玄を簡単に失脚させることはできずその時点で武田は内戦に突入していた可能性が高い。仮にうまくいったとしても今川氏真が義信と手を組んで積極的に行動することはないだろう。この時点で今川家には信玄や家康などの調略が伸びているから、氏真が義信と手を組もうとしたらこちらも大混乱に陥ると思う。本能寺の変は武田が滅んだから信長がほぼ無防備で京都にとなったのだから起きるはずない。
諏訪四郎が跡取りっていうのが武田滅亡の原因でしょ。源氏の名門今川と甲斐源氏の武田の同盟は大切だと思います。血筋がステータスとなって求心力が得られる時代であることはまちがいないと思います。
信長の野望では武力67~71ぐらいだったね。それなりに強かった記憶があるw
武田軍は80以上がゴロゴロいるので、雑魚でしかありません。
能力高くて重宝した武将だったのは覚えてる
@@戸田賢司
勝頼も統率と武勇が80超えてますし、最近では政治や知略も60程度はありますし。
確かに義信が武田家臣団をまとめ挙げ信玄を隠居させることができたらこういう歴史もあるでしょうね
ただ、武田家臣団をまとめ挙げることができたが問題です
また、松平の駿河進出なしに織田の上京が可能であったかも判断に苦しむところです
まさに、戦国無双のifシナリオみたいで面白かったです。
信長包囲網が健在の時に岡崎城を抜いたのだったららそのまま尾張に侵攻して、浅井朝倉と一緒に織田を挟撃したら良かったのに・・・。織田と武田では、経済力が違い過ぎるから一気呵成に攻めないと厳しい。
➡➡ 18:28 北条からの援軍も・・・期待できるやろ。そうなると・・・さらに2万ほど増えるワイ。😊😊😊😊😊😊😊😊😊😊😊😊😊😊
面白かったです。ただ、信長は武器統制、つまり鉄砲の独占化を行うでしょうからそれを考えれば、武器商人の質の差が勝敗を決すると思います。
ドリフのもしもシリーズも面白いがこの歴史のもしもシリーズも面白い!
家臣の信頼度も高かった武将だっただけに残念。
弟信繁が生きていたらこの悲劇はなかったと思う。
義信が当主だと、版図の拡大が難しそう
無理に版図を拡大する必要はないないでしょう
もしも羽柴秀勝(実子)が豊臣秀勝として成長し、家督を継いでいたら。。
この線も相当日本史が変わるIFストーリー。
秀勝という人物がいたことも知りませんでした。凄い。豊臣鶴松が初めての秀吉の子だと思っていました。考えてみると秀吉は、2回も息子を短命で失っていますね。
条件はかなり難しいですが、太閤立志伝4(PC版)では、生きていれば武田信玄の後継ぎになれます。
勝頼よりも優先されます。
ただ信玄が死んだ次の日に死んだり、長くても信玄が死んだ年の年末までしか生きられません。
信長の野望だと
史実の自害は戦死扱いにされてるので
かなり長生きする
今回のifは面白かったです。ただ武田・今川両家が三河を抑えている前提ならば国のない家康には戦力と呼べるものはないので姉川の合戦での織田単独での勝利というのはなかったのかも知れないですし、ひょっとしたら浅井・朝倉の滅亡もなかったかも知れないですね・・・
楽しく拝見させてもらいました。最近の研究では今川氏真の評価も見直されていますし、武田と今川の同盟が強固だった場合のIFも興味深いですね。
このパターンだと井伊直正は今川家の武将として
赤備え無しでの活躍というか史実程は活躍できそうにないですね
山県昌景も飯富姓のままでしょうね
赤備えは飯富家で独占ですね
17:07 武田・今川の領土配分について。
ぼくが義信だったら「海」がある領土は主張したいですね。
武田領は「海」が無く「塩」の調達が弱点ですから。
この地図からすれば尾張全土か西尾張・伊勢。 もしくは、富士川以東の東駿河。
武田勢の武功からして「これぐらい」は主張できそうです。
信長の勢力位置の差がありますね、近畿を抑えたほうが、お金、鉄砲など戦争には欠かせない戦力強化に
なります、あと京都の公家、天子様も抱えられたら更に不利です、甲斐がどうこう言うのではないですが、
土地の利はやはり信長有利だったと思います。
信親(二男)が盲目でなかった場合、あるいは、信之(三男)が夭逝しなかった場合に、義信廃嫡後にどちらかが家督を継いでいた世界線も見てみたいです。
今川家を存続させようと思ったら、むしろ今川家を属国化して、国力を高めて織田、徳川との抗争に備えるべきだったし、母親の三条夫人と本願寺顕如の夫人は姉妹なので、織田信長との対立は遅かれ早かれ避けられなかっただろう。
信長 秀吉 家康 のラインが無かったら、他のアジア諸国のようにキリスト教国の植民地になった確率が上がりそうな気もします。
堺の商人との関係があればこその情報網で武田や北条は一寸ばかり距離が有るかなと。
可能性としては、勝頼に諏訪を継がせて、
五男の仁科盛信に、武田を継がせた方が
良かったのではないかと思う。
武田義信でも武田滅亡は避けれなかったですよ。武田家は信玄時代で結構限界まで来てましたから。仕方ないとはい信玄は非道の限りを尽くしてでも拡張せざる得なかった。その悪名を義信の代で薄めようというのが信玄の戦略だったと思います。義信の代になれば周辺の大名と上手くやっていけるかもしれないですが織田信長はいずれ衝突せざるえなくなったんで今川家の肩をもったら一緒に共倒れになっていたはず
昔の戦国無双で武田義信がレギュラー化したら声優は速水奨さんになりそう
馬場信春が夜討ちかけたとき織田軍が鉄砲で反撃。夜討ちだから鉄砲は役に立たないはず。
武田が大人しかったら北条ー上杉の同盟は成り立たないんじゃない?
今川:氏真は暗愚ではなく少なくとも内政は巧者だったから、掛川以西は朝比奈に任せて内政に専念、たまに武田北条に援軍を出す
北条:対佐竹は伊達と手を組んであえての膠着にしておき、里見を第一目標とした上で上杉も牽制
武田:北条と連携して上杉攻め
信長:同盟こそできなかったものの武田の脅威は低下したので史実より早めに浅井朝倉を攻略
徳川:遠州騒乱も起こらないため鳴かず飛ばず
上杉:どこかで大勝しないとジリ貧のまま景勝に代替わりでつぶされそう
こういうIFを考えるのは凄く面白いし歴史をより深く多角的に捉えるきっかけにもなるよね
だからこれは批判では決してないのだが、個人的には一人二人の存在によって歴史が変わることは無いと思っている
偉大な英雄や天才でさえもそれまでの歴史の積み重ねによって起こる現象の「最後の一滴」のような存在であって
その時点での歴史・文化・技術・科学・政治状況・民度・民意・国際情勢、その他諸々を無視できるものではない
人は常に英雄や天才を求めるものだから起こった現象を一人の手柄にしたがるけど
マクロなレベルで見た時に一人で出来ることなど限られているし代替が効かない人間も一人も居ないと思う
ディテールは多少違っても歴史の方向を曲げることは決して出来ないのではないかなあ
そもそも義信事件は
飯富虎昌が主犯で義信は
担がれただけという説も
大河ドラマでも「こたびの謀反はそれがしの一存にて若殿には一切かかわりございません。どうぞそれがしに切腹お申し付けくだされ」と言ってたのを思い出しました。
もっと言えば飯富兵部をそそのかしたのは八重ですから(笑)
義信事件は信玄に不満を持っていたり、今川と繋がっていた方が得になると思っている家臣や国衆達が義信を担ぎ出したという可能性はありそうですね。