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ウルトラセブン終了から帰ってきたウルトラマン開始まで、たったの3年間しか無かったのですが、小学生当時の自分にはとてつもなく長い休止期間に感じました。雑誌や図鑑、カード類で怪獣の姿を覚えつつ、TV再放送番組を食い入るように見ていたものです。小学校内で作った壁新聞でもウルトラマン・ウルトラセブンのエピソードが載せられて人気記事になっていました。そんな中に始まったウルトラファイトは、そのちゃちさが子供の目にも見え透いていましたが、当時は動く怪獣の姿にものすごい枯渇感を満たす嬉しさがあったのです。
特撮ヒーロー不在の年でしたね。スポ根モノも観ていましたが、怪獣モノの時程に熱くなれずに、途中で観るのを辞めたりもしました。でも怪獣モノの再放送はよく観ていました。ゴジラもこの年はお休みでしたね。ウルトラファイトとチビラくんの事は翌年に知りました。あと、コント55号からドリフターズに乗り換えたのもこの時期でした。
良いセンスです。高評価とチャンネル登録させて頂きます。
謎の円盤、ユー、エフ、オー………当時はユーフォーって言わなかったんですよね?インターセプター発進の場面で、何故か、サンダーバードのテーマが流れていたのが、今考えても不思議です。😮
昭和45年は小学6年生でした。(年齢がバレる😂)小学6年生の修学旅行は、いつもは京都.奈良でしたが、この年万博があったので、京都.大阪でした。万博に行きました。EXPO'70とか言われて盛り上がってました。三波春夫さんの♪世界の国からこんにちは♪が毎日のように流れてました。お土産にEXPO'70のペナントを買ってきた記憶があります。マイティジャックや怪奇大作戦は、毎回見てました。大人になって、心霊やオカルトと好きになったのは、怪奇大作戦の影響❓なんて勝手に思ってます。国際プロレスも見てました。ラッシャー木村、グレート草津、サンダー杉山がメインで、中堅にアニマル浜口、マイティ井上、田中忠治、寺西勇などポッチリ型のレスラーが活躍してました。ストロング小林は、覆面太郎→小林省三→ストロング小林だったような記憶があります。外人レスラーも、アンドレ.ザ.ジャイアント(当時はモンスターロシモフ)、人間風車 ビル.ロビンソン、帝王 バーン.ガニアなど後に有名になるレスラーが来日してました。語り出したら止まらなくなりそうなので、この辺で。
「ウルトラファイト」小生2才、ウルトラセブンの動く姿を見た初めての作品と思われます。出てくる怪獣もほぼ同じで、使い回されたせいか動きが少しもたついてましたね。スポンサーはブルマアク?
「ウルトラファイト」は本当に怪獣の闘うシーンが見たくてチャンネルを回していました。今になって思えば、現在の過去の番組のネット配信やDVDなどがあればそちらを見ていたでしょう。たしかに子ども心にもチープで背中のファスナーまる見えの着ぐるみであることが分かった上で見ていた。まあおっしゃる通り怪獣に飢えていたんですね。
チビラ君を見てから夕飯食べてるのが我が家のルーティンだったなぁ再放送だったんだ😂
怪獣通しの戦いは後にAでもあるけど原点されたのがウルトラファイトですね
ウルトラファイトは夕やけロンちゃん内の再放送で見ました
自分は1970年生まれですが、ウルトラファイト見た覚えが有ります😄懐かしいです😂
あなたの年代はけっこう多いです。
ウルトラファイトで何故か日吉ミミの「男と女のお話」の曲を思い出すのは何故だろうと思って調べたらウルトラファイトと同じ昭和45年だったので当時テレビを見ていた記憶にどちらも印象的だったために刻み込まれていたのでしょう。
♫よくあーるはなしーじゃないか〜
あの当時は由紀さおりの「生きがい」も好きでした。
去年、マイティ ジャックが制作50周年だったから何処かからタイピン位出るかな?と思っていたけど何処も出さなくて残念。七宝焼のタイピンを待っていたんだけど。
昭和45年生まれの第2期ウルトラシリーズ世代の自分は、ザ☆ウルトラマン(アニメだけど)やウルトラマン80が始まるまでは、もう新作のウルトラマンが作られる事はないもんだと思ってました。セブン終了後〜帰ってきたウルトラマンが始まるまでの間、先輩世代の皆さんも同じような感覚だったんでしょうか。
ウルトラファイトはバトルシーンの総集編から怪獣プロレスという現在でもその手法が円谷プロの手で脈々と受け継がれていることからも、苦肉の作品であるとともにエポックメイキングな作品であったのだなあと、今回の動画を見て改めて感じました。また、「謎の円盤UFO」は今見てもシャドウ隊員のコスチュームがかなり過激で、当時の女優さんがよくこの衣装を着るのを許したものだ、と見るたびに思います。あ、確か見メカニックもとても先進的でかっこいいものでしたがそれをかすませてしまうほどだったかもしれませんね。
チビラくんは快獣ブースカと同ジャンル。
チビラくんめちゃ懐かしい。映像にあるような営業ショーも見に行ったなあ。
そうですね。昭和30年代に作られた、ゴジラ映画で東宝チャンピオンまつり、で上映された映画は、全て再上映でしたね😊小学生の頃、同じ映画を観に何回足を運んだことか😊懐かしいですね👍
郷秀樹役の団時朗さんが歌っていた帰ってきたウルトラマンの主題歌が好きでした
チープな感じが昭和です。
自分でテーマ曲を歌っていたことは、今世紀になって初めて知りました!
帰って来たウルトラマンは一年後では、団さんが歌っていたのではないのでは!
昭和40年男の僕はこの時期にウルトラマンやセブンの再放送をやたらしてくれていたからちょうど怪獣に飢えていた僕らにマンやセブンにやたら詳しくなった理由がある。なので帰ってきたウルトラマンは僕らが初めて体感するウルトラマンで予告編を超ワクワクして見た思い出があります。
ん〜昭和40年生まれの私にはちょっと消化不良気味でしたね…。ウルトラファイトはチープさが目立って再放送の初代マンやセブンの方が人気はありました。
ウルトラファイトがあったからこそ、その後の等身大ヒーロー仮面ライダーシリーズのブームに繋がるわけですね⁉︎
個人的には仮面ライダー、帰ってきたウルトラマンの世代なんですが、家にはセブンのレコードがありました。他には1970か71年くらいで東映まんがまつりかチャンピオンまつりの雰囲気でいくつかの作品を上映してるところに母に連れていってもらいました。ウルトラマンのウーが出てくるまぼろしの雪山が上映されていたことだけは覚えていますが、該当するまんがまつりが見当たらなくて、あれはなんだったのだろうと思ってます。
ウルトラファイトは5分番組だったんだみてみたいな!(今やっても人気出るかもよ)チビラくんはみてみたいな!
円谷プロを経営危機に陥らせた一端である怪奇大作戦は大好きだったんですがねぇ。ですが科学的謎解きまで含めて30分枠と言うのが苦し過ぎましたね。逆に単純明快怪獣プロレスに徹した、ショート枠のウルトラファイトが、子供心をガッツリ掴んだのは皮肉な話しですね。
この時代だとミラーマンかシルバー仮面たな?
ミラーマンやシルバー仮面は一年後では!
チビラくんはコメディタッチの良さが楽しかったです。時にはウルトラ怪獣(アギラだったかな?)が快獣町に来た話は嬉しかったな😄ウルトラファイトは毎日が楽しみでしたからね。子供心には戦いはオリジナルでも新作でも関係無かったから。ようつべ等で見つけた時は夢中になって見てました、たとえ大人になっても
怪獣ブームの狭間である'69・'70年に東宝はゴジラを休止していましたが('69年の「オール怪獣~」は、過去のフィルムを寄せ集めて本編だけ新撮の小品)、大映は変わらずにガメラの新作を作り続けていましたね。「ギロン」「ジャイガー」と。東宝も単発で「南海の大怪獣」というのを作りましたが。
私は昭和45年生まれでチビラくん見たことないんです再放送もビデオ化ない チビラくんが怪獣ブームを再び呼んでくれたいいこと言ってくれます
国際プロレスで…頷いてしまう方々は…年齢バレますよ(笑)
ウルトラファイトは友人達とよく話題になったし、いきなり対決するのでそこそこ面白かったんですよね。業界人の評価なんかあてにならない見本です。
「チビラくん」は視てたけど、(月~金)では無く(月~土)だったんだね、意外😲
NHKの朝ドラみたい。♫ほわっほわっほわ〜
私は「ウルトラファイト」は見てなかったが「謎の円盤UFO」は見てましたが。
ウルトラファイト観ると思い出す赤い殺人鬼レッドマン
謎の円盤UFOゲバゲバ90分だな
飛ぶ鳥を落とすコント55号を落したのがドリフターズ。
謎の円盤UFOはリアルタイムで食い入るように見ていたが、本当のストーリーが理解できたのは大人になってから。初めは、宇宙のどこかに地球人そっくりの宇宙人が居て、臓器を奪いにきていたのかと思っていたが、実は人間を入れ物として使っていただけ(臓器は交換部品)。当時の他の番組とのギャップが大きすぎた。ところで、8分7秒からのオープニングテーマですが、サントラではありませんね?(主旋律の音色、ビブラートなどが違う)ちゃんと聞きたいので、ぜひ、音源を教えてください。
ウルトラファイトってようするにレッドマンみたいな番組?
ウルトラファイトは興味が湧かなかったので、2〜3話で観なくなりました。はらっぱで光線技もなく、ただ殴り合ってるだけ、と言うのが短い時間でもバカにしてんのか(嫌なガキンチョでした)と思ってましたね。 そして特撮からアニメに乗り換えたのでしたw 謎の円盤UFOも、リアルタイムでは観てませんね。ドリフ派でしたからw
ウルトラセブン終了から帰ってきたウルトラマン開始まで、たったの3年間しか無かったのですが、小学生当時の自分にはとてつもなく長い休止期間に感じました。雑誌や図鑑、カード類で怪獣の姿を覚えつつ、TV再放送番組を食い入るように見ていたものです。小学校内で作った壁新聞でもウルトラマン・ウルトラセブンのエピソードが載せられて人気記事になっていました。そんな中に始まったウルトラファイトは、そのちゃちさが子供の目にも見え透いていましたが、当時は動く怪獣の姿にものすごい枯渇感を満たす嬉しさがあったのです。
特撮ヒーロー不在の年でしたね。スポ根モノも観ていましたが、怪獣モノの時程に熱くなれずに、途中で観るのを辞めたりもしました。でも怪獣モノの再放送はよく観ていました。ゴジラもこの年はお休みでしたね。ウルトラファイトとチビラくんの事は翌年に知りました。
あと、コント55号からドリフターズに乗り換えたのもこの時期でした。
良いセンスです。
高評価とチャンネル登録させて頂きます。
謎の円盤、ユー、エフ、オー………当時はユーフォーって言わなかったんですよね?インターセプター発進の場面で、何故か、サンダーバードのテーマが流れていたのが、今考えても不思議です。😮
昭和45年は小学6年生でした。(年齢がバレる😂)小学6年生の修学旅行は、いつもは京都.奈良でしたが、この年万博があったので、京都.大阪でした。万博に行きました。EXPO'70とか言われて盛り上がってました。三波春夫さんの♪世界の国からこんにちは♪が毎日のように流れてました。お土産にEXPO'70のペナントを買ってきた記憶があります。
マイティジャックや怪奇大作戦は、毎回見てました。大人になって、心霊やオカルトと好きになったのは、怪奇大作戦の影響❓なんて勝手に思ってます。
国際プロレスも見てました。ラッシャー木村、グレート草津、サンダー杉山がメインで、中堅にアニマル浜口、マイティ井上、田中忠治、寺西勇などポッチリ型のレスラーが活躍してました。ストロング小林は、覆面太郎→小林省三→ストロング小林だったような記憶があります。外人レスラーも、アンドレ.ザ.ジャイアント(当時はモンスターロシモフ)、人間風車 ビル.ロビンソン、帝王 バーン.ガニアなど後に有名になるレスラーが来日してました。
語り出したら止まらなくなりそうなので、この辺で。
「ウルトラファイト」小生2才、ウルトラセブンの動く姿を見た初めての作品と思われます。出てくる怪獣もほぼ同じで、使い回されたせいか動きが少しもたついてましたね。
スポンサーはブルマアク?
「ウルトラファイト」は本当に怪獣の闘うシーンが見たくてチャンネルを回していました。今になって思えば、現在の過去の番組のネット配信やDVDなどがあればそちらを見ていたでしょう。たしかに子ども心にもチープで背中のファスナーまる見えの着ぐるみであることが分かった上で見ていた。まあおっしゃる通り怪獣に飢えていたんですね。
チビラ君を見てから夕飯食べてるのが我が家のルーティンだったなぁ再放送だったんだ😂
怪獣通しの戦いは後にAでもあるけど原点されたのがウルトラファイトですね
ウルトラファイトは夕やけロンちゃん内の再放送で見ました
自分は1970年生まれですが、ウルトラファイト見た覚えが有ります😄懐かしいです😂
あなたの年代はけっこう多いです。
ウルトラファイトで何故か日吉ミミの「男と女のお話」の曲を思い出すのは何故だろうと思って調べたらウルトラファイトと同じ昭和45年だったので当時テレビを見ていた記憶にどちらも印象的だったために刻み込まれていたのでしょう。
♫よくあーるはなしーじゃないか〜
あの当時は由紀さおりの「生きがい」も好きでした。
去年、マイティ ジャックが制作50周年だったから何処かからタイピン位出るかな?と思っていたけど
何処も出さなくて残念。
七宝焼のタイピンを待っていたんだけど。
昭和45年生まれの第2期ウルトラシリーズ世代の自分は、ザ☆ウルトラマン(アニメだけど)やウルトラマン80が始まるまでは、もう新作のウルトラマンが作られる事はないもんだと思ってました。セブン終了後〜帰ってきたウルトラマンが始まるまでの間、先輩世代の皆さんも同じような感覚だったんでしょうか。
ウルトラファイトはバトルシーンの総集編から怪獣プロレスという現在でもその手法が円谷プロの手で脈々と受け継がれていることからも、苦肉の作品であるとともにエポックメイキングな作品であったのだなあと、今回の動画を見て改めて感じました。
また、「謎の円盤UFO」は今見てもシャドウ隊員のコスチュームがかなり過激で、当時の女優さんがよくこの衣装を着るのを許したものだ、と見るたびに思います。あ、確か見メカニックもとても先進的でかっこいいものでしたがそれをかすませてしまうほどだったかもしれませんね。
チビラくんは快獣ブースカと同ジャンル。
チビラくんめちゃ懐かしい。映像にあるような営業ショーも見に行ったなあ。
そうですね。昭和30年代に作られた、ゴジラ映画で東宝チャンピオンまつり、で上映された映画は、全て再上映でしたね😊小学生の頃、同じ映画を観に何回足を運んだことか😊懐かしいですね👍
郷秀樹役の団時朗さんが歌っていた帰ってきたウルトラマンの主題歌が好きでした
チープな感じが昭和です。
自分でテーマ曲を歌っていたことは、今世紀になって初めて知りました!
帰って来たウルトラマンは一年後では、団さんが歌っていたのではないのでは!
昭和40年男の僕はこの時期にウルトラマンやセブンの再放送をやたらしてくれていたからちょうど怪獣に飢えていた僕らにマンやセブンにやたら詳しくなった理由がある。なので帰ってきたウルトラマンは僕らが初めて体感するウルトラマンで予告編を超ワクワクして見た思い出があります。
ん〜昭和40年生まれの私にはちょっと消化不良気味でしたね…。ウルトラファイトはチープさが目立って再放送の初代マンやセブンの方が人気はありました。
ウルトラファイトがあったからこそ、その後の等身大ヒーロー仮面ライダーシリーズのブームに繋がるわけですね⁉︎
個人的には仮面ライダー、帰ってきたウルトラマンの世代なんですが、家にはセブンのレコードがありました。他には1970か71年くらいで東映まんがまつりかチャンピオンまつりの雰囲気でいくつかの作品を上映してるところに母に連れていってもらいました。ウルトラマンのウーが出てくるまぼろしの雪山が上映されていたことだけは覚えていますが、該当するまんがまつりが見当たらなくて、あれはなんだったのだろうと思ってます。
ウルトラファイトは5分番組だったんだ
みてみたいな!(今やっても人気出るかもよ)チビラくんはみてみたいな!
円谷プロを経営危機に陥らせた一端である怪奇大作戦は大好きだったんですがねぇ。ですが科学的謎解きまで含めて30分枠と言うのが苦し過ぎましたね。
逆に単純明快怪獣プロレスに徹した、ショート枠のウルトラファイトが、子供心をガッツリ掴んだのは皮肉な話しですね。
この時代だとミラーマンかシルバー仮面たな?
ミラーマンやシルバー仮面は一年後では!
チビラくんはコメディタッチの良さが楽しかったです。時にはウルトラ怪獣(アギラだったかな?)が快獣町に来た話は嬉しかったな😄ウルトラファイトは毎日が楽しみでしたからね。子供心には戦いはオリジナルでも新作でも関係無かったから。ようつべ等で見つけた時は夢中になって見てました、たとえ大人になっても
怪獣ブームの狭間である'69・'70年に東宝はゴジラを休止していましたが
('69年の「オール怪獣~」は、過去のフィルムを寄せ集めて本編だけ新撮の小品)、
大映は変わらずにガメラの新作を作り続けていましたね。「ギロン」「ジャイガー」と。
東宝も単発で「南海の大怪獣」というのを作りましたが。
私は昭和45年生まれでチビラくん見たことないんです再放送もビデオ化ない チビラくんが怪獣ブームを再び呼んでくれた
いいこと言ってくれます
国際プロレスで…
頷いてしまう方々は…
年齢バレますよ(笑)
ウルトラファイトは友人達とよく話題になったし、いきなり対決するのでそこそこ面白かったんですよね。業界人の評価なんかあてにならない見本です。
「チビラくん」は視てたけど、(月~金)では無く(月~土)だったんだね、意外😲
NHKの朝ドラみたい。♫ほわっほわっほわ〜
私は「ウルトラファイト」は見てなかったが「謎の円盤UFO」は見てましたが。
ウルトラファイト観ると思い出す赤い殺人鬼
レッドマン
謎の円盤UFO
ゲバゲバ90分だな
飛ぶ鳥を落とすコント55号を落したのがドリフターズ。
謎の円盤UFOはリアルタイムで食い入るように見ていたが、
本当のストーリーが理解できたのは大人になってから。
初めは、宇宙のどこかに地球人そっくりの宇宙人が居て、臓器を奪いにきていたのかと思っていたが、
実は人間を入れ物として使っていただけ(臓器は交換部品)。
当時の他の番組とのギャップが大きすぎた。
ところで、8分7秒からのオープニングテーマですが、サントラではありませんね?
(主旋律の音色、ビブラートなどが違う)
ちゃんと聞きたいので、ぜひ、音源を教えてください。
ウルトラファイトってようするにレッドマンみたいな番組?
ウルトラファイトは興味が湧かなかったので、2〜3話で観なくなりました。はらっぱで光線技もなく、ただ殴り合ってるだけ、と言うのが短い時間でもバカにしてんのか(嫌なガキンチョでした)と思ってましたね。
そして特撮からアニメに乗り換えたのでしたw
謎の円盤UFOも、リアルタイムでは観てませんね。ドリフ派でしたからw