「線香あげたら死を認めちゃったことになるのが嫌」娘との別れの理由を探し続ける母【熱海土石流災害3年】

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  • Опубліковано 2 лип 2024
  • 2021年7月、静岡県熱海市伊豆山地区で発生した土石流災害では28人の尊い命が失われました。「なぜ、家族が亡くなったのか」。遺族にとっての3年間は、その答えを探し求める日々でした。
    慰霊祭に出席した遺族の一人、小磯洋子さん(74)。娘の西澤友紀さん(44)を亡くしました。
    <小磯洋子さん(74)>
    「発災の日と同じ苦しみを今も抱えています」
    友紀さんは母の近くで暮らしたいと発災の2年ほど前に、神奈川県から伊豆山に引っ越してきました。
    あの日、崩れた土砂は友紀さん家族の暮らすアパートを直撃。すぐ近くにある小磯さんの自宅は数メートルの差で難を逃れました。
    <小磯洋子さん>
    「消防署の人に『あそこに娘が住んでいるから、アパートがあるからすぐ見てください』と言ったら『ああ、あそこはもうありません』って言われたんですよね」
    友紀さんは自らの命をかけて、4歳の我が子を必死に守り抜いたといいます。
    その後、明らかになったのが土石流の起点にあった違法な盛り土の存在。土石流は“人災”ではなかったのか。小磯さんは声を上げ続けました。
    <小磯洋子さん>
    「なぜ娘が亡くならなければならなかったのか、多くの人が亡くならなければならなかったのか、そこのところが済まなければ、前へ進めません」
    小磯さんは家族の希望もあり、2023年11月、借り上げ住宅から伊豆山の自宅に戻ってきました。3年が経っても線香は自分であげたことはありません。
    <小磯洋子さん>
    「お線香あげたら(娘の死を)認めちゃったとなるのが嫌なので…どうもあげる気にならない」
    伊豆山地区を見下ろす小さなカフェ。土石流の影響でしばらく開けていませんでしたが、土日限定で再開しました。
    小磯さんのお姉さんも時々駆けつけてくれます。
    <小磯さんの姉木部和子さん(80)>
    「普段は泣いているんですよ、毎日。泣かない日はないくらいなんだけど、私が来ると冗談言ったりテレビ見て笑いながら、それを聞いてるのが旦那さんもね、笑い声聞こえるのがほっとするって言うもんでね」
    このカフェは、歌が大好きでバンドもやっていた友紀さんとの思い出の場所です。
    <小磯洋子さん>
    「これでマイク代わりに。これでやってました。本当にこれ、実物」
    ここは友紀さんの特別なライブハウス。そして、小磯さんと大切な人たちをつなぐ場所です。
    <小磯洋子さん>
    「来て開いているだけでもコーヒー1杯だけでも淹れられれば、それでいいと思って、家にいてこのまま何年も泣いて暮らすのも果たして娘は喜んでるだろうかって思ったり」
    「なぜ、娘は亡くならなければならなかったのか」
    小磯さんは3年前から見えないその答えを求めて、裁判などに臨みます。
    <小磯洋子さん>
    「あんた、死んだのは無駄死にさせなかったよ、ママここまでやったよっていうのを報告できたら一番いいと思いますけどね」
    詳細は NEWS DIG でも!↓
    newsdig.tbs.co.jp/articles/sb...

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