絵と地形地質 5 葉山・逗子海岸の景観(三浦半島)

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  • Опубліковано 9 лют 2025
  • #絵#地形#地質#岩礁#葉山灯台#葉山#逗子#三浦半島#葉山層群#三浦層群#鐙摺(あぶずり)の不整合
    タイトル:葉山・逗子海岸の景観(三浦半島)
    編集ソフト:google earth
     ダヴィンチ リゾルブ 
    音声読み上げソフト:音読さん
    BGM:Serenity(youtube audio library より)
    1. 絵 について
    絵1 「岩礁と灯台のある風景」F8横
     森戸神社裏の海岸から岩礁帯や葉山灯台などの方向を眺めた風景で、沖にはヨットが並んでいるのが見えます。画面の外側ですが、右方向(北側)には葉山マリーナがあります。
    絵2 「岩礁と灯台および富士山の見える風景 その1」F14横
     森戸神社の南側の真名瀬海岸から眺めた黄昏時の風景です。春の日中は晴れていても富士山や箱根火山などは見えないことが多いのですが、日没近くになると徐々に姿を現すことがめずらしくありません。
    絵3 「岩礁と灯台および富士山の見える風景 その2」F14横
     描画位置も季節も絵2と同じですがカメラの望遠レンズで見たような画角で描きました。
    絵4 「逗子海岸の夕日」
     日没近づく逗子海岸の風景です。
     4月の初めには富士山の背後に太陽が沈みます。今、太陽が富士山にかかろうとしており、強い光で富士山は霞んでいます。
    2. 地形概要
     三浦半島は相模湾と東京湾とを分ける半島であり、神奈川県南東部に位置しています。三浦半島は三浦丘陵と呼ばれる丘陵地を特徴とし、丘陵地の北方への延長は鎌倉・横浜を経由して多摩丘陵に連続的に伸びています。
     葉山町と逗子市は西側を相模湾に面し、その海岸線には岩礁帯と弓型の砂浜が混在しています。岩礁帯は岬状の凸部あるいは尾根筋の延長部に付随することが多く、その凸部に挟まれた湾曲した凹部に砂浜が分布する傾向があります。
     葉山・逗子地区で砂浜の代表は逗子海岸であり、海水浴場として知られています。
    逗子市内を貫流する田越川は逗子海岸の南端から相模湾に流入しており、海岸の砂の供給など逗子海岸の形成に大きくかかわっていると思われます。
    3. 地質概要
     葉山町・逗子市周辺には葉山層群と三浦層群の逗子層が分布しています。
     プレート説によれば、葉山層群は新生代新第三紀の中新世前期~中期、約1,800万年前~約1,400万年前の伊豆・小笠原弧の前面に堆積した火山島弧由来の堆積物がプレートに乗って日本列島に近づき海溝で複雑に変形して日本列島に付加した地層(付加体)であろうと解釈されています。
     本州弧に付加した葉山層群の上昇とこれに伴って発生した前弧海盆に新しい逗子層が堆積しました。 このようにして、葉山層群は不整合の関係で三浦層群の逗子層に覆われました。この不整合は田越川不整合とよばれ、形成年代は数百万年前(およそ820万年前~550万年前)です。
    三浦層群を堆積させた海は徐々に浅くなり50万年前頃、相模湾と東京湾がつながった湾には三浦島が海面上に現れていました。30万年前頃になると多摩丘陵から三浦島に至る地域が隆起して三浦島から三浦半島へと成長しました。
     絵1~絵3の岩礁はいずれも葉山層群の砂岩・泥岩などです。
     三浦半島の葉山層群は三浦半島中央部を西北西 - 東南東方向に北列と南列の2 列に分かれて複雑な形状で分布しており、その間を埋めるように三浦層群の逗子層が分布しています。また、北列の北側では田越川不整合を介して三浦層群の逗子層が分布しています。
    葉山層群は年代の異なる地層とともに葉山-嶺岡帯とよばれる複雑な構造の地質帯を形成しており、三浦半島や房総半島に延びています。葉山-嶺岡帯の形成過程については不明な点が多々あるとされています。
     葉山層群は日本海やフォッサマグナが形成された頃の地層であり、周辺では最も古い地層です。
    鐙摺(あぶずり)の不整合について
     葉山層群と三浦層群の地層境界は不整合の関係であり、この不整合を田越川不整合と呼ばれています。
     葉山町との市町境界に近い逗子市がわにある田越川不整合の露頭は「鐙摺(あぶずり)の不整合を示す露頭」として神奈川県の天然記念物に指定されています。この露頭では不整合を挟んで下位の葉山層群(鐙摺層)の凝灰質砂岩泥岩を上位の三浦層群(逗子層)が覆っており、不連続面の直上では逗子層の基底礫岩を挟んでいます。不整合面上の穿孔貝の巣穴化石や基底礫岩層に含まれる貝化石の存在から、不整合の形成時から基底部の堆積時にかけて、潮間帯から浅海帯に移行していったと考えられています。
     そのほか、逗子市浄水管理センターの敷地内の調整池の底に不整合が出現しており、これが逗子市指定天然記念物になっています。
     鐙摺の読み:鐙摺の不整合、鐙摺層として用いられるが、資料3,5および鐙摺港など一般にはあぶずり、資料1、資料2、資料4はあぶずる
    隆起海食台と「不如帰」の碑について
     三浦半島周辺では1703年の元禄関東地震や1923年の大正関東地震などの関東地震と呼ばれる相模トラフ沿いを震源とする地震によって隆起することが知られており、逗子市の葛ヶ浜では干潮時に広い隆起海食台が姿を現します。この付近の海食台は三浦層群逗子層の泥岩が主体で、海水準が一定の期間が長い時代に形成された平坦面が、大正関東地震によって隆起して海面上に姿を現したものです。また、岩質が比較的均質で柔らかいことから凹凸の少ない平坦面が形成されているようです。
     徳冨蘆花(本名は健次郎)の「小説 不如帰(ほととぎ、あるいはふじょき)」がこの地を舞台にしていたことから、この海食台に「徳冨健次郎之碑」が建てられています。海側の前面には「徳冨健次郎之碑」、陸側の背面には「不如帰」と刻まれていますが、一般には「不如帰の碑」とよばれています。小説不如帰の主人公の浪子にちなんで浪子不動と呼ばれる高養寺から海岸を眺めると国道と防波堤をはさんで正面に不如帰の碑が見下ろせます。浪子は、結核で逗子海岸近くの別荘に療養していましたが、愛する夫と引き裂かれて実家で亡くなりました。明治・大正から昭和にかけての結核は不治の病でした。
    活断層
    政府の地震本部によると、活断層である三浦半島断層群は主部と南部に分けられ、三浦半島断層群主部は、葉山町から横須賀市を横断するほぼ西北西−東南東方向に並走する北側の衣笠・北武(きぬがさ・きたたけ)断層帯と南側の武山(たけやま)断層帯に細分されます。葉山町には衣笠・北武断層帯の衣笠断層帯が分布し、さらに絵1~絵3の海域にも伸びている可能性があるとされています。衣笠・北武断層帯の今後 30 年以内の発生確率はほぼ0% - 3%であり、今後 30 年の間に地震が発生する可能性は、我が国の主な活断層の中ではやや高いグループに属することになります。
    4. 参考資料
    資料1・高橋直樹・柴田健一郎・平田大二・新井田秀一 2016 巡検案内書 葉山-嶺岡トラバース 地質学雑誌 第112巻 第8号 p.375-395
    ・蛯子貞二・柴田健一郎 2012 三浦半島に分布する中新統葉山層群の再検討 神奈川県立博物館調査研究報告(自然科学)14,57-64
    資料2・小田原啓 2012 かながわ露頭マップ「鐙摺の不整合」 神奈川県温泉地学研究所観測だより 第62号
    ・平田大二・蟹江康光・柴田健一郎・浅見茂雄・倉持卓司・倉持敦子・小泉明裕・松島義章 神奈川県南東部三浦半島にみられる田越川不整合の再検討 神奈川博調査研報(自然) 14,103-116
    資料3・小泉明裕・平田大二・松島義章・長谷川善和・蟹江康光 1994 逗子市桜山「鐙摺の不整合」露頭の再記載 神奈川自然誌資料(16) 45-50
    ・藤岡換太郎・平田大二編著 2014 日本海拡大と伊豆弧の衝突―神奈川の大地の生い立ち 有隣堂 
    ・地盤工学会 関東支部神奈川県グループ編 2010 大いなる神奈川の地盤 その生い立ちと街づくり 技報堂出版 
    資料4・神奈川の自然をたずねて編集委員会編著 2006 神奈川の自然をたずねて(2刷) 築地書館
    資料5・逗子市教育委員会 「鐙摺の不整合」現地解説板(解説文)
    ・逗子市・自然の回廊プロジェクト 浪子不動(高養寺)と不如帰の碑 高養寺境内案内板(解説文)
    ・逗子市・自然の回廊プロジェクト 逗子海岸葛ヶ浜の隆起海食台 高養寺境内案内板(解説文)
    ・地質図表示システム 地質図Navi産業技術総合研究所 / 地質調査総合センターgbank.gsj.jp/g...
    ・5万分の1地質図 「横須賀」地質調査所(現 産総研 地質調査総合センター)
    ・折り紙「カモメ」(さくB)Origami Seagull (sakuB) • 折り紙「カモメ」(さくB)Origami ...

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