佐々成政 秀吉を嫌い、冬のさらさら峠越えを敢行 信念を貫こうとした熱い武将
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- Опубліковано 13 вер 2024
- 佐々成政 秀吉を嫌い、冬のさらさら峠越えを敢行 信念を貫こうとした熱い武将について紹介しています。
脚本・監修:歴史じっくり紀行
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#歴史じっくり紀行 #佐々成政 #冬のさらさら峠越え
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~音源~
DOVA-SYNDROME 様
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合理的に動く利家と秀吉と家康
感情的に動く成政と勝家ですね!
佐々成政のさらさら越えは日本史だけではなく登山史上に必ず出てきます。繰り返しますが登山史ですw
ワイも冬は雪でも忍者部隊ら4000人以上で修行をやった
佐々成政が現代に生きていたら超有名な登山家として生き抜けそう。
佐々成政は内政でも評価有ったな 治水とか
いくさの子に出てくる佐々成政カッコ良過ぎる。
最後まで秀吉に反抗し続けた武士の中の武士。
三男坊だった成政を重宝した信長の目利きは本当に凄いと思う。
実際浅井・朝倉親子の髑髏を金粉で塗った際に、武士のするべき行いじゃないと否定したのは成政らしいし、その時に信長も成政をなだめる為に引き出物を与えたぐらいだし、腕に覚えがある武芸者達は成政を信頼する者が多かったぐらい、人柄もよく武士らしい剛直な人だったらしいね。
僕は佐々成政さんの子孫と知り合いですが、佐々成政さんの現在版で頭も良く揺るぎない信念の持ち主です。
何事にも諦めない人。
僕はこの人から多くを学んてます。
負けたくない、見返したい気持ちて頑張るための活力ですね。
富山では名君だったから政治能力が低かったわけでは無いよ
佐々成政について知ってる事、思った事
浮気した側室をこ○した
秀吉の妻(おね)の妹の旦那を罵倒した。
世渡り上手な利家と明暗が別れた
世渡り下手
後、個人的に天地人に出てほしかったです。配役は三宅弘城。
確かに信念をもって生きていた方みたいですよね。
合理的に動く利家と秀吉
感情的に動く成政と勝家
ですね!
大河ドラマ「利家とまつ」で成政は準主役級の扱いで、サラサラ越えも描かれていました。
しかし、奥方と一緒に挑んだ、という展開には腰が抜けました。
しかも、道中で行方不明になった奥方はちゃっかり助かっていた、というご都合主義に呆れたのを覚えています。
我が郷土の英雄佐々成正!武骨で実直な感じが、今の県民性の基礎となっているのかもしれませんね
織田家臣団の行く末は本当にそれぞれで興味深いですよね。追放された佐久間重盛、林通勝、安藤守就についても動画にして頂きたいものです。今後も楽しみにさせてもらいますね。
肥後もっこすの佐々家ですね。今年佐々淳行さんがなくなりました、子孫はその血を引き継いでますね。
この人の家臣はたまったもんじゃないね。
大局を読めない人だな。
織田家のエリートだったので秀吉とはそりが合わなかったのはわかります
成政の他にも柴田勝家、佐久間盛政といった猛将タイプは何故か秀吉と折り合いが悪いです
小賢しく立ち回っているのが気に入らなかったのでしょう
諸説あるとは言え…いずれにしても身分の低い秀吉が出世で家老になって、家柄で身分の高い自分達と対等の位に居るのが気に入らなかったのかもしれない。
能力は高かったが運がなかったのと
柔軟性に欠けていた面もありますが
佐々成政はもっと高く評価されるべき武将だと個人的には思います。
尾張の「こくじん領主」ですね 「さらさら峠」の発音もおかしいかな
不器用な人間はいつの時代も生きづらいな
さらさら峠って何処やねん、判れば埋蔵金を貰いに行くのに💦
冬のさらさら峠越えは色々仮説がでてますね
立山連峰超えても降りた先はまだ上杉家領の大町なので
飛田高山ルートで安房峠を越える安曇に出るルートはないかともいわれていますね
秀吉は出自的に天下人にはなれない筈だがなってしまった。佐々や柴田の秀吉への態度は当時の日本で普遍的なものだったと思います。それでも天下人になったんだからすごいと思う。
そんな意識であればそもそも味方はいないことになる
もともと信長が身分関係なく募集した時代 朝廷より将軍
将軍より守護 守護より諸大名が力が強くなった時代
身分制を固定させたのは秀吉によるもの
どれだけ秀吉を嫌いだったんでしょう ww
あと少し柔軟性があれば生き残れたでしょうにね
ほんともったいない武将です
嫌いであっても殺される命を三度も見逃してくれた秀吉に敬意をはらうべきです。
因みに子孫に水戸黄門の佐々木助三郎の元ネタの人がいるけどな。
成政には共感と同情しかない
黒部ダムから下の廊下を下って歩いていると左側に内蔵助谷というのがありましたが何かサラ峠越えと
関係あるのでしようか
講和したのって秀雄じゃなくて信雄じゃね?
秀雄は信雄の息子やん
香宗我部親泰やって欲しいです
くにびと…?
この動画を見た感想は、生真面目で、知的レベルが高く、肉体の強さや根性も北陸一クラスかと思いますが、
平民の気持ちを懐柔するような器用さに欠けていたのかな?と思いました。
兵法のみならず、人身掌握術や遊びを学んでいれば、また違った結果になったのかもしれませんね。
昔、父が読んで居た歴史本での特集記事で「戦国の最高峰を踏破した男!」ッて書かれて居たのを思い出しました(>ω
佐々成正はお気に入りの妾のところだけに通っていたので、他の妾がお気に入りの妾が他の男と浮気していると噂を流し、
それを信じて、殺しました。
妾達を均等に扱えば(夜通って頑張れば)、こんなことはなかったはずです。
人の心を読めないのが欠点でしょうか。
成正?成政じゃ無くて?
お気に入りの妾って小百合姫のこと?戦国無双にも出てくるし・・・・・
佐々成政は前田利家の最大の宿敵って印象
佐々成政の家紋は
隅立て四つ目結紋です
私も成政の本読みました。
今で言えば、織田株式会社の部長が勝家、課長クラスの息子と言う感じでしょうか。
そして織田の御曹司と利家同様、野山を駆けずり回り裸の男の付き合いでもあった血の団結です物。
拾われて来た汚い子猿が如き秀吉に対して当然ながら差別感はあるし、ズル賢さや人たらし感はハンパなく嫌いになりますよ。
そしてスルスル信長の懐に入って出世する様みたら、激しく憎悪しますよ。私も成政ならそうなりますね。
結局、下剋上の何でもありの世の中に対応出来なかった人でしょうね。
利家は秀吉の行動にあんまり嫌いにならなかったのですね。
不思議。
勝家もとことん秀吉を嫌ってますしね。
まー潮目は本能寺の変ですよ。
本能寺が無かったら、利家も五大老になんかにならないし、
加賀100万石もありまへん。
現在尼崎に墓がありますね
お墓は尼崎にありますな
最後の軍資金の話は夢があるなあ
佐竹義篤をお願いします🙇♂️
山越えの際 家康への高価な贈り物を隠したという財宝伝説がある
前から気になってるんだけど、
国人こくじんじゃないのん??
雪山に財宝を隠せるわけがない。
春になって雪が溶けたら、丸見えじゃんか‼️
誰も知らない知られちゃいけない場所に隠された財宝。
柴田勝家と共に不遇な大名でしたね。秀吉と対立したばかりに😢
賤ケ岳の戦いに佐々成正がいたら柴田勝家は勝ってたと思う
上杉景勝とにらみ合ってたから仕方ないけど・・・
上杉を味方につけて勝家側の兵力を減少させた秀吉の勝ち。
賎ヶ岳の地点では五分五分で戦に長けた勝家に軍配が上がるけど秀吉が上杉を抑えて北陸方面の柴田軍を抑えれたのは評価高いな。
もし、成政が動けたなら数的に不利な秀吉が勝てたかどうか…
猫大名、新田岩松家もお願いします🤲
成政家臣 三善一守を取り上げて下さい
頑張っても報われない
私は三英傑の物語の他に今回紹介された「佐々成政」が大好きでたまりません!後世に残る勝者の武勇伝より魅力を感じたからです。
佐々成政は非情なる暴君としても有名ですが前田利家が富山を統治する際、あまりにも佐々成政が領民に慕われているので嘘の噂を振りまいたようです。
さてさて~さらさら越えですが佐々成政が越後の上杉家臣と内通していた書状があります。詳しくは金沢玉川図書館にて。。。
つまり、佐々成政は厳寒の北アルプスルートを往復する馬鹿者ではなく密かに且つ安全に越後を通ったみたいです。しかし季節は冬には変わりないので大変な旅ですよね。
そして一番興味ある埋蔵金伝説ですが疲労困憊して帰った後に秀吉軍門に下った時の話でさらさら越えの途中のことではなかったようですがロマンあふれますね♪
佐々成政絕對不是暴君,富山地區對他的讚譽是很多的。 他內政也做很好,是猴子這種不入流跟風向大師前田家在黑。
佐々淳行の祖先。
くにびと、じゃなくて、こくじん。
4:26 秀雄?
信雄の間違いだろうね
ですよね…
この時期に秀雄に家督讓ったとか聞いたことないですからね…
数少なく富山県由来の武将ですね
サッサナリマサ
そんな軍資金があるなら兵隊でも鉄砲でももっと軍備を増強できると思いますけど。そもそもなぜ埋めなきゃならんのw
ささら峠じゃないの?
さらさら越えというから間違いではない
ザラ峠のさらさら越え
大好きなまつと利家どんだけ騙されたかぁ〜🤣❢
地元が名古屋である佐々成政のことを名古屋城の職員さんに聞いたら…全く知りませんでした。また、名古屋市内の歴史博物館の中に掲示されていたマップ(尾張出身の武将案内図)にも記載無し。そのため、そこの職員さんに聞いても「佐々成政?」という認識。同じ出世街道だった前田利家が一般の人にも知られているのに対して、あまりにも不憫…金沢の人が「百万石。前田家」と誇れば誇る程、佐々成政こそ織田家に忠義を貫いた武将という思いがけこみ上げます。ただ名古屋市比良に行った時に地元の方より「大河ドラマの「利家とまつ」で初めて佐々成政の功績を知り、それが縁で毎年5月に地元で法要しています」との話を聞いて、心が和みました。
秀雄…信雄なw
後に、切腹はかわいそす
武辺者でも民からは慕われてたらしいが⁉️
小牧長久手で秀雄と講和って。そりゃないわ。歴史を本当に語ろうとしてるのか?テキトーにテンプレで話をしているように感じるわ。
山に軍資金かぁ…夢があるなぁ
マイクラみたいに現実も山を掘るのが簡単だったら良いのにw
相手が悪かったとしか言いようがない
私怨が行動力の男に統治する力は無いでしょ
天下は無理
秀吉使いにくい。
家康がいかに和平派かがわかるな
富山に黄金が隠してあるなんて。。。佐々様ご子孫は捜索されないのかしら?
クワサキヤマ、ハリノキダケなどに100万両???
見つけた方はご子孫にお返ししないといけないのでは?
個人的には、一部将としては一流、戦国大名としては三流と見ます。
勤勉で人を引きつける魅力もあり、戦闘でも内政でも高水準でこなせて、配下としては非常に優秀です。
だからこそ、秀吉も何度も許したのでしょう。
しかし、戦国大名としては、出自や個人的感情を理由に無用の戦いを繰り返し、家臣や領民を苦しめたとされても仕方がありません。
当時の情勢と成政の能力から見て、成政が秀吉に取って代わるなどという考えは無謀ということは理解していたはずです。
自分一人なら意地でも何でも貫き通せばよいですが、この点、多くの人の命を預かる立場としては非難を免れません。
現在でも、命令される立場なら極めて優秀なのに、トップに立つと基本的なところで判断を誤る、なまじ実務能力が高いので始末に負えない、という人がいますが、成政もこういったタイプだったのではと思われます。
對啊,所以秀次該死,秀賴活該。 (稱讚意味)
秀吉に臣下して越中を死守してればよかったのに
前田の三馬鹿親子に支配されるより良かったと思うよ