Розмір відео: 1280 X 720853 X 480640 X 360
Показувати елементи керування програвачем
Автоматичне відтворення
Автоповтор
いい時代になりました。現役を卒した小生のような老人にも、現役の方々にも、女性の方々にも、学生の諸君にも、こんなに楽しい世界史の授業を無料で受けられる。もぎせか先生、感謝いたします😎ノ
ありがとうございます!
ぶ
2:58
超重要案件:ua-cam.com/video/V-MaiM7-eSw/v-deo.html
425:57南京条約(Treaty of Nanking)により,清王朝(Qing dynasty)には5か所,にイギリスの領事(Consul ,representative)がいる。19:55、20:11、23:49、24:00、25:03、25:38、25:46 ・広州(Guangzhou) ・福建省の,福州(Fuzhou) ・福建省の,廈門(Xiamen) ・浙江省の,寧波(Ningbo) ・浙江省の上海(Shanghai)🟣Consulate - Wikipedia 🟣領事館 - Wikipedia 26:18清王朝(Qing dynasty)の港を開いてどうするか?イギリスの作った製品を,売りまくる。26:23🟡イギリスは機械で作っているから,物が安い。2:12、2:28🟡そこで、中国の製品を守るために,関税をかけた。🟡関税は、関所にかける税金という意味。🟣Tariff - Wikipedia 🟣関税 - Wikipedia🟣関税のしくみ : 税関 Japan Customs27:04🟡例えば、原価1,000円のものに.関税(Tariff)を100%,かけると、関税(Tariff)が1,000円。🟡関税(Tariff)は、場合により100%、200% かけることがある。🟡安い外国製品が入ってくると,自国の製品が売れなくなり,国民が飢え死にする。そのために関税(Tariff)をかける27:28そこでイギリス(United Kingdom)はこう言った。関税(Tariff)は清王朝(Qing dynasty)が勝手に決めてはいけない。26:23、27:04イギリスと,話し合いのうえで決める。しかし、イギリスは戦勝国なので,イギリスの言いなりとなる。 16:42、17:07、17:21、18:20、19:36、19:55、20:1127:45イギリスは,話し合いと称して、関税(Tariff)をどんどん下げていった。26:18、26:23、27:04最後は、5% になった。1,000円のシャツなら、関税(Tariff)は50円。27:04機械で織られたイギリス製のシャツは、手作業で織られた中国製品に勝てる。28:06よく出題されるアヘン戦争(First Opium War)の後清王朝(Qing dynasty)は、関税協定権を失ったか?「関税の自主権を失った」清王朝(Qing dynasty)は,自分で,関税(Tariff)を決める権利を失った。27:28関税協定権を押し付けられた。28:34虎門寨追加条約(Treaty of the Bogue)19:55、20:11、24:52・領事裁判権(Consular court)を認めさせれた。 22:51、23:49、24:00、24:34、24:52、25:57・関税協定権を押し付けられた。 26:18、26:23、27:04、27:28、27:45・最恵国待遇(Most favoured nation)を認めた。🟣Treaty of the Bogue - Wikipedia 🟣Most favoured nation - Wikipedia 🟣虎門寨追加条約 - Wikipedia🟣最恵国待遇 - Wikipedia🟣19世紀(西暦 1801年~1900年までの100年間)28:50最恵国待遇(Most favoured nation)最も,恵まれた国イギリスを,清王朝(Qing dynasty)の最恵国にする。29:02将来、清王朝(Qing dynasty)が,他国と条約を結ぶ場合その内容は、自動的に,イギリスにも適用される。29:21後で、清王朝(Qing dynasty)は,日清戦争で日本に負けます。・戦勝国となった日本は、日本は中国国内で工場を建てる権利を獲得。・すると、その内容は、自動的にイギリス(United Kingdom)にも適用される。・イギリスを最も,恵まれた立場に置く。これが最恵国待遇(Most favoured nation)28:34🟣Qing dynasty - Wikipedia 🟣First Sino-Japanese War - Wikipedia 🟣Treaty of Shimonoseki - Wikipedia 🟣United Kingdom - Wikipedia 🟣日清戦争 - Wikipedia 🟣下関条約 - Wikipedia29:58最恵国待遇(Most favoured nation)31:01🟡清王朝(Qing dynasty)は、アヘン戦争(First Opium War)で負けた。🟡その結果、阿片(Opium)の取締ができなくなった。 16:05、16:42、17:07、17:21、18:20、19:55、20:11、23:49、24:00、24:52、28:34🟣Qing dynasty - Wikipedia 🟣United Kingdom - Wikipedia 🟣First Opium War - Wikipedia 🟣19世紀(西暦 1801年~1900年までの100年間)31:09🟡今まで隠れて密売していた,阿片(Opium)商売が,大っぴらに,おこなわれるようになった。🟡阿片(Opium)の売買が公然化した。31:17阿片(Opium)が飛ぶように売れ、清王朝から,銀(Silver)が流出。大航海時代(Age of Discovery)、ポルトガル人や,倭寇(Wokou)は清王朝の,絹織物を求めて,メキシコ銀,日本銀で支払った。あれ以来、世界中の銀(Silver)が,清王朝(Qing dynasty)に,流れ込んでいった。この流れが、初めて,変わった。今まで,400年間,貯め込んできた銀(Silver)が,どんどん外国に流れていった。貿易をおこなうには資金が必要。19世紀の,国際通貨は,銀(Silver)でした。20世紀になると、金(Gold)に変わる。19世紀(西暦 1801年~1900年までの100年間)20世紀(西暦1901年~2000年までの100年間)31:57🟡清王朝(Qing dynasty)の国内で、凄まじい,銀(Silver)不足がおきた。🟡既に銀(Silver)は、国内で,貨幣として流通していたため、貨幣の不足がおきた。・お金が足りない→物価が下がっていく・急速な,デフレ(Deflation)に陥った。🟣Deflation - Wikipedia 🟣デフレーション - Wikipedia 32:22農民たちが農産物をつくり、一番に出品しても,「二束三文」農産物をつくって,売れば売るほど,損失を出す。・農産物,価格の下落 = 農家の収入が激減する32:53清王朝(Qing dynasty)の政府は、地税,丁税をまとめげ銀(Silver)で払えという方針。「地丁銀」33:04「地丁銀」の税額は,変更なし。しかし、納税者の農民は…・農産物が売れない・収入はどんどん減っている。・しかし,納税額は変わっていない,出費は変わらない。31:17、31:57、32:53農民の,財産,資産は減っていくばかり。農民の,貧困化が加速。33:27やがて「地丁銀」も払えなくなり、土地を売り飛ばしてしまう。質地農民となる。日雇い労働の、仕事を探す。仕事はなかなか,見つからない。清王朝(Qing dynasty)の貧困層は、職を求め、海外に流れた。
1🟢唐(Tang dynasty)21:23🟢モンゴル帝国,元王朝(Yuan dynasty)21:44🟢清王朝(Qing dynasty)5:37、5:47、11:01、11:38、12:40、13:06、13:09、14:44、16:05、16:42、17:21、18:20、18:40、18:57、19:36、19:55、20:11、21:03、22:51、23:49、24:52、25:57、26:23、27:04、28:06、28:50、29:21、31:01、31:09、31:17、31:57、32:22、33:04、33:27、33:50、35:17、42:20、43:17、43:27、44:07、44:48、45:33、46:08、46:54、47:01、47:19、47:40、47:46、47:53、48:01、48:14、48:25、48:50、49:09、49:21、49:37、50:57、52:08、52:40、54:46、55:33、55:45、57:01、1:03:53🟢中国(China)35:50、38:41………🟢世界 57:26、58:11、58:26、58:44、1:00:06、1:00:12、1:00:24、1:00:35、1:00:47、1:00:56、1:01:28、1:01:46、1:01:54、1:02:06、1:02:23、1:02:59、1:03:22、1:03:53、1:04:37、1:05:01、1:05:13🟢ロシア(Russia)57:26、58:11、58:26、58:44、58:56、59:02、59:16、1:00:06、1:00:12、1:00:24、1:00:35、1:00:47、1:00:56、1:01:28、1:01:46、1:01:54、1:02:23、1:02:43、1:02:23、1:02:43、1:02:59、1:03:22、1:03:42、1:03:53、1:04:37、1:04:45、1:05:01、1:05:13🟢アメリカ 59:16、59:57、1:00:06、1:00:12………🟢イギリス(United Kingdom)1:21、1:46、2:12、3:42、4:16、4:52、5:37、10:41、11:01、11:38、12:40、13:06、13:09、13:53、14:44、16:42、17:07、17:21、18:20、18:40、18:57、19:36、19:55、20:11、21:03、22:51、23:49、24:52、25:57、26:18、27:04、27:28、27:45、28:06、28:50、31:01、31:09、33:50、34:49、43:27、44:07、44:48、45:33、52:08、52:40、54:38、1:03:53、1:05:01🟢租界(Concessions in China)22:51、23:49、24:00、24:34、24:52🟢フランス(France)43:27、44:07、46:00、46:08、52:08………🟢日本 22:34、54:38、59:16、59:57、1:00:12🟢琉球(Ryukyu)7:45………🟢インド(India)0:43、1:10、1:21、2:28、3:42、34:49🟢イギリス領インド帝国(British Raj)34:49🟢オスマン帝国 (Ottoman Empire)4:16🟢アケメネス朝(Achaemenid Empire)7:53🟢ローマ帝国(Roman Empire)8:06🟢神聖ローマ帝国(Holy Roman Empire)8:26………🟢清の第6代皇帝,乾隆帝(Qianlong Emperor)11:01、47:19🟢清の第7代皇帝,嘉慶帝(Jiaqing Emperor)13:09、47:40🟢清の第8代皇帝,道光帝(Daoguang Emperor)16:05、16:42、47:46🟢清の第9代皇帝,咸豊帝(Xianfeng Emperor)46:08、46:54、47:53、48:01🟢清の第10代皇帝,同治帝(Tongzhi Emperor)48:14、48:25🟢西太后(Empress Dowager Cixi)48:25、48:34、48:50、49:09、52:40、54:46、55:33、55:45、56:14、57:01、57:16………🟢林則徐(Lin Zexu)16:05、16:33、16:42🟢洪秀全(Hong Xiuquan)40:12、41:54、42:20、42:59、43:17、54:46🟢李 鴻章(Li Hongzhang)53:09、55:04、56:14、57:16🟢曽国藩(Zeng Guofan) 53:49、54:02、55:04、56:34、57:01、57:16🟢東シベリア総督,ムラヴィヨフ(Nikolay Muravyov-Amursky)1:02:23、1:02:43………🟢ジョージ3世(George III)11:01🟢マカートニー(George Macartney, 1st Earl Macartney)11:01🟢ウィリアム・アマースト(William Amherst, 1st Earl Amherst)13:09🟢ヘンリー・ジョン・テンプル (第3代パーマストン子爵) (Viscount Palmerston)16:42、17:07、17:21、18:20………🟢東インド会社(East India Company)1:21、15:27🟢ジャーディン・マセソン 商会(Jardine Matheson)15:27、15:49………🟢市舶司 21:23🟢大航海時代(Age of Discovery) 0:08、0:31、0:43、1:21、2:12、2:28🟢自由貿易 11:01、11:38、12:40、13:06🟢密貿易 13:53、14:44、15:12、15:27、16:05、16:42、17:07、31:01、31:09🟢船 17:21、18:40、55:45、58:44、58:56、59:16、59:57🟢アヘン戦争(First Opium War)16:42、17:21、18:57、19:14、19:36、31:01、31:09、31:17、31:57、33:50、47:46🟢アロー戦争(Second Opium War)44:07、44:48、45:33、46:00、46:08、46:54、47:01、47:53🟢アロー号事件(Chinese Mafia)44:48、45:33🟢南京条約(Treaty of Nanking)17:07、17:21、18:20、18:40、18:57、19:14、19:36、19:55、20:11、21:03、22:51、23:49、24:00、24:34、24:52、25:57、26:18、31:17、31:57、43:45🟢領事裁判権(Consular court)24:34、24:52🟢虎門寨追加条約(Treaty of the Bogue)24:52、28:34、28:50、29:21、31:17🟢最恵国待遇(Most favoured nation)28:34、28:50、29:02、29:21、🟢外交官(Diplomat)の身分 25:03、25:38、25:46、50:36🟢関税(Tariff)26:23、27:04、27:28、27:45、28:06🟢銀(Silver)31:17、31:57、32:22、32:53、33:04、33:27🟢移民 31:17、31:57、32:22、32:53、33:04、33:27、33:50、34:49、35:50🟢苦力(Coolie)33:50、34:49、35:50🟢太平天国の乱(Taiping Rebellion)35:17、40:12、41:54、42:20、42:59、43:17、52:08、52:40、53:09、53:49、54:02、54:11、54:46🟢滅満興漢 42:20🟢天朝田畝(Land System of the Heavenly Dynasty)42:59🟢辮髪(Queue ,hairstyle)43:17🟢クリミア戦争(Crimean War)58:26、58:44………🟢紅茶(Black tea)0:43、1:21、2:34、3:42、4:52🟢阿片(Opium)13:53、14:44、15:12、15:27、31:01、31:09、44:48………🟢産業革命(Industrial Revolution)1:46、2:12、2:28、4:30、4:52🟢三十年戦争(Thirty Years' War)8:26🟢ウェストファリア条約(Peace of Westphalia)8:26、9:57🟢日清戦争(First Sino-Japanese War)29:21🟢下関条約(Treaty of Shimonoseki)29:21 1858年,天津条約(Treaty of Tientsin)46:08🟢北京条約(Convention of Peking)49:09、49:21、49:37、50:02、5:18、5:23、50:26、50:36、50:57、52:08🟢総理各国事務衙門(Zongli Yamen)48:34、49:09、50:26、50:57、50:36、50:57、51:10、51:16🟢洋務運動(Self-Strengthening Movement) 17:21、18:40、52:40、54:11、56:14、56:34🟢中体西用(Chinese Learning as Substance, Western Learning for Application)57:01🟢左宗棠(Zuo Zongtang)57:16………🟢侵略 5:47🟢冊封体制(Tributary system of China)5:47………🟢復習 21:03、21:14、21:23、21:44、21:55、22:34、22:51、28:06、47:19、47:40、47:46、47:53、51:16、1:02:06、1:02:230:08まずは、産業革命の前の,アジア貿易大航海時代(Age of Discovery)、西洋人は、アジアに絹織物や,陶磁器を求めてやってきたポルトガル商人がやってきたオランダ商人がやってきたイギリス商人がやってきた0:31ヨーロッパの物産を売る為に来たのではないヨーロッパ人は,アジアの物産を買い求めていた。0:4318世紀、スペイン継承戦争の頃から,アジア物産で最も売れた物は,紅茶(Black tea)そして、インドの綿布🟣War of the Spanish Succession - Wikipedia 🟣スペイン継承戦争 - Wikipedia🟣18世紀(西暦1701年~1800年までの100年間)1:10ベンガル地方の,カルカッタから積み出されたので、カルカッタ産,綿布インド産の平織りの綿布は、訛ってキャラコ(Calico)と呼ばれた。🟣India - Wikipedia 🟣Kolkata - Wikipedia 🟣コルカタ - Wikipedia🟣キャラコ - Wikipedia1:21紅茶貿易および、綿布.貿易を一手に握ったのは,東インド会社。購入するのは,イギリス人。貿易構造をみると、インド,中国は黒字。イギリスは金を払うばかりで、大赤字。東インド会社(East India Company)は,中継貿易で儲ける。🟣East India Company (disambiguation) - Wikipedia 🟣東インド会社 - Wikipedia🟣中継貿易 - Wikipedia1:46イギリスは,垂れ流していた貿易赤字を,黒字にすべく、考えた。・アジアの物産をイギリスが作る・手始めに,マンチェスター(Manchester)で.綿布を作った。1:10・ここから綿,工業の,機械化がはじまった。・イギリスで、産業革命が,大成功した🟣United Kingdom - Wikipedia 🟣Manchester - Wikipedia 🟣Calico - Wikipedia 🟣Industrial Revolution - Wikipedia 🟣マンチェスター - Wikipedia🟣産業革命 - Wikipedia2:12インド貿易は自由化されたイギリス産の,機械でつくった安い綿布が,アジアの市場に流れ込んできた。これが19世紀産業革命(Industrial Revolution)後の、アジア貿易🟣 19世紀(西暦 1801年~1900年までの100年間)2:28🟡そして,インドの手工業は、競争に敗れた🟡そしてインド(India)は植民地へと転落していった。🟣India - Wikipedia
助かります。感謝。有難う。
茂木先生の大ファンです。
毎日見てます
元旦から「もぎせか漬け」です。死ぬほど面白いです!有り難うございます。
もぎかせさんの歴史動画は好きでよく聞いておりますが、動画中の中国の月収は大都市エリートでも1万円との話ですが、それはあり得ないと思います。恐らく1万元(10万円)の間違いだと思います。2006年に上海の人材紹介で働いていた時は新卒は月:2000-3000元(約5、6万)です。2021年現在は上海だと最低新卒4000元(約8万)です。中国の全体的な賃金は20年前と比べて、圧倒的に上がっています。少なくとも30%ー50%は上がっており、地方都市や農村でも収入は飛躍的に上がっています。あくまでも客観的事実を述べているだけで、茂木加瀬先生の話は大好きです。
34:23
かなり勉強になります、私は熊本で、飲食店を経営する58歳の、歴史、自衛隊オタクかもしれませんが、熊本に来る時は、遊びに来てくださいね
アングロ人といい中国人といい基本的に今も昔も変わらないな
ウェスタンインパクトにも関わらず、19世紀のアジア工業が発展した理由について、最近学校の授業で学びました。ヨーロッパとアジアの文化の違いによる需要の不一致(中国の綿糸はかたいけど、イギリスのは柔らかいなど)や、ヨーロッパが貿易拠点とした場所にアジア人が多数移り住んだことなどがアジアの工業発展を可能にしたそうです。先生はどうお考えですか。返事をくださると嬉しいです。🙇
麻薬を密貿易した国が悪いに決まってるだろうが。
イギリス議の可決とジャーディンマセソンの関係は深いみたいですね
日本にも影響してるようですよ。吉田茂だったか白洲次郎がそこの支援してもらっていたとか。
7:00三跪九叩頭の礼
あけみと、ゆみこのくだりが😂
先生 世界史とJAPAN史の関連動画 お願いします❤(ӦvӦ。)
話上手と言うのは大いなる価値ですね。
香港🇭🇰の自由も死んだ。
あー、ほんとだ、人口10万人のトンガも、人口1億、10 億人の国も一票てのはよく考えればおかしいですね^ ^。欠陥があるんだ。
あーなーんだ昔も自由貿易を認めなかったからドンパチになったんだー。昔も偉そうで失礼だからやられちゃったんだー、反省という行為をチャイナは知らないなー。再教育が必要なのはチャイナね。中国人を守るためにも。それとお金である銀が流出して無くなって農産物が下落、デフレーションってのがすごくよく実感できました。不思議💕デフレーションが貧困化を招く事も💕
どうして内モンゴルがあるのですか。
モンゴルは明代に北のハルハ部と南のチャハル部に分裂。チャハル部が先に清に服属し、内モンゴルとなります。
有難うございます。
栄西禅師は13世紀に中国から茶の木を日本に持ち帰蔦と思う。日本人に出来たのに土地柄が悪かつたのかな。
29:58(笑)
茶貿易なんて、たかが知れてるだろに
そう、たかが知れてる。パンケーキ、タピオカジュース、流行りものは同じ構図でできていて、同じ手法が使われてるんじゃないかな
いい時代になりました。現役を卒した小生のような老人にも、現役の方々にも、女性の方々にも、学生の諸君にも、こんなに楽しい世界史の授業を無料で受けられる。もぎせか先生、感謝いたします😎ノ
ありがとうございます!
ぶ
2:58
超重要案件:ua-cam.com/video/V-MaiM7-eSw/v-deo.html
4
25:57
南京条約(Treaty of Nanking)により,清王朝(Qing dynasty)には5か所,にイギリスの領事(Consul ,representative)がいる。19:55、20:11、23:49、24:00、25:03、25:38、25:46
・広州(Guangzhou)
・福建省の,福州(Fuzhou)
・福建省の,廈門(Xiamen)
・浙江省の,寧波(Ningbo)
・浙江省の上海(Shanghai)
🟣Consulate - Wikipedia
🟣領事館 - Wikipedia
26:18
清王朝(Qing dynasty)の港を開いてどうするか?
イギリスの作った製品を,売りまくる。
26:23
🟡イギリスは機械で作っているから,物が安い。2:12、2:28
🟡そこで、中国の製品を守るために,関税をかけた。
🟡関税は、関所にかける税金という意味。
🟣Tariff - Wikipedia
🟣関税 - Wikipedia
🟣関税のしくみ : 税関 Japan Customs
27:04
🟡例えば、原価1,000円のものに.関税(Tariff)を100%,かけると、関税(Tariff)が1,000円。
🟡関税(Tariff)は、場合により100%、200% かけることがある。
🟡安い外国製品が入ってくると,自国の製品が売れなくなり,国民が飢え死にする。
そのために関税(Tariff)をかける
27:28
そこでイギリス(United Kingdom)はこう言った。
関税(Tariff)は清王朝(Qing dynasty)が勝手に決めてはいけない。26:23、27:04
イギリスと,話し合いのうえで決める。
しかし、イギリスは戦勝国なので,イギリスの言いなりとなる。 16:42、17:07、17:21、18:20、19:36、19:55、20:11
27:45
イギリスは,話し合いと称して、関税(Tariff)をどんどん下げていった。26:18、26:23、27:04
最後は、5% になった。
1,000円のシャツなら、関税(Tariff)は50円。27:04
機械で織られたイギリス製のシャツは、手作業で織られた中国製品に勝てる。
28:06
よく出題される
アヘン戦争(First Opium War)の後
清王朝(Qing dynasty)は、関税協定権を失ったか?
「関税の自主権を失った」
清王朝(Qing dynasty)は,自分で,関税(Tariff)を決める権利を失った。27:28
関税協定権を押し付けられた。
28:34
虎門寨追加条約(Treaty of the Bogue)19:55、20:11、24:52
・領事裁判権(Consular court)を認めさせれた。 22:51、23:49、24:00、24:34、24:52、25:57
・関税協定権を押し付けられた。 26:18、26:23、27:04、27:28、27:45
・最恵国待遇(Most favoured nation)を認めた。
🟣Treaty of the Bogue - Wikipedia
🟣Most favoured nation - Wikipedia
🟣虎門寨追加条約 - Wikipedia
🟣最恵国待遇 - Wikipedia
🟣19世紀(西暦 1801年~1900年までの100年間)
28:50
最恵国待遇(Most favoured nation)
最も,恵まれた国
イギリスを,清王朝(Qing dynasty)の最恵国にする。
29:02
将来、清王朝(Qing dynasty)が,他国と条約を結ぶ場合
その内容は、自動的に,イギリスにも適用される。
29:21
後で、清王朝(Qing dynasty)は,日清戦争で日本に負けます。
・戦勝国となった日本は、日本は中国国内で工場を建てる権利を獲得。
・すると、その内容は、自動的にイギリス(United Kingdom)にも適用される。
・イギリスを最も,恵まれた立場に置く。これが最恵国待遇(Most favoured nation)28:34
🟣Qing dynasty - Wikipedia
🟣First Sino-Japanese War - Wikipedia
🟣Treaty of Shimonoseki - Wikipedia
🟣United Kingdom - Wikipedia
🟣日清戦争 - Wikipedia
🟣下関条約 - Wikipedia
29:58
最恵国待遇(Most favoured nation)
31:01
🟡清王朝(Qing dynasty)は、アヘン戦争(First Opium War)で負けた。
🟡その結果、阿片(Opium)の取締ができなくなった。 16:05、16:42、17:07、17:21、18:20、19:55、20:11、23:49、24:00、24:52、28:34
🟣Qing dynasty - Wikipedia
🟣United Kingdom - Wikipedia
🟣First Opium War - Wikipedia
🟣19世紀(西暦 1801年~1900年までの100年間)
31:09
🟡今まで隠れて密売していた,阿片(Opium)商売が,大っぴらに,おこなわれるようになった。
🟡阿片(Opium)の売買が公然化した。
31:17
阿片(Opium)が飛ぶように売れ、清王朝から,銀(Silver)が流出。
大航海時代(Age of Discovery)、ポルトガル人や,倭寇(Wokou)は清王朝の,絹織物を求めて,メキシコ銀,日本銀で支払った。
あれ以来、世界中の銀(Silver)が,清王朝(Qing dynasty)に,流れ込んでいった。
この流れが、初めて,変わった。
今まで,400年間,貯め込んできた銀(Silver)が,どんどん外国に流れていった。
貿易をおこなうには資金が必要。
19世紀の,国際通貨は,銀(Silver)でした。
20世紀になると、金(Gold)に変わる。
19世紀(西暦 1801年~1900年までの100年間)
20世紀(西暦1901年~2000年までの100年間)
31:57
🟡清王朝(Qing dynasty)の国内で、凄まじい,銀(Silver)不足がおきた。
🟡既に銀(Silver)は、国内で,貨幣として流通していたため、貨幣の不足がおきた。
・お金が足りない→物価が下がっていく
・急速な,デフレ(Deflation)に陥った。
🟣Deflation - Wikipedia
🟣デフレーション - Wikipedia
32:22
農民たちが農産物をつくり、一番に出品しても,「二束三文」
農産物をつくって,売れば売るほど,損失を出す。
・農産物,価格の下落 = 農家の収入が激減する
32:53
清王朝(Qing dynasty)の政府は、地税,丁税をまとめげ銀(Silver)で払えという方針。
「地丁銀」
33:04
「地丁銀」の税額は,変更なし。
しかし、納税者の農民は…
・農産物が売れない
・収入はどんどん減っている。
・しかし,納税額は変わっていない,出費は変わらない。31:17、31:57、32:53
農民の,財産,資産は減っていくばかり。
農民の,貧困化が加速。
33:27
やがて「地丁銀」も払えなくなり、土地を売り飛ばしてしまう。
質地農民となる。
日雇い労働の、仕事を探す。
仕事はなかなか,見つからない。
清王朝(Qing dynasty)の貧困層は、職を求め、海外に流れた。
1
🟢唐(Tang dynasty)21:23
🟢モンゴル帝国,元王朝(Yuan dynasty)21:44
🟢清王朝(Qing dynasty)
5:37、5:47、11:01、11:38、12:40、13:06、13:09、14:44、16:05、16:42、17:21、18:20、18:40、18:57、19:36、19:55、20:11、21:03、22:51、23:49、24:52、25:57、26:23、27:04、28:06、28:50、29:21、31:01、31:09、31:17、31:57、32:22、33:04、33:27、33:50、35:17、42:20、43:17、43:27、44:07、44:48、45:33、46:08、46:54、47:01、47:19、47:40、47:46、47:53、48:01、48:14、48:25、48:50、49:09、49:21、49:37、50:57、52:08、52:40、54:46、55:33、55:45、57:01、1:03:53
🟢中国(China)35:50、38:41
………
🟢世界
57:26、58:11、58:26、58:44、1:00:06、1:00:12、1:00:24、1:00:35、1:00:47、1:00:56、1:01:28、1:01:46、1:01:54、1:02:06、1:02:23、1:02:59、1:03:22、1:03:53、1:04:37、1:05:01、1:05:13
🟢ロシア(Russia)
57:26、58:11、58:26、58:44、58:56、59:02、59:16、1:00:06、1:00:12、1:00:24、1:00:35、1:00:47、1:00:56、1:01:28、1:01:46、1:01:54、1:02:23、1:02:43、1:02:23、1:02:43、1:02:59、1:03:22、1:03:42、1:03:53、1:04:37、1:04:45、1:05:01、1:05:13
🟢アメリカ 59:16、59:57、1:00:06、1:00:12
………
🟢イギリス(United Kingdom)
1:21、1:46、2:12、3:42、4:16、4:52、5:37、10:41、11:01、11:38、12:40、13:06、13:09、13:53、14:44、16:42、17:07、17:21、18:20、18:40、18:57、19:36、19:55、20:11、21:03、22:51、23:49、24:52、25:57、26:18、27:04、27:28、27:45、28:06、28:50、31:01、31:09、33:50、34:49、43:27、44:07、44:48、45:33、52:08、52:40、54:38、1:03:53、1:05:01
🟢租界(Concessions in China)22:51、23:49、24:00、24:34、24:52
🟢フランス(France)43:27、44:07、46:00、46:08、52:08
………
🟢日本 22:34、54:38、59:16、59:57、1:00:12
🟢琉球(Ryukyu)7:45
………
🟢インド(India)0:43、1:10、1:21、2:28、3:42、34:49
🟢イギリス領インド帝国(British Raj)34:49
🟢オスマン帝国 (Ottoman Empire)4:16
🟢アケメネス朝(Achaemenid Empire)7:53
🟢ローマ帝国(Roman Empire)8:06
🟢神聖ローマ帝国(Holy Roman Empire)8:26
………
🟢清の第6代皇帝,乾隆帝(Qianlong Emperor)11:01、47:19
🟢清の第7代皇帝,嘉慶帝(Jiaqing Emperor)13:09、47:40
🟢清の第8代皇帝,道光帝(Daoguang Emperor)16:05、16:42、47:46
🟢清の第9代皇帝,咸豊帝(Xianfeng Emperor)46:08、46:54、47:53、48:01
🟢清の第10代皇帝,同治帝(Tongzhi Emperor)48:14、48:25
🟢西太后(Empress Dowager Cixi)
48:25、48:34、48:50、49:09、52:40、54:46、55:33、55:45、56:14、57:01、57:16
………
🟢林則徐(Lin Zexu)16:05、16:33、16:42
🟢洪秀全(Hong Xiuquan)40:12、41:54、42:20、42:59、43:17、54:46
🟢李 鴻章(Li Hongzhang)53:09、55:04、56:14、57:16
🟢曽国藩(Zeng Guofan) 53:49、54:02、55:04、56:34、57:01、57:16
🟢東シベリア総督,ムラヴィヨフ(Nikolay Muravyov-Amursky)1:02:23、1:02:43
………
🟢ジョージ3世(George III)11:01
🟢マカートニー(George Macartney, 1st Earl Macartney)11:01
🟢ウィリアム・アマースト(William Amherst, 1st Earl Amherst)13:09
🟢ヘンリー・ジョン・テンプル (第3代パーマストン子爵) (Viscount Palmerston)
16:42、17:07、17:21、18:20
………
🟢東インド会社(East India Company)1:21、15:27
🟢ジャーディン・マセソン 商会(Jardine Matheson)15:27、15:49
………
🟢市舶司 21:23
🟢大航海時代(Age of Discovery) 0:08、0:31、0:43、1:21、2:12、2:28
🟢自由貿易 11:01、11:38、12:40、13:06
🟢密貿易 13:53、14:44、15:12、15:27、16:05、16:42、17:07、31:01、31:09
🟢船 17:21、18:40、55:45、58:44、58:56、59:16、59:57
🟢アヘン戦争(First Opium War)
16:42、17:21、18:57、19:14、19:36、31:01、31:09、31:17、31:57、33:50、47:46
🟢アロー戦争(Second Opium War)44:07、44:48、45:33、46:00、46:08、46:54、47:01、47:53
🟢アロー号事件(Chinese Mafia)44:48、45:33
🟢南京条約(Treaty of Nanking)
17:07、17:21、18:20、18:40、18:57、19:14、19:36、19:55、20:11、21:03、22:51、23:49、24:00、24:34、24:52、25:57、26:18、31:17、31:57、43:45
🟢領事裁判権(Consular court)24:34、24:52
🟢虎門寨追加条約(Treaty of the Bogue)24:52、28:34、28:50、29:21、31:17
🟢最恵国待遇(Most favoured nation)28:34、28:50、29:02、29:21、
🟢外交官(Diplomat)の身分 25:03、25:38、25:46、50:36
🟢関税(Tariff)26:23、27:04、27:28、27:45、28:06
🟢銀(Silver)31:17、31:57、32:22、32:53、33:04、33:27
🟢移民 31:17、31:57、32:22、32:53、33:04、33:27、33:50、34:49、35:50
🟢苦力(Coolie)33:50、34:49、35:50
🟢太平天国の乱(Taiping Rebellion)
35:17、40:12、41:54、42:20、42:59、43:17、52:08、52:40、53:09、53:49、54:02、54:11、54:46
🟢滅満興漢 42:20
🟢天朝田畝(Land System of the Heavenly Dynasty)42:59
🟢辮髪(Queue ,hairstyle)43:17
🟢クリミア戦争(Crimean War)58:26、58:44
………
🟢紅茶(Black tea)0:43、1:21、2:34、3:42、4:52
🟢阿片(Opium)13:53、14:44、15:12、15:27、31:01、31:09、44:48
………
🟢産業革命(Industrial Revolution)1:46、2:12、2:28、4:30、4:52
🟢三十年戦争(Thirty Years' War)8:26
🟢ウェストファリア条約(Peace of Westphalia)8:26、9:57
🟢日清戦争(First Sino-Japanese War)29:21
🟢下関条約(Treaty of Shimonoseki)29:21
1858年,天津条約(Treaty of Tientsin)46:08
🟢北京条約(Convention of Peking)
49:09、49:21、49:37、50:02、5:18、5:23、50:26、50:36、50:57、52:08
🟢総理各国事務衙門(Zongli Yamen)48:34、49:09、50:26、50:57、50:36、50:57、51:10、51:16
🟢洋務運動(Self-Strengthening Movement) 17:21、18:40、52:40、54:11、56:14、56:34
🟢中体西用(Chinese Learning as Substance, Western Learning for Application)57:01
🟢左宗棠(Zuo Zongtang)57:16
………
🟢侵略 5:47
🟢冊封体制(Tributary system of China)5:47
………
🟢復習 21:03、21:14、21:23、21:44、21:55、22:34、22:51、28:06、47:19、47:40、47:46、47:53、51:16、1:02:06、1:02:23
0:08
まずは、産業革命の前の,アジア貿易
大航海時代(Age of Discovery)、西洋人は、アジアに絹織物や,陶磁器を求めてやってきた
ポルトガル商人がやってきた
オランダ商人がやってきた
イギリス商人がやってきた
0:31
ヨーロッパの物産を売る為に来たのではない
ヨーロッパ人は,アジアの物産を買い求めていた。
0:43
18世紀、スペイン継承戦争の頃から,アジア物産で最も売れた物は,紅茶(Black tea)
そして、インドの綿布
🟣War of the Spanish Succession - Wikipedia
🟣スペイン継承戦争 - Wikipedia
🟣18世紀(西暦1701年~1800年までの100年間)
1:10
ベンガル地方の,カルカッタから積み出されたので、カルカッタ産,綿布
インド産の平織りの綿布は、訛ってキャラコ(Calico)と呼ばれた。
🟣India - Wikipedia
🟣Kolkata - Wikipedia
🟣コルカタ - Wikipedia
🟣キャラコ - Wikipedia
1:21
紅茶貿易および、綿布.貿易を一手に握ったのは,東インド会社。
購入するのは,イギリス人。
貿易構造をみると、インド,中国は黒字。
イギリスは金を払うばかりで、大赤字。
東インド会社(East India Company)は,中継貿易で儲ける。
🟣East India Company (disambiguation) - Wikipedia
🟣東インド会社 - Wikipedia
🟣中継貿易 - Wikipedia
1:46
イギリスは,垂れ流していた貿易赤字を,黒字にすべく、考えた。
・アジアの物産をイギリスが作る
・手始めに,マンチェスター(Manchester)で.綿布を作った。1:10
・ここから綿,工業の,機械化がはじまった。
・イギリスで、産業革命が,大成功した
🟣United Kingdom - Wikipedia
🟣Manchester - Wikipedia
🟣Calico - Wikipedia
🟣Industrial Revolution - Wikipedia
🟣マンチェスター - Wikipedia
🟣産業革命 - Wikipedia
2:12
インド貿易は自由化された
イギリス産の,機械でつくった安い綿布が,アジアの市場に流れ込んできた。
これが19世紀
産業革命(Industrial Revolution)後の、アジア貿易
🟣 19世紀(西暦 1801年~1900年までの100年間)
2:28
🟡そして,インドの手工業は、競争に敗れた
🟡そしてインド(India)は植民地へと転落していった。
🟣India - Wikipedia
助かります。感謝。有難う。
茂木先生の大ファンです。
毎日見てます
元旦から「もぎせか漬け」です。
死ぬほど面白いです!
有り難うございます。
超重要案件:ua-cam.com/video/V-MaiM7-eSw/v-deo.html
もぎかせさんの歴史動画は好きでよく聞いておりますが、動画中の中国の月収は大都市エリートでも1万円との話ですが、それはあり得ないと思います。恐らく1万元(10万円)の間違いだと思います。
2006年に上海の人材紹介で働いていた時は新卒は月:2000-3000元(約5、6万)です。2021年現在は上海だと最低新卒4000元(約8万)です。
中国の全体的な賃金は20年前と比べて、圧倒的に上がっています。少なくとも30%ー50%は上がっており、地方都市や農村でも収入は飛躍的に上がっています。
あくまでも客観的事実を述べているだけで、茂木加瀬先生の話は大好きです。
34:23
かなり勉強になります、私は熊本で、飲食店を経営する58歳の、歴史、自衛隊オタクかもしれませんが、熊本に来る時は、遊びに来てくださいね
アングロ人といい中国人といい基本的に今も昔も変わらないな
ウェスタンインパクトにも関わらず、19世紀のアジア工業が発展した理由について、最近学校の授業で学びました。
ヨーロッパとアジアの文化の違いによる需要の不一致(中国の綿糸はかたいけど、イギリスのは柔らかいなど)や、ヨーロッパが貿易拠点とした場所にアジア人が多数移り住んだことなどがアジアの工業発展を可能にしたそうです。
先生はどうお考えですか。返事をくださると嬉しいです。🙇
麻薬を密貿易した国が悪いに決まってるだろうが。
イギリス議の可決とジャーディンマセソンの関係は深いみたいですね
日本にも影響してるようですよ。吉田茂だったか白洲次郎がそこの支援してもらっていたとか。
7:00三跪九叩頭の礼
あけみと、ゆみこのくだりが😂
先生 世界史とJAPAN史の関連動画 お願いします❤(ӦvӦ。)
話上手と言うのは大いなる価値ですね。
香港🇭🇰の自由も死んだ。
あー、ほんとだ、人口10万人のトンガも、人口1億、10 億人の国も一票てのはよく考えればおかしいですね^ ^。欠陥があるんだ。
あーなーんだ昔も自由貿易を認めなかったからドンパチになったんだー。昔も偉そうで失礼だからやられちゃったんだー、反省という行為をチャイナは知らないなー。再教育が必要なのはチャイナね。中国人を守るためにも。それとお金である銀が流出して無くなって農産物が下落、デフレーションってのがすごくよく実感できました。不思議💕デフレーションが貧困化を招く事も💕
どうして内モンゴルがあるのですか。
モンゴルは明代に北のハルハ部と南のチャハル部に分裂。チャハル部が先に清に服属し、内モンゴルとなります。
有難うございます。
栄西禅師は13世紀に中国から茶の木を日本に持ち帰蔦と思う。
日本人に出来たのに土地柄が悪かつたのかな。
29:58(笑)
茶貿易なんて、たかが知れてるだろに
そう、たかが知れてる。パンケーキ、タピオカジュース、流行りものは同じ構図でできていて、同じ手法が使われてるんじゃないかな