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かつての日本基督教団にいた者ですが、改革・長老派系の教会がメインだからか、礼拝にせよ宣教活動全体が「ことば」偏重で、知情意の面では主知的ということでもないのですが、体験とか実践より教理など観念的傾向が強かったと思います。しかし聖霊刷新の運動が起きて、「ことば」だけではなく「ちから」が重視され、神の豊かな恵みが祈りや賛美にも表わされる礼拝が生まれてきました。祈りにしても共同の祈りは他の会衆の反応などを気にして形式化されていたのが、各人個別の祈りを同じ場でするような試みがなされました。これはテゼ共同体の影響を受けた黙想と祈りの集いでもなかったことです。そのような礼拝の刷新という視点で、私はカリスマ派とかペンテコステ派と呼ばれるグループの運動には意義を見出しています。但し、こんどは「ちから」に偏重してきますとオカルトや超能力のような話が出てくるので、そういったものは排されて然りかと思います。いわば、穏健なカリスマ派といったものの形成を期待したいと思います😀✌🙋♂🙋🙋♀🙆♂🙆🙆♀🐰🐻🐷🐱🐶🐵
なんてうるさいBGM.
BGMはいらない煩い
米国が湾岸戦争を始めたとき、日本のテレビは「アメリカの福音派は戦争を支持、日本の福音派は戦争反対」と揶揄してましたね。
自分がいた福音派の教会は、牧師を筆頭に共産党みたいな考え方の人が多かったですね。
知識が浅く、「福音派=トランプ」のイメージを持ってしまっていました。物事を単純化せず、複雑さを知り複雑なまま受け止めることが大事かなと思うので、今回とても勉強になりました。また紹介されていた本も読んでみようと思います。あ、少しBGMが賑やかに感じました😅
ご視聴ありがとうございます。BGM、次回は少し下げますね💦
BGM がうるさくて頭痛がしてくるし、なんて 趣味の悪い音。
BGMを止めて
最近クリスチャンになりましたが、私が所属?している教会がプロテスタントの何派かよくわかりません笑 次回も楽しみにしています😊
こんにちはー。応援したいし、福音派の話ということで 聞く機会は、初めてなので とても 助かります!。。ただ、音が響きすぎですねー。惜しいー (=^・^=)
会堂が広かったので響いちゃってます💦 お聞き苦しくてすみません。
福音派の人は幼稚な人が多いと言っている人がいました福音派は聖書の中でも4つの福音書を強調、重要視しているのでしょうか
ひと口に「福音派」といっても多様です。
カトリックを「教皇主義」という言葉で対立させるのは「元エホバの証人」的な偏見ですね。プロテスタントが「聖書主義」なら、カトリックは「聖書と聖伝」か、「典礼主義」か「教会主義」とでもいうのが理性的な回答です。21世紀になっても、まだ、こんなこと言う人がいるのか。
あくまで500年前の話です。今は違いますよ。という話をしたんだけどなあ。
@@acanst ご返信をありがとうございました。気づかず、すみません。世界史で「皇帝教皇主義」や「教皇至上主義」などの用語はありますが、「教皇主義」という言葉は、一般的とは思えず誤解を生む表現だと思います。神学的原理を語るのであれば、当時、教皇の力が政治的に強かったとしても、「聖書主義」にカテゴリーを合わせて「聖書と聖伝」か「典礼主義」にしてほしかったですね(勝手な希望です)。また、教皇のカトリック教会における*神学的*位置づけは、今も500年前も同じです。社会的な文脈の変化で、当人も周囲も、その捉え方が変わってきていると思いますが。
神様を信奉する人間の1人ですとても解りやすく、対話形式にて明るく語っておられて、楽しく視聴しました(仏教の世界も様々な理由から多数の宗派に分かれている事もほぼ、同じかなと···思いました)。
ありがとうございます🙏
もう一点気づいたので連続コメントすみませんが、日本とアメリカだと「保守」の思想基盤が違う。国家神道的なものと一神教的な違いは言わずもがなだが、日本の場合、儒教文化の影響で男尊女卑、家父長的上下関係と滅私奉公の共同体主義が非常に強い。アメリカの場合はイギリス国教会のキリスト教国教化と礼拝方式の政治的強制から反発した、ピューリタンが聖書に基づいた信教の自由、個の自立を掲げ、建国に大きな影響を与えたということもあり、民主主義、個の政治への自発的参加と自己主張を重視する。その点で日本のクリスチャンが政治的保守を志向しても、日本的な保守の封建文化に飲み込まれることはあっても、歴史文化的な違いからアメリカのような保守にはなりえない。 自分は、思想的にはアメリカの政治保守、神学保守に違いが、積極型アスペルガー疑惑ということもあり、個人主義、非共同体主義では、アメリカの保守やリベラルよりもしのぐかもしれない。ハイパーなインディヴィジュアリスト。アメリカ保守福音派も、個人主義だが、個を犠牲にしてキリストに従い、同じ思想信条の共同体の絆、ボンドを大切にすることを強調していて自分はその中(カナダ福音派と日本在住ののアメリカ人福音派コミュニティーだが)に入ろうと、23歳から25年間も、頑張ってきたが、イマイチ溶け込めない、浮いてしまうところがある。日本社会よりは全然いいが。
追記で恐縮だが、実際、コロナ騒動中も私権制限やワクパスなどによる未接種者への行動制限を個人の移動に対して、医療選択の自由の侵害と公然と反対を唱えたのはアメリカやカナダでは政治的保守が多かった。その一部が過激なプロテスト行動に出たことはまずいと思うが。リベラル、民主党側は公衆衛生のために、もっと未接種者への私権制限を強めるべきという、逆説的に非自由主義な立場だった。(これが、公衆衛生のために当然だから、我慢しろとか、あれを打てなどと考える人は本質的な次元での世界の認識の根底が違うから、話したくもない。)
JEAの立ち位置は面白いですね。神学的保守、政治的リベラル。靖国や天皇制でもNCCなどのメインラインと協力関係。北米ではLGBTの権利と、中絶問題でほとんどが右上に行くのであまりありえない。どうりで、日本では、クリスチャンは政治的に左寄りに見られるのですね。僕は、かなり右上にいます。(テレビの言うトランプ支持の陰謀論系終末論のヤバい連中(笑))ただ、日本のナショナリズムの志向する戦前の天皇主義ファシズムを鑑みると右上の中で、やや下にいくかな。どうりで友達の大半がアメリカ人の福音派。
難しいことは分からないが、アメリカのメジャー(バプテストを除く)メソジスト、長老会、ルーテルの中の大きい教団は全てリベラルLGBTを女性牧師、中絶容認など結構進歩的なのですが、若い人も少なく教会全体が縮小傾向にここ20年続いてます。同性愛者に寛容でも一般伝道には消極的。一方、小さくて教会の数も少ないのですが、これら教派の保守系の割合は年々上がってます。これらの教会は福音派で思想は保守的なのですがよそ者に寛容。保守家系の福音派は大抵愛国主義者が多いですが、キリスト教の教理にやたr忠実な為か日本の天皇、神社、仏教などには絶対批判的。完璧に日本の政治的保守クリスチャンがはまれる思想の北米キリスト教会はまずません。私は妥協してその中で生きてます。ま、いっかって!
かつての日本基督教団にいた者ですが、改革・長老派系の教会がメインだからか、礼拝にせよ宣教活動全体が「ことば」偏重で、知情意の面では主知的ということでもないのですが、体験とか実践より教理など観念的傾向が強かったと思います。しかし聖霊刷新の運動が起きて、「ことば」だけではなく「ちから」が重視され、神の豊かな恵みが祈りや賛美にも表わされる礼拝が生まれてきました。祈りにしても共同の祈りは他の会衆の反応などを気にして形式化されていたのが、各人個別の祈りを同じ場でするような試みがなされました。これはテゼ共同体の影響を受けた黙想と祈りの集いでもなかったことです。そのような礼拝の刷新という視点で、私はカリスマ派とかペンテコステ派と呼ばれるグループの運動には意義を見出しています。但し、こんどは「ちから」に偏重してきますとオカルトや超能力のような話が出てくるので、そういったものは排されて然りかと思います。いわば、穏健なカリスマ派といったものの形成を期待したいと思います😀✌🙋♂🙋🙋♀🙆♂🙆🙆♀🐰🐻🐷🐱🐶🐵
なんてうるさいBGM.
BGMはいらない煩い
米国が湾岸戦争を始めたとき、日本のテレビは「アメリカの福音派は戦争を支持、日本の福音派は戦争反対」と揶揄してましたね。
自分がいた福音派の教会は、牧師を筆頭に共産党みたいな考え方の人が多かったですね。
知識が浅く、「福音派=トランプ」のイメージを持ってしまっていました。物事を単純化せず、複雑さを知り複雑なまま受け止めることが大事かなと思うので、今回とても勉強になりました。また紹介されていた本も読んでみようと思います。あ、少しBGMが賑やかに感じました😅
ご視聴ありがとうございます。BGM、次回は少し下げますね💦
BGM がうるさくて頭痛がしてくるし、なんて 趣味の悪い音。
BGMを止めて
最近クリスチャンになりましたが、私が所属?している教会がプロテスタントの何派かよくわかりません笑 次回も楽しみにしています😊
こんにちはー。応援したいし、福音派の話ということで 聞く機会は、初めてなので とても 助かります!。。ただ、音が響きすぎですねー。惜しいー (=^・^=)
会堂が広かったので響いちゃってます💦 お聞き苦しくてすみません。
福音派の人は幼稚な人が多いと言っている人がいました
福音派は聖書の中でも4つの福音書を強調、重要視しているのでしょうか
ひと口に「福音派」といっても多様です。
カトリックを「教皇主義」という言葉で対立させるのは「元エホバの証人」的な偏見ですね。
プロテスタントが「聖書主義」なら、カトリックは「聖書と聖伝」か、「典礼主義」か「教会主義」とでもいうのが理性的な回答です。
21世紀になっても、まだ、こんなこと言う人がいるのか。
あくまで500年前の話です。今は違いますよ。という話をしたんだけどなあ。
@@acanst ご返信をありがとうございました。気づかず、すみません。
世界史で「皇帝教皇主義」や「教皇至上主義」などの用語はありますが、「教皇主義」という言葉は、一般的とは思えず誤解を生む表現だと思います。
神学的原理を語るのであれば、当時、教皇の力が政治的に強かったとしても、「聖書主義」にカテゴリーを合わせて「聖書と聖伝」か「典礼主義」にしてほしかったですね(勝手な希望です)。
また、教皇のカトリック教会における*神学的*位置づけは、今も500年前も同じです。社会的な文脈の変化で、当人も周囲も、その捉え方が変わってきていると思いますが。
神様を信奉する人間の1人です
とても解りやすく、対話形式にて
明るく語っておられて、楽しく視聴しました
(仏教の世界も様々な理由から多数の宗派に分かれている事もほぼ、同じかなと···思いました)
。
ありがとうございます🙏
もう一点気づいたので連続コメントすみませんが、日本とアメリカだと「保守」の思想基盤が違う。国家神道的なものと一神教的な違いは言わずもがなだが、日本の場合、儒教文化の影響で男尊女卑、家父長的上下関係と滅私奉公の共同体主義が非常に強い。アメリカの場合はイギリス国教会のキリスト教国教化と礼拝方式の政治的強制から反発した、ピューリタンが聖書に基づいた信教の自由、個の自立を掲げ、建国に大きな影響を与えたということもあり、民主主義、個の政治への自発的参加と自己主張を重視する。その点で日本のクリスチャンが政治的保守を志向しても、日本的な保守の封建文化に飲み込まれることはあっても、歴史文化的な違いからアメリカのような保守にはなりえない。
自分は、思想的にはアメリカの政治保守、神学保守に違いが、積極型アスペルガー疑惑ということもあり、個人主義、非共同体主義では、アメリカの保守やリベラルよりもしのぐかもしれない。ハイパーなインディヴィジュアリスト。アメリカ保守福音派も、個人主義だが、個を犠牲にしてキリストに従い、同じ思想信条の共同体の絆、ボンドを大切にすることを強調していて自分はその中(カナダ福音派と日本在住ののアメリカ人福音派コミュニティーだが)に入ろうと、23歳から25年間も、頑張ってきたが、イマイチ溶け込めない、浮いてしまうところがある。日本社会よりは全然いいが。
追記で恐縮だが、実際、コロナ騒動中も私権制限やワクパスなどによる未接種者への行動制限を個人の移動に対して、医療選択の自由の侵害と公然と反対を唱えたのはアメリカやカナダでは政治的保守が多かった。その一部が過激なプロテスト行動に出たことはまずいと思うが。リベラル、民主党側は公衆衛生のために、もっと未接種者への私権制限を強めるべきという、逆説的に非自由主義な立場だった。(これが、公衆衛生のために当然だから、我慢しろとか、あれを打てなどと考える人は本質的な次元での世界の認識の根底が違うから、話したくもない。)
JEAの立ち位置は面白いですね。神学的保守、政治的リベラル。靖国や天皇制でもNCCなどのメインラインと協力関係。北米ではLGBTの権利と、中絶問題でほとんどが右上に行くのであまりありえない。どうりで、日本では、クリスチャンは政治的に左寄りに見られるのですね。僕は、かなり右上にいます。(テレビの言うトランプ支持の陰謀論系終末論のヤバい連中(笑))ただ、日本のナショナリズムの志向する戦前の天皇主義ファシズムを鑑みると右上の中で、やや下にいくかな。どうりで友達の大半がアメリカ人の福音派。
難しいことは分からないが、アメリカのメジャー(バプテストを除く)メソジスト、長老会、ルーテルの中の大きい教団は全てリベラルLGBTを女性牧師、中絶容認など結構進歩的なのですが、若い人も少なく教会全体が縮小傾向にここ20年続いてます。同性愛者に寛容でも一般伝道には消極的。一方、小さくて教会の数も少ないのですが、これら教派の保守系の割合は年々上がってます。これらの教会は福音派で思想は保守的なのですがよそ者に寛容。保守家系の福音派は大抵愛国主義者が多いですが、キリスト教の教理にやたr忠実な為か日本の天皇、神社、仏教などには絶対批判的。完璧に日本の政治的保守クリスチャンがはまれる思想の北米キリスト教会はまずません。私は妥協してその中で生きてます。ま、いっかって!