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ハンガリーでエリザベートが人気とは知りませんでした。知れば知るほど本当に素敵な方だったんですね~😆増田さんのオタク話シリーズも継続してほしいです!
エリザベート王妃がハンガリーの自治に尽力した事を初めて知りました。後編も楽しみです。
好きだなぁ、この番組。落ち着く。増田さん、ステキです。これこそ、ハンガリー大使館🇭🇺でやるべきじゃん。笑
たいへん興味深く拝見しました。エリザベート王妃のことは知っていましたが、ハンガリーで人気があったことは初めて知りました。王妃の人となりが垣間見え良かったです。
エリザベートのお姑さんのゾフィーは、エリザベートの実の伯母(母の姉)で、姪であるエリザベートの姉ヘレネーを長男の嫁にと思い見合いさせようとしました。その一方エリザベートの母ルドビカはエリザベートと文通をしていた事も在る甥(ゾフィーの三男カール)を、エリザベートと結婚させようと目論んでいて見合いの場に同席させて、その姿が皇帝フランツヨーゼフの目に留まり結婚に至った様です。
数年前、ウィーン王宮内のシシー(エリザベートの愛称)博物館に入りました。ドレスの他、体型を維持するための健康器具も置いてあったのを覚えています。今でこそシシーなどと呼ばれていますが、当時のオーストリア(ハプスブルク帝国)の国民からは、贅沢暮らしの王妃として反感を買われていたでしょうし、エリザベート自身も窮屈な宮殿は苦痛で、ハンガリーが心の拠り所だったのでしょうね。妃や皇太子に先立たれたれた最後の皇帝フランツ・ヨゼフも不幸な人でしたね。
ハンガリー国内に住んでいます。この展示はどこで開催されたものですか?
増田ユリヤです。ご覧いただきありがとうございます。今年6月、ハンガリー西部オーストリアとの国境近くのSZOMBATHELYという町にあるSavaria Múzeumで開催された展示を取材したものです。
良い発言ありがとうございます
ありがとうございます!こちらに住んでいてもエリザベートの話はよく聞くので、とても興味深いです!続編を楽しみにしています!
「プロイセンは今で言うところのドイツ」ではありません。ドイツの祖であるプロイセンは、現在、ポーランド・ロシア・リトアニア領です。これって、近現代史を学ぶ上でとても重要な事で、戦後の日本の領土問題を考える上でも(前例として)参考にせざるを得ない重大事項だと、私は思います。
増田さん素敵です😍👏✨
(誤)アウグスライヒ(正)アウスグライヒ私と同じ間違いをしている😂
増田ユリヤです。動画をご覧いただき、間違いのご指摘までしていただき、本当にありがとうございます!!用語の意味が難しかったので、何度も調べて収録に臨んだのに、カタカナが入れ違っていることに全く気付きませんでした。お恥ずかしい限りです。今後もさらに念には念をいれて確認をし、間違いのないようにしていきたいと思います。お礼まで。
私もドイツ語の辞書で調べてみましたが、アウグスライヒという発音の単語はなくて変だと思いました(ライヒReich は帝国という意味ですが関係なさそう)。Ausgleichでしたか。均衡、バランスという意味の普通名詞です。まさに、オーストリアとハンガリーの均衡ということですね。
日本では明治30年に亡くなったのですね。
ハンガリーでエリザベートが人気とは知りませんでした。知れば知るほど本当に素敵な方だったんですね~😆増田さんのオタク話シリーズも継続してほしいです!
エリザベート王妃がハンガリーの自治に尽力した事を初めて知りました。後編も楽しみです。
好きだなぁ、この番組。落ち着く。
増田さん、ステキです。
これこそ、ハンガリー大使館🇭🇺でやるべきじゃん。笑
たいへん興味深く拝見しました。
エリザベート王妃のことは知っていましたが、ハンガリーで人気があったことは初めて知りました。
王妃の人となりが垣間見え良かったです。
エリザベートのお姑さんのゾフィーは、エリザベートの実の伯母(母の姉)で、姪であるエリザベートの姉ヘレネーを長男の嫁にと思い見合いさせようとしました。その一方エリザベートの母ルドビカはエリザベートと文通をしていた事も在る甥(ゾフィーの三男カール)を、エリザベートと結婚させようと目論んでいて見合いの場に同席させて、その姿が皇帝フランツヨーゼフの目に留まり結婚に至った様です。
数年前、ウィーン王宮内のシシー(エリザベートの愛称)博物館に入りました。ドレスの他、体型を維持するための健康器具も置いてあったのを覚えています。
今でこそシシーなどと呼ばれていますが、当時のオーストリア(ハプスブルク帝国)の国民からは、贅沢暮らしの王妃として反感を買われていたでしょうし、エリザベート自身も窮屈な宮殿は苦痛で、ハンガリーが心の拠り所だったのでしょうね。
妃や皇太子に先立たれたれた最後の皇帝フランツ・ヨゼフも不幸な人でしたね。
ハンガリー国内に住んでいます。この展示はどこで開催されたものですか?
増田ユリヤです。ご覧いただきありがとうございます。今年6月、ハンガリー西部オーストリアとの国境近くのSZOMBATHELYという町にあるSavaria Múzeumで開催された展示を取材したものです。
良い発言ありがとうございます
ありがとうございます!こちらに住んでいてもエリザベートの話はよく聞くので、とても興味深いです!続編を楽しみにしています!
「プロイセンは今で言うところのドイツ」ではありません。ドイツの祖であるプロイセンは、現在、ポーランド・ロシア・リトアニア領です。
これって、近現代史を学ぶ上でとても重要な事で、戦後の日本の領土問題を考える上でも(前例として)参考にせざるを得ない重大事項だと、私は思います。
増田さん素敵です😍👏✨
(誤)アウグスライヒ
(正)アウスグライヒ
私と同じ間違いをしている😂
増田ユリヤです。動画をご覧いただき、間違いのご指摘までしていただき、本当にありがとうございます!!用語の意味が難しかったので、何度も調べて収録に臨んだのに、カタカナが入れ違っていることに全く気付きませんでした。お恥ずかしい限りです。今後もさらに念には念をいれて確認をし、間違いのないようにしていきたいと思います。お礼まで。
私もドイツ語の辞書で調べてみましたが、アウグスライヒという発音の単語はなくて変だと思いました(ライヒReich は帝国という意味ですが関係なさそう)。Ausgleichでしたか。均衡、バランスという意味の普通名詞です。まさに、オーストリアとハンガリーの均衡ということですね。
日本では明治30年に亡くなったのですね。