「漁業は天職」後継者不足の山口県漁業…奮闘する若手漁師に密着!

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  • Опубліковано 10 гру 2022
  • 三方を海に囲まれた山口県。漁業に向いた環境にも思えますが、県内の漁業は担い手の減少、高齢化や漁獲量の低下など、厳しい状況に置かれています。そうした中で、漁業の世界に足を踏み入れた男性がいます。代々続く漁師の家系で、大学卒業後、親のあとを継ぎました。仕事の厳しさを感じながらも「漁師は天職」と言い切る男性の仕事と、夢に迫りました。
    全国より急速に進む高齢化・担い手減少
    まずは、今、山口県の漁業がどうなっているのか見てみましょう。山口県水産振興課によりますと、2018年の県内で漁業に従事する人の高齢化率は58.6パーセントで、全国で2番目に高くなっています。農業などほかの分野と同様に担い手不足は深刻なようです。県の担当課に現状を聞きました。山口県水産振興課 藤濱朋哉さん
    「やはり減少傾向にあるといえると思います。全国でみても高齢化率は平均より上にあって、そうなると廃業する人の数と新規で加入する人の数では、どうしても廃業する人の方が大きくなってしまって…」
    先細りの懸念…担い手確保が急務
    2018年の県内の漁業就業者数は3900人あまりで、10年間の減少率は41.6パーセントと全国で最も高くなりました。人が減ったことに伴い、漁獲量も下がってきていて、県は募集、研修、就業…と段階を分けて、人の確保や支援金の支給など対策を講じています。藤濱さん
    「漁師さんは昔からある文化や技術を、言わば職人の集団みたいな形で今まで継承してこられています。そういう職人、職人技を持ってる人たちをすごく尊敬しています。若い漁師のかたがたには、次世代の担い手として続けていってもらえたらと思っています」ここ数年新たに漁業に就く人は年間60人ほどで推移しています。一方、漁業を辞める人のほうが圧倒的に多く、産業が先細りしてしまう心配はぬぐうことができません。
    漁業の世界で奮闘する男性、幼いころから身近な漁師に
    本田宗則さん、33歳。江戸時代から続く漁師の家系で5代目です。小さいころから身近に感じていた漁を仕事に選んで8年目。深夜に海に繰り出す本田さんの漁に密着しました。本田さん
    「いつもだいたい午後9時か10時ぐらいにはもう漁の準備を始めてますね。市場が午前4時半のせりなので、それに合わせて動いている感じです」暗闇の中、黙々と漁の準備を進める本田さん。独り立ちして5年がたちました。本田さん
    「僕で漁師の5代目です。魚がずっと身近に魚があったので、身近にあることを仕事にしたくて」
    深夜の海へ、代々続く定置網漁
    午後10時前、父親から譲り受けた船に乗り込み、漁に出発します。5分後、この日最初のポイントに到着しました。本田さん
    「これは小型定置網ですね。僕の親がずっと代々、定置網でやってきたので、僕も定置網でやっていこうと決めました」小型定置網は泳いできた魚が道網という長い網にぶつかり、主網に入り込むという昔ながらの仕掛けです。主網の先にある細い袋網を上げて魚を捕らえます。網などに初期投資は必要ですが漁場が港から近く、とれる魚の種類も多いという、比較的安定した収入が見込める漁法です。とれる魚は時期によって変わり、ブリやヒラメなどが入ることもしばしばあるそうです。機械でロープを巻き取り、網を引き上げると…とれたのは豆アジです。本田さん
    「少ないですけど、この時期はこんなもんかな、まずまずといった感じですね。あと3つ網があるので、まだ期待はできます」2つめ、3つめの網でもほぼ同量の豆アジなどがとれました。出航から1時間半、この日最後となる4つめのポイントに到着。体全体を使って、力を込めて網を引き上げます。大きなブリやタイがあがりました。顔中にうろこを浴びながら、手際よく作業を進めます。
    魚の種類に合わせた「締め」で鮮度保つ
    本田さん
    「その日にならないとどういった魚がとれるか分からないし、よくも悪くも、とれない日もあればとれる日もあるので、日々変わるのがおもしろいですね」この日1番の大漁でした。およそ2時間の漁を終えて漁港に戻り…魚を締めて鮮度を保ちます。本田さん
    「やっぱり数をとるので、締めかたは勝手に身についていきます」脳天締め、神経締め、血抜き…魚の種類によって使い分けます。この日とれたのはブリ6匹にタイ10匹、ヒラメ5匹に豆アジ100キロほど。まずまずです。本田さんは、対岸にある北九州の市場に向かって船を出しました。本田さんを支える仕事仲間この日は、いきつけの居酒屋で仕事仲間とテーブルを囲みました。本田さん
    「情報交換もあって、なかなか大切な時間かなと思います。交流って漁師にとって1番大事なことなので。すごく楽しいですよ、ほっとするというか」店は本田さんが魚を卸している取り引き先でもあります。メインは本田さんがとったタイ。仕事の話にたあいのない話、魚をあてに酒と話が進みます。本田さんは、中学から大学まで福岡県で学生生活を送りました。本田さん
    「大学では、経済学と法律のことを勉強しました。ちょっと不動産のほうは考えたんですけど、やっぱり魚に携わる仕事をしたいなぁと思って」Uターン後、仕事の厳しさを教えてくれたのは父親の幸則さんでした。
    漁の師、父の背中を追う
    本田さん
    「父親から教えられたことで、船の扱い方が1番心に残ってますね。1つ間違えただけでいろんなもんが飛んできたので…それが1番心に残ってます。父親はもう追いつけない存在ですね。親を超えることってなかなか難しいというか、無理やなって思うし」父親は師匠であり、一番応援してくれる人でもあります。本田さん
    「僕はもう体が動かなくなるまで漁師を続けたいなと思います。それが漁師だと思ってるし」
    そんな本田さんを仲間は…
    下関市の職員
    「一番最初に携わった仕事でお会いした漁師さんなので、自分の中でもすごく印象に残っていて。自分としてはすごく大事にしている人ですね」
    別の下関市の職員
    「これから地元を代表する漁師さんになってほしいなと僕は思ってます」
    同期の漁師
    「やっぱり若い人らが力を上げていかないと、水産業っていうのは衰退していくと思うので。お互いライバルじゃないけど、一生懸命やっていける連れかなって感じですね」仕事を通じて出来た仲間は、本田さんの大きな財産です。
    危険・重労働でも「漁師は天職」
    ~魚の魅力伝え、ブランド化目指す
    本田さんには、夢があります。本田さん
    「目標は、実際のところどんどん魚が少なくなっていくので、今とれた魚を上手に締めて、価値を付けてブランド化させたいというのが目標ですね」朝市などで、魚のおいしさを伝える活動を続けています。
    漁師は、決して楽な仕事ではありません。本田さん
    「危険なこともあります。定置網はわりと強風やしけには強いので、しけの日に行ったりすることもあるので。そのときはすごく神経も使うし、重労働だし、普通以上に大変ですね。怖い目にもあうし」それでも、「漁師は天職だ」と語ります。本田さん
    「漁師が少なくなっていく中で、重宝されていくというのもあるし、なんて言えばいいかな…僕は天職かなって思いますね。ブランド化など、いろいろと幅広くやっていけるので」夢に向かって…本田さんの漁師人生はこれからも続きます。
    詳細は NEWS DIG でも!↓
    newsdig.tbs.co.jp/articles/ty...

КОМЕНТАРІ • 2

  • @user-ov6il4qg4d
    @user-ov6il4qg4d 2 місяці тому

    何処の漁協も何かかんか悪質な事してると思う 知ってる方はどんどん言って下さい

  • @user-ec6wy6bs6y
    @user-ec6wy6bs6y 2 місяці тому +1

    頑張って下さいよ!若い者が漁師をするのには期待してますよ!未だ75歳で現役で頑張って居るけど沖に出ると未だ若い衆ですよ!一人乗りみたいだから作業には気を付けて足元には特に!😊