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結局32分全部見てしまった。千代の富士の入幕から初優勝までのかなりの苦労と成長が見れるいい動画でした…
昭和56年初場所は今でもよく覚えている。午後4時頃に東西力士の土俵入りがあるが、連日、千代の富士への注目、歓声はもの凄かった。そして、千代の富士の初優勝で日本はお祭り騒ぎとなった。初優勝の翌日、中学の校長が朝礼で千代の富士を褒めたたえていたが、校長の話で記憶に残っているのはその日だけだ。
千代の富士関の相撲を見ていると、熱いものが、込み上げてきます。素晴らしい!
自分の弱点である、脱臼を、 筋肉を付けて守る方法を、編み出して、ますます強くなっていった凄い努力家ですね。
千代の富士カッコいい~この時代の相撲が一番見ていて楽しかったです✨みんなそれぞれ個性があって良かったです🤭
北の湖に最後勝ったとこで泣きそうになってしまった。カッコいいな〜千代の富士!子供の頃の憧れですた🥺
憧れとかあるわけないですよねw年齢詐称ですからw😅
30年以上経った今見ても鳥肌がたつ。千代の富士カッコ良かったな~
昭和、平成の大横綱7人の中で一番強いのは千代の富士と答えた人が多かった。
お家に帰ったら、まずは爺ちゃんと相撲を見ていました。ウルフが初優勝した時も見ていました。強かった。今の横綱はヨタヨタしながら、やっとのこと勝ってる。その差は歴然。
照ノ富士はそれなりによく、幕下まで落ちて、大関復帰して、横綱昇進した。9回優勝した。名横綱の仲間入りは果たしたと言って良い。やはり、強い。だが、20回以上の優勝は?大横綱は?令和6年2024年2月6日
白鵬よりも勝負強い。
@@育ち島 昭和56年1981年の1月場所の北の湖対千代の富士戦を見て熱烈になった。輪湖時代から千代の富士時代に変わったと言って良いだろう。
圧倒的に強い力士がいない今とは違い、圧倒的に強い人が一人だけという白鵬時代とも違い、「強い人ばっかりだった」時代に、もまれながら信じられない努力を続け、頂点に上り詰めた千代の富士。声援の反響音がすごい蔵前国技館、そしてお客さんたちもそれぞれの強さを知っているだけに、熱狂の仕方が半端じゃなかったですよね。
18:25 😊
私は横綱になってから勝つだけのイメージしかない千代の富士しか知らないから、こんなに負けている姿は新鮮で、一筋縄ではいかない土俵人生だったのだと途中から涙が止まりませんでした。リアルタイムで相撲が観れたことを感謝します。
やっぱり前頭の頃は細い感じだね。脱臼を克服するためにビルドアップして、往年の知られるウルフ千代の富士が誕生したのだと思うと感動すら覚える😊
幼い頃から千代の富士が大好きで、夕方5時半頃になると祖母の傍に座り、千代の富士の一番を固唾を呑んで観ていました。高く上がる美しい四股、乱れないまわし、鋭い眼光引き締まった美しい筋肉、、、全てが憧れ。インターネットが普及し、初めて検索した動画は千代の富士の土俵入りでした。大好きでした。
TV等で千代の富士の映像が流れると強い場面ばかり。強い力士にもまれて負けを繰り返しながらも着実に実力を上げていくこの動画はファンにとって貴重なものです。あの小さい体で上り詰めた努力がここに詰まっている。
千代の富士貢さんかっこいい横綱です。亡くなった時は悲しかったです。最高の横綱千代の富士安らかに
天龍さんとの取り組みが見られるなんて思いもしなかった。こんなに細かったけ?小学校5年位に良く見てた。のちに筋肉の鎧を付けて大横綱に成ったんだから、本当に努力人でしたね。いい動画を拝見させて頂きました。
千代の富士の取り組みをリアルタイムで見れて幸せだった
横綱になってからも好きだけど、小結関脇から大関へ駆け上がって行く若武者の千代の富士もすごく好き。
千代の富士、子供のころのあこがれだったやっぱりすごい
1:03 ❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤🎉❤❤😢❤😢❤😢❤😢😢😅❤😅❤❤❤❤❤ 3:46 ❤❤ 3:46 ❤ 3:46 ❤ 3:46 ❤ 3:46 ❤ 3:46 ❤ 3:46 3:47 😅けなねねはえねねねねはひあいあいえ😢❤😢❤😢❤😢😢😢❤😢❤😢❤❤😢❤❤😢😢❤❤😢😢😢❤❤😢❤
後半になるにつれパワー、スピード、技が強くなるのが良くわかる楽しい動画ですね
完成された千代の富士ではなく、苦労して自分の形を作りながら強くなっていくのが素晴らしいです。勇気をもらえます。特に最初はまったく勝てなかった琴風に対しても千代の富士の形ができた後は圧倒していくのが痛快です。
1:00
千代の富士関は前頭の頃から見てました。当時は体もとても華奢で。でも闘志は人一倍で、仕切りの時も絶対に自分から目を逸らしませんでしたね。長時間睨み合いが続いて会場が湧いたこともありました。四股も高く足を上げ、それもまた会場を沸かせました。横綱になってからはそのような睨み合いをすることもなく、人格が備わっておられました。体格もムキムキになられて。応援していた前頭時代、まさかこのような大横綱になられるとは思ってもいませんでした。小結あたりから急激に強い力士になられたなという印象を持っています。
千代の富士が出世街道をひた走っている時代は、輪島、北の湖、二代目若乃花、貴ノ花と、華のある役者が揃っているからすごく見ごたえがあるよね。
相撲とは全く関係ない話になるけれど、彼の次女である“梢さん”は、『何じゃこりゃ~~の息子』と🔔💏🔔してるし。(笑)
他に三重ノ海、魁傑、旭国、大受、2代目増位山、高見山、鷲羽山、黒姫山、麒麟児、富士桜、金剛、青葉城、青葉山、2代目栃光、北瀬海などもいた。輪湖時代から千代の富士時代へと移って行く。。
隆の里は千代の富士時代になってから横綱昇進している。対千代の富士戦16勝12敗と勝ち越している。
隆の里と少なくとも二番、取り直しか千代の富士有利で取り直しであるべき相撲があった。これに同部屋の若乃花も同様の相撲がある。取り直しになればスピード、スタミナで勝る千代の富士がほぼ勝つだろう。当時の検査役にいた親方たちの心証は千代の富士に対して非常に悪かった様だ。そして師匠の北の富士も孤立を恐れず九重部屋大繁栄にまい進。この二番をモノにしてたら大鵬の優勝回数を上回った可能性は強い。また相撲マスコミも隆の里をおしん横綱として讃えたが、番記者連中は尊大な隆の里を嫌う者が多かった。千代の富士が54連勝を掛けて大乃国と対戦した時、大乃国は異常な闘志を燃やして粘って押し倒して勝ったのだが、親方衆は大乃国応援一方、それ行け!との大合唱だったそうだ。その場は親方衆がいる仕事場の様な場所らしい。大乃国はこの勝利にある様な闘志を他の一番で見せた事もなく、小錦に弱くて無様に土俵内外で転ばされたり、勝つときははたき込みの様な引き技ばかり「向こうは引くだけ」と小錦に言われたり板井に無様に張り手一発で倒されたりする弱い横綱として記憶される。恐らく腰かどこかに痛みをずっと抱えていたと思われる。その他には睡眠時無呼吸症候群で集中力も欠いたようだ。 千代の富士はこの一番を勝てば次場所で全勝優勝なら69連勝。当時の無双ぶりから可能性が大きかった。千代の富士はこの敗戦がショックだったようで翌場所は振るわなかったと記憶してる。小さい横綱としても知られるが、その小ささは幕内平均に比べた場合は群を抜いて小さく、30キロ以上軽量だろう。初代横綱若乃花は179センチと幕内平均175~6よりむしろ大きい。体重も105キロは幕内平均が120キロ台だから体力的に一気に持っていかれることも殆どないが、千代の富士は稽古場で滅多に負けない朝潮や小錦にしばしば敗戦連敗も多かった。今の力士だと一回り大きくすれば大関霧島になる。霧島、豊昇竜は今後も体重増は絶対に必要だそうだが、それは下半身中心に筋肉でつけるべき。そのためには四股鉄砲ぶつかり稽古に加えてウエトレと回復日を設けるべき。相撲の稽古は厳しくて激しいので回復日を設けて遊ばず出かけず飲まずと週休二日制が必要だろう。現役中は力士は苦行僧同様の生活をしなければ、故障に苦しみ力士以後の生活も苦しく短命になる。伊勢ケ浜親方は分かっている様だが、今は男は40代になって初婚と言うのも多いのでブラック企業だと思えば力士の苦行僧生活などそれほどの物ではない。伊勢ケ浜親方は現役中に膵臓を患い優勝4回の短命横綱だったが近大も中退。暫く社会人をやって相撲界に入ったので相撲界の因習にも批判的らしい。力士も大卒が多くなり不合理なしきたりは改善される様だが大卒親方は自分が大卒なのに、有望な中卒力士が欲しい。何故なら横綱になるには長い間のハードトレーニングとそれに耐えうる体力と体格を持った若い力士でないと出来ないから。このところ横綱になる力士はモンゴル人だが朝青龍と照ノ富士が高卒。他の力士は中卒。日本人力士は稀勢の里が中卒、若貴兄弟は高校中退など大卒からは輪島以来出ていない。大の里は従って横綱になれないだろう。
もう一人忘れてはいけないのは大潮がいた。当時の出場回数が1番の記録していた。
やっぱ歴代力士で千代の富士が1番サイコーに良いね!
昭和55年以降、どんどん三角筋と僧帽筋がデカくなってきて体格が変わってる。こんなふうに千代の富士の陰での努力を時系列で見られるのは面白いし、嬉しいね。また、やっぱり小兵ならではのスピードが凄い。咄嗟の動きにとんでもないセンスを感じる。ボクシングとかの打撃系格闘技でも大成しそう。いやあ、やっぱ流石、としか言いようがない。
同じような体型で足腰の良い千代の富士と貴ノ花,がっぷり四つに組んでつり合い寄り合いから外掛けの応酬で懸命に堪える相撲は今の時代では見られないですね!当時を知らない私が見ても興奮するので場内が大歓声になるのも頷けます👏👏👏
倒れる相手を馴れ合わない程度に起こしてあげるのがとても紳士的
ですね✨見ていてすごく気持ちがいいです✨
昔の横綱はみんなそうでしたよ昔はね・・・
小学生の頃毎年家族で札幌巡業を見に行ってました。千代の富士さんを見た時品のある綺麗なお相撲さんだなーと思った記憶があります。その頃は言葉が思いつかないので五月人形みたいなお相撲さんと言っていました
決して順風満帆ではなかった軽量力士が、「相撲が変わった」「少々のことでは崩れなくなった」など、歴史的な大横綱に上り詰めた成長過程がよくわかります。素晴らしい編集です。
クライマックスの北の海との優勝決定戦を頂点に、手に汗握る取り組みについ見入ってしまいました。倒した相手に常に手を差し伸べる千代の富士。なんと紳士であることか。まさに大横綱に相応しい力士でした。そして、千代の富士の土俵入りは相撲の歴史上最も美しい土俵入りでした。
本当にこの時代の大相撲は見ごたえがありました。小学生だった私が夢中になって千代の富士の相撲を楽しみに観てたことを思い出します。北の湖も凄く強かったけど、千代の富士がグングン力をつけて、前みつを取って一直線に走る速攻相撲を確立させ、横綱まで駆け上がっていった姿は、頼もしい限りでした!
顔が綺麗ですよね芸者さんや歌舞伎さんみたいな整いですね運よく私は千代の富士さんが現役時代の世代でいつも見惚れていました強引な投げが肩を完全に壊しましたよねそこからの強烈な筋トレでウルフ覚醒しましたね
最高の編集ありがとうございます。小兵力士が不世出のアスリート横綱に上りつめていく過程に痺れっぱなしです。
千代の富士ってなんか今観ても凄い。しかも土俵下に投げ飛ばした力士に必ず手を指し伸ばす礼儀の良さに感心する。今の相撲は相手が土俵を割ってるのにダメ押し的に突き出してるのにこの頃は「礼」というものを感じさせる強い力士だったんだねって今更ながら思います。。
千代の富士は永遠のヒーローです。
おそらく千年に一度現れるスーパースター。千代の富士の現役時代を観れた好角家が本当に羨ましい。
大鵬、北の湖、貴乃花、朝青龍、白鵬は早年型。千代の富士は晩年型。
初優勝した昭56年初場所はリアルタイムで観てましたが記憶と違って結構攻め込まれてからの逆転勝ちが多いですね。それにしてもお客さんの歓声が凄い。またこういう時代が来ることを待望してます。
私もこの場所から相撲にハマりました!盛り上がりましたね‼️ついこの間の気がします😅😅
この小手投げ覚えてるわ~。てか思い出すと千代の富士が下剋上してた時が一番見てた
十四勝一敗の優勝でも、昭和56年初場所はどの相撲も「必死になっての攻め」の相撲で「関脇の相撲」な感じ。しかし翌春場所は格下には、受けて立つの余裕が見える「大関の相撲」になっている感じ。負けた相撲の蔵間戦でもそれは見られる気がします。
もうオワコン化まっしぐらだから無理
男前で小さいのに異次元の強さ。今日はどう勝つんだろう?とTV見てた記憶がある小さいころ見てた千代の富士はまさに強さの象徴だったな、背中がたまらなく格好いい
生まれる前のことですけど、最後の優勝に感動しました!!固唾を呑んで見入ってしまいました。自分より大きな体格の力士に向かっていくところや、倒した後の気遣いもかっこいいです。
昭和40年ぐらいから大相撲を見てますが、相撲が一番注目されたのは千代の富士の初優勝の時と平成になってからの若貴の躍進でした。決定戦で千代の富士が北の湖に勝った一番は個人的に一番興奮した一番です。
素晴らしい動画。見応え充分。言う事無し。こんな動画を本当にありがとう!!
昭和56年初場所のウルフフィーバーはほんと凄かった。小坊低学年だったけど、いまでもハッキリと覚えてる。
決定戦で千代の富士が勝った時の興奮は忘れられない。それにしても北の湖は強かった。
こんな動画 リアルタイムで観れて嬉しい 千代の富士の全てが大ファンな1人 脱臼癖を周りに鎧の筋肉をつけて相撲内容も前ミツを取るようなガラリと変え一気に出るようになって強くなった小さいながら立ち合いも正面から当たるスピードはさすが陸上をやってただけのことがある こんな全てが完璧な漫画みたいな力士はまず出てこないだろう惜しむのはガンに勝てなかったこと 若すぎる 本当に今の相撲は相撲じゃない 肥え過ぎで技も見につかないだろう 何んの魅力無しで見ない
千代の富士の強さを八百長という人、ほんと許せない
倒した相手に手を差し伸べる。かっこいいなぁ。
昭和54年の脱臼後、再登場したときに全く体つきが変わった姿に、えっとびっくりしたのを覚えている。天性の運動神経に加え自己の弱点を補う技術と肉体を備えたその姿はやはり子供心にもなんとなく伝わったのだろう。それにしても若い頃の無鉄砲な相撲にしても円熟した正攻法の取り口にしても千代の富士の相撲は格好いい!
相撲界ではガリガリガリクソンと言われた筋肉質の漢がのしあがる様は涙無くして見れませんよ😭本当にありがとう😹千代子
観客の歓声が素晴らしいです。負けても、笑顔で拍手をされたり。勝ち負けではない、満足感に満ち溢れた。そんな観客の反応が大好きです。
😅
?ん
lp
負けても笑顔とか、それを素晴らしいと感じるから日本人は世界で勝てない
熱い時代の熱い取り組み!記憶が蘇り、拳に力が入る!21インチだったか家族全員で見入ってましたねえ。相撲は当時全然興味なかったのに千代の海だけを見るためにプラモも作らず早めにTVの前に座って待ってました。思えば千代の海さんが僕を相撲の面白さを教えてくれた人物だった。現在56歳。家族みんなまだ元気だったころの記憶もあり涙が溢れてもう一度あのころに帰りたい・・。
千代の海って誰やねん笑
こんな男が出てきたら人気が出ないわけがない当時ほとんどの人が千代の富士を応援してたな。
懐かしい力士に鳥肌が立ちました。今の相撲にはない迫力、技の凄さ、とにかくあっぱれです。こんな大相撲が観られて感無量です。
NHKも見せてくれない貴重な映像。どうもありがとうございます。
横綱 大フォンでした 体小さいのに物凄く 強かったです。ありがとうございます
ほんと相撲が面白い時代だった。
若貴影は千代の富士のこの立合を参考にすべきでしょう。立合に、相手と当たり合おうとするのではなく、相手より低くツッコみ前褌を引き相手の腰を浮かせれば軽量でも、当たってから「一発目の吹っ飛ばされ」は無くなります。
人生が面白い時代だった。
部屋頭の北瀬海が引退して、千代の富士と影虎の二人で九重部屋をしょっていた頃。私は周りがなんと言おうと、この頃の千代の富士を応援していましたね。優勝した時はそりゃ嬉しかったですよ。
四股を踏むときに足を高く上げて実に美しい。取組後、勝っても仏頂面が多い力士の中で、勝ってホッとしたような微笑みを浮べる姿が好きでした。新入幕当初はほんとに華奢でまさかあのような大横綱になるなんて思いもしませんでしたが・・・。それにしても先日に断髪したあの横綱のようなカチ上げもないし、正攻法の相撲ですね。この動画を見て気づいたのですが、千代の富士って倒れた相手に手を貸していますね。その姿が新鮮に感じました。千代の富士が優勝した時に先代の貴乃花が引退したんでしたっけ???
最後の北の湖との本割りと決定戦は、千代の富士物語の最後のシーン。松山千春さんの『燃える涙』が流れて最後の勝ったシーンはホントに泣けてきた。また見たいな。
素晴らしい編集です✨✨ありがとうございます🎉✨😆✨🎊
千代の富士の取組はワクワク感が堪りません。筋肉質で理想のその姿は美しすぎる佇まいです。立ち合いも間違いなく土俵に手をつき、ズルをしない確かさ。懸賞の受領所作も美しい手刀!どこから見ても力士として完璧なまでの姿は、その後を追う力士が見当たらないのが不思議! 今の力士の育て方作り方が何かが間違っていると思えてなりません。体重ばかり気にしすぎ、無駄に太り重さで圧倒するだけに見える、押し突きに終止する単調な取り口は実に魅力に乏しいと言うしかありません。回しの取り合いの前捌きや四十八手と言われる技の応酬の相撲本来のワクワク感を早く取り戻して欲しいものです。宇良関位しか業師と言われるような関取がいないのは相撲界の後退に思えて寂しい限りです。
最後の最後で、涙が出ました。懐かしいけど、今も心に残っている光景ですね。
土俵から落ちた力士に手を差し伸べる心優しきウルフ。子供の頃、相撲好きのお祖母ちゃんとよ~~~~~く見てました。
輪島との一番は今の相撲とはかなり違いますね。仁王のような輪島と、ボディビルダーのような千代の富士、がっぷり組み合った二人の姿が美しい。
懐かしい。千代の富士が初優勝した時、私は小学2年位だったかと思います。当時の北の湖は本当に強くて憎まれるほど強いと言われていました。この頃から左前みつを取って自分の形にしていく相撲に変わって一気に横綱まで駆け上がっていきましたね。寄り切りというよりまるで走って相手を土俵に押し出している感じですね。
現代の大相撲とは何から何まで違って面白い!この後も、隆の里や北天佑、小錦や大乃国などと熱戦を繰り広げてくれた功労者ですね。
55年秋場所に廻しの色がそれまでの紫から水色に変わったのですが、それと共に身体が一回り大きくなって地力が着いた印象です。
この時代の歴史は、それぞれが個性があって、ほんとに良い時代でした。
初優勝の相撲、見てました!北の湖を破った相撲は忘れません!
晩年の不遇が悲しくてなかなか思い返すことができません。しかし、この頃は他の力士も凄かった。私にとっての役者が揃うとは正にこの頃だったかと思います。 千代の富士の引退により大相撲は見なくなった。それにしても理事長の北勝海がいながら何で九重親方を守れなかったのか?華のある力士がいれば自然に相撲人気が出てくるでしょうが、旧態依然のままだとそろそろ終わりが近づいているのかも知れませんね。
隣街の出身です!当時、親父がこんなに足を力士はいない。と毎試合食い入るように見てました😊
上げるが抜けた!
私は、千代の富士関が唯一無二の横綱だったことで相撲を好きになりました。一番印象深い取り組みは、53連勝の最初の花の湖関戦ですね。土俵際の突き落としで勝利した取り組みでしたが、あの時から53連勝が始まったのだと思うと、とても印象深い取り組みでした。
相撲が人気あった頃、老若男女誰もが好きな1番カッコよくて、1番強い完璧な力士でした。
昭和55年秋~九州~56年初は千代の富士のベストパフォーマンス。初優勝を蔵前で目撃したのはアタシの宝。神風さんの解説も良いね!
Hola, solo venia a saludar, me gusta mucho su cultura, soy de America del Sur, Ecuador. Saludos
当時の千代の富士は居並ぶ力士の中でも美しいの一言しかない。大相撲はモンゴル勢を入れてから急激に品も相撲も落ちてしまった。こんなに小さい身体なのに四ツに組んで相撲を取る真っ向勝負が気持ちよかった。
力士としては決して大きいとは言えない体格で、メチャクチャ強い…あと見た目も脂肪いっぱいって感じじゃなくてしまっててかっこいいなあ
小学校の高学年、中学生で見ていました。この頃が一番、相撲が面白かった頃だと感じています。
同じ事考えてると思ったら、俺じゃん!!
この頃の相撲は子供の時ながら、よく楽しみに相撲を見てた!華やかで強力な沢山のスター相撲取り達がいて最高に面白かった! 本当の意味での大相撲でした!
あの時は、千代の富士が見たくて相撲を見ていた。鍛え上げた体で、スゴい動きだった。
千代の富士は無様に負けねえからいいよな!
千代の富士を見ていると、背筋が伸びるよね。昔、北海道旅行した時に函館空港で、親方になった千代の富士がエスカレータに乗って上がっていくのを見つけてじーっと見つめていたら、キッと睨まれた。なんかとても嬉しかった。このころの大相撲が懐かしいし、千代の富士にはもっと長生きして欲しかったとつくづく思います。
勝った後必ず相手に手を差し伸べて引き起こしてあげるのがいいですね
土俵に叩きつけ土俵外に突飛ばししかし勝負着いた後の駄目出しはせず手をさしのべるこの頃はまだ強者の品格美学が有ったよな今見て清々しい
初優勝した昭和56年初場所。春場所に大関に昇進。そして、夏、名古屋と連覇して横綱に!初場所に関脇だったのに、1年足らずで横綱まで一気に駆け上がったのは凄いの一言。
連覇はしていません。夏場所は北の湖が優勝しています。
@@ガミさん-t5u そうでした!また間違ったか!すみませんでした。
俺達世代のヒーローでした。😊昭和43年生まれの男で好き🎉
勝利之後會立刻收手保護對手,令人敬佩的橫綱
千代の富士関を観ると勇気もらいますね😂
立会後の一礼で髷が必ず乱れている。即ち、しっかりと例を行っている証かと。素晴らしいです。
現在は時間いっぱいから、たちあいまでの時間が長すぎる。昭和平成初期のパッと立つ感じに戻ってほしい。現在は往生際が悪いように思えてしまう。この時代は塩を巻く所作から仕切りの所作からなんでも美しかった。
この映像の時代の 力士さんは全て強い レベルが高かったです💪💨
小学生のとき、町のお寿司屋さん(回らない)でイクラを食べながら千代の富士を応援していた匂いを思い出します。懐かしいです😭
体躯では無く真の力を持った力士。もう現れないだろう
>>16:28この行司さんの声懐かしい。なんて言ってるのか分からない、独特のリズム。今見ると、動きが止まっているときは無言で、動き出すとアノリズムが始まるんだね。なかなかの演出家ぶりだな。
輪島さん、北の湖さんは強いですね。💪
見ているこっちにまで力が入っちゃうようないい相撲が多かったな・・・
産まれる少し前ですが、こんなにも千代の富士は強かったんですね。とってもスマートなのに、とっても強い!かっこいい!
見ている側も力が入る今、こういった力士はいないし今後も現れないな
初優勝の取り組みは、テレビで見てたことを今でも覚えてる。当時は両親も健在で、みんなで歓声挙げたなぁ。。貴花田と同い年だけど、やっぱり私の世代のヒーローだったな。この頃に戻りたい…
やっぱりウルフはカッコイイ!北海道民の誇りです!
この時代の相撲は好きだったな👍👍👍ウルフ最高だった👍👍👍皆さん強かったし
本当にかっこいい。小さいけど、大きな力士を投げたり、寄り切ったり史上最高のお気に入り力士´ᴗ`
当たり前の事なんだけど、千代の富士にも前頭だった時があったんだよなぁ…自分が物心ついた頃から大横綱だったから昔の映像を見ない限り想像がつかなかったわ
私の中での横綱は「千代の富士」だけです! あの頃は千代の富士が見たくて相撲見てましたね。まだ小学生の頃かな😊 あの筋肉の鎧は凄かった❗
結局32分全部見てしまった。
千代の富士の入幕から初優勝までのかなりの苦労と成長が見れるいい動画でした…
昭和56年初場所は今でもよく覚えている。
午後4時頃に東西力士の土俵入りがあるが、連日、千代の富士への注目、歓声はもの凄かった。
そして、千代の富士の初優勝で日本はお祭り騒ぎとなった。
初優勝の翌日、中学の校長が朝礼で千代の富士を褒めたたえていたが、校長の話で記憶に残っているのはその日だけだ。
千代の富士関の相撲を見ていると、熱いものが、込み上げてきます。素晴らしい!
自分の弱点である、脱臼を、 筋肉を付けて守る方法を、編み出して、ますます強くなっていった凄い努力家ですね。
千代の富士カッコいい~この時代の相撲が一番見ていて楽しかったです✨みんなそれぞれ個性があって良かったです🤭
北の湖に最後勝ったとこで泣きそうになってしまった。カッコいいな〜千代の富士!子供の頃の憧れですた🥺
憧れとかあるわけないですよねw
年齢詐称ですからw😅
30年以上経った今見ても鳥肌がたつ。千代の富士カッコ良かったな~
昭和、平成の大横綱7人の中で一番強いのは千代の富士と答えた人が多かった。
お家に帰ったら、まずは爺ちゃんと相撲を見ていました。ウルフが初優勝した時も見ていました。強かった。今の横綱はヨタヨタしながら、やっとのこと勝ってる。その差は歴然。
照ノ富士はそれなりによく、幕下まで落ちて、大関復帰して、横綱昇進した。9回優勝した。名横綱の仲間入りは果たしたと言って良い。やはり、強い。だが、20回以上の優勝は?大横綱は?令和6年2024年2月6日
白鵬よりも勝負強い。
@@育ち島 昭和56年1981年の1月場所の北の湖対千代の富士戦を見て熱烈になった。輪湖時代から千代の富士時代に変わったと言って良いだろう。
圧倒的に強い力士がいない今とは違い、圧倒的に強い人が一人だけという白鵬時代とも違い、「強い人ばっかりだった」時代に、もまれながら信じられない努力を続け、頂点に上り詰めた千代の富士。声援の反響音がすごい蔵前国技館、そしてお客さんたちもそれぞれの強さを知っているだけに、熱狂の仕方が半端じゃなかったですよね。
18:25 😊
私は横綱になってから勝つだけのイメージしかない千代の富士しか知らないから、こんなに負けている姿は新鮮で、一筋縄ではいかない土俵人生だったのだと途中から涙が止まりませんでした。リアルタイムで相撲が観れたことを感謝します。
やっぱり前頭の頃は細い感じだね。
脱臼を克服するためにビルドアップして、往年の知られるウルフ千代の富士が誕生したのだと思うと感動すら覚える😊
幼い頃から千代の富士が大好きで、夕方5時半頃になると祖母の傍に座り、千代の富士の一番を固唾を呑んで観ていました。
高く上がる美しい四股、乱れないまわし、鋭い眼光引き締まった美しい筋肉、、、全てが憧れ。
インターネットが普及し、初めて検索した動画は千代の富士の土俵入りでした。大好きでした。
TV等で千代の富士の映像が流れると強い場面ばかり。強い力士にもまれて負けを繰り返しながらも着実に実力を上げていくこの動画はファンにとって貴重なものです。あの小さい体で上り詰めた努力がここに詰まっている。
千代の富士貢さんかっこいい横綱です。亡くなった時は悲しかったです。最高の横綱千代の富士安らかに
天龍さんとの取り組みが見られるなんて思いもしなかった。こんなに細かったけ?小学校5年位に良く見てた。のちに筋肉の鎧を付けて大横綱に成ったんだから、本当に努力人でしたね。いい動画を拝見させて頂きました。
千代の富士の取り組みをリアルタイムで見れて幸せだった
横綱になってからも好きだけど、小結関脇から大関へ駆け上がって行く若武者の千代の富士もすごく好き。
千代の富士、子供のころのあこがれだったやっぱりすごい
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後半になるにつれパワー、スピード、技が強くなるのが良くわかる楽しい動画ですね
完成された千代の富士ではなく、苦労して自分の形を作りながら強くなっていくのが素晴らしいです。勇気をもらえます。
特に最初はまったく勝てなかった琴風に対しても千代の富士の形ができた後は圧倒していくのが痛快です。
1:00
千代の富士関は前頭の頃から見てました。
当時は体もとても華奢で。
でも闘志は人一倍で、仕切りの時も絶対に自分から目を逸らしませんでしたね。
長時間睨み合いが続いて会場が湧いたこともありました。
四股も高く足を上げ、それもまた会場を沸かせました。
横綱になってからはそのような睨み合いをすることもなく、人格が備わっておられました。
体格もムキムキになられて。
応援していた前頭時代、まさかこのような大横綱になられるとは思ってもいませんでした。
小結あたりから急激に強い力士になられたなという印象を持っています。
千代の富士が出世街道をひた走っている時代は、輪島、北の湖、二代目若乃花、貴ノ花と、華のある役者が揃っているからすごく見ごたえがあるよね。
相撲とは全く関係ない話になるけれど、彼の次女である“梢さん”は、『何じゃこりゃ~~の息子』と🔔💏🔔してるし。(笑)
他に三重ノ海、魁傑、旭国、大受、2代目増位山、高見山、鷲羽山、黒姫山、麒麟児、富士桜、金剛、青葉城、青葉山、2代目栃光、北瀬海などもいた。輪湖時代から千代の富士時代へと移って行く。。
隆の里は千代の富士時代になってから横綱昇進している。対千代の富士戦16勝12敗と勝ち越している。
隆の里と少なくとも二番、取り直しか千代の富士有利で取り直しであるべき相撲があった。これに同部屋の若乃花も同様の相撲がある。取り直しになればスピード、スタミナで勝る千代の富士がほぼ勝つだろう。当時の検査役にいた親方たちの心証は千代の富士に対して非常に悪かった様だ。そして師匠の北の富士も孤立を恐れず九重部屋大繁栄にまい進。この二番をモノにしてたら大鵬の優勝回数を上回った可能性は強い。また相撲マスコミも隆の里をおしん横綱として讃えたが、番記者連中は尊大な隆の里を嫌う者が多かった。
千代の富士が54連勝を掛けて大乃国と対戦した時、大乃国は異常な闘志を燃やして粘って押し倒して勝ったのだが、親方衆は大乃国応援一方、それ行け!との大合唱だったそうだ。その場は親方衆がいる仕事場の様な場所らしい。大乃国はこの勝利にある様な闘志を他の一番で見せた事もなく、小錦に弱くて無様に土俵内外で転ばされたり、勝つときははたき込みの様な引き技ばかり「向こうは引くだけ」と小錦に言われたり板井に無様に張り手一発で倒されたりする弱い横綱として記憶される。
恐らく腰かどこかに痛みをずっと抱えていたと思われる。その他には睡眠時無呼吸症候群で集中力も欠いたようだ。
千代の富士はこの一番を勝てば次場所で全勝優勝なら69連勝。当時の無双ぶりから可能性が大きかった。千代の富士はこの敗戦がショックだったようで翌場所は振るわなかったと記憶してる。
小さい横綱としても知られるが、その小ささは幕内平均に比べた場合は群を抜いて小さく、30キロ以上軽量だろう。初代横綱若乃花は179センチと幕内平均175~6よりむしろ大きい。体重も105キロは幕内平均が120キロ台だから体力的に一気に持っていかれることも殆どないが、千代の富士は稽古場で滅多に負けない朝潮や小錦にしばしば敗戦連敗も多かった。
今の力士だと一回り大きくすれば大関霧島になる。霧島、豊昇竜は今後も体重増は絶対に必要だそうだが、それは下半身中心に筋肉でつけるべき。そのためには四股鉄砲ぶつかり稽古に加えてウエトレと回復日を設けるべき。相撲の稽古は厳しくて激しいので回復日を設けて遊ばず出かけず飲まずと週休二日制が必要だろう。現役中は力士は苦行僧同様の生活をしなければ、故障に苦しみ力士以後の生活も苦しく短命になる。伊勢ケ浜親方は分かっている様だが、今は男は40代になって初婚と言うのも多いのでブラック企業だと思えば力士の苦行僧生活などそれほどの物ではない。伊勢ケ浜親方は現役中に膵臓を患い優勝4回の短命横綱だったが近大も中退。暫く社会人をやって相撲界に入ったので相撲界の因習にも批判的らしい。力士も大卒が多くなり不合理なしきたりは改善される様だが大卒親方は自分が大卒なのに、有望な中卒力士が欲しい。何故なら横綱になるには長い間のハードトレーニングとそれに耐えうる体力と体格を持った若い力士でないと出来ないから。このところ横綱になる力士はモンゴル人だが朝青龍と照ノ富士が高卒。他の力士は中卒。日本人力士は稀勢の里が中卒、若貴兄弟は高校中退など大卒からは輪島以来出ていない。大の里は従って横綱になれないだろう。
もう一人忘れてはいけないのは大潮がいた。当時の出場回数が1番の記録していた。
やっぱ歴代力士で千代の富士が1番サイコーに良いね!
昭和55年以降、どんどん三角筋と僧帽筋がデカくなってきて体格が変わってる。こんなふうに千代の富士の陰での努力を時系列で見られるのは面白いし、嬉しいね。また、やっぱり小兵ならではのスピードが凄い。咄嗟の動きにとんでもないセンスを感じる。ボクシングとかの打撃系格闘技でも大成しそう。いやあ、やっぱ流石、としか言いようがない。
同じような体型で足腰の良い千代の富士と貴ノ花,がっぷり四つに組んでつり合い寄り合いから外掛けの応酬で懸命に堪える相撲は今の時代では見られないですね!当時を知らない私が見ても興奮するので場内が大歓声になるのも頷けます👏👏👏
倒れる相手を馴れ合わない程度に起こしてあげるのがとても紳士的
ですね✨
見ていてすごく気持ちがいいです✨
昔の横綱はみんなそうでしたよ
昔はね・・・
小学生の頃毎年家族で札幌巡業を見に行ってました。千代の富士さんを見た時品のある綺麗なお相撲さんだなーと思った記憶があります。その頃は言葉が思いつかないので五月人形みたいなお相撲さんと言っていました
決して順風満帆ではなかった軽量力士が、「相撲が変わった」「少々のことでは崩れなくなった」など、歴史的な大横綱に上り詰めた成長過程がよくわかります。素晴らしい編集です。
クライマックスの北の海との優勝決定戦を頂点に、手に汗握る取り組みについ見入ってしまいました。倒した相手に常に手を差し伸べる千代の富士。なんと紳士であることか。まさに大横綱に相応しい力士でした。そして、千代の富士の土俵入りは相撲の歴史上最も美しい土俵入りでした。
本当にこの時代の大相撲は見ごたえがありました。小学生だった私が夢中になって千代の富士の相撲を楽しみに観てたことを思い出します。北の湖も凄く強かったけど、千代の富士がグングン力をつけて、前みつを取って一直線に走る速攻相撲を確立させ、横綱まで駆け上がっていった姿は、頼もしい限りでした!
顔が綺麗ですよね
芸者さんや歌舞伎さんみたいな整いですね
運よく私は千代の富士さんが現役時代の世代でいつも見惚れていました
強引な投げが肩を完全に壊しましたよね
そこからの強烈な筋トレでウルフ覚醒しましたね
最高の編集ありがとうございます。小兵力士が不世出のアスリート横綱に上りつめていく過程に痺れっぱなしです。
千代の富士ってなんか今観ても凄い。しかも土俵下に投げ飛ばした力士に必ず手を指し伸ばす礼儀の良さに感心する。今の相撲は相手が土俵を割ってるのにダメ押し的に突き出してるのにこの頃は「礼」というものを感じさせる強い力士だったんだねって今更ながら思います。。
千代の富士は永遠のヒーローです。
おそらく千年に一度現れるスーパースター。千代の富士の現役時代を観れた好角家が本当に羨ましい。
大鵬、北の湖、貴乃花、朝青龍、白鵬は早年型。千代の富士は晩年型。
初優勝した昭56年初場所はリアルタイムで観てましたが記憶と違って結構攻め込まれてからの逆転勝ちが多いですね。それにしてもお客さんの歓声が凄い。またこういう時代が来ることを待望してます。
私もこの場所から相撲にハマりました!
盛り上がりましたね‼️
ついこの間の気がします😅😅
この小手投げ覚えてるわ~。てか思い出すと千代の富士が下剋上してた時が一番見てた
十四勝一敗の優勝でも、昭和56年初場所はどの相撲も「必死になっての攻め」の相撲で「関脇の相撲」な感じ。しかし翌春場所は格下には、受けて立つの余裕が見える「大関の相撲」になっている感じ。負けた相撲の蔵間戦でもそれは見られる気がします。
もうオワコン化まっしぐらだから無理
男前で小さいのに異次元の強さ。今日はどう勝つんだろう?とTV見てた記憶がある
小さいころ見てた千代の富士はまさに強さの象徴だったな、背中がたまらなく格好いい
生まれる前のことですけど、最後の優勝に感動しました!!固唾を呑んで見入ってしまいました。自分より大きな体格の力士に向かっていくところや、倒した後の気遣いもかっこいいです。
昭和40年ぐらいから大相撲を見てますが、相撲が一番注目されたのは千代の富士の初優勝の時と平成になってからの若貴の躍進でした。決定戦で千代の富士が北の湖に勝った一番は個人的に一番興奮した一番です。
素晴らしい動画。見応え充分。言う事無し。こんな動画を本当にありがとう!!
昭和56年初場所のウルフフィーバーはほんと凄かった。
小坊低学年だったけど、いまでもハッキリと覚えてる。
決定戦で千代の富士が勝った時の興奮は忘れられない。それにしても北の湖は強かった。
こんな動画 リアルタイムで観れて嬉しい 千代の富士の全てが大ファンな1人 脱臼癖を周りに鎧の筋肉をつけて相撲内容も前ミツを取るようなガラリと変え一気に出るようになって強くなった
小さいながら立ち合いも正面から当たるスピードはさすが陸上をやってただけのことがある こんな全てが完璧な漫画みたいな力士はまず出てこないだろう
惜しむのはガンに勝てなかったこと 若すぎる 本当に今の相撲は相撲じゃない 肥え過ぎで技も見につかないだろう 何んの魅力無しで見ない
千代の富士の強さを八百長という人、ほんと許せない
倒した相手に手を差し伸べる。かっこいいなぁ。
昭和54年の脱臼後、再登場したときに全く体つきが変わった姿に、えっとびっくりしたのを覚えている。天性の運動神経に加え自己の弱点を補う技術と肉体を備えたその姿はやはり子供心にもなんとなく伝わったのだろう。
それにしても若い頃の無鉄砲な相撲にしても円熟した正攻法の取り口にしても千代の富士の相撲は格好いい!
相撲界ではガリガリガリクソンと言われた筋肉質の漢がのしあがる様は涙無くして見れませんよ😭
本当にありがとう😹千代子
観客の歓声が素晴らしいです。負けても、笑顔で拍手をされたり。勝ち負けではない、満足感に満ち溢れた。そんな観客の反応が大好きです。
😅
?ん
lp
負けても笑顔とか、それを素晴らしいと感じるから日本人は世界で勝てない
熱い時代の熱い取り組み!記憶が蘇り、拳に力が入る!21インチだったか家族全員で見入ってましたねえ。相撲は当時全然興味なかったのに千代の海だけを見るためにプラモも作らず早めにTVの前に座って待ってました。思えば千代の海さんが僕を相撲の面白さを教えてくれた人物だった。現在56歳。家族みんなまだ元気だったころの記憶もあり涙が溢れてもう一度あのころに帰りたい・・。
千代の海って誰やねん笑
こんな男が出てきたら人気が出ないわけがない
当時ほとんどの人が千代の富士を応援してたな。
懐かしい力士に鳥肌が立ちました。今の相撲にはない迫力、技の凄さ、とにかくあっぱれです。こんな大相撲が観られて感無量です。
NHKも見せてくれない貴重な映像。
どうもありがとうございます。
横綱 大フォンでした 体小さいのに物凄く 強かったです。ありがとうございます
ほんと相撲が面白い時代だった。
若貴影は千代の富士のこの立合を参考にすべきでしょう。立合に、相手と当たり合おうとするのではなく、相手より低くツッコみ前褌を引き相手の腰を浮かせれば軽量でも、当たってから「一発目の吹っ飛ばされ」は無くなります。
人生が面白い時代だった。
部屋頭の北瀬海が引退して、千代の富士と影虎の二人で九重部屋をしょっていた頃。
私は周りがなんと言おうと、この頃の千代の富士を応援していましたね。
優勝した時はそりゃ嬉しかったですよ。
四股を踏むときに足を高く上げて実に美しい。取組後、勝っても仏頂面が多い力士の中で、勝ってホッとしたような微笑みを浮べる姿が好きでした。新入幕当初はほんとに華奢でまさかあのような大横綱になるなんて思いもしませんでしたが・・・。それにしても先日に断髪したあの横綱のようなカチ上げもないし、正攻法の相撲ですね。この動画を見て気づいたのですが、千代の富士って倒れた相手に手を貸していますね。その姿が新鮮に感じました。
千代の富士が優勝した時に先代の貴乃花が引退したんでしたっけ???
最後の北の湖との本割りと決定戦は、千代の富士物語の最後のシーン。
松山千春さんの『燃える涙』が流れて最後の勝ったシーンはホントに泣けてきた。
また見たいな。
素晴らしい編集です✨✨
ありがとうございます🎉✨😆✨🎊
千代の富士の取組はワクワク感が堪りません。筋肉質で理想のその姿は美しすぎる佇まいです。立ち合いも間違いなく土俵に手をつき、ズルをしない確かさ。懸賞の受領所作も美しい手刀!どこから見ても力士として完璧なまでの姿は、その後を追う力士が見当たらないのが不思議! 今の力士の育て方作り方が何かが間違っていると思えてなりません。体重ばかり気にしすぎ、無駄に太り重さで圧倒するだけに見える、押し突きに終止する単調な取り口は実に魅力に乏しいと言うしかありません。回しの取り合いの前捌きや四十八手と言われる技の応酬の相撲本来のワクワク感を早く取り戻して欲しいものです。宇良関位しか業師と言われるような関取がいないのは相撲界の後退に思えて寂しい限りです。
最後の最後で、涙が出ました。懐かしいけど、今も心に残っている光景ですね。
土俵から落ちた力士に手を差し伸べる心優しきウルフ。
子供の頃、相撲好きのお祖母ちゃんとよ~~~~~く見てました。
輪島との一番は今の相撲とはかなり違いますね。
仁王のような輪島と、ボディビルダーのような千代の富士、がっぷり組み合った二人の姿が美しい。
懐かしい。千代の富士が初優勝した時、私は小学2年位だったかと思います。当時の北の湖は本当に強くて憎まれるほど強いと言われていました。この頃から左前みつを取って自分の形にしていく相撲に変わって一気に横綱まで駆け上がっていきましたね。寄り切りというよりまるで走って相手を土俵に押し出している感じですね。
現代の大相撲とは何から何まで違って面白い!
この後も、隆の里や北天佑、小錦や大乃国などと
熱戦を繰り広げてくれた功労者ですね。
55年秋場所に廻しの色がそれまでの紫から水色に変わったのですが、それと共に身体が一回り大きくなって地力が着いた印象です。
この時代の歴史は、それぞれが個性があって、ほんとに良い時代でした。
初優勝の相撲、見てました!
北の湖を破った相撲は忘れません!
晩年の不遇が悲しくてなかなか思い返すことができません。しかし、この頃は他の力士も凄かった。私にとっての役者が揃うとは正にこの頃だったかと思います。
千代の富士の引退により大相撲は見なくなった。
それにしても理事長の北勝海がいながら何で九重親方を守れなかったのか?
華のある力士がいれば自然に相撲人気が出てくるでしょうが、旧態依然のままだとそろそろ終わりが近づいているのかも知れませんね。
隣街の出身です!当時、親父がこんなに足を力士はいない。と毎試合食い入るように見てました😊
上げるが抜けた!
私は、千代の富士関が唯一無二の横綱だったことで相撲を好きになりました。一番印象深い取り組みは、53連勝の最初の花の湖関戦ですね。土俵際の突き落としで勝利した取り組みでしたが、あの時から53連勝が始まったのだと思うと、とても印象深い取り組みでした。
相撲が人気あった頃、
老若男女誰もが好きな
1番カッコよくて、
1番強い
完璧な力士でした。
昭和55年秋~九州~56年初は千代の富士のベストパフォーマンス。初優勝を蔵前で目撃したのはアタシの宝。神風さんの解説も良いね!
Hola, solo venia a saludar, me gusta mucho su cultura, soy de America del Sur, Ecuador. Saludos
当時の千代の富士は居並ぶ力士の中でも美しいの一言しかない。大相撲はモンゴル勢を入れてから急激に品も相撲も落ちてしまった。こんなに小さい身体なのに四ツに組んで相撲を取る真っ向勝負が気持ちよかった。
力士としては決して大きいとは言えない体格で、メチャクチャ強い…
あと見た目も脂肪いっぱいって感じじゃなくてしまっててかっこいいなあ
小学校の高学年、中学生で見ていました。この頃が一番、相撲が面白かった頃だと感じています。
同じ事考えてると思ったら、俺じゃん!!
この頃の相撲は子供の時ながら、よく楽しみに相撲を見てた!
華やかで強力な沢山のスター相撲取り達がいて最高に面白かった! 本当の意味での大相撲でした!
あの時は、千代の富士が見たくて相撲を見ていた。鍛え上げた体で、スゴい動きだった。
千代の富士は無様に負けねえからいいよな!
千代の富士を見ていると、背筋が伸びるよね。昔、北海道旅行した時に函館空港で、親方になった千代の富士がエスカレータに乗って上がっていくのを見つけてじーっと見つめていたら、キッと睨まれた。なんかとても嬉しかった。このころの大相撲が懐かしいし、千代の富士にはもっと長生きして欲しかったとつくづく思います。
勝った後必ず相手に手を差し伸べて引き起こしてあげるのがいいですね
土俵に叩きつけ
土俵外に突飛ばし
しかし勝負着いた後の
駄目出しはせず手をさしのべる
この頃はまだ
強者の品格美学が有ったよな
今見て清々しい
初優勝した昭和56年初場所。
春場所に大関に昇進。
そして、夏、名古屋と連覇して横綱に!
初場所に関脇だったのに、1年足らずで横綱まで一気に駆け上がったのは凄いの一言。
連覇はしていません。夏場所は北の湖が優勝しています。
@@ガミさん-t5u
そうでした!
また間違ったか!
すみませんでした。
俺達世代のヒーローでした。😊昭和43年生まれの男で好き🎉
勝利之後會立刻收手保護對手,令人敬佩的橫綱
千代の富士関を観ると勇気もらいますね😂
立会後の一礼で髷が必ず乱れている。
即ち、しっかりと例を行っている証かと。
素晴らしいです。
現在は時間いっぱいから、たちあいまでの時間が長すぎる。昭和平成初期のパッと立つ感じに戻ってほしい。
現在は往生際が悪いように思えてしまう。
この時代は塩を巻く所作から仕切りの所作からなんでも美しかった。
この映像の時代の 力士さんは全て強い レベルが高かったです💪💨
小学生のとき、
町のお寿司屋さん(回らない)でイクラを食べながら千代の富士を応援していた匂いを思い出します。
懐かしいです😭
体躯では無く真の力を持った力士。
もう現れないだろう
>>16:28この行司さんの声懐かしい。なんて言ってるのか分からない、独特のリズム。今見ると、動きが止まっているときは無言で、動き出すとアノリズムが始まるんだね。なかなかの演出家ぶりだな。
輪島さん、北の湖さんは強いですね。💪
見ているこっちにまで力が入っちゃうようないい相撲が多かったな・・・
産まれる少し前ですが、こんなにも千代の富士は強かったんですね。とってもスマートなのに、とっても強い!かっこいい!
見ている側も
力が入る
今、こういった力士は
いないし
今後も現れないな
初優勝の取り組みは、テレビで見てたことを今でも覚えてる。
当時は両親も健在で、みんなで歓声挙げたなぁ。。
貴花田と同い年だけど、やっぱり私の世代のヒーローだったな。
この頃に戻りたい…
やっぱりウルフはカッコイイ!北海道民の誇りです!
この時代の相撲は好きだったな👍👍👍ウルフ最高だった👍👍👍皆さん強かったし
本当にかっこいい。
小さいけど、大きな力士を投げたり、寄り切ったり
史上最高のお気に入り力士´ᴗ`
当たり前の事なんだけど、千代の富士にも前頭だった時があったんだよなぁ…自分が物心ついた頃から大横綱だったから昔の映像を見ない限り想像がつかなかったわ
私の中での横綱は「千代の富士」だけです! あの頃は千代の富士が見たくて相撲見てましたね。まだ小学生の頃かな😊 あの筋肉の鎧は凄かった❗