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還暦間際になって3年程前から神社巡りを趣味にしています。金銭的な問題があって東京埼玉の神社しか行けてませんが、取り上げている神社の歴史をこんなに深く解説してくれて大変参考になりまた感動しました。他の動画も見せていただき勉強させていただきます。
コメントありがとうございます。私も素人です!東京と埼玉だけでも多くの素晴らしい神社があります。今後も頑張って調べて、お詣りして、動画にしていきますのでよろしくお願いします。
ホツマツタヱでは、スサノヲは氷川神と天照大神からいただきました。ヤマトタケが東北、関東征伐を終えた後、帰り道にこの大宮にお宮を建てたと、武器(いくさつうわ)は三峯に納めたと。大国主(大己貴)は国譲りのあと、岩木山に移り、天照大神の子供、天忍日命が東北に都を移し、大己貴さんは活躍されてます。是非、ホツマツタヱを見てみてください。何か、参考になると思います。
コメントありがとうございます!励みになります!ホツマは少しずつ勉強を始めております。いつか理解を深めて、東国の古代史に取り入れたいですね。それにしてもホツマを勉強された方はみなさん優しいです。
ヤマトタケ(日本武尊)がここに宮を建てた理由はヤマトタケが自身をソサノヲの生れ変わりと自覚していたからです。熊襲征伐の際に女装したのもソサノヲのヤマタノオロチ退治と同じで荒々しい武人の性格も似ています。死後ヤマトタケは父帝(景行天皇)の夢に現れ「自分の前世はソサノヲで再び帝に仕えるため生まれて来ましたがその務めが果たせ本望です」と語ります。ホツマツタヱは天地開闢からヤマトタケ死去までの大和王朝黎明期の秘密を余すことなく伝える記紀の失われた原典であり、記紀に記載がなく天津祝詞に残された神々の名も全てホツマツタヱにあります。維新後明治帝がなぜ真っ先に氷川宮に駆け付けたかの訳が永年の疑問でありましたがこれもホツマによって氷解いたしました。
貴重な動画、ありがとうございます。
コメントありがとうございます。力不足ですが今後も頑張ります!
@@jiroharisuproduction 楽しみにしています。
37年前に友人と氷川3社を訪れようとして、まず氷川神社に参拝し、タクシーで女體神社へと向かいました。時間が遅く夕方になってしまい、残りの中山神社へは残念ながら行けないなと思っていたところ、そのとき乗ったタクシーの運転手さんの名前が”中山”でした。偶然ですがある種のシンクロニシティを感じました。
コメントありがとうございます。そういうことって本当にあります。神社巡りって不思議ですよね。
地元民です、氷川神社を取り上げてくださり有り難うございました!楽しく拝見しました゜+(从*゜v`*从)+現在、氷川神社の社家は東角井(ひがしつのい)家ですが、遠く昔には氷川家、角井家、東角井家、の3家でこの各神社を守られていたそうです。蛇の池の公開は最近の事で、私が小さかった30年前は正に禁足地でした。因みに、30年前、5歳当時は門客人神社の事をお爺さん達はアラハバキ社と当たり前の様によんでました。この3社は断層の上に並んでおり、水と地震の鎮めである。というのが見沼田圃周辺に住む氏子の皆さんがよく言う話しです👀
コメントありがとうございます!角井家は横須賀の走水神社の関係者でもあります。東国の神社はヤマトタケル伝説繋がりのこともあるようです。ところで女體神社の神主の武笠家を動画中でムカサではなくタケガサと間違って呼んでいます。私はしょっちゅうこういう間違いをしますが、今後ともよろしくお願いします。
三室中学校の裏手には、縄文中期から後期の住居跡が点在し、そのまんなか辺が丸い窪地になっているそうです。中学校側は崖下ですが、すぐそばが、高台になって神明社があり、そこからは、日の出がよく見えるそうです。一度訪れたことがあるのですが縄文時代は、沼沢地?で獣や、魚がよく獲れ、山の恵みも取れる、人気の住宅地だったのではないか、と思うと、ワクワクしますね。
コメントありがとうございます!三室というのも由緒ある地名ですね。あのあたりは江戸時代には馬場だったのですが、その前は縄文時代から中世までの複合遺跡だったと思います。縄文海進時には見沼入江を北に見下ろす丘の上だったかもしれません。標識の安行式土器が出るところですね。興味は尽きません!
20年ほど前に島根県を旅行した時に高校の日本史教師OBの方がガイドをしてくれる観光ツアーに参加しましたが、島根県出雲地方の古くからの資料にはスサノオも大国主も出てこないとのことでした。国内で出雲族と呼ばれている神社は、島根県の出雲ではないのではないかと考えています。
コメントありがとうございます。そのガイドさんのおっしゃる通りです。ヤマト王権成立以前の本当の歴史を出雲や東国から掘り起こす作業が必要です。今後も頑張ります。
奈良県に元出雲がありますね
京都の元出雲と呼ばれている出雲大神宮をお参りしたことがあります。奈良にもあるんですね。他にも色々な所にあるのでしょうか?
奥多摩の奥氷川、所沢の中氷川、大宮の氷川の3社もありますね。武蔵国二宮 金鑚神社の鏡岩の存在も知らない人が多いですよね。
コメントありがとうございます。西に伸びるそちらの三社もいつかやりたいです。金鑽神社は元々武藏國二宮で、少し前に行った時はすでに夕方で上の方まで全ては回れなかったので、また再挑戦します。魏志倭人伝にあるカナサナ国との関係も気になりますし。
素晴らしい動画です。私が学びたいことがわかりやすく説明されていたので、とても嬉しく思います。ありがとうございます。登録させていただきます。😊😊👍👍💕💕
コメントとご登録、ありがとうございます。励みになります。今後も十分な下調べをして、必ず現地に赴き、そこで何かを感じて、自由な発想で動画をまとめていきます。よろしくお願いします!
参の鳥居で左にカーブせず、参道を直線に伸ばした先にあるのが門客人社ですね。縄文の環状集落の中心であった場所が現在の本殿の奥になるように出来上がっていますが、アラハバキ社は諏訪大社の御柱のような役割だったとの説があります。
コメントありがとうございます。確かにそうですね。氷川神社の御社殿周りを今更発掘もできないでしょうが、諏訪神社と氷川神社の関係も気になりますね。非力ですが今後も頑張ります。
武笠...「たけがさ」? 「むかさ」じゃなかった?さいたま市内には「ムカサストアー」とか「武笠生コン」とか系類なのかどうかはわかりませんが「むかさ」の名の付く企業名がいろいろ残ってますし、「山田の中の一本足のかかし...」で知られる童謡「案山子」の作詞者は正に女体神社神主の家系の「武笠 三( むかささん)」氏であるというのは有名ですよね。
コメントありがとうございます!「ムカサ」です!完全に間違えました。次の機会で訂正します。私は霞ヶ浦を霞ヶ関と言い間違ったりもするんです。今後とも暖かく見守っていただけると嬉しいです。とはいえ今後は極力地名や人名には気をつけます。感謝します!
練馬駅に氷川神社があり、近くに豊玉の地名があります。近くには氷川台があります。ヤマタノオロチは、ヤマトの大蛇ではないでしょうか!
コメントありがとうございます。ご指摘の氷川社は豊玉氷川神社だと思います。氷川台にも別の氷川社が座しています。それぞれに深い由来があって面白いものです。ヤマタとヤマト、両方をかけている可能性もありますよね。
私説をありがとうございました、
コメントありがとうございます。今後とも頑張ってより良い私説を披露できるようにします!
対する大宮は氏子総代に歓迎をうけ、ネギより崇拝者がしっかりされておると観劇しました。社の大きさがこころがけじゃよ。
コメントありがとうございます!おっしゃる通りで、神社は神職のものではなく、参拝者あっての存在だとつくづく思います。
ヤマタノオロチは関東地方の邪馬台国を平定したんですかね。開拓により。
いずれもっと調べて、こちら視点で八岐大蛇と素戔嗚をテーマにした動画を作りたいと思っています!
ただただあきれはてます。
コメントありがとうございます!今後とも頑張ります。
スサノオノミコトは蛇を制した英雄ですよね。土着を匂わせる蛇と水の信仰にスサノオをとり合わせる事は、東国に存続する土着の民を牽制する意味があったのでしょうか。神名にある「ツチ」は蛇と関係するのですか?「みずち」とか「ツチノコ」を連想します。
いつもコメントありがとうございます!励みになります。スサノオは稲作の匂いがする天津神たちの中で唯一、縄文的で興味が尽きないですね。剣で蛇を制するというパターンは世界中の神話にも散見されますが、やはり水を制して支配権を確立することを連想します。水に関しては常陸国のヤトノカミの逸話も面白いです。神名にあるツチ、ヅチは長いもの、蛇や毛虫、ミミズ的な生物と関係していると思います。幼虫から変態して成虫になっていく段階は縄文人も詳しく観察していたはずです。
ためになります。
ドラゴンとルーンはちがうようですよ。ドラゴンには羽がありますが、ルーンには無く、中国の龍はルーンと言うそうです。
コメントありがとうございます!多分ですが、龍は英語では 「dragon」 ですが、現代の中国語発音ではピンインだと「lóng」ですので、カタカナで書くとローンまたはルーンになります。ただご指摘のとおり、西洋のドラゴンは羽がある場合が多く、東洋のそれはないものが多いですね!今後ともよろしくお願いします!
武笠タケガサじゃなくてムカサじゃないですかね?
コメントありがとうございます!間違えました!おっしゃる通り女體神社の宮司はムカサさんでした。私はしょっちゅう言い間違えるのですが、これは完全に間違いです。次の機会に訂正します。ありがとうございました!
エタモヒ、エタ、毛ですか。エミシ。エゾ。
「エ」で始まる言葉はヤマト王権視点で見下している気はしますよね。
還暦間際になって3年程前から神社巡りを趣味にしています。金銭的な問題があって東京埼玉の神社しか行けてませんが、取り上げている神社の歴史をこんなに深く解説してくれて大変参考になりまた感動しました。他の動画も見せていただき勉強させていただきます。
コメントありがとうございます。私も素人です!東京と埼玉だけでも多くの素晴らしい神社があります。今後も頑張って調べて、お詣りして、動画にしていきますのでよろしくお願いします。
ホツマツタヱでは、スサノヲは氷川神と天照大神からいただきました。
ヤマトタケが東北、関東征伐を終えた後、帰り道にこの大宮にお宮を建てたと、武器(いくさつうわ)は三峯に納めたと。
大国主(大己貴)は国譲りのあと、岩木山に移り、天照大神の子供、天忍日命が東北に都を移し、大己貴さんは活躍されてます。
是非、ホツマツタヱを見てみてください。
何か、参考になると思います。
コメントありがとうございます!励みになります!ホツマは少しずつ勉強を始めております。いつか理解を深めて、東国の古代史に取り入れたいですね。それにしてもホツマを勉強された方はみなさん優しいです。
ヤマトタケ(日本武尊)がここに宮を建てた理由はヤマトタケが自身をソサノヲの生れ変わりと自覚していたからです。熊襲征伐の際に女装したのもソサノヲのヤマタノオロチ退治と同じで荒々しい武人の性格も似ています。死後ヤマトタケは父帝(景行天皇)の夢に現れ「自分の前世はソサノヲで再び帝に仕えるため生まれて来ましたがその務めが果たせ本望です」と語ります。ホツマツタヱは天地開闢からヤマトタケ死去までの大和王朝黎明期の秘密を余すことなく伝える記紀の失われた原典であり、記紀に記載がなく天津祝詞に残された神々の名も全てホツマツタヱにあります。維新後明治帝がなぜ真っ先に氷川宮に駆け付けたかの訳が永年の疑問でありましたがこれもホツマによって氷解いたしました。
貴重な動画、ありがとうございます。
コメントありがとうございます。力不足ですが今後も頑張ります!
@@jiroharisuproduction
楽しみにしています。
37年前に友人と氷川3社を訪れようとして、まず氷川神社に参拝し、タクシーで女體神社へと向かいました。時間が遅く夕方になってしまい、残りの中山神社へは残念ながら行けないなと思っていたところ、そのとき乗ったタクシーの運転手さんの名前が”中山”でした。偶然ですがある種のシンクロニシティを感じました。
コメントありがとうございます。そういうことって本当にあります。神社巡りって不思議ですよね。
地元民です、氷川神社を取り上げてくださり有り難うございました!楽しく拝見しました゜+(从*゜v`*从)+
現在、氷川神社の社家は東角井(ひがしつのい)家ですが、遠く昔には氷川家、角井家、東角井家、の3家でこの各神社を守られていたそうです。
蛇の池の公開は最近の事で、私が小さかった30年前は正に禁足地でした。
因みに、30年前、5歳当時は門客人神社の事をお爺さん達はアラハバキ社と当たり前の様によんでました。
この3社は断層の上に並んでおり、水と地震の鎮めである。というのが見沼田圃周辺に住む氏子の皆さんがよく言う話しです👀
コメントありがとうございます!角井家は横須賀の走水神社の関係者でもあります。東国の神社はヤマトタケル伝説繋がりのこともあるようです。ところで女體神社の神主の武笠家を動画中でムカサではなくタケガサと間違って呼んでいます。私はしょっちゅうこういう間違いをしますが、今後ともよろしくお願いします。
三室中学校の裏手には、縄文中期から後期の住居跡が点在し、そのまんなか辺が丸い窪地になっているそうです。
中学校側は崖下ですが、すぐそばが、高台になって神明社があり、そこからは、日の出がよく見えるそうです。
一度訪れたことがあるのですが
縄文時代は、沼沢地?で獣や、魚がよく獲れ、山の恵みも取れる、人気の住宅地だったのではないか、と思うと、ワクワクしますね。
コメントありがとうございます!三室というのも由緒ある地名ですね。あのあたりは江戸時代には馬場だったのですが、その前は縄文時代から中世までの複合遺跡だったと思います。縄文海進時には見沼入江を北に見下ろす丘の上だったかもしれません。標識の安行式土器が出るところですね。興味は尽きません!
20年ほど前に島根県を旅行した時に高校の日本史教師OBの方がガイドをしてくれる観光ツアーに参加しましたが、島根県出雲地方の古くからの資料にはスサノオも大国主も出てこないとのことでした。国内で出雲族と呼ばれている神社は、島根県の出雲ではないのではないかと考えています。
コメントありがとうございます。そのガイドさんのおっしゃる通りです。ヤマト王権成立以前の本当の歴史を出雲や東国から掘り起こす作業が必要です。今後も頑張ります。
奈良県に元出雲がありますね
京都の元出雲と呼ばれている出雲大神宮をお参りしたことがあります。奈良にもあるんですね。他にも色々な所にあるのでしょうか?
奥多摩の奥氷川、所沢の中氷川、大宮の氷川の3社もありますね。
武蔵国二宮 金鑚神社の鏡岩の存在も知らない人が多いですよね。
コメントありがとうございます。西に伸びるそちらの三社もいつかやりたいです。金鑽神社は元々武藏國二宮で、少し前に行った時はすでに夕方で上の方まで全ては回れなかったので、また再挑戦します。魏志倭人伝にあるカナサナ国との関係も気になりますし。
素晴らしい動画です。私が学びたいことがわかりやすく説明されていたので、とても嬉しく思います。ありがとうございます。登録させていただきます。😊😊👍👍💕💕
コメントとご登録、ありがとうございます。励みになります。今後も十分な下調べをして、必ず現地に赴き、そこで何かを感じて、自由な発想で動画をまとめていきます。よろしくお願いします!
参の鳥居で左にカーブせず、参道を直線に伸ばした先にあるのが門客人社ですね。縄文の環状集落の中心であった場所が現在の本殿の奥になるように出来上がっていますが、アラハバキ社は諏訪大社の御柱のような役割だったとの説があります。
コメントありがとうございます。確かにそうですね。氷川神社の御社殿周りを今更発掘もできないでしょうが、諏訪神社と氷川神社の関係も気になりますね。非力ですが今後も頑張ります。
武笠...「たけがさ」? 「むかさ」じゃなかった?
さいたま市内には「ムカサストアー」とか「武笠生コン」とか系類なのかどうかはわかりませんが「むかさ」の名の付く企業名がいろいろ残ってますし、「山田の中の一本足のかかし...」で知られる童謡「案山子」の作詞者は正に女体神社神主の家系の「武笠 三( むかささん)」氏であるというのは有名ですよね。
コメントありがとうございます!「ムカサ」です!完全に間違えました。次の機会で訂正します。私は霞ヶ浦を霞ヶ関と言い間違ったりもするんです。今後とも暖かく見守っていただけると嬉しいです。とはいえ今後は極力地名や人名には気をつけます。感謝します!
練馬駅に氷川神社があり、近くに豊玉の地名があります。近くには氷川台があります。ヤマタノオロチは、ヤマトの大蛇ではないでしょうか!
コメントありがとうございます。ご指摘の氷川社は豊玉氷川神社だと思います。氷川台にも別の氷川社が座しています。それぞれに深い由来があって面白いものです。ヤマタとヤマト、両方をかけている可能性もありますよね。
私説をありがとうございました、
コメントありがとうございます。今後とも頑張ってより良い私説を披露できるようにします!
対する大宮は氏子総代に歓迎をうけ、ネギより崇拝者がしっかりされておると観劇しました。社の大きさがこころがけじゃよ。
コメントありがとうございます!おっしゃる通りで、神社は神職のものではなく、参拝者あっての存在だとつくづく思います。
ヤマタノオロチは関東地方の邪馬台国を平定したんですかね。開拓により。
いずれもっと調べて、こちら視点で八岐大蛇と素戔嗚をテーマにした動画を作りたいと思っています!
ただただあきれはてます。
コメントありがとうございます!今後とも頑張ります。
スサノオノミコトは蛇を制した英雄ですよね。土着を匂わせる蛇と水の信仰にスサノオをとり合わせる事は、東国に存続する土着の民を牽制する意味があったのでしょうか。神名にある「ツチ」は蛇と関係するのですか?「みずち」とか「ツチノコ」を連想します。
いつもコメントありがとうございます!励みになります。スサノオは稲作の匂いがする天津神たちの中で唯一、縄文的で興味が尽きないですね。剣で蛇を制するというパターンは世界中の神話にも散見されますが、やはり水を制して支配権を確立することを連想します。水に関しては常陸国のヤトノカミの逸話も面白いです。神名にあるツチ、ヅチは長いもの、蛇や毛虫、ミミズ的な生物と関係していると思います。幼虫から変態して成虫になっていく段階は縄文人も詳しく観察していたはずです。
ためになります。
ドラゴンとルーンはちがうようですよ。ドラゴンには羽がありますが、ルーンには無く、中国の龍はルーンと言うそうです。
コメントありがとうございます!多分ですが、龍は英語では 「dragon」 ですが、現代の中国語発音ではピンインだと「lóng」ですので、カタカナで書くとローンまたはルーンになります。ただご指摘のとおり、西洋のドラゴンは羽がある場合が多く、東洋のそれはないものが多いですね!今後ともよろしくお願いします!
武笠
タケガサじゃなくてムカサじゃないですかね?
コメントありがとうございます!間違えました!おっしゃる通り女體神社の宮司はムカサさんでした。私はしょっちゅう言い間違えるのですが、これは完全に間違いです。次の機会に訂正します。ありがとうございました!
エタモヒ、エタ、毛ですか。エミシ。エゾ。
「エ」で始まる言葉はヤマト王権視点で見下している気はしますよね。