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先生、優しいよな…みんなこうゆう話し方だと救われるんだけどなぁ
「当たり前と思って成功体験として積み上げられない」というのが自分に当てはまると気づきました。「だって自分みたいな無価値な人がやったことなんだから成功な訳がない」という思考回路になってしまいます。これが認知の歪みなんでしょうね。歪みを治すのは難しそうですが、希望が無いわけではないと思うので、益田先生が仰ったこと等を参考にして良くなっていきたいです。
他人から褒めてもらっても「まだまだ足りないくらい」良くても「最低ライン」のように考えてしまいます。一番始めの人間関係である母親から褒められた事がなかったからです。『成功体験がカウントされない』倒錯的、暴力的、まさにその通りです。素直になりたい。😢またこのような内容を取り上げてください。
自己肯定感の話はね、沼ですね。。。『自分のやってる事がすごい事、いい事だと思えない。普通でしょ?って思う』っていうの共感します。。。
そうだったのか…健康な人は早起きしたり長く務めるという日常的な事で自己肯定できるのですね!それは知らなかったです、自分がどうしてこんなに苦しいのか解りました!!何か偉業を成し遂げなければならないと思い込んでいたので、みんなどうして自分を肯定できるのかと不思議でなりませんでした。きっと現実から目を背けて深く考えないようにしているだけだろうとまで思っていました。そうではないのですね…これはすごい発見です私にとっては…このことも内的な世界の事もとても強いヒントになりました(゜△゜;
親にバカにされたり否定されたり時には障害者扱いされたりしたので、他人より得意なことや知っていることで物事上手くいったとしても「出来て当たり前。何なまけてんだ」って思って生きてきました。完璧じゃないと褒められないからですよね。不真面目でも家族仲良いってどういうこと?!なんでウチは違うの…この家庭だと将来真っ暗だと思って小学生の時には漠然とですが死にたいと思い始めた。案の定人との付き合い方分からなくて物理的に一緒にいても孤独という現象が起きる。愛が分からない、夢も壊された、努力は報われない。うつ病治らん、死にてぇよ。
私も素直な人に嫉妬するほど憧れます。😅いい環境で育ったんだなーって😇昨日、「5000の問題のうち診療で2ずつとか解決していって、それを積み重ねていく」とお話されてましたね。そのうち今回お話のあった「3%変わるとガラッと変わる」というのは、何かとても現実的なことのように感じられて、いつか良くなることに希望が持てました。それに、どうせ同じく治療するならきっと希望を持っていた方が良くなりやすいですよね✨😊
3%でガラッと変わる、なんか励ましになった。まずは1%の勇気からかな。なんとか何かには食らいついていきたい。先生いつも心ある配信ありがとう。届いてますよ。
私はADHDと診断されたことはありませんが、成績表にはいつも「注意散漫」「やればできるのに。」と書かれていたタイプの子供でした。おかげでいつも「ちゃんとしなさい。」「もっとちゃんとしなさい。」と言われて育ちました。 現在50代ですが、社会に適応するために、自分の思考を束ねる色々なルールを作ってきました。そのルールに沿う努力をしていれば、人並みの生活ができます。ですが、注意散漫な脳みそをいつも束ねておくことは簡単ではありません。いつも脇道にそれる私をもう一人の私が「だめだめ、もっと集中して!」と一日中嗜めています。そんな生活をずっと続けてきて、ストレスが溜まり過ぎ、いよいよ身体に影響を及ぼし始めてしまいました。精神科の薬に頼ることも考えましたが、ストレスの波に乗れる自分のやり方を模索しています。 昨日はやらなきゃいけないリストなど忘れて「今日は1日自分のやりたいように仕事をする。」という日にしました。 すると思った以上に今まで自分がやりたかったけれどやれずにいたプロジェクトが捗った1日で、久しぶりに仕事が楽しく思えました。 ですが、今日は注意散漫な脳みそを束ねる心構えをせず1日を始めたらいきなり午後のアポをすっぽかしてしまいました。 我ながら、おかしいです。ですが、昨日の自分の思考を自由にしてあげた経験は自己肯定感を高めるのにとても良い経験だったと思います。 これからは定期的に「まとまらない自分」を自由にさせてあげたいと思いました。
万人に向けてこうすれば高まるなんて言い切れるような問題じゃないですよね。巷にあふれる自己肯定感の話は、健康でまっとうな精神状態の人にしか通用しない、綺麗事というか表面的なものが多いです。自分とは価値観が違うんだと思ってましたが、その人を構成する世界観そのものから違うんですね。とても分かりやすかったです。
私の事を説明して頂きありがとうございます。失敗感と後悔と嫉妬で生きてます。小さな成功体験、ぜんぜん糧になりません。人のために尽くしたら幸せになれると思い込んでストイックに生きて失敗したので、今はとにかくギブよりテイクです。搾取搾取です。すいません。それなりに本心です
動画を見て、虐待サバイバーが自己肯定感を上げることは不可能だと思いました。やはり心の中に満たされない子供がいて、大人でありながらいつも内なる子供が泣いています。愛の理想を下げて諦めることが一番の近道なように感じました。
途中で脱落せずになんとか喰らい付いててる人は良くなってるの言葉すごく救われました!これからもがんばる勇気を貰えました!ありがとう、先生😊
自己肯定感を高める為には、自分を褒めると心療内科医に言われました。悲しいことがあったり、嫌なことがあったり、許せないことがあったら私以外の別の人格が褒める事。私は、幼い時から、母親に褒められたことがなく褒められない事が当たり前だと思ってました。(麻痺してたので、何も感じてなかったかもしれません)今は、自分自身を褒めること。何でもいいので(例えば、朝起きられた。お洗濯干せた。子供たちと沢山遊んだ等など)褒めることをしてます。子育てや仕事に必死になると自分自身を大切に出来ないなと痛感します。益田先生が、伝えたいことがある程度理解出来るので参考にしていきたいです。
家族に出来損ない発言をされ続けていたので、何とか自己肯定感を高めようと、今まで自分が出来た事を思い出すのですが「自己肯定感を高め過ぎて傲慢になってしまうのではないか」「今まで出来た事だって、所詮過去の事じゃないか」と否定してしまいます。これも認知の歪みですね。苦しいです😞もう少し体力が付いたらカウンセリングを本格的に受けようと思っています。
泣きながら見ました。自己肯定感の為に本を買ったりしましたが見る事もワークブックも出来ません…。こんな自分が嫌で3日前に担当医に「思う様に動けない。焦りから常に不安感があって辛い」と話したら「もう何十年も不安感が良くならないでしょ?これからも変わらないと思う。このまま付き合っていくしかないと思う。」と言われて納得したのだけど段々と絶望感が出てきました。これからどうすればいいのか…考える事も出来ずにいます😔
長年、抑うつ的な気質や悲観的な見方が変わらず苦しんできました。しかし、その悲観的な見方自体が「認知の歪み」なのだと感じ、腹落ちした思いです。言われてみれば、成功体験はあるのに、それに妙な理屈や言い訳を付けて過小評価してきており、それが「謙遜の美徳」と思っていたのですが、なんのことはない「認知の歪み」だったのでしょうね。有り難うございました。
誰かに認めてもらえる、それだけで救われる気がします
責任を負うのが怖いです。リーダーの補佐は好きだけどリーダーには成りたくない。ヘルプは出来てもケアまでは出来ない。でも職場ではリーダーシップ取れないとだめ、みたいな事が多い。これは自分に自信が無いからなのか?どうしたら責任感ある人になれるのでしょうか…
以前ひねくれていました。 寝るときに、「自分を認め、癒し、受け入れる」というのを唱えたり、3行ポジティブ日記を書いたりして、自己肯定感が少しづつ上がりました。自分は発達障害のグレーゾーンなので、なかなかうまくいかないことがあり、脳がどっと疲れた時、自分に「今の状態を認める」とつぶやくと力が抜けます。
「単純な話ではない」って事が分かって救われた気持ちです。
脳内の情報の3%が変わればよくなる という話しが印象的でした。益田先生の動画を本当に繰り返しみているので、その効果で3%は変わっているのではないか?と、前向きな気持ちで見させていただきました。ありがとうございます😊
認知の歪みが原因で、肯定感を上げる事は容易い事ではないと感じています。「世間でよく言われている自己肯定感の上げ方」をいくらトレースしてみても、自分にとって全く効果が無い理由が良く判りました。通院と薬のおかげで、次は自分に自信をつけていく事、という所まで来る事が出来ましたが、ここからもまた時間がかかりそうです。
自分に厳しく生きてきました。自分のことを肯定できない理由って、そこにあったんですね。僕も「3パーセント」だけでも変わりたいです。
カウンセリングや診療を受けたり、自分1人で悩んだりするけど、価値観変えるのってすごく難しい。
先生のプレゼンが、私が親から言われた言葉、穿った見方の例示、思考回路まで全てが実際に観察されたように言い当てられていて驚きました。
親とは?愛とは?という話題、恐らく心身健康な人たちから「そんなことずっと考えたって仕方ないじゃん」と言われてきました。「もっと考えることあるでしょ、キャリアとか、人生設計とか」って感じでした。でも今回の動画で、そういうことを考えるのは無駄じゃなかった、必要な道程だったと言ってもらえた気がしてホッとしています。とは言え私は一人で悶々とするだけでしたので、歪みを修正しようという意識でディスカッションなり治療に臨むことが大切なんですね。
先生いつもありがとうございます!軸 本当に他人軸で生きてめちゃくちゃしんどかったです、でもだいぶん今、他人の目を気にしたり、よく思われようとしても意味は無いどころか逆に、しんどいだけで、不利になるのかなと気づいてきました。いつも下手に出たりしていたら、逆に足元を見られてバカにされる気がしてきました。 自分が無かったりするのは、親が選択したところを歩かされた部分がありますね、あと失敗が怖いからかもしれません。 色んな要素で 軸がぶれるのですね、こらからは好きなように生きていきたいですね!😊
産後の精神障害で適応障害の治療に3年かかり、治療終了した身なのですが、本当に先生の言うとおり、100%のうち3%も変われば連鎖反応みたいな感じでガラッと変わりますね!まだ自分自身、歪み的なことを言うことあるのですが、夫に正してもらったりしてます。先生の動画見ると、生きていく上でのヒントが転がってる気がします。いつもありがとうございます。
先生が紹介してくださった「反応しない練習」を読んでから、少しずつ自分を解放してきました。それでもまだ新しい仕事を任されると失敗を恐れ、ちょっとした事で心が折れそうになりますが、どんな評価を受けても自分は自分、もちろんいつまでも失敗してたらダメですが、前ほど自分を呪うほど落ち込むことはなくなりました。これでも昨日よりはよくなってる、このままがんばっていこう、と思えるようになりました。
シアトル在住の精神福祉士です。先生のチャンネルで日本の精神医学の勉強をさせてもらっています。臨床をする上で普段考えていることが言語されていて、腑に落ちます。特にカウンセリング外の時間をいかに患者さん活用してもらうか、ちょっとの変化も見逃さずに肯定する大事さ、とても価値のあるコンテンツ感謝です!
「単純な問題ではない」「100%のうち3%が変わればガラッと変わる」という言葉がとても誠実で、まだ諦めなくてもいいなという気分になりました。問題を単純化して○○すれば治る!自己肯定すれば全てが薔薇色に!のような動画が氾濫している中、前進も後退も許してくれる先生の動画が支えです。ありがとうございます。
成功を成功と認識できず自己肯定感をあげる事に結びつかない事、まさに自分に必要なお話でした。今までの経験(=自分の中の情報)を上書きできるだけの経験を重ねて書き換えていくしかないのだろうな…と、ぼんやりと認識はしていますがとても難しいです
自己肯定感を上げるためのテクニック等の参考図書を読んだり、ブログを読んだりしますが、それを実行しても自己肯定感が上がってる!と実感することはほぼ0に近い状態だった理由が、先生のこの動画の解説を拝見して少し理解できました。最近、カウンセリングを受けたのですが、自分の成功体験をプラスに捉えるというところよりも、更に深い部分の『自分の存在自体にYESと言える自分』に少しなれたことで、自己肯定感というか(そもそも、自己肯定感の定義も曖昧でした)ここに存在してもいいんだと自分を肯定できている感覚になれました。それも、自己肯定感を高める一歩かなと思っています。
初めて自分が心療内科に通ってもおかしくない患者なんだと腑に落ちました。通院初期にきちんと説明してもらえてたら、さらなる不幸もなかったかもと思うと悔しさすら。。ひたすら疲れ果てた自分しか認識できてません。
イメージ、伝わりました。3%でも変わるとガラッと変わってくるの言葉が深く心に響きました。
途中で脱落せずに何とか食らいついている人は良くなっているという言葉に安心しました。最近彼氏ができたのですが、自分が真っ直ぐに愛されるということに慣れなくて、嬉しい反面戸惑ってしまっていました。物事をそのまま受け取ってもいいんですよね。また、頑張ってもそれが当たり前だと思ってしまうのも、その通りだと思いました。仕事をしていた時、人より成果をあげてもそれが自分にとっては最低ラインで、もっと頑張らないと自分には何の価値もないと思い込んでいました。自分の考え方を変えていくって、想像以上に大変ですし、時間がかかるんですね。何か刺激があったり、環境が変わったりするとすぐ元通りになって、心が折れそうになります。でもそんな自分の味方でいたいし、自分のペースでゆっくり療養したいと思います。これからも益田先生の動画、心待ちにしています。
先生の話を聞いてると、自分の認知の歪みが整う気がします。あるがままに物事を見られるようになりたいです。
とても自分に当てはまります。物心つく頃から母親からあら探しばかりされてほめられず、自分の欠点を頑張って直さなければ嫌われる、と刷り込まれました。だから小さな成功体験があっても、欠点や失敗が存在する限り自己肯定感はなかったです。本や信仰、人との出会いを経て、押し付けられた理想を捨てて自分のあるがままを受け入れることを学んでいます。自分の認知が歪んでいると意識するだけで、変わる可能性があると思います。コロナ禍で心理学や精神医学のUA-camを見漁り、今は益田先生の動画をおすすめに出た順に見て自分に当てはめ、生い立ち・遺伝子等に由来する内的世界の無数の構成要素の探求を続けています。
こういう理由があるのではっきりとは言えないです、と伝えて貰えるのはありがたい。最近は、普通とは体験も認識もズレてるのに普通と同じ方法をやっても、私には実感ないよね~と方法論に疑問を持つようになりました。
外の世界で傷付いて自分を見失いそうになり、くたびれ果てているときに、先生の動画を見ると、落ち着いてきます😌
先生の患者と科学に対する、心からの興味と熱心さが伝わってきます。いつも米国から、応援しながら見ております。ありがとうございます。
7:03 親が子どもを愛するような無条件の愛情を感じられなかったために、大人になってそれを取り戻そうと性的な魅力や交流を否定してしまう目から鱗でした。涙が出ました。性的な関わりが気持ち悪く、社会に出てからずーっと悩んでいたこのモヤモヤが少し晴れた気がします。自身の現状と背景を示唆してくださるプロの存在がいかに大切か、再認識しました。
静かに感動しております。自己肯定感の高め方とはこうだったか…と。自分の仕事にも還元できそうです。
先生今晩は☺️自己肯定感失敗体験は宝です。沢山失敗体験をして人として成長したと感じています。個人心理学を学んでとても楽になります。
わたしは三人兄弟です。母親が自己肯定感が低かったので私たちもそう育てられました。大人になってからも尚、母親は「うちの子はみんな才能がない子だったからね」とか「○○さんちの子は小さい頃から本読むの好きだったから賢いよね、うちのことは違って」と平気で言います。最近は耐えられなくなり「これ以上自分のことを嫌いになりたくないからそんな言い方はやめて欲しい」とか「才能がないと言われると今まで私たち兄弟がやり遂げてきたことを全否定された気分になる」など私も言い返すようになりました。そしたら母親も地雷を踏まないように本音を避けて伝えるようになったせいで、私たちと余計に距離感が出てしまいました。本当に親子関係は大人になってから余計に難しくなってしまいました。将来自分の子どもはそんなふうに育てたくないと決めてますが、母親と同じような道を辿ってしまうのでは?という自己肯定感の低さがここでも襲ってきます。
先生は 優しい。そう思いました。母も 優しかったら・・・力強く生きたい。
幼少期から成功体験に乏しかった私の場合、仏教が役に立ちましたね。今までのプライドや拘りに縛られまくっていた思考や見解を再構築することにおいて非常に助けられました。というのも日本語の慣用句の多くは仏教用語由来ですので、「今までなんとなく使っていたこの言葉の大元の意味・真の意味とはこういうものだったのか!」てな感じで自身の思考を構成していた言葉や概念の意味を解き明かしていきました。もちろん、瞑想も毎日行いました。最初は「観(ヴィパッサナー)」をやってましたが、今はもっぱら「只管打坐」をやっています。この「いちいち良し悪しの分別をつけない」という修練が、「成功体験として素直にカウントしていくことを拒む“拘りマインド“」を解消していくことに大いに役立ちました。しかし何より一番大事なことは(動画でも似たようなことが言われておりますが)、諦めずに毎日コツコツ取り組んでいくことだと思います。そのためには自分の興味をそそる知識を知れたり、自身のマインドセットの変化を少しでも感じ取れるようなやり方で取り組めば、嫌になって投げ出すことなく長く続くと私は思います。
内的世界の深め方、構成の仕方をじっくりと聞きたいなと思いました。無数の構成要素のうち、3%でも変わればガラッと変わるという言葉に勇気をもらいました。😢
何週間か経って観ましたが、ここのこの動画が私の問題の解決の決定的な最後のひと押しになり、自分の歪んだ状態をちゃんと客観的に見られたきっかけになったと感じます。他の方もそういう契機に恵まれるといいですね。
無数の構成要素のうち3%かわるだけでもガラッと変わるという言葉に救われました。この先もきっと同じところで立ち止まることがあるだろうけど、そんな時はこの動画に戻ってこようと思います。
いつもためになる動画をありがとうございます。先生がこの動画でおっしゃっている通りの、成功体験を感じることが難しいタイプでした。子どもが重大なサインを出してくれたのをきっかけに自分を変えたいと真剣に向き合い小さな成功体験を積み自分を褒めることを徹底してきました。また世の中にはいろんな人がいるということを知れる場に参加して、狭い自分だけの価値観を拡げることに取り組んできました。結果、まだ途上ではありますが、確実に自己肯定感があがり、精神的に安定し、子どもに安心感を与えられる母に近づくことができています。いまもっとも感じていることは、一人では難しかったということです。相談できる友人もいなかったわたしですが、同じ目的に向かってがんばる仲間、先輩の励ましのおかげで、続けられたと思います。益田先生のUA-camにも何度も救っていただきました。ありがとうございます。
無数の構成要素があって、それらをひとつひとつ修正していく、というのがしっくりきました。理屈ではわかるけど腹落ちしない・納得しないことは「わからない」で留めておいていいんだな、と。「なんとかくらいついている人は良くなっている」、これも分かります。同時に、くらいつくことが目的になって、父親的、母親的な存在に認められたい、怖い、という感覚が沸いてくる。この感じが自分の認知の歪みのひとつなんだなーと思いました。
益田先生の動画を観始めてから8か月ほど経ちました。100%のうちの1%位は変われたかな〜?まだ実践に移せてないので分かりません。3%変われる様に目指して頑張ります。ありがとうございます。(追記:あっ、この動画ちょうど8か月前のでした😊)
自分がいつも感じている事をとてもわかりやすくて科学的にお話しして頂きありがとうございました。
いつも、自分のことかな?っていう内容で、毎回目が話せません!先生は当事者じゃないのに…いつも助けようとして下さって、本当にありがとうございます。内的世界のディスカッションて、思春期に友達とよくするやつですね。死とは何か、本当の優しさとは何かなど…当時は中二病的でやや病んでる友達と話す機会が色々な場面でありました。結論の出ないおしゃべり程度でも、ずっと記憶に残ってます。一番印象的だったのは、「人間こんなにたくさんいるんだから、一人くらい自分みたいな人間がいてもいいだろう、て父が言ってた。そう思ったらちょっと変でも良いかな」て子です。その一言が、何気にずっと支えになっています。友達の親の影響も受けているんだなぁ…やっぱり一人でいたら思考が健全でなくなりますよね。今は時間の流れが早すぎて、語る、語り合う時間があまりないですよね。「自助会」の意味が実はイマイチわらなくて、みんなと語り合える場なんですかね。サークルみたいなものなのかなー?
先生は、説明は、わかりやすいです。これからも、頑張って下さい。
複雑な課題を、複雑さを含めながら断定的でないのに、話がわかりやすいです。愛がありますね
私は、毎日出来たことを3つだけ書く日記が予想以上に効果的でした。
言葉をとても選んで話してくださっていて、聞きやすいですしほっこりしました😊
この動画、ありがたかったです。私は最後の言葉に集約されていると思う。100%のうち3%でも変わればガラッと変わる、ということはいろいろ「無数」にある中で自分に合うものに「食らいついて」いくと変わったりする…私には気づきがありました。
先生の動画はずっと心に入ってきてくれます。今日も学びをありがとうございます。
ASDの人は鉄道好きや時刻表が好きな人が多いらしいから、人付き合いは上手でないがローカル線の終点にいくとそれなりな達成感はありますよ。パーティで人気を得るより、バスで山奥の終点に行ってみるとか。知的障がいどはないASDのストレス解消といえばそんなことかな
認知の歪み、内的世界の無数の構成要素とても参考になりました。どうして時間がかかってしまうものなのか少しわかった気がします。そして時間をかけて変えていけば良いのかとも思いました。ありがとうございます。
無数の要素から成り立つ、すごく共感できます。深くて面白いです。自分分析の大きなヒントにさせてもらってます。ありがとうございます
自助会がたしかSlackを使ってると思うのですが、「自己肯定感スレ」みたいなのをつくって、それぞれが投稿して、みんながスタンプつけたり返信するのを繰り返すだけでも、気持ちが回復していくんじゃないかなと思いました。
A型事業所で適応障害になりました。仕事環境と人間関係でストレスが溜まり福祉なのに利用者は社畜みたいな扱い方で、利用者が利用者をフォローする形になり、社長の改善する気も伝わってこないので、自己肯定感は高まるどころか、障害者雇用で働けるのか毎日不安です。
いろいろな要素があるので、水滴の一滴が波紋を広がることに近い気がします。徐々に複数の水滴が落ちて波紋が複数広がってそれぞれ統合したりすることによって世界が変わっていくことにつながると推察します。水滴は何気ない会話のフレーズであったり、些細な行動であったり、常同とは違うズレに違いものであるかもしれません。しかし、それが、次第に大きな変化を生んでいくのだと考えます。自己肯定感を高めるのはなかなか難しいですね。
久しぶりに落ち着いて動画を一本見られました。頭の中がごちゃついていて、外からの刺激を感じるのが苦痛なのが続いていたからです。そんなことも含めて先生のお話されていた「認知の歪み」なのかなあと思います。おっしゃる通りに皮肉的なものの見方をするのですが、それ自体は性格だと思って問題視していなかったので、少し気をつけて考え方を前向きにしてみたいかなと感じました。動画を落ち着いて見られたことが本当に嬉しかったです。興味あるテーマだと集中できますね。ありがとうございました。
自己肯定感が低いから、何をやっても当たり前としか思えません。確かに幼少期に親から抑えつけられて育ったなぁと思いながら拝見しました。どうやったら自己肯定が高くなるのかな..と思います。
本当に難しい問題だと思う。。先制医療を求む。。
私はADHDですが、能力が低かったために成功体験が積めなかったり、自分で自分を律してしまうことが幼い頃から多かったですね。その経験が自己肯定感が低い状態を作り出してしまっていたように思いました。物事を悪く捉えがちでした。それが今は少しずつ変わって来ているように感じています。小さい成功体験を少しずつ積み上げられるようになってきているように思います。
私も父も弟も自分に厳しく、「成功して当たり前、失敗は悪いこと」という考え方が昔から強いです。そんな父が数年前から認知症になってしまい、本当にがっかりしています。自分に厳しいために相手にも厳しいことを要求してしまいやすいです。ですから成功体験が持ち難くしまっています。先生の意見を訊きたいです。
自己否定ばかりかな、なおすようにがんばってもうまくできてるのかな、、今日も反省して頭であやまってたな、、毎回最後は感謝して明るく過ごしているけど、自分の肯定とかわからないな、、(◞‸◟)
自分の思ってた事を全部言語化してくれてる。性癖歪むし資格取れても取れて当然、卑屈というかひねくれがちになってしまいます。発達障害持ちだから小中学生の時色々ありました。その影響で認知の歪みと自己肯定感の低下の原因になってしまったんだと思います。
ありがとうございます。
長年病院に通っていましたが何%でも修正したら劇的に変わるというのが納得しました。精神的な病に陥っている友達がいますが、彼女は「行っても変わらない」と通院を辞めてしまいました。
なんだか気持ちが楽になる動画です。ありがとうございます。
内部世界を訂正していくことでバーチャルリアリティも現実に近寄っていくのかな、それが人としての成長の一つなのかなと思いますが、バーチャルリアリティ自体を直接操作・治療できたら現実との乖離を減って楽になるのかなと想像しました。が、それができてしまうと今度はとんでもない洗脳が起きてしまうのかもと思い直しましたw私にとってはバイアスをコツコツ見つけることも一種の楽しみになっています。まだまだ発掘できそうです。
自己肯定感の話から始まり、人の生い立ちや個性の成り立ちに触れる内容でわかりやすかったです。脳の中に形成されていく認知、もといヴァーチャルリアリティは成長期の間に形成されて次第に固着化されていくので、やはり精神科医等をはじめとした外部からの働きかけがないと歪みを修正するのは難しそうですね。苦しんでいる人へのサポートやそれらに関連する知識が、より社会に広く等しく行き渡ってほしいと感じます。
私事の話になりますが、悩みや困り事はとくにないんです。精神疾患はありますがまあまあ健康ですしお金は自分で稼げるし猫ちゃんとは大の仲良しだし人間関係で煩わしいこともありません。ただ、人と付き合うとやはり歪んでるとかひねくれもんとかバカと言われます。自分ではだいぶマトモになったはずと思ってますがそうではないみたいです。昔から心理学を学べと言われていたのに脳科学ばかり勉強し、ですがそれは結局勝つための学習であり、たしかに面白いほど勝てるようにはなりましたが人と交流できなくなり、最近は知能が下がったのか勝つこともできなくなりつつあります。残ったのはやはり育たないまま放置してきた心でありどうしても此処に戻ってしまうんですよね。年齢的に治療するつもりはないのですが、少しでも体温が上がるといいです。冷たすぎて低体温なのでw
無数の構成要素(内的世界)100%の内3%でも変われば、変わって行く。希望のあるお話でした。いまの治療に食らいついていきます。🍀
参考になりました。親からの愛情の影響が1番大きいんですね。
挨拶は明るく元気にできるようになりました。成功ですが、次の会話がないので薄っぺらい人になってます。何か話してもこれで大丈夫かなとかなります。辛い。だから周りが怖い。
自分は自己肯定感が全くありませんでした。カウンセリングでよく母親の話をしました。すると自動的に?母親を受け入れることができるようになり、自分も肯定できていることに気がつきました。無数の構成要素のうちのいくつかを訂正できたのだと思います。
褒められて自信が身に付くのは大切です😊。生きていると日々に忙殺されて難しいですよね。親子であっても人間同士だから余計厄介です。
麻生先生のところから時々拝聴しております。益田先生のいつも諦めない姿勢尊敬しています!どうぞこれからも沢山の方のお役に立たれることを祈ってます!私も頑張ります(笑)😊
中学時代まで体調不良から休みがちで、いじめられることも多かったです。その記憶は今も心のどこかに残っていて、大人になって職場で褒められたり認めてくれる声掛けにも「本当に?」となり、どこか心からの自信が持てません。人からの前向きな言葉掛けを信用できないのだと思います。生きていく中で、目に見える成功を手に入れてみたいと思いつつ、何かにチャレンジすることに躊躇してしまう自分がいます。少しでもより良い自分に変わりたいです。
成功体験を自己評価出来ないのは、成功のハードルが高過ぎるのかなと、最近思うようになりました。ある意味完璧主義なんでしょうか。自分に厳しすぎだし、真面目なんでしょうね。肩の力を抜いてリラックスできる時間を増やしていきたいです😢
わかる!それだ!成功体験としてカウント出来てない!歪んでるんだ!わかんなかった〜
なんか、物事を悪く捉えがちっていうこと、なるほど⁉️ですね。いいアドバイスを、いただきました。人生、いいことばかりではないですからねえ。知らない間に、そうなりかねないですね。自分も気をつけようと思います。
条件つきの愛情をもらうために、頑張って条件を満たしてきました。家族に対しても、友達に対しても、条件を満たせているか心配で、いつもどこか緊張感があります。自己肯定感があるように見せてますが、見せかけだけなので、地味にしんどいです。でもまあ、死ぬほどじゃありません。
肯定感のなさというのは、「全員を満たすのに十分なリソースがこの世界にはない」という信念から来ると思います。世界は豊かさに満ちあふれているので、全ての人を満たすだけのリソースがこの世界にはあります。
主治医は違えど診療(診察)は続けているし(時にサボる時は有っても 苦笑)UA-cam視聴も自助会も継続している中で変わっていけると良いなぁ。この前迄、絶対に良くならないと自分で言ってましたが…少しは信用出来る様になってきたのか果てさて。今日も有難うございました。
自分の仕事とか、生きていることとか、意味があるのかも。いろいろな構成要素があって、「銀の弾丸」はない。でも、「これ」も意味がある。そんな風に思えました。先生ありがとうございます。
私は二人の子供を持つシングルマザーです。上の子は発達障害+知的障害、下の子は知的障害+身体障害です。上の子はまさに問題を抱えていて、殺してしまいたいと思ったのも数え切れないくらい。これから先の不安に押し潰されそうでしたが、先生のUA-camを見て心も命も救われました。母親と息子の立場は180度違いますが、双方に良い内容を話してくださるので、悔しかったり悲しくなったりすることもなく、そして(もうすぐ19才になってしまいますが)出来るだけ息子の事も理解して沢山愛してあげたいという気持ちにさせて貰えました😂ありがとうございます。
2歳から他家に預けられました。息を殺してくらしました。なんか、気を遣いますわ。姉は障害があります。弟は、後取り。頑張りました。難病になりました。普通に長生きできますように!❤
先生の病院はもう初診は無理なんですね😢やはり人気の先生はなかなか新規は取れないんですね…
益田先生ありがとう
いろんな思いをアウトプットしてみて、全て自尊心の低さが原因だとわかりました。先生の言うようにこれを高めるのはなかなか簡単じゃないですね・・・幸い自己肯定感を高めるための情報は溢れておりそれを一個一個試して合うものを探してみるのもいいかもしれません。中には見ただけで滅入る内容もあったりしますが・・・本来自力ではなく無力な子供に保育者が与えることを1人でやるわけですから大人になったとはいえ楽なことではないんですよね。虚しさはありますが、少しでも楽に生きるために・・・
先生、優しいよな…みんなこうゆう話し方だと救われるんだけどなぁ
「当たり前と思って成功体験として積み上げられない」というのが自分に当てはまると気づきました。
「だって自分みたいな無価値な人がやったことなんだから成功な訳がない」という思考回路になってしまいます。
これが認知の歪みなんでしょうね。歪みを治すのは難しそうですが、希望が無いわけではないと思うので、益田先生が仰ったこと等を参考にして良くなっていきたいです。
他人から褒めてもらっても「まだまだ足りないくらい」良くても「最低ライン」のように考えてしまいます。一番始めの人間関係である母親から褒められた事がなかったからです。
『成功体験がカウントされない』倒錯的、暴力的、まさにその通りです。
素直になりたい。😢
またこのような内容を取り上げてください。
自己肯定感の話はね、沼ですね。。。
『自分のやってる事がすごい事、いい事だと思えない。普通でしょ?って思う』っていうの共感します。。。
そうだったのか…健康な人は早起きしたり長く務めるという日常的な事で自己肯定できるのですね!それは知らなかったです、自分がどうしてこんなに苦しいのか解りました!!何か偉業を成し遂げなければならないと思い込んでいたので、みんなどうして自分を肯定できるのかと不思議でなりませんでした。きっと現実から目を背けて深く考えないようにしているだけだろうとまで思っていました。そうではないのですね…
これはすごい発見です私にとっては…このことも内的な世界の事もとても強いヒントになりました(゜△゜;
親にバカにされたり否定されたり時には障害者扱いされたりしたので、他人より得意なことや知っていることで物事上手くいったとしても「出来て当たり前。何なまけてんだ」って思って生きてきました。
完璧じゃないと褒められないからですよね。
不真面目でも家族仲良いってどういうこと?!なんでウチは違うの…この家庭だと将来真っ暗だと思って小学生の時には漠然とですが死にたいと思い始めた。
案の定人との付き合い方分からなくて物理的に一緒にいても孤独という現象が起きる。
愛が分からない、夢も壊された、努力は報われない。
うつ病治らん、死にてぇよ。
私も素直な人に嫉妬するほど憧れます。😅
いい環境で育ったんだなーって😇
昨日、「5000の問題のうち診療で2ずつとか解決していって、それを積み重ねていく」とお話されてましたね。
そのうち今回お話のあった「3%変わるとガラッと変わる」というのは、何かとても現実的なことのように感じられて、いつか良くなることに希望が持てました。
それに、どうせ同じく治療するならきっと希望を持っていた方が良くなりやすいですよね✨😊
3%でガラッと変わる、なんか励ましになった。まずは1%の勇気からかな。
なんとか何かには食らいついていきたい。
先生いつも心ある配信ありがとう。届いてますよ。
私はADHDと診断されたことはありませんが、成績表にはいつも「注意散漫」「やればできるのに。」と書かれていたタイプの子供でした。おかげでいつも「ちゃんとしなさい。」「もっとちゃんとしなさい。」と言われて育ちました。 現在50代ですが、社会に適応するために、自分の思考を束ねる色々なルールを作ってきました。そのルールに沿う努力をしていれば、人並みの生活ができます。ですが、注意散漫な脳みそをいつも束ねておくことは簡単ではありません。いつも脇道にそれる私をもう一人の私が「だめだめ、もっと集中して!」と一日中嗜めています。そんな生活をずっと続けてきて、ストレスが溜まり過ぎ、いよいよ身体に影響を及ぼし始めてしまいました。精神科の薬に頼ることも考えましたが、ストレスの波に乗れる自分のやり方を模索しています。 昨日はやらなきゃいけないリストなど忘れて「今日は1日自分のやりたいように仕事をする。」という日にしました。 すると思った以上に今まで自分がやりたかったけれどやれずにいたプロジェクトが捗った1日で、久しぶりに仕事が楽しく思えました。 ですが、今日は注意散漫な脳みそを束ねる心構えをせず1日を始めたらいきなり午後のアポをすっぽかしてしまいました。 我ながら、おかしいです。ですが、昨日の自分の思考を自由にしてあげた経験は自己肯定感を高めるのにとても良い経験だったと思います。 これからは定期的に「まとまらない自分」を自由にさせてあげたいと思いました。
万人に向けてこうすれば高まるなんて言い切れるような問題じゃないですよね。
巷にあふれる自己肯定感の話は、健康でまっとうな精神状態の人にしか通用しない、綺麗事というか表面的なものが多いです。
自分とは価値観が違うんだと思ってましたが、その人を構成する世界観そのものから違うんですね。
とても分かりやすかったです。
私の事を説明して頂きありがとうございます。
失敗感と後悔と嫉妬で生きてます。
小さな成功体験、ぜんぜん糧になりません。
人のために尽くしたら幸せになれると思い込んでストイックに生きて失敗したので、今はとにかくギブよりテイクです。搾取搾取です。
すいません。それなりに本心です
動画を見て、虐待サバイバーが自己肯定感を上げることは不可能だと思いました。
やはり心の中に満たされない子供がいて、大人でありながらいつも内なる子供が泣いています。
愛の理想を下げて諦めることが一番の近道なように感じました。
途中で脱落せずになんとか喰らい付いててる人は良くなってるの言葉すごく救われました!これからもがんばる勇気を貰えました!ありがとう、先生😊
自己肯定感を高める為には、自分を褒めると心療内科医に言われました。
悲しいことがあったり、嫌なことがあったり、許せないことがあったら私以外の別の人格が褒める事。
私は、幼い時から、母親に褒められたことがなく
褒められない事が当たり前だと思ってました。
(麻痺してたので、何も感じてなかったかもしれません)
今は、自分自身を褒めること。何でもいいので(例えば、朝起きられた。お洗濯干せた。子供たちと沢山遊んだ等など)褒めることをしてます。
子育てや仕事に必死になると自分自身を大切に出来ないなと痛感します。
益田先生が、伝えたいことがある程度理解出来るので参考にしていきたいです。
家族に出来損ない発言をされ続けていたので、何とか自己肯定感を高めようと、今まで自分が出来た事を思い出すのですが
「自己肯定感を高め過ぎて傲慢になってしまうのではないか」
「今まで出来た事だって、所詮過去の事じゃないか」と否定してしまいます。これも認知の歪みですね。苦しいです😞
もう少し体力が付いたらカウンセリングを本格的に受けようと思っています。
泣きながら見ました。自己肯定感の為に本を買ったりしましたが見る事もワークブックも出来ません…。こんな自分が嫌で3日前に担当医に「思う様に動けない。焦りから常に不安感があって辛い」と話したら「もう何十年も不安感が良くならないでしょ?これからも変わらないと思う。このまま付き合っていくしかないと思う。」と言われて納得したのだけど段々と絶望感が出てきました。これからどうすればいいのか…考える事も出来ずにいます😔
長年、抑うつ的な気質や悲観的な見方が変わらず苦しんできました。しかし、その悲観的な見方自体が「認知の歪み」なのだと感じ、腹落ちした思いです。言われてみれば、成功体験はあるのに、それに妙な理屈や言い訳を付けて過小評価してきており、それが「謙遜の美徳」と思っていたのですが、なんのことはない「認知の歪み」だったのでしょうね。有り難うございました。
誰かに認めてもらえる、それだけで救われる気がします
責任を負うのが怖いです。リーダーの補佐は好きだけどリーダーには成りたくない。ヘルプは出来てもケアまでは出来ない。でも職場ではリーダーシップ取れないとだめ、みたいな事が多い。これは自分に自信が無いからなのか?どうしたら責任感ある人になれるのでしょうか…
以前ひねくれていました。 寝るときに、「自分を認め、癒し、受け入れる」というのを唱えたり、3行ポジティブ日記を書いたりして、自己肯定感が少しづつ上がりました。自分は発達障害のグレーゾーンなので、なかなかうまくいかないことがあり、脳がどっと疲れた時、自分に「今の状態を認める」とつぶやくと力が抜けます。
「単純な話ではない」って事が分かって救われた気持ちです。
脳内の情報の3%が変わればよくなる という話しが印象的でした。
益田先生の動画を本当に繰り返しみているので、その効果で3%は変わっているのではないか?
と、前向きな気持ちで見させていただきました。
ありがとうございます😊
認知の歪みが原因で、
肯定感を上げる事は容易い事ではないと感じています。
「世間でよく言われている自己肯定感の上げ方」をいくらトレースしてみても、
自分にとって全く効果が無い理由が良く判りました。
通院と薬のおかげで、次は自分に自信をつけていく事、
という所まで来る事が出来ましたが、
ここからもまた時間がかかりそうです。
自分に厳しく生きてきました。自分のことを肯定できない理由って、そこにあったんですね。
僕も「3パーセント」だけでも変わりたいです。
カウンセリングや診療を受けたり、自分1人で悩んだりするけど、
価値観変えるのってすごく難しい。
先生のプレゼンが、私が親から言われた言葉、穿った見方の例示、思考回路まで全てが実際に観察されたように言い当てられていて驚きました。
親とは?愛とは?という話題、恐らく心身健康な人たちから「そんなことずっと考えたって仕方ないじゃん」と言われてきました。「もっと考えることあるでしょ、キャリアとか、人生設計とか」って感じでした。
でも今回の動画で、そういうことを考えるのは無駄じゃなかった、必要な道程だったと言ってもらえた気がしてホッとしています。
とは言え私は一人で悶々とするだけでしたので、歪みを修正しようという意識でディスカッションなり治療に臨むことが大切なんですね。
先生いつもありがとうございます!
軸 本当に他人軸で生きてめちゃくちゃしんどかったです、でもだいぶん今、他人の目を気にしたり、よく思われようとしても意味は無いどころか逆に、しんどいだけで、不利になるのかなと気づいてきました。いつも下手に出たりしていたら、逆に足元を見られてバカにされる気がしてきました。 自分が無かったりするのは、親が選択したところを歩かされた部分がありますね、あと失敗が怖いからかもしれません。 色んな要素で 軸がぶれるのですね、こらからは好きなように生きていきたいですね!😊
産後の精神障害で適応障害の治療に3年かかり、治療終了した身なのですが、本当に先生の言うとおり、100%のうち3%も変われば連鎖反応みたいな感じでガラッと変わりますね!
まだ自分自身、歪み的なことを言うことあるのですが、夫に正してもらったりしてます。
先生の動画見ると、生きていく上でのヒントが転がってる気がします。いつもありがとうございます。
先生が紹介してくださった「反応しない練習」を読んでから、少しずつ自分を解放してきました。
それでもまだ新しい仕事を任されると失敗を恐れ、ちょっとした事で心が折れそうになりますが、どんな評価を受けても自分は自分、もちろんいつまでも失敗してたらダメですが、前ほど自分を呪うほど落ち込むことはなくなりました。
これでも昨日よりはよくなってる、このままがんばっていこう、と思えるようになりました。
シアトル在住の精神福祉士です。先生のチャンネルで日本の精神医学の勉強をさせてもらっています。臨床をする上で普段考えていることが言語されていて、腑に落ちます。特にカウンセリング外の時間をいかに患者さん活用してもらうか、ちょっとの変化も見逃さずに肯定する大事さ、とても価値のあるコンテンツ感謝です!
「単純な問題ではない」「100%のうち3%が変わればガラッと変わる」という言葉がとても誠実で、まだ諦めなくてもいいなという気分になりました。
問題を単純化して○○すれば治る!自己肯定すれば全てが薔薇色に!のような動画が氾濫している中、前進も後退も許してくれる先生の動画が支えです。ありがとうございます。
成功を成功と認識できず自己肯定感をあげる事に結びつかない事、まさに自分に必要なお話でした。
今までの経験(=自分の中の情報)を上書きできるだけの経験を重ねて書き換えていくしかないのだろうな…と、ぼんやりと認識はしていますがとても難しいです
自己肯定感を上げるためのテクニック等の参考図書を読んだり、ブログを読んだりしますが、それを実行しても自己肯定感が上がってる!と実感することはほぼ0に近い状態だった理由が、先生のこの動画の解説を拝見して少し理解できました。
最近、カウンセリングを受けたのですが、自分の成功体験をプラスに捉えるというところよりも、更に深い部分の『自分の存在自体にYESと言える自分』に少しなれたことで、自己肯定感というか(そもそも、自己肯定感の定義も曖昧でした)ここに存在してもいいんだと自分を肯定できている感覚になれました。
それも、自己肯定感を高める一歩かなと思っています。
初めて自分が心療内科に通ってもおかしくない患者なんだと腑に落ちました。通院初期にきちんと説明してもらえてたら、さらなる不幸もなかったかもと思うと悔しさすら。。ひたすら疲れ果てた自分しか認識できてません。
イメージ、伝わりました。
3%でも変わるとガラッと変わってくるの言葉が深く心に響きました。
途中で脱落せずに何とか食らいついている人は良くなっているという言葉に安心しました。
最近彼氏ができたのですが、自分が真っ直ぐに愛されるということに慣れなくて、嬉しい反面戸惑ってしまっていました。
物事をそのまま受け取ってもいいんですよね。
また、頑張ってもそれが当たり前だと思ってしまうのも、その通りだと思いました。
仕事をしていた時、人より成果をあげてもそれが自分にとっては最低ラインで、もっと頑張らないと自分には何の価値もないと思い込んでいました。
自分の考え方を変えていくって、想像以上に大変ですし、時間がかかるんですね。
何か刺激があったり、環境が変わったりするとすぐ元通りになって、心が折れそうになります。
でもそんな自分の味方でいたいし、自分のペースでゆっくり療養したいと思います。
これからも益田先生の動画、心待ちにしています。
先生の話を聞いてると、自分の認知の歪みが整う気がします。
あるがままに物事を見られるようになりたいです。
とても自分に当てはまります。
物心つく頃から母親からあら探しばかりされてほめられず、自分の欠点を頑張って直さなければ嫌われる、と刷り込まれました。
だから小さな成功体験があっても、欠点や失敗が存在する限り自己肯定感はなかったです。
本や信仰、人との出会いを経て、押し付けられた理想を捨てて自分のあるがままを受け入れることを学んでいます。
自分の認知が歪んでいると意識するだけで、変わる可能性があると思います。
コロナ禍で心理学や精神医学のUA-camを見漁り、今は益田先生の動画をおすすめに出た順に見て自分に当てはめ、生い立ち・遺伝子等に由来する内的世界の無数の構成要素の探求を続けています。
こういう理由があるのではっきりとは言えないです、と伝えて貰えるのはありがたい。最近は、普通とは体験も認識もズレてるのに普通と同じ方法をやっても、私には実感ないよね~と方法論に疑問を持つようになりました。
外の世界で傷付いて自分を見失いそうになり、くたびれ果てているときに、先生の動画を見ると、落ち着いてきます😌
先生の患者と科学に対する、心からの興味と熱心さが伝わってきます。いつも米国から、応援しながら見ております。ありがとうございます。
7:03 親が子どもを愛するような無条件の愛情を感じられなかったために、大人になってそれを取り戻そうと性的な魅力や交流を否定してしまう
目から鱗でした。
涙が出ました。
性的な関わりが気持ち悪く、社会に出てからずーっと悩んでいたこのモヤモヤが少し晴れた気がします。
自身の現状と背景を示唆してくださるプロの存在がいかに大切か、再認識しました。
静かに感動しております。
自己肯定感の高め方とはこうだったか…と。
自分の仕事にも還元できそうです。
先生今晩は☺️自己肯定感
失敗体験は宝です。沢山失敗体験をして人として成長したと感じています。
個人心理学を学んでとても楽になります。
わたしは三人兄弟です。母親が自己肯定感が低かったので私たちもそう育てられました。大人になってからも尚、母親は「うちの子はみんな才能がない子だったからね」とか「○○さんちの子は小さい頃から本読むの好きだったから賢いよね、うちのことは違って」と平気で言います。最近は耐えられなくなり「これ以上自分のことを嫌いになりたくないからそんな言い方はやめて欲しい」とか「才能がないと言われると今まで私たち兄弟がやり遂げてきたことを全否定された気分になる」など私も言い返すようになりました。そしたら母親も地雷を踏まないように本音を避けて伝えるようになったせいで、私たちと余計に距離感が出てしまいました。本当に親子関係は大人になってから余計に難しくなってしまいました。将来自分の子どもはそんなふうに育てたくないと決めてますが、母親と同じような道を辿ってしまうのでは?という自己肯定感の低さがここでも襲ってきます。
先生は 優しい。そう思いました。母も 優しかったら・・・力強く生きたい。
幼少期から成功体験に乏しかった私の場合、仏教が役に立ちましたね。
今までのプライドや拘りに縛られまくっていた思考や見解を再構築することにおいて非常に助けられました。
というのも日本語の慣用句の多くは仏教用語由来ですので、「今までなんとなく使っていたこの言葉の大元の意味・真の意味とはこういうものだったのか!」てな感じで自身の思考を構成していた言葉や概念の意味を解き明かしていきました。
もちろん、瞑想も毎日行いました。最初は「観(ヴィパッサナー)」をやってましたが、今はもっぱら「只管打坐」をやっています。この「いちいち良し悪しの分別をつけない」という修練が、「成功体験として素直にカウントしていくことを拒む“拘りマインド“」を解消していくことに大いに役立ちました。
しかし何より一番大事なことは(動画でも似たようなことが言われておりますが)、諦めずに毎日コツコツ取り組んでいくことだと思います。そのためには自分の興味をそそる知識を知れたり、自身のマインドセットの変化を少しでも感じ取れるようなやり方で取り組めば、嫌になって投げ出すことなく長く続くと私は思います。
内的世界の深め方、構成の仕方をじっくりと聞きたいなと思いました。
無数の構成要素のうち、3%でも変わればガラッと変わるという言葉に勇気をもらいました。😢
何週間か経って観ましたが、ここのこの動画が私の問題の解決の決定的な最後のひと押しになり、自分の歪んだ状態をちゃんと客観的に見られたきっかけになったと感じます。他の方もそういう契機に恵まれるといいですね。
無数の構成要素のうち3%かわるだけでもガラッと変わるという言葉に救われました。この先もきっと同じところで立ち止まることがあるだろうけど、そんな時はこの動画に戻ってこようと思います。
いつもためになる動画をありがとうございます。
先生がこの動画でおっしゃっている通りの、成功体験を感じることが難しいタイプでした。
子どもが重大なサインを出してくれたのをきっかけに自分を変えたいと真剣に向き合い
小さな成功体験を積み自分を褒めることを徹底してきました。
また世の中にはいろんな人がいるということを知れる場に参加して、狭い自分だけの価値観を拡げることに取り組んできました。
結果、まだ途上ではありますが、確実に自己肯定感があがり、精神的に安定し、子どもに安心感を与えられる母に近づくことができています。
いまもっとも感じていることは、一人では難しかったということです。
相談できる友人もいなかったわたしですが、同じ目的に向かってがんばる仲間、先輩の励ましのおかげで、続けられたと思います。
益田先生のUA-camにも何度も救っていただきました。
ありがとうございます。
無数の構成要素があって、それらをひとつひとつ修正していく、というのがしっくりきました。
理屈ではわかるけど腹落ちしない・納得しないことは「わからない」で留めておいていいんだな、と。
「なんとかくらいついている人は良くなっている」、これも分かります。同時に、くらいつくことが目的になって、父親的、母親的な存在に認められたい、怖い、という感覚が沸いてくる。この感じが自分の認知の歪みのひとつなんだなーと思いました。
益田先生の動画を観始めてから8か月ほど経ちました。100%のうちの1%位は変われたかな〜?まだ実践に移せてないので分かりません。3%変われる様に目指して頑張ります。ありがとうございます。(追記:あっ、この動画ちょうど8か月前のでした😊)
自分がいつも感じている事をとてもわかりやすくて科学的にお話しして頂きありがとうございました。
いつも、自分のことかな?っていう内容で、毎回目が話せません!
先生は当事者じゃないのに…いつも助けようとして下さって、本当にありがとうございます。
内的世界のディスカッションて、思春期に友達とよくするやつですね。
死とは何か、本当の優しさとは何かなど…当時は中二病的でやや病んでる友達と話す機会が色々な場面でありました。
結論の出ないおしゃべり程度でも、ずっと記憶に残ってます。
一番印象的だったのは、「人間こんなにたくさんいるんだから、一人くらい自分みたいな人間がいてもいいだろう、て父が言ってた。そう思ったらちょっと変でも良いかな」て子です。その一言が、何気にずっと支えになっています。
友達の親の影響も受けているんだなぁ…やっぱり一人でいたら思考が健全でなくなりますよね。
今は時間の流れが早すぎて、語る、語り合う時間があまりないですよね。
「自助会」の意味が実はイマイチわらなくて、みんなと語り合える場なんですかね。サークルみたいなものなのかなー?
先生は、説明は、わかりやすいです。これからも、
頑張って下さい。
複雑な課題を、複雑さを含めながら断定的でないのに、話がわかりやすいです。愛がありますね
私は、毎日出来たことを3つだけ書く日記が予想以上に効果的でした。
言葉をとても選んで話してくださっていて、聞きやすいですしほっこりしました😊
この動画、ありがたかったです。
私は最後の言葉に集約されていると思う。
100%のうち3%でも変わればガラッと変わる、ということは
いろいろ「無数」にある中で自分に合うものに「食らいついて」いくと変わったりする…私には気づきがありました。
先生の動画はずっと心に入ってきてくれます。今日も学びをありがとうございます。
ASDの人は鉄道好きや時刻表が好きな人が多いらしいから、人付き合いは上手でないがローカル線の終点にいくとそれなりな達成感はありますよ。
パーティで人気を得るより、バスで山奥の終点に行ってみるとか。知的障がいどはないASDのストレス解消といえばそんなことかな
認知の歪み、内的世界の無数の構成要素
とても参考になりました。
どうして時間がかかってしまうものなのか少しわかった気がします。
そして時間をかけて変えていけば良いのかとも思いました。
ありがとうございます。
無数の要素から成り立つ、すごく共感できます。深くて面白いです。自分分析の大きなヒントにさせてもらってます。ありがとうございます
自助会がたしかSlackを使ってると思うのですが、
「自己肯定感スレ」みたいなのをつくって、それぞれが投稿して、みんながスタンプつけたり返信するのを繰り返すだけでも、気持ちが回復していくんじゃないかなと思いました。
A型事業所で適応障害になりました。
仕事環境と人間関係でストレスが溜まり
福祉なのに利用者は社畜みたいな扱い方で、利用者が利用者をフォローする形にな
り、社長の改善する気も伝わってこないので、自己肯定感は高まるどころか、障害者雇用で働けるのか毎日不安です。
いろいろな要素があるので、水滴の一滴が波紋を広がることに近い気がします。
徐々に複数の水滴が落ちて波紋が複数広がってそれぞれ統合したりすることによって世界が変わっていくことにつながると推察します。水滴は何気ない会話のフレーズであったり、些細な行動であったり、常同とは違うズレに違いものであるかもしれません。
しかし、それが、次第に大きな変化を生んでいくのだと考えます。
自己肯定感を高めるのはなかなか難しいですね。
久しぶりに落ち着いて動画を一本見られました。頭の中がごちゃついていて、外からの刺激を感じるのが苦痛なのが続いていたからです。そんなことも含めて先生のお話されていた「認知の歪み」なのかなあと思います。おっしゃる通りに皮肉的なものの見方をするのですが、それ自体は性格だと思って問題視していなかったので、少し気をつけて考え方を前向きにしてみたいかなと感じました。動画を落ち着いて見られたことが本当に嬉しかったです。興味あるテーマだと集中できますね。ありがとうございました。
自己肯定感が低いから、何をやっても当たり前としか思えません。確かに幼少期に親から抑えつけられて育ったなぁと思いながら拝見しました。
どうやったら自己肯定が高くなるのかな..と思います。
本当に難しい問題だと思う。。
先制医療を求む。。
私はADHDですが、能力が低かったために成功体験が積めなかったり、自分で自分を律してしまうことが幼い頃から多かったですね。その経験が自己肯定感が低い状態を作り出してしまっていたように思いました。物事を悪く捉えがちでした。それが今は少しずつ変わって来ているように感じています。小さい成功体験を少しずつ積み上げられるようになってきているように思います。
私も父も弟も自分に厳しく、「成功して当たり前、失敗は悪いこと」という考え方が昔から強いです。そんな父が数年前から認知症になってしまい、本当にがっかりしています。自分に厳しいために相手にも厳しいことを要求してしまいやすいです。ですから成功体験が持ち難くしまっています。先生の意見を訊きたいです。
自己否定ばかりかな、なおすようにがんばってもうまくできてるのかな、、今日も反省して頭であやまってたな、、毎回最後は感謝して明るく過ごしているけど、自分の肯定とかわからないな、、(◞‸◟)
自分の思ってた事を全部言語化してくれてる。性癖歪むし資格取れても取れて当然、卑屈というかひねくれがちになってしまいます。発達障害持ちだから小中学生の時色々ありました。その影響で認知の歪みと自己肯定感の低下の原因になってしまったんだと思います。
ありがとうございます。
長年病院に通っていましたが何%でも修正したら劇的に変わるというのが納得しました。
精神的な病に陥っている友達がいますが、彼女は「行っても変わらない」と通院を辞めてしまいました。
なんだか気持ちが楽になる動画です。
ありがとうございます。
内部世界を訂正していくことでバーチャルリアリティも現実に近寄っていくのかな、それが人としての成長の一つなのかなと思いますが、バーチャルリアリティ自体を直接操作・治療できたら現実との乖離を減って楽になるのかなと想像しました。が、それができてしまうと今度はとんでもない洗脳が起きてしまうのかもと思い直しましたw私にとってはバイアスをコツコツ見つけることも一種の楽しみになっています。まだまだ発掘できそうです。
自己肯定感の話から始まり、人の生い立ちや個性の成り立ちに触れる内容でわかりやすかったです。
脳の中に形成されていく認知、もといヴァーチャルリアリティは成長期の間に形成されて次第に固着化されていくので、やはり精神科医等をはじめとした外部からの働きかけがないと歪みを修正するのは難しそうですね。
苦しんでいる人へのサポートやそれらに関連する知識が、より社会に広く等しく行き渡ってほしいと感じます。
私事の話になりますが、悩みや困り事はとくにないんです。精神疾患はありますがまあまあ健康ですしお金は自分で稼げるし猫ちゃんとは大の仲良しだし人間関係で煩わしいこともありません。
ただ、人と付き合うとやはり歪んでるとかひねくれもんとかバカと言われます。自分ではだいぶマトモになったはずと思ってますがそうではないみたいです。
昔から心理学を学べと言われていたのに脳科学ばかり勉強し、ですがそれは結局勝つための学習であり、たしかに面白いほど勝てるようにはなりましたが人と交流できなくなり、最近は知能が下がったのか勝つこともできなくなりつつあります。残ったのはやはり育たないまま放置してきた心でありどうしても此処に戻ってしまうんですよね。年齢的に治療するつもりはないのですが、少しでも体温が上がるといいです。冷たすぎて低体温なのでw
無数の構成要素(内的世界)100%の内3%でも変われば、変わって行く。希望のあるお話でした。いまの治療に食らいついていきます。🍀
参考になりました。
親からの愛情の影響が1番大きいんですね。
挨拶は明るく元気にできるようになりました。成功ですが、次の会話がないので薄っぺらい人になってます。何か話してもこれで大丈夫かなとかなります。辛い。だから周りが怖い。
自分は自己肯定感が全くありませんでした。カウンセリングでよく母親の話をしました。すると自動的に?母親を受け入れることができるようになり、自分も肯定できていることに気がつきました。無数の構成要素のうちのいくつかを訂正できたのだと思います。
褒められて自信が身に付くのは大切です😊。生きていると日々に忙殺されて難しいですよね。親子であっても人間同士だから余計厄介です。
麻生先生のところから時々拝聴しております。
益田先生のいつも諦めない姿勢尊敬しています!
どうぞこれからも沢山の方のお役に立たれることを祈ってます!
私も頑張ります(笑)😊
中学時代まで体調不良から休みがちで、いじめられることも多かったです。
その記憶は今も心のどこかに残っていて、大人になって職場で褒められたり認めてくれる声掛けにも「本当に?」となり、どこか心からの自信が持てません。人からの前向きな言葉掛けを信用できないのだと思います。
生きていく中で、目に見える成功を手に入れてみたいと思いつつ、何かにチャレンジすることに躊躇してしまう自分がいます。少しでもより良い自分に変わりたいです。
成功体験を自己評価出来ないのは、成功のハードルが高過ぎるのかなと、最近思うようになりました。
ある意味完璧主義なんでしょうか。
自分に厳しすぎだし、真面目なんでしょうね。肩の力を抜いてリラックスできる時間を増やしていきたいです😢
わかる!それだ!成功体験としてカウント出来てない!歪んでるんだ!わかんなかった〜
なんか、物事を悪く捉えがちっていうこと、なるほど⁉️ですね。いいアドバイスを、いただきました。人生、いいことばかりではないですからねえ。知らない間に、そうなりかねないですね。自分も気をつけようと思います。
条件つきの愛情をもらうために、頑張って条件を満たしてきました。家族に対しても、友達に対しても、条件を満たせているか心配で、いつもどこか緊張感があります。自己肯定感があるように見せてますが、見せかけだけなので、地味にしんどいです。でもまあ、死ぬほどじゃありません。
肯定感のなさというのは、「全員を満たすのに十分なリソースがこの世界にはない」という信念から来ると思います。世界は豊かさに満ちあふれているので、全ての人を満たすだけのリソースがこの世界にはあります。
主治医は違えど診療(診察)は続けているし(時にサボる時は有っても 苦笑)
UA-cam視聴も自助会も継続している中で変わっていけると良いなぁ。
この前迄、絶対に良くならないと自分で言ってましたが…少しは信用出来る様になってきたのか果てさて。
今日も有難うございました。
自分の仕事とか、生きていることとか、意味があるのかも。
いろいろな構成要素があって、「銀の弾丸」はない。でも、「これ」も意味がある。そんな風に思えました。
先生ありがとうございます。
私は二人の子供を持つシングルマザーです。上の子は発達障害+知的障害、下の子は知的障害+身体障害です。上の子はまさに問題を抱えていて、殺してしまいたいと思ったのも数え切れないくらい。これから先の不安に押し潰されそうでしたが、先生のUA-camを見て心も命も救われました。母親と息子の立場は180度違いますが、双方に良い内容を話してくださるので、悔しかったり悲しくなったりすることもなく、そして(もうすぐ19才になってしまいますが)出来るだけ息子の事も理解して沢山愛してあげたいという気持ちにさせて貰えました😂
ありがとうございます。
2歳から他家に預けられました。息を殺してくらしました。
なんか、気を遣いますわ。
姉は障害があります。
弟は、後取り。
頑張りました。
難病になりました。
普通に長生きできますように!❤
先生の病院はもう初診は無理なんですね😢
やはり人気の先生はなかなか新規は取れないんですね…
益田先生ありがとう
いろんな思いをアウトプットしてみて、全て自尊心の低さが原因だとわかりました。
先生の言うようにこれを高めるのはなかなか簡単じゃないですね・・・
幸い自己肯定感を高めるための情報は溢れており
それを一個一個試して合うものを探してみるのもいいかもしれません。
中には見ただけで滅入る内容もあったりしますが・・・
本来自力ではなく無力な子供に保育者が与えることを1人でやるわけですから
大人になったとはいえ楽なことではないんですよね。
虚しさはありますが、少しでも楽に生きるために・・・