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シンボリルドルフを負かしておきながら、『ミスターシービーのライバル』と皆に共通認識されているのがいいよね。
同期だし毎日王冠でシービーを負かしてるからね
ルドルフの岡部騎手だけはジャパンCでこれはやられた。と思ったのですが理由は他の騎手が自馬との差と手綱の張り具合をだけ見て玉砕覚悟で飛ばしている。このペースでは直線バテると判断したのに対し、岡部幸雄騎手だけは西浦騎手の手綱が異常に長いのを見て馬としっかり折り合っている。と西浦騎手のトリックを見破りこのペースで行かれたらいくらルドルフでも届かない。トライアルで負けていたら思い切って共倒れ覚悟で鈴付けに行くのだが。と思ったからです。有馬記念でも同じ戦法できたので同じトリックに二度も引っかかる程俺は間抜けではないと早目に仕掛けてます。ちなみに西浦トリックはあのタヴァラセーキ(田原成貴)騎手も見抜けなかったそうで、惨敗して猛批判喰らった吉永騎手をあんな早いペースで走られ、しかも一番人気の馬に騎乗していたら絶対あの位置でしか追えない!俺でも勝てないよ!とかばっており、栗東に帰る前岡部幸雄騎手になぜ岡部さんだけペースが遅いと見破ったのですか?自分は最後まで見抜けませんでした。と聞いたそうです。
シービーとカツラギの対戦成績は拮抗してるしね
田原騎手もこのJC出てたんですね。
@@やひ-o6r もう一頭出ていた日本馬ダイアナソロンに乗っていました。
このカツラギエースのジャパンカップをみたある少年が19年後に同じ舞台、同じ逃げ馬でジャパンカップ史に残る記録と名実況で勝つ事になる。事実は小説よりも奇なりとはまさにこの事ですな。
毎日王冠では大型ビジョンの初導入で観客を沸かせたり天皇賞(秋)が2000メートルに変更されてシービーのためといわれた距離変更をカツラギ陣営がうちのためとかばったりジャパンカップで初のメンコをつけることになり矯正具嫌いの調教師にばれないように直前でつけたりと語るエピソードが多すぎる
宝塚記念とJCしかG1勝ちが居ないのはカツラギエースとその馬しか居ないという
@@せるじい耳の部分の厚さが普通より厚い特性メンコだったりハミが当たってエースが気分を害さない様に長手綱にしたりと本当に試行錯誤して臨んだまさに会心のレースだったんですよね。19年後もその時のレースで走りたいと思ったジョッキーが調教師になり管理馬としてその馬を送り出し鞍上も先述の通りの因縁。ゲート入りに難がある同馬が最内で本来先入れのはずが他に先入れを希望した陣営がいたから最後のゲート入りになったという幸運まで重なるという。本当にこの2頭はエピソードが濃いですよね。
ともに種牡馬成績がともにウマ娘に
JCでシンボリの馬が三着‼️次走有馬ではきっちりやり返されるとこまで同じ…。
競馬を見始めてから、1番最初に好きになった名馬がカツラギエースでした(当時小5)。あれから、幾年も競馬を見ていますが…いつになっても、忘れることはないんだろうなぁと思ってます。
走れマキバオーのベアナックルの父親がこのカツラギエースなんだからあの時代のいろんな人の脳を焼いたんだろうなぁとおもう
カツラギエースのジャパンカップを観て騎手を志した騎手こそ、佐藤哲三元騎手。当時の最強馬シンボリクリスエスに9馬身差をつける圧勝劇。正に逃げ馬の真骨頂を見せつけた、2003年のジャパンカップでした。
それもだし、翌年の有馬記念でゴール前坂まで粘って最後は力尽きてロブロイに差されたのもまんまカツラギエースさん。
@@紳士先輩-f8t クリスエス、ロブロイの調教師はルドルフの調教助手だった藤沢和雄因果は巡るものなのですね
名馬解説シリーズ、本当に嬉しいです。ウマ娘で史実と反映あるからこうやって知れるのはありがたい
とても面白かったです。 いつもありがとうございます
このカツラギエースの世代は大好きだし、実際にユニークなんですよね。まず世代としてハイレベルであった事。そして、活躍時期、活躍条件、キャラが綺麗に住み分けられて切磋琢磨した世代。そこがたまらなく好きです。クラシックの星、シービー。マイル短距離で君臨したピロウイナー、常に中距離で好走し脇役でありつつG1も勝ったスズカコバン、晩成の名馬カツラギ、さらに晩成のクセ者ギャロップダイナ、他にもドウカンヤシマなど、本当にキャラが立っていた世代。すぐ下が、ほぼルドルフ一強世代だったから、その対比も面白かったです。名馬シリーズこれからも期待してます(笑)
エアグルーヴの母であるダイナカールもこの世代だっけ?
最近はあまり話題にならないけど間違いなく最強世代と言える時代だと思います。
この83年世代ってシービーにクラシック3冠全部持って行かれたのに古馬になってからシービー、カツラギエース、ニホンピロウイナー、ギャロップダイナ、スズカコバン、リードホーユーと6頭のGⅠ馬が生まれたって派手にすごい世代なのでは?
お陰でシービーが最弱の三冠馬と言われないからなぁ最弱の無敗の三冠馬と言われるコントレイル世代も今ウシュバテソーロ、ウィンマリリン、パンサラッサと海外で結果を出して見直しが始まってる
@@せるじい 全く手のひらくるくるやなぁwコントレイル君が報われて良かったけど。
リードホーユーは一応3歳時です
@@せるじい コントレイル世代が弱いと言われてるのはクラシック世代の評価があれなんですよね。ダートは黄金世代で、歴代の中でも強い部類だと思いますが。ヴェルトライゼンデとディープボンド、ウインカーネリアンは頑張ってはいますが。また、勝った古馬G1もダートを除けば、ジャパンカップ、大阪杯、ドバイターフ、香港ヴァーズ、エリザベス女王杯と、ジャパンカップを除けば牝馬限定、海外G1でも日本馬が走りやすいレース、G1になりたての大阪杯とやはり印象が薄くなります。
世代を評価する際は普通は「世代全体」を見ることにしますが、三冠馬世代は特殊です。なぜなら「〇〇が三冠馬になれたのはクラシックで弱い相手と戦ったから」と評価がされるのです。ですので、三冠馬の場合は「三冠クラシックに出走した馬が活躍したかどうか」が鍵になります。シービー世代が評価されているのは、ニホンピロウイナー、カツラギエース、スズカコバン、リードホーユーとクラシック出走馬からG1馬が4頭も出ている点です。他の世代を見ていますと、ルドルフ世代はスズパレードの宝塚記念、ブライアン世代はオフサイドトラップの天皇賞(秋)、ディープ世代はシャドウゲイトのシンガポール空港国際C、オルフェ世代はトーセンラー、サダムパテックのマイルCSと1頭か2頭くらいです。その中でもG1の数や海外遠征が全く盛んでない時代で4頭もだしたのだから頭が下がります。
ジャパンカップの勝ち方から逃げ馬のインパクトが大きいが実際は好位抜け出しが本来の戦法だったなお菊花賞でカツラギエース(勝ち馬との着差4.5秒)の後ろに最下位で入線したダート馬アスコットエイト(勝ち馬との着差8.1秒!!)も後に重賞(中日新聞杯)勝ち馬となりオープンを2勝する馬だった。ミスターシービー世代メンツ濃すぎィ!!
シービーの世代はカツラギエース、ニホンピロウイナー、スズカコバンと活躍馬出てましたもんね。
三歳で有馬記念とったリードホーユーも忘れないで
@@せるじい 天秋、安田のギャロップダイナと本当にシービーの世代は名馬が多かったですね。
ルドルフ負かしたギャロップダイナはかなりのインパクトだよ
ちなみにその直後になるルドルフ世代はルドルフ>>(越えられない皇帝と言う壁)>>スズパレード>>(越えられないG1馬の壁)>>その他大勢凄まじい惨状だったとか…
こちらの、ゆっくり解説は解説の盛り上げ方、そしてBGMの選定と言い素晴らしい!いつも楽しませてもらっています(*^-^*)
ジャパンカップの優勝、お見事でした。ライブであの歴史的なレースを見れたのは幸せです。あれから西浦騎手のファンになりました。期待薄の馬がジャパンカップを制する、だから競馬は面白いんですよね。
カツラギエースのJCを見て騎手を志したある少年。その少年が19年後グレード制導入以降最大の着差をつけ、また「シンボリ」を倒した人馬、それこそ「佐藤哲三」、「タップダンスシチー」。
シンボリクリスエスにとって最大の屈辱でしたよね~
ちなみに陣営はまさか勝つとは思ってないので誰もネクタイ持っておらずミスターシービーの陣営から借りて口取りに挑んだそうです。翌年のギャロップダイナでも同じ状況になり、吉田勝己氏が誰か、ネクタイ持ってないのか?と聞いたところ誰も勝てると思ってないし、そもそもあなたさえ勝つと思ってないのに持ってるわけないでしょ!と返され、結局ニホンピロウィナー陣営に借りたそうで後日吉田善哉総帥からネクタイぐらい用意しとけ!と怒られたそうです。但しカツラギ陣営は祝勝会もドタバタだったのに対し、ギャロップダイナ陣営は一応ちゃんとした祝勝会はやれたのですが、これはスワンステークスのシャダイソフィア祝勝会用に準備されていてのを前祝い兼ねてやったからです。もっとも祝勝会はシャダイソフィア予後不良で精進落としに化けましたが。
カツラギエースと言えば中距離の名人ではあった物の気性が激しい所があり、ジャパンカップで鞍上を務めた西浦勝一騎手によれば『気持ち良く乗せる事が大事と言う事を調教に乗って知り、この馬に乗るとすれば如何に調教の様に長手綱にして気持ち良く乗せるかが大事だと感じその様に乗っかったんだよ。』と言うお話をされていらっしゃいましたね。コンビとしては京都新聞杯から、気持ち良く乗れば勝つ事を知った大阪杯以降その事を意識してエスコートし、京都新聞杯・大阪杯・京阪杯・宝塚記念・毎日王冠・ジャパンカップと中距離重賞を制した事から西浦騎手としては『シービーが出て来るとそっちに人気が行くから乗るこっち側としては気分的には楽で、人気よりもカツラギエースの気分を良くする方のが大変だったからプレッシャーってあんまりなかったんだよね。』と述回されています。長手綱と言うと武豊と言うイメージが多い昨今ですが、私個人最初に出会った長手綱がカツラギエースと西浦さんが最初でした。
岡部騎手もジャパンカップの長手綱には気付いてたらしいね気付いた上で負けてしまったと
カツラギエース=みどりのマキバオーに出てくるベアナックルのイメージでした。解説聞いてそれまでの暴れん坊のイメージから堅実な走りをする競走馬だと認識を改めました。
名前は変えられていたがエース産駒でした
@@アイーン四郎 ちげぇよカスケードはフジキセキ。ライスモデルなんて1度も聞いたことないわ
@@反逆のクリス 間違いにいちいち怒って草w もうちょい丁寧に返信出来んもんかね
ジャパンカップ、全然生きてもない時代のレースだけど、映像で見て初めて涙出たレースだなぁ。
名馬解説の動画、楽しいです。早く次の名馬をみたいです( ꈍᴗꈍ)
カツラギエース!実は「別冊宝島」で買うまで知らなかった😅そして今、ウマ娘などでカツラギエース再降臨!日本馬初となるジャパンカップは忘れられない😂
自分が最初に好きになったお馬さんがカツラギエースです。取り上げてくれてありがとうございます。
カツラギエースとは懐かしいです。第29回有馬記念は私が競馬を意識して見る最初のレース…当時は八大重賞+NHK杯のNHK競馬中継しか地方では競馬を見る機会がありませんでした。三者三様のすさまじいレースをリアルタイム視聴できた事から、現在も競馬と向き合う様になった訳で…(汗
カツラギエース解説動画、有難う御座います!三冠馬で四冠馬のミスターシービー。無敗の三冠馬で七冠馬のシンボリルドルフ。宝塚記念を勝ち、日本馬で初めてジャパンCを制したカツラギエースと云う、中々お目に掛かれない豪華な三強を生で観れた当時の人達が羨ましいです。カツラギエース産駒のアポロピンクが勝った、東京ダービー観に行きました。府中の四歳牝特を制したヤマニンマリーンは、イソノルーブルが制したオークスで………。😭のんちゃんさん、宝塚記念でのスズカコバンの年齢が………アレ🤔?
何度も負けて本番に弱いという評価が彼のマークを外して楽逃げさせるというフラグに繋がるのはいいね
牝馬解説無くなったのがショックです😢あれ好きでした😊
まさに個性派と言う馬ですね。お母さんも報われて良かったです。
この前タイムフェアレディの子が走ってましたみた時びっくりした笑
毎日王冠のシービーとの叩き合いが凄かった…あれを覚えてたらJCも買えたんでは?と思わないでもない。
カツラギエースと西浦のポスター、ビーバップでも出てたね。
谷水雄三役レミリア片山修役妖夢佐藤伝二役衣玖馬主役古明地さとり、アリス、早苗野出長一役天子土門一美役フラン
4歳引退とはいえ3歳4歳で各9戦はヤバいな。
第31回の京都新聞杯の2着馬のリードホーユーはこの年の有馬記念勝利し怪我してそのまま引退し何故か忘れられている…。
田原さん乗っていた馬でしたよね ものすごいクセ馬
リードホーユー、テュデナムキングの有馬記念を獲って 換金場で周りのおっさんに講釈たれたのは今でも良い思い出。
3才時に2回負けたメジロモンスニーが皐月賞とダービー2着か普通に名馬やな
名バイプレーヤーですな
競馬の「け」の字も知らない8歳の少年にも、カツラギエースの勝利のニュースが耳に入るくらい(何のレースかは分かってなかった)、大々的に報じられてた。
次回の名馬解説ですが、アイネスフウジンかアドマイヤベガかアストンマーチャンかエイシンフラッシュをお願いします
( ;∀;)イイハナシダナー衣玖さんが最初のセリに居たから、庭先で買い叩かれるのかと思った
13:30ジョンヘンリーのぶっ飛びがついでのように晒されてて草
今宵も宜しくゾヨ😊
うぽつ!
カツラギエースはシンボリルドルフの無敗記録をストップさせた馬
カツトップエースと名前似てるから、なんらかの繋がりがあると思ってた。
酔っぱらいの土門先生、こんなすごい馬を育てたんだ!🎉私が知ったときにはすでに体を悪くしていて、成績も良くなかった。が、人柄ならば、瀬戸口先生か土門先生が一番良い人だったような?うちの親父は土門先生好きだったなぁ?俺とは考えが合わなかったけど。晩年もよくエース、エースと言ってましたね。
しかし濃い世代だな83世代は牡馬牝馬ともに個性派だ
実際ルドルフにとっても最強の敵だったはず。2000mで戦えば勝負は判らないよ。
最初からせめて西浦だったら、1年目からもう少しまともな成績だった気がするがどうだろうか…。
わずかと言うが、当時だと今の700万レベルでは?もっと高いかも当時だから秋に菊花賞行くのは楽しいよね
後付けの3強。伝説の大逃げでジャパンカップを勝ったことで、ようやく3強と呼ばれるようになった。そして最後のレース、3強で有馬記念の勝負、3強が、1、2、3着。
なぜ安田記念にでなかったのか?ピロウイナーでなくハッピープログレス相手なら、勝てたのではないか?もし安田記念に勝てれば、後年の概念では前代未聞の春古馬三冠で、ジャパンカップは前代未聞の古馬三冠馬によるクラッシック三冠馬2頭をぶっちぎる伝説のレースとなったのではないか?
シンボリルドルフを負かしておきながら、『ミスターシービーのライバル』と皆に共通認識されているのがいいよね。
同期だし毎日王冠でシービーを負かしてるからね
ルドルフの岡部騎手だけはジャパンCで
これはやられた。
と思ったのですが
理由は他の騎手が自馬との差と手綱の張り具合をだけ見て
玉砕覚悟で飛ばしている。このペースでは直線バテる
と判断したのに対し、岡部幸雄騎手だけは西浦騎手の手綱が異常に長いのを見て
馬としっかり折り合っている。
と西浦騎手のトリックを見破り
このペースで行かれたらいくらルドルフでも届かない。トライアルで負けていたら思い切って共倒れ覚悟で鈴付けに行くのだが。
と思ったからです。
有馬記念でも同じ戦法できたので
同じトリックに二度も引っかかる程俺は間抜けではない
と早目に仕掛けてます。
ちなみに西浦トリックはあのタヴァラセーキ(田原成貴)騎手も見抜けなかったそうで、惨敗して猛批判喰らった吉永騎手を
あんな早いペースで走られ、しかも一番人気の馬に騎乗していたら絶対あの位置でしか追えない!俺でも勝てないよ!
とかばっており、栗東に帰る前岡部幸雄騎手に
なぜ岡部さんだけペースが遅いと見破ったのですか?自分は最後まで見抜けませんでした。
と聞いたそうです。
シービーとカツラギの対戦成績は拮抗してるしね
田原騎手もこのJC出てたんですね。
@@やひ-o6r もう一頭出ていた日本馬ダイアナソロンに乗っていました。
このカツラギエースのジャパンカップをみたある少年が19年後に同じ舞台、同じ逃げ馬でジャパンカップ史に残る記録と名実況で勝つ事になる。
事実は小説よりも奇なりとはまさにこの事ですな。
毎日王冠では大型ビジョンの初導入で観客を沸かせたり
天皇賞(秋)が2000メートルに変更されてシービーのためといわれた距離変更をカツラギ陣営がうちのためとかばったり
ジャパンカップで初のメンコをつけることになり矯正具嫌いの調教師にばれないように直前でつけたりと
語るエピソードが多すぎる
宝塚記念とJCしかG1勝ちが居ないのはカツラギエースとその馬しか居ないという
@@せるじい耳の部分の厚さが普通より厚い特性メンコだったりハミが当たってエースが気分を害さない様に長手綱にしたりと本当に試行錯誤して臨んだまさに会心のレースだったんですよね。
19年後もその時のレースで走りたいと思ったジョッキーが調教師になり管理馬としてその馬を送り出し鞍上も先述の通りの因縁。
ゲート入りに難がある同馬が最内で本来先入れのはずが他に先入れを希望した陣営がいたから最後のゲート入りになったという幸運まで重なるという。
本当にこの2頭はエピソードが濃いですよね。
ともに種牡馬成績が
ともにウマ娘に
JCでシンボリの馬が三着‼️次走有馬ではきっちりやり返されるとこまで同じ…。
競馬を見始めてから、1番最初に好きになった名馬がカツラギエースでした(当時小5)。
あれから、幾年も競馬を見ていますが…いつになっても、忘れることはないんだろうなぁと思ってます。
走れマキバオーのベアナックルの父親がこのカツラギエースなんだから
あの時代のいろんな人の脳を焼いたんだろうなぁとおもう
カツラギエースのジャパンカップを観て騎手を志した騎手こそ、佐藤哲三元騎手。
当時の最強馬シンボリクリスエスに9馬身差をつける圧勝劇。正に逃げ馬の真骨頂を見せつけた、2003年のジャパンカップでした。
それもだし、翌年の有馬記念でゴール前坂まで粘って最後は力尽きてロブロイに差されたのもまんまカツラギエースさん。
@@紳士先輩-f8t クリスエス、ロブロイの調教師はルドルフの調教助手だった藤沢和雄
因果は巡るものなのですね
名馬解説シリーズ、本当に嬉しいです。
ウマ娘で史実と反映あるからこうやって知れるのはありがたい
とても面白かったです。 いつもありがとうございます
このカツラギエースの世代は大好きだし、実際にユニークなんですよね。まず世代としてハイレベルであった事。
そして、活躍時期、活躍条件、キャラが綺麗に住み分けられて切磋琢磨した世代。そこがたまらなく好きです。
クラシックの星、シービー。マイル短距離で君臨したピロウイナー、常に中距離で好走し脇役でありつつG1も勝ったスズカコバン、
晩成の名馬カツラギ、さらに晩成のクセ者ギャロップダイナ、他にもドウカンヤシマなど、本当にキャラが立っていた世代。
すぐ下が、ほぼルドルフ一強世代だったから、その対比も面白かったです。名馬シリーズこれからも期待してます(笑)
エアグルーヴの母であるダイナカールもこの世代だっけ?
最近はあまり話題にならないけど間違いなく最強世代と言える時代だと思います。
この83年世代ってシービーにクラシック3冠全部持って行かれたのに古馬になってからシービー、カツラギエース、ニホンピロウイナー、ギャロップダイナ、スズカコバン、リードホーユーと6頭のGⅠ馬が生まれたって派手にすごい世代なのでは?
お陰でシービーが最弱の三冠馬と言われないからなぁ
最弱の無敗の三冠馬と言われるコントレイル世代も今ウシュバテソーロ、ウィンマリリン、パンサラッサと
海外で結果を出して見直しが始まってる
@@せるじい 全く手のひらくるくるやなぁwコントレイル君が報われて良かったけど。
リードホーユーは一応3歳時です
@@せるじい コントレイル世代が弱いと言われてるのはクラシック世代の評価があれなんですよね。ダートは黄金世代で、歴代の中でも強い部類だと思いますが。ヴェルトライゼンデとディープボンド、ウインカーネリアンは頑張ってはいますが。
また、勝った古馬G1もダートを除けば、ジャパンカップ、大阪杯、ドバイターフ、香港ヴァーズ、エリザベス女王杯と、ジャパンカップを除けば牝馬限定、海外G1でも日本馬が走りやすいレース、G1になりたての大阪杯とやはり印象が薄くなります。
世代を評価する際は普通は「世代全体」を見ることにしますが、三冠馬世代は特殊です。なぜなら「〇〇が三冠馬になれたのはクラシックで弱い相手と戦ったから」と評価がされるのです。ですので、三冠馬の場合は「三冠クラシックに出走した馬が活躍したかどうか」が鍵になります。
シービー世代が評価されているのは、ニホンピロウイナー、カツラギエース、スズカコバン、リードホーユーとクラシック出走馬からG1馬が4頭も出ている点です。
他の世代を見ていますと、ルドルフ世代はスズパレードの宝塚記念、ブライアン世代はオフサイドトラップの天皇賞(秋)、ディープ世代はシャドウゲイトのシンガポール空港国際C、オルフェ世代はトーセンラー、サダムパテックのマイルCSと1頭か2頭くらいです。その中でもG1の数や海外遠征が全く盛んでない時代で4頭もだしたのだから頭が下がります。
ジャパンカップの勝ち方から逃げ馬のインパクトが大きいが
実際は好位抜け出しが本来の戦法だった
なお菊花賞でカツラギエース(勝ち馬との着差4.5秒)の後ろに最下位で入線したダート馬アスコットエイト(勝ち馬との着差8.1秒!!)も後に重賞(中日新聞杯)勝ち馬となりオープンを2勝する馬だった。ミスターシービー世代メンツ濃すぎィ!!
シービーの世代はカツラギエース、ニホンピロウイナー、スズカコバンと活躍馬出てましたもんね。
三歳で有馬記念とったリードホーユーも忘れないで
@@せるじい 天秋、安田のギャロップダイナと本当にシービーの世代は名馬が多かったですね。
ルドルフ負かしたギャロップダイナはかなりのインパクトだよ
ちなみにその直後になるルドルフ世代は
ルドルフ>>(越えられない皇帝と言う壁)>>スズパレード>>(越えられないG1馬の壁)>>その他大勢
凄まじい惨状だったとか…
こちらの、ゆっくり解説は解説の盛り上げ方、そしてBGMの選定と言い素晴らしい!
いつも楽しませてもらっています(*^-^*)
ジャパンカップの優勝、お見事でした。
ライブであの歴史的なレースを見れたのは幸せです。
あれから西浦騎手のファンになりました。
期待薄の馬がジャパンカップを制する、だから競馬は面白いんですよね。
カツラギエースのJCを見て騎手を志したある少年。その少年が19年後グレード制導入以降最大の着差をつけ、また「シンボリ」を倒した人馬、それこそ「佐藤哲三」、「タップダンスシチー」。
シンボリクリスエスにとって最大の屈辱でしたよね~
ちなみに陣営はまさか勝つとは思ってないので誰もネクタイ持っておらず
ミスターシービーの陣営から借りて口取りに挑んだそうです。
翌年のギャロップダイナでも同じ状況になり、吉田勝己氏が
誰か、ネクタイ持ってないのか?
と聞いたところ
誰も勝てると思ってないし、そもそもあなたさえ勝つと思ってないのに持ってるわけないでしょ!
と返され、結局ニホンピロウィナー陣営に借りたそうで後日吉田善哉総帥から
ネクタイぐらい用意しとけ!
と怒られたそうです。
但しカツラギ陣営は祝勝会もドタバタだったのに対し、ギャロップダイナ陣営は一応ちゃんとした祝勝会はやれたのですが、これはスワンステークスのシャダイソフィア祝勝会用に準備されていてのを前祝い兼ねてやったからです。
もっとも祝勝会はシャダイソフィア予後不良で精進落としに化けましたが。
カツラギエースと言えば中距離の名人ではあった物の気性が激しい所があり、ジャパンカップで鞍上を務めた西浦勝一騎手によれば『気持ち良く乗せる事が大事と言う事を調教に乗って知り、この馬に乗るとすれば如何に調教の様に長手綱にして気持ち良く乗せるかが大事だと感じその様に乗っかったんだよ。』と言うお話をされていらっしゃいましたね。
コンビとしては京都新聞杯から、気持ち良く乗れば勝つ事を知った大阪杯以降その事を意識してエスコートし、京都新聞杯・大阪杯・京阪杯・宝塚記念・毎日王冠・ジャパンカップと中距離重賞を制した事から西浦騎手としては『シービーが出て来るとそっちに人気が行くから乗るこっち側としては気分的には楽で、人気よりもカツラギエースの気分を良くする方のが大変だったからプレッシャーってあんまりなかったんだよね。』と述回されています。
長手綱と言うと武豊と言うイメージが多い昨今ですが、私個人最初に出会った長手綱がカツラギエースと西浦さんが最初でした。
岡部騎手もジャパンカップの長手綱には気付いてたらしいね
気付いた上で負けてしまったと
カツラギエース=みどりのマキバオーに出てくるベアナックルのイメージでした。
解説聞いてそれまでの暴れん坊のイメージから堅実な走りをする競走馬だと認識を改めました。
名前は変えられていたがエース産駒でした
@@アイーン四郎 ちげぇよ
カスケードはフジキセキ。
ライスモデルなんて1度も聞いたことないわ
@@反逆のクリス 間違いにいちいち怒って草w もうちょい丁寧に返信出来んもんかね
ジャパンカップ、全然生きてもない時代のレースだけど、映像で見て初めて涙出たレースだなぁ。
名馬解説の動画、楽しいです。早く次の名馬をみたいです( ꈍᴗꈍ)
カツラギエース!実は「別冊宝島」で買うまで知らなかった😅
そして今、ウマ娘などでカツラギエース再降臨!日本馬初となるジャパンカップは忘れられない😂
自分が最初に好きになったお馬さんがカツラギエースです。
取り上げてくれてありがとうございます。
カツラギエースとは懐かしいです。
第29回有馬記念は私が競馬を意識して見る最初のレース…当時は八大重賞+NHK杯のNHK競馬中継しか地方では競馬を見る機会がありませんでした。
三者三様のすさまじいレースをリアルタイム視聴できた事から、現在も競馬と向き合う様になった訳で…(汗
カツラギエース解説動画、有難う御座います!
三冠馬で四冠馬のミスターシービー。
無敗の三冠馬で七冠馬のシンボリルドルフ。
宝塚記念を勝ち、日本馬で初めてジャパンCを制したカツラギエースと云う、中々お目に掛かれない豪華な三強を生で観れた当時の人達が羨ましいです。
カツラギエース産駒のアポロピンクが勝った、東京ダービー観に行きました。
府中の四歳牝特を制したヤマニンマリーンは、イソノルーブルが制したオークスで………。😭
のんちゃんさん、宝塚記念でのスズカコバンの年齢が………アレ🤔?
何度も負けて本番に弱いという評価が彼のマークを外して楽逃げさせるというフラグに繋がるのはいいね
牝馬解説無くなったのがショックです😢
あれ好きでした😊
まさに個性派と言う馬ですね。
お母さんも報われて良かったです。
この前タイムフェアレディの子が走ってました
みた時びっくりした笑
毎日王冠のシービーとの叩き合いが凄かった…あれを覚えてたらJCも買えたんでは?と思わないでもない。
カツラギエースと西浦のポスター、ビーバップでも出てたね。
谷水雄三役レミリア
片山修役妖夢
佐藤伝二役衣玖
馬主役古明地さとり、アリス、早苗
野出長一役天子
土門一美役フラン
4歳引退とはいえ3歳4歳で各9戦はヤバいな。
第31回の京都新聞杯の2着馬のリードホーユーはこの年の有馬記念勝利し怪我してそのまま引退し何故か忘れられている…。
田原さん乗っていた馬でしたよね ものすごいクセ馬
リードホーユー、テュデナムキングの有馬記念を獲って 換金場で周りのおっさんに
講釈たれたのは今でも良い思い出。
3才時に2回負けたメジロモンスニーが皐月賞とダービー2着か普通に名馬やな
名バイプレーヤーですな
競馬の「け」の字も知らない8歳の少年にも、カツラギエースの勝利のニュースが耳に入るくらい(何のレースかは分かってなかった)、大々的に報じられてた。
次回の名馬解説ですが、アイネスフウジンかアドマイヤベガかアストンマーチャンかエイシンフラッシュをお願いします
( ;∀;)イイハナシダナー
衣玖さんが最初のセリに居たから、庭先で買い叩かれるのかと思った
13:30ジョンヘンリーのぶっ飛びがついでのように晒されてて草
今宵も宜しくゾヨ😊
うぽつ!
カツラギエースはシンボリルドルフの無敗記録をストップさせた馬
カツトップエースと名前似てるから、なんらかの繋がりがあると思ってた。
酔っぱらいの土門先生、こんなすごい馬を育てたんだ!🎉
私が知ったときにはすでに体を悪くしていて、成績も良くなかった。が、人柄ならば、瀬戸口先生か土門先生が一番良い人だったような?
うちの親父は土門先生好きだったなぁ?俺とは考えが合わなかったけど。
晩年もよくエース、エースと言ってましたね。
しかし濃い世代だな83世代は
牡馬牝馬ともに個性派だ
実際ルドルフにとっても最強の敵だったはず。2000mで戦えば勝負は判らないよ。
最初からせめて西浦だったら、1年目からもう少しまともな成績だった気がするがどうだろうか…。
わずかと言うが、当時だと今の700万レベルでは?
もっと高いかも
当時だから秋に菊花賞行くのは楽しいよね
後付けの3強。伝説の大逃げでジャパンカップを勝ったことで、ようやく3強と呼ばれるようになった。
そして最後のレース、3強で有馬記念の勝負、3強が、1、2、3着。
なぜ安田記念にでなかったのか?
ピロウイナーでなくハッピープログレス相手なら、勝てたのではないか?
もし安田記念に勝てれば、後年の概念では前代未聞の春古馬三冠で、ジャパンカップは前代未聞の古馬三冠馬によるクラッシック三冠馬2頭をぶっちぎる伝説のレースとなったのではないか?