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ありがとうございます!
スパチャ、ありがとうございます!これからも、ドラクエ研究所をお楽しみくださいませ★
子供の頃、開発秘話の漫画があって読んだ記憶があるんですよ。中村さんがはじめはすぎやまさんに懐疑的だったとか、ピンボールのはなしとか、懐かしいな…クラシックで大丈夫か不安だったけど、スタッフが荒野を行くを口ずさんでたのを聞いて安心した、という話が合った気がする
すぎやま先生のハガキは森田和郎の将棋ゲームだったから、コンテスト優勝者にもゲーム制作の機会を与えてたんだね。千田さんの熱意が運命の出会いを導いたと思うわ。
ドラクエ製作秘話がドラマになったら面白そう
ドラクエ1の制作秘話、凄すぎて面白い
開発秘話の中で好きなのは制作会議で誰も机に座らないで机の下に潜ってゲームしたりしながら会議したって話が好き。今の時代じゃそんなことはできないと思うけど、それくらいリラックスして会議した方が柔軟なアイディアも出るよね。後ドラクエの開発陣に若い人がいても堀井さんに遠慮なく意見言ってくるのすごいって本人が言ってたらしい。ゲーム会社に限らず言いたいことが言えるってのはいい職場だと思う
この話、ほんとに凄すぎる誰かが1人でも欠けていたら、ドラゴンクエストは無かったのかなと思うと……。いや、マジで凄すぎる話だ……。
ドラクエのBGMは暗いものも明るいものも全部大好き素敵な曲に出逢わせてくださってありがとうございますの気持ち
夢幻の心臓・・・
この開発秘話を知ると、ドラクエ1をリアタイで中3の時にプレイ出来た自分は、なんてラッキーなんだ!、と思いました。
ファミコンは大したことないと思う人がいるみたいですが、そのファミコンが基礎になって技術を重ねて進歩してるってことがわからないのだろうね。
ドラクエ、MOTHER、ポケモンは兄弟みたいなもんありがとー堀井先生
ハガキのエピソード狂おしいほど好き言ったら何だけど昔の人って余計な事するよなぁw
ドラクエ開発秘話はドラゴンクエストへの道やらやる夫動画やら今の時代色々な手段で入手できるけどその系統の動画が出るたびに毎回見ちゃうくらいには大好きw
ドラゴンクエストはポートピアを作ったエニックスだから面白い!って上級生がファミコン話を力説してて夏休みあたりにエンディングまで見せられた黒いカセットでした。貸して貰いましたが、武器や防具の概念が無くて、ドラキーやゴーストで死んでしまう有様。兄貴のプレイを見てRPGの進め方が解ってきた辺りで目覚めました。いのきばば〜の呪文で不正にクリアしたり。会心の一撃を出そうと無駄に連射したり、、それからドラゴンクエストⅡが発売されるとなった時のワクワク感が忘れられないですし、手に入れるまでの道のりも細かく覚えてます。テレビ画面の色合いは当時ミドリ色のオープニングがあたり前と思ってましたが、青色が公式だという事でⅡからは青色でプレイしました。初代ドラクエはミドリ色というイメージがありますね。
初代DQの開発秘話を描いた漫画「ドラゴンクエストへの道」が昔に発売されていましたが、現在あの書籍自体がだいぶレアですね…。ゲーム関連書籍やサントラはすぐ入手不能になるのが常ですが。私自身はウィザードリィも好きなんですけど、ウィザードリィは独特なとっつきづらさと難易度の高さと不親切さ、そして相当な複雑さ(これはRPGが普及していない時代背景まで考えるべき)を持つことを考えると、DQ1は本当巧い具合に単純化・簡単化しつつ面白さを確保していたと思います。DQ1の時点で「職業」「パーティ編成」「キャラメイク」までやろうとしなかった(DQ1・2・3という段階を踏んだ)のは本当英断だと思ってます。
自分も買いましたよ!二十代の頃に。そんなにレア本に成っていたのか?売らなきゃ良かった!
メモリーに制限がとは音楽だけでなく、文字列にも制限があったとは有名な話。目に見えない基盤の記憶領域を意識できる貴重な逸話です。ドラクエの洞窟でたいまつ切れた絶望感。夜中にスマホライト灯してドラクエウォークしてたら野良犬に出会った時の恐怖感に似ていたと思いました。首輪してても迷い犬と遭遇、そして通報へ、、、新しい時代に共に生きてるなと嬉しくなりました。
Twitterで「ドラクエ1はショボい」なんて言われてましたが色々情報を調べたら分かる今の時代に何でそんな話題が出てきたのか謎です...
後出しなら何とでも言えるからでしょうかね
30年以上も前のゲームの9割方は「ショボい」とすら言われない。そう考えたら、何らかの形で今でも話題になるのは凄い事だと思うけど。実際、当時のゲームが今の技術でリメイクされたとしても「ドラクエ1」ほど知名度と売上があるゲームなんてほとんどないんだから。
あのオープニング曲とスライムの愛らしい容姿。DQ1は天才達の奇跡の縁で成り立ってたんだな。竜王とか画力はともかくなんとなく雰囲気は描けそうだけどもスライムは何億万回考えてもあの愛らしくもLV1に丁度良い雰囲気は描けない。当時スライムと言えばアメリカ寄りの気持ちの悪いグッチャリとしたオモチャのイメージだけど今やスライムと言えば鳥山先生のスライムだね。
そりゃショボいのは間違いないなんせ容量は超少ないし、FC初期の頃だし、『RPGって何?』の時代に万人がわかるように噛み砕いて作られた作品だものその後、続編が出る度にどんどん洗練されて、ストーリーも深みが出て、プレイヤーが引き込まれて行ったワケだでもⅠがあったからこその続編群RPGの宣教師的な役割をはたした功績を考えれば、やはりDQⅠは偉大だと思う
何を基準にしてショボいと批判しているのかは不明ですが、ファミリーコンピュータというハードの限界・カセットの容量の少なさなど、その後のⅡやⅢと比較しても劣る部分があり、その中でもやりくりして作り上げたのがドラゴンクエストでしょう。リアルタイムで遊んだから言えますが、当時としては異彩を放ったソフトでしたよ。
コンテストに優勝した森田和郎さんご自身はドラクエには関わってないけど、『森田和郎の将棋』のアンケートハガキがすぎやま先生をドラクエに導いてるのもまた妙縁なのよね
こんな素晴らしい作品を作り出した堀井雄二さんは本当に偉大。
本当に素晴らしいです。生まれてきてくれてありがとう!!と思いますよね😂😂
さくまあきらに鳥嶋に「出会い」に恵まれたんだよな。だからドラクエは生まれた
すぎやま先生との出会いのエピソードは初めて知りました。ドラクエの音楽は神
運命ってあるんだなぁ。ありとあらゆる要素が絡み合って世界を代表する作品が出来上がったんだな。
正に導かれしモノたちですねw
ドラクエは人生
当時中学生の時、1も2も眼中に無く、たまたま借りた2で遊んだらハマッた。3は、行列に並んで手に入れた。人生で初めて徹夜で並んだ思い出深いゲームだった。
徹夜で並んだ勢でしたか……!お疲れ様でした3はやはり名作ですよね!!
スゴイ!ドラクエみたいな話だな😂導かれし者たち🎉
ロールプレイングゲーム?なんじゃロールパンみたいなゲームと思いながらドラクエ1を本体にセットして電源をONにして、序曲が流れてきた時、全身に鳥肌が立ったあの感動は今でも忘れない
もうモンスターのスライムといえばあの形状が真っ先に。鳥山先生の影響力 恐るべし。
本当にドラゴンクエストは日本にRPGの基盤を作った偉大な作品だということがよく分かります!!私は小さい頃はゲームは強くならないと楽しめないと思っていたので嫌いでしたが。ドラクエをプレイして、ゲームの世界でこんなに感動でき、コツコツレベルを上げれば強くなれる、違う自分になれる素晴らしさを知れて。本当に堀井さん、鳥山先生、すぎやま先生をはじめ関わってきた全ての方々に感謝です…!!鳥山先生の前に鳥嶋さんとも関わりがあったとは驚きです!アラレちゃんでマシリトは知ってましたが、マトリフの元ネタも鳥嶋さんだったのですね…!😅これだけ自分を使われても許可してくれる鳥嶋さんも寛大ですね。神々の方々の武勇伝はいろいろ聞いていましたが、うp主さんの動画でとても濃い内容で分かりやすく、とても面白かったです!!まさに導かれし者たちでバックのBGMの選曲もよかったです👍️(長文になってしまいすみません💦)
長文とても嬉しいです!😍私も、ドラクエに出会わなければゲームにはまっていなかったですし、ゲームで感動できることも知りませんでした。バックのBGMに気づいてくださって嬉しいです!これからも濃く面白い動画を作成して、ドラクエの素晴らしさを語っていきます😊😊
神回だった。誰が欠けてもこんな神ゲーは生まれなかったんだなぁ。偉大な3人が揃う最後の作品 ドラクエ12いつ発売かわからないけど、噛み締めて楽しみたい。
ドラクエ12はいくら発売が遅れてもいいので、じっくり高クオリティで発売されてほしいです!本当に楽しみですね(*'▽')
堀井雄二6:鳥山明2:すぎやまこういち1:中村光一1のイメージ
偉大な3人を結びつけたもう一人の偉人Dr.マシリトを忘れないで。
FC版DQ1を小学生の頃プレイした人の親の世代が大体グループサウンズ世代なので、親子ですぎやまこういち先生の話題で盛り上がるという人も結構いたんじゃないかな? うちはそうだった。
ドラクエをプレイした当時は小3だったけどRPGがよくわからなかったからシステムに馴染めずに投げたなあでもやっていくうちに馴染むことができて面白さに気付いてハマってしまって現在に至る
俺も最初よく理解できなかったw でも友達に色々聞いて敵を倒してレベル上げてを繰り返してたらだんだんと楽しくなってきた思い出w
すぎやまこういち先生のドラクエ製作加入は様々な偶然の産物で、本当に奇跡みたいなもんだな。すぎやま先生の音楽があってこそのドラクエだけど、これが無かったらドラクエも全く別物になってたのかもね。
まだ未知のジャンルのゲームを作るのはこんなにも大変だったのですね。本当に生み出された事が奇跡であり、偉大な事です
RPGを わかりやすく楽しいものに変えたドラクエは、まぎれもなく世界一のシリーズ。
千田さんが集英社に行ったとき、鳥嶋さんが「うちでこの企画を取り扱わせてほしい、他社にはこの企画を持って行かないでほしい」とお願いしてドラクエの情報は独占的に発信できたみたいですね。でも(ゆきのふさん=くさったしたい)はホントに先見の明がありましたね。堀井さんや中村さんもウィザードリィ、ウルティマのいいとこ取り、そしてチュートリアルをしっかりしてRPGに入り込みやすい基礎を築かれたのは、大きな功績ですね。😁😇💯
当時初めて購入したソフトが【ドラゴンクエスト】でした。ただ問題があって、FC持ってなくて、一月後にFC購入するまで、取説を読み倒していました。懐かしい思い出です。
中村さんがドアドアを作った時代は、まだPCゲームが幅をきかせていた時代。テレ東でもPC番組があり、中村さんが出演していた記憶があります。
ドラクエ初めてプレイした時はハイドライド ウルティマ 夢幻の心臓のぱくりだとおもってました
中学1年の時に、ドラクエ発売Dr.スランプアラレちゃんの絵が大好きだったので、ドラクエの絵が凄くはまりました。😊また、音楽もカッコ良すぎで、はまりました。すぎやまこういち先生に依頼する前に出来上っていた音楽も聴いてみたい。😊
ドラクエ開発のエピソードは1冊の漫画にもなってましたね。親子で楽しめるRPGが日本で生まれた。素晴らしいです。
ドラクエ制作秘話の大枠はゲームラボで書かれてたけど、ここまで掘り下げたの話は初めてかも
いや、今回の動画で語られたことの大半は漫画「ドラゴンクエストへの道」(1990年発売)で描かれていることですよ。この投稿主さんもおそらくその漫画を読んで今回の動画を作ったと思われます。
@@モスアット ほえ〜。そんな本があったんですか。よくご存知ですね。
『ドラクエⅠ』マスターの納期を1週間遅らせた理由も漫画に描かれていましたが、開発終盤まで敵の行動パターンが打撃、ギラ、ホイミ、炎の4種類しかなかったため「これでは後半の戦闘が単調になる」との話になり、急遽プログラムほぼ全ての打ち直しに踏み切ったということです。
洲本市(兵庫県)は淡路島にあるので行くのが少々大変
ドラクエファンとしては一度行ってみたいのですが、少々ハードルが高いですよね💦
この動画を観てるだけで涙が止まらないんだが・゜・(つД`)・゜・
ドラクエが画期的だったのは移動はウルティマ、戦闘はウィザードリィとそれぞれの方式を合成したことでプレイヤーにとっては格段に分かりやすくなりました。(ウィザードリィの移動は3Dのワイヤーフレームで先進的だったが現在地が分かりにくい、ウルティマの戦闘は戦略性が高いが複雑で手間がかかり面倒)
当時はまだテーブルトークRPGは微塵も日本では日本では知られてなかったからねぇ。日本で単に「RPG」とだけ言った場合、「コンピュータRPG」を指すようになったのは、ドラクエのあまりに早いヒットと、それに伴うポストドラクエ狙いの作品が次々と生まれたことが大きい要因なんだろうねぇ。
ウォーゲームを好きな人のあいだでは知られていた。バンダイのスペースコブラ、ツクダホビーのエンタープライズやクラッシャージョー、などが発売されていた。有名なゲームでは、ホビージャパンのトラベラー、新和のD&Dも発売されていた。
初代ドラクエが発売された頃はドラゴンボールが連載中だったからその流れでドラクエを知ってゲームをやったけど、30年以上経った今でも続くシリーズになるとは少しも思わなかったな。
ドラクエにより「ドラゴン」の知名度が爆上がり今では何かしらの形でゲームに必ず居るくらい、ファンタジーの常連に
ブルースリーの映画「ドラゴン怒りの鉄拳」や中日ドラゴンズの応援歌「燃えよドラゴンズ」は?
これの前にエロゲを作っててその繋がりでコーエーと仲が良かったと言うんだから驚きだ
「いっき」や「ディープダンジョン」が例に出てくるのがうれしいです。
ドラクエの序曲はすぎやまさんがトイレに入っている間に作曲した、なんて話がありますね。
13:00最強で草
私は40代のおっさんです、DQ4を当時の友人達と並んで買いに行きました、その時に丁度日増しに買ったマンガはドラゴンクエストへの道マンガでした、偶然の出会いがDQシリーズができたんですね
ドラゴンクエストへの道
ただ主要メンバーがエニクス外部の人だから全て外注になるから発売まで時間が掛かるのがファンとしてはもどかしい。
最後の感想で漫画みたいと言っていたけど、ドラゴンクエストへの道の漫画を作ったのは、石ノ森章太郎先生なのも考え深いです。
当時月刊OUT で頻繁に書いてたライターゆう坊の「しばらく休載します」のお知らせが出るとOUT読者は、えにくすの発表より先にドラクエ次作の発売を知った。いや勘づいた。
当時中学生だったのでジャンプはほぼ卒業してて全く無知の状態でたまたま店でパッケージの絵柄だけで選んで買ったソフトだった。徹夜してやったけど当時はレベル上げなんて観念なかったからレベル16くらいでメルキドだったか竜王の島まで行ってしまいかなり厳しくて最初は解けなかったね。ゲームも映画と同じで音楽の要素高いよね。
コンピュータRPGの名作といわれるウィザードリィは音楽が無かった。ゲームにおいて音楽は添え物。
@@awizcd6472 じゃあ全部のゲーム音を消してやられたら良いんじゃないですか。それで名作と言われるゲームが名作のままなら良いと思いますがそうはならんでしょうね。
音楽の要素高いかどうかは映画によって違う。ミュージカル映画(たとえばサウンド・オブ・ミュージック)なら高いし、音楽の無い映画(個人的に好きなのは北野武監督の 3-4×10月)なら低い。ゲームについては、たとえば将棋ソフトはふつう音楽が無いから低い。
@@awizcd6472 割合で言えばほとんどは音楽がなければダメだろ。ゲームも映画も音がないものも好きだけどそれで成り立っているのはごく一部。逆に音楽がないと魅力半減みたいなコンテンツが世の中の大多数。スターウーズとかテレビドラマまで音がなければ魅力半減が世の中の大多数で例外のような少数を基準みたいにいうのは屁理屈みたいで気持ちわるい。30年近く音楽業界にいたけどじゃあなんで仕事あったんだろ?W
確かドラクエ1の容量って携帯やスマホの待ち受け画面程だと聞いたことがあるで、それを1980年代後半に約10名が約5ヶ月で完成させたんだよな〜
8ビットのCPUが使える容量は64KB。
世代的に、堀井雄二さんはドラクエ以前から知っていました。OUTを読んでいたので。パソコン買って、ハマって、テニスゲームとか作って、それが発売されて... っていう感じで、いつの間にか誰でも知っているような有名人になりました。ビックリです。ちなみにポケモンの田尻智さんも、ポケモン発売前から知っていました。
ドルアーガをRPGの元祖と称するのはどこの誰? ソースを知りたいね
やばい 完全に導かれてるww 少なくとも すぎやまこういち先生は奥様に導かれたようですね 奥様大事にしないとなぁ
改めて成り立ちを聞くとすげえカッコイイですねえ。
ドラクエ1の没になった初期BGM聞いてみたいな
根本は皆ゲーム大好きって事だと思う🎮
RPGが日本で発展したのは間違いなくドラクエのおかげ。それからいくつもの名作RPGが生まれドラクエはじめFF、PS2までは名作と言われたRPGをやりつくくした自信ある。でも、時代はかわりオープンワールドばかりのアクション物はヒットし純正RPGは時代遅れのニッチな物になってしまった。悲しいけどこれ現実なのよね。これだけの時代を、俺たちを、子供たちを熱狂させてくれ、何十年とファンを何より大事にしてきてくれたドラクエこそ次の時代に輝くべき。また、日本世界で輝くドラクエを待ってます
堀井さんは当時漫画家の養成学校に行っていてその時の同期に高橋留美子さんがいました。
ストーリー、デザイン、BGM どれをとっても神ゲーのドラクエ。それだけに、すぎやま先生のBGM がドラクエ12で最後になるのが、残念である。
もうこれで大河ドラマ作れそうな話だ
すぎやまこういち先生に関するエピソードは去年の24時間テレビのなかでドラマ化されていますし、今回の動画で語られた内容の大半は「ドラゴンクエストへの道」で漫画化されていますよ。
fcでドラクエの2ヶ月前に発売されたのがハイドライドスペシャルで、これをやってRPGが気になってドラクエに手を出した人が自分の周囲には結構いて、当時はかなり影響あったと思うのだけど、あまりこういう動画では話題にされないね。
ドラクエ1がRPGの先生、てフレーズ、個人的にめちゃくちゃ刺さるんだよ。出たのは小6の時。ある友達が面白いゲームがあると言って家にカセット持ってきて数人で囲んで遊んだのが初遭遇。当時におけるあの衝撃は確かにみんなに知ってもらいたいと思える力があった。それ以降ドラクエにハマり、その傍らRPGの情報をゲーム雑誌で追いかけ。お陰で毎日のように友達を集め家に誰かしら遊びに来て外でサッカー野球などが日課の少年が、立派な引き篭もりになるきっかけになりましたとさ。めでたし、めでたし。
数奇めぐ合わせが重なりがこうなったのか
ジャンプでDQ1の紹介記事を見て、その日のうちに近所のおもちゃ屋に予約を入れたのを覚えてる子供ながら「これは売れるから予約せねば!」と勝手な妄想をしてた
5:36 「身近な犯人が実は犯人だった」て、おかしくね? 「身近な人」てことかな
堀井雄二。鳥山明。すぎやま先生この3人に中村さん!出会うべき人が出会う。ドラクエはもう四十年。凄いですね。すぎやま先生が昨年亡くなりましたがこれはビックリしましたこのあと誰が音楽を担当するのか???楽しみにしてます。このゲームの歴史は不滅です?ありがとうございますドラクエシリーズ。🎊🎊🎊🎊✌️✌️
これ全部「ドラゴンクエストへの道」の漫画で流れが見れます
鳥山先生とすぎやま先生の「遅れてやってくる最強の仲間」感がすごい・・・まるでドラクエ5で終盤に加入するキラーマシンとグレイトドラゴンのようだ
実際は鳥山先生はスライム、すぎやま先生はドラキーだけど。
ドラクエ1が存在したから、現在のJRPGがあるのだと思う。
熱き男達の思いがそれぞれを引き寄せ共鳴し奇跡が起きた。この話をゲーム化してほしい。
ゆう坊のでたとこまかせ!+私立さくま学園=月刊OUT
日本初でファミコンでロールプレイングでミリオンセラーを達成したのは偉業です!
ドラクエのモデルとされるウィザードリィとウルティマのモデルは、アメリカで流行っていたTRPGのダンジョンズ&ドラゴンズ。最近、実写映画化されて日本でも公開されたので、CMじゃないけれど興味のある方は是非❕
《ドラゴンクエストへの道》読みましたよ‼️その時代の導かれし天才たちのオーケストラとも言うべき第1作目😭ドラクエ派?FF派?なんて言われますが、時代と共に大きくスタイルを変えるFFに対して頑なに基本スタイルを貫き通してきたドラクエの強さに興奮させられましたね✊
かなり濃い内容でした。満足満足😊
ありがとうございます😊これでも削ったつもりが、つい濃くなってしまいましたw
そう言えば、中村さんと、すぎやま先生が二人でコンビを組んで征服王に出演されていましたね、あの番組、もう一度やらないかな・・・
開始早々 ちょっと待ったぁああ!! ドルアーガが家庭用ゲーム機初のRPGだとっ??? なんてこった確かに ロール役割を プレイしてる ゲームだけど 確かに徐々にパワーアップして敵倒すけど経験値とかないし 宝箱だけだし、、、、レベルとかないし、、、 スーパーマリオじゃダメなんですねww お姫様助けるけど パワーアップするけどダメなんですねwwちっちゃいままでも いけるもんねマリオはwwパワーアップのレベルアップの成長がクリアの必須条件となるのがRPGってことなのかなぁ冒頭から大変勉強になりました ありがとうございました
堀井雄二さんの先生的な存在、小池一夫(代表作:子連れ狼)の劇画村塾で1期生に高橋留美子・さくまあきら、同期3期生に原哲夫と学んでいた事がスゴイ。
たしか板垣恵介やボーボボの作者もそうですよね。徹底してキャラクター重視を浸透させて、漫画界に与えた影響は計り知れないかも?すごいですよね。誰か引き継げばいいのに。
当時近所のお兄さんが面白いからやってみないと借りたのがDQ1でした。何度もクリアして面白くやっぱりフィールド曲が飽きないのが凄い。ソフトは5500円小学生には高かったが友達に進め10本は布教しましたW因みに自分はお兄さんに借りたので買わなかったが・・・。DQ2以降はきちんと自分で買いましたw
今なら誰と誰と誰がコラボすればこれくらいのゲームが作れるんだろ?とりあえずイラスト尾田栄一郎、音楽常田大希あたり?笑
数奇の巡り合せが偉大なる進歩礎なった😅正に[合縁奇縁]
『夢幻の心臓』辺りも触れてほしかったがまぁいいか
当時、小学生だった。発売前、ドラクエ1が凄そうなのでと手に入れるのが難しくなる思い初めて店にゲームを予約して購入した。でも店頭には山積みで売れ残っていた。なのでドラクエ2は予約しなかったら、予想外に売れていて在庫がなくて、なかなか手に入らなかったのを思い出した。
「子供達にRPGを教える」の子供達=自分の世代である🔅元祖に世代hitしてそういう意味では自分らは幸せ者なのかもね🙂
「身近な犯人が実は犯人だった」小泉構文かな?
初めてのドラクエ、銅の剣を購入してつるはしと勘違いしてドルアーガと同じようにAボタンを押して岩山を壊そうとしてたっけ。
ほかのゲームと同じことするのあるあるですよねw
なんて微笑ましいエピソード! リアルタイムでファミコンで ドルアーガが先だったことが分かりますね
すぎやま先生のくだりが鳥肌すぎた
空いた口を塞ぐことが出来ない18分でした😭
コメントありがとうございます😊18分と改めていわれると、語りたいことが多すぎて動画が長くなってしまったなあ……と思いましたw
堀井雄二先生になってしまったが、私にとっては、ゆう坊の出たとこ任せ!のゆう坊なんだよなぁ。月間OUTが1995年4月に廃刊しなければ、10月にはエヴァンゲリオンが始まったのになぁ。
ビートルズ、スター・ウォーズ‥‥‥世の中には、リアル世代が、「後追いには絶対にその本当のすごさは、理解できない!」などと豪語する、後追いからすれば、看過し難いマウントを余儀なくされるエンタメが存在するが、実はドラゴンクエストも、そのひとつだ。特に、ドラゴンクエスト2の衝撃たるや、いくら言葉を尽くしても、後追い世代に正確に伝えることは、絶対に出来ない‥‥‥‥‥今プレイすると、超ショボいしねww
ドラクエ以前にも、RPGを謳った作品がありましたね。頭脳戦艦ガルやキングスナイト。両方ともRPGとは名ばかりのSTGだけど。
すぎやまこういち先生と久石譲は日本を代表する尊敬出来る作曲家
日本を代表する作曲家は武満徹。すぎやまこういちや久石譲は純粋音楽でなく歌謡曲や映画音楽の作曲家。
植松伸夫さんを忘れていますよ
久石譲と言えば、FCのゾイドですね
ありがとうございます!
スパチャ、ありがとうございます!これからも、ドラクエ研究所をお楽しみくださいませ★
子供の頃、開発秘話の漫画があって読んだ記憶があるんですよ。中村さんがはじめはすぎやまさんに懐疑的だったとか、ピンボールのはなしとか、懐かしいな…クラシックで大丈夫か不安だったけど、スタッフが荒野を行くを口ずさんでたのを聞いて安心した、という話が合った気がする
すぎやま先生のハガキは森田和郎の将棋ゲームだったから、コンテスト優勝者にもゲーム制作の機会を与えてたんだね。
千田さんの熱意が運命の出会いを導いたと思うわ。
ドラクエ製作秘話がドラマになったら面白そう
ドラクエ1の制作秘話、凄すぎて面白い
開発秘話の中で好きなのは制作会議で誰も机に座らないで机の下に潜ってゲームしたりしながら会議したって話が好き。今の時代じゃそんなことはできないと思うけど、それくらいリラックスして会議した方が柔軟なアイディアも出るよね。後ドラクエの開発陣に若い人がいても堀井さんに遠慮なく意見言ってくるのすごいって本人が言ってたらしい。ゲーム会社に限らず言いたいことが言えるってのはいい職場だと思う
この話、ほんとに凄すぎる
誰かが1人でも欠けていたら、ドラゴンクエストは無かったのかなと思うと……。いや、マジで凄すぎる話だ……。
ドラクエのBGMは暗いものも明るいものも全部大好き
素敵な曲に出逢わせてくださってありがとうございますの気持ち
夢幻の心臓・・・
この開発秘話を知ると、ドラクエ1をリアタイで中3の時にプレイ出来た自分は、なんてラッキーなんだ!、と思いました。
ファミコンは大したことないと思う人がいるみたいですが、そのファミコンが基礎になって技術を重ねて進歩してるってことがわからないのだろうね。
ドラクエ、MOTHER、ポケモンは兄弟みたいなもん
ありがとー堀井先生
ハガキのエピソード狂おしいほど好き
言ったら何だけど昔の人って余計な事するよなぁw
ドラクエ開発秘話はドラゴンクエストへの道やらやる夫動画やら今の時代色々な手段で入手できるけどその系統の動画が出るたびに毎回見ちゃうくらいには大好きw
ドラゴンクエストはポートピアを作ったエニックスだから面白い!って上級生がファミコン話を力説してて夏休みあたりにエンディングまで見せられた黒いカセットでした。貸して貰いましたが、武器や防具の概念が無くて、ドラキーやゴーストで死んでしまう有様。兄貴のプレイを見てRPGの進め方が解ってきた辺りで目覚めました。いのきばば〜の呪文で不正にクリアしたり。会心の一撃を出そうと無駄に連射したり、、
それからドラゴンクエストⅡが発売されるとなった時のワクワク感が忘れられないですし、手に入れるまでの道のりも細かく覚えてます。
テレビ画面の色合いは当時ミドリ色のオープニングがあたり前と思ってましたが、青色が公式だという事でⅡからは青色でプレイしました。
初代ドラクエはミドリ色というイメージがありますね。
初代DQの開発秘話を描いた漫画「ドラゴンクエストへの道」が昔に発売されていましたが、現在あの書籍自体がだいぶレアですね…。
ゲーム関連書籍やサントラはすぐ入手不能になるのが常ですが。
私自身はウィザードリィも好きなんですけど、ウィザードリィは独特なとっつきづらさと難易度の高さと不親切さ、そして相当な複雑さ(これはRPGが普及していない時代背景まで考えるべき)を持つことを考えると、DQ1は本当巧い具合に単純化・簡単化しつつ面白さを確保していたと思います。
DQ1の時点で「職業」「パーティ編成」「キャラメイク」までやろうとしなかった(DQ1・2・3という段階を踏んだ)のは本当英断だと思ってます。
自分も買いましたよ!二十代の頃に。そんなにレア本に成っていたのか?売らなきゃ良かった!
メモリーに制限がとは音楽だけでなく、文字列にも制限があったとは有名な話。
目に見えない基盤の記憶領域を意識できる貴重な逸話です。
ドラクエの洞窟でたいまつ切れた絶望感。夜中にスマホライト灯してドラクエウォークしてたら野良犬に出会った時の恐怖感に似ていたと思いました。首輪してても迷い犬と遭遇、そして通報へ、、、
新しい時代に共に生きてるなと嬉しくなりました。
Twitterで「ドラクエ1はショボい」なんて言われてましたが色々情報を調べたら分かる今の時代に何でそんな話題が出てきたのか謎です...
後出しなら何とでも言えるからでしょうかね
30年以上も前のゲームの9割方は「ショボい」とすら言われない。そう考えたら、何らかの形で今でも話題になるのは凄い事だと思うけど。
実際、当時のゲームが今の技術でリメイクされたとしても「ドラクエ1」ほど知名度と売上があるゲームなんてほとんどないんだから。
あのオープニング曲と
スライムの愛らしい容姿。
DQ1は天才達の奇跡の縁で
成り立ってたんだな。
竜王とか画力はともかく
なんとなく雰囲気は描けそうだけども
スライムは何億万回考えても
あの愛らしくもLV1に丁度良い雰囲気は
描けない。
当時スライムと言えば
アメリカ寄りの
気持ちの悪いグッチャリとした
オモチャのイメージだけど
今やスライムと言えば
鳥山先生のスライムだね。
そりゃショボいのは間違いない
なんせ容量は超少ないし、
FC初期の頃だし、
『RPGって何?』の時代に万人がわかるように噛み砕いて作られた作品だもの
その後、続編が出る度にどんどん洗練されて、
ストーリーも深みが出て、
プレイヤーが引き込まれて行ったワケだ
でもⅠがあったからこその続編群
RPGの宣教師的な役割をはたした功績を考えれば、
やはりDQⅠは偉大だと思う
何を基準にしてショボいと批判しているのかは不明ですが、ファミリーコンピュータというハードの限界・カセットの容量の少なさなど、その後のⅡやⅢと比較しても劣る部分があり、その中でもやりくりして作り上げたのがドラゴンクエストでしょう。
リアルタイムで遊んだから言えますが、当時としては異彩を放ったソフトでしたよ。
コンテストに優勝した森田和郎さんご自身はドラクエには関わってないけど、『森田和郎の将棋』のアンケートハガキがすぎやま先生をドラクエに導いてるのもまた妙縁なのよね
こんな素晴らしい作品を作り出した堀井雄二さんは本当に偉大。
本当に素晴らしいです。生まれてきてくれてありがとう!!と思いますよね😂😂
さくまあきらに鳥嶋に「出会い」に恵まれたんだよな。だからドラクエは生まれた
すぎやま先生との出会いのエピソードは初めて知りました。ドラクエの音楽は神
運命ってあるんだなぁ。
ありとあらゆる要素が絡み合って世界を代表する作品が出来上がったんだな。
正に導かれしモノたちですねw
ドラクエは人生
当時中学生の
時、1も2も眼中に無く、たまたま借りた2で遊んだらハマッた。3は、行列に並んで手に入れた。人生で初めて徹夜で並んだ思い出深いゲームだった。
徹夜で並んだ勢でしたか……!
お疲れ様でした
3はやはり名作ですよね!!
スゴイ!
ドラクエみたいな話だな😂
導かれし者たち🎉
ロールプレイングゲーム?なんじゃロールパンみたいなゲームと思いながらドラクエ1を本体にセットして電源をONにして、序曲が流れてきた時、全身に鳥肌が立ったあの感動は今でも忘れない
もうモンスターのスライムといえばあの形状が真っ先に。鳥山先生の影響力 恐るべし。
本当にドラゴンクエストは日本にRPGの基盤を作った偉大な作品だということがよく分かります!!私は小さい頃はゲームは強くならないと楽しめないと思っていたので嫌いでしたが。ドラクエをプレイして、ゲームの世界でこんなに感動でき、コツコツレベルを上げれば強くなれる、違う自分になれる素晴らしさを知れて。本当に堀井さん、鳥山先生、すぎやま先生をはじめ関わってきた全ての方々に感謝です…!!
鳥山先生の前に鳥嶋さんとも関わりがあったとは驚きです!アラレちゃんでマシリトは知ってましたが、マトリフの元ネタも鳥嶋さんだったのですね…!😅これだけ自分を使われても許可してくれる鳥嶋さんも寛大ですね。
神々の方々の武勇伝はいろいろ聞いていましたが、うp主さんの動画でとても濃い内容で分かりやすく、とても面白かったです!!まさに導かれし者たちでバックのBGMの選曲もよかったです👍️
(長文になってしまいすみません💦)
長文とても嬉しいです!😍
私も、ドラクエに出会わなければゲームにはまっていなかったですし、ゲームで感動できることも知りませんでした。
バックのBGMに気づいてくださって嬉しいです!
これからも濃く面白い動画を作成して、ドラクエの素晴らしさを語っていきます😊😊
神回だった。
誰が欠けてもこんな神ゲーは生まれなかったんだなぁ。
偉大な3人が揃う最後の作品 ドラクエ12
いつ発売かわからないけど、噛み締めて楽しみたい。
ドラクエ12はいくら発売が遅れてもいいので、じっくり高クオリティで発売されてほしいです!
本当に楽しみですね(*'▽')
堀井雄二6:鳥山明2:すぎやまこういち1:中村光一1のイメージ
偉大な3人を結びつけたもう一人の偉人Dr.マシリトを忘れないで。
FC版DQ1を小学生の頃プレイした人の親の世代が大体グループサウンズ世代なので、親子ですぎやまこういち先生の話題で盛り上がるという人も結構いたんじゃないかな? うちはそうだった。
ドラクエをプレイした当時は小3だったけど
RPGがよくわからなかったからシステムに馴染めずに投げたなあ
でもやっていくうちに馴染むことができて面白さに気付いてハマってしまって現在に至る
俺も最初よく理解できなかったw でも友達に色々聞いて敵を倒してレベル上げてを繰り返してたらだんだんと楽しくなってきた思い出w
すぎやまこういち先生のドラクエ製作加入は様々な偶然の産物で、本当に奇跡みたいなもんだな。
すぎやま先生の音楽があってこそのドラクエだけど、これが無かったらドラクエも全く別物になってたのかもね。
まだ未知のジャンルのゲームを作るのはこんなにも大変だったのですね。本当に生み出された事が奇跡であり、偉大な事です
RPGを わかりやすく楽しいものに変えたドラクエは、まぎれもなく世界一のシリーズ。
千田さんが集英社に行ったとき、鳥嶋さんが「うちでこの企画を取り扱わせてほしい、他社にはこの企画を持って行かないでほしい」とお願いしてドラクエの情報は独占的に発信できたみたいですね。でも(ゆきのふさん=くさったしたい)はホントに先見の明がありましたね。堀井さんや中村さんもウィザードリィ、ウルティマのいいとこ取り、そしてチュートリアルをしっかりしてRPGに入り込みやすい基礎を築かれたのは、大きな功績ですね。😁😇💯
当時初めて購入したソフトが【ドラゴンクエスト】でした。
ただ問題があって、FC持ってなくて、一月後にFC購入するまで、取説を読み倒していました。
懐かしい思い出です。
中村さんがドアドアを作った時代は、まだPCゲームが幅をきかせていた時代。テレ東でもPC番組があり、中村さんが出演していた記憶があります。
ドラクエ初めてプレイした時はハイドライド ウルティマ 夢幻の心臓のぱくりだとおもってました
中学1年の時に、ドラクエ発売
Dr.スランプアラレちゃんの絵が大好きだったので、ドラクエの絵が凄くはまりました。😊
また、音楽もカッコ良すぎで、はまりました。
すぎやまこういち先生に依頼する前に出来上っていた音楽も聴いてみたい。😊
ドラクエ開発のエピソードは1冊の漫画にもなってましたね。親子で楽しめるRPGが日本で生まれた。素晴らしいです。
ドラクエ制作秘話の大枠はゲームラボで書かれてたけど、ここまで掘り下げたの話は初めてかも
いや、今回の動画で語られたことの大半は漫画「ドラゴンクエストへの道」(1990年発売)で描かれていることですよ。この投稿主さんもおそらくその漫画を読んで今回の動画を作ったと思われます。
@@モスアット
ほえ〜。そんな本があったんですか。よくご存知ですね。
『ドラクエⅠ』マスターの納期を1週間遅らせた理由も漫画に描かれていましたが、開発終盤まで敵の行動パターンが打撃、ギラ、ホイミ、炎の4種類しかなかったため「これでは後半の戦闘が単調になる」との話になり、急遽プログラムほぼ全ての打ち直しに踏み切ったということです。
洲本市(兵庫県)は淡路島にあるので行くのが少々大変
ドラクエファンとしては一度行ってみたいのですが、少々ハードルが高いですよね💦
この動画を観てるだけで涙が止まらないんだが・゜・(つД`)・゜・
ドラクエが画期的だったのは移動はウルティマ、戦闘はウィザードリィとそれぞれの方式を合成したことで
プレイヤーにとっては格段に分かりやすくなりました。
(ウィザードリィの移動は3Dのワイヤーフレームで先進的だったが現在地が分かりにくい、ウルティマの戦闘は戦略性が高いが複雑で手間がかかり面倒)
当時はまだテーブルトークRPGは微塵も日本では日本では知られてなかったからねぇ。
日本で単に「RPG」とだけ言った場合、「コンピュータRPG」を指すようになったのは、ドラクエのあまりに早いヒットと、それに伴うポストドラクエ狙いの作品が次々と生まれたことが大きい要因なんだろうねぇ。
ウォーゲームを好きな人のあいだでは知られていた。バンダイのスペースコブラ、ツクダホビーのエンタープライズやクラッシャージョー、などが発売されていた。有名なゲームでは、ホビージャパンのトラベラー、新和のD&Dも発売されていた。
初代ドラクエが発売された頃はドラゴンボールが連載中だったからその流れでドラクエを知ってゲームをやったけど、30年以上経った今でも続くシリーズになるとは少しも思わなかったな。
ドラクエにより「ドラゴン」の知名度が爆上がり
今では何かしらの形でゲームに必ず居るくらい、ファンタジーの常連に
ブルースリーの映画「ドラゴン怒りの鉄拳」や中日ドラゴンズの応援歌「燃えよドラゴンズ」は?
これの前にエロゲを作っててその繋がりでコーエーと仲が良かったと言うんだから驚きだ
「いっき」や「ディープダンジョン」が例に出てくるのがうれしいです。
ドラクエの序曲はすぎやまさんがトイレに入っている間に作曲した、なんて話がありますね。
13:00
最強で草
私は40代のおっさんです、DQ4を当時の友人達と並んで買いに行きました、その時に丁度日増しに買ったマンガはドラゴンクエストへの道マンガでした、偶然の出会いがDQシリーズができたんですね
ドラゴンクエストへの道
ただ主要メンバーがエニクス外部の人だから全て外注になるから発売まで時間が掛かるのがファンとしてはもどかしい。
最後の感想で漫画みたいと言っていたけど、ドラゴンクエストへの道の漫画を作ったのは、石ノ森章太郎先生なのも考え深いです。
当時月刊OUT で頻繁に書いてたライターゆう坊の「しばらく休載します」のお知らせが出るとOUT読者は、えにくすの発表より先にドラクエ次作の発売を知った。いや勘づいた。
当時中学生だったのでジャンプはほぼ卒業してて全く無知の状態でたまたま店でパッケージの絵柄だけで選んで買ったソフトだった。徹夜してやったけど当時はレベル上げなんて観念なかったからレベル16くらいでメルキドだったか竜王の島まで行ってしまいかなり厳しくて最初は解けなかったね。ゲームも映画と同じで音楽の要素高いよね。
コンピュータRPGの名作といわれるウィザードリィは音楽が無かった。ゲームにおいて音楽は添え物。
@@awizcd6472 じゃあ全部のゲーム音を消してやられたら良いんじゃないですか。それで名作と言われるゲームが名作のままなら良いと思いますがそうはならんでしょうね。
音楽の要素高いかどうかは映画によって違う。ミュージカル映画(たとえばサウンド・オブ・ミュージック)なら高いし、音楽の無い映画(個人的に好きなのは北野武監督の 3-4×10月)なら低い。ゲームについては、たとえば将棋ソフトはふつう音楽が無いから低い。
@@awizcd6472 割合で言えばほとんどは音楽がなければダメだろ。ゲームも映画も音がないものも好きだけどそれで成り立っているのはごく一部。逆に音楽がないと魅力半減みたいなコンテンツが世の中の大多数。スターウーズとかテレビドラマまで音がなければ魅力半減が世の中の大多数で例外のような少数を基準みたいにいうのは屁理屈みたいで気持ちわるい。30年近く音楽業界にいたけどじゃあなんで仕事あったんだろ?W
確かドラクエ1の容量って携帯やスマホの待ち受け画面程だと聞いたことがある
で、それを1980年代後半に約10名が約5ヶ月で完成させたんだよな〜
8ビットのCPUが使える容量は64KB。
世代的に、堀井雄二さんはドラクエ以前から知っていました。OUTを読んでいたので。パソコン買って、ハマって、テニスゲームとか作って、それが発売されて... っていう感じで、いつの間にか誰でも知っているような有名人になりました。ビックリです。
ちなみにポケモンの田尻智さんも、ポケモン発売前から知っていました。
ドルアーガをRPGの元祖と称するのはどこの誰? ソースを知りたいね
やばい 完全に導かれてるww 少なくとも すぎやまこういち先生は奥様に導かれたようですね 奥様大事にしないとなぁ
改めて成り立ちを聞くとすげえカッコイイですねえ。
ドラクエ1の没になった初期BGM聞いてみたいな
根本は皆ゲーム大好きって事だと思う🎮
RPGが日本で発展したのは間違いなくドラクエのおかげ。
それからいくつもの名作RPGが生まれドラクエはじめFF、PS2までは名作と言われたRPGをやりつくくした自信ある。
でも、時代はかわりオープンワールドばかりのアクション物はヒットし純正RPGは時代遅れのニッチな物になってしまった。
悲しいけどこれ現実なのよね。
これだけの時代を、俺たちを、子供たちを熱狂させてくれ、何十年とファンを何より大事にしてきてくれたドラクエこそ次の時代に輝くべき。
また、日本世界で輝くドラクエを待ってます
堀井さんは当時漫画家の養成学校に行っていてその時の同期に高橋留美子さんがいました。
ストーリー、デザイン、BGM どれをとっても神ゲーのドラクエ。
それだけに、すぎやま先生のBGM がドラクエ12で最後になるのが、残念である。
もうこれで大河ドラマ作れそうな話だ
すぎやまこういち先生に関するエピソードは去年の24時間テレビのなかでドラマ化されていますし、今回の動画で語られた内容の大半は「ドラゴンクエストへの道」で漫画化されていますよ。
fcでドラクエの2ヶ月前に発売されたのがハイドライドスペシャルで、これをやってRPGが気になってドラクエに手を出した人が自分の周囲には結構いて、当時はかなり影響あったと思うのだけど、あまりこういう動画では話題にされないね。
ドラクエ1がRPGの先生、てフレーズ、個人的にめちゃくちゃ刺さるんだよ。出たのは小6の時。ある友達が面白いゲームがあると言って家にカセット持ってきて数人で囲んで遊んだのが初遭遇。当時におけるあの衝撃は確かにみんなに知ってもらいたいと思える力があった。それ以降ドラクエにハマり、その傍らRPGの情報をゲーム雑誌で追いかけ。
お陰で毎日のように友達を集め家に誰かしら遊びに来て外でサッカー野球などが日課の少年が、立派な引き篭もりになるきっかけになりましたとさ。
めでたし、めでたし。
数奇めぐ合わせが重なりがこうなったのか
ジャンプでDQ1の紹介記事を見て、その日のうちに近所のおもちゃ屋に予約を入れたのを覚えてる
子供ながら「これは売れるから予約せねば!」と勝手な妄想をしてた
5:36 「身近な犯人が実は犯人だった」て、おかしくね? 「身近な人」てことかな
堀井雄二。鳥山明。すぎやま先生この3人に中村さん!出会うべき人が出会う。ドラクエはもう四十年。凄いですね。すぎやま先生が昨年亡くなりましたがこれはビックリしましたこのあと誰が音楽を担当するのか???楽しみにしてます。このゲームの歴史は不滅です?ありがとうございますドラクエシリーズ。🎊🎊🎊🎊✌️✌️
これ全部「ドラゴンクエストへの道」の漫画で流れが見れます
鳥山先生とすぎやま先生の「遅れてやってくる最強の仲間」感がすごい・・・
まるでドラクエ5で終盤に加入するキラーマシンとグレイトドラゴンのようだ
実際は鳥山先生はスライム、すぎやま先生はドラキーだけど。
ドラクエ1が存在したから、現在のJRPGがあるのだと思う。
熱き男達の思いがそれぞれを引き寄せ共鳴し奇跡が起きた。
この話をゲーム化してほしい。
ゆう坊のでたとこまかせ!+私立さくま学園=月刊OUT
日本初でファミコンで
ロールプレイングでミリオンセラーを達成したのは偉業です!
ドラクエのモデルとされるウィザードリィとウルティマのモデルは、アメリカで流行っていたTRPGのダンジョンズ&ドラゴンズ。
最近、実写映画化されて日本でも公開されたので、CMじゃないけれど興味のある方は是非❕
《ドラゴンクエストへの道》読みましたよ‼️
その時代の導かれし天才たちのオーケストラとも言うべき第1作目😭
ドラクエ派?FF派?なんて言われますが、時代と共に大きくスタイルを変えるFFに対して頑なに基本スタイルを貫き通してきたドラクエの強さに興奮させられましたね✊
かなり濃い内容でした。
満足満足😊
ありがとうございます😊
これでも削ったつもりが、つい濃くなってしまいましたw
そう言えば、中村さんと、すぎやま先生が二人でコンビを組んで
征服王に出演されていましたね、あの番組、もう一度やらないかな・・・
開始早々 ちょっと待ったぁああ!! ドルアーガが家庭用ゲーム機初のRPGだとっ??? なんてこった
確かに ロール役割を プレイしてる ゲームだけど 確かに徐々にパワーアップして敵倒すけど
経験値とかないし 宝箱だけだし、、、、レベルとかないし、、、
スーパーマリオじゃダメなんですねww お姫様助けるけど パワーアップするけどダメなんですねww
ちっちゃいままでも いけるもんねマリオはww
パワーアップのレベルアップの成長がクリアの必須条件となるのがRPGってことなのかなぁ
冒頭から大変勉強になりました ありがとうございました
堀井雄二さんの先生的な存在、小池一夫(代表作:子連れ狼)の劇画村塾で1期生に高橋留美子・さくまあきら、同期3期生に原哲夫と学んでいた事がスゴイ。
たしか板垣恵介やボーボボの作者もそうですよね。
徹底してキャラクター重視を浸透させて、漫画界に与えた影響は計り知れないかも?
すごいですよね。誰か引き継げばいいのに。
当時近所のお兄さんが面白いからやってみないと借りたのがDQ1でした。何度もクリアして面白くやっぱりフィールド曲が飽きないのが凄い。ソフトは5500円小学生には高かったが友達に進め10本は布教しましたW因みに自分はお兄さんに借りたので買わなかったが・・・。DQ2以降はきちんと自分で買いましたw
今なら誰と誰と誰がコラボすればこれくらいのゲームが作れるんだろ?
とりあえずイラスト尾田栄一郎、音楽常田大希あたり?笑
数奇の巡り合せが偉大なる進歩礎なった😅正に[合縁奇縁]
『夢幻の心臓』辺りも触れてほしかったが
まぁいいか
当時、小学生だった。発売前、ドラクエ1が凄そうなのでと手に入れるのが難しくなる思い初めて店にゲームを予約して購入した。
でも店頭には山積みで売れ残っていた。
なのでドラクエ2は予約しなかったら、予想外に売れていて在庫がなくて、なかなか手に入らなかったのを思い出した。
「子供達にRPGを教える」
の子供達=自分の世代である🔅
元祖に世代hitしてそういう意味では自分らは幸せ者なのかもね🙂
「身近な犯人が実は犯人だった」
小泉構文かな?
初めてのドラクエ、
銅の剣を購入してつるはしと勘違いして
ドルアーガと同じようにAボタンを押して
岩山を壊そうとしてたっけ。
ほかのゲームと同じことするのあるあるですよねw
なんて微笑ましいエピソード! リアルタイムでファミコンで ドルアーガが先だったことが分かりますね
すぎやま先生のくだりが鳥肌すぎた
空いた口を塞ぐことが出来ない18分でした😭
コメントありがとうございます😊
18分と改めていわれると、語りたいことが多すぎて動画が長くなってしまったなあ……と思いましたw
堀井雄二先生になってしまったが、私にとっては、ゆう坊の出たとこ任せ!のゆう坊なんだよなぁ。月間OUTが1995年4月に廃刊しなければ、10月にはエヴァンゲリオンが始まったのになぁ。
ビートルズ、スター・ウォーズ‥‥‥
世の中には、リアル世代が、「後追いには絶対にその本当のすごさは、理解できない!」などと豪語する、後追いからすれば、看過し難いマウントを余儀なくされるエンタメが存在するが、実はドラゴンクエストも、そのひとつだ。
特に、ドラゴンクエスト2の衝撃たるや、いくら言葉を尽くしても、後追い世代に正確に伝えることは、絶対に出来ない‥‥‥‥‥
今プレイすると、超ショボいしねww
ドラクエ以前にも、RPGを謳った作品がありましたね。頭脳戦艦ガルやキングスナイト。両方ともRPGとは名ばかりのSTGだけど。
すぎやまこういち先生と久石譲は日本を代表する尊敬出来る作曲家
日本を代表する作曲家は武満徹。すぎやまこういちや久石譲は純粋音楽でなく歌謡曲や映画音楽の作曲家。
植松伸夫さんを忘れていますよ
久石譲と言えば、FCのゾイドですね