東ドイツ旅行(1) 1989年5月13~16日

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  • Опубліковано 14 січ 2025

КОМЕНТАРІ • 16

  • @andaman9724
    @andaman9724 2 роки тому +4

    私もこの年の8月東ドイツ、ポーランド、ハンガリー、チェコスロバキア、ルーマニアとブルガリア、ユーゴに行きました。ユーゴ以外の東側はなんとなく陰気な、そして排ガスのにおいが充満していた。懐かしい映像です。
    別の人が要っている通り、当時アジア人観光客といえば黄金の国ジパング人がほとんどでした。いい時代でした。

  • @this5is5a5pen
    @this5is5a5pen 4 роки тому +24

    この時代にドイツを観光するアジア人はバブル時代の日本人だけだから異様に目立ちますね。

  • @takamura2
    @takamura2 2 роки тому

    貴重な映像ありがとうございます。

  • @産み損育て損
    @産み損育て損 3 роки тому +7

    秘密警察だらけの監視国家でした。

  • @かっちゃん-r3h
    @かっちゃん-r3h 3 роки тому +2

    煤けた感じが東欧らしく懐かしい。

  • @モリー油
    @モリー油 4 роки тому +5

    主が行ったんですか?
    私が産まれたときには既にユーゴスラビアぐらいしか残っていなかったので、実際の社会主義の空気を感じたことがありません。
    少し羨ましいですね。

  • @Danny-wy8kz
    @Danny-wy8kz 4 роки тому +3

    カールマルクスシュタット!
    カタリナヴィットの地元ですな😳

  • @君ストーム
    @君ストーム 2 роки тому +1

    芸術や音楽は西より東のほうが優れていたのをお察しできます!

  • @harappa5
    @harappa5 4 роки тому +14

    当時の社会主義国家でも、日本人観光客向けに、日本語が流れるナレーションがあるんだな。

    • @かっちゃん-r3h
      @かっちゃん-r3h 3 роки тому +6

      現在、世界中に中韓の観光客が溢れていますが、当時は夢また夢。貧しくて旅行どころではなかった。欧米でアジア人観光客といえば日本人ばかり。日本の古き良き時代であった。ところで全世界の人たちがスマホやデジカメで写真を撮りまくっていますが、フィルムカメラ時代、日本人観光客が写真を撮りまくっていたのを世界中の人たちが日本人はなんでも写真に撮っていると揶揄していました。これは単に経済的な理由でした。カメラやフィルムが高くて日本人のように気軽に写真を撮れなかっただけのことでした。

  • @alaindelon2099
    @alaindelon2099 2 роки тому

    いつか、ゲーテゆかりの地で『ファウスト』を原文で読みたいと思ってる。全然独語はからっきしですけど...

  • @毘-y9k
    @毘-y9k Рік тому

    ドレスデン?

  • @山田卓耶
    @山田卓耶 4 роки тому +5

    まだ国として東ドイツあったの?

    • @トナカイ-d9g
      @トナカイ-d9g 4 роки тому +4

      統一は90年10月なのでまだあと一年くらい残ってますね

    • @ココア-u7h
      @ココア-u7h 3 роки тому +4

      ベルリンの壁崩壊が、89年11月7日、
      東西ドイツ統一が90年10月3日なので
      まだ、東ドイツとしてちゃんと機能してる時期ですが既にこの時には国家に予算がなく、大変な時期だったと思われます。

    • @andaman9724
      @andaman9724 2 роки тому +1

      @二郎 田中 ルーマニアが酷かった。ユーゴは西側と変わらなかった。