昭和40年代後半の寸又峡

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  • Опубліковано 3 лют 2025

КОМЕНТАРІ • 6

  • @DJ-ow4hx
    @DJ-ow4hx 12 днів тому

    名鉄グループから離れて、昔のバスの塗装に戻ったのですが、昔のブルーだった部分が汚れ防止?で濃い青になっているのが残念。
    あの 水色の部分は大井川の水を表す ブルー って聞いたことがあります。

    • @user-nekosin
      @user-nekosin  12 днів тому

      昔のバスの色になったのはコロナ前にいたえらいさんの趣味なんですw

  • @fairlightcmi3
    @fairlightcmi3 4 роки тому +1

    貴重な映像ありがとうございます。
    この数年後(昭和52年3月)ランドナーで寸又峡温泉を訪れました。
    服装を見て、「昭和40年代ってこんな感じだったんだ」と、思い出させていただきました。
    駐車場前の三角屋根の建物、この頃から有ったんですね。
    でこぼこ道を揺れながら走るバス...何だかとても懐かしく感じます。

  • @hisashi6845
    @hisashi6845 3 роки тому

    金嬉老事件の頃20歳でした
    あれから全国区になりましたね
    義理の叔父が寸又の生まれです昭和54年頃に一度訪ねた事がありましたたしかペンションやってました

  • @sinsumiemon
    @sinsumiemon 4 роки тому +1

    8mm映像⁉️

    • @user-nekosin
      @user-nekosin  4 роки тому

      そうです、なので無声です。