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これ、ちょーいい動画だった。ダースさんの考え方の根本やエピソード満載!三輪さんもとても良い質問。多くの人に聞いてほしい。
嬉しいです!!多くの人に聞いてほしいですよね!!(また呼びたいです)
暖炉の前で聞くような話😆お二人が淡々と話していく内容が、ドンドン身体の中に一言一言染み込んでいく。ホント楽しい配信でした。何度も聞き直してしまう🤣ありがとうございました。
「暖炉の前で聞くような話」👈最高の褒め言葉、ありがとうございます😊
三輪さんの動画はいろんな方と対談されているから楽しいですよね😉くらたまさんがどうなったか気になりますが。
ダースさん目当てで視聴しましたが、とても興味深い内容でしたのでチャンネル登録させていただきました!🙌🔥
ありがとうございます!!!
先生おはようございます🌅今仕事が終わって見させて頂いてます😃意外なゲストの方でビックリしました✨ゆっくり見させて頂きます😃いつも有り難うございます😃✨
ありがとうございます😊
三輪さん、いつも楽しく配信見させてもらってます。今回はダースファンとしては最高でした笑雑談回も憲法回もラジオ感覚で聞けてとっても興味深いです。
最高ですよね、私も思い切ってお声がけしました!とても気さくにOK出してくださいましたよ!!
5:00 「人質司法が基本」となっている現状は先進国から見れば前近代と指摘されても何も言えないですね。7:10 国家が制度として現場で従事する職員に殺人を命じている現実を他人事ではなく自分のこととして理解してもらいたいですね。37:00 構造のおかしさを中から知れる体験も貴重ですが、それにちゃんと気づくことができた三輪さんも素晴らしいと思います。45:30 「公平中立」にしようとするあまり無味乾燥な伝え方になっているのは教科書も共通していますね。57:50 「民主主義だから警察や自衛隊は私達市民の代表であり必ず正しいはずである」という認識の強さには本当に頭を抱えています。1:10:00 知らないという罪を問うつもりはないのですが知らないという自覚すらなかったり、自覚があってもそれに対して真摯に学ぶでもなく浅はかな非難をすることに絶望を感じます。1:14:00 死刑制度に反対するでもなく存置を許容していることに対して無自覚なんですよね、万事においてこの状況なんですが。1:18:10 むしろ市民の立場でありながらカジュアルに権力者の立場で社会を捉えている人が少なくないことに驚くばかりです。1:24:00 バリアフリーの環境の捉え方が施設に依存するのではなく、教育も含めた環境作りなんですね。1:47:00 私は常に知ってることより知らないことのほうが多く、他人よりものを知らない人間という姿勢でいるつもりです。1:52:40 私もダース・レイダーさんを知ったきっかけはヒルカラナンデスからなんですよね(東京ポッド許可局やTBSラジオのデイキャッチでプチ鹿島さんのことは予てから存じておりました)、個人的にお薦めしたいのは神保哲生さん、前嶋和弘さんと定期的にされている対談です。いちヒルカラマニアとしてとても楽しめました、ダースさん、三輪さんありがとうございました。
終盤、三輪先生がふと「自由に生きることと、いろんな人と生きることって、両立しますよね」とおっしゃっていて、すごく共感しました。私もダースさんの配信をいろいろ拝見しながら、そのときどきのトークテーマについて知見が広まること以上に、ダースさんの人との関わり方に学ぶことが多いなあと思っていました。
すごく充実した時間でした!また来てほしいですね!!
そして、それは宇野教授が民主主義について語る前述の民主主義についての東大TVの動画の冒頭で、ある疑問を宇野先生が学生時代の痛烈な体験で、それが後にその道の研究者になるきっかけとなった経験を視聴者に語っていましたが、すなわち日本人とは異なり、アメリカの学生はデモクラシーとか、ヒューマンライツを語る時に自分の言葉で、それは何かを切々と語ることができるのに対して、日本にいた宇野教授の同じ大学生の頃は全く語れなかったことに愕然としたというものです。宇野教授いわくたしかに知識として言えと言われれば言えるのですが、日本にいる我々がその意味や重要性を自分の言葉で語るというのは当時出来なかったし、日本にいる人間ならそうではないかと。私は、結局その答は前述したことに起因するのではないかと思いますね😉。あと、表面的に知識として民主主義とは人権とはと学生時代勉強したつもりになっていても、思考力があまりないためにそれらに対する深い理解が足りてないために表面的にしか答られないのが大半になるという原因もあるとは思っていますね。本当に理解していたら、デモクラシーとは何か、ヒューマンライツとは何かを教科書に書いてあることを表面上なぞるだけでなく、応用して、それを自分の頭で身近に考え、自分の言葉で語るということが、諸外国の人達のようにたとえ日本は諸外国の民主主義国家のように内発的に専制国家の為政者から民衆が抵抗して民主主義革命により見事デモクラシーやヒューマンライツを勝ちとって民主主義国家になっていったのではなく、専制国家が単に第二次世界対戦により負けて、諸外国の民主主義国家から人権を重視し、かつ民主主義的な憲法を外発的に与えられて表面的に民主主義国家になったに過ぎなく、為政者のマインドも民衆のマインドも今でも非民主主義的なもので特にたいして変わらなかったとしても、出来る筈ですから。
発言する機会を奪われたことがなかったのでしょうね、、宇野先生は。。と思いました。
@@城間照雄 城間さんへ。たしかに前半はその通りだと思いますが(行政の中立性から選挙が出来ないとされることとかは違いますが)憲法前文を見れば分かるように、間接民主制を憲法は定めていますから、憲法前文を改正しなければなりませんし、司法権についても裁判所に終局的な権限が定められていますから憲法本文の司法権のところも大幅に改正しなければなりませんね。たしかに、検察官や裁判官について暴走したら、国民や市民の人権侵害が甚だしいことは一目瞭然ですから何かしらの民主的なコントロールや権力を増大、暴走させないための今まで以上の抑止的なコントロールの手段の必要性は今の国民や市民にはあると思っています。城間さんの体制にするには憲法改正しなければならないですが、間接民主制の弊害を特に意識して直接民主制的なものにすべきだ、国民主権もいわゆる正当性の契機を重視するのではなく権力的契機を意識すべきであり、既存の統治権を三権分立してそれぞれの国家機関に今の憲法は委ねていますが、今の三権は分立していなく癒着していたり、腐敗していたりして正常に機能していないから、国民に返せと城間さんは言いたいのかもしれませんね。憲法の統治の項はあくまでも憲法の根本規範である人権規定に奉仕すべきだという見解をとれば、あくまでも人権規定が主であり、その人権を可能な限り実現するための手段に過ぎないのが統治機構と解することができ、人権規定と異なりその時々に見合った国民や市民の人権を可能な限り実現できるように統治の規定を改正すべきという理由にはなりますからね。城間さんの良いところは、日本人なら既存の概念や上から与えられたもの、公務員や権威から与えられたものを正しいと最初から盲信する思考力をその点に働かせないタイプの人間は結構いますが、必ずしもそうだとは限らないとして絶対視せずに、柔軟な思考力で解決しようとする姿勢かもしれませんね。司法試験論文や予備試験論文の成績が悪いと、それを指導していたり、良いと評価していた先生や予備校講師を手のひらを返したように安直に無能とか、優秀でない先生と断定する結構な数の受験生みたいに。もしかしたら、公務員の方や公的機関の評価の方がたいして検証していなかったり、採点が厳格じゃなかったり、不適切だったという可能性を全く考えない頭の硬い固定観念にしばられている受験生とは違い頭が柔らかいかもしれませんね。
masaiさんへ。少なくとも、日本の憲法学の考え方は自由や権利は先天的なものとしていて、あまり先天的自由、後天的自由とは区別していませんね。(似たようなのは社会権とかかな。)だから、胎児の生存する自由と母体の女子の産む、産まないの自己決定をする自由ないし生きる自由(中絶しないと命の危険にさらされる場合)の問題に日本だとなりうるのではないでしょうか。アメリカのように日本で妊娠中絶に際し議論が白熱して沸き起こったり、裁判所が違憲判決をするかもしれないという事態にはなってないし、刑法上も人工妊娠中絶は罪として堕胎罪という条文がありますが、母体保護法で、人工妊娠中絶が法律に則った条件や手続きで正当化され合法とされています。おそらく人権意識の鋭敏さの違い、自己主張が出来ているか、出来てないかの国民性の違いもあるとは思いますが、キリスト教が背景にあるか否かも大きな要因としてあるのではないでしょうか。
😊
城間さんへ。Hey!DJ SHIROMA AHA?w冗談はさておき笑、城間さんのご意見はおそらく、裁判官や検察官や国の組織のあらゆる公務員に対する徹底的な懐疑主義、信用してないから、民主的なコントロールを及ぼそうという趣旨なのですね。では、バカロレアの試験の紹介が前ら辺の動画で出ていて、たしか「何が正しいかを決めるのは国家か。」という問題が出されていたみたいですが、私は条件付き否定か、終局的な判断は国(とすべき)ではないと自分なりの答えをそのコメント欄に書き込みましたが、城間さんの答えはどうなるか興味はありますね。Masasiさんへ。ちなみに、堕胎罪は自然の分娩期に先立って胎児が排出されたか、母体内で胎児が殺された場合に成立するに過ぎないので、例えば母体外に自然の分娩期に傷害を生じさせて胎児が生まれた場合は傷害罪や業務上過失傷害罪になりますが、その場合も最高栽判例は胎児を独立の生命体として見るのではなく、母体の一部という理論構成で同罪を認めているに過ぎません。そもそも、刑法の殺人罪や傷害罪の客体の「人」とは胎児は含まれてはいないのですから。このように、日本の刑法解釈上の観点から推察してもまだ母体から出ていない胎児の権利は、生まれた人間よりは残念ながら軽く見られてしまいがちということですね。キリスト教みたいな宗教観や価値観が日本で主流になれば、その見方が変わっていく可能性はありますが。
🤔
思考力を発達させないと、何か問題が起きたとしても逐一外国の事例や前例等を参照にして、そこから丸暗記か、対処法を丸々とって来た上で外国の研究や力を借りて処理しなければならないですが、それでは変化が激しい時期や、予期せぬ事態に直面した時に臨機応変に対応できなくなるし、国際競争力が著しく落ち、日本社会はオワコンになるでしょう。もはや先進国ではないですしね。4年前の被害者受験生コテに対して、喧嘩腰でプライドが高そうな荒らしが商法の問題を議論で悪趣味に得意顔でふっかけた時に、その受験生はその場で思考力でアドリブで解を導き出したに過ぎなかったのですが、それが後から検索すると最高裁裁判所のマニアックな判例の筋とほぼ一致していてあっさり一瞬で論破していましたが、単に知識だけではそんなに簡単に論破できなかったでしょう。受験生が普通に知るはずはないマニアックな判例でしたしね。ですが頭を働かせることによって、最高裁裁判所の裁判官達が頭をひねって考え出した判決の筋と一致したり、妥当な解を導き出すことも人間は出来るのでしょう。 自分の例も法律勉強全くしたこともなかった、受験勉強も全くしてなかった高校三年生の夏くらいで、ある文章を読んで民主主義について答えてくださいという学校か何かの課題か問題があったのですが、普通に民主主義について自分の頭で考えて自分なりの答えを出してましたね。ある文章というのはたしか選挙のことについて事例が書かれていたものだったと思います。 そこで、民主主義→民主主義の分かりやすい事例はたしかに問題文にあるような選挙や投票→しかし、時として多数决や数の論理や暴力から、少数の意見を反映してない。→日本の現状にも照らして考える→民主主義とは単純に多数决や数の論理で押しきってはいけないのではないか。少数の意見を全く反映しなかったり、耳を傾けなかったりすることは民主主義ではないのではないか。→何故、そもそも民主主義が民主主義国家でとられているかを考える。→自分たちの意見を反映してより妥当な意見や結論に到達して自分たちの人権を守るためと自己責任→そうであれば多数派にならなかった意見も出来る限り耳を傾ける必要があるのでは。→民主主義とは単純に多数决や数の論理で割りきれるものではなく、議論を通して多様な意見を出しあい、少数の人の人権や意見に配慮したり多種多様な人の意見に耳を傾け結論を出していく過程なのではないか。みたいに自分なりに解答していましたね。後から、法律を勉強し始めた時に、このような考えは、立憲民主主義という考えだと知識として知りましたが。なんか一番最後の問題は、少し前に動画で紹介されていたバカロレアの試験に出てきそうですね笑。その動画のコメント欄では、指定された問題のうちの一問を自分は解きましたが。
バカロレアはまた挑戦します!
Scarfさんへ。むしろ、市民の立場でありながらカジュアルに権力者の立場にたってものを考える人達が少なくないことに驚くばかりとおっしゃっていますが、それが国民主権や本来の民主主義の人間の在り方ですね。一番偉いのは国民なのですから。自分たちで自分たちの社会や政治、ああらゆることを決めるのが民主主義の本来の在り方ですね。前述したように日本の人間一人一人に民主主義や人権の意識が歴史的にも意識的にも根づいてないから、そのような錯覚を受けるのかもしれないですね。あと、前述したように思考力をあまり要請しないで知識を暗記させることに力を入れすぎる教育の弊害かもしれないですね。ダースライダーさんのおっしゃった終わりや正解が一義的に決まってなかったり、すぐ解答することが困難な問題を生徒にひたすら考えさせたり、それについて議論したり、議論した結果にしたがって行動したりする教育って日本ではあまり主流ではないですもんね。日本のは、解答も一義的に決まっていて、教科書や先生の定めた解答を何の疑問もなく受け入れ解答する問題ばかり。4年前の司法試験関連の一連の不正や犯罪行為を試験の主催者から受けている疑いのある被害者受験生も単に受験生のスレで法律議論で目立っていて、論破された荒らしの中に試験の主催者が混じっていたから、出る杭は打たれるみたいに眼をつけられた可能性が高いですね。私も大学時代、ディベートで感情的になり過ぎる教授と淡々と議論する自分がいて、いつも何故か対抗心を燃やされ、最終的に目立ち過ぎて干されたというエピソードがあります。結局、日本の教育は出る杭は打たれたりする教育だから弊害が出てくるのですね。先生より優秀な人間は出なくなって成長が途絶えるみたいな。城間さんへ。おそらく、日本の裁判官や裁判官自体に不信感を抱いているから、裁判官の恣意を防ぐために国民が決めるべきだとおっしゃっていますが、なるほど城間さんのお考えは分かりますが、その場合は憲法改正しなければなりませんね。ちなみに、間接民主制も変えるには憲法を改正しなければなりませんね。ただ、憲法改正限界説をとった時に憲法前文を見れば分かると思いますが、論理的に間接民主制を憲法改正により変えることは難しいかもしれませんね。だから、間接民主制を主体としつつも、直接民主制の部分を増やしたり、前述したように人に投票するのではなく、政策や法案に投票する制度を作って、議員の裁量を限定していくことが、今の自分が考えている民主主義をより機能させるための最善策かなと思います。今の日本国民や市民の国民性等や風潮を個人レベルで大きく変えるのは、時間がかかりそうなので。
ありがとうございます🙆♀️
これ、ちょーいい動画だった。
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ありがとうございました。
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先生おはようございます🌅今仕事が終わって見させて頂いてます😃意外なゲストの方でビックリしました✨ゆっくり見させて頂きます😃いつも有り難うございます😃✨
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7:10 国家が制度として現場で従事する職員に殺人を命じている現実を他人事ではなく自分のこととして理解してもらいたいですね。
37:00 構造のおかしさを中から知れる体験も貴重ですが、それにちゃんと気づくことができた三輪さんも素晴らしいと思います。
45:30 「公平中立」にしようとするあまり無味乾燥な伝え方になっているのは教科書も共通していますね。
57:50 「民主主義だから警察や自衛隊は私達市民の代表であり必ず正しいはずである」という認識の強さには本当に頭を抱えています。
1:10:00 知らないという罪を問うつもりはないのですが知らないという自覚すらなかったり、自覚があってもそれに対して真摯に学ぶでもなく浅はかな非難をすることに絶望を感じます。
1:14:00 死刑制度に反対するでもなく存置を許容していることに対して無自覚なんですよね、万事においてこの状況なんですが。
1:18:10 むしろ市民の立場でありながらカジュアルに権力者の立場で社会を捉えている人が少なくないことに驚くばかりです。
1:24:00 バリアフリーの環境の捉え方が施設に依存するのではなく、教育も含めた環境作りなんですね。
1:47:00 私は常に知ってることより知らないことのほうが多く、他人よりものを知らない人間という姿勢でいるつもりです。
1:52:40 私もダース・レイダーさんを知ったきっかけはヒルカラナンデスからなんですよね(東京ポッド許可局やTBSラジオのデイキャッチでプチ鹿島さんのことは予てから存じておりました)、個人的にお薦めしたいのは神保哲生さん、前嶋和弘さんと定期的にされている対談です。
いちヒルカラマニアとしてとても楽しめました、ダースさん、三輪さんありがとうございました。
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終盤、三輪先生がふと「自由に生きることと、いろんな人と生きることって、両立しますよね」とおっしゃっていて、すごく共感しました。私もダースさんの配信をいろいろ拝見しながら、そのときどきのトークテーマについて知見が広まること以上に、ダースさんの人との関わり方に学ぶことが多いなあと思っていました。
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そして、それは宇野教授が民主主義について語る前述の民主主義についての東大TVの動画の冒頭で、ある疑問を宇野先生が学生時代の痛烈な体験で、それが後にその道の研究者になるきっかけとなった経験を視聴者に語っていましたが、すなわち日本人とは異なり、アメリカの学生はデモクラシーとか、ヒューマンライツを語る時に自分の言葉で、それは何かを切々と語ることができるのに対して、日本にいた宇野教授の同じ大学生の頃は全く語れなかったことに愕然としたというものです。
宇野教授いわくたしかに知識として言えと言われれば言えるのですが、日本にいる我々がその意味や重要性を自分の言葉で語るというのは当時出来なかったし、日本にいる人間ならそうではないかと。
私は、結局その答は前述したことに起因するのではないかと思いますね😉。あと、表面的に知識として民主主義とは人権とはと学生時代勉強したつもりになっていても、思考力があまりないためにそれらに対する深い理解が足りてないために表面的にしか答られないのが大半になるという原因もあるとは思っていますね。本当に理解していたら、デモクラシーとは何か、ヒューマンライツとは何かを教科書に書いてあることを表面上なぞるだけでなく、応用して、それを自分の頭で身近に考え、自分の言葉で語るということが、諸外国の人達のようにたとえ日本は諸外国の民主主義国家のように内発的に専制国家の為政者から民衆が抵抗して民主主義革命により見事デモクラシーやヒューマンライツを勝ちとって民主主義国家になっていったのではなく、専制国家が単に第二次世界対戦により負けて、諸外国の民主主義国家から人権を重視し、かつ民主主義的な憲法を外発的に与えられて表面的に民主主義国家になったに過ぎなく、為政者のマインドも民衆のマインドも今でも非民主主義的なもので特にたいして変わらなかったとしても、出来る筈ですから。
発言する機会を奪われたことがなかったのでしょうね、、宇野先生は。。と思いました。
@@城間照雄 城間さんへ。
たしかに前半はその通りだと思いますが(行政の中立性から選挙が出来ないとされることとかは違いますが)憲法前文を見れば分かるように、間接民主制を憲法は定めていますから、憲法前文を改正しなければなりませんし、司法権についても裁判所に終局的な権限が定められていますから憲法本文の司法権のところも大幅に改正しなければなりませんね。
たしかに、検察官や裁判官について暴走したら、国民や市民の人権侵害が甚だしいことは一目瞭然ですから何かしらの民主的なコントロールや権力を増大、暴走させないための今まで以上の抑止的なコントロールの手段の必要性は今の国民や市民にはあると思っています。
城間さんの体制にするには憲法改正しなければならないですが、間接民主制の弊害を特に意識して直接民主制的なものにすべきだ、国民主権もいわゆる正当性の契機を重視するのではなく権力的契機を意識すべきであり、既存の統治権を三権分立してそれぞれの国家機関に今の憲法は委ねていますが、今の三権は分立していなく癒着していたり、腐敗していたりして正常に機能していないから、国民に返せと城間さんは言いたいのかもしれませんね。憲法の統治の項はあくまでも憲法の根本規範である人権規定に奉仕すべきだという見解をとれば、あくまでも人権規定が主であり、その人権を可能な限り実現するための手段に過ぎないのが統治機構と解することができ、人権規定と異なりその時々に見合った国民や市民の人権を可能な限り実現できるように統治の規定を改正すべきという理由にはなりますからね。
城間さんの良いところは、日本人なら既存の概念や上から与えられたもの、公務員や権威から与えられたものを正しいと最初から盲信する思考力をその点に働かせないタイプの人間は結構いますが、必ずしもそうだとは限らないとして絶対視せずに、柔軟な思考力で解決しようとする姿勢かもしれませんね。司法試験論文や予備試験論文の成績が悪いと、それを指導していたり、良いと評価していた先生や予備校講師を手のひらを返したように安直に無能とか、優秀でない先生と断定する結構な数の受験生みたいに。もしかしたら、公務員の方や公的機関の評価の方がたいして検証していなかったり、採点が厳格じゃなかったり、不適切だったという可能性を全く考えない頭の硬い固定観念にしばられている受験生とは違い頭が柔らかいかもしれませんね。
masaiさんへ。
少なくとも、日本の憲法学の考え方は自由や権利は先天的なものとしていて、あまり先天的自由、後天的自由とは区別していませんね。(似たようなのは社会権とかかな。)
だから、胎児の生存する自由と母体の女子の産む、産まないの自己決定をする自由ないし生きる自由(中絶しないと命の危険にさらされる場合)の問題に日本だとなりうるのではないでしょうか。
アメリカのように日本で妊娠中絶に際し議論が白熱して沸き起こったり、裁判所が違憲判決をするかもしれないという事態にはなってないし、刑法上も人工妊娠中絶は罪として堕胎罪という条文がありますが、母体保護法で、人工妊娠中絶が法律に則った条件や手続きで正当化され合法とされています。
おそらく人権意識の鋭敏さの違い、自己主張が出来ているか、出来てないかの国民性の違いもあるとは思いますが、キリスト教が背景にあるか否かも大きな要因としてあるのではないでしょうか。
😊
城間さんへ。
Hey!DJ SHIROMA AHA?w
冗談はさておき笑、城間さんのご意見はおそらく、裁判官や検察官や国の組織のあらゆる公務員に対する徹底的な懐疑主義、信用してないから、民主的なコントロールを及ぼそうという趣旨なのですね。
では、バカロレアの試験の紹介が前ら辺の動画で出ていて、たしか「何が正しいかを決めるのは国家か。」という問題が出されていたみたいですが、私は条件付き否定か、終局的な判断は国(とすべき)ではないと自分なりの答えをそのコメント欄に書き込みましたが、城間さんの答えはどうなるか興味はありますね。
Masasiさんへ。
ちなみに、堕胎罪は自然の分娩期に先立って胎児が排出されたか、母体内で胎児が殺された場合に成立するに過ぎないので、例えば母体外に自然の分娩期に傷害を生じさせて胎児が生まれた場合は傷害罪や業務上過失傷害罪になりますが、その場合も最高栽判例は胎児を独立の生命体として見るのではなく、母体の一部という理論構成で同罪を認めているに過ぎません。
そもそも、刑法の殺人罪や傷害罪の客体の「人」とは胎児は含まれてはいないのですから。
このように、日本の刑法解釈上の観点から推察してもまだ母体から出ていない胎児の権利は、生まれた人間よりは残念ながら軽く見られてしまいがちということですね。
キリスト教みたいな宗教観や価値観が日本で主流になれば、その見方が変わっていく可能性はありますが。
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4年前の被害者受験生コテに対して、喧嘩腰でプライドが高そうな荒らしが商法の問題を議論で悪趣味に得意顔でふっかけた時に、その受験生はその場で思考力でアドリブで解を導き出したに過ぎなかったのですが、それが後から検索すると最高裁裁判所のマニアックな判例の筋とほぼ一致していてあっさり一瞬で論破していましたが、単に知識だけではそんなに簡単に論破できなかったでしょう。受験生が普通に知るはずはないマニアックな判例でしたしね。ですが頭を働かせることによって、最高裁裁判所の裁判官達が頭をひねって考え出した判決の筋と一致したり、妥当な解を導き出すことも人間は出来るのでしょう。
自分の例も法律勉強全くしたこともなかった、受験勉強も全くしてなかった高校三年生の夏くらいで、ある文章を読んで民主主義について答えてくださいという学校か何かの課題か問題があったのですが、普通に民主主義について自分の頭で考えて自分なりの答えを出してましたね。
ある文章というのはたしか選挙のことについて事例が書かれていたものだったと思います。
そこで、民主主義→民主主義の分かりやすい事例はたしかに問題文にあるような選挙や投票→しかし、時として多数决や数の論理や暴力から、少数の意見を反映してない。→日本の現状にも照らして考える→民主主義とは単純に多数决や数の論理で押しきってはいけないのではないか。少数の意見を全く反映しなかったり、耳を傾けなかったりすることは民主主義ではないのではないか。→何故、そもそも民主主義が民主主義国家でとられているかを考える。→自分たちの意見を反映してより妥当な意見や結論に到達して自分たちの人権を守るためと自己責任→そうであれば多数派にならなかった意見も出来る限り耳を傾ける必要があるのでは。→民主主義とは単純に多数决や数の論理で割りきれるものではなく、議論を通して多様な意見を出しあい、少数の人の人権や意見に配慮したり多種多様な人の意見に耳を傾け結論を出していく過程なのではないか。みたいに自分なりに解答していましたね。
後から、法律を勉強し始めた時に、このような考えは、立憲民主主義という考えだと知識として知りましたが。なんか一番最後の問題は、少し前に動画で紹介されていたバカロレアの試験に出てきそうですね笑。その動画のコメント欄では、指定された問題のうちの一問を自分は解きましたが。
バカロレアはまた挑戦します!
Scarfさんへ。
むしろ、市民の立場でありながらカジュアルに権力者の立場にたってものを考える人達が少なくないことに驚くばかりとおっしゃっていますが、それが国民主権や本来の民主主義の人間の在り方ですね。
一番偉いのは国民なのですから。自分たちで自分たちの社会や政治、ああらゆることを決めるのが民主主義の本来の在り方ですね。
前述したように日本の人間一人一人に民主主義や人権の意識が歴史的にも意識的にも根づいてないから、そのような錯覚を受けるのかもしれないですね。あと、前述したように思考力をあまり要請しないで知識を暗記させることに力を入れすぎる教育の弊害かもしれないですね。
ダースライダーさんのおっしゃった終わりや正解が一義的に決まってなかったり、すぐ解答することが困難な問題を生徒にひたすら考えさせたり、それについて議論したり、議論した結果にしたがって行動したりする教育って日本ではあまり主流ではないですもんね。日本のは、解答も一義的に決まっていて、教科書や先生の定めた解答を何の疑問もなく受け入れ解答する問題ばかり。
4年前の司法試験関連の一連の不正や犯罪行為を試験の主催者から受けている疑いのある被害者受験生も単に受験生のスレで法律議論で目立っていて、論破された荒らしの中に試験の主催者が混じっていたから、出る杭は打たれるみたいに眼をつけられた可能性が高いですね。
私も大学時代、ディベートで感情的になり過ぎる教授と淡々と議論する自分がいて、いつも何故か対抗心を燃やされ、最終的に目立ち過ぎて干されたというエピソードがあります。結局、日本の教育は出る杭は打たれたりする教育だから弊害が出てくるのですね。先生より優秀な人間は出なくなって成長が途絶えるみたいな。
城間さんへ。
おそらく、日本の裁判官や裁判官自体に不信感を抱いているから、裁判官の恣意を防ぐために国民が決めるべきだとおっしゃっていますが、なるほど城間さんのお考えは分かりますが、その場合は憲法改正しなければなりませんね。ちなみに、間接民主制も変えるには憲法を改正しなければなりませんね。ただ、憲法改正限界説をとった時に憲法前文を見れば分かると思いますが、論理的に間接民主制を憲法改正により変えることは難しいかもしれませんね。
だから、間接民主制を主体としつつも、直接民主制の部分を増やしたり、前述したように人に投票するのではなく、政策や法案に投票する制度を作って、議員の裁量を限定していくことが、今の自分が考えている民主主義をより機能させるための最善策かなと思います。
今の日本国民や市民の国民性等や風潮を個人レベルで大きく変えるのは、時間がかかりそうなので。
ありがとうございます🙆♀️