自給自足生活を送るネルケ僧侶。自然に生かされているという思い。(2022/6/18) #11

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  • Опубліковано 17 лис 2024

КОМЕНТАРІ • 3

  • @tharionchannelchannelymg4016
    @tharionchannelchannelymg4016 6 місяців тому +2

  • @kiwa___
    @kiwa___ 6 місяців тому +2

    すばらしいことです

  • @dekuchan_no_bou
    @dekuchan_no_bou 8 місяців тому +1

    歪な形の野菜ほど味があって美味しいんですけどね!
    人もそうで" 完璧 "な人より
    どこか" 欠けてる ''人の方がすごく
    《 人間味 》がある!というか
    人間(ひと)らしい人として映っていいんですけどね!
    『 警策を打たない坐禅 』初めて聞きましたが
    たしかに曹洞宗のお寺に修行を受けに来ている
    ということは必然的に自発的に坐禅を組みに
    来ているということだから
    わざわざ" 棒 "で体を打たなくても
    必然的に自ずからあれやこれや試行錯誤して
    自分なりの〔 只管打坐 〕を極めますよね!!
    非常に理にかなった坐禅法だと思いました!
    でも、個人的には
    あの ピシャン!と大きな音がした後の
    ほんのりとした" 警策の痛み "は
    身が引き締まって好きなのですが…
    うちの和尚さんも
    『 打たれるより" 警策を握って打つ "方が
    身が引き締まる!』と仰ってました。
    聞かれたことの反対のことを言う
    それもまた禅問答で大切な事ですよね!
    今の社会は『 聞かれたことを素直に言う 』
    ことが美徳されていますが、
    それはただ、予定調和なだけで
    そこからは何も純粋な答えは見つからないと
    思いました。
    やはり、
    時には相手の意を反することを言ったりして
    しっかりと議論をしていく
    それこそが" 禅 "のもつ奥ゆかしさ
    なのかな?と思います。