音楽がより分かる!純正律って何が凄いの?平均律より良い?純正律にまつわる誤解とは?【音楽談話114】

Поділитися
Вставка
  • Опубліковано 4 тра 2024
  • チャンネルを応援して下さる方はぜひメンバーシップへ!
    / @kazuhisakurumada
    声楽オペラに興味がある人はセカンドチャンネルへ!
    / @kurumada-vocal-academy
    目次
    0:00
    1:34
    5:52
    8:50
    12:50
    車田和寿 オペラ声楽アカデミー
    kurumada-vocal-academy.com/
    このチャンネルで音楽の勉強をしたい人のために過去のテーマ別動画リスト
    kazuhisakurumada.com/youtube/...
    車田和寿:SNS 興味のある人はフォロー!
    Homepage: kazuhisakurumada.com/
    Twitter: / kazukurumada
    Instagram: / kazuhisakurumada
    【車田和寿-音楽に寄せて】
    クラシック音楽の魅力を伝えるチャンネルです。“音楽に寄せて”を見ていくと、クラシック音楽の素晴らしさがだんだんと分るようになります。これからクラシックを聴いてみたい人にも分かりやすいように丁寧な解説、動画編集を心がけていますが、その中にはプロならではの貴重な情報も盛りだくさん。これからクラシック音楽を聴いてみたい人から、音大生、プロまで楽しめる、そして音楽が学べる内容となっています。
    【参考文献】
    ニューグローヴ世界音楽大辞典
    #純正律
    #平均律
    #調律

КОМЕНТАРІ • 125

  • @JackieMatthews610318
    @JackieMatthews610318 Місяць тому +22

    Jacob Collierは純正音程による基準周波数の変化を逆手に取ってより創造的な音楽を創り出していますよね。
    「純正律」という固定的なものとして捉えずに、「純正音程」として柔軟に捉えた方が良いのかも…と思います。

  • @dunsford3291
    @dunsford3291 2 місяці тому +26

    音楽って数学的な要素が深く関わっているんですね∑🎶
    なんだか、学生の頃に地理の時間に習った地図の図法の違いを思い出しました。
    地球という3Dの球体を地図という2Dの平面にするのですから、必ずどこかに歪みが生じますよね🌍
    だから、どんな図法にも一長一短があって、それぞれに適した使われ方をしています。
    先生のお話からは、音楽の世界では、平均律が最も使い勝手(?)が良いので、広く普及したというように理解させていただきました。

  • @evwolfeng
    @evwolfeng 2 місяці тому +12

    ちょうど音律についてのトイドラさんのUA-cam動画を見たばかりでした。専門書読むよりはるかにわかりやすかった。

  • @kk3803
    @kk3803 2 місяці тому +29

    合唱団員です!
    曲によるのですが、ルネサンス作品なんかは特に純正を意識しますね。
    2,3パートで5度や三和音が出てくることが多いので、根音を平均律で作りつつ、互いの音程が純正になるように意識しています。完璧にやろうとするとやはり車田さんのいうとおり、旋律に無理が出てきてしまうので、互いに耳で聞き合って、純正になりつつ旋律に無理のない妥協点で気持ちの良い和音を作ることを目指します。
    こう言った議論には音律を指した純正律と、純正な三和音を一時的に作ることを指した純正律で、少しニュアンスが違うものが混同されがちというか、伝える側と受け取る側のすれ違いなのでしょうけど、噛み合わないこともありますね😅
    もしかしたらお聞きになったことあるかもしれませんが、バーバーショップなんかはすごく面白いです。彼らは(これは褒め言葉なのですが)純正な和音を鳴らすことに命をかけており、トップレベルのアンサンブルはどこをどう切り取っても純正な和音が聞こえてきます。もしかしたら、彼らのやり方に学べることが何かあるのかもしれません。

    • @TheTerrasNo5
      @TheTerrasNo5 Місяць тому +9

      ピアノやオルガンと言った演奏時に音程を変えられない楽器では音律は重要ですが、音程が自在に操作できる楽器での演奏や歌では音律はたいした意味無いと思います。同じ音でも曲中全て同じ音程である必要すらありませし。純正な和音が必要ならそうするだけの話なので特定の音律で演奏してるわけではないです。音律という枠組みでどうこう言うのが根本的におかしいでしょうね。純正な和音と純正律とは別な話で、それを混同してるのが一番の問題でしょう。

  • @thelemasa.y
    @thelemasa.y Місяць тому +11

    平均律が転調に向いていることや純正律の和音の響きが澄んでいることは知っていましたが、純正律が実際の演奏向きではない理由は初めて知りました。
    純正律や絶対音感など、音楽に魔術的な魅力を見出したがる人は多いですが、大概はちゃんとした根拠があるのですね。

  • @sH-cr5zc
    @sH-cr5zc Місяць тому +10

    あの美しい歌手ENYAは、純正律で曲を創っているそうです。今日初めて知りました。皆様に、報告‼︎ 😊😊

  • @Mrbluethner
    @Mrbluethner 2 місяці тому +27

    ピアノやギターなど、演奏中に調律を変えることができない楽器は、転調や複雑な和音など、平均律のメリットの方が大きいですから現代では平均律で調律されますよね。
    一方、純正律のメリットも大きく、その和音は天国のように透き通った美しさと響きがあります。合唱やオーケストラ、吹奏楽など演奏中に音程を自在に変えられる声や楽器の場合、純正律で演奏した方がはるかに美しい響きがします。(私はそのように感じます)
    なぜならば、純正律の和音は根音(第一音)に対する倍音で和音を構成しているからです。根音自体にその音以外に倍音を多く含んでいます。その倍音と一致する高さでその他の和音を築いていけば、当然うなりのないピュアな響きとなります。その響きはまさに天上の音楽です。
    問題は前の方も指摘されてますが、何を根音(第一音)に取るかということです。動画のように前の和音の共通音を次の和音の第一音にすると、曲が進むたびにだんだん下がっていくということが起きてしまいます。(ただしこれは長三和音の第三音を次の和音の根音に取る場合であって、短三和音の第三音は根音に対して逆に16セント上げます)
    では妥協点をどこにもっていくかですが、これも前の方の指摘にあるように根音を平均律でとって、その上に純正律の和音を築くという方法です。これですと曲の進行に関わりなく、その調の絶対的な高さは保たれます。
    純正律で旋律が歪む問題ですが、これも妥協点があります。例えば旋律がコラールのような和音の一部として形成されている場合は純正律でとった方がきれいに響きます。一方、旋律が細かいリズムだったり、音階的だったりする場合は伴奏に関わりなく平均律で演奏した方が自然で無難なことがあります。
    このように曲を一小節ずつ分析し、純正律に調整された演奏を聴くと、えも言われぬ美しさに出会えます。吹奏楽などの倍音を多く含む楽器による純正律の合奏では、ホールの空気の振動が明らかに平均律とは違う異次元の体感が得られます。
    今回は興味深いテーマを取り上げていただきありがとうございました!

  • @Euhedral
    @Euhedral Місяць тому +11

    プトレマイオスの純正音律音階は色々限界がありますが、純正音程を使った表現にはまだまだ探究の余地が残されています。過去のものと打ち捨ててしまわずに、ぜひたくさんの方に興味を持ってもらいたいです・・・。
    ハーモニーが複雑になるほど、純正音程の響きが楽曲全体をカオスに陥らないよう、調和に導いてくれます。平均律にはそのような調和が内在していないので、複雑さを増すにつれ無調へ向かう傾向があります。
    それから、ジャストな響きを意識して初めて、そこから意図を持ってずれていくとができるようになる、というのも純正音程について真剣に学ぶことの効用だと思います。

  • @ryutoku1106
    @ryutoku1106 8 днів тому +1

    一般的に我々が純正律って言っているものは、あくまでも平均律をベースにした、瞬間瞬間の純正律ということなんですね。

  • @user-xk3jt5xk4t
    @user-xk3jt5xk4t 2 місяці тому +12

    ありがとうございます。今回のお話はぜひともおおくのひとに聞いていただきたいな、と思いました。そうなんですよね、和音をすっきり響かせることもいいけど、それよりもっと大事なことが音楽にはあるのですよね。それに、純正律で音階を構成すると、全音に大全音・小全音とでこぼこがあったり、主音を導く導音が低かったりで、メロディーラインがおかしくなる、という、和音の響き云々いぜんの問題がある。だからミーントーンやヴェルクマイスター・キルンベルガーといった、「部分的には純正な響きを含むけれど純正律ではない」調律法がいろいろ模索された、という歴史もある。近代になると減七のような複雑な和音も使われるようになり、もう平均律でないと太刀打ちできない。そういうことも踏まえたうえで音律の問題は考えたいと思います。

  • @pinzawa
    @pinzawa 3 дні тому

    19:35以降とても響きました。有難うございます。

  • @arigatouokagesamade
    @arigatouokagesamade 20 днів тому +1

    冷静沈着に純正律、12平均律について語って頂きありがとうございます♫ 
    純正律こそが本来あるべき音律であるかのように熱く語る方もおられ、??となっておりました
    当方、12平均律に慣れ親しんで数十年、たいした音感も持ち合わせておりません
    まだまだ頭の中の?は残っていまあすが、とてもいい足がかりを頂けたように感じております。
    深く感謝申し上げます ♬

  • @mamasasananariri
    @mamasasananariri 2 місяці тому +6

    邦楽で云うところの順八逆六、すごくわかりやすい解説、クラシックの進化はとても論理的

  • @watasan8
    @watasan8 Місяць тому +13

    分かりやすい説明をありがとうございました。
    もともと、音楽は単旋律から始まっていると思います。そこでは、和音という概念はなかったと思います。
    その頃は人の感覚のみで音程をとって音階を歌っていたと思われますが、楽器を使い、合奏するようになり、調律の必要性が生まれました。
    最初は基準の音を合わせるだけ、それから、音階を合わせるため完全5度での調律が行われたと思います。それでピタゴラス調律が洋の東西を問わず行われたようです。
    西洋音楽において、三和音が使われ出したのは、それらよりずっと後だと思うのですが、ピタゴラス調律では、3度の音程が濁るため、和音の美しさを求めて純正律が生まれたのだと思います。
    いずれにしても、旋律の美しさと和音の美しさはどうしても両立しないというところが、音楽の矛盾ですね。
    ちなみに日本の伝統音楽のように、三和音が重視されない音楽では、3度を純正にするという概念がなく、西洋音楽でいうところの純正律は使われないと思います。

    • @user-if5ec2jr1r
      @user-if5ec2jr1r Місяць тому +3

      御高説は承ったが雅楽に代表される日本の伝統音楽は純正5度の組み立てでできている。いわゆる平均律ではないそこはお間違えなく。雅楽の美しさはオーケストラでは再現できないというのは常識。

    • @watasan8
      @watasan8 Місяць тому +3

      はい、おっしゃる通りと考えています。日本伝統音楽では純正完全5度で調律されますが、西洋音楽のように純正長3度は使われませんよねという話でした。そういう意味で、「西洋音楽における」純正律とは違いますよねという話をさせていただきました。勿論、伝統的には平均律が使われたはずはないですよね。

  • @yeahyeahboys
    @yeahyeahboys 2 місяці тому +12

    「いいね」ボタンを100回押したいくらいです。私はアマチュアのポップスのミュージシャンですから車田さんとは住んでいる世界が違いますが、それでも純正率、平均律の話は以前から気になっていました。それに対しての腑に落ちる話を聞かせていただきました。ありがとうございます。今後もご活躍を期待しております。

  • @tukamoto3t
    @tukamoto3t Місяць тому +8

    某氏の「純正律」の動画見て疑問に思っていたこと、これで解決しました。ありがとう。

  • @tezja769
    @tezja769 2 місяці тому +16

    目からウロコ 納得の素晴らしい解説の回でした!

  • @brirante33
    @brirante33 2 місяці тому +3

    いいお話でした。

  • @OurQuale
    @OurQuale 2 місяці тому +7

    昔むかし、アマチュア合唱をしていました。純正律…それはレベルが高すぎて、表現も理解も出来ませんでした。
    その後、ルネッサンス音楽のプロの途轍もなく美しいハーモニーを浴びるように聴き、純正律とはこういった響きなのかも…と思ったりしました。
    平均律と純正律の違いをUA-camで聴いてみても、余りに微妙な違いで、正直耳がついていけない感じがします。
    それでも、本当に和音が溶け込む美しい響きには憧れがあります。
    長く放って置かれたピアノの狂った音より、調律されたピアノの音の方が気持ちがいいです。
    今はサブスクで、きちんと調律されたギターやチェンバロ、ピアノ等の演奏が沢山聴けて幸せです。
    また、和音の濁りにも味がある、とも思います。
    そもそもどんな楽器の単音も、様々な周波数成分の複合音で、サインカーブだけの音などつまらないです。複雑な周波数が乗った音だから、楽器それぞれの音色の個性があるのですし、味わいがあるのだと思います。
    そんな個々の音の交わりが和音を生み出すのですから、純正律が美しいと言っても、実際に響く音は複雑な周波数音の絡み合った、それぞれの楽器や声の特徴的な響きなのではないでしょうか。

  • @94570094
    @94570094 28 днів тому +8

    私の印象では、「平均律派」はあまり自己主張しないけれど、「純正律派」は強く自己主張してくる。純正律が美しく聞こえるシーンが楽曲の中にあることは認めるけれど、「それを追い求めることこそ本物!」みたいに言われると、音楽が庶民の手から離れていっちゃうね。

  • @pikapikapau
    @pikapikapau 2 дні тому

    都市伝説系でよく純正律て言葉出てくるんだけど、なんかしっくりこなかったけどこの動画ですっきりしました。
    色んな調律の妥協があった事などが面白かったです。説明や口調が丁寧で頭に入りやすいです。

  • @user-rn7vt5bk1g
    @user-rn7vt5bk1g Місяць тому +3

    今まで漠然としか理解していなかったことが、スッキリ納得できました。わかりやすい解説をありがとうございました!

  • @user-ne3db4iu1v
    @user-ne3db4iu1v 25 днів тому +1

    平均律が何かを学べました。そういった経緯を経て平均律におさまったのですね。要するにどちらが正しいとか、いいとか悪いとかではなく、使い分けたら良いのですね。😊世の中の全ての曲を純正律で演奏する事は不可能だということがわかりました。ありがとうございます😊

  • @user-vr7wc7il6c
    @user-vr7wc7il6c Місяць тому +6

    和音の例がありとても分かりやすいです。
    音階の数を増やすと良いのかなぁ、と思いました。

  • @skg580
    @skg580 17 годин тому

    私は工学系の人間で純正律の物理的、数学的なことは理解していますし、ギター、フルート、ピアノ、チェロを持っています。
    チェロやギターの調弦ではフラジオレットあるいはハーモニクスで調弦することがありますが、例えばチェロの場合、1弦(A)を基準に2,3,4弦をフラジオで調弦すると4(C)は1弦のドより低いドになってしまいます。
    その辺りの物理的関係は数式的にも理解していますが、上記の順の調弦の時に次の弦を僅かに高く(平均律になるように)実際に調弦するのは難しいです。(チューナーを使えば問題ありませんが)

  • @ktk2501
    @ktk2501 2 місяці тому +9

    例えば、モーツァルトのフレーズの終わりの和音。平均律一般と、その他調律の一例としてベルクマイスター法(内田光子などが使用)を比べると「!」となる箇所は確かにあります。
    転調の縛り、濁りの許容度、ケースバイケースでしょうか。

  • @user-ih4cw3dw3l
    @user-ih4cw3dw3l 2 місяці тому +8

    純正律の落とし穴を分かりやすくご紹介頂き、有り難うございます。
    僭越ながら加えたいことは、豊かな響き(音色)があれば12平均律くらいのズレであれば十分に良い音程に聞こえること、つまり音色もこの問題に関わっていることと、
    私たちは和音の音程(縦の響き)と恐らく同じくらい旋律の音程(横の響き)も聴いていて、最初に耳に入った音程の構成(並び)から以降を判断するので、純正律のような旋律音程の種類がコロコロ変わるものはアウトになりやすいことです
    純正律に近く、さらに音程がたくさん用意できる118平均律を持ってしても打ち込み音源がうまくいかないこと等を経験して、ファジー(間くらい)な音程が必要だと実感いたしました
    現在はXにて同名で152平均律を実践中です
    長文失礼いたしました

    • @user-xk3jt5xk4t
      @user-xk3jt5xk4t Місяць тому +4

      おっしゃるとおり、響きが豊かかどうか?は、何ヘルツか云々と同等かそれ以上なくらい、和音の美しさに関係すると実感しています。極端な話、押しつぶしたような音だったらいくら周波数比はきれいな整数倍でも聞き苦しい。それと、音楽を聴く人は和音の響きだけでなく、メロディーラインの自然さ、きらびやかさを聞いている、むしろそのほうがウエイトが高い、という面も否めないと思います。
      教会で讃美歌を歌ってるときの節目の長い音とかは、たしかに純正の響きを追求したくなりますが、ふつうは、そういうことより、リズムのキレ、メロディーラインのインパクトなどのほうを追求するほうが多いと思います。その意味で、過剰な純正律信仰みたいな意見に首をかしげたくなる、というひとは少なくないと思います。

  • @unaginobori
    @unaginobori Місяць тому +4

    18:00からのモンテヴェルディの話しがなるほどなあと思いました😊

  • @user-jc3lr7ds9m
    @user-jc3lr7ds9m Місяць тому +4

    例えば「ドミソ」をそれのみ鳴らし続けるだけなら純正律が一番良いのでしょう。それも「音楽だ」と言えますが、それでは余りにも表現の幅が小さすぎる。時間の流れとともに進行するメロディーや変化する和音を楽しむ現代なら平均律での音作りが最適なのですね。平均律がスタンダードになってるのはそれなりの理由があると。

  • @user-zw4nr4ko9x
    @user-zw4nr4ko9x Місяць тому +2

    とてもよく分かりました。以前、音は整数比になっていると聞いていましたが、それでは、調が変われば、違って聞こえるはずだ、と少なからず違和感を感じておりました。純正律と平均律、納得です。ありがとうございます。

  • @user-ci4bh4fq1e
    @user-ci4bh4fq1e 2 місяці тому +8

    うーん、今回の先生のお話は私のような楽典無知な人間には非常に難しいお話でした。
    私は聴くだけの人間ですが、当たり前ですが、クラシックの論理的な深さはマリアナ海溝の如きものですね。ちょっと潜ったらすぐに息が切れそうです。
    清濁を併せ呑む、これが必要なのでしょうかね。

  • @user-ei6dx7nq8o
    @user-ei6dx7nq8o Місяць тому +3

    いつも動画で大変勉強させて頂いております。
    私はバイオリンをやっていますが、昔、先生に「最後の和音は少し高めに弾くと良いよ。」と言われた事が今になって解りました。バッハだった記憶があります。また動画を楽しみにしています♪

  • @user-le6np1yf8r
    @user-le6np1yf8r Місяць тому +5

    ありがとうございます。心が大事なんですね。勉強になります。ありがとうございます。

  • @tkszvw3078
    @tkszvw3078 Місяць тому +3

    私はギターを少し弾く程度で音楽活動はしていないのですが、
    ギターを調律するときに音叉で1本の弦を合わせてから、その弦でハーモニクスの音を出してそれに別な弦の音を合わせて、
    次にその弦でハーモニクスを出してそれに合わせてまた別な弦を合わせて・・という方法でやっていたので、
    そうするとこれは純正律でやろうとしていたということになるわけですかね。
    そうやって1本ずつ合わせていってもジャラ~ンと鳴らすと音がずれていたり高いポジションだとなおさらずれが大きく感じたり
    というのがずっと気になっていて、安いギターだから精度もそれなりなんだろうな、と思い込んでいたのですが、
    もしかして専用のチューナーとかを買ってそれで調律すればよいのですかね、
    もう何十年も気付かないでやってきて、今さらという感じですが。笑・・

  • @nseichan
    @nseichan Місяць тому +1

    車田さんの別の動画での発言が、純正律支持、と引用されていたのが「誤った理解では?」と、ずっと気になっていました。他で学んだことと、お話の内容がほぼ一致していて、とても納得できるものだったので、すっきりとしました。

  • @tedlee6521
    @tedlee6521 Місяць тому +1

    勉強になりました。
    メロディとコードの関係。
    そして、人間らしさと正確なコードの響きの対比によって作られる音楽の面白さ。
    私が音楽に対して求めるのは、美しさに伴う感動です。
    それが音楽たる音楽の所以だと思います。
    ありがとうございました。

  • @stingray0812
    @stingray0812 Місяць тому +5

    微妙に音程を変えるのはありですね。プロの奏者はそれをしているし、訓練するとうねりを聴いて無意識にできます。私もやっています

  • @user.jjjohnstone
    @user.jjjohnstone 2 місяці тому +20

    ショパンはリサイタルを開く際、それぞれの曲に合わせて純正律に調律したピアノを6台ほど用意していたと聞いた事があります。

    • @user-st5vz3fi6l
      @user-st5vz3fi6l Місяць тому +2

      ​​@@clatro00
      モーツァルトの曲にはディミニッシュという平均律でしか得られない和音がたくさん使われているので、私はデマだと思ってます。真相は誰にもわかりませんけどね。

  • @user-hb7ud9qs4l
    @user-hb7ud9qs4l 2 місяці тому +4

    最も疑問に思っていたことでした。なるほど。私は純正律は心がけだと思っていましたので納得で来ました。

  • @HG-qj1us
    @HG-qj1us Місяць тому +6

    音楽を聴いて楽しむだけの私には難しいお話でした。音楽は物理学と人の感情が融合して出来ているんだという事を実感しました。世の中には沢山の雑音があるのに、この中から耳障りの良い音だけを選んで音楽を作った先人たちの知恵と工夫に感謝です。 マーラーの4番、第2楽章でコンマスが楽器を持ち換えてソロを弾きますが、これも今日のお話と関連があるのでしょうか?

    • @TheTerrasNo5
      @TheTerrasNo5 Місяць тому +4

      それは普通の調弦(チューニング)とは異なる楽器で演奏するためですね。演奏中にソロの前にチューニングを変えるのは現実的に無理なので楽器を交換します。

    • @user-wh8jx3uz1w
      @user-wh8jx3uz1w 27 днів тому +1

      ヴァイオリンは通常四本の弦を(高い方から)E-A-D-Gで調弦しますが
      これとは違う調弦を使う、いわゆる「スコルダトゥーラ」というものですね
      バロック時代にはよく使われました
      有名なものだと、ハインリヒ・ビーバー(1644-1704)の「ロザリオのソナタ」「技巧的で楽しい合奏音楽」などで使われています

  • @user-xk3jt5xk4t
    @user-xk3jt5xk4t Місяць тому +7

    すこし観点を変えて考えると、純正律の問題は、音楽になにを求めているのか?ということと不可分なように思います。たしかに純正律の和音はうなりがなくてすっきりして心地いい。しかし、音楽を聴くひとは果たして「心地よさ」ばかりを求めているのか?もちろんひとそれぞれ求めるものは異なるとはいえ、誰でも、「この曲と出会えてよかった」と思える経験を欲していると思います。そしてそれは「和音が心地いいだけの音楽」ではないケースが多いと思います。自分の弱さ・醜さも受け入れて前向きになれる音楽・聴くことで苦しみがなくなることはないけれどそれに耐えるちからを与えてくれるような音楽・・・そのような音楽を求めているのではないでしょうか?そのような音楽は、どこか濁りを含む場合がおおいのではないでしょうか?一点の曇りもない善人ばかりが登場する物語は現実感がないのと一緒で。そういう観点でわたしは純正律の問題を考えたいと思います。

    • @sH-cr5zc
      @sH-cr5zc Місяць тому +5

      平均律の音楽と、純正律の音楽がそれぞれ存在するのは、私達にとって大変喜ばしいことだと思います。人間には、その時々において色々な心の状態があるから!
      車田先生が仰っていたように『人間とは不完全』 濁った思いを抱えながらも私達は今日も生きていかねばならない。そうした現実をふまえれば、貴方が仰るように『心地よいだけの音楽』は物足りないかもしれない。
      でも、人間には時に、それとは次元の異なるものを求めることもあるのではないでしょうか。『完全なるもの』……神の境地に近いもの。それが、純正律の音楽なのかもしれませんね。静かな礼拝堂で、厳かに響くコラールには、不思議な力が宿っていると思います。

    • @user-xk3jt5xk4t
      @user-xk3jt5xk4t Місяць тому +3

      @@sH-cr5zc さま、同感です。どちらも必要なのだと思います。マタイ受難曲を聴いて、最後まで心に残るのはやっぱりコラールの透明な響きです。私が申し上げたいのは、あなたと同じで、どちらか一方が正しくて他方は邪道だとか妥協の産物だとか、そのような考えには組することはできない、濁りも含んで芸術だ、たとえそれが意図しないものであっても、ということです。

    • @sH-cr5zc
      @sH-cr5zc Місяць тому +4

      度々すみません😅 あなたのコメントは大変興味深く、音楽に留まらない何かを感じました。
      20年程前に『無痛社会』と云う本が話題になりまして、それを思い出しました。本の内容を大雑把に要約すると、心地よさを追求し過ぎた先に待っているのは、生きるよろこびのない社会である、といったことで、哲学者からの社会に対する警告のようなものでした。
      生きるよろこびが、あるか無いかはともかく、現代の日本の社会が『心地よさ』を求めていることは実感するし、その恩恵に預かっていると思う一方、明らかにレジリエンスは育っていませんね。戦中・戦後を生き抜いた祖父母や両親の世代と比べると、私達は本当に傷つきやすく且つひ弱。個人・社会、どちらも弱くなっていますね(私自身も含めて)。
      『和音が心地よいだけの音楽』が鳴り響いて有難いのは、礼拝堂の中であるからこそ。現実の社会では、濁りのある平均律の音楽の方が確実に力を与えてくれます。不屈の精神が伝わってくるベートーヴェンの音楽、心に寄り添ってくれるようなショパンの音楽……私自身、心が弱くなっている時に力を与えてくれたのは、このような音楽でした。正に、あなたが仰っているとおりです。
      先人達が純正律を残しながらも平均律を選び、その中で最大限の表現を追究していったことを考えると『心地よいだけの音楽』には限界がある、ということなのでしょうね。人間の心を揺さぶる、といった意味で。
      同じように『心地よい社会』も、いつか限界(破綻?)が来るのかもしれない。私は何となく『心地よさ』というものに警戒心を持っているので、あなたのコメントには深く共感を覚えました。
      ただ、音楽の話に戻ると、平均律・純正律どちらも大歓迎。選択肢があることで私達は豊かな音楽世界を楽しむことが出来るのですから。……ホンネを言えば、実は私は平均律派。24時間365日、平均律の中で生きてます🤭

    • @user-xk3jt5xk4t
      @user-xk3jt5xk4t Місяць тому +4

      @@sH-cr5zc さま、読んでくださってありがとうございます。たいへん恐縮です。同感です。
      ただ、この問題はけっこうデリケートで、一歩間違うと険悪な雰囲気になりかねませんので、おっしゃるように、それぞれいいところがあり、それを必要としているひとがいる、必要とするときがある、というところでいちおうまとめておいたほうがいいと思います。
      機会がありましたら、べつのところでゆっくりお話ししましょう。

    • @sH-cr5zc
      @sH-cr5zc Місяць тому +2

      @@user-xk3jt5xk4t様
      こちらこそ、ありがとうございます。この動画の新着配信のタイトルを見た時に、音楽も数学も素養の無い私は「今回は、取り敢えず見る」で終わってしまうかな、と思っていました。でも、車田先生のアプローチの仕方と、皆様のコメントを読んでいるうちに、単なる楽典の話に留まらない何かを感じました。実際、今回のコメント欄は、いつも以上に白熱しています。正直、驚きました。皆様、それぞれ熱い思いを持っていらっしゃる。
      それだけ、音楽が人々の人生や信条と密接に関わっている、ということなのでしょう。私は単なるアマチュア愛好家ですが、プロの方々にとっては、自分の音楽世界の枠組みそのものに関わる話だと思うので、確かに踏込み過ぎない方がいいですね。
      私は世界の民族音楽も大好きなので、音楽に選択肢と多様性があることは本当に嬉しいことで、日々その恩恵を有難く頂戴しています😊😊🎵

  • @user-sc1vf1ff9p
    @user-sc1vf1ff9p 2 місяці тому +7

    モンテヴェルディの『オルフェオ』演奏にあたって音程に馴れるための準備期間が半年って!凄いお話ですね。
    私は平均律が転調に適しているという認識くらいしかもってなかったので、純正律絶対主義(?)の方の意見を聴かされると「そんなものかな?」と漠然と感じていました。
    今回の車田さんのご説明でそれぞれの特徴の骨格が分かりとても得心がいきました。
    アドルフォ・ホーヘンスタインの『ラ・ボエーム』ポスターと綺麗な花瓶に盛られた生花。
    そういえばフレスコバルディに『音楽の花束』という曲がありましたね。
    Movenpick(モーベンピック)のヨーグルトは他の在独邦人の方のSNSでも大絶賛されていましたよ。私も一度食べてみたいと思いました。
    美声で語られるお洒落で素敵な動画、いつもありがとうございます。

  • @drxiaolongbao
    @drxiaolongbao 2 місяці тому +10

    オケの場合、例えば1Vnは14人とかで弾いています。これがピタッと同じ音程かというとそうでもなく、その上ヴィブラートをするといったい誰が正しい音程なの?という気がしてなりません。さらにウィーンフィルとかは、1Vnは常時すこーしだけ高く弾いていると思います。純正律、それがどうした!という気がします。

    • @user-xk3jt5xk4t
      @user-xk3jt5xk4t Місяць тому +7

      わたしもアマオケでバイオリンセクションにいますが、けっこう、音程ってアバウトだけどアバウトの良さもあるように思います。程度問題ですが、ちょっとづつずれていることがかえって温かみを感じる、という面はおそらく多くの人が感じると思います。ヴィブラートも全員が完ぺきに揃ったら・・・想像ですがなんとなく機械合成音のような感じになるような気がします。

    • @sH-cr5zc
      @sH-cr5zc Місяць тому

      @@user-xk3jt5xk4t様
      正に『不揃い・不完全の美学』ですね!『音楽談話92』で車田先生の仰っていたことを思い出しました。ここで、お二人から現場での生の声を聞くことが出来まして、大いに納得‼︎ 貴重なコメントで、興味深く読ませていただきました😊😊

  • @whisperswillow3490
    @whisperswillow3490 Місяць тому +3

    とてもわかりやすく解説していただいてありがとうございます。ピアノ愛好者なのですが、ピアノは弾けば決まった音程がとれるので、声楽や弦楽器の方に比べると、案外そういうところは、無頓着かもしれません。自分の体の筋肉をコントロールして都度都度音程を調整される方の苦労がわかりました!歌うときですが、一般の人がカラオケなど歌うとき、上手でないと、音程かすかにさがる気がします。私もそうなので、原曲よりトーンが下がってしまい、間が抜けてしまいます。どうしたら、心持ち、明るい声になるんですかね…

  • @musasikonkon634
    @musasikonkon634 Місяць тому +6

    人間の耳は不完全だからね。そういうふうに作られている。個人差もあるし。今はコンピュータもあるし。色々できそう。

  • @user-oq9rg7ee9g
    @user-oq9rg7ee9g Місяць тому +10

    よく理解せずに純正律を唱える人が多く迷惑なのですが、その実用性の無さについて具体的に説明されていて、素晴らしいです。

  • @user-tk3cc8dm4h
    @user-tk3cc8dm4h Місяць тому +5

    アップライトピアノの調律の時、『平均律にしますか、それともストレッチ調律(低音と高音が音程幅がわずかに広くなる調律法)』と聞かれた時がありましたが、
    一番聞きなれていた平均律でお願いしてました。純正律は知りませんでしたが、調律によって響きが全く違うのは驚きました。
    平均律が調律のスタンダードだと思い込んでいました。音楽の基本にかかわる部分でしたが興味深いお話でした。

  • @antonk4112
    @antonk4112 2 місяці тому +5

    平均律が確率されたことで音楽の可能性が無限に広がったと感じています。濁った音で表現できることがある、というのも経験豊かな演奏家らしい説明で納得しました!
    ベートーヴェンが6番以外の交響曲のラストを全てユニゾンにしたのは、最後に濁った音を響かせたくなかったからなのかと思っていますがどうでしょう?

    • @silkroad2013
      @silkroad2013 2 місяці тому

      平均律は大昔からありますよ、使われなかっただけで。

    • @HSEISYU
      @HSEISYU Місяць тому +1

      @@silkroad2013
      平均律は「耳で何かに合わせる」とかではなく、音の高さが均等になるように数学で計算した(ものすごく中途半端な)周波数に強引に設定する方法なので、数学が発達していない時代(例えばバロック時代)には平均律に合わせる技術がなかったのではないかという意見を専門書で見たことがあります。

  • @Ludwigvonhumbolt-bp2we
    @Ludwigvonhumbolt-bp2we 2 місяці тому +3

    1694年(バロック期の最中)には、この語はアカデミー・フランセーズの辞書では「極めて不完全な丸さを持つ真珠のみについて言う。『バロック真珠のネックレス』」[4] と定義されていた。『Wikipedia日本語』

  • @fujiwara_shino
    @fujiwara_shino Місяць тому +3

    純正律はその調の中ではいいけど、転調すると基準になる音の周波数が変わるからもはや純正律ではなくなる。
    つまり転調するたびにピッチを変えないといけなくなる。

  • @user-wk5pg8fx8e
    @user-wk5pg8fx8e Місяць тому +6

    このお話は、音楽大学に行っておられる方や卒業された方であれば、わかる話ですね。あと、普段から、ピアノ、オルガン、チェンバロ、を、よく弾きこなしておられる方も、分られますね。ヨーグルト、美味しそうですね。カーネーション、綺麗ですね。

  • @user-on3wv7vn7c
    @user-on3wv7vn7c 2 місяці тому +4

    純正律(レガートも)と聞くといつも、もちろん訓練が必要でしょうけれど、感情が最も伝わりやすく最高の楽器と言われる「声」や可能な楽器は、ピアノと違って1音と1音のその間の音も、その場で出せてうらやましいなぁ~と思います。
    今回も大変勉強になりました!
    ふと考えてしまったのは、プロ・アマ問わず、現存するオーケストラや合唱団、広く音楽家の方々は、どれ位の確率で純正律にこだわりを持ち工夫して演奏しているものなのかなぁ~と、聴き分ける自信が無いだけに、ちょっと知りたい気もします。
    楽器毎?曲に寄る?部分的に?指揮者に寄る?純正律にこだわる場合も有るけれど、平均律での演奏の方がほぼ一般的なのでしょうか?…と、考え過ぎず、平均律の音で、「きれいな音、素晴らしい音♪」と、音楽を楽しみます😊

    • @user-xk3jt5xk4t
      @user-xk3jt5xk4t Місяць тому +1

      アマオケに属しています。合唱団にいたこともありました。節目の長い音は純正の響きを追求する、というのが一般的な指導だと思います。裏を返せば、それ以外の場面で純正律を意識したような指導を受けた経験はわたしはありません。

    • @user-on3wv7vn7c
      @user-on3wv7vn7c Місяць тому +2

      ​@@user-xk3jt5xk4t様
      返信ありがとうございます😊
      オーケストラ、合唱団両方を経験されている方のお話、ありがたく思います。
      他の方の経験談などのコメントをも拝見すると、今まで意識していなかった、「純正律で演奏する部分を練習されている努力も含んでの演奏披露」だった演奏会が有ったのかなと思うと、更に尊敬、今後より多く拍手をしたくなりました。
      今は難しいですが、時間が出来たら、そこに気が付けるかは自信無いですが、生演奏を聴きに行きたいです。
      練習、演奏、どうぞ楽しんで頑張ってくださいませ。

  • @chiha2525.
    @chiha2525. Місяць тому +2

    ヨーグルトは、日本でギリシア・ヨーグルトとして売られているようなものでしょうか。欧州で何と呼ばれているのかは分かりませんがw
    1オクターブは2倍なのだけど、整数比を何度掛けても丁度2倍にはならない、というところが根本なのですよね。純正律の問題点が分かりやすく解説されていて、よかったです♪

  • @dobunezubi
    @dobunezubi 2 місяці тому +8

    最近オッペンハイマーという映画を見たとき理論には限界があるという台詞がありました。現代は転調するのが普通だから
    平均律じゃないとできない。ピタゴラスから今になった。平均律の和音でも濁りが感じられない耳に慣れてるのが現代ですかね。

  • @user-on3wv7vn7c
    @user-on3wv7vn7c Місяць тому +4

    15年前に「音律と音階の科学」という本を購入、面白かったです。その新装版が出たので、5年前にそちらも購入し読んでみました。(税別1000円)
    車田さんが推奨したい専門書とは、違う本になるかも知れませんが、純正律や平均律などをもう少し掘り下げたくて何冊か読んだ中で、私にとっては1番読みやすかったのです。
    なんだか出しゃばってすみません🙏💦

    • @sH-cr5zc
      @sH-cr5zc Місяць тому +3

      全然、出しゃばってませんよ😃 良い情報を、みんなで共有するのは素晴らしいこと。それがインターネットの良いところ。
      今回は特に皆様からのコメントを読むことで、私なりに平均律・純正律を理解することが出来ました。どうもありがとうございます😊😊

    • @kn_sqa2912
      @kn_sqa2912 Місяць тому +3

      私は50数年前に「田中正平と純正調」たしか弟子の伊藤某さんが書かれてた本、それと「正しい音階」溝部国光さんの本を読んで来ました。
      純正調で色々な曲を演奏する事は現実では難しいですが、メロディの流れを損なわない範囲で場面場面で作られる純正な響きを大切にしたい、と思っております。

    • @user-on3wv7vn7c
      @user-on3wv7vn7c Місяць тому +6

      ​@@kn_sqa2912様 返信ありがとうございます。又、2冊教えて頂きありがとうございます😊
      50数年前とは!大先輩ですね‼️
      手元の書籍、本文に、簡単な田中正平の経歴、ドイツのヘルムホルツの元へ留学し、純正律オルガン作成を試み、現存している事、
      また正にご紹介頂きました溝部さんの書籍(1971年、初版でしょうか)を参考文献として掲載、「田中正平作のオルガン鍵盤の1オクターブ」の図や「田中正平の鍵盤では ~ 実現できる調性は限られる。」と結ばれています文章。部分的だとしても、2007年初版のこの書籍へと受け継がれているのですね。
      キッカケを頂き、田中正平さんの事をネットで調べたり( 伊藤博文も出てきました!笑 )、2冊を探しまして、溝部さんの書籍の目次が気になり、読んでみたいなと思いました。2006年の新装版が有るようで、手書きの図をパソコンの図に直しての出版だとか…。
      この動画をキッカケに、純正律の響きを練習に取り入れ、努力された結果の演奏も有るのだと知ることが出来ました。果たして気が付けるかなぁ~?自信無いですが…😅
      大先輩の御知識、キッカケが有りましたらまた教えてくださいませ、ありがとうございました。
      今日もしかしたら車田さんの動画配信日かも知れませんね、楽しみですね♪

  • @RODEKOCHAN
    @RODEKOCHAN Місяць тому +3

    3つ目の音を低め、7つ目の導音を高くとればメロディックに聴こえるので、そのメロディーに調和する和音を付けていけば良いのかと思ってます。導音意識するだけでとたんに生きた音楽になる感じがします。
    また、和音がずれると差音がピロピロしたノイズとなり気持ち悪いです。

  • @mas4896
    @mas4896 Місяць тому +6

    吹奏楽(特にコンクール偏重団体)では、和音の横のつながりよりも和音毎に合わせるようになっていますね。
    譜例のCのコードではCを基準に、次のAmではCを基準にせずにAを基準に、DmはDを基準、GはGを基準にしているので、最後のCが最初のCより低くなるということはないです。
    ハーモニーの歪みを消した結果、日本の吹奏楽界に歪みが発生してしまっているのかもしれません。

    • @kazuhisakurumada
      @kazuhisakurumada  Місяць тому +2

      🧐

    • @user-st5vz3fi6l
      @user-st5vz3fi6l Місяць тому +2

      そのせいで、トニック・サブドミナント・ドミナントの和声感が破壊されてしまうのです。
      緊張感の無いドミナント、明るく聴こえないメジャーコード、、、。
      チューニングできないバンドに属すのも、それはそれで最悪ですが。

    • @editedname5228
      @editedname5228 Місяць тому +1

      それだと純正律よりも大事なものを失うことになりますね…

  • @sH-cr5zc
    @sH-cr5zc Місяць тому +2

    よく考えてみると人間にも当てはまりますよね。メチャクチャ能力高いんだけど、どこか腹黒い人。とっても性格が良くて清らかなんだけど、合理的な判断が出来なくて全く役に立たない人。
    どちらがいいか?どちらが必要か?……どちらも必要なんです。
    先生が仰っているように、人間とは不完全なもの。だから多様性がとっても大事。お互いの長所・短所を認めつつ、仲良く補っていくのが、より良い社会に繋がるのではないでしょうか。
    平均律・純正律、そしてそれでは収まらない世界の民族音楽……多様なものが存在することで、私達は、あらゆる音楽世界を楽しむことが出来ます😊😊 今日は、そんなことを考えました。

    • @user-on3wv7vn7c
      @user-on3wv7vn7c Місяць тому +3

      昨日は返信ありがとうございました😊
      いつも、皆さんのコメントに、また新しいコメントにも目を通してくださっているのだなぁと感じています。👍️もこまめに押してくださったり、このコメントのお気持ちを根底に持っていらっしゃるのでしょうね。
      今回の動画では、皆さんのコメントが活気付いていて、読んでいて楽しかったです。
      車田さんの動画内容はもちろん、それに加えて色々な方々がコメントの疑問に答えてくださったり、知らなかった事を教えてくださったり、返信があちらこちらに。何だか素敵ですよね♪

    • @sH-cr5zc
      @sH-cr5zc Місяць тому +3

      @@user-on3wv7vn7c様
      こちらこそ、お返事ありがとうございます😊 確かに今回のコメント欄は、いつも以上に白熱していますね🔥 しかもレベルが物凄く高い。私は『ドミソはドミソでしょ』程度の知識レベルなので、今回は『出来るだけ理論を省いて』解説して下さった車田先生と、皆様のコメントには、本当に感謝しています。
      結婚するまでピアノを習っていましたが、当時は『間違えないで弾くこと』しか考えていませんでした。あれから何十年も経って、こんな形で音楽を楽しむことが出来るなんて、本当に嬉しい限りです😊😊 もう止められません。

  • @space_tamakai
    @space_tamakai 2 місяці тому +5

    2のルート12が無理数になるのが平均律が濁る原因ですね
    と言っても「純正律と比べ平均率が濁っている」
    これを判別できたことはなかったのですが
    むしろ今回「平均率と比べダメな純正律が濁っている」
    はハッキリ判別できました
    要はそれが差なのでしょうね

  • @srv7464
    @srv7464 Місяць тому +2

    『純正律』『純文学』『純愛』等々の『純』という語は、何故かいかがわしい感じがする。

    • @sH-cr5zc
      @sH-cr5zc 27 днів тому

      欺瞞に満ちてる?😂😂😂

  • @I2A52
    @I2A52 2 місяці тому +3

    15:24
    ハ長調でC,Am,Dm,G,(C)を純正律で鳴らす場合、1つ前のコードを共通する音から取らずに全てハ長調の純正律から取るという事は理論的には可能なのでしょうか。(仰る通り旋律がめちゃくちゃになってしまうし、結局は理論値なので実演では不可能ですが)

    • @dfnoki
      @dfnoki Місяць тому +1

      横から失礼いたします。
      C,Am,Gは理論的に可能でちゃんと純正に取ることができますが、Dmのところで不都合が起きます。Cから純正で取る場合、Dは完全5度を2回重ねるので(平均律より)高く、Fは完全4度なので低く、Aは短6度なので低くなります。Dmは短三和音なので平均率よりも広く取りたいD-F間とD-A間がいずれも狭くなってしまうためです。

    • @I2A52
      @I2A52 Місяць тому +1

      @@dfnoki わかり易い解説ありがとうございます、私の頭では同条件でⅡの和音を取る方法が思いつかないのですが、どうにか誤魔化す方法はあるのでしょうか。

    • @dfnoki
      @dfnoki Місяць тому +1

      @@I2A52 Dをかなり低く取ればその場しのぎにはなりますが、そのままのDでは続くⅤ(G)でまた問題が起きます。内声で奏でればバレないかもしれませんが、ソプラノパートで行うと必ずバレます。(計算が正しければ同じDなのに22セント変化させることになります)

    • @I2A52
      @I2A52 Місяць тому +1

      @@dfnoki 旋律が滅茶苦茶にならないようにその場しのぎを続けるのは厳しそうですね...。
      理解が深まりました、ありがとうございます。

  • @olivierstrg1326
    @olivierstrg1326 Місяць тому +4

    純正率が万能と思っちゃってる人がいるのでしょうか? 使いものになるのならとっくの昔に平均率は駆逐されているだろうに
    ただ、自由度は減るけれど「純正率のための○○」と、純正率の美しさを楽しむための作品も成立しうると言う事でしょう。でも、それでは限られた表現しかできないでしょう。

  • @flhrcl4120
    @flhrcl4120 2 місяці тому +4

    平均律は1巻18番が入試課題曲でした。難しくて苦労したのになぜか好きになったwww

  • @user-gd3bu1yl3s
    @user-gd3bu1yl3s 2 місяці тому +3

    14セント高いのか低いのか分かりませんでしたが、自分で調べてみます

    • @kn_sqa2912
      @kn_sqa2912 Місяць тому +3

      ドとミの隔たり、平均律では400セントですが、純正調では384セントと狭いです。

  • @user-cx5os6rn1n
    @user-cx5os6rn1n 2 місяці тому +11

    車田先生、本日もありがとうございました。
    学生時代から吹奏楽界の純正律信仰(崇拝と言っても良いかもしれません)には大きな疑問を持っていました。
    ある演奏では属七の和音をきっちり純正で合わせてしまったせいで、七度が持つルートへ戻ろうとする響きが消されてしまっていてとても気持ちの悪い演奏になっていました。
    また、濁りを消すためにメロディーまで純正律に沿って演奏してしまったせいで、和音の濁りよりも遥かに気持ちの悪い演奏でした。
    音や和音の持つ機能や性格を犠牲にしてまで濁りを消す必要はないと考えています。
    和音の中には濁りを必要としている物もあります。
    私が誰かに教える際には「綺麗すぎる水に魚は住めないんだよ」と言うと理解してもらえることが多いように思います。

  • @katoyamato
    @katoyamato Місяць тому +5

    昔、合唱指揮者の福永陽一郎さんが言ってました。ワーグナーの巡礼の合唱です。男声合唱なので和音の魅力を活かそうと純正律の響きを保とうとすると、元の和音に戻った時にピッチがズレてしまうので、とても難しいという話でした。わたしは純正律ファンなので、「enya」の音楽を好んで聴いています。「enya」の音源を調整したレコーディングディレクターの人(ニッキー・ライアンという名前だったかな?)、ピッチの調整作業が大変だったと思います。今のパソコン用の音楽ソフトですら、「純正律」までは考慮してないようですし。自分のパソコンで純正律が作れたら、そのソフトを買いたいですが……。

  • @kangol525
    @kangol525 Місяць тому +2

    私はメロディとハーモニーは別のものだと思っています。

  • @user-st5vz3fi6l
    @user-st5vz3fi6l Місяць тому +2

    ピアノの調律も平均律ベースだからこそ、鐘のような倍音の荘厳な響きがするんですよね。純正律ピアノとかにとり憑かれてる人もいますが、そんなのピアノじゃ無いじゃんと思ってしまいます。
    管楽器奏者にとっては、時として純正律を使うこともありますが、そもそもメジャーコードに聴こえなくなってしまうなどの問題もあったりするので、何を優先するかで判断します。
    ドミナントの緊張感というのは平均律和声の産物なので、純正律で演奏されるとガッカリするなど、バロック以降の曲では、静止するトニックくらいしか使いどころがないことに同意です。
    海外のオケとか聴いてても、日本人の純正律信仰とは少し考え方が違う気がします。

    • @sH-cr5zc
      @sH-cr5zc Місяць тому +2

      この『純』『正』という漢字も、けっこうクセモノですね。南アルプス天然水のような、澄み切った清らかなイメージ。そんなこともあって、日本では『信仰』みたいになってしまうのかも。とにかく我々日本人は穢れたものを忌み嫌う。お浄めが大好きなんです🌿⛩🌾

  • @kirolisation
    @kirolisation Місяць тому +2

    シューベルトは転調が多いから純正律はダメだな

  • @contrebasson
    @contrebasson Місяць тому +2

    いや、これは誤解で、室内楽やオーケストラではレーガーを演奏しても長調や短調は純正に取りますよ。そのためにカデンツの中では進行上は高めになったり低めになったりする音がありますけど。

    • @kazuhisakurumada
      @kazuhisakurumada  Місяць тому +3

      一つ一つの和音を純正に取ろうとする事と純正率は別物ですね・・

    • @contrebasson
      @contrebasson Місяць тому +3

      @@kazuhisakurumada 使い物にならないのは純正律の音階を19世紀以降の音楽で使った場合であって、一つ一つの和音は可能な限り純正に取ります。まあ、わざと純正に取らないで(旋律的な経過音や倚音などを)わざとぶつける場合もありますが。

    • @editedname5228
      @editedname5228 Місяць тому +1

      ⁠@@contrebasson
      いやだから「純正に取ろうとすること」と「純正律」は別物ですよ。

  • @mecom3450
    @mecom3450 Місяць тому +6

    ピアノを基準にするから純正律が特別なものになってしまう。トランペットを基準にすると良い(半分本気)。
    転調は現代的課題だが現代が正しいとは限らない。

    • @eiponxxx
      @eiponxxx Місяць тому +1

      このコメントをいただいた方の真意と異なってしまうかもしれませんがピアノを基準にするからというくだりは非常に共感できます。なぜトランペットにb♭管とc管があるのか、その観点で車田先生にはお話しいただければと思います。別に純正律志向の指導者側もすべての人が純正律を理解して演奏をしなさいではなくて、ピアノの音程ではなくその都度のハーモニーを耳で聞いて演奏しなさいと言っているだけではと思います。ほかにも良いコメントがいっぱいあって参考になります。

    • @user-wh8jx3uz1w
      @user-wh8jx3uz1w 27 днів тому

      現代とは?
      転調はバロック時代から定着している物なのでほとんどのクラシック音楽で純正律は役に立たないという話です。
      ヴィヴァルディの協奏曲でよく使われる「リトルネロ形式」がありますが、リトルネロ形式は、トゥッティ(全合奏)によるテーマ(リトルネロという)が調性を変えて何度も繰り返され、繰り返しの間にソロ(+伴奏)によるエピソードが挿入される形となっています(転調はソロの部分で行われる)。
      例:トゥッティ(主調)ーソロ1(転調)ートゥッティ(属調)ーソロ2(転調)ートゥッティ(?)ーソロ3(転調)ートゥッティ(下属調)ーソロ4(転調)ートゥッティ(主調)
      リトルネロ形式は、ロンド形式に似ていますが、リトルネロ形式は、最初と最後のリトルネロだけが主調で、途中で出てくるリトルネロは調が違うというのがロンド形式との違いと言えます。

  • @flhrcl4120
    @flhrcl4120 2 місяці тому +5

    バッハの平均律は国立音楽大学入試までは嫌いwwwでしたが、入試直前になぜか好きにぬりました。

  • @k.tamatao5431
    @k.tamatao5431 2 місяці тому +5

    素晴らしいお話です。最近はルールやコンプラ遵守だとか純正律の様な声が多くなっていますが、濁りのある平均律が人間にとって心地よい社会の構築に必要な考え方と思います。

    • @user-xk3jt5xk4t
      @user-xk3jt5xk4t Місяць тому +1

      まったく同感です。イイネを100回押したいくらいです。

    • @sH-cr5zc
      @sH-cr5zc Місяць тому +1

      白河の清きに
        魚も棲みかねて
      もとの濁りの
        田沼恋しき🐟🐠🐡

  • @user-nw5rp2hw4v
    @user-nw5rp2hw4v 2 місяці тому +1

    絶対音感は普通平均律で獲得するでしょうから、知らずに純正律のピアノ弾いたら笑い出すのかな?

    • @HSEISYU
      @HSEISYU Місяць тому +3

      同じ平均律でも絶対音感を440Hzで獲得するか442Hzで獲得するかの違いとかもあるでしょうし
      絶対音感保持者が海外留学で違う全く調律を経験した時に全部ずれているように聞こえて混乱してしまったという話を身近で聞いたことがあります。

    • @user-nw5rp2hw4v
      @user-nw5rp2hw4v Місяць тому +2

      勉強になりました。ありがとうございます!

    • @kn_sqa2912
      @kn_sqa2912 Місяць тому +2

      私は長らく疑問でした。平均律で取得した絶対音感の保持者は、純正調の和音音程を取ろうとすると、かなりのストレスなんでしょうね。

    • @user-nw5rp2hw4v
      @user-nw5rp2hw4v Місяць тому +1

      ありがとうございます。純正律を好まれる方も多く奥が深い!

  • @ozawakiyoshi304
    @ozawakiyoshi304 Місяць тому +9

    あ、この問題は深入りしてもしょうがないです。昔から議論がされていました。ミーントーンの純正3度は大変美しくて魅了されます。結局のところこの純正3度を優先してピタゴラスの僅かに狭い5度をいくつ何処に持っていくかで様々な調律法がありますね。アロンのミーントーンは4つ狭い5度を含み12音の最後にウルフを持ちます。5度が狭いといっても1sに1、2回のうねりで殆んど問題は有りません。ベートーヴェンのピアノソナタはキルンベルガーの第三調律法だったとか。それから問題はその調律の濁りだけではなく弦の倍音成分も関係があります。例えば、古いピアノの低音の弦では様々な倍音が聞こえてどの音に合わせるか迷うほど1音自体に濁りがあります。弾いて音を出すチェンバロと現代のピアノとでは全く響きが異なります。トラベルソと比べると現代のフルートは倍音の出方が違い現代フルートは綺麗な響きがします。それが欠点でもあるのですが。バロック以前のバイオリンやトラベルソはビブラートを使わないので尚更純正律が問題になります。そもそもビブラートをかけたら純正律が無意味な問題になりかねませんから。独自の方法も考えられます例えば4つの純正3度を作りその歪みを全ての5度を狭めて帳尻を合わせるとか、純正3度をやや高めにとりその分全ての5度を平均律よりやや狭くするなど。まだまだ色々あって楽しいですが止めます。