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スーツさん大垣に来てたんですね!!
私の故郷です。金生山が無くなっていく...18:43頃にお墓が見えます。昔は無かった。小さいときに線路の土手に登ってレールに耳を当てて、電車の音を聞いていたのを思い出します。
ひだ36号は、時間が合えば毎日のように自宅から見えます。南荒尾信号場を過ぎ、新垂井方面へ向かい、ため池踏切から、青野トンネルを過ぎ 高架の平尾あたりまで、時間にすると約2分程度(18時前後)ひだ36号が見えます。大抵はしらさぎや貨物列車ですね。昔は、新垂井経由の普通列車が走ってましたので、よく踏切で列通貨を待ってますと、普通列車だったりしますね。新垂井駅跡もたまに近くを通ります。また、仕事で飛騨金山方面へ行きますので、道中 大阪発高山行のひだ7号や、高山発大阪行きのひだ36号も出くわすことがあります。私は、南荒尾信号場のある美濃赤坂線をたまに荒尾駅から大垣駅間利用してます。
0:39さらっと大垣をディスる神
非常に分かりやすい解説で聞いててとても興味深いです
最近の楽しみがスーツさんの動画を見ることになっています。応援しています。
垂井線、速度制限きついっすよねぇ。上り線の速度がすごいwあとは垂井〜関ヶ原が単線両方向運用なのも面白い
車掌さんの対応素敵ですね!スーツさんの感謝の気持ちも素敵です!
解りやすい説明いつもありがとうございます。
スーツさんの動画を見て自分で旅の計画を立てて旅行するのが好きです。大垣に行く時はいつも名古屋から快速大垣行きに乗っていきます。
彦根育ち江戸川区民です。いつも地味な県No.1滋賀県を取り上げて頂きありがとうございます!
滋賀県は地味ではありません。東京に移ったからといって自分がかつて育った街を卑下するのはやめてください。
と言われましても本心から思ってますので!すみません!
滋賀県は新快速、なぜか223系2000番台を想像します。湖西線、琵琶湖線、そして上りの新快速列車はほとんどが滋賀県内の行き先ですから207も321もなくて転換式クロスシート車の221、223、225、521、特急列車も面白いほど走っていて、とても好きです転換式クロスシート車しか走っていないのは本当に神です神戸線、京都線は嫌でも207、321を避けられない区間もありますから。(普通しか止まらない駅)
幼い頃、母の実家に行くのに‼️新垂井駅で下車して行きました。懐かしいです。動画紹介ありがとうございます🌟
🎉😅😢
私が地理力と理解力が無い為、坂道を登る(ノボル)下る(クダル)というテーマの際は、本線の「上り列車」「下り列車」ということを説明する時はあえて「東京方面」「米原方面」という表現に徹底してもらえると分かりやすいです。地元じゃないので垂井線のそもそもの高低差が大垣、関ヶ原のどっちが高いか低いかが分からない所からスタートなので。先日の碓氷峠の動画の時も思いました。
0:00真ん中のスーツの人がメインボーカルかと思った
内容的に素晴らしかった。おそれいる。私は岐阜に住んでいますが、東海道線が関ヶ原の手前で二つに分かれていることは知っていましたが、本線は直線の方だと思っていました。また、先日美濃赤坂駅にも行ってみました。かつて夜行列車の終着駅だった。と聞いて急に興味がわいたのです。
東海道線シリーズ待ってました!
いい年ですが、こんなに鉄道関係の動画を観たのは人生初めてです。詳しいことはわかりませんが面白いです。
鉄道は面白い。
@@eth1755 売名すんなゴミコメ主の方不快にしてしまったらすみません
小学生のガキの頃新垂井駅で使い捨ての切符を集めてよろこんでいたな~。。高校になって大垣~垂井下車なのに間違えて新垂井経由に乗ってしまい関ケ原で上りを1時間以上またされて帰った記憶があるな。。
新垂井駅が今も健在だったら秘境駅ランキングに載っていたかもしれない
いろいろな事情で東海ネタと小田急ネタくらいしか、今は取り扱うことができないのでしょうが、今まで通りのスーツさんのロケ動画が戻ってきて嬉しい限りです。これからも精力的な活動を期待しています。
近いうち東急ネタも増えるよ 多分
美濃赤坂駅は僕の故郷の伊那谷を走っていた急行伊那2号が美濃赤坂終点だったので丼な場所だったのか興味がずっとありました。
今から48年前、小学生時代に東海道線全駅を暗記しました。その時時刻表を見るとほとんどの電車が新垂井経由だったことを記憶しております。
スーツさんの動画見る→旅行行きたくなるの連鎖がすごい
ディーゼル特急キハ85? 運転士みたいな前面展望や景色が流れてく後面展望に見入りました!日本中どこにでも行けるスーツ君に感謝します。5:15近くで見てみたい景色です。
新垂井駅は1986年まででしたか・・・中学生くらいの時に、乗っていた東海道線の電車が止まった様子を思い出しました。真っ暗な中に、単線のホーム。不思議な光景でした。
うちの親が新垂井駅ユーザーでした朝に2本、13時と17時に1本ずつの1日あたり計4本来てたらしいです雪が積もって垂井駅まで行けない周辺の集落の人がここを使って関ケ原経由で大垣に出ていましたそれと親曰く国鉄バスではなく近鉄バスが来てたらしいです
楽しい動画でした。ありがとう。
今から55年程まえの高校生時代関ヶ原経由で大垣市の高校に通学していましたが朝は関ヶ原始発の垂井線で大垣へ向かい夕方は垂井線で関ヶ原にもどる場合と新垂井経由で関ヶ原始発戻る場合とありましたね。
特急すら走らなくなった函館本線藤城線とどっちがいいのやらこちらはダイヤの都合かまだ普通列車が残っている
私は乗り物に乗ると一番前に乗るのが好きなだけで、特別列車が好きとかではなかったのですがスーツ君の動画に出会ってから、少し勉強電車の知識や色んな車窓を見だしてから、こんな風に列車に乗ると面白い!となり。今では時間の許す限り視聴してます。景色を見ながらのスーツ君のトークも全然気にならずかえって耳に心地いい感じです。 こんなに列車が面白いとは以外です。良い理解として成立する動画はとても楽しいので、できうる限り続けてくださいね!
昭和時代に時刻表を見て謎な区間だったけどこの動画をみて解けました!ありがとうございます。
昔、俺が赤ちゃんの頃オカンが俺と姉連れて大垣駅から垂井駅に行くつもりが、間違えて垂井支線の電車乗ってまって、新垂井で仕方なく降りてバスかなんかで垂井駅に行ったって話聞いたわ。
13:51 レールの右側にある影の長さの違いで、上り本線と垂井支線のレールの高さの違い(レールの重さ)が見て取れますね。支線を重軌条化すれば下り本線を廃止できそうな気もするのですが、貨物という視点ではそうではないのですね。
スーツ君の鉄愛に感動するわ。好きなんだねぇ。鉄道が。めっちゃ伝わる。
昔は歩いて京都とか大阪行ってたのに1日で汽車に乗ってたら着くとか凄い進歩よな
垂井支線の紹介待ってました!!関ヶ原を超えるまでが大変ですからね。国道だと勾配がキツイのがよりわかるので、新線が建設されたのも納得です。
18:00 石灰の山は金生山(きんしょうざん、かなぶやま)といいます。約2億5000万年前のサンゴ礁に生息していた生物の化石からなる山で、日本化石研究発祥の地とも言われています。
この山は昔鉄鉱石も産出していて奈良時代の壬申の乱にて後の天武天皇の軍勢はこの鉄で武装し戦いに勝利したそうです。
戦前の富士は大垣で大垣機関区D50ではなく米原機関区C53がC51の先頭に立って重連で関ヶ原を超えたそうです。新線が開通しても大垣機関区の終わりではなく米原方面からの登ってくる上り列車に対する救援機関車が柏原に常駐していたそうです。
0:35の「特急のぞみ号」って言い方いいですねえ。以前ののぞみ号の動画でもスーツさんが言ってましたね!新幹線のぞみ号というより特急のぞみ号っていうほうが旅情を感じます。
東海道線シリーズの続きが見れて嬉しいです
何年か前に人身事故かなにかで新垂井線での運転になって、新垂井の駅って珍しいから降りてみようと思って降りたら駅にも何もない上に上りの電車も来ないしたいへん困ったことがありました
マジで勉強になる
先日、名古屋から京都へ帰る際に大垣~米原から見た夕日はとても綺麗でした。もちろんOnly you train を聞きながら
伊吹山麓の滋賀県民です。雪深い田舎ですが、米原含め不破の関は今も昔も交通の要所なのだと改めて感じます。本州の東西のまさに分かれ目です。言葉やうどんの出汁なども境目なので、ぜひ皆さん機会あればお越しください。
昔、交通バラエティとかいう番組があって、うどん出汁の違いの境い目はどこか、とかで関が原がまさに、今でも、天下分け目、米原に来ると、いかにも関西という雰囲気が漂うとか、楽しかったな。番組直ぐに終わってしまったが。
コメントありがとうございます。不定期にこの話題のテレビ番組ありますね!史跡も多く、関西北陸東海の文化が混ざっている地域です。
動画とか関係ないですが、これすごく便利ですよ!camp-fire.jp/projects/view/315157
@@eth1755 関係ないなら話すんな。
エスカレーターの左右どちらを空けるかの境が垂井駅と聞いたことある。関ヶ原から醒ヶ井まではエスカレーターがないからだそう。
ぉぉー、なんか最近動画の内容が前よりもとても面白くなってきていていいね!
以前使っていた大垣~米原間では、冬の伊吹山の風景にのみ記憶が残っています。
最初の映像と図解は分かりやすかった😆鉄道の歴史を知る事が出来て楽しめました!東海の電車の動画は好きです😆
新垂井があったころ知っています。すでに時計も外されていましたが,垂井経由は「垂井線経由」と呼んでいました。
先日新大阪から名古屋まで新快速で移動しました。垂井駅も神社巡りで降りました。こう言う感じで通ってたんですね。
スーツさんの説明のように、JR東日本国内ツアーの社員もここまでは説明出来なと思う。さすが、スーツさんだ。
きっぷ買うとき旅行社はやっぱり普通の会社員だなと思います
でしょうね。仕事でやってるだけでしょうから。
さすが旅行業務取扱管理者の資格持ってる人だな
スーツさん、いつも楽しく観ています。お身体には気をつけて、どんどん動画アップしてくださいね。
まさにここを26日に大阪に向けて「ひだ」に乗ってきたっす。日も暮れて景色は楽しめないけど、キハ85の快速っぷりを堪能出来ましたね。
22:15 1日に2本、5:51関ヶ原始発の新快速 豊橋行き(2300F)(土休日5300F)と、 7:17関ヶ原始発の区間快速豊橋行き (2704F)(土休日運休)が関ヶ原‐垂井間を 逆走しています。 また、垂井支線は線路の規格が低く、 最高速度が85㎞/hに押さえられています
昔、大垣夜行に乗って大垣で乗り換えて大阪神戸方面の快速に乗って新樽井駅で停車時間があったのでよく覚えています。新樽井駅に行く列車がほとんどなかったを覚えています。
鉄道に全く興味はないのですが、スーツさんの動画が面白くて、最後まで楽しませてもらいました。
自然勾配に対して最近は「都心の勾配」があります。東京では上野東京ラインに京葉線地下線、今度南海が「なにわ筋線」を建設25号線を越えて今宮戎駅西側、木津卸売市場東側で地上に入り、近鉄・阪神「大阪難波」駅より更に1階階下まで短い距離で一気に潜ることになります。高野線山線もびっくりの大都会の急勾配誕生です。
3:49 右にも信号機あるから3つ
垂井駅~関ヶ原駅間は、関ヶ原駅止りの下り列車が折り返し同駅発の上り列車となる際に、構内配線の関係上、同駅から上り線に入ることができないため、上下両方向に列車が走れるようになってます。そのため、関ヶ原駅始発の上り列車は垂井駅まで上り本線ではなく垂井線を走ります。そのため、逆走(右側通行)しているこのように見えます。ここは、珍しいと思います。
課金しないと絶対乗れない新垂井線
@青ボールペンごめんなさい。間違ってました。垂井線は普通列車が走る方でしたね。
10年位前に373系臨時快速(大垣~米原ノンストップ・新垂井経由)があり、一番前で展望を楽しんだ記憶がありました。現在も時刻表の臨時列車欄を確認忘れず行っておりますが、もしも設定されたなら乗ってみたいと思います。
数年前は臨時列車(313系2両×2)も新垂井線を走ってました
確か1日1本だけ垂井線を逆走する列車ありますね。また新垂井線には一時期下り線扱いとなり、下り線専用の駅新垂井駅がありましたね。
旅情溢れた旅を出来た昔の方々が羨ましい。スーツ君には感謝しかないです。鉄道の楽しみ方を知れたので。東京行く際には鈍行で行ってみたいですね。途中下車しながら昔に思いを馳せながら、ゆっくり鉄道旅を楽しみたいですね。
3:27 に211顔の車両が見えますがこれはおそらく大垣車両区所属の213系と思われますJR東海の213系は全て同区に所属しており普段は飯田線での運用をこなし検査等は大垣車両区に帰区して行うようです
8月に羽島やら各務原から京都へ移動してらっしゃったので新垂井経由ネタやらないのかなーと思ってたので、新垂井経由沿線民としてうれしい限りです!肝心の旧新垂井駅を撮影しそこねていたのは笑いましたw
特急に乗っても、ボーっとしているとルートの違いに気が付きませんね。
Googleマップでも見るとわかりますが、進行方向左側に新垂井駅のホームが今でも残っていて、車窓からも見えます。
新垂井線、『銀河』で3回、『サンライズ』で1回通ったなぁ。特に『銀河』の場合、夏場はちょうど夜が開ける時間帯に通るので、滅多に通らない風景を楽しんだものですわ。関ヶ原始発名物の『逆走』も一度、体験したことがありますけど、妙な違和感がありましたね。
垂井支線の区間においては、軌道の状態がロングレールから定尺レールに変わりますので、ジョイント音の具合でも違いが分かるでしょう。
新垂井線を使う電車がレアである原因のひとつに、米原~岐阜間は特別快速であっても各駅停車になってしまう点。どうしてそんな運用しているのかは知らんけどね。要は垂井駅に止まらなければ新垂井線が使えるのに、旅客列車でそんな列車は特急しかない。
13:40 米原方から2号線に入る列車もある
むかし、大垣夜行から乗り継ぎの西明石行きは新垂井経由でしたね。
気になってたので、分かりやすい解説ありがとうございます。
中部地方多く取り上げていただけて嬉しいです。
7月に特急ひだ36号に大垣から米原まで乗りました。
京都〜岐阜間で大阪ひだを何度も利用していますが朝の上りと夕の下り共にいつも自由席はかなりの乗車率です。大阪・京都から岐阜市街地や大垣へ乗り換えなしで行けて、大阪しなのが無くなった現在、その辺の需要が集中してるのかと思われます。
いつまでも新垂井線を通る電車は見られないかもしれないな。北陸新幹線が全線開通したとき、しらさぎは廃止されると思うし、大阪ひだも、大阪→富山→高山と入ったほうが速いため廃止、となる気がする。
垂井支線はジョイント音したけど、名古屋方面の本線はロングレールになっているのが、線路は隣なのに本線と支線とで違いがあって面白い。
この区間は興味深いですね。ここを超えていたC62も重油タンク付きであったみたいですね。
名古屋から富山に帰るときは、最近新幹線&しらさぎ&新幹線か高速バスですので、なかなか通りません。昨年、新幹線が敦賀まで伸びると、しらさぎが廃止になり新快速に置き換えの可能もありますので、名残乗車しました。
戦闘の自由席に座れなかったのは残念でしたが、数年後にはHC85系になって前面、後面展望を楽しめなくなるので新垂井線を前や後ろから楽しめるのもそう長くはないので1度は乗っておきたいですね
0:00 スーツさんの東海道線の動画で最近では定番になりつつある冒頭のモノクロ
1970年代には、新垂井経由の下り線が何本かありました
下1は東海道本線副本線であってさっき乗車してたのは垂井本線着発
新垂井線は、夜中は5分に一本くらいの勢いで貨物が走ってますよ。サンライズは、夜中の3時くらいに見れますよ。
勇者ガノン2号 どゆことw
上り本線、垂井線は架線が新しいき電吊架方式なのに対し、下り本線の新垂井線はき電線を用いた方式なことに気づきました。長大編成の貨物列車が連続して勾配を登ることもあり、き電線も通常1本のとこと2本敷設されていて勾配の過酷さを感じさせますね!
JR東海は今現在、東海道線をメインにき電吊架(インテグレート架線)に交換しています。また同時に、ビームと電化柱(架線柱)も古い耐震性に欠けるものを交換しています。
新垂井線の歴史はこんな感じだったんですね それと最後は新幹線で大阪ひだ号を先回りすることができたんですね
昔、金山発米原行きの臨時快速、ナイスホリデー近江路も新垂井線経由で運転されていました。
花見シーズンのノンストップ臨時快速も新垂井経由で運行されてました。定着せず直ぐに無くなりましたが。
18キッパーには無縁ルート&サンライズに乗れば寝ている時間に通過関東民には日中の車窓は貴重で楽しませていただきました
25年前、14系座席客車による急行『銀河51号?』で楽しませていただきました。
京都へよく行く為、東海道本線はよく使いますが「新垂井線」は知りませんでした。垂井や関ヶ原、柏原は中山道の宿場町などの観光スポットがあるので降りて見るといいです。
下り普通列車で、垂井支線を前面展望したとき、横にある東海道上り本線と線路が並ぶわけですが、望遠して線路をよく見てみると、垂井支線と東海道上り本線の線路の等級の違いがよく分かります。
56万人登録おめでとう🎉ございます🙂🎶🚞🚉これからも、楽しみたいと思っています❗
最近地元のJR東海エリアを多く取り上げていただけて嬉しいです😊大阪ひだは西日本の東海道線に乗り入れる貴重な列車なのでぜひ乗ってみたいですし、廃止されないか少し心配です。
楽しい動画ありがとうございました。自分の心の中にずっとあった 垂井駅と新垂井駅の謎が解けました。こういう事情があったんですね。🙌ありがとうございました。また機会あれば垂井駅と名前が似ている 神戸の垂水駅にも来てくださいね。待ってます。
動画の本旨とは離れるけど、新幹線と並行して走る在来線特急はエモい
鉄オタにはおなじみの西村京太郎氏の小説で、現役時代の新垂井駅が舞台になった作品がありますね。
特別急行「燕」の東京〜国府津は、現在の快速アクティーと同じくらいの所要時間なんですね
東海道線は良い景色が多いですから、やまぐち号で使っている車両(更に引退した12系レトロ客車も増結、更に食堂車も繋いで)C62とC57-1かC51(あとはEF58あたりを補機にして)「つばめ」か「はと」を復活運転できないですかね?
0:00 最初のモノクロほんとよく出来てる
スーツさん大垣に来てたんですね!!
私の故郷です。
金生山が無くなっていく...
18:43頃にお墓が見えます。昔は無かった。
小さいときに線路の土手に登ってレールに耳を当てて、電車の音を聞いていたのを思い出します。
ひだ36号は、時間が合えば毎日のように自宅から見えます。南荒尾信号場を過ぎ、新垂井方面へ向かい、ため池踏切から、青野トンネルを過ぎ 高架の平尾あたりまで、時間にすると約2分程度(18時前後)ひだ36号が見えます。大抵はしらさぎや貨物列車ですね。
昔は、新垂井経由の普通列車が走ってましたので、よく踏切で列通貨を待ってますと、普通列車だったりしますね。新垂井駅跡もたまに近くを通ります。
また、仕事で飛騨金山方面へ行きますので、道中 大阪発高山行のひだ7号や、高山発大阪行きのひだ36号も出くわすことがあります。
私は、南荒尾信号場のある美濃赤坂線をたまに荒尾駅から大垣駅間利用してます。
0:39さらっと大垣をディスる神
非常に分かりやすい解説で聞いててとても興味深いです
最近の楽しみがスーツさんの動画を見ることになっています。応援しています。
垂井線、速度制限きついっすよねぇ。
上り線の速度がすごいw
あとは垂井〜関ヶ原が単線両方向運用なのも面白い
車掌さんの対応素敵ですね!
スーツさんの感謝の気持ちも素敵です!
解りやすい説明いつもありがとうございます。
スーツさんの動画を見て
自分で旅の計画を立てて旅行するのが好きです。
大垣に行く時はいつも名古屋から快速大垣行きに乗っていきます。
彦根育ち江戸川区民です。いつも地味な県No.1滋賀県を取り上げて頂きありがとうございます!
滋賀県は地味ではありません。
東京に移ったからといって自分がかつて育った街を卑下するのはやめてください。
と言われましても本心から思ってますので!すみません!
滋賀県は新快速、なぜか223系2000番台を想像します。湖西線、琵琶湖線、そして上りの新快速列車はほとんどが滋賀県内の行き先ですから
207も321もなくて転換式クロスシート車の221、223、225、521、
特急列車も面白いほど走っていて、とても好きです
転換式クロスシート車しか走っていないのは本当に神です
神戸線、京都線は嫌でも207、321を避けられない区間もありますから。(普通しか止まらない駅)
幼い頃、母の実家に行くのに‼️新垂井駅で下車して行きました。懐かしいです。
動画紹介ありがとうございます🌟
🎉😅😢
私が地理力と理解力が無い為、坂道を登る(ノボル)下る(クダル)というテーマの際は、本線の「上り列車」「下り列車」ということを説明する時はあえて「東京方面」「米原方面」という表現に徹底してもらえると分かりやすいです。地元じゃないので垂井線のそもそもの高低差が大垣、関ヶ原のどっちが高いか低いかが分からない所からスタートなので。先日の碓氷峠の動画の時も思いました。
0:00
真ん中のスーツの人がメインボーカルかと思った
内容的に素晴らしかった。おそれいる。
私は岐阜に住んでいますが、東海道線が関ヶ原の手前で二つに分かれていることは知っていましたが、本線は直線の方だと思っていました。
また、先日美濃赤坂駅にも行ってみました。かつて夜行列車の終着駅だった。と聞いて急に興味がわいたのです。
東海道線シリーズ待ってました!
いい年ですが、こんなに鉄道関係の動画を観たのは人生初めてです。詳しいことはわかりませんが面白いです。
鉄道は面白い。
@@eth1755 売名すんなゴミ
コメ主の方不快にしてしまったらすみません
小学生のガキの頃新垂井駅で使い捨ての切符を集めてよろこんでいたな~。。高校になって大垣~垂井下車なのに間違えて新垂井経由に乗ってしまい関ケ原で上りを1時間以上またされて帰った記憶があるな。。
新垂井駅が今も健在だったら秘境駅ランキングに載っていたかもしれない
いろいろな事情で東海ネタと小田急ネタくらいしか、今は取り扱うことができないのでしょうが、今まで通りのスーツさんのロケ動画が戻ってきて嬉しい限りです。
これからも精力的な活動を期待しています。
近いうち東急ネタも増えるよ 多分
美濃赤坂駅は僕の故郷の伊那谷を走っていた急行伊那2号が美濃赤坂終点だったので丼な場所だったのか興味がずっとありました。
今から48年前、小学生時代に東海道線全駅を暗記しました。その時時刻表を見るとほとんどの電車が新垂井経由だったことを記憶しております。
スーツさんの動画見る→旅行行きたくなるの連鎖がすごい
ディーゼル特急キハ85? 運転士みたいな前面展望や景色が流れてく後面展望に見入りました!日本中どこにでも行けるスーツ君に感謝します。5:15近くで見てみたい景色です。
新垂井駅は1986年まででしたか・・・
中学生くらいの時に、乗っていた東海道線の電車が止まった様子を思い出しました。
真っ暗な中に、単線のホーム。不思議な光景でした。
うちの親が新垂井駅ユーザーでした
朝に2本、13時と17時に1本ずつの1日あたり計4本来てたらしいです
雪が積もって垂井駅まで行けない周辺の集落の人がここを使って関ケ原経由で大垣に出ていました
それと親曰く国鉄バスではなく近鉄バスが来てたらしいです
楽しい動画でした。ありがとう。
今から55年程まえの高校生時代関ヶ原経由で大垣市の高校に通学していましたが朝は関ヶ原始発の垂井線で大垣へ向かい夕方は垂井線で関ヶ原にもどる場合と新垂井経由で関ヶ原始発戻る場合とありましたね。
特急すら走らなくなった函館本線藤城線とどっちがいいのやら
こちらはダイヤの都合かまだ普通列車が残っている
私は乗り物に乗ると一番前に乗るのが好きなだけで、特別列車が好きとかではなかったのですがスーツ君の動画に出会ってから、少し勉強電車の知識や色んな車窓を見だしてから、こんな風に列車に乗ると面白い!となり。今では時間の許す限り視聴してます。景色を見ながらのスーツ君のトークも全然気にならずかえって耳に心地いい感じです。 こんなに列車が面白いとは以外です。良い理解として成立する動画はとても楽しいので、できうる限り続けてくださいね!
昭和時代に時刻表を見て謎な区間だったけどこの動画をみて解けました!ありがとうございます。
昔、俺が赤ちゃんの頃オカンが俺と姉連れて大垣駅から垂井駅に行くつもりが、間違えて垂井支線の電車乗ってまって、新垂井で仕方なく降りてバスかなんかで垂井駅に行ったって話聞いたわ。
13:51 レールの右側にある影の長さの違いで、上り本線と垂井支線のレールの高さの違い(レールの重さ)が見て取れますね。支線を重軌条化すれば下り本線を廃止できそうな気もするのですが、貨物という視点ではそうではないのですね。
スーツ君の鉄愛に感動するわ。
好きなんだねぇ。鉄道が。
めっちゃ伝わる。
昔は歩いて京都とか大阪行ってたのに1日で汽車に乗ってたら着くとか凄い進歩よな
垂井支線の紹介待ってました!!
関ヶ原を超えるまでが大変ですからね。
国道だと勾配がキツイのがよりわかるので、新線が建設されたのも納得です。
18:00 石灰の山は金生山(きんしょうざん、かなぶやま)といいます。約2億5000万年前のサンゴ礁に生息していた生物の化石からなる山で、日本化石研究発祥の地とも言われています。
この山は昔鉄鉱石も産出していて奈良時代の壬申の乱にて後の天武天皇の軍勢はこの鉄で武装し戦いに勝利したそうです。
戦前の富士は大垣で大垣機関区D50ではなく米原機関区C53がC51の先頭に立って重連で関ヶ原を超えたそうです。
新線が開通しても大垣機関区の終わりではなく米原方面からの登ってくる上り列車に対する救援機関車が柏原に常駐していたそうです。
0:35の「特急のぞみ号」って言い方いいですねえ。
以前ののぞみ号の動画でもスーツさんが言ってましたね!
新幹線のぞみ号というより特急のぞみ号っていうほうが旅情を感じます。
東海道線シリーズの続きが見れて嬉しいです
何年か前に人身事故かなにかで新垂井線での運転になって、
新垂井の駅って珍しいから降りてみようと思って降りたら駅にも何もない上に
上りの電車も来ないしたいへん困ったことがありました
マジで勉強になる
先日、名古屋から京都へ帰る際に大垣~米原から見た夕日はとても綺麗でした。もちろんOnly you train を聞きながら
伊吹山麓の滋賀県民です。雪深い田舎ですが、米原含め不破の関は今も昔も交通の要所なのだと改めて感じます。本州の東西のまさに分かれ目です。言葉やうどんの出汁なども境目なので、ぜひ皆さん機会あればお越しください。
昔、交通バラエティとかいう番組があって、うどん出汁の違いの境い目はどこか、とかで関が原がまさに、今でも、天下分け目、米原に来ると、いかにも関西という雰囲気が漂うとか、楽しかったな。番組直ぐに終わってしまったが。
コメントありがとうございます。不定期にこの話題のテレビ番組ありますね!史跡も多く、関西北陸東海の文化が混ざっている地域です。
動画とか関係ないですが、これすごく便利ですよ!
camp-fire.jp/projects/view/315157
@@eth1755
関係ないなら話すんな。
エスカレーターの左右どちらを空けるかの境が垂井駅と聞いたことある。関ヶ原から醒ヶ井まではエスカレーターがないからだそう。
ぉぉー、なんか最近動画の内容が前よりもとても面白くなってきていていいね!
以前使っていた大垣~米原間では、冬の伊吹山の風景にのみ記憶が残っています。
最初の映像と図解は分かりやすかった😆
鉄道の歴史を知る事が出来て楽しめました!
東海の電車の動画は好きです😆
新垂井があったころ知っています。すでに時計も外されていましたが,垂井経由は「垂井線経由」と呼んでいました。
先日新大阪から名古屋まで新快速で移動しました。垂井駅も神社巡りで降りました。こう言う感じで通ってたんですね。
動画とか関係ないですが、これすごく便利ですよ!
camp-fire.jp/projects/view/315157
スーツさんの説明のように、JR東日本国内ツアーの社員もここまでは説明出来なと思う。
さすが、スーツさんだ。
きっぷ買うとき旅行社はやっぱり普通の会社員だなと思います
でしょうね。
仕事でやってるだけでしょうから。
さすが旅行業務取扱管理者の資格持ってる人だな
スーツさん、いつも楽しく観ています。お身体には気をつけて、どんどん動画アップしてくださいね。
まさにここを26日に大阪に向けて「ひだ」に乗ってきたっす。日も暮れて景色は楽しめないけど、キハ85の快速っぷりを堪能出来ましたね。
22:15 1日に2本、5:51関ヶ原始発の新快速
豊橋行き(2300F)(土休日5300F)と、
7:17関ヶ原始発の区間快速豊橋行き
(2704F)(土休日運休)が関ヶ原‐垂井間を
逆走しています。
また、垂井支線は線路の規格が低く、
最高速度が85㎞/hに押さえられています
昔、大垣夜行に乗って大垣で乗り換えて大阪神戸方面の快速に乗って新樽井駅で停車時間があったのでよく覚えています。
新樽井駅に行く列車がほとんどなかったを覚えています。
鉄道に全く興味はないのですが、スーツさんの動画が面白くて、最後まで楽しませてもらいました。
自然勾配に対して最近は「都心の勾配」があります。東京では上野東京ラインに京葉線地下線、今度南海が「なにわ筋線」を建設25号線を越えて今宮戎駅西側、木津卸売市場東側で地上に入り、近鉄・阪神「大阪難波」駅より更に1階階下まで短い距離で一気に潜ることになります。高野線山線もびっくりの大都会の急勾配誕生です。
3:49 右にも信号機あるから3つ
垂井駅~関ヶ原駅間は、関ヶ原駅止りの下り列車が折り返し同駅発の上り列車となる際に、構内配線の関係上、同駅から上り線に入ることができないため、上下両方向に列車が走れるようになってます。そのため、関ヶ原駅始発の上り列車は垂井駅まで上り本線ではなく垂井線を走ります。そのため、逆走(右側通行)しているこのように見えます。ここは、珍しいと思います。
課金しないと絶対乗れない新垂井線
@青ボールペンごめんなさい。間違ってました。垂井線は普通列車が走る方でしたね。
10年位前に373系臨時快速(大垣~米原ノンストップ・新垂井経由)があり、一番前で展望を楽しんだ記憶がありました。現在も時刻表の臨時列車欄を確認忘れず行っておりますが、もしも設定されたなら乗ってみたいと思います。
数年前は臨時列車(313系2両×2)も新垂井線を走ってました
確か1日1本だけ垂井線を逆走する列車ありますね。また新垂井線には一時期下り線扱いとなり、下り線専用の駅新垂井駅がありましたね。
旅情溢れた旅を出来た昔の方々が羨ましい。スーツ君には感謝しかないです。鉄道の楽しみ方を知れたので。東京行く際には鈍行で行ってみたいですね。途中下車しながら昔に思いを馳せながら、ゆっくり鉄道旅を楽しみたいですね。
3:27 に211顔の車両が見えますがこれはおそらく大垣車両区所属の213系と思われます
JR東海の213系は全て同区に所属しており普段は飯田線での運用をこなし検査等は大垣車両区に帰区して行うようです
8月に羽島やら各務原から京都へ移動してらっしゃったので新垂井経由ネタやらないのかなーと思ってたので、新垂井経由沿線民としてうれしい限りです!
肝心の旧新垂井駅を撮影しそこねていたのは笑いましたw
特急に乗っても、ボーっとしているとルートの違いに気が付きませんね。
Googleマップでも見るとわかりますが、進行方向左側に新垂井駅のホームが今でも残っていて、車窓からも見えます。
新垂井線、『銀河』で3回、『サンライズ』で1回通ったなぁ。
特に『銀河』の場合、夏場はちょうど夜が開ける時間帯に通るので、滅多に通らない風景を楽しんだものですわ。
関ヶ原始発名物の『逆走』も一度、体験したことがありますけど、妙な違和感がありましたね。
垂井支線の区間においては、軌道の状態がロングレールから定尺レールに変わりますので、ジョイント音の具合でも違いが分かるでしょう。
新垂井線を使う電車がレアである原因のひとつに、
米原~岐阜間は特別快速であっても各駅停車になってしまう点。どうしてそんな運用しているのかは知らんけどね。
要は垂井駅に止まらなければ新垂井線が使えるのに、
旅客列車でそんな列車は特急しかない。
13:40 米原方から2号線に入る列車もある
むかし、大垣夜行から乗り継ぎの西明石行きは新垂井経由でしたね。
気になってたので、分かりやすい解説
ありがとうございます。
中部地方多く取り上げていただけて嬉しいです。
7月に特急ひだ36号に大垣から米原まで乗りました。
京都〜岐阜間で大阪ひだを何度も利用していますが朝の上りと夕の下り共にいつも自由席はかなりの乗車率です。
大阪・京都から岐阜市街地や大垣へ乗り換えなしで行けて、大阪しなのが無くなった現在、その辺の需要が集中してるのかと思われます。
いつまでも新垂井線を通る電車は見られないかもしれないな。
北陸新幹線が全線開通したとき、
しらさぎは廃止されると思うし、
大阪ひだも、大阪→富山→高山と入ったほうが速いため廃止、となる気がする。
垂井支線はジョイント音したけど、名古屋方面の本線はロングレールになっているのが、線路は隣なのに本線と支線とで違いがあって面白い。
この区間は興味深いですね。ここを超えていたC62も重油タンク付きであったみたいですね。
名古屋から富山に帰るときは、最近新幹線&しらさぎ&新幹線か高速バスですので、なかなか通りません。
昨年、新幹線が敦賀まで伸びると、しらさぎが廃止になり新快速に置き換えの可能もありますので、名残乗車しました。
戦闘の自由席に座れなかったのは残念でしたが、数年後にはHC85系になって前面、後面展望を楽しめなくなるので新垂井線を前や後ろから楽しめるのもそう長くはないので1度は乗っておきたいですね
0:00 スーツさんの東海道線の動画で最近では定番になりつつある冒頭のモノクロ
1970年代には、新垂井経由の下り線が何本かありました
下1は東海道本線副本線であってさっき乗車してたのは垂井本線着発
新垂井線は、夜中は5分に一本くらいの勢いで貨物が走ってますよ。サンライズは、夜中の3時くらいに見れますよ。
勇者ガノン2号 どゆことw
上り本線、垂井線は架線が新しいき電吊架方式なのに対し、下り本線の新垂井線はき電線を用いた方式なことに気づきました。
長大編成の貨物列車が連続して勾配を登ることもあり、き電線も通常1本のとこと2本敷設されていて勾配の過酷さを感じさせますね!
JR東海は今現在、東海道線をメインにき電吊架(インテグレート架線)に交換しています。また同時に、ビームと電化柱(架線柱)も古い耐震性に欠けるものを交換しています。
新垂井線の歴史はこんな感じだったんですね それと最後は新幹線で大阪ひだ号を先回りすることができたんですね
昔、金山発米原行きの臨時快速、ナイスホリデー近江路も新垂井線経由で運転されていました。
花見シーズンのノンストップ臨時快速も新垂井経由で運行されてました。定着せず直ぐに無くなりましたが。
18キッパーには無縁ルート&サンライズに乗れば寝ている時間に通過
関東民には日中の車窓は貴重で楽しませていただきました
25年前、14系座席客車による急行『銀河51号?』で楽しませていただきました。
京都へよく行く為、東海道本線はよく使いますが「新垂井線」は知りませんでした。
垂井や関ヶ原、柏原は中山道の宿場町などの観光スポットがあるので降りて見るといいです。
動画とか関係ないですが、これすごく便利ですよ!
camp-fire.jp/projects/view/315157
下り普通列車で、垂井支線を前面展望したとき、横にある東海道上り本線と線路が並ぶわけですが、望遠して線路をよく見てみると、垂井支線と東海道上り本線の線路の等級の違いがよく分かります。
56万人登録おめでとう🎉ございます🙂🎶🚞🚉
これからも、楽しみたいと思っています❗
最近地元のJR東海エリアを多く取り上げていただけて嬉しいです😊
大阪ひだは西日本の東海道線に乗り入れる貴重な列車なのでぜひ乗ってみたいですし、廃止されないか少し心配です。
楽しい動画ありがとうございました。自分の心の中にずっとあった 垂井駅と新垂井駅の謎が解けました。こういう事情があったんですね。🙌ありがとうございました。
また機会あれば垂井駅と名前が似ている 神戸の垂水駅にも来てくださいね。待ってます。
動画の本旨とは離れるけど、新幹線と並行して走る在来線特急はエモい
鉄オタにはおなじみの西村京太郎氏の小説で、現役時代の新垂井駅が舞台になった作品がありますね。
特別急行「燕」の東京〜国府津は、現在の快速アクティーと同じくらいの所要時間なんですね
東海道線は良い景色が多いですから、やまぐち号で使っている車両(更に引退した12系レトロ客車も増結、更に食堂車も繋いで)C62とC57-1かC51(あとはEF58あたりを補機にして)「つばめ」か「はと」を復活運転できないですかね?
0:00 最初のモノクロほんとよく出来てる