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頂点に生まれてしまった革命家という評価は、本当に的を射ている発言だと思う
姿はもう少し出てたけど予想以上のイケおじだった
尊氏が自分が擁立した天皇よりも敬愛しているお方やぞ
@@youyah7440尊氏がそれはそれとして精神すぎるせいで…
松井先生こういう「誰それはホニャホニャになれた」みたいな例え話好きだなと思う
それされる人は大体歴史の敗者で、勝者側は「現代でも〜〜だろう」と例えられてる
イケおじだけど老いと衰えと志半ばで倒れてしまいそうな悲哀を感じさせる絶妙なキャラデザですごいよかった帝
作者の画力上がってるよな
若いころの見た目が肖像画に近い見た目だったのもあるけど後醍醐天皇だけこの漫画では珍しく大河ドラマみたいな見た目なのすっげえ個人的に好き
後醍醐天皇はカリスマだしトップに立てる逸材なんだけど、会社で言えば資本も実行部隊も決定的に足りないのに大企業スタートとかいう詰みポイントしかないのがほんまもう…
よりにもよって両統迭立の時代の帝に生まれてしまったというのがまたもし平安期の上皇や摂関家の傀儡というだけの帝なら後醍醐帝の理想もいくらかは形になっていただろうか
この人、史実では呪術が使える(少なくとも当時はそう思われていた)怪人だぞ。肖像画で密教の法具を持っている天皇って他にいるか?なお、後醍醐天皇の信仰する密教は○○な邪教とされていた(近年、そうでない説あり)。
@@CrowNecoYah 何なら肝入りのプロジェクトだった「雑訴決断所」という公武併用の裁断システムを2年かけてやっと整えたと思ったら、中先代の乱とその後のゴタゴタで、それが破綻する。改善する気概もあるし努力もするけど、とことん運がないイメージ
後醍醐帝めちゃくちゃ好きになってしまった…
だって、後醍醐は大覚寺党の中でも傍系の中継ぎ天皇だからな。兄が早死にして兄の子が幼いから天皇になれた。
天皇なのに「生まれが悪かった」ってもの凄い評価だよな
やってる事が底辺から這い上がった人達がやる様な事ばかりなんだもの。少なくとも頂点に生まれて誰よりも既得権益を得られる様な立場の人がする生き方ではない。
このイケオジが「良い!」とか「めんどい!」とか言ってたのか…
後醍醐天皇本人は人として孤独だったんだろうな。孤独だったがゆえにあそこまでいけたし、孤独だったがゆえにつまづいた。むごいけどそれは帝王の孤独とは違う。帝王の孤独とは臣民を思いやるばかりで思いやってもらえないということ。臣民が何を望んでいるのかをわかれば、天下を足利に委ねて皇統は大覚寺統が継いでいくという条件で尊氏と折り合っていただろうと思う。
次週尊氏「帝が崩じられただと!?…許さん…殺してやる…殺してやるぞ足利尊氏!」
尊氏はまだ30代だからな。50過ぎの後醍醐や北畠父とはそりゃ老け具合が違うだろ。
50過ぎと言いますが、後醍醐天皇はまだ51歳ですよ
@@o10meza 当時の50過ぎは、そろそろ引退する年だからな。
源氏物語では40歳で今でいう還暦のような行事を行なってますし
この当時で50はもう晩年。今で言う80くらい。
30代で爺姿の宇都宮公綱(1302~1356)、実は結構歳行ってる新田義貞(1301~1338)、どう考えても老け過ぎの畑時能(1299~1341)…老け具合があってるのは太平記のサイコパス爺結城宗広(1266~1339)くらい。個人的に気になるのは新田義貞の退場に関わる朝倉広景(1255~1352)だが…。
『予想以上のイケおじ』とのコメントがあるけど…実際、当時から評判のイケおじだったらしいです。一目会うだけで誰もが平伏したくなる堂々たる御姿…(尊氏も正成も泣くほど感激したらしい)しかし政治の才能皆無のくせに、無駄に野望とバイタリティだけは見た目通りの神クラスなもんで日本中が大混乱…結局若き才能を使い潰し、散々時代を掻き乱した挙句、本人も不幸な末路を迎えることに…個人としては本当に凄かったのに、評価に困る悲劇の天皇ですね。多分生まれる場所と時代を間違えた。現代の一般家庭に生まれてたら、(絶対に出馬させちゃいけないタイプの)超大物俳優になってそう。
先週の反応集でのコメントで、鱸の刺身を当ててた人いたな。歴史も故事成語も未熟な自分としては、マジで当ててるよスゲェの一言なんだが、わかる人にはわかるもんなのかね。
山岡士郎さんとか海原雄山みたいな発想ができる人が世の中にはいるんですね
南朝の敗北感が濃くなってきてるけど、ここから53年間は南北朝時代は続くし、尊氏の息子が不甲斐ないせいで北朝が一時滅亡寸前まで追い詰められます尊氏の幹部も堰をきったように没落してきます歴史って面白いね
めっちゃ歳とって見えるけど崩御時数え52(満年齢50)だから満年齢で考えたら48、9くらいなんだよな時代もあるだろうけど、相当若い頃活力に任せて無理しすぎたんやろな……
顕家が死んだ後、北畠親房は散々尊氏を内から外から苦しめる存在になるのよね。尊氏、師直、直義の関係性が壊れ始めたのを見定めて、直義を南朝方に引き込み、師直の死に直結させ、直義自体は不審死という形で尊氏の手で殺される運命になるからなあ…
やっぱ歴史は誰目線かでガラッとイメージが変わるよなぁそれもまた良い
全国の不満分子(兄弟に家督を取られた武士とか)が南朝にワンチャンを求めるから、南朝はなかなか消滅しないのはあるな。一族で南朝だった井伊さんとかの例外もいるが。
結局、多くの武士たちが欲しかったのは「有能な主君」じゃなくて「その時その時に都合の良い主君」でしかなかったというのを感じる。
南朝が本当にやばい時に北朝で内乱が起きて南朝に下る勢力(主に山名時氏)が出てきて息を吹き返す
後醍醐は生まれるのが早すぎたのは、げにもだけど、彼の政策は室町幕府にも踏襲されている。その室町も混乱続きだが、その業績は江戸幕府に取り入れられている南朝・後醍醐は敗者ではあるが、時代を先に進める役割は果たしたと言える。単に早すぎたってだけではなく、この時代に必要な人物だったと思う。
摂関政治移行の日本が天皇に求めていたのは傀儡の天皇ですから、皇族に生まれた時点で早いも遅いも無いと思います。
2:17 自分を引き立てるために天皇を褒めちぎったり弔ったりするんじゃなくて、ガチで純粋に悲しい寂しい大好きって気持ちでやるだろうから恐ろしい
まず間違いなく"号泣しながら自害(リスカ的自傷)に走る人生最大レベルのフルスロットルメンヘラムーブ"は不可避
逆にその我欲が強すぎた故に「武家(足利尊氏)より君(父帝)が恨めしい」と言わしめる程に護良親王に恨まれ和解も果たせぬまま今生の別れに終わると云う悔恨の悲劇を招いてしまったのは間違いない。
後醍醐天皇の「現代に生まれたら」のコマ、殺せんせーの幼少期っぽくね???
じゃあ3回生きて3回死んだのか
後醍醐天皇の来世は殺せんせーまで描いてくれたら…ちょっと困る😂
後醍醐天皇といえば阿野廉子だけど最愛の女性は正妻の西園寺禧子で皇太子時代に入内の手続きとかしてない禧子と伽をしていたのが公然となって既成事実婚でかつ恋愛結婚をしたというエピソードが残ってる冷徹な人物のイメージがあるけど超愛妻家なんだよね。ただ禧子は一人娘を遺して二十代の若さで亡くなってしまった…。
阿野廉子も政治手腕がすごいから、後醍醐天皇亡き後に北畠親房とともに尊氏を苦しめる存在になるんですよね。
@@setya495頼朝の異母弟(阿野全成)の血筋が帝の寵妃って皮肉。
うおーロマンティック
逃げ若で能力値紹介されるとしたら、基礎ステータスだけなら(武力以外は)尊氏とかにも決して劣らないが保持スキルが悉く噛み合わないか、発動条件が厳しすぎて本領発揮出来ない仕様になってそう。
片岡仁左衛門さんの帝を思い出す。死の間際に「西庇に鞠を置いて来た」て御所の事を夢で見て、京都を懐かしんでたな。
逃げ若未読勢だけど鎌倉終焉期のキーパーソンである後醍醐天皇が171話で登場することにむっちゃ驚いてる
若と関わりがないからな…..
ちょくちょく御簾ごしにでてるから…
吉野は好きで時々行くけど、こんなドラマがあったんじゃないかと知ると良い意味で視点が変わる。修験道の本地でもあり信仰象徴の霊花・山桜が春に見事だけど、後醍醐天皇はどんな気持ちで眺めていたのか。
命日は9月、ひぐらしの声を聴きながらの事だったでしょう。寂しいですねぇ😔
@@naoki080808 夏の終わりに燃え尽きたような激しい生き様ですね……。
でも、この人逃げ若の仇なんですよね。それも尊氏よりもはるかに直接的な。
尊氏は裏切り者、後醍醐天皇が北条を滅ぼしたのは北条の責任ですから。幕府滅亡当時の最高権力者は北条一族ですが、北条が代々就任していた執権は将軍の臣下であり、将軍は天皇の臣下に当たりますので、将軍も天皇も傀儡でしたけど。幕府滅亡当時は執権も傀儡ですね
時行が後醍醐側について尊氏を攻撃し続けたのをみると、歴史で語られなかった尊氏や父の高時の深い闇があったんじゃないかと思いました。
田中芳樹先生のタイタニア思い出しました、『あまりにも権力の頂点の近くに良すぎ、底辺か、敵対勢力にいればその輝く才能と野心に相応しい生き方が出来た』ってシーンもっとも、あっちでは年若い優秀な従兄弟を、落ち着いた教師的性格の(当人に自覚ないが人々から次の後継者と思われてる)年長者が気の毒に思うシーンで。
…………こりゃカリスマあるキャラですわ。天皇様に対して不敬な言い回しになるのは承知だけど………
敬称は様じゃなく陛下ですぞ
@@0o172 訂正します……と思ったのだけど、後醍醐天皇は云うまでもなく700年ほど昔の、もはや歴史の存在。『後醍醐天皇』という諡号そのものが敬称になるそうで。ハッキリと証拠付きで云えないが「陛下」はやはり存命のお方に対する方が自然に思うのよ。
歴史に名高い...この文言を知ってるやつは群馬県民と決まってる
良くも悪くもこの人革新的過ぎて今までの政策との相性最悪すぎたんだよな。あとこの人のやることを理解できる部下が少なすぎた。
意外とイケオジだった
ところで0:55の後醍醐天皇、絵面といい台詞といいすごい蒼天航路っぽいよね破天荒な偉人の描き方に通じるもんがあるのかもしれんと思った
後醍醐って蒼天航路とか同じ作者の達人伝に出てきそうな型破りキャラですよね。個人的には達人伝の次は太平記を描いてくれないかと思ってます
後醍醐の人となりと、あれほどにまで顕家卿や楠木殿が惚れ込んだ理由を描いたところなのに、ナレの中でお亡くなりになったの悲しすぎる……。多分今回の語らい以降で時行と帝が会うことはなかったんだろうけど、もっと見たかった。
翌年だからまだあと1年残ってる小泉構文みたいな感じだからあれだけどまだ出てくるはず
@@ゆっくりレアルさんー まだ1338年なのにわざわざ崩御ナレ入れてくるあたり、もう出番はないんじゃねぇかなって……。史実/太平記でも時行の痕跡ここからしばらくパタッと途絶えちゃうし。
アニメだと3期ぐらいで出てくるのかな
後醍醐が亡くなると言うことは、もしかして新田さんはナレ死なのか。
流石に見せ場作るんじゃないかな最後にわざわざ新田さんの運命はいかにってやったし
義貞もそうやが、親房描いたんやから高経も描かんとな
@@Oda_Chunidora 孫二郎のパパだから、時行達とも因縁があるしな。
@@賢司-e1xさらに新田殿の長男の義顕を自決に追い込みましたしね、
@@Levy0821 新田さんの名誉のために、尊氏とは言わなくても名有りキャラにやられて欲しいところだな。なお歴史では以下略。
い、イケおじだァ……
清子姫は新田軍の兵士に虐殺されたんだったね。😭🙏
我が地元、東北唯一北朝方の武将
同じく鎌倉幕府に喧嘩を売った後鳥羽院は承久の乱だけで歴史から退場したけど、後醍醐帝は不死鳥の如く何度も何度も復活してるからな…そのバイタリティは歴代天皇でトップだよ。
後醍醐天皇は成人ではないけど憎めない人だったなぁ…死を悟って時行くんを特殊遊軍にしたの好き。
成人ではなく聖人です
生まれるのが遅すぎるし存在自体が迷惑すぎた…個人的には後白河に並ぶレベル
後醍醐天皇は摂関政治が始まる前の平安時代初期以前、もしくは江戸時代後期以降に生まれていれば、と思いますね。摂関政治〜幕末までの天皇は一時を除いて傀儡でしたので
それより時行が可愛い
護良親王、楠木正成、北畠親子、新田義貞と錚々たる面子を抱えておきながらどうしてこうなった
現代とリンクした描写に幼少期劣悪な生い立ちだった殺せんせーと被る物があったから、もしかして逃げ若と暗殺教室って同じ世界観なのかなと思った
でも楠木正成を実質殺したの許さん
………若様、帝公認ゲリラ隊のトップになる…………で、いいの?
30歳で即位したけど30歳以上での即位は250年ぶりとかまあそれだけ天皇の位というのは権力争いの象徴みたいなもんだけど
いつもの松井先生なら、残り10巻くらいには終わっちゃうのかな?
まだ13歳の時行の寿命があと10巻に
片岡孝夫の後醍醐天皇によう似ておる。
行動力S、政治力C、戦F、悲しいかな行動力がある無能は戦の天才には勝てないんだわ
三国志の最終盤(劉備が死んだ位)やろなぁ(まだまだ続くぞ〜)
個人的に三国志の最終盤は杜預が登場したくらいかなって思ったけど逃げ若で杜預に当たる人物は…直冬だわ
革命家としては向いてるけど政治家には向いてないんだな 逃げ若って両統迭立の件取り上げてたっけ?
頂点に生まれてしまった革命家という評価は、本当に的を射ている発言だと思う
姿はもう少し出てたけど予想以上のイケおじだった
尊氏が自分が擁立した天皇よりも敬愛しているお方やぞ
@@youyah7440尊氏がそれはそれとして精神すぎるせいで…
松井先生こういう「誰それはホニャホニャになれた」みたいな例え話好きだなと思う
それされる人は大体歴史の敗者で、勝者側は「現代でも〜〜だろう」と例えられてる
イケおじだけど老いと衰えと志半ばで倒れてしまいそうな悲哀を感じさせる絶妙なキャラデザですごいよかった帝
作者の画力上がってるよな
若いころの見た目が肖像画に近い見た目だったのもあるけど
後醍醐天皇だけこの漫画では珍しく大河ドラマみたいな見た目なのすっげえ個人的に好き
後醍醐天皇はカリスマだしトップに立てる逸材なんだけど、会社で言えば資本も実行部隊も決定的に足りないのに大企業スタートとかいう詰みポイントしかないのがほんまもう…
よりにもよって両統迭立の時代の帝に生まれてしまったというのがまた
もし平安期の上皇や摂関家の傀儡というだけの帝なら後醍醐帝の理想もいくらかは形になっていただろうか
この人、史実では呪術が使える(少なくとも当時はそう思われていた)怪人だぞ。肖像画で密教の法具を持っている天皇って他にいるか?
なお、後醍醐天皇の信仰する密教は○○な邪教とされていた(近年、そうでない説あり)。
@@CrowNecoYah 何なら肝入りのプロジェクトだった「雑訴決断所」という公武併用の裁断システムを2年かけてやっと整えたと思ったら、中先代の乱とその後のゴタゴタで、それが破綻する。改善する気概もあるし努力もするけど、とことん運がないイメージ
後醍醐帝めちゃくちゃ好きになってしまった…
だって、後醍醐は大覚寺党の中でも傍系の中継ぎ天皇だからな。兄が早死にして兄の子が幼いから天皇になれた。
天皇なのに「生まれが悪かった」ってもの凄い評価だよな
やってる事が底辺から這い上がった人達がやる様な事ばかりなんだもの。
少なくとも頂点に生まれて誰よりも既得権益を得られる様な立場の人がする生き方ではない。
このイケオジが「良い!」とか「めんどい!」とか言ってたのか…
後醍醐天皇本人は人として孤独だったんだろうな。孤独だったがゆえにあそこまでいけたし、孤独だったがゆえにつまづいた。むごいけどそれは帝王の孤独とは違う。帝王の孤独とは臣民を思いやるばかりで思いやってもらえないということ。臣民が何を望んでいるのかをわかれば、天下を足利に委ねて皇統は大覚寺統が継いでいくという条件で尊氏と折り合っていただろうと思う。
次週
尊氏「帝が崩じられただと!?…許さん…殺してやる…殺してやるぞ足利尊氏!」
尊氏はまだ30代だからな。50過ぎの後醍醐や北畠父とはそりゃ老け具合が違うだろ。
50過ぎと言いますが、後醍醐天皇はまだ51歳ですよ
@@o10meza
当時の50過ぎは、そろそろ引退する年だからな。
源氏物語では40歳で今でいう還暦のような行事を行なってますし
この当時で50はもう晩年。今で言う80くらい。
30代で爺姿の宇都宮公綱(1302~1356)、実は結構歳行ってる新田義貞(1301~1338)、どう考えても老け過ぎの畑時能(1299~1341)…老け具合があってるのは太平記のサイコパス爺結城宗広(1266~1339)くらい。個人的に気になるのは新田義貞の退場に関わる朝倉広景(1255~1352)だが…。
『予想以上のイケおじ』とのコメントがあるけど…
実際、当時から評判のイケおじだったらしいです。
一目会うだけで誰もが平伏したくなる堂々たる御姿…
(尊氏も正成も泣くほど感激したらしい)
しかし政治の才能皆無のくせに、無駄に野望とバイタリティだけは見た目通りの神クラスなもんで日本中が大混乱…
結局若き才能を使い潰し、散々時代を掻き乱した挙句、本人も不幸な末路を迎えることに…
個人としては本当に凄かったのに、評価に困る悲劇の天皇ですね。
多分生まれる場所と時代を間違えた。
現代の一般家庭に生まれてたら、(絶対に出馬させちゃいけないタイプの)超大物俳優になってそう。
先週の反応集でのコメントで、鱸の刺身を当ててた人いたな。
歴史も故事成語も未熟な自分としては、マジで当ててるよスゲェの一言なんだが、わかる人にはわかるもんなのかね。
山岡士郎さんとか海原雄山みたいな発想ができる人が世の中にはいるんですね
南朝の敗北感が濃くなってきてるけど、ここから53年間は南北朝時代は続くし、尊氏の息子が不甲斐ないせいで北朝が一時滅亡寸前まで追い詰められます
尊氏の幹部も堰をきったように没落してきます
歴史って面白いね
めっちゃ歳とって見えるけど崩御時数え52(満年齢50)だから満年齢で考えたら48、9くらいなんだよな
時代もあるだろうけど、相当若い頃活力に任せて無理しすぎたんやろな……
顕家が死んだ後、北畠親房は散々尊氏を内から外から苦しめる存在になるのよね。
尊氏、師直、直義の関係性が壊れ始めたのを見定めて、直義を南朝方に引き込み、師直の死に直結させ、直義自体は不審死という形で尊氏の手で殺される運命になるからなあ…
やっぱ歴史は誰目線かで
ガラッとイメージが変わるよなぁ
それもまた良い
全国の不満分子(兄弟に家督を取られた武士とか)が南朝にワンチャンを求めるから、南朝はなかなか消滅しないのはあるな。一族で南朝だった井伊さんとかの例外もいるが。
結局、多くの武士たちが欲しかったのは「有能な主君」じゃなくて「その時その時に都合の良い主君」でしかなかったというのを感じる。
南朝が本当にやばい時に北朝で内乱が起きて南朝に下る勢力(主に山名時氏)が出てきて息を吹き返す
後醍醐は生まれるのが早すぎたのは、げにもだけど、
彼の政策は室町幕府にも踏襲されている。
その室町も混乱続きだが、その業績は江戸幕府に取り入れられている
南朝・後醍醐は敗者ではあるが、時代を先に進める役割は果たしたと言える。
単に早すぎたってだけではなく、この時代に必要な人物だったと思う。
摂関政治移行の日本が天皇に求めていたのは傀儡の天皇ですから、皇族に生まれた時点で早いも遅いも無いと思います。
2:17 自分を引き立てるために天皇を褒めちぎったり弔ったりするんじゃなくて、
ガチで純粋に悲しい寂しい大好きって気持ちでやるだろうから恐ろしい
まず間違いなく"号泣しながら自害(リスカ的自傷)に走る人生最大レベルのフルスロットルメンヘラムーブ"は不可避
逆にその我欲が強すぎた故に「武家(足利尊氏)より君(父帝)が恨めしい」と言わしめる程に護良親王に恨まれ和解も果たせぬまま今生の別れに終わると云う悔恨の悲劇を招いてしまったのは間違いない。
後醍醐天皇の「現代に生まれたら」のコマ、殺せんせーの幼少期っぽくね???
じゃあ3回生きて3回死んだのか
後醍醐天皇の来世は殺せんせーまで描いてくれたら…ちょっと困る😂
後醍醐天皇といえば阿野廉子だけど
最愛の女性は正妻の西園寺禧子で皇太子時代に入内の手続きとかしてない禧子と伽をしていたのが公然となって既成事実婚でかつ恋愛結婚をしたというエピソードが残ってる
冷徹な人物のイメージがあるけど超愛妻家なんだよね。ただ禧子は一人娘を遺して二十代の若さで亡くなってしまった…。
阿野廉子も政治手腕がすごいから、後醍醐天皇亡き後に北畠親房とともに尊氏を苦しめる存在になるんですよね。
@@setya495頼朝の異母弟(阿野全成)の血筋が帝の寵妃って皮肉。
うおーロマンティック
逃げ若で能力値紹介されるとしたら、基礎ステータスだけなら(武力以外は)尊氏とかにも決して劣らないが保持スキルが悉く噛み合わないか、発動条件が厳しすぎて本領発揮出来ない仕様になってそう。
片岡仁左衛門さんの帝を思い出す。
死の間際に「西庇に鞠を置いて来た」て御所の事を夢で見て、京都を懐かしんでたな。
逃げ若未読勢だけど鎌倉終焉期のキーパーソンである後醍醐天皇が171話で登場することにむっちゃ驚いてる
若と関わりがないからな…..
ちょくちょく御簾ごしにでてるから…
吉野は好きで時々行くけど、こんなドラマがあったんじゃないかと知ると良い意味で視点が変わる。
修験道の本地でもあり信仰象徴の霊花・山桜が春に見事だけど、後醍醐天皇はどんな気持ちで眺めていたのか。
命日は9月、ひぐらしの声を聴きながらの事だったでしょう。
寂しいですねぇ😔
@@naoki080808 夏の終わりに燃え尽きたような激しい生き様ですね……。
でも、この人逃げ若の仇なんですよね。それも尊氏よりもはるかに直接的な。
尊氏は裏切り者、後醍醐天皇が北条を滅ぼしたのは北条の責任ですから。幕府滅亡当時の最高権力者は北条一族ですが、北条が代々就任していた執権は将軍の臣下であり、将軍は天皇の臣下に当たりますので、将軍も天皇も傀儡でしたけど。幕府滅亡当時は執権も傀儡ですね
時行が後醍醐側について尊氏を攻撃し続けたのをみると、歴史で語られなかった尊氏や父の高時の深い闇があったんじゃないかと思いました。
田中芳樹先生のタイタニア思い出しました、『あまりにも権力の頂点の近くに良すぎ、底辺か、敵対勢力にいればその輝く才能と野心に相応しい生き方が出来た』ってシーン
もっとも、あっちでは年若い優秀な従兄弟を、落ち着いた教師的性格の(当人に自覚ないが人々から次の後継者と思われてる)年長者が気の毒に思うシーンで。
…………こりゃカリスマあるキャラですわ。天皇様に対して不敬な言い回しになるのは承知だけど………
敬称は様じゃなく陛下ですぞ
@@0o172 訂正します……
と思ったのだけど、後醍醐天皇は云うまでもなく700年ほど昔の、もはや歴史の存在。『後醍醐天皇』という諡号そのものが敬称になるそうで。
ハッキリと証拠付きで云えないが「陛下」はやはり存命のお方に対する方が自然に思うのよ。
歴史に名高い...この文言を知ってるやつは群馬県民と決まってる
良くも悪くもこの人革新的過ぎて今までの政策との相性最悪すぎたんだよな。あとこの人のやることを理解できる部下が少なすぎた。
意外とイケオジだった
ところで0:55の後醍醐天皇、絵面といい台詞といいすごい蒼天航路っぽいよね
破天荒な偉人の描き方に通じるもんがあるのかもしれんと思った
後醍醐って蒼天航路とか同じ作者の達人伝に出てきそうな型破りキャラですよね。個人的には達人伝の次は太平記を描いてくれないかと思ってます
後醍醐の人となりと、あれほどにまで顕家卿や楠木殿が惚れ込んだ理由を描いたところなのに、ナレの中でお亡くなりになったの悲しすぎる……。
多分今回の語らい以降で時行と帝が会うことはなかったんだろうけど、もっと見たかった。
翌年だからまだあと1年残ってる
小泉構文みたいな感じだからあれだけどまだ出てくるはず
@@ゆっくりレアルさんー
まだ1338年なのにわざわざ崩御ナレ入れてくるあたり、もう出番はないんじゃねぇかなって……。
史実/太平記でも時行の痕跡ここからしばらくパタッと途絶えちゃうし。
アニメだと3期ぐらいで出てくるのかな
後醍醐が亡くなると言うことは、もしかして新田さんはナレ死なのか。
流石に見せ場作るんじゃないかな
最後にわざわざ新田さんの運命はいかにってやったし
義貞もそうやが、親房描いたんやから高経も描かんとな
@@Oda_Chunidora
孫二郎のパパだから、時行達とも因縁があるしな。
@@賢司-e1xさらに新田殿の長男の義顕を自決に追い込みましたしね、
@@Levy0821
新田さんの名誉のために、尊氏とは言わなくても名有りキャラにやられて欲しいところだな。なお歴史では以下略。
い、イケおじだァ……
清子姫は新田軍の兵士に虐殺されたんだったね。😭🙏
我が地元、東北唯一北朝方の武将
同じく鎌倉幕府に喧嘩を売った後鳥羽院は承久の乱だけで歴史から退場したけど、後醍醐帝は不死鳥の如く何度も何度も復活してるからな…そのバイタリティは歴代天皇でトップだよ。
後醍醐天皇は成人ではないけど憎めない人だったなぁ…死を悟って時行くんを特殊遊軍にしたの好き。
成人ではなく聖人です
生まれるのが遅すぎるし存在自体が迷惑すぎた…
個人的には後白河に並ぶレベル
後醍醐天皇は摂関政治が始まる前の平安時代初期以前、もしくは江戸時代後期以降に生まれていれば、と思いますね。摂関政治〜幕末までの天皇は一時を除いて傀儡でしたので
それより時行が可愛い
護良親王、楠木正成、北畠親子、新田義貞と錚々たる面子を抱えておきながらどうしてこうなった
現代とリンクした描写に幼少期劣悪な生い立ちだった殺せんせーと被る物があったから、もしかして逃げ若と暗殺教室って同じ世界観なのかなと思った
でも楠木正成を実質殺したの許さん
………若様、帝公認ゲリラ隊のトップになる…………で、いいの?
30歳で即位したけど30歳以上での即位は250年ぶりとか
まあそれだけ天皇の位というのは権力争いの象徴みたいなもんだけど
いつもの松井先生なら、残り10巻くらいには終わっちゃうのかな?
まだ13歳の時行の寿命があと10巻に
片岡孝夫の後醍醐天皇によう似ておる。
行動力S、政治力C、戦F、悲しいかな行動力がある無能は戦の天才には勝てないんだわ
三国志の最終盤(劉備が死んだ位)やろなぁ(まだまだ続くぞ〜)
個人的に三国志の最終盤は杜預が登場したくらいかなって思ったけど逃げ若で杜預に当たる人物は…直冬だわ
革命家としては向いてるけど政治家には向いてないんだな
逃げ若って両統迭立の件取り上げてたっけ?