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キハ56とキハ22は昭和のローカル線の車輌という印象で好きですネ。古い車輌の車内の独特の匂いがたまりませんでした。キハ56は急行狩勝などで乗った他は普通列車だと小沢駅から小樽駅、砂川駅から岩見沢駅の区間で乗った事があります。急行車輌を普通列車で乗った時は得した気分でした。
昭和53年頃の乗車優先順位。キハ17系~キハ56系~キハ55系~キハ22~キハ21でした。一番ボロいキハ17系が何故か好きでした。キハ56系の普通列車はお得感で一杯でしたね。
大変懐かしい映像ありがとございます。キロは一度だけ急行大雪で旭川から網走まで乗りました。急行でキハ22が来るとがっかりしたのを覚えております。
キロ26に乗車されたんですか。急行列車でグリーン車に乗ったことはありません。キハ22ならまだマシです。急行「瀬棚」なんぞ、キハ21ですよ。ちゃんと「急行」のサボ受けまで付いていました。
@@matunokura6028 さん、返信ありがとうございます。急行せたなには乗ったことありませんが、瀬棚線に初めて乗った時はキハ17でした。たしか昭和53年の9月です。当時でもめちゃくやオンボロの記憶があります。
@@gansagansa4520 様札幌近郊では、昭和54年でもキハ16やキハ17が千歳線を走っていました。室蘭機関区の気動車でした。稀少だったので、積極的に乗ったものです。
鉄道大好きで流れていました
「てつどう大好き」というDVDのことでしょうか。見たことがないので分かりませんが。
5か月前の鉄道キハ56、27型のコメントです。この列車の後期型のパノラミックウィンドウの先頭車が好きでしたね。石北本線常紋信号場間もなく終了ツアーに参加した時急行大雪をイメージにして乗車しました。パノラミックウィンドウの後期型を使用し車両も間もなく引退と言う時期でした。キハ56.201と記憶しています。懐かしいですね。以上です。
そのイベント列車、私は二日目の方に添乗しました。一日目の方はトイレ故障で大変だったようですね。
@@matunokura6028 今返信です。そのトイレ故障時に乗っていました。用足しはなかったのですが、使える方のトイレ前には列ができたといっていたそうです。
@@久井伸重 様常紋信号場では、なぜか草むらの茂みに入っていく人の姿がちらほらと。
おはようございます。キハ56の引退から20年近くも経つのですね。同じ急行形気動車のキハ58よりも早かったのですね。四国に最初期製造のキハ28 2002号が2008年まで残っていたのを考えると、やはり鉄道車両にとって北海道の気候は厳しいのでしょうね。急行色の長編成は見応えがありますね。一度でいいから見てみたいですね。
おはようございます。自然環境は北海道の方が厳しいので、本州のキハ58系よりも引退が早かった一因はそこにあるでしょうね。四国のキハ28 2002の持ちの良さは、しっかり保全していたからなのでしょう。かつては3階建て列車として13両を組んで走ったこともありました。
おはよう御座います。こんなに早く見たものなんだか久しぶりです。もう根雪になりそうな勢いのつもり方ですね(溶けるとは思いますが)北海道の急行型気動車キハ56は生で見たことあるのは博物館か、2016年まで五稜郭に放置されていたものしか見たことありません。しかしかっこよさはバツグンですね40のような野暮ったさを感じません(それはそれで味ですが)
おはようございます。家の前はすっかり雪化粧になっています。でもベチャベチャの雪だし、まだ気温は高目なのですぐに解けるでしょう。20代の頃は雪が積もればカメラを持って撮影にすっ飛んだものですが、今や雪が降らなくても家に引きこもるのが当たり前になってしまいました。生きたキハ56を見たことがない世代の人たちが増えてきました。2001年の引退だもの。鉄ちゃんもまた世代交代が進んでいます。
ピンクラインと緑ラインの車両の違いは何ですか?
おはようございます。キハ56見たことが無いから見てみたかったな。キハ400系塗装は好きですね。キハ56の北海道塗装可愛いですね
おはようございます。キハ56系、58系は急行列車を全国に普及させた立役者で、特急列車が本当の意味で特別急行列車だった時代には、庶民にとっての優等列車でした。幹線、電化区間は勿論のこと、ローカル線にも入線し、私らの世代(60代)以上でこの車両に乗ったことのない人の方が少ないでしょうね。JR車にはこれほどポピュラーな形式は存在しません。
@@matunokura6028 キハ56は国鉄車両ですものね60代はちょうどそのくらいですもんね[羨ましい。]
@@Aomoritetu06 様でも、当時の列車はどれも混雑していて、何時間も立ちっ放し乗車が珍しくない時代。(夜行電車で上野から山形まで立ちっ放しは疲れた。)車内は煙草の煙が充満するのも当たり前。キハ56系の全盛期はそんな時代です。
この頃の方が北海道の鉄道は元気だった。今は夜行も無く廃線も多くなり萎縮している
新型車輛が次々に登場し、臨時のブルトレやお座敷列車もバンバン走っていましたね。
こんにちは。やっぱりキハ56は、いいですね。キハ40には無い軽快さを感じます。DMH17エンジンのカラカラと云う響き、風情がありますね。今にして思えば、1両180または360PSと云った非力な車輌が優等列車として走っていたことが信じられません。実は自分、キハ56系に乗ったことは一度しかありません。やっぱり加速は鈍かったのでしょうか?「ミッドナイト」のカーペット車、賑わってますね。何だか連絡船の桟敷席みたい。このカーペット車は指定制だったのでしょうか?でないとスペースが何分狭いからすぐさま椅子取りゲームになってしまいそう。小樽市総合博物館を見学した折り、キロ26の車内に喜び勇んで入ったら、座席が全て取り払われ、スクリーンのあるミニシアターになっていたのは残念でした。
こんにちは。開発当時は動力近代化を急いでいた時期で、戦前から実績のあったガソリンエンジンを改良して誕生したのがDMH17系エンジンでした。これを一般形から特急形まで全方位で採用してしまいました。エンジンの力不足は2台搭載して急場を凌いだわけです。非力なので、当然ながら加速性は悪いです。でもその遅さが人にはやさしい・・・?カーペット車も指定席でしたが、どういう指定方法だったのか覚えていません。枕と毛布が人数分揃えられていました。枕木方向に寝るので、おばさんの様に線路方向に敷いてはいけません。
17:38 日高本線の大狩部らへんかな?
節婦→新冠。超有名な判官舘。
キハ53はクロスポイントのキットで作ったなマイクロのキハ53は本州仕様をベースにしたためか窓側デカくて実車ぽくなかったTOMIXが200番台を単品でだすらしい単品で出すから従来品の増結に使えるけど平窓の仕様も単品売りしてくれれば嬉しかったりするそれで148を塗り替え製作してみたい
模型のことはよく分かりませんが、引退した車輛が復活できるのは模型の世界ならではのことでしょう。
キハ56系も好きなんですが…、何だかアルファコンチネンタルエクスプレスとかミッドナイト塗装とかも、KATOのNゲージで模型化してほしいです。しかし、北海道のごちゃ混ぜ編成も、私は好きです。
KATOさんに熱烈なリクエストをされては如何でしょう。「もし売れ残ったら、全部買い取ります!」とか添えて。
なぜ、普通急行列車は無くなったの⁈⁉️
快速列車と特別急行列車に格下げ、格上げされたからかな。
キハ40、キハ150との長大編成は迫力が有りますね。
一般形気動車は、様々な形式と編成を組めるのが長所に挙げられます。
@@matunokura6028 私の地元ではキハ40との並結しか見られなかったので新鮮でした。
@@あしゅりん-h8n 様本州では、キハ58がキハ80系と併結したことがあります。ウソのようなホントの話。昭和36(1961)年10月1日、特急「まつかぜ」の処女列車での話。
キハ56とキハ22は昭和のローカル線の車輌という印象で好きですネ。古い車輌の車内の独特の匂いがたまりませんでした。キハ56は急行狩勝などで乗った他は普通列車だと小沢駅から小樽駅、砂川駅から岩見沢駅の区間で乗った事があります。急行車輌を普通列車で乗った時は得した気分でした。
昭和53年頃の乗車優先順位。キハ17系~キハ56系~キハ55系~キハ22~キハ21でした。一番ボロいキハ17系が何故か好きでした。キハ56系の普通列車はお得感で一杯でしたね。
大変懐かしい映像ありがとございます。キロは一度だけ急行大雪で旭川から網走まで乗りました。急行でキハ22が来るとがっかりしたのを覚えております。
キロ26に乗車されたんですか。急行列車でグリーン車に乗ったことはありません。
キハ22ならまだマシです。急行「瀬棚」なんぞ、キハ21ですよ。ちゃんと「急行」のサボ受けまで付いていました。
@@matunokura6028 さん、返信ありがとうございます。急行せたなには乗ったことありませんが、瀬棚線に初めて乗った時はキハ17でした。たしか昭和53年の9月です。当時でもめちゃくやオンボロの記憶があります。
@@gansagansa4520 様
札幌近郊では、昭和54年でもキハ16やキハ17が千歳線を走っていました。室蘭機関区の気動車でした。稀少だったので、積極的に乗ったものです。
鉄道大好きで流れていました
「てつどう大好き」というDVDのことでしょうか。見たことがないので分かりませんが。
5か月前の鉄道キハ56、27型のコメントです。この列車の後期型のパノラミックウィンドウの先頭車が好きでしたね。石北本線常紋信号場間もなく終了ツアーに参加した時急行大雪をイメージにして乗車しました。パノラミックウィンドウの後期型を使用し車両も間もなく引退と言う時期でした。キハ56.201と記憶しています。懐かしいですね。以上です。
そのイベント列車、私は二日目の方に添乗しました。一日目の方はトイレ故障で大変だったようですね。
@@matunokura6028 今返信です。そのトイレ故障時に乗っていました。用足しはなかったのですが、使える方のトイレ前には列ができたといっていたそうです。
@@久井伸重 様
常紋信号場では、なぜか草むらの茂みに入っていく人の姿がちらほらと。
おはようございます。
キハ56の引退から20年近くも経つのですね。同じ急行形気動車のキハ58よりも早かったのですね。四国に最初期製造のキハ28 2002号が2008年まで残っていたのを考えると、やはり鉄道車両にとって北海道の気候は厳しいのでしょうね。
急行色の長編成は見応えがありますね。一度でいいから見てみたいですね。
おはようございます。
自然環境は北海道の方が厳しいので、本州のキハ58系よりも引退が早かった一因はそこにあるでしょうね。四国のキハ28 2002の持ちの良さは、しっかり保全していたからなのでしょう。かつては3階建て列車として13両を組んで走ったこともありました。
おはよう御座います。
こんなに早く見たものなんだか久しぶりです。
もう根雪になりそうな勢いのつもり方ですね(溶けるとは思いますが)
北海道の急行型気動車キハ56は生で見たことあるのは博物館か、2016年まで五稜郭に放置されていたものしか見たことありません。
しかしかっこよさはバツグンですね
40のような野暮ったさを感じません(それはそれで味ですが)
おはようございます。
家の前はすっかり雪化粧になっています。でもベチャベチャの雪だし、まだ気温は高目なのですぐに解けるでしょう。20代の頃は雪が積もればカメラを持って撮影にすっ飛んだものですが、今や雪が降らなくても家に引きこもるのが当たり前になってしまいました。
生きたキハ56を見たことがない世代の人たちが増えてきました。2001年の引退だもの。鉄ちゃんもまた世代交代が進んでいます。
ピンクラインと緑ラインの車両の違いは何ですか?
おはようございます。
キハ56見たことが無いから見てみたかったな。
キハ400系塗装は好きですね。
キハ56の北海道塗装可愛いですね
おはようございます。
キハ56系、58系は急行列車を全国に普及させた立役者で、特急列車が本当の意味で特別急行列車だった時代には、庶民にとっての優等列車でした。幹線、電化区間は勿論のこと、ローカル線にも入線し、私らの世代(60代)以上でこの車両に乗ったことのない人の方が少ないでしょうね。JR車にはこれほどポピュラーな形式は存在しません。
@@matunokura6028 キハ56は国鉄車両ですものね60代はちょうどそのくらいですもんね[羨ましい。]
@@Aomoritetu06 様
でも、当時の列車はどれも混雑していて、何時間も立ちっ放し乗車が珍しくない時代。(夜行電車で上野から山形まで立ちっ放しは疲れた。)車内は煙草の煙が充満するのも当たり前。キハ56系の全盛期はそんな時代です。
この頃の方が北海道の鉄道は元気だった。今は夜行も無く廃線も多くなり萎縮している
新型車輛が次々に登場し、臨時のブルトレやお座敷列車もバンバン走っていましたね。
こんにちは。
やっぱりキハ56は、いいですね。キハ40には無い軽快さを感じます。
DMH17エンジンのカラカラと云う響き、風情がありますね。今にして思えば、1両180または360PSと云った非力な車輌が優等列車として走っていたことが信じられません。実は自分、キハ56系に乗ったことは一度しかありません。やっぱり加速は鈍かったのでしょうか?
「ミッドナイト」のカーペット車、賑わってますね。何だか連絡船の桟敷席みたい。このカーペット車は指定制だったのでしょうか?でないとスペースが何分狭いからすぐさま椅子取りゲームになってしまいそう。
小樽市総合博物館を見学した折り、キロ26の車内に喜び勇んで入ったら、座席が全て取り払われ、スクリーンのあるミニシアターになっていたのは残念でした。
こんにちは。
開発当時は動力近代化を急いでいた時期で、戦前から実績のあったガソリンエンジンを改良して誕生したのがDMH17系エンジンでした。これを一般形から特急形まで全方位で採用してしまいました。エンジンの力不足は2台搭載して急場を凌いだわけです。非力なので、当然ながら加速性は悪いです。でもその遅さが人にはやさしい・・・?
カーペット車も指定席でしたが、どういう指定方法だったのか覚えていません。枕と毛布が人数分揃えられていました。枕木方向に寝るので、おばさんの様に線路方向に敷いてはいけません。
17:38 日高本線の大狩部らへんかな?
節婦→新冠。超有名な判官舘。
キハ53はクロスポイントのキットで作ったな
マイクロのキハ53は
本州仕様をベースにしたためか
窓側デカくて実車ぽくなかった
TOMIXが200番台を単品でだすらしい
単品で出すから
従来品の増結に使えるけど
平窓の仕様も単品売りしてくれれば嬉しかったりする
それで148を塗り替え製作してみたい
模型のことはよく分かりませんが、引退した車輛が復活できるのは模型の世界ならではのことでしょう。
キハ56系も好きなんですが…、何だかアルファコンチネンタルエクスプレスとかミッドナイト塗装とかも、KATOのNゲージで模型化してほしいです。しかし、北海道のごちゃ混ぜ編成も、私は好きです。
KATOさんに熱烈なリクエストをされては如何でしょう。「もし売れ残ったら、全部買い取ります!」とか添えて。
なぜ、普通急行列車は無くなったの⁈⁉️
快速列車と特別急行列車に格下げ、格上げされたからかな。
キハ40、キハ150との長大編成は迫力が有りますね。
一般形気動車は、様々な形式と編成を組めるのが長所に挙げられます。
@@matunokura6028 私の地元ではキハ40との並結しか見られなかったので新鮮でした。
@@あしゅりん-h8n 様
本州では、キハ58がキハ80系と併結したことがあります。ウソのようなホントの話。昭和36(1961)年10月1日、特急「まつかぜ」の処女列車での話。