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好きな方には申し訳ないが、正直坂本龍馬には胡散臭さしか感じない。戦後の司馬史観があまりにも悪影響を与えすぎた例のような気がする。
自分はこの動画に有るような龍馬否定説の流行が胡散臭いですね。大筋は決まってた?というのは大嘘。木戸は失望して去ろうとしていたし、会談が不調に終わり送別会が開かれようとした事も意図的に無視してる。それが坂本の到着1/21に急変してるのは史料上明らか。六箇条は木戸の回顧であって前日に決まってたなんて話は何処にも無い。この動画はデタラメ。
@@gyokarui7497 よく調べられてますね
@@gyokarui7497 否定が胡散臭い
西郷「今回は忍べ(懲罰受け入れよ)」&国事会談→木戸「空く(虚しく)在留」「相辞て去らん」→坂本到着→「良馬亦此席に倍」して六箇条(内容は回顧)って流れです。坂本が来てから同盟内容が変化し、木戸が納得。この動画はその通りになってない。
@@gyokarui7497 何らかの意図を感じますよね 歴史の改変を目論んでいるのでしょうか笑
野口英世の弁舌と借金を借りるスキルはまさしく天才的で、これは間違いないと思いますね。かの石油王ロックフェラーすらだまくらかしましたから。
現代でもそういう社長は世界中にいるよね銀行や金融、ビットコなんてそんな才能で回ってる時代が違えば実力者
英世はノーベル賞候補でした。死んだので受賞できなかった。それが全てです。
@@寧史小島ただの結婚詐欺を含めた借金王です
歴史好きをアピールしてる芸能人が坂本龍馬をヒーロー扱いして熱く語ってるの観ると冷やかな目で見てしまう。
野口先生は、それだけ放蕩三昧していても、医師や研究者になれたのだから、やはり天才。
こうしてみると、どの偉人も自ら虚像を築き上げたわけではなく、周囲に勝手に持ち上げられて下げられる、気の毒な面もあります。
野口英世は、細菌の論文を次々発表しました。途中、研究所の上司から研究不足の部分があるからと言われても発表したそうです。彼が発表した論文は、最初の1、2文献が今でも正しいと認められていますが後の文献は、誤っているそうです。最初の論文が良かったせいで、後の論文も新聞などに取り上げられて、盲目的に評価が上がってしまった。NHKBS「フランケンシュタインの誘惑 科学史 闇の事件簿 科学者 野口英世」でそう述べられていました。誤った論文を連発した。これが評価を下げていると思います。
おいらの友達は野口英世に感銘を受けて猛勉強をして医学部に入って医者になりました。今は立派な癌の専門医です。野口英世は結果として本人を超える優秀な医者を生み出した偉人となってしまった
深いですね。
野獣先輩医学部生説
@@sotoyama_zeinikun 野獣先輩は日本が誇る偉人
@@武田大成-u4g 野口英世のタニマチで、多額の借金を野口英世から請求され血脇守之助さんは我孫子出身。
『評価』とは何でしょうね・・・今の技術から見て 『・・実は発見していませんでした~~ 残念~~~(ワラワラ』という、この動画見てやるせない気分です貴方のコメを読んでなんだか浮かばれた気持ちになりました野口英世が当時の日本人、後の日本人に希望を与えていたのは確かだと思います それが野口英世の「過大評価」だとしてその癌の専門医さんを、『ざんね~~ん(藁』 という事にはならないと思うのです。偉大な野口英世と偉大な現代の医師
武田信玄が過大評価だというのなら、信長秀吉家康意外で評価すべき戦国武将・大名だれもいなくなりますよ。それに領土拡張政策とか自転車操業とか言い出したら、当時、領土拡張政策無しに家臣を安定支配していた大名が誰なのか教えてください。本動画の武田信玄の解説においてウソは言っていないとは思いますが、これを持ってして信玄を「過大評価」というのはひどすぎませんか? それから信玄が信長にケンカを売らなかったら甲斐信濃は攻められなかったのですか? 別にケンカ売った訳ではない上杉や毛利も織田軍に攻め込まれているのですが・・・
じゅうぶん上杉も織田も信長にケンカ売ってますが…あと領土拡張政策に舵を切らなかったのは上杉謙信ですね。そのために何度も家臣の謀反に遭ってますけど。あとは上州を少しと、晩年に越中を領国化したくらいでは?
野口英世はアジア人差別の酷かったアメリカに単身渡米して当時アメリカで猛威をふるってた毒蛇の血清作りの方が有名ですよね😊蛇からの毒の採取方法が人間離れしてていかれてて好きです
てんぼうって言われてた自分の左手を小学校で見せてお涙頂戴でクラスの金持ちの家の友達から金借りて一切返さないでロックフェラー研究所ににげたんだっけ。
コロナ以降ワクチン自体眉唾です
アメリカに渡米・・・・
坂本龍馬=司馬遼太郎のフィクション
時代劇小説家のお話しやドラマを真に受けて有名人になった感が強すぎる。
竜馬がダントツトップだと思う
私もそう思う。高杉晋作の方が遥かに偉大
竜馬ではなく龍馬
坂本龍馬や野口英世は比較的新しい人なので一次資料を丹念にあたれば真実が明らかになるでしょう肯定派も否定派も先入観を持たないことです
坂本龍馬は薩長に政府で遅れを取っていた土佐閥のプロパガンダで持ち上げられて脚色されただけって話もあるからね
@@42kamijo 同時代の人の評価同郷の偉人・坂本龍馬を顕彰する銅像はおろか一柱の石碑も存在しないのを憂い、坂本龍馬生誕地近くに『阪本龍馬君顕彰碑を建立坂本家の子孫が御礼に板垣家を訪れた際「今日の板垣があるのは、坂本龍馬、中岡慎太郎両先生のお蔭でございます。世間では兎角(武市)瑞山先生の陰に隠れてしまつてをりますが、就中(なかんずく)坂本先生の事績を広く正しく世間の人に知つて貰いたいと思ふてをります」と深々と礼をした
信玄の生涯を振り返ると、その時起きた出来事に対する対応力に長けているというか想定外のこともチャチャっと乗り越えてしまう印象で、だからこそ信玄が存命中は良いけど、ということだったんじゃないかなと思います。
信玄が不義理ばかり繰り返すから周辺大名の信用の無さ、特に信長は武田を絶対許さなかった面があるから勝頼時代周辺大名と上手くやれなかったのは北条以外に関しては信玄のせい北条だけは勝頼のやらかし
武田鉄矢が原因だな。
『おーい竜馬』は山内家から「容堂を残虐に描きすぎだ」とクレームが入った問題作
野口英世は、子どもの時、読んだ伝記にも、金にだらしなかったことが強調されていた。
司馬遼太郎のせいだろう
@user-mn3ik7tl7n私が読んだのは「火傷で片手が固まり、周りの子供達にいじめられた英世。息子の才能を信じて貧乏ながらも学費を稼ぐ為に、飲んだくれの旦那の代わりに働いた母の為に、医師になり親孝行した英世」 しか描かれておらず、「借金王」だったと知ったのは中田さんがテレビで解説してたからです
@@nunkomaretaそれに人斬り以蔵をやたら憎めないキャラにしてた。
武田信玄は別に過大評価ではないと思う。「当時の日本有数の領土を領有する大大名、治水の成功によって貧しい甲斐の農業生産の安定化に尽力、合議制の導入、金発掘、温泉の整備、独特の築城技術の開発、甲州法度の制定、三国同盟の締結」(諸説あり)などは、信玄の代の武田家で大きく進歩したり、成し遂げられたりしたことであり、戦国を代表する大名として評価されるのは妥当だと考えるからです。今川、織田、徳川との戦いは、天下統一のためには避けて通れないことであり、それを愚かとは言えないように感じます。信玄存命中は、それらの大名との戦いは有利に進めていましたし。。
ゲーム太閤立志伝で武田特有の能力風林火山が強すぎるから過大評価評価は仕方ない…
武田信玄が好きわけじゃ無いけど@inoki0903さんに完全納得です。
実際に尾張三河連合の三河を撃ち破り、尾張を飲み込む寸前までいった。仮に最終的に信長に負けたとしても、もし家康が討ち取られていたら歴史は全く違ったものに成ってた。近頃は本当の意味で明らかとも言えない発見された「新事実」で、全否定するこの動画のようなものが流行ってるが、歴史評価なんて「時代」で簡単にひっくり返る。このような動画が恥ずかしくなることだってある。
もし、病弱であった長尾晴景の直ぐ下の弟である景康や景健がもっとハピッとしていていたら、末弟である上杉謙信が家督を継ぐ事は無く僧侶として生涯を終えて居り、無論川中島合戦は起こり得ない訳じゃから武田信繁も武田義信も死ぬ事は無く、武田信玄の天下取りの可能性はかなり有ったでしょう😌!
本郷和人さん もし 生きていたら信長に負けていたと
それにしてもコレ見ると新千円札が野口から北里への変換ってのも因縁があって面白いな。
北里に入れなくてアメリカに行ったんだっけ?
師匠的存在の人に移った
北里柴三郎はドイツに残っていれば、ノーベル医学賞間違いなしの存在です。第1回ノーベル医学賞を受賞したフレミングはゴッホ研究所では北里の助手に過ぎませんでした。つまり当時のドイツの学会が北里の業績をフレミングのものとしてしまったのです。北里本人がその場にいればそんなことはできなかったのでしょうがね。
北里はアジア人差別主義を目一杯受けた被害者の一人です。ノーベル賞受賞さえ受賞していれば、もっと評価が高かったが欧米至上主義のため出来なかった。
本当に野口英世じゃなくて、北里柴三郎の伝記を拡めるべきなんだけどねぇ…
高知龍馬空港「そんないまさら・・・・」
高知って坂本龍馬がいっぱいいるかと思いきや、今はアンパンマン達なんですよね。
うどん県と同じ匂いを感じるなぁ😰
地元土佐の人にとっては偉大な人物なのですたかだか、最近(150年前)の人物なのだから、もし地元で評判悪くて嫌われているのならば銅像まで建てられんよね
でも実績で言ったら板垣退助空港だよね。
@@in7122 うどん県ってどんな匂いがするの?
野口英世のクズ伝説は渡辺淳一さんの「遠き落日」を読めばよくわかります。今から40年近く前に読んで衝撃を受けた記憶があります。
映画化もされていますよね。主題歌は和田アキ子。
ダメっぷりが知れていますし、現代の科学で功績が否定されているのでしょうが、『過大評価だ』と断じるこの動画には疑問が残ります
今のような『クールジャパン』囃されている時代ではなく、極東の発展途上国であった当時の日本に、英世の業績が日本人の誇りだったのでしょう当時の「評価」と「栄誉」は事実であり、それを「過大評価だ」と切り捨てるならば、もっと見直さなければならない偉人は沢山いることになります
遊郭で借りたお金を散在って、イギリスの色街で日本政府から送金させては注ぎ込んでた尹藤博文と同じでスミダね。。どうしようもないK-uzu!
野口の業績が否定されているというのはNHKの「フランケンシュタインの誘惑」を見て知りました。狂犬病も恩師にもっと研究しろと言われてるし黄熱病も研究所の同僚に違う病気の血液じゃないかと指摘されているのを無視して発表している。医学の歴史の教科書にも載っておらず偉大な科学者ではなく平均レベルという評価で、ある科学者の方は研究不正ではないかとも言っていました。
宮本武蔵も関ヶ原の初陣から島原の乱まで殆ど活躍していません、吉川英治が小説にしてから有名になりました。
@@ohkh6841 それは、佐々木小次郎が周防岩国の生まれだからじゃないの。
当時の兵法者の負けはおおむね4を意味するから生き残っただけでもすごいと言える。宮本武蔵は戦国最強と言われた水野勝成公に用心棒として雇われているからね。吉川武蔵は事実と異なり美化されているといわれるが、知れば知るほど宮本武蔵の凄さがわかるよ。
@@忠由吉田だから何?
現状の宮本武蔵のイメージを作ったのは吉川英治で間違いないと思いますが、芝居だの講談だの浮世絵だのの題材にされていたので、江戸時代の段階で有名です
@@忠由吉田はいはい人の粗探しご苦労✋️
アドルフ・ヒトラーは「呑む・打つ・買う」どれもやらない真面目な方だったようです。
チャーチル「軍の押収品のマリファナなんて吸ったことないぞ!」ルーズベルト「女性秘書4人を裸にしてホワイトハウスで乱痴気騒ぎなんてしていないぞ!」スターリン「プルーフ80%以下は水だ!酔っぱらってべリアやジューコフを叱ったことは無いぞ!」
東條英機は部下思いで気配りの人。部下や親族で東條英機を悪く言う人はいない。政治家や軍首脳としては最低だけどね。
@@satosin2660 2番目としては最高1番目としては最低
昔のアニメでトラップ一家物語というのがあったのですが酒場?で酒を呑まずいちごジュース?か何かを飲んでたのは覚えてる
誰もが認める清廉潔白な人物だったのに恐怖政治を牽いて人を断頭台に送りまくったロベス・ピエール
この三人に限らず偉人としてよく名前が挙がる人物の中には、テレビドラマや小説・漫画等で作られた人物像で評価されている人が少なからずいるよねえ。
武田信玄の父、信虎は逆に評価が見直されてきてるかな。家督争いから国人衆との戦い、そして今川家の介入から甲斐を守り抜いた。
偉人と言われる人達は語られるうちに大なり小なり盛られていくし、悪役的な人は貶められますから歴史の再評価がされると偉人は評価が落ちるし悪役は評価が上がるのはよくありますね。日本じゃないけど三国志の諸葛亮や曹操が顕著な例かも。
確かに 寺田農さんが武田信虎公 主役の映画も公開されましたね
それも息子信玄より長生きしたというね
自分にとっては父方の祖父様でもある信虎の亡骸を手厚く葬り、立派なお墓までをも作らせたのも、信虎の孫に当たる勝頼(信玄の四男)だったとか。
@@大饗進 様 恐らくは面識も無かった筈 流石は 神の使者 諏訪家の出身 信義に厚い武将
司馬史観を否定するのはいいけど、なぜ大事な同盟の覚書の裏書を一介の脱藩浪人にさせたのだろうそんな大したことない脱藩浪人を、大政奉還の混乱期に、わざわざ松平兄弟はなぜ見廻組を使って捕縛ではなく暗殺させたのだろう
龍馬の暗殺は、紀州藩との間に起きた船舶事故を巡る損害賠償の経緯にあると、勝手に思っている。見廻り組の暗殺は龍馬以外にもあるように思う。
薩長同盟の翌日に寺田屋で捕縛されそうになってるから、幕府側から眼つけられてた。つまりは、要注意人物としてマークされていた。龍馬が無名だったとは、全然思っていない。龍馬を暗殺したのは、薩摩だと思ってる。討幕派にとって、大政奉還推進派の龍馬は邪魔以外の何物でもない。
『たいした事ない』前提で話作ってるからボロクソ言うだけの動画ですよネタにされている人が不憫に思います
伊東甲子太郎はどこで「見廻組が龍馬を狙っている」と知ったんだろ
坂本龍馬は盲目的に崇拝する人が多くて辟易する。竜馬と龍馬を分けている司馬遼太郎先生の意図を知ってほしい。
漫画のキャラを好きと言ってるのと同じことだからべつにいいんじゃね
竜馬ゆくが名作すぎたね。実際読んで竜馬崇拝したから
使う文字を変えて、『これは虚構だ』って言ってるんだよね。小説なんだから虚構だよね。
@@キョス-b2d ただ幕末を好きになるには司馬作品は読んだ方が良いよ
誰を崇拝しようと個人の自由お前に迷惑かけてない黙っとれ
この動画こそ「竜馬がゆく」より世に知れ渡ればいいのに。
高知出身だけど、胡散臭いやつだと前から思っていた。土佐の偉人は長宗我部でいいよ。
文化財壊しまくったから四国では嫌われているらしいね
長曽我部は暗殺しすぎぃ~
三菱の創始者も土佐だったね
土佐の田舎っぺが四国を統一したのが良いのだ。>>文化財壊しまくったから四国では嫌われているらしいね山で隔絶されているから、四国の人間は他県同士仲が悪い(というか、興味がない)だから嫌われても平気平気。
高知には西川きよし師匠間寛平師匠がいる。
龍馬は過大評価ではなく、司馬先生の大変優れた創作です。全てを史実ととらえる方が勉強不足😊。爽快な快男児のままで良いんですよ。
坂本龍馬は小説のヒットで偉人になった。野口英世は......伝記のおかげかなぁ。貧しい家の生まれ→幼児期に大やけど→身体障害を馬鹿にされ,いじめられ→でも勉強家で→(略)→医者になって....,というストーリー展開は ”学校(特に小学校)教育” の教材にはうってつけだもの。
伝記の影響はデカいと思いますまた、亡くなった時期が昭和恐慌の入り口で、不況でした死の翌年に映画『大学は出たけれど』が公開され、当時の子供向け雑誌を見ると、出世だ、資格だ、就職だと煽る通信講座の広告が盛りだくさんです皆がなんとか自分だけは成功したいと思っていた時期に、「貧困から世界的な出世を遂げた」というサクセスストーリーが喧伝されたのは、イメージ敷衍に大きな影響があったかと思います
野口英世が生前に出版された自分の紹介本を読んで「オレはこんな聖人君子ではない‼」とブチギレるエピソードすこ
医者ですらないぞ黄熱病の原因も間違ってたし何も結果が出ていない男
@@aka6558野口英世は医師免許は持っていた筈。当時は、医学部を卒業すれば自動的に医師免許が下付されたが、医学部を卒業しなかった者にも医師になる門戸が開かれていて、それが『医師国家試験』だった。野口英世は、自分が医師免許を得たのちに、自分と同じ時期に医師免許を得ようと苦学していた女学生に、骨格標本をプレゼントしたとの逸話がある。
確か、野口英世博士は、日本医科大学の通信教育で、勉強したはず。
小説を事実と信じることが、おかしいです。龍馬の責任では、ないです。
野口ひでーよ
座布団3枚🎉
そんな、ひでよは、平成の千円札の顔になり、師の北里先生が令和の千円札になったという。
@@欣求浄土-r7e 10枚あげて!!
それをいうなら「野々口清作」
野口は マジでクズだったようだな。
武田信玄が名将とされる理由は、軍事力というよりは領国経営が領民に評価されたのだよ。武士には表芸と本業がある。表芸は現代人が好きな戦国時代の戦もので描かれることが多いいが、本業としての本当の事績は震源堤として有名な甲府盆地の治水と灌漑により水害防止と農業生産高を飛躍的に増産し、経済基盤を固め領民を豊かにしたことによるのだよ。
でも信玄こそは中世以前の農民が足を踏み入れようとしなかった日本住血吸虫の重篤汚染地域を「開拓」してしまった。本質的には峡東の人だと思いますよ。峡西の本当の地理的問題には明るくなかったのだろう。息子の代でさらに峡西に軸足を移した挙げ句武田氏は滅亡する。
かつての名君の評価点は治水。信玄堤は台風19号でも堪えた。内政面も加味すれば、過大評価は言い過ぎでは。むしろ宮本武蔵を加えてほしい。彼が果たした歴史上の役割を教えていただきたい。歴史の辺縁で空回りしていたようにしか見えません。歴史の中心で空回りしていた新選組の方がまだマシ。坂本龍馬と野口英世は素直に同意。
ただの一武芸者ですから・・
二刀流を編み出しその名を歴史に残したサムライとして海外でも日本の首相より有名。
武蔵は別に自分がやりたいことをやっていただけだろう。
後にノーベル賞を取った方が、電子顕微鏡があったなら、この賞は野口博士のものだったでしょうと、話したとか。世界中の研究者が、逃げ出すなか、野口英世は、アフリカに乗り込み、そして命を落としました。
それは「戦車があれば武田信玄は天下を取った」とかいうようなもので。
@@東方光 寂しい奴だなあんた
中岡慎太郎の方がもっと評価されてもいいと思う。
元々は、中岡の方が標的の本命だったように感じる
@@Hayato_Takezawa 長州軍に義勇兵で参戦したりと、色々と戦場で戦っているし、政治的工作もしているので、幕府に目をつけらていたのも納得。
@@Hayato_Takezawa襲撃先が坂本龍馬の潜伏先ですからどうでしょうね。中岡は居合わせただけですし。
武田信玄〜父信虎を追放し自分が当主になると、信虎配下の家臣が信玄に付き武田家の実権を握り、今川家、北条家と三国同盟を結んだが、今川義元が亡くなると、三国同盟を早速破棄し駿河の国に攻め入るも、自分自身途中で急死、後を継いだ武田勝頼は、旧今川家、北条家の援軍も無く呆気なく信長に惨敗。信玄が三国同盟破棄さえしなければ、旧今川家、北条家、他の反信長大名から援軍が来て結果違ったかも(^_^;)同盟条約破棄してる時点で当然他の大名から信用され無い。坂本龍馬〜実際には薩長同盟は結んで無い、実際の薩長同盟結んだのは薩摩藩家老小松帯刀と土佐藩の中岡慎太郎。日本最初の株式会社「亀山社中」作ったと言われているが、実際の日本最初の株式会社は小栗忠順の「兵庫商社」「亀山社中」事体の南北戦争中古品在庫品扱う、「死の商人」この武器と錦旗で、日本人同士があらそう、悲劇の戊辰戦争が始まる。影で長州藩、更にその後ろにグロバーリストが居る。坂本龍馬、西郷隆盛、板垣退助、伊藤博文、大久保利通、勝海舟より小栗忠順の方が評価されるべき。
故郷を北川村ゆず王国にして、料理の鉄人のスタッフロールにも登場させた。
野口の一番嫌いな所は、母からの会いたいと言う涙ながらの手紙をガン無視した事ですね。
@@sionberryz 実の母親を報道陣?に「あの人はお手伝いさんです。」と平然と言ったとか。
ちょっと、ここぞというところで信玄と信長を間違えないでくれ。頭めろめろになる
猪苗代に子供の時に三年居たけど、野口英世は地元じゃ散々言われてたw
地元のAUだろ。
でも猪苗代湖畔には野口英世記念館があり、傍らには生家が保存されています。たくさんの観光客が訪れ、猪苗代町は潤っています。
野口英世記念館に行ってきました。悪評は無名に勝るともいうので・・・感銘とまで行かなくても、野口の伝記は小学生の時は印象的でしたね。今の若い者に聞いたら、野口英世もあまり知られていないようで・・・
@@zm2mokmt 地元で嫌われていたなら「野口英世記念館」建てられんよねw龍馬も銅像立てられん 「龍馬空港」も造られん、信玄も「桔梗 信玄餅」がロングセラーにならん。
猪苗代町には周遊券観光バス「ひでよくん号」が期間限定で運行されてます。野口英世記念館には本名(清作)から英世に改名した経緯も展示されてます。ともあれ、地元では英雄です
野口英世は帰国時に血脇に金の懐中時計を買ってきたものの血脇の家族からはこの程度でチャラになる訳がないだろうと言われたとか借金の原因の芸者遊びで梅毒に罹患し、自分が死にたくないから研究したとかクズエピソードも人間らしくて好き
渋沢栄一は無類の女好き
@@ガメオベラ-r5q 伊藤博文も
英雄色を好む…というのは、一定以上の信用性のある経験則でしょうか?🤔歴史に名を残す人に必要な要素の一つとしてバイタリティがあってその要素が女にも向かって行くと。。
昔の千円札、伊藤博文も負けてない^_^
堤康次郎には負けるよ。あれは本来、表に出てはいけないレベルだからね。
@@satosin2660あの伊藤博文を超える奴がいたとはww堤康次郎の話、聞かせてください。
そうよ、日本の医学界に何の貢献もしてない野口英世が公衆衛生の祖北里柴三郎先生より先にお札になるのはどうしても解せなかった。
野口英世より先に北里柴三郎先生をお札の肖像として採用すべきでしたね😂
司馬遼太郎の小説は面白いが、史実を歪ませているのは犯罪的だ。坂本龍馬だけではない。
まあ歴史『小説』だからな。創作物なんだよ。大河ドラマも『ドラマ』なんだから創作物。『史実と違う』とか言うヤツがいるけど、史実なんか誰にも分からない。
司馬遼、面白いからね、偉人にまでなっちゃったw
小説は面白くするために書いているわけで、司馬遼太郎が「ノンフィクション」と言い張っているわけではない。面白くもない事実を並べ立てた小説なんて誰も読まないよ。
そんな事言ったらマザーテレサもガンジーもかなりヤバイ
エジソンもお願いします。
ガンジーは裏の顔もある。てだけで頑張ったのは間違いないでしょ?
マザーテレサやガンジーはどう評価するかという見方の問題だが、龍馬や野口などは実際は大した業績もないというところが違う。
マザー・テレサもガンジーもクリストファー·コロンブスもはったりは有ったけど結果を残してる
現代インドのガンジー評価はパキスタンとバングラデシュを独立させた無能ですね。
小学生の頃野口英世の伝記を読んで聖人だと思い感動したまま大人になったのに、まさかここで落とされるとは。
奔走も何もしてない大したことない人に大藩同士の盟約をかいたものに裏書を頼むわけないですよね。奔走も何もしてない人のことを大藩の重役についてた人たちが皆知っているというのもおかしいし、そもそも暗殺対象にもならないでしょう。史実と異なっている部分が多いのはそうかもしれないですが、せいぜい「実際には具体的にどのような働きをしたのかわかっていない」と結論付けるのが妥当なところなんじゃないでしょうか?土佐の下級浪士でどこの藩の正式な命や役割もあたえられておらず隠密行動ばかりとってた人間の記録がたくさん残ってるわけがない。
土佐の脱藩浪人としては名が売れていたから使われただけでしょ。
当時、裏書に相応しい人は沢山居た。例えば七卿落ちの公家などだ。にも関わらず単なる素浪人が裏書している。これは只事ではない。歴史的に花押(サイン)の重みを理解している人なら単なる名前の知られた素浪人が利用されたなど軽々しい意見は言えないだろう。素浪人の分散で裏書などさせてもらえるはずがないことは明白だからだ。
@@hisak4689 僕もそう思うんですよね
森鷗外屑だと思ってたけど、野口英世すげぇな……上には上がいる……
坂本龍馬が評価されるようになったのは、司馬遼太郎の『竜馬がゆく』以前に勝海舟の著した『氷川清話』が起源では?勝は著作の中で薩長同盟について、「あれはすべて龍馬がやったのさ」と述べている。
その勝海舟も、過大評価どころか他者の功績を自身の手柄にするDQNな小物と判明しております。
明治初期に、土佐のローカル新聞が「地元の隠れた英雄を探せ」って感じで、坂本龍馬を見つけ出し連続小説を流したのが最初。それが地元で大人気になり、全国紙が転載を始めようとする時、皇后の枕元の噂が広まる。戦前は、歌まで作られ、小学校で歌わされる。本当の意味で「作られた英雄」だわな。
俺は人間的に破綻している野口英雄とそのお母さんが好きです周りの人々も迷惑かけられながらも憎めないところがあったのかもしれません
❌ 英雄️⭕️ 英世
そんなコメ主さんにこの言葉を紹介しましょう。野口英世がかつて勤務していた横浜検疫所の跡地に設置された碑文です。「野口先生 あなたは永遠の母として 常に我々と共にある」随分前に見たもので、語句に多少の違いはあるかも知れませんが、後進から慕われている人柄を感じました。横浜市金沢区の長浜公園にあります。
@@まんまるあやちゃん 英世は努力と天災の人で時として魔が差す人だった。その母親は子をだれよりも思う偉い方だった
大体が司馬遼太郎サイドに責任があるんじゃないでしょうか?
司馬遼太郎になぜ責任あるの?どうすればそう言う考え方になるのか不思議
歴史家でもない小説家の司馬遼太郎にどんな責任があるのでしょうか?一次史料だけで歴史小説を書いた作家なんているんですか?
@@namihey0402 小説をヒットさせる為には嘘でもねつ造でもスーパーマンの主役がいなきゃいけねーだろ?高知県民でも名前すら知らなかった竜馬を何でも出来る国民的スーパースターにしたのは司馬遼太郎だって事だよ。
@@soixante-sept-w5c ネットすら無い時代に司馬遼太郎が完璧超人の竜馬や新撰組を小説で書いてしまった結果、国民が書いた全てを本気で信じてしまったて訳だろ。そこまで説明してやらなきゃいけねーのかよwwwww
司馬遼太郎さんは少し間違えたらあれ詐欺師ですよ。つまり捏造歴史師なんです。それを頭に入れてから読むなら楽しみとしてはいいかも知れませんんね。🥲
ハリボテ三人衆と言うと、坂本龍馬・野口英世は賛成ですが、私は吉田松陰を推したいですね。
吉田松陰は活躍する時期が短すぎて、弟子たちが活躍して「私の今の出世は吉田先生のおかげ」と宣伝したことで過大評価に繋がっている。
龍馬が残したと言われる「世の人は我を何とも言わば言え、我がなすことは我のみぞ知る」という壮大な句だけは評価します。
投稿お疲れ様です!
サムネの真ん中は誰?と思ってクリックしました🙂
野口英世博士の本当に破天荒な生き方を知れば知るほど大好きになって引き込まれていきますよ。お金の問題、よく刺されませんでしたね。えげつないじゃ無いですか。血脇さんはもっともっと評価されるべきでしょう。まぁ凡人にはまったく理解出来ませんレベルですけど。1000円札に推薦した人は天才。🤣😀💨
彼のあだ名は男芸者で貸したお金踏み倒されても何故か憎めなかったそうです。私のFBFのお爺さんの実家が金貸しで、野口英世のお母さんにお金貸してたそうです。
野口英世について「電子顕微鏡の発明という生物学の革命が起こる夜明け前という過渡期に、光学顕微鏡による研究手法で挑まざるを得なかった天才」と評したのを見たことがある光学顕微鏡により解明できる部分はあらかた掘り尽くされていたのに、ブレイクスルーを起こす道具はまだ手元にないというタイミングで生きた人と考えると、才能と研究に費やした並外れた努力に対し功績が比例していないのも理解できる
武田家は歴代親子が対立している。信玄だけではない
武田氏だけではなく源氏は共食いしませんか?暗い変な血が流れているような気がします。
源氏のお家芸
平氏は仲が良くて家を大事にするから平家と呼ばれるけど、源氏は源家と呼ばれないからね
@@zksk.N.ちひろ 「平家」は桓武平氏の中の、伊勢平氏グループの、さらにその中で権力を握った清盛の一門を指していますある特定の一門を指した言葉であって、「平氏は仲が良くて家を大事にするから平家と呼ばれている」わけではありませんむしろ、頼朝を挙兵から支えて平家と戦った大領主達は、平氏が多いです
@@福岡-q8t さんなるほど、不見識ですいませんm(_ _)mそして正しい知識をありがとうございます!
野口英世が浪費家という事は知っていたけど、肝心な研究成果も虚構なのかよ!
坂本龍馬に特化しての動画を希望します尊敬する人物にこの人を挙げている政治家、有名人にろくな奴はいない。
(・∀・)人(・∀・)ナカーマやっぱりそう思いますよね!!
ろくでも国会議員や政治家にかぎって、愛読書や尊敬する人物は「竜馬がゆく」で坂本龍馬が多いですね
@@しょうこみゅ 幕末、明治が明治政府の都合の良い教育に書き換えられた
@@poo5988 だれ?小泉進次郎だったら・・「安っす」w て思う
@@reegaw2669 いちおう検索したら、橋下徹、野田佳彦、孫正義がヒットした
坂本龍馬の実像で小説、ドラマ化しても幕末を生きた青年として むしろ身近に感じるかもしれない勝海舟の弟子であり、松平春嶽さんとも対面できる位置にもあったのから
野口英世については、せんだみつおさんが演じたダメ男のドラマが実に面白かった。
◇面白い考察。ただ信玄は高坂弾正からの聞き書き『甲陽軍鑑』によると”できた人物”であったことは分かる。
せっかく司馬遼太郎がフィクションだから“竜馬”って書いていたのにね。
司馬史観による過大評価は別として、坂本龍馬は別に小人だとは思わない。日本で初めての当たり屋だから胡散臭いのは否定しない、、、
武田信玄は間違い無く戦上手だし外交も内政も上手かった。ただ上杉謙信と何度も戦い過ぎた。史実から考えるなら徳川や織田が巨大化する前にそちらを先に攻め滅ぼしておくべきだった。ただ結果を知ってるから言えることなので、これを以て武田信玄は愚かだったとは言えない。
戦上手だがどこが外交が上手かったのか?勝頼がとばっちり食ってるだけだろう。
織田と徳川を攻め滅ぼすべきだったって簡単に言うなよ。ゲームじゃあるまいし。
@@かわら次郎 ですよね。財力違いすぎです。
@@carezzando7 知らなくてもある程度は言えるがな。
謙信が強すぎたのが誤算謙信は長篠の戦いの数年後に信長オールスター軍もフルボコにしている。
この動画はじめ 今を生きる俺たちよりは評価される。
信玄の同盟後の裏切りが四郎が武田氏を滅亡させた遠因ですね
四郎勝頼は信玄の裏切りのせいで周辺諸国からの武田家への信用が無くなってしまい、織田や徳川と和睦できなかったですからね。御館の乱で景虎に味方しなかった事を失策だったとされますけど、景虎が勝ったら景虎が北条氏政の弟ですから、上杉家を北条家が実質乗っ取る事になり、武田領が北と東を北条の勢力に挟まれてしまう。そうなったら北条が北と東から武田を挟み撃ちにしてくるかもしれないし、真田とかの北信濃や西上野に所領を持つ家臣達が離反してしまうかもしれない。そうならなかったとしても、武田と北条の力関係が崩れて武田が北条の属国のような扱いになってしまうかもしれないですし。
@@峻-k5kどのみち手詰まり
@@峻-k5k 北条氏政の性格、、そして上杉景虎が当主となった越後の混乱、北条家が越後に後詰を送っているだろう・・状況を考えれば、北条家の武田攻めは無いかな
龍馬さんは、手紙がいっぱいあるので奮闘してると思います。武田信玄は、家来をよく纏めていると思います。
武田信玄に関して拡大政策が失敗したから偉人ではないと言うなら豊臣秀吉も同じなんですけどね。しかも対徳川戦が失敗したのは自身の寿命ですからそれを理由に評価するのはどうかと思いますが。
そう思います。なんか今回のこの動画、偏っているというか・・浅い所が多いです野口英世の話もそうです誤解だから間違っていたから「ダメ」というけど、その「誤り」で歴史が動いていることを無視するのはゴシップみたいなものです。「歴史考察的」ではない
信長と同盟関係にあった後北条氏が辿った運命を考えると、武田信玄が選択した信長との対決という決断もあながち間違ってもない気もします。
織田信長を良く言いたいだけじゃない。
強かったのは事実でしょう
ノッブはあまり盛られていない側っすよ?どう考えても将軍なのに未だに認められていませんw
宗教ヤクザがクソなのは万国共通
信長は幸運に恵まれ過ぎていたから、ああいう代償を払う羽目になった。人間的に破綻していたからあんな最後になったんじゃないの。
坂本龍馬、野口英世は納得だけど、信玄はよりもっと誰かいそう。
野口清作は紙幣の肖像画に選ばれる人間ではなかったし、義務教育で見習うべき偉人でもなんでもなかった。どうして今頃になって真実が明るみに出たのか。寧ろ、昔の方が野口の素性を知る者が多く存在しただろうから、おかしいと指摘する人がいた気がするのだが。とにかく歴史なんて一部の人間の思惑によっていくらでも改ざんできてしまういい例だと思う。
ご母堂様の手紙、あれは泣けるね帰ってきてくだせいってやつ
信玄、タダの一地方の戦国大名じゃん?と思ってました。
やはり、川中島で勘助や信繁を失ったのが痛かった信玄公…(T . T)
@@特撮歴史大好き 甘利、板垣、信繁、勘助、義信、虎昌とかね。勝頼時代の長篠も含めるともっといるけど。
勘助は別にして、信繁を失ったのは大きいと思う。信繁は、家臣団と信玄の間のパイプ役だったと思う。信繁がいなくなってから、ガタガタしだしたように思う。
@@山下郁夫-u6h秀吉、秀長みたいな感じですかね😭
その信繁を討ったのが武田に領地を奪われた村上義清軍という説もあるからロマンがあるもし村上義清軍だとしたら武田を間接的に滅ぼしたとも言える
@@山下郁夫-u6h 山本勘助は、北条家に残されていた文書で、当家との外交折衝に携わっていたことが分っています。信繁は紛れもなく武田家の支柱、屋台骨ですが、信玄にとって山本勘助を失ったことは、「目」や「足」を失ったに等しかったかもしれませんそして、山本勘助の足跡を語る「甲陽軍鑑」も近年まで「江戸時代に書かれた小説」と言われていましたが、近年では春日虎綱が部下に筆記させた「真筆」であろうという見方が強まっています
野口英雄はお母さんも放ったらかしでしたね、お母さんが嘆く手紙を福島記念館で見ました。
武田信玄の解説中にたびたび「実力」という単語が出てくるが、「国力」とした方が適切だと思う。昔も今も生まれの貧富の差でその後の大勢が決まってしまう世知辛さ。
21:18 歴代の天才たち「いやぁ💦みんな一緒くたにしないで😨」
野口英世、貧乏生まれの貧乏暮らしで大金見るとぶっ飛んでしまう😊だがそれがいい!
もしも武田家の主従関係が本当に希薄であったとしたら、江戸時代になって書かれた「甲陽軍鑑」はあれほど武田家贔屓に書かれることはなかったでしょう。だって、その時点で既に武田家は滅んでおり、徳川幕府の庇護のもと書かれた書類であったわけで、当時徳川と対立していた武田家を美化しないようとてつもない圧力があったであろうことは容易に想像がつくからです。その圧力をはねのけてあの書類を書き上げたということはそれだけ主君に対する忠義があったのでなければ説明が付きません。
今現在生きてる人間ですら立場によっていろんな評価があるんだから、歴史上の人物に正しい評価なんて下せるわけがない、過大にせよ過小にせよあまり信じ込むなということ
吉川英治の小説はかなり影響力あっただろうな創作だと言っているのに色んな歴史上の人物そのイメージがついてしまった
鎌倉幕府設立を征夷大将軍の任命を取るか?守護地頭職を全国に設置を取るか?の違いですね。1192年か1185年かは?江戸幕府も家康が将軍任命で幕府設立なら1603年だし、実質を取るなら大坂の陣以降1615年です。後世のご都合主義かも、この判断は。
『江戸幕府は家康が将軍に任命された1603年』『鎌倉幕府は頼朝が守護地頭職を全国に設置した1185年』これじゃ『幕府』の定義がめちゃくちゃで、学問として成り立たないよ。
@@satosin2660 それはそうですね。征夷大将軍に任命された時に幕府なら、鎌倉幕府も頼朝が征夷大将軍任命の年にしないといけないし、実質を取るなら、江戸幕府も大坂の陣以降、1615年以降だし、家康は単に将軍宣下を受けただけの話になります。幕府ではない事になるよね。
@@yoshi0314kawai 『鎌倉時代』と『鎌倉幕府』を分けて、『鎌倉時代』は1185年で『鎌倉幕府』は1192年とかにすれば、そこら辺の問題も解消すると思うのですけどね。例えば鎌倉時代は、頼朝が守護地頭職を全国に設置した1185年から、承久の乱で鎌倉方が勝利し朝廷の権力を超えた1221年までは平安時代と並列表記、その上で鎌倉幕府は1192年からとすればよいと思います。それと同様、江戸時代は関ケ原の戦いで徳川家康が事実上の天下人となった1600年から、大坂夏の陣で豊臣が滅んだ1615年までは安土桃山時代と並列表記、その上で江戸幕府は1603年からとすればよいと思います。
武田信玄は越後の上杉、関東の北条、駿河の今川との関係をずっと引きずっていた上に新興勢力の織田・徳川が西に伸びていたから勢力伸長が難しく、武田家は鎌倉以来の名門がゆえの脱皮も難しかったから、領土拡張はあれが精いっぱい、武田信玄を高く評価したのは信長や家康だから武田が滅んだ後も高名そして子孫が後世まで残った。軍事力も強かったし、治山や河川改修などの内政も優れていたが、信長の成功を後世で知っている視点から見ると過大評価に見えてしまうというだけで、武田信玄は現在ほぼ真っ当な評価。坂本龍馬はやや過大、野口英世は評価が歪んでいる感じ。日本史では過小評価されている人は結構いるけど、過大評価されている人はそこまでいないような。近代以降は結構いるけど。いまホットな藤原道長は実績はあるし「望月」の逸話はあるけどやや過大評価かも。
幕末で過大評価されてると思うのは新選組と坂本竜馬てすね。
どん百姓からの成り上がりの土方とかもそうですよね。尹藤博文もでスミダ。。。。。
いや~~野口英世の話にはビックリした
野口英世は留学の金を横浜の遊郭で散財して留学できなかった話が何気に好き。北里先生に悟られて一念発起できたから偉人になれた。
「土佐の偉人といえばぱっと出てきまえん」、これこそ薩長史観。竜馬はたしかに過大評価だが、板垣退助、後藤象二郎、佐々木高行などは間違いなく維新の元勲。
ホント後藤の扱いが酷い(笑)
財界には三菱財閥の創始者 岩崎弥太郎がいる
薩長土肥というけれど、幕末最強の軍備を誇っていたのは肥前佐賀、最後に佐賀がついてきたから幕末の情勢は決したということ。伊藤博文などは長州閥のボスである木戸を見限って、大久保と大隈の下を行き来していて、最終的に大隈を見限って大久保についた。
@@賀申杰 薩長とか言ってるけど実質明治政府の最高実力者は、長州藩出身の山縣有朋、重要閣僚、知事、条約の締結は任命権は山縣有朋の許可任命権必要。、明治政府実権は長州藩出身の山縣有朋、寺内正毅が握る。西南戦争遠因となった、薩摩藩の武器火薬持ち出しを指示したのも山縣有朋です。
@@エンマンエンマン その時代の日本で「大砲の製造」という一点で鍋島藩の影響力は絶大なのですが、龍馬の評価しかり、随分と日本の歴史の評価は薩摩長州をアゲアゲしすぎてませんか?
坂本龍馬は「仮名手本忠臣蔵」と一緒。小説が史実になってしまった。龍馬暗殺に関しては、殺害方法のみで判断すると、私的怨恨または組織の裏金使い込みではないかと想像する。武市瑞山などの隠し金を持ち逃げしたがため、同じ謀りごとを画策していた一派の逆恨みをかった、なんてことであったら面白い(かな?)。
子供が読む偉人伝の話から野口が消えているらしい・・・クズ人間だというのがバレて、日本銀行も早々に紙幣の変更を余儀なくされたというのは、私の妄想です(笑)
薩長同盟の内容について木戸が龍馬の裏書きを求めたということは、少なくとも長州藩内では藩主や家老も含め龍馬がある程度信用される立場にあったということなので、足軽以下の身分である一浪人が短期間でなぜそんな立場になれたのか、そっちのほうが気になる
そこなんですよ。そこを読み解けば事実が分かってきます。木戸の裏書を求めた書簡は毛利公へ渡ったそうですから。
@@kazuhirosakamoto3115歴史家の間では龍馬は薩摩の使い走りに過ぎなかったと考えられていましたが,4年前西郷が薩長同盟の後土佐も倒幕に加わると長州に伝える為に(西郷の芝居)龍馬を利用する必要があるとの小松帯刀宛の書状が見つかっています,薩摩の龍馬を都合良く利用する一端が垣間見られます
歴史家の一坂太郎が、「木戸は本当は西郷の裏書が欲しかったが、それができないので龍馬に裏書を頼んだ。」という趣旨のことを書いているのを読んだ時、本当にこいつは歴史家かと思った。木戸にとっては、長州内で顔の売れており(久坂や高杉と懇意だったという意味でも)、しかも薩長両藩に属さない龍馬の裏書で十分だったのだ。十分だったからこそ、後日、長州侯も龍馬に謁見を許し、褒美を与えている「新説・坂本龍馬」(町田明広)。
土佐藩は2種類の人種の侍があり、原住民といえる長宗我部の家臣は下層武士として存在した。山内家は現在でも県民の人気はまったくない。
@@osamunagaya1739土佐の郷士ね。外から来た山内派からは差別されていたからね。
野口英世の真実が広まったあたりでお札からチェンジ決まったから、そうなんだなと
野口英世は加藤芳郎に似てる^_^
おっ!連想ゲームの白組のキャプテンの方ですよね!
海外では弥助が現在進行形ですね?笑
勘違いしてはいけないのは偉人=清廉潔白ではない時代を変えるほどの力を持った存在だという事英雄もいれば姦雄もいるそれが偉人と言われる
野口英世がくずだったのはその通りかもしれませんが、坂本龍馬の場合は過大評価だとしても、それは坂本龍馬のせいではないでしょう。彼の場合は別に彼自身が自分をえらく見せようとしていたわけではないし、「竜馬がゆく」は「龍馬がゆく」でないことからも分かるように、司馬遼太郎も架空の人物として書いています。それに、あの時代の龍馬は偉人とは言えないまでもそれなりの働きをしていたと思うし、今の時代の人間がとやかく言うのは龍馬に対して失礼だと思います。
提案なのですがじっくり紀行 細道にメンバーシップコンテンツ始めませんか?
3:13 この天地眼の武田信玄肖像画は初めて見ました不動明王尊によく見られますが、武田信玄に対する尊崇の念を込めたのでしょうね…
坂本龍馬については、話百倍に盛られた逸話だらけで何故こんなに人気があるのか理解できない。勝海舟こそもっと称賛されるべきだ。
明治維持後の活動を含め勝海舟はかなり評価されていると思う。それより勝と同じレベルで称賛されるべき山岡鉄舟の扱われ方がかわいそう
坂本龍馬に関しては司馬遼太郎の小説としての面白さ、NHK大河ドラマの影響があるのではと個人的に思います
勝は、KO大学創設者の福沢から裏切り者と言われているからなあ行動には結果あり、人には言わせておけて態度もデカイ
小栗上野介!
勝海舟も過剰評価されています
西郷隆盛「龍馬は真に天下の英傑なり」勝海舟「土佐では(人物と言えば)坂本龍馬と岩崎弥太郎の二人だった」伊藤博文「坂本は壮年有志の一個の傑出物」陸奥宗光「坂本は近世史上の一大傑物」大隈重信「維新の志士のうちで偉いと思う者は大していなかったが坂本だけには頭が下がった」今井信郎「土佐は恐るるに足らぬが一人の坂本が恐ろしい」俺等より同時代の偉人たちの方がよっぽど過大評価してるみたいだけどね
同時代を生きリアル坂本龍馬に接する機会を持った人物の評価こそ最も傾聴すべきものであり海舟、陸奥らの足元にも及ばない人たちが「実は……」などと言ってもなぁ
その言葉本当ですか?
本当のことは誰にもわからない。
最近?武田信玄の評価を下げる動画が増えてきてる気がする。自分は、別に山梨県出身では無いけど、山梨県の人からすれば、武田信玄は英雄なんだと思う。武田信玄が、戦国最強って言うのはおかしいと言う人もいるが、昔から好かれていたからそういう評価がされたんだと思う。戦国時代の事なんて現代人は、その時生きてないんだから誰にも解らないよ。なら、昔から、好かれて戦国最強の武田信玄で良いんじゃないかと思う。因みに、自分は山口県出身ですが、(なら、毛利元就を好きになれよって話だけど)戦国時代では、武田信玄が1番好きです。なので、これからどんな専門家が評価をしようが、自分の中では戦国最強は、武田信玄です。いつか、山梨県に行きたい。
好きな方には申し訳ないが、正直坂本龍馬には胡散臭さしか感じない。
戦後の司馬史観があまりにも悪影響を与えすぎた例のような気がする。
自分はこの動画に有るような龍馬否定説の流行が胡散臭いですね。大筋は決まってた?というのは大嘘。木戸は失望して去ろうとしていたし、会談が不調に終わり送別会が開かれようとした事も意図的に無視してる。それが坂本の到着1/21に急変してるのは史料上明らか。六箇条は木戸の回顧であって前日に決まってたなんて話は何処にも無い。この動画はデタラメ。
@@gyokarui7497 よく調べられてますね
@@gyokarui7497
否定が胡散臭い
西郷「今回は忍べ(懲罰受け入れよ)」&国事会談→木戸「空く(虚しく)在留」「相辞て去らん」→坂本到着→「良馬亦此席に倍」して六箇条(内容は回顧)って流れです。坂本が来てから同盟内容が変化し、木戸が納得。この動画はその通りになってない。
@@gyokarui7497 何らかの意図を感じますよね 歴史の改変を目論んでいるのでしょうか笑
野口英世の弁舌と借金を借りるスキルはまさしく天才的で、これは間違いないと思いますね。かの石油王ロックフェラーすらだまくらかしましたから。
現代でもそういう社長は世界中にいるよね
銀行や金融、ビットコなんてそんな才能で回ってる
時代が違えば実力者
英世はノーベル賞候補でした。死んだので受賞できなかった。それが全てです。
@@寧史小島ただの結婚詐欺を含めた借金王です
歴史好きをアピールしてる芸能人が坂本龍馬をヒーロー扱いして熱く語ってるの観ると冷やかな目で見てしまう。
野口先生は、それだけ放蕩三昧していても、医師や研究者になれたのだから、やはり天才。
こうしてみると、どの偉人も自ら虚像を築き上げたわけではなく、周囲に勝手に持ち上げられて下げられる、気の毒な面もあります。
野口英世は、細菌の論文を次々発表しました。途中、研究所の上司から研究不足の部分があるからと言われても発表したそうです。
彼が発表した論文は、最初の1、2文献が今でも正しいと認められていますが後の文献は、誤っているそうです。
最初の論文が良かったせいで、後の論文も新聞などに取り上げられて、盲目的に評価が上がってしまった。
NHKBS「フランケンシュタインの誘惑 科学史 闇の事件簿 科学者 野口英世」でそう述べられていました。
誤った論文を連発した。これが評価を下げていると思います。
おいらの友達は野口英世に感銘を受けて猛勉強をして医学部に入って医者になりました。今は立派な癌の専門医です。
野口英世は結果として本人を超える優秀な医者を生み出した偉人となってしまった
深いですね。
野獣先輩医学部生説
@@sotoyama_zeinikun 野獣先輩は日本が誇る偉人
@@武田大成-u4g 野口英世のタニマチで、多額の借金を野口英世から請求され血脇守之助さんは我孫子出身。
『評価』とは何でしょうね・・・
今の技術から見て
『・・実は発見していませんでした~~ 残念~~~(ワラワラ』
という、この動画見てやるせない気分です
貴方のコメを読んでなんだか浮かばれた気持ちになりました
野口英世が当時の日本人、後の日本人に希望を与えていたのは確かだと思います
それが野口英世の「過大評価」だとして
その癌の専門医さんを、『ざんね~~ん(藁』 という事にはならないと思うのです。
偉大な野口英世と偉大な現代の医師
武田信玄が過大評価だというのなら、信長秀吉家康意外で評価すべき戦国武将・大名だれもいなくなりますよ。それに領土拡張政策とか自転車操業とか言い出したら、当時、領土拡張政策無しに家臣を安定支配していた大名が誰なのか教えてください。本動画の武田信玄の解説においてウソは言っていないとは思いますが、これを持ってして信玄を「過大評価」というのはひどすぎませんか? それから信玄が信長にケンカを売らなかったら甲斐信濃は攻められなかったのですか? 別にケンカ売った訳ではない上杉や毛利も織田軍に攻め込まれているのですが・・・
じゅうぶん上杉も織田も信長にケンカ売ってますが…
あと領土拡張政策に舵を切らなかったのは上杉謙信ですね。そのために何度も家臣の謀反に遭ってますけど。
あとは上州を少しと、晩年に越中を領国化したくらいでは?
野口英世はアジア人差別の酷かったアメリカに単身渡米して
当時アメリカで猛威をふるってた毒蛇の血清作りの方が有名ですよね😊
蛇からの毒の採取方法が人間離れしてていかれてて好きです
てんぼうって言われてた自分の左手を小学校で見せてお涙頂戴でクラスの金持ちの家の友達から金借りて一切返さないでロックフェラー研究所ににげたんだっけ。
コロナ以降ワクチン自体眉唾です
アメリカに渡米・・・・
坂本龍馬=司馬遼太郎のフィクション
時代劇小説家のお話しやドラマを真に受けて有名人になった感が強すぎる。
竜馬がダントツトップだと思う
私もそう思う。高杉晋作の方が遥かに偉大
竜馬ではなく龍馬
坂本龍馬や野口英世は比較的新しい人なので一次資料を丹念にあたれば真実が明らかになるでしょう
肯定派も否定派も先入観を持たないことです
坂本龍馬は薩長に政府で遅れを取っていた土佐閥のプロパガンダで持ち上げられて脚色されただけって話もあるからね
@@42kamijo 同時代の人の評価
同郷の偉人・坂本龍馬を顕彰する銅像はおろか一柱の石碑も存在しないのを憂い、坂本龍馬生誕地近くに『阪本龍馬君顕彰碑を建立
坂本家の子孫が御礼に板垣家を訪れた際「今日の板垣があるのは、坂本龍馬、中岡慎太郎両先生のお蔭でございます。世間では兎角(武市)瑞山先生の陰に隠れてしまつてをりますが、就中(なかんずく)坂本先生の事績を広く正しく世間の人に知つて貰いたいと思ふてをります」と深々と礼をした
信玄の生涯を振り返ると、その時起きた出来事に対する対応力に長けているというか想定外のこともチャチャっと乗り越えてしまう印象で、だからこそ信玄が存命中は良いけど、ということだったんじゃないかなと思います。
信玄が不義理ばかり繰り返すから周辺大名の信用の無さ、特に信長は武田を絶対許さなかった面があるから勝頼時代周辺大名と上手くやれなかったのは北条以外に関しては信玄のせい
北条だけは勝頼のやらかし
武田鉄矢が原因だな。
『おーい竜馬』は山内家から「容堂を残虐に描きすぎだ」とクレームが入った問題作
野口英世は、子どもの時、読んだ伝記にも、金にだらしなかったことが強調されていた。
司馬遼太郎のせいだろう
@user-mn3ik7tl7n
私が読んだのは「火傷で片手が固まり、周りの子供達にいじめられた英世。息子の才能を信じて貧乏ながらも学費を稼ぐ為に、飲んだくれの旦那の代わりに働いた母の為に、医師になり親孝行した英世」 しか描かれておらず、「借金王」だったと知ったのは中田さんがテレビで解説してたからです
@@nunkomaretaそれに人斬り以蔵をやたら憎めないキャラにしてた。
武田信玄は別に過大評価ではないと思う。「当時の日本有数の領土を領有する大大名、治水の成功によって貧しい甲斐の農業生産の安定化に尽力、合議制の導入、金発掘、温泉の整備、独特の築城技術の開発、甲州法度の制定、三国同盟の締結」(諸説あり)などは、信玄の代の武田家で大きく進歩したり、成し遂げられたりしたことであり、戦国を代表する大名として評価されるのは妥当だと考えるからです。今川、織田、徳川との戦いは、天下統一のためには避けて通れないことであり、それを愚かとは言えないように感じます。信玄存命中は、それらの大名との戦いは有利に進めていましたし。。
ゲーム太閤立志伝で武田特有の能力風林火山が強すぎるから過大評価評価は仕方ない…
武田信玄が好きわけじゃ無いけど
@inoki0903さんに完全納得です。
実際に尾張三河連合の三河を撃ち破り、尾張を飲み込む寸前までいった。仮に最終的に信長に負けたとしても、もし家康が討ち取られていたら歴史は全く違ったものに成ってた。
近頃は本当の意味で明らかとも言えない発見された「新事実」で、全否定するこの動画のようなものが流行ってるが、歴史評価なんて「時代」で簡単にひっくり返る。このような動画が恥ずかしくなることだってある。
もし、病弱であった長尾晴景の直ぐ下の弟である景康や景健がもっとハピッとしていていたら、末弟である上杉謙信が家督を継ぐ事は無く僧侶として生涯を終えて居り、無論川中島合戦は起こり得ない訳じゃから武田信繁も武田義信も死ぬ事は無く、武田信玄の天下取りの可能性はかなり有ったでしょう😌!
本郷和人さん もし 生きていたら信長に負けていたと
それにしてもコレ見ると新千円札が野口から北里への変換ってのも因縁があって面白いな。
北里に入れなくてアメリカに行ったんだっけ?
師匠的存在の人に移った
北里柴三郎はドイツに残っていれば、ノーベル医学賞間違いなしの存在です。第1回ノーベル医学賞を受賞したフレミングはゴッホ研究所では北里の助手に過ぎませんでした。つまり当時のドイツの学会が北里の業績をフレミングのものとしてしまったのです。北里本人がその場にいればそんなことはできなかったのでしょうがね。
北里はアジア人差別主義を目一杯受けた被害者の一人です。ノーベル賞受賞さえ受賞していれば、もっと評価が高かったが欧米至上主義のため出来なかった。
本当に野口英世じゃなくて、北里柴三郎の伝記を拡めるべきなんだけどねぇ…
高知龍馬空港「そんないまさら・・・・」
高知って坂本龍馬がいっぱいいるかと思いきや、今はアンパンマン達なんですよね。
うどん県と同じ匂いを感じるなぁ😰
地元土佐の人にとっては偉大な人物なのです
たかだか、最近(150年前)の人物なのだから、
もし地元で評判悪くて嫌われているのならば銅像まで建てられんよね
でも実績で言ったら板垣退助空港だよね。
@@in7122
うどん県ってどんな匂いがするの?
野口英世のクズ伝説は渡辺淳一さんの「遠き落日」を読めばよくわかります。
今から40年近く前に読んで衝撃を受けた記憶があります。
映画化もされていますよね。主題歌は和田アキ子。
ダメっぷりが知れていますし、
現代の科学で功績が否定されているのでしょうが、『過大評価だ』と断じるこの動画には疑問が残ります
今のような『クールジャパン』囃されている時代ではなく、
極東の発展途上国であった当時の日本に、英世の業績が日本人の誇りだったのでしょう
当時の「評価」と「栄誉」は事実であり、
それを「過大評価だ」と切り捨てるならば、もっと見直さなければならない偉人は沢山いることになります
遊郭で借りたお金を散在って、イギリスの色街で日本政府から送金させては注ぎ込んでた尹藤博文と同じでスミダね。。
どうしようもないK-uzu!
野口の業績が否定されているというのはNHKの「フランケンシュタインの誘惑」を見て知りました。狂犬病も恩師にもっと研究しろと言われてるし黄熱病も研究所の同僚に違う病気の血液じゃないかと指摘されているのを無視して発表している。医学の歴史の教科書にも載っておらず偉大な科学者ではなく平均レベルという評価で、ある科学者の方は研究不正ではないかとも言っていました。
宮本武蔵も関ヶ原の初陣から島原の乱まで殆ど活躍していません、吉川英治が小説にしてから有名になりました。
@@ohkh6841 それは、佐々木小次郎が周防岩国の生まれだからじゃないの。
当時の兵法者の負けはおおむね4を意味するから生き残っただけでもすごいと言える。宮本武蔵は戦国最強と言われた水野勝成公に用心棒として雇われているからね。吉川武蔵は事実と異なり美化されているといわれるが、知れば知るほど宮本武蔵の凄さがわかるよ。
@@忠由吉田
だから何?
現状の宮本武蔵のイメージを作ったのは吉川英治で間違いないと思いますが、芝居だの講談だの浮世絵だのの題材にされていたので、江戸時代の段階で有名です
@@忠由吉田
はいはい
人の粗探しご苦労✋️
アドルフ・ヒトラーは「呑む・打つ・買う」どれもやらない真面目な方だったようです。
チャーチル「軍の押収品のマリファナなんて吸ったことないぞ!」
ルーズベルト「女性秘書4人を裸にしてホワイトハウスで乱痴気騒ぎなんてしていないぞ!」
スターリン「プルーフ80%以下は水だ!酔っぱらってべリアやジューコフを叱ったことは無いぞ!」
東條英機は部下思いで気配りの人。
部下や親族で東條英機を悪く言う人はいない。
政治家や軍首脳としては最低だけどね。
@@satosin2660
2番目としては最高
1番目としては最低
昔のアニメでトラップ一家物語というのがあったのですが酒場?で酒を呑まずいちごジュース?か何かを飲んでたのは覚えてる
誰もが認める清廉潔白な人物だったのに恐怖政治を牽いて人を断頭台に送りまくったロベス・ピエール
この三人に限らず偉人としてよく名前が挙がる人物の中には、テレビドラマや小説・漫画等で作られた人物像で評価されている人が少なからずいるよねえ。
武田信玄の父、信虎は逆に評価が見直されてきてるかな。
家督争いから国人衆との戦い、そして今川家の介入から甲斐を守り抜いた。
偉人と言われる人達は語られるうちに大なり小なり盛られていくし、悪役的な人は貶められますから
歴史の再評価がされると偉人は評価が落ちるし悪役は評価が上がるのはよくありますね。
日本じゃないけど三国志の諸葛亮や曹操が顕著な例かも。
確かに 寺田農さんが武田信虎公 主役の映画も公開されましたね
それも息子信玄より長生きしたというね
自分にとっては父方の祖父様でもある信虎の亡骸を手厚く葬り、立派なお墓までをも作らせたのも、信虎の孫に当たる勝頼(信玄の四男)だったとか。
@@大饗進 様 恐らくは面識も無かった筈 流石は 神の使者 諏訪家の出身 信義に厚い武将
司馬史観を否定するのはいいけど、なぜ大事な同盟の覚書の裏書を一介の脱藩浪人にさせたのだろう
そんな大したことない脱藩浪人を、大政奉還の混乱期に、わざわざ松平兄弟はなぜ見廻組を使って捕縛ではなく暗殺させたのだろう
龍馬の暗殺は、紀州藩との間に起きた船舶事故を巡る損害賠償の経緯にあると、勝手に思っている。見廻り組の暗殺は龍馬以外にもあるように思う。
薩長同盟の翌日に寺田屋で捕縛されそうになってるから、幕府側から眼つけられてた。つまりは、要注意人物としてマークされていた。
龍馬が無名だったとは、全然思っていない。
龍馬を暗殺したのは、薩摩だと思ってる。討幕派にとって、大政奉還推進派の龍馬は邪魔以外の何物でもない。
『たいした事ない』前提で話作ってるからボロクソ言うだけの動画ですよ
ネタにされている人が不憫に思います
伊東甲子太郎はどこで「見廻組が龍馬を狙っている」と知ったんだろ
坂本龍馬は盲目的に崇拝する人が多くて辟易する。竜馬と龍馬を分けている司馬遼太郎先生の意図を知ってほしい。
漫画のキャラを好きと言ってるのと同じことだからべつにいいんじゃね
竜馬ゆくが名作すぎたね。実際読んで竜馬崇拝したから
使う文字を変えて、『これは虚構だ』って言ってるんだよね。小説なんだから虚構だよね。
@@キョス-b2d ただ幕末を好きになるには司馬作品は読んだ方が良いよ
誰を崇拝しようと個人の自由
お前に迷惑かけてない
黙っとれ
この動画こそ「竜馬がゆく」より世に知れ渡ればいいのに。
高知出身だけど、胡散臭いやつだと前から思っていた。
土佐の偉人は長宗我部でいいよ。
文化財壊しまくったから四国では嫌われているらしいね
長曽我部は暗殺しすぎぃ~
三菱の創始者も土佐だったね
土佐の田舎っぺが四国を統一したのが良いのだ。
>>文化財壊しまくったから四国では嫌われているらしいね
山で隔絶されているから、四国の人間は他県同士仲が悪い(というか、興味がない)
だから嫌われても平気平気。
高知には
西川きよし師匠
間寛平師匠がいる。
龍馬は過大評価ではなく、司馬先生の大変優れた創作です。全てを史実ととらえる方が勉強不足😊。爽快な快男児のままで良いんですよ。
坂本龍馬は小説のヒットで偉人になった。野口英世は......伝記のおかげかなぁ。貧しい家の生まれ→幼児期に大やけど→身体障害を馬鹿にされ,いじめられ→でも勉強家で→(略)→医者になって....,というストーリー展開は ”学校(特に小学校)教育” の教材にはうってつけだもの。
伝記の影響はデカいと思います
また、亡くなった時期が昭和恐慌の入り口で、不況でした
死の翌年に映画『大学は出たけれど』が公開され、当時の子供向け雑誌を見ると、出世だ、資格だ、就職だと煽る通信講座の広告が盛りだくさんです
皆がなんとか自分だけは成功したいと思っていた時期に、「貧困から世界的な出世を遂げた」というサクセスストーリーが喧伝されたのは、イメージ敷衍に大きな影響があったかと思います
野口英世が生前に出版された自分の紹介本を読んで「オレはこんな聖人君子ではない‼」とブチギレるエピソードすこ
医者ですらないぞ
黄熱病の原因も間違ってたし
何も結果が出ていない男
@@aka6558
野口英世は医師免許は持っていた筈。当時は、医学部を卒業すれば自動的に医師免許が下付されたが、医学部を卒業しなかった者にも医師になる門戸が開かれていて、それが『医師国家試験』だった。野口英世は、自分が医師免許を得たのちに、自分と同じ時期に医師免許を得ようと苦学していた女学生に、骨格標本をプレゼントしたとの逸話がある。
確か、野口英世博士は、日本医科大学の通信教育で、勉強したはず。
小説を事実と信じることが、おかしいです。龍馬の責任では、ないです。
野口ひでーよ
座布団3枚🎉
そんな、ひでよは、平成の千円札の顔になり、師の北里先生が令和の千円札になったという。
@@欣求浄土-r7e 10枚あげて!!
それをいうなら「野々口清作」
野口は マジでクズだったようだな。
武田信玄が名将とされる理由は、軍事力というよりは領国経営が領民に評価されたのだよ。武士には表芸と本業がある。表芸は現代人が好きな戦国時代の戦もので描かれることが多いいが、本業としての本当の事績は震源堤として有名な甲府盆地の治水と灌漑により水害防止と農業生産高を飛躍的に増産し、経済基盤を固め領民を豊かにしたことによるのだよ。
でも信玄こそは中世以前の農民が足を踏み入れようとしなかった日本住血吸虫の重篤汚染地域を「開拓」してしまった。本質的には峡東の人だと思いますよ。峡西の本当の地理的問題には明るくなかったのだろう。息子の代でさらに峡西に軸足を移した挙げ句武田氏は滅亡する。
かつての名君の評価点は治水。信玄堤は台風19号でも堪えた。内政面も加味すれば、過大評価は言い過ぎでは。むしろ宮本武蔵を加えてほしい。彼が果たした歴史上の役割を教えていただきたい。歴史の辺縁で空回りしていたようにしか見えません。歴史の中心で空回りしていた新選組の方がまだマシ。坂本龍馬と野口英世は素直に同意。
ただの一武芸者ですから・・
二刀流を編み出しその名を歴史に残したサムライとして海外でも日本の首相より有名。
武蔵は別に自分がやりたいことをやっていただけだろう。
後にノーベル賞を取った方が、電子顕微鏡があったなら、この賞は野口博士のものだったでしょうと、話したとか。世界中の研究者が、逃げ出すなか、野口英世は、アフリカに乗り込み、そして命を落としました。
それは「戦車があれば武田信玄は天下を取った」とかいうようなもので。
@@東方光
寂しい奴だなあんた
中岡慎太郎の方がもっと評価されてもいいと思う。
元々は、中岡の方が標的の本命だったように感じる
@@Hayato_Takezawa 長州軍に義勇兵で参戦したりと、色々と戦場で戦っているし、政治的工作もしているので、幕府に目をつけらていたのも納得。
@@Hayato_Takezawa襲撃先が坂本龍馬の潜伏先ですからどうでしょうね。中岡は居合わせただけですし。
武田信玄〜父信虎を追放し自分が当主になると、信虎配下の家臣が信玄に付き武田家の実権を握り、今川家、北条家と三国同盟を
結んだが、今川義元が亡くなると、三国同盟を早速破棄し駿河の国に攻め入るも、自分自身途中で急死、後を継いだ武田勝頼は、旧今川家、北条家の援軍も無く呆気なく信長に惨敗。信玄が三国同盟破棄さえしなければ、旧今川家、北条家、他の反信長大名から援軍が来て結果違ったかも(^_^;)同盟条約破棄してる時点で当然他の大名から信用され無い。
坂本龍馬〜実際には薩長同盟は結んで無い、実際の薩長同盟結んだのは薩摩藩家老小松帯刀と土佐藩の中岡慎太郎。
日本最初の株式会社「亀山社中」作ったと言われているが、実際の日本最初の株式会社は小栗忠順の「兵庫商社」
「亀山社中」事体の南北戦争中古品在庫品扱う、「死の商人」この武器と錦旗で、日本人同士があらそう、悲劇の戊辰戦争が始まる。
影で長州藩、更にその後ろにグロバーリストが居る。
坂本龍馬、西郷隆盛、板垣退助、伊藤博文、大久保利通、勝海舟より小栗忠順の方が評価されるべき。
故郷を北川村ゆず王国にして、
料理の鉄人のスタッフロールにも登場させた。
野口の一番嫌いな所は、母からの会いたいと言う涙ながらの手紙をガン無視した事ですね。
@@sionberryz 実の母親を報道陣?に「あの人はお手伝いさんです。」と平然と言ったとか。
ちょっと、ここぞというところで信玄と信長を間違えないでくれ。頭めろめろになる
猪苗代に子供の時に三年居たけど、野口英世は地元じゃ散々言われてたw
地元のAUだろ。
でも猪苗代湖畔には野口英世記念館があり、傍らには生家が保存されています。たくさんの観光客が訪れ、猪苗代町は潤っています。
野口英世記念館に行ってきました。
悪評は無名に勝るともいうので・・・
感銘とまで行かなくても、野口の伝記は小学生の時は印象的でしたね。
今の若い者に聞いたら、野口英世もあまり知られていないようで・・・
@@zm2mokmt
地元で嫌われていたなら「野口英世記念館」建てられんよねw
龍馬も銅像立てられん 「龍馬空港」も造られん、
信玄も「桔梗 信玄餅」がロングセラーにならん。
猪苗代町には周遊券観光バス「ひでよくん号」が期間限定で運行されてます。
野口英世記念館には本名(清作)から英世に改名した経緯も展示されてます。ともあれ、地元では英雄です
野口英世は帰国時に血脇に金の懐中時計を買ってきたものの血脇の家族からはこの程度でチャラになる訳がないだろうと言われたとか借金の原因の芸者遊びで梅毒に罹患し、自分が死にたくないから研究したとかクズエピソードも人間らしくて好き
渋沢栄一は
無類の女好き
@@ガメオベラ-r5q 伊藤博文も
英雄色を好む…
というのは、一定以上の信用性のある経験則でしょうか?🤔
歴史に名を残す人に必要な要素の一つとしてバイタリティがあって
その要素が女にも向かって行くと。。
昔の千円札、伊藤博文も負けてない^_^
堤康次郎には負けるよ。
あれは本来、表に出てはいけないレベルだからね。
@@satosin2660
あの伊藤博文を超える奴がいたとはww
堤康次郎の話、聞かせてください。
そうよ、日本の医学界に何の貢献もしてない野口英世が公衆衛生の祖北里柴三郎先生より先にお札になるのはどうしても解せなかった。
野口英世より先に北里柴三郎先生をお札の肖像として採用すべきでしたね😂
司馬遼太郎の小説は面白いが、史実を歪ませているのは犯罪的だ。
坂本龍馬だけではない。
まあ歴史『小説』だからな。創作物なんだよ。大河ドラマも『ドラマ』なんだから創作物。『史実と違う』とか
言うヤツがいるけど、史実なんか誰にも分からない。
司馬遼、面白いからね、偉人にまでなっちゃったw
小説は面白くするために書いているわけで、司馬遼太郎が「ノンフィクション」と言い張っているわけではない。
面白くもない事実を並べ立てた小説なんて誰も読まないよ。
そんな事言ったらマザーテレサもガンジーもかなりヤバイ
エジソンもお願いします。
ガンジーは裏の顔もある。てだけで頑張ったのは間違いないでしょ?
マザーテレサやガンジーはどう評価するかという見方の問題だが、龍馬や野口などは実際は大した業績もないというところが違う。
マザー・テレサもガンジーもクリストファー·コロンブスもはったりは有ったけど結果を残してる
現代インドのガンジー評価はパキスタンとバングラデシュを独立させた無能ですね。
小学生の頃野口英世の伝記を読んで聖人だと思い感動したまま大人になったのに、まさかここで落とされるとは。
奔走も何もしてない大したことない人に大藩同士の盟約をかいたものに裏書を頼むわけないですよね。奔走も何もしてない人のことを大藩の重役についてた人たちが皆知っているというのもおかしいし、そもそも暗殺対象にもならないでしょう。史実と異なっている部分が多いのはそうかもしれないですが、せいぜい「実際には具体的にどのような働きをしたのかわかっていない」と結論付けるのが妥当なところなんじゃないでしょうか?土佐の下級浪士でどこの藩の正式な命や役割もあたえられておらず隠密行動ばかりとってた人間の記録がたくさん残ってるわけがない。
土佐の脱藩浪人としては名が売れていたから使われただけでしょ。
当時、裏書に相応しい人は沢山居た。例えば七卿落ちの公家などだ。にも関わらず単なる素浪人が裏書している。これは只事ではない。歴史的に花押(サイン)の重みを理解している人なら単なる名前の知られた素浪人が利用されたなど軽々しい意見は言えないだろう。素浪人の分散で裏書などさせてもらえるはずがないことは明白だからだ。
@@hisak4689 僕もそう思うんですよね
森鷗外屑だと思ってたけど、野口英世すげぇな……上には上がいる……
坂本龍馬が評価されるようになったのは、司馬遼太郎の『竜馬がゆく』以前に勝海舟の著した『氷川清話』が起源では?
勝は著作の中で薩長同盟について、「あれはすべて龍馬がやったのさ」と述べている。
その勝海舟も、過大評価どころか他者の功績を自身の手柄にするDQNな小物と判明しております。
明治初期に、土佐のローカル新聞が「地元の隠れた英雄を探せ」って感じで、坂本龍馬を見つけ出し連続小説を流したのが最初。
それが地元で大人気になり、全国紙が転載を始めようとする時、皇后の枕元の噂が広まる。
戦前は、歌まで作られ、小学校で歌わされる。
本当の意味で「作られた英雄」だわな。
俺は人間的に破綻している野口英雄とそのお母さんが好きです
周りの人々も迷惑かけられながらも憎めないところがあったのかもしれません
❌ 英雄
️⭕️ 英世
そんなコメ主さんにこの言葉を紹介しましょう。
野口英世がかつて勤務していた横浜検疫所の跡地に設置された碑文です。
「野口先生 あなたは永遠の母として 常に我々と共にある」
随分前に見たもので、語句に多少の違いはあるかも知れませんが、後進から慕われている人柄を感じました。
横浜市金沢区の長浜公園にあります。
@@まんまるあやちゃん 英世は努力と天災の人で時として魔が差す人だった。その母親は子をだれよりも思う偉い方だった
大体が司馬遼太郎サイドに責任があるんじゃないでしょうか?
司馬遼太郎になぜ責任あるの?
どうすればそう言う考え方になるのか不思議
歴史家でもない小説家の司馬遼太郎にどんな責任があるのでしょうか?一次史料だけで歴史小説を書いた作家なんているんですか?
@@namihey0402 小説をヒットさせる為には嘘でもねつ造でもスーパーマンの主役がいなきゃいけねーだろ?
高知県民でも名前すら知らなかった竜馬を何でも出来る国民的スーパースターにしたのは司馬遼太郎だって事だよ。
@@soixante-sept-w5c ネットすら無い時代に司馬遼太郎が完璧超人の竜馬や新撰組を小説で書いてしまった結果、国民が書いた全てを本気で信じてしまったて訳だろ。
そこまで説明してやらなきゃいけねーのかよwwwww
司馬遼太郎さんは少し間違えたらあれ詐欺師ですよ。つまり捏造歴史師なんです。それを頭に入れてから読むなら楽しみとしてはいいかも知れませんんね。🥲
ハリボテ三人衆と言うと、坂本龍馬・野口英世は賛成ですが、私は吉田松陰を推したいですね。
吉田松陰は活躍する時期が短すぎて、弟子たちが活躍して「私の今の出世は吉田先生のおかげ」と宣伝したことで過大評価に繋がっている。
龍馬が残したと言われる「世の人は我を何とも言わば言え、我がなすことは我のみぞ知る」という壮大な句だけは評価します。
投稿お疲れ様です!
サムネの真ん中は誰?と思ってクリックしました🙂
野口英世博士の本当に破天荒な生き方を知れば知るほど大好きになって引き込まれていきますよ。お金の問題、よく刺されませんでしたね。えげつないじゃ無いですか。血脇さんはもっともっと評価されるべきでしょう。まぁ凡人にはまったく理解出来ませんレベルですけど。1000円札に推薦した人は天才。🤣😀💨
彼のあだ名は男芸者で貸したお金踏み倒されても何故か憎めなかったそうです。
私のFBFのお爺さんの実家が金貸しで、野口英世のお母さんにお金貸してたそうです。
野口英世について「電子顕微鏡の発明という生物学の革命が起こる夜明け前という過渡期に、光学顕微鏡による研究手法で挑まざるを得なかった天才」と評したのを見たことがある
光学顕微鏡により解明できる部分はあらかた掘り尽くされていたのに、ブレイクスルーを起こす道具はまだ手元にないというタイミングで生きた人と考えると、才能と研究に費やした並外れた努力に対し功績が比例していないのも理解できる
武田家は歴代親子が対立している。信玄だけではない
武田氏だけではなく源氏は共食いしませんか?暗い変な血が流れているような気がします。
源氏のお家芸
平氏は仲が良くて家を大事にするから平家と呼ばれるけど、源氏は源家と呼ばれないからね
@@zksk.N.ちひろ 「平家」は桓武平氏の中の、伊勢平氏グループの、さらにその中で権力を握った清盛の一門を指しています
ある特定の一門を指した言葉であって、「平氏は仲が良くて家を大事にするから平家と呼ばれている」わけではありません
むしろ、頼朝を挙兵から支えて平家と戦った大領主達は、平氏が多いです
@@福岡-q8t さん
なるほど、不見識ですいませんm(_ _)m
そして正しい知識をありがとうございます!
野口英世が浪費家という事は知っていたけど、肝心な研究成果も虚構なのかよ!
坂本龍馬に特化しての動画を希望します
尊敬する人物にこの人を挙げている政治家、有名人にろくな奴はいない。
(・∀・)人(・∀・)ナカーマ
やっぱりそう思いますよね!!
ろくでも国会議員や政治家にかぎって、愛読書や尊敬する人物は「竜馬がゆく」で坂本龍馬が多いですね
@@しょうこみゅ 幕末、明治が明治政府の都合の良い教育に書き換えられた
@@poo5988
だれ?
小泉進次郎だったら・・「安っす」w て思う
@@reegaw2669 いちおう検索したら、橋下徹、野田佳彦、孫正義がヒットした
坂本龍馬の実像で小説、ドラマ化しても幕末を生きた青年として むしろ身近に感じるかもしれない
勝海舟の弟子であり、松平春嶽さんとも対面できる位置にもあったのから
野口英世については、せんだみつおさんが演じたダメ男のドラマが実に面白かった。
◇面白い考察。ただ信玄は高坂弾正からの聞き書き『甲陽軍鑑』によると
”できた人物”であったことは分かる。
せっかく司馬遼太郎がフィクションだから“竜馬”って書いていたのにね。
司馬史観による過大評価は別として、坂本龍馬は別に小人だとは思わない。
日本で初めての当たり屋だから胡散臭いのは否定しない、、、
武田信玄は間違い無く戦上手だし外交も内政も上手かった。
ただ上杉謙信と何度も戦い過ぎた。
史実から考えるなら徳川や織田が巨大化する前にそちらを先に攻め滅ぼしておくべきだった。
ただ結果を知ってるから言えることなので、これを以て武田信玄は愚かだったとは言えない。
戦上手だがどこが外交が上手かったのか?
勝頼がとばっちり食ってるだけだろう。
織田と徳川を攻め滅ぼすべきだったって簡単に言うなよ。ゲームじゃあるまいし。
@@かわら次郎
ですよね。
財力違いすぎです。
@@carezzando7 知らなくてもある程度は言えるがな。
謙信が強すぎたのが誤算
謙信は長篠の戦いの数年後に信長オールスター軍もフルボコにしている。
この動画はじめ 今を生きる俺たちよりは評価される。
信玄の同盟後の裏切りが四郎が武田氏を滅亡させた遠因ですね
四郎勝頼は信玄の裏切りのせいで周辺諸国からの武田家への信用が無くなってしまい、織田や徳川と和睦できなかったですからね。
御館の乱で景虎に味方しなかった事を失策だったとされますけど、景虎が勝ったら景虎が北条氏政の弟ですから、上杉家を北条家が実質乗っ取る事になり、武田領が北と東を北条の勢力に挟まれてしまう。
そうなったら北条が北と東から武田を挟み撃ちにしてくるかもしれないし、真田とかの北信濃や西上野に所領を持つ家臣達が離反してしまうかもしれない。
そうならなかったとしても、武田と北条の力関係が崩れて武田が北条の属国のような扱いになってしまうかもしれないですし。
@@峻-k5k
どのみち手詰まり
@@峻-k5k
北条氏政の性格、、そして上杉景虎が当主となった越後の混乱、
北条家が越後に後詰を送っているだろう・・状況を考えれば、北条家の武田攻めは無いかな
龍馬さんは、手紙がいっぱいあるので奮闘してると思います。武田信玄は、家来をよく纏めていると思います。
武田信玄に関して拡大政策が失敗したから偉人ではないと言うなら豊臣秀吉も同じなんですけどね。
しかも対徳川戦が失敗したのは自身の寿命ですからそれを理由に評価するのはどうかと思いますが。
そう思います。
なんか今回のこの動画、偏っているというか・・浅い所が多いです
野口英世の話もそうです
誤解だから間違っていたから「ダメ」というけど、
その「誤り」で歴史が動いていることを無視するのはゴシップみたいなものです。
「歴史考察的」ではない
信長と同盟関係にあった後北条氏が辿った運命を考えると、武田信玄が選択した信長との対決という決断もあながち間違ってもない気もします。
織田信長を良く言いたいだけじゃない。
強かったのは事実でしょう
ノッブはあまり盛られていない側っすよ?どう考えても将軍なのに未だに認められていませんw
宗教ヤクザがクソなのは万国共通
信長は幸運に恵まれ過ぎていたから、ああいう代償を払う羽目になった。人間的に破綻していたからあんな最後になったんじゃないの。
坂本龍馬、野口英世は納得だけど、信玄はよりもっと誰かいそう。
野口清作は紙幣の肖像画に選ばれる人間ではなかったし、義務教育で見習うべき偉人でもなんでもなかった。
どうして今頃になって真実が明るみに出たのか。寧ろ、昔の方が野口の素性を知る者が多く存在しただろうから、
おかしいと指摘する人がいた気がするのだが。
とにかく歴史なんて一部の人間の思惑によっていくらでも改ざんできてしまういい例だと思う。
ご母堂様の手紙、あれは泣けるね
帰ってきてくだせいってやつ
信玄、タダの一地方の戦国大名じゃん?と思ってました。
やはり、川中島で勘助や信繁を失ったのが痛かった信玄公…(T . T)
@@特撮歴史大好き 甘利、板垣、信繁、勘助、義信、虎昌とかね。勝頼時代の長篠も含めるともっといるけど。
勘助は別にして、信繁を失ったのは大きいと思う。信繁は、家臣団と信玄の間のパイプ役だったと思う。信繁がいなくなってから、ガタガタしだしたように思う。
@@山下郁夫-u6h秀吉、秀長みたいな感じですかね😭
その信繁を討ったのが武田に領地を奪われた村上義清軍という説もあるからロマンがある
もし村上義清軍だとしたら武田を間接的に滅ぼしたとも言える
@@山下郁夫-u6h
山本勘助は、北条家に残されていた文書で、当家との外交折衝に携わっていたことが分っています。
信繁は紛れもなく武田家の支柱、屋台骨ですが、
信玄にとって山本勘助を失ったことは、「目」や「足」を失ったに等しかったかもしれません
そして、山本勘助の足跡を語る「甲陽軍鑑」も近年まで「江戸時代に書かれた小説」と言われていましたが、
近年では春日虎綱が部下に筆記させた「真筆」であろうという見方が強まっています
野口英雄はお母さんも放ったらかしでしたね、お母さんが嘆く手紙を福島記念館で見ました。
武田信玄の解説中にたびたび「実力」という単語が出てくるが、「国力」とした方が適切だと思う。昔も今も生まれの貧富の差でその後の大勢が決まってしまう世知辛さ。
21:18 歴代の天才たち「いやぁ💦みんな一緒くたにしないで😨」
野口英世、貧乏生まれの貧乏暮らしで大金見るとぶっ飛んでしまう😊
だがそれがいい!
もしも武田家の主従関係が本当に希薄であったとしたら、江戸時代になって書かれた「甲陽軍鑑」はあれほど武田家贔屓に書かれることはなかったでしょう。
だって、その時点で既に武田家は滅んでおり、徳川幕府の庇護のもと書かれた書類であったわけで、当時徳川と対立していた武田家を美化しないようとてつもない圧力があったであろうことは容易に想像がつくからです。
その圧力をはねのけてあの書類を書き上げたということはそれだけ主君に対する忠義があったのでなければ説明が付きません。
今現在生きてる人間ですら立場によっていろんな評価があるんだから、歴史上の人物に正しい評価なんて下せるわけがない、過大にせよ過小にせよあまり信じ込むなということ
吉川英治の小説はかなり影響力あっただろうな
創作だと言っているのに色んな歴史上の人物そのイメージがついてしまった
鎌倉幕府設立を征夷大将軍の任命を取るか?守護地頭職を全国に設置を取るか?の違いですね。1192年か1185年かは?江戸幕府も家康が将軍任命で幕府設立なら1603年だし、実質を取るなら大坂の陣以降1615年です。後世のご都合主義かも、この判断は。
『江戸幕府は家康が将軍に任命された1603年』
『鎌倉幕府は頼朝が守護地頭職を全国に設置した1185年』
これじゃ『幕府』の定義がめちゃくちゃで、学問として成り立たないよ。
@@satosin2660
それはそうですね。征夷大将軍に任命された時に幕府なら、鎌倉幕府も頼朝が征夷大将軍任命の年にしないといけないし、実質を取るなら、江戸幕府も大坂の陣以降、1615年以降だし、家康は単に将軍宣下を受けただけの話になります。幕府ではない事になるよね。
@@yoshi0314kawai
『鎌倉時代』と『鎌倉幕府』を分けて、『鎌倉時代』は1185年で『鎌倉幕府』は1192年とかにすれば、そこら辺の問題も解消すると思うのですけどね。
例えば鎌倉時代は、頼朝が守護地頭職を全国に設置した1185年から、承久の乱で鎌倉方が勝利し朝廷の権力を超えた1221年までは平安時代と並列表記、その上で鎌倉幕府は1192年からとすればよいと思います。
それと同様、江戸時代は関ケ原の戦いで徳川家康が事実上の天下人となった1600年から、大坂夏の陣で豊臣が滅んだ1615年までは安土桃山時代と並列表記、その上で江戸幕府は1603年からとすればよいと思います。
武田信玄は越後の上杉、関東の北条、駿河の今川との関係をずっと引きずっていた上に新興勢力の織田・徳川が西に伸びていたから勢力伸長が難しく、武田家は鎌倉以来の名門がゆえの脱皮も難しかったから、領土拡張はあれが精いっぱい、武田信玄を高く評価したのは信長や家康だから武田が滅んだ後も高名そして子孫が後世まで残った。軍事力も強かったし、治山や河川改修などの内政も優れていたが、信長の成功を後世で知っている視点から見ると過大評価に見えてしまうというだけで、武田信玄は現在ほぼ真っ当な評価。坂本龍馬はやや過大、野口英世は評価が歪んでいる感じ。日本史では過小評価されている人は結構いるけど、過大評価されている人はそこまでいないような。近代以降は結構いるけど。いまホットな藤原道長は実績はあるし「望月」の逸話はあるけどやや過大評価かも。
幕末で過大評価されてると思うのは新選組と坂本竜馬てすね。
どん百姓からの成り上がりの土方とかもそうですよね。
尹藤博文もでスミダ。。。。。
いや~~野口英世の話にはビックリした
野口英世は留学の金を横浜の遊郭で散財して留学できなかった話が何気に好き。北里先生に悟られて一念発起できたから偉人になれた。
「土佐の偉人といえばぱっと出てきまえん」、これこそ薩長史観。竜馬はたしかに過大評価だが、板垣退助、後藤象二郎、佐々木高行などは間違いなく維新の元勲。
ホント後藤の扱いが酷い(笑)
財界には三菱財閥の創始者 岩崎弥太郎がいる
薩長土肥というけれど、幕末最強の軍備を誇っていたのは肥前佐賀、最後に佐賀がついてきたから幕末の情勢は決したということ。伊藤博文などは長州閥のボスである木戸を見限って、大久保と大隈の下を行き来していて、最終的に大隈を見限って大久保についた。
@@賀申杰 薩長とか言ってるけど実質明治政府の最高実力者は、長州藩出身の山縣有朋、重要閣僚、知事、条約の締結は任命権は山縣有朋の
許可任命権必要。、明治政府実権は長州藩出身の山縣有朋、寺内正毅が握る。
西南戦争遠因となった、薩摩藩の武器火薬持ち出しを指示したのも山縣有朋です。
@@エンマンエンマン
その時代の日本で「大砲の製造」という一点で鍋島藩の影響力は絶大なのですが、
龍馬の評価しかり、随分と日本の歴史の評価は薩摩長州をアゲアゲしすぎてませんか?
坂本龍馬は「仮名手本忠臣蔵」と一緒。小説が史実になってしまった。
龍馬暗殺に関しては、殺害方法のみで判断すると、私的怨恨または組織の裏金使い込みではないかと想像する。武市瑞山などの隠し金を持ち逃げしたがため、同じ謀りごとを画策していた一派の逆恨みをかった、なんてことであったら面白い(かな?)。
子供が読む偉人伝の話から野口が消えているらしい・・・
クズ人間だというのがバレて、日本銀行も早々に紙幣の変更を余儀なくされたというのは、私の妄想です(笑)
薩長同盟の内容について木戸が龍馬の裏書きを求めたということは、少なくとも長州藩内では藩主や家老も含め龍馬がある程度信用される立場にあったということなので、足軽以下の身分である一浪人が短期間でなぜそんな立場になれたのか、そっちのほうが気になる
そこなんですよ。そこを読み解けば事実が分かってきます。
木戸の裏書を求めた書簡は毛利公へ渡ったそうですから。
@@kazuhirosakamoto3115歴史家の間では龍馬は薩摩の使い走りに過ぎなかったと考えられていましたが,4年前西郷が薩長同盟の後土佐も倒幕に加わると長州に伝える為に(西郷の芝居)龍馬を利用する必要があるとの小松帯刀宛の書状が見つかっています,薩摩の龍馬を都合良く利用する一端が垣間見られます
歴史家の一坂太郎が、「木戸は本当は西郷の裏書が欲しかったが、それができないので龍馬に裏書を頼んだ。」という趣旨のことを書いているのを読んだ時、本当にこいつは歴史家かと思った。木戸にとっては、長州内で顔の売れており(久坂や高杉と懇意だったという意味でも)、しかも薩長両藩に属さない龍馬の裏書で十分だったのだ。十分だったからこそ、後日、長州侯も龍馬に謁見を許し、褒美を与えている「新説・坂本龍馬」(町田明広)。
土佐藩は2種類の人種の侍があり、原住民といえる長宗我部の家臣は下層武士として存在した。
山内家は現在でも県民の人気はまったくない。
@@osamunagaya1739
土佐の郷士ね。
外から来た山内派からは差別されていたからね。
野口英世の真実が広まったあたりでお札からチェンジ決まったから、そうなんだなと
野口英世は加藤芳郎に似てる^_^
おっ!連想ゲームの白組のキャプテンの方ですよね!
海外では弥助が現在進行形ですね?笑
勘違いしてはいけないのは
偉人=清廉潔白ではない
時代を変えるほどの力を持った存在だという事
英雄もいれば姦雄もいる
それが偉人と言われる
野口英世がくずだったのはその通りかもしれませんが、
坂本龍馬の場合は過大評価だとしても、それは坂本龍馬のせいではないでしょう。
彼の場合は別に彼自身が自分をえらく見せようとしていたわけではないし、「竜馬がゆく」は「龍馬がゆく」でないことからも分かるように、
司馬遼太郎も架空の人物として書いています。
それに、あの時代の龍馬は偉人とは言えないまでもそれなりの働きをしていたと思うし、今の時代の人間がとやかく言うのは龍馬に対して失礼だと思います。
提案なのですがじっくり紀行 細道にメンバーシップコンテンツ始めませんか?
3:13
この天地眼の武田信玄肖像画は初めて見ました
不動明王尊によく見られますが、武田信玄に対する尊崇の念を込めたのでしょうね…
坂本龍馬については、話百倍に盛られた逸話だらけで何故こんなに人気があるのか理解できない。
勝海舟こそもっと称賛されるべきだ。
明治維持後の活動を含め勝海舟はかなり評価されていると思う。それより勝と同じレベルで称賛されるべき山岡鉄舟の扱われ方がかわいそう
坂本龍馬に関しては司馬遼太郎の小説としての面白さ、NHK大河ドラマの影響があるのではと個人的に思います
勝は、KO大学創設者の福沢から裏切り者と言われているからなあ
行動には結果あり、人には言わせておけて態度もデカイ
小栗上野介!
勝海舟も過剰評価されています
西郷隆盛「龍馬は真に天下の英傑なり」
勝海舟「土佐では(人物と言えば)坂本龍馬と岩崎弥太郎の二人だった」
伊藤博文「坂本は壮年有志の一個の傑出物」
陸奥宗光「坂本は近世史上の一大傑物」
大隈重信「維新の志士のうちで偉いと思う者は大していなかったが坂本だけには頭が下がった」
今井信郎「土佐は恐るるに足らぬが一人の坂本が恐ろしい」
俺等より同時代の偉人たちの方がよっぽど過大評価してるみたいだけどね
同時代を生きリアル坂本龍馬に接する機会を持った人物の評価こそ最も傾聴すべきものであり海舟、陸奥らの足元にも及ばない人たちが「実は……」などと言ってもなぁ
その言葉本当ですか?
本当のことは誰にもわからない。
最近?武田信玄の評価を下げる動画が増えてきてる気がする。自分は、別に山梨県出身では無いけど、山梨県の人からすれば、武田信玄は英雄なんだと思う。武田信玄が、戦国最強って言うのはおかしいと言う人もいるが、昔から好かれていたからそういう評価がされたんだと思う。戦国時代の事なんて現代人は、その時生きてないんだから誰にも解らないよ。なら、昔から、好かれて戦国最強の武田信玄で良いんじゃないかと思う。因みに、自分は山口県出身ですが、(なら、毛利元就を好きになれよって話だけど)戦国時代では、武田信玄が1番好きです。なので、これからどんな専門家が評価をしようが、自分の中では戦国最強は、武田信玄です。いつか、山梨県に行きたい。