219<ゆっくり解説>二代目 日産 バイオレット「曲線・曲面からシャープな直線に大変身したのに・・・」「サファリ4連覇の偉業は伊達じゃない!」「ラリーの日産の黄金時代はバイオレットだった」
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- Опубліковано 1 жов 2024
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メーカー別に分類しており見やすいと思います!
是非のぞいてみて下さい。
みんなを夢中にしワクワクさせたあの名車たちをゆっくり解説いたします。
現在の車には無い生き生きした個性を放った当時の名車たち
「懐かしいなぁ」「俺乗ってたぜ!」とノスタルジーに浸っていただけたら嬉しいです。
この動画を見られた後にこの車のCMを見てください。
そして、当時カーステで聞いていた曲を検索すれば青春時代にタイムスリップできます。
よろしくお願いいたします。
FREE BGM "ほんわかぷっぷー" by もっぴーさうんど
dova-s.jp/bgm/...
A10バイオレット結構好きだった
510というより初代ローレルに通じる質感と上品さがあったと思う
A10バイオレットといえば、かつての日産オールスターズが出演した昭和の刑事ドラマ西部警察。
鹿児島ロケでは810ブルーバードと共に逃走する犯人車。追いつめられて大門団長のレミントンを被弾し
お約束の横転から爆発でしたね。その他、静岡ロケでは珍しいバンが出演してましたね。
2代目バイオレットと初代バイオレットオースターそして初代スタンザ
一時期亡くなった父親がスタンザにしようか迷っていました。バイオレットとバイオレットオースターは兄弟車で、初代スタンザはどちらかといえばフロント除いてブルーバードの810の兄弟車に近いかなと思います。
途中で出てくるリアサスの図、ラテラルロッドが付いてるので別車では?
バイオレットのはアッパーリンクを斜めに配置してラテラルロッドを廃してます。
ラリーでは公認を取り直してラテラルロッド付きの5リンクにしてました。
まんま510の焼き直しで新鮮味がなかった、SSSがなかった、力のないNAPS,L型エンジンに燃費重視のバカ高いファイナルレシオを
与えて乗りにくい車になってしまった。当時、711からの乗り換えで迷った結果ランサーEXを買いました。バイオレットは価格も高かった。
あと、L16にはキャブレターの100PS, Z16にはキャブ95PS仕様もありますよ。
このオースター見ると、日テレの「大追跡」思い出します。
初の愛車、中古の1600GLの4速に乗ってました。車両5万円、諸費用6万円の計11万円とお財布に優しい車でした。
バイオレット、オースター、スタンザ、不人気車の代名詞だった。
モデルチェンジしても、その名前だけでマイナスイメージで、結局売れなかった。
日産のこのクラスは売れないジンクスなのかと思いきや、その後ケチのついた名前を捨てて、ブリメーラを出したら、これはヒットした。
プリメーラは車としても良かったし、三兄弟車にしなかったのも成功の要因だろう。
この頃売れっ子になった辛口自動車評論家はとくに後方視界に敏感で
著書で初代を徹底的にこき下ろしたら
反応したかのようにマイチェンで後方のデザインを変えたので驚きました
🙋♀️2代目バイオレットを観て常に先ず☝感じるコト!
それはモチ外観のデザインから!510ブルバよりか⁉️H130型のセドリックのビッグ・マイナー系の方が断然近いと思いますね‼️実際!僕自身旧車の魅力にハマって25年位以前に130セドリックを所有してましたもので!毎日気が済むまで眺めていた😘💕💕💕💕そのデザイン面を思い出しても!逆スラントにフロントマスクのグリル周りやエッジの効いた👍️前後のアイアン・バンパーの仕上がり観で!あのピニンファリーナ独特の拘りデザインが2代目バイオレットにそのまま受け継がれて⁉️所謂☝スモール・ダウンされた様な?雰囲気を醸し出していると感じますね‼️🙆♀️
2代目バイオレットは、僕の中学校の英語の先生が乗っていました。また、西部警察part2とPart 3で、破壊されていました。また、オースターは、ドラマ大追跡で、藤竜也さんの専用車として活躍していました。
今現在1600CSEL乗ってます🎶
普通にキビキビ走るとてもいい車ですよ
昔の人は見る目が無かったのかなと思いながら楽しんで乗ってまーす笑
社会人になって初めて購入した車がバイオレットPA11 5ドアハッチバック 車体色は黄色
今でも思い入れのある大好きな車です。左右のフロントフェンダーに付いていた「VIOLET」のエンブレムを輸出車用の純正部品であった「DATSUN 510」に付け替えていました。
結局710型バイオレットという余計な回り道をして、リアサスが独立懸架からリジッドに変更された下位互換版510型ブルーバードに戻っただけだった。装備を除けば進歩どころが退歩。
だからブルーバードがあるのよ。A10バイオレットにブルーバードを求める人はいない。
解りやすく言うと「住み分け」
@@伊藤雲黒斎
そこに気を取られてライバルのカリーナの成功を黙って見過ごしてしまった。スタンザもミニセドリックでは無くセドリックオーナーの奥さんに向けた設定やモーター店のエントリーモデルとして育てるべきだった。ローレルを最初から日産店扱いにしなかったのが悪手だった。そこでみすみすマークⅡに客を取られ、日産店のブルからのステップアップ需要を拾えずブルUで大型化して失敗、510後継の710はクセ強デザインが不人気でこの結果…
もう少しパワーのあるエンジンを搭載すれば、人気は出たかも知れません。ラリーバージョンはサファリラリーで優勝した車なのですから…
このスタイル好きなんだけどなあ人気無かったのか
5ドアハッチバックもいいのに
昭和54年、私が22歳の時に父親がスタンザ1800MAXIMA GT-Eを購入しました。パワーウインドウこそ無かったもののパネルライトコントロール、デジタルクロック、FMラジオ付きカセットオーディオ、ヘッドライトマーカーランプ等まさに『ミニセドリック』と言われたように豪華装備でした😂 今でも当時のカタログを大切に保管してます😂
A10系ってカッコ良くなったと思ったのですが?意外と伸びなかったですね。バイオレットとスタンザには乗ってる人が居ました。
父がA11 オースター1.6CS(シルバー)に10年間乗っていました。
町中で同じ車を見かけると嬉しくなったものです。
2:14
セダンは大追跡の覆面車で活躍。
(UA-camで大追跡 覆面車で検索)
撮影トラブルでフロント大破
代車としてマルチクーペが
チョロッと活躍。
今回は日産バイオレット2代目モデルですね。通称追浜アウディですね。スタンザオースターもありましたね。510系ブルーバードのようなスタイルになりましたね。個人的に好きな車の一台です。私ならバイオレットでしょうね。販売面では残念ながらハッチバックは売れず、まあサニーカルフォルニアがあるから、でもいい車ですよ。初代バイオレットも好きな車ですね。スタンザオースターバイオレットその後リベルタリラになってその後に日産プリメーラになるのですね。私は日産バイオレットスタンザオースターの2代目モデルのデザインが大好きです。私がこの車が現役で販売されている時に若かったら運転したい車です。ラリーでも暴れた車です。
当時、510ブルというよりは130セドリック(後期)に似てると思った。
1:57 5ドアはマイナーチェンジ後に
追加されてるし、バンは
最初から設定されてたよ。
この3車の中ではTVCMの影響でオースター、CS放送で繰り返し特集が流されたスタンザFXの印象が強く残っています。
世界戦略車でありその役割は果たしたと思います。中にはその国の保安基準の関係で丸目2灯のバイオレットまで存在したとか。
しかし当時の日本では中途半端なサイズで受け入れられませんでしたね。
サファリラリー4連覇で素性の良さを証明したPA10バイオレット
ブルーバードから完全独立したこともあって「A10」という形式になった
メキシコだとDATSUN(NISSAN) SAMURAI(ダットサン/ニッサン・サムライ)という車名だった。
自分の父親が姉妹車のPA10・オースター1600CS(ボディカラーはメタリックブラウン系)に乗ってましたね。510ブルーバードからの乗り換えでしたが、子供ながらブルよりは前方視界が広くなっていたなあと実感したのと、パワステが無かった時代とはいえかなりの重ステで、腕が疲れると父がぼやいていた思い出があります。
ブルーバードの上なのか下なのかはっきりしなかったので欲しい車にはならなかった。トヨタはカリーナがコロナの下カローラの上とはっきりしてたのでうれたなぁ。
徳大寺御大が「3バカ兄弟」とこき下ろしてました。北米でもカタチだけ510をイメージさせて名前もダットサン510として売られましたがパッとしませんでした。時悪しく日米貿易摩擦の真っ只中だった事もありました。耐久性重視のラリーではコイルリジッドの特徴が活きてサファリラリー中心に活躍しました。カリーナと車格が被りましたがDOHCモデルが無く、四独サス採用のSSSが廃止されたので分が悪かったですね。その後バイオレット後継車のリベルタビラがしれっとSSSを設定していて「何それ?」と思ったものです。
あのオッサンは何が何でもドイツ車至上主義 信用しちゃダメ。評論家はニュートラルじゃないのよ。公務員でもないからつまり「すんまへんなぁ、ワテらも商売ですよって」
あの方は、日産車で誉めてた車ってあったかなぁ?
@@マジマジ-u3c
元々トヨタワークスで一応レーサーでしたからね。逆にブル510やS30Zの頃の日産車は当時のトヨタ車よりも耐久性が優れていたと言ってました。901運動の頃の日産車は高い評価をしていましたね。Y31セダンやP10プリメーラ、U12〜13ブル、K11マーチは評価が高かったです。
@@マジマジ-u3c 初代プリメーラ、初代セフィーロ、R32スカイラインは誉めていたような・・・
何運動だか忘れましたか、世界水準を目指した、ハンドリングマシンですね?
藤竜也の大追跡で初めてオースタを知りました😊
この型のオースターは、日テレの刑事アクションドラマ・大追跡の印象が強いです。オットー!🎉
亡き親父がA10バイオレット1400GLでした。
L16よりA14の方がNAPSとの相性が良いから…との理由で。
不人気車が故に下取り0のため12年乗って、下回りがボロボロになって車検は無理と判断して廃車となりました。
A10バイオレットのアメリカでの名前は 「DATSUN NEW 510」初代バイオレットは「DATSUN 710」
A10は、海外では、DATSUN 160Jです。
近所に二桁ナンバーフル純正の2代目バイオレットがある。
ほとんどが鉄屑にされただろうから、今となっては超希少。
オースターPA10オープンバック1600CSが最初の車。
中古車屋でバイトしていて54年に3年落ち2万kmを50万で購入。
悪名高い51年規制の為パワーは落ちて非力だったけれどハンドリングは当時としては良かった。
シンプルなスタイルとオープンバック(リフトバック)の為同格のカリーナHTより使い勝手は良く、
ボディ幅に対してトレッドも大きかったので185/13を付けると結構タイヤハウスがスカスカでは無く踏ん張り感が有った。
ライトも純正の小糸シールドビームは暗かったのでボッシュのハロゲンに替えて明るさとシャープな配光に感心した。
書き込みには余り良い事は書かれていないけど、エンジンの非力さを除けばバランスの良い車だった印象
バイオレットと言えば、バイオレットターボ、レース用でしたが。
ラテラルロッド付き4リンクというと、ラテラルロッドがちぎれるというイメージがあるのですが、ラリーでも耐久性が高かったのですね。
ヴァイザッハアクスルや、ランエボのリアサスでリンクが破損することを考えると、リジットも捨てたもんじゃないですね。
日本車で3兄弟というと成功例が少ないのは、ユーザーにメーカーの都合を見透かされているからなんでしょうか(クロノスの悲劇)。
マークⅡ三兄弟…
A10バイオレット、昔、親父が代車で乗っていました…。
オラの親類周辺では、40年前くらいから、4ドアのセダンに乗ってる人は、初代のばよれっと4ドアに乗ってる伯父だけだっんですよねぇ。
その伯父も次はファミリアの5ドアだったし、叔父はタウンエースやサンバーだったし、少し遠い親類では、ボンゴとかハイエースが人気だった。祖母はフロンテやセルボでしたねぇ。
父親もその影響か、35にして突然免許取って、いきなりファミリア2代目後期の5ドアを中古で買ってきた。その後も、カローラバン、ライトエースと乗り継いだ。
なんで、世間的には5ドアが売れないのかなぁ?って、ずっと思ってましたね。
バイオレットリベルタについては、リベルタビラの開発が遅れたのでそれまでの繋ぎとして出したのではないかと推察できる。というのはT11発表時の雑誌記事を見るとオースターとスタンザに比べるとバイオレットの記述や写真が極端に少ないからだ。今思えば、すぐに引っ込める予定の車をあまり露出させる気は無かったのだろうと思う。
ラリーと言えばサファリの時代に、オール・ターマックのコルシカで3位という結果を出してるのが凄い
スタンザはサニーエクセレントの代替の役割もありました。ウインカーランプに名残がありました。
A10バイオレットはS110シルビアのベース車になりましたね。
プリメーラはP12でU14ブルーバードと双子になりました。