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長州路・肥薩のみち(司馬遼太郎「街道をゆく」)
1998年  文・1971年(昭和46年)、1972年(昭和47年)
山口(長州周防)熊本(肥後)鹿児島(薩摩大隅)
関門海峡 男なら 下関 赤間神宮 白石正一郎 奇兵隊 松田屋ホテル 風間完 岩﨑家(鹿野町) 明倫小学校 吉田松陰 玉木文之進 松下村塾 吉田稔麿 熊襲 隼人 もっこす 藤崎八旛宮秋季例大祭 馬追い 熊本城 田原坂 弾痕の家 九七峠 小川内関所 丸田一族 妙円寺詣り 苗代川 沈壽官 白薩摩 薩摩焼 蒲生(かもう) 蒲生殖産興業株式会社 西郷隆盛 郷中 私学校 
再生リスト「司馬遼太郎・街道をゆく」→ua-cam.com/play/PLo-bvCVIEKXvJX2jRVm6hN_k490SVVkMY.html
DVD→www.nhk-ep.com/product/catalog/kw/%E8%A1%97%E9%81%93%E3%82%92%E3%82%86%E3%81%8F/t/keyword/?q=%E8%A1%97%E9%81%93%E3%82%92%E3%82%86%E3%81%8F
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Відео

赤坂散歩(司馬遼太郎「街道をゆく」)
Переглядів 14 тис.Рік тому
1999年  文・1988年(昭和63年)  一部字幕(音楽の著作権の関係) 東京(武蔵) 清水谷公園(しみずだにこうえん) 弁慶堀(べんけいぼり) 溜池(ためいけ) 澄泉寺(ちょうせんじ) 紀尾井町(きおいちょう) 氷川神社(ひかわじんじゃ) 勝海舟屋敷跡 徳川吉宗(とくがわよしむね) 瑤泉院(ようぜんいん) 青山通り(あおやまどおり) 豊川稲荷(とよかわいなり) 大岡忠相(おおおかただすけ) 乃木坂(のぎざか) 乃木希典(のぎまれすけ)旧邸 2.26事件 高橋是清(たかはしこれきよ)翁記念公園(邸跡) 日枝神社(ひえじんじゃ) 天海(てんかい) 寛永寺(かんえいじ)  再生リスト「司馬遼太郎・街道をゆく」→ua-cam.com/play/PLo-bvCVIEKXvJX2jRVm6hN_k490SVVkMY.html
本所・深川散歩(司馬遼太郎「街道をゆく」)
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1999年   文・1990年(平成2年) 東京(武蔵、下総) 本所(ほんじょ) 深川(ふかがわ) 隅田川(すみだがわ) 両国橋(りょうごくばし)     川並(かわなみ) 富岡八幡宮(とみおかはちまんぐう) 大相撲(おおずもう)深川江戸資料館 文七元結(ぶんしちもっとい) 古今亭志ん生(ここんていしんしょう) 宮村忠氏 千住大橋(せんじゅおおはし) 吾妻橋(あづまばしし) 木場(きば) 再生リスト「司馬遼太郎・街道をゆく」→ua-cam.com/play/PLo-bvCVIEKXvJX2jRVm6hN_k490SVVkMY.html
沖縄・先島への道(司馬遼太郎「街道をゆく」)
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1998年  文・1974年(昭和49年) 沖縄(琉球) 那覇 糸満 石垣島 竹富島(たけとみじま) 与那国島(よなぐにじま) 再生リスト「司馬遼太郎・街道をゆく」→ua-cam.com/play/PLo-bvCVIEKXvJX2jRVm6hN_k490SVVkMY.html
北のまほろば(司馬遼太郎「街道をゆく」)
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1997年  文・1994年(平成6年) 青森(陸奥) 松前街道 太宰治 飢渇(けかち) やませ 弘前 津軽為信(つがるためのぶ) 鰺ヶ沢(あじがさわ) 平賀町の松明送り(ひらかまちのしょうみょうおくり) 木造(きづくり) 亀ヶ岡(かめがおか) 遮光器土偶 下北半島 川内(かわうち) 畑(はた) マタギ(又鬼) 竜飛崎(たっぴざき) 十三湊(とさみなと) 三内丸山遺跡 安野光雅(あんのみつまさ) 中国社会科学院考古研究所 ねぶた 再生リスト「司馬遼太郎・街道をゆく」→ua-cam.com/play/PLo-bvCVIEKXvJX2jRVm6hN_k490SVVkMY.html
三浦半島記(司馬遼太郎「街道をゆく」)
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1999年  文・1995年(平成7年) 神奈川(相模)大楠山(おおぐすやま) 衣笠城跡(きぬがさじょうあと) 三浦大介義明(みうらおおすけよしあき) 満昌寺(まんしょうじ) 源頼朝 西行(さいぎょう) 鎌倉 極楽寺坂(ごくらくじざか) 金沢文庫(かなざわぶんこ かねざわぶんこ かねさわぶんこ) 称名寺(しょうみょうじ) 御霊神社(ごりょうじんじゃ通称(鎌倉)権五郎神社((かまくら)ごんごろうじんじゃ))横須賀(よこすか) 戦艦三笠(せんかんみかさ) 東郷平八郎(とうごうへいはちろう) 再生リスト「司馬遼太郎・街道をゆく」→ua-cam.com/play/PLo-bvCVIEKXvJX2jRVm6hN_k490SVVkMY.html
天山北路~天馬の故郷~(シルクロード絲綢之路-第1部11)司馬遼太郎
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モンゴル紀行(司馬遼太郎「街道をゆく」)
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最澄(伝教大師)
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番組の一部です。2001年頃 比叡山 延暦寺 天台宗 桓武天皇 戒壇院 大講堂 法然 栄西 親鸞 道元 日蓮 一遍 法華総持院(ほっけそうじいん) 弥勒石仏(みろくせきぶつ) 再生リスト「司馬遼太郎・街道をゆく」→ua-cam.com/play/PLo-bvCVIEKXvJX2jRVm6hN_k490SVVkMY.html
比叡山延暦寺・坂本・大津(歴史街道 京都心の都 都の香り)
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2002~2006年頃 再生リスト「司馬遼太郎・街道をゆく」→ua-cam.com/play/PLo-bvCVIEKXvJX2jRVm6hN_k490SVVkMY.html
叡山の諸道(司馬遼太郎「街道をゆく」)
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1999年  文・1979年(昭和54年) 滋賀(近江) 京都(山城) 比叡山 延暦寺 天台宗 坂本 日吉大社(ひよしたいしゃ) 最澄(伝教大師でんぎょうだいし) 曼殊院(まんしゅいん) 横川(よかわ) 横川中堂(よかわちゅうどう) 比叡山行院(ぎょういん) 良源(りょうげん)元三大師(がんざんだいし) 無動寺谷(むどうじだに) 明王堂(みょうおうどう) 千日回峰行(せんにちかいほうぎょう) 大講堂 法華大会(ほっけだいえ) まんさん【蹣跚󠄁】足もとがよろめくさま。 「花見酒に酔って―と歩く」 再生リスト「司馬遼太郎・街道をゆく」→ua-cam.com/play/PLo-bvCVIEKXvJX2jRVm6hN_k490SVVkMY.html
嵯峨散歩・洛北街道(司馬遼太郎「街道をゆく」)
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さがさんぽ・らくほくかいどう 1999年  文・1984年(昭和59年)、1972年(昭和47年) 京都(山城)  水尾(みずお、みずのお) 保津川(ほづがわ) 角倉了以 嵐山 天龍寺 夢窓疎石 夏目漱石 大久保利通 渡月橋 車折神社(くるまざきじんじゃ) 鞍馬寺 再生リスト「司馬遼太郎・街道をゆく」→ua-cam.com/play/PLo-bvCVIEKXvJX2jRVm6hN_k490SVVkMY.html
明石海峡と淡路みち(司馬遼太郎「街道をゆく」)
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堺・紀州街道 大和・壺坂みち(司馬遼太郎「街道をゆく」)
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奈良散歩(司馬遼太郎「街道をゆく」)
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甲賀と伊賀のみち(司馬遼太郎「街道をゆく」)
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紀ノ川流域(司馬遼太郎「街道をゆく」)
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中津・宇佐のみち(司馬遼太郎「街道をゆく」)
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誉田八幡宮
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白川郷 (映像メモ)
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白川郷 (映像メモ)

КОМЕНТАРІ

  • @yoshioendo2220
    @yoshioendo2220 4 дні тому

    自分が子供の頃には実際に会うことができたあの今はもはや絶対に会うことの叶わないであろう日本人の人々映っていて、心が打たれます。この当時のNHKの見識の高さも感じます。今や、全く異質な組織となって、受信料の価値など全く無いどころか、有害組織だと思っていますが。

  • @kohta1618
    @kohta1618 8 днів тому

    狄には「あいつらは人間ではない」との蔑みの感情か込められていると思う。

  • @izumihigashi
    @izumihigashi 9 днів тому

    貴重な映像資料としての価値があるNHK特集。それだけに「緑なき島」の捏造が悔やまれる。ここらでNHKははっきりとしておいた方が良い。 そうしないと、他の貴重な映像資料群の評価に傷が付きかねない。

  • @逸子八木
    @逸子八木 11 днів тому

    10代の頃から憧れ親しみ、散策した平安京、平城京の京都、奈良。それ以前の山の辺の道、葛城古道、記紀の世界へ魅かれていくこのごろ。さっぱり興味のなかった古墳、天皇陵にも特別なものを感じたり。日本は美しく、歴史は豊か。国と日本人の素晴らしさを 知る。

  • @逸子八木
    @逸子八木 11 днів тому

    「嵯峨のみち」水尾の里、清和天皇陵、清和神社をたづねてきました。 「葛城の道」 高鴨神社、一言主神社、 笛吹神社、近いうちに出かけていく予定。心に染みる朗読と音楽を胸に至福の時間です。 平安時代の幼帝を偲んだ里の人々のこと、天孫族に制圧されてもなお、古代の神々とともに葛城の地に豊かに暮していた村々のこと、遠い先祖たちの営みがなぜか懐かしい。

  • @ナルシソ家ペス
    @ナルシソ家ペス 14 днів тому

    この最後の南州神社の映像のところ 西郷隆盛の隣に桐野利秋がいて 日本最後の武士たちがそれを囲んでいる姿は 涙なしには見られない、、、

  • @mq461004
    @mq461004 15 днів тому

    最後の言葉は凄いね😬

  • @mq461004
    @mq461004 15 днів тому

    結局、松江へは行かなかった・・・のはこれか😁おせぇーて😅

  • @iorixtv2862
    @iorixtv2862 18 днів тому

    映像、音楽、ナレーション 全てがそれぞれ素晴らしいし、 そのコンビネーションが超絶素晴らしい! この内どれが欠けてもダメだ。

  • @toshiokun29
    @toshiokun29 20 днів тому

    あんなに夢中になって観た番組なのに 司馬遼太郎の歴史認識があまりに偏っているので色褪せて悲しい

  • @逸子八木
    @逸子八木 23 дні тому

    京都に40年近く暮らし、この映像を見て初めて、今日8月25日水尾、保津峡へ行って来ました。素敵な1日てした。ありがとうこさいます。桜の春、柚子の実る11月、雪の御陵、再訪したいと思います。

  • @mamorufukuda9435
    @mamorufukuda9435 24 дні тому

    歴史ある街並みを見る事に感謝致します。“古きを訪ねて、新しきを知る” 私が歴史を学ぶ定義です.先人の創意工夫に生きる術を見い出します。感動至極‼️ 動画の配信に敬意を表します。🎉 琉球の庶民より。

  • @mamorufukuda9435
    @mamorufukuda9435 27 днів тому

    私は昨年(2023年8月)娘(社会人)を連れ立つて、神戸三宮を起点に異人館、ハーブ園、ハーバーランド、元町商店街、等をラウンドして来ました。貿易港を持つ神戸の香りは、ロマンチックな風情を漂わせているから二つの脚が自然に歩き出す😂 周遊バス🚌のチケツトが便利で、thank you so much 🎉 see you next time❣️from Ryukyu (Okinawa) person.

  • @逸子八木
    @逸子八木 28 днів тому

    素晴らしい配信をありがとうございます😊😢

  • @逸子八木
    @逸子八木 28 днів тому

    貴重な映像ですね。 神代を感じさせる日本の大切な場所、 忘れ去られてはいけない場所です。 次世代へどう伝えていけばよいのでしょう。山の辺の道は親しんできましたが、葛城古道をようやく知って驚いています。

  • @たにタニ-t6s
    @たにタニ-t6s Місяць тому

    神戸生まれです。震災もありましたが、やっぱり神戸生まれでよかった。 出身地を聞かれて「神戸です」と答えるときに誇らしい気分になります。

  • @逸子八木
    @逸子八木 Місяць тому

    1971年から25年間72街道 96年から3年間 NHKスペシャル街道シリーズ 原作の意図を深く汲み取り、丁寧に映像化し、素晴らしい朗読とともに放送された。原作の挿絵の原画とともに特別番組も素晴らしい。

    • @逸子八木
      @逸子八木 Місяць тому

      司馬遼太郎記念館の東大阪 隣町のだんじりを初めて知りました。 空海の高貴寺、西行の弘川寺、 これを見て、訪れてみようと思う。

  • @逸子八木
    @逸子八木 Місяць тому

    梵音響流 いい言葉 好きな言葉

    • @逸子八木
      @逸子八木 Місяць тому

      中谷さん 今もお元気でしょうか。

  • @逸子八木
    @逸子八木 Місяць тому

    配信ありがとうございます。

  • @逸子八木
    @逸子八木 Місяць тому

    「地生え」 知らない素晴らしい日本語がたくさんあります。司馬文学からしか学べないと思う失われていく日本語でしょう。言葉と同時に心も失くしているように感じて寂しい。アーカイブの風景も。

  • @逸子八木
    @逸子八木 Місяць тому

    真言は呪文というより宇宙との交信 重源、不断念仏の別所

  • @逸子八木
    @逸子八木 Місяць тому

    10歳、21歳、32歳、42歳、これを見て、5回目、行ってみようと思う。

  • @逸子八木
    @逸子八木 Місяць тому

    配信感謝です。執筆 25年で72街道、 放送から25年後、生誕100年。 司馬遼太郎作品は永遠です。

  • @逸子八木
    @逸子八木 Місяць тому

    根来寺 根来衆について 根来塗について

  • @逸子八木
    @逸子八木 Місяць тому

    験者 げんざ 現代の開業医ほどにいたという興味深い話。

  • @逸子八木
    @逸子八木 Місяць тому

    3塔16谷 不動寺谷明王堂 不動明王信仰。坂本から登ります。

  • @逸子八木
    @逸子八木 Місяць тому

    江戸初期の公家の思想、教養、人生観を知る。曼殊院、桂離宮。

  • @逸子八木
    @逸子八木 Місяць тому

    「天与の沃土の上に…」村史 「倭の国の古来の風」 「若衆組意識の残像、実像を見極めておく」

  • @逸子八木
    @逸子八木 Місяць тому

    古座若衆から南方習俗、古代文化圏、 薩摩私学校と西郷への考察。

  • @逸子八木
    @逸子八木 Місяць тому

    ここから、「木曜島の夜会」を書かれたのですね。

  • @逸子八木
    @逸子八木 Місяць тому

    25年間72街道 旅と執筆 アーカイブ 感謝

  • @逸子八木
    @逸子八木 Місяць тому

    「老い錆びていよいよいなせ」

  • @逸子八木
    @逸子八木 Місяць тому

    司馬遼太郎生誕100年。 執筆から24年後に取材した映像作品を25年後に、ユーチューブで再ぴ観るという感慨深さ。こちらも余生を送る身となり…

  • @逸子八木
    @逸子八木 Місяць тому

    文章も映像も感動。 司馬遼太郎作品は永遠。 失われていく日本の風景を留めた貴重な映像は、いつでも鑑賞できるように 大切に保存管理されてほしいと願います。

  • @逸子八木
    @逸子八木 Місяць тому

    素晴らしい映像をありがとうございます。

  • @逸子八木
    @逸子八木 Місяць тому

    司馬遼太郎記念館 春季講演会 講師 古谷アナウンサーでした。 いいお話でした。機関誌に採録されます。

  • @逸子八木
    @逸子八木 Місяць тому

    街道をゆく 配信感謝します。 どの文章も心に滲みます。素晴らしい日本語ですね。執筆されたころの日本の風景は、令和の今、もう失われいるかと思うと、この美しい日本語も次世代の人たちには伝わらないかもしれないという寂しさを感じます。 この配信を見て、また街道を歩いてみようと思いました。

  • @逸子八木
    @逸子八木 Місяць тому

    懐かしい放送です。司馬作品は永遠です。配信ありがとうございます。

  • @黒猫の杜
    @黒猫の杜 Місяць тому

    三浦氏や頼朝の話も良いのだが、三笠の士官室の話が素晴らしい。昭和46年とか、戦後26年を経て佐官級の人たちも60後半から70代と思われる。

  • @user-ik2ix1zr4j
    @user-ik2ix1zr4j Місяць тому

    弱者を庇い、卑怯を嫌うて教えは子供には素直に受け入れられますね、🙄

  • @akirat4417
    @akirat4417 2 місяці тому

    配信と違うフルバージョンですね。ありがとうございます。

  • @prettyblue3879
    @prettyblue3879 2 місяці тому

    階級や争いをもたらした水田中心の弥生時代、水田がない縄文時代だったからこそ争いもない平和な2万年も続いた青森県。青森県は三方海に囲まれ木の実、魚介、走獣に恵みに囲まれた世界にも珍しい場所で、北のまほろばだと司馬遷太郎はいう。食糧に豊かだった青森県が日本の中央政権の水田政策に従ったばかりに多くの死者を出した青森県。 現在の青森県へ行ったら確かに食は美味しく、風光明媚、山も海も壮大な自然が美しい、弘前城やねぶた祭り、津軽塗りなど伝統芸術が今も息づいている歴史が濃い、いまでも北のまほろばと言ってもいいのではないか、人口を増やし挽回できるのでは? これほどゆたかな自然、文化、歴史、食がそろっている青森県を県人の地元愛が強いのもうなずける。 ただし、県知事宮下宗一郎政権の元、中国の言いなりになって自然の山や土地をソーラーパネルや風力プロペラによって台無しにしなければだが。

  • @yuichikammoto4002
    @yuichikammoto4002 2 місяці тому

    嬉しい

  • @user-fw8rc8lh3j
    @user-fw8rc8lh3j 2 місяці тому

    1973(昭和48年) 産まれる前の画像かよ😅

    • @user-df6gm5jp7c
      @user-df6gm5jp7c 2 місяці тому

      司馬遼太郎の原文が1973、映像はもちろんソ連崩壊後1997と概要欄にあります

  • @user-dd2ut1ou4f
    @user-dd2ut1ou4f 2 місяці тому

    なんか彼の国もおおらかな時もあったんや。いつから勘違い始まったんやろう?

  • @pochi6349
    @pochi6349 2 місяці тому

    よく山の辺の道を最も古い道と言われるが、山の辺の道より古い時代から利用されていた古道があったらしい。神武東征以前にヤマトの葛城山麓にの君臨していた一族が利用していた葛城古道である。葛城の山麓の社の主祭神は何故か国津神系の神ばかりである。そればかりではない。大和盆地に鎮座してきた古社も国津神系ばかりである。

    • @逸子八木
      @逸子八木 28 днів тому

      驚愕、驚嘆のことばかりですねえ。 なかなか出会えなくて、二上山、當麻寺、桧原神社からようやく葛城古道に来ました。

  • @pochi6349
    @pochi6349 2 місяці тому

    司馬史観には納得出来ない。

  • @pochi6349
    @pochi6349 2 місяці тому

    司馬遼太郎と云う作家は 中国の歴史を客観的に視れなかった作家だったと言わざるを得ない。この映像がその徹底的な証拠である。NHKは司馬以上に罪深い報道機関である。令和の時代に このウイグルの地が如何になっているか。恐ろしい民族浄化が実行されているのに 非難報道すらしない。『魂』を売った成れの果てである。

  • @pochi6349
    @pochi6349 2 місяці тому

    NHKはこんな映像を取る為に報道機関としての『魂』をいとも簡単に 中国に売ったのである。 それ以来NHKは中国批判の報道が出来なくなった。中国共産党を忖度記事を流す事になった。 日本領土の尖閣諸島に中国警備艇が進入しても 情けない事に日本政府がする事は遺憾砲を発するだけの抗議。

  • @guston008
    @guston008 3 місяці тому

    司馬さんは「堺はもはやどこにでもある地方都市になってしまった」みたいな事を書いておられましたが大阪下町出身の私は堺に行くと綺麗でのびのびゆったりした町だなあという印象を抱きます。 というか大阪市がせせこまし過ぎるんですがww。