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この曲は私が小学6年生の時、「京都の恋」からゆう子さんの大ファンで今でもレコードで聴いています、深夜にヘッドホンで聴くとまた格別でこのままさいはて?まで行ってしまいそう、、、
この曲も好きな一曲です🎶
50年近い渚さんのファンです。これからも応援します。
懐かしいです、素敵な歌声、きれいな声😊
憧れでした、年月は過ぎて 驚かされましたが 今でも 時々聴くのです。
京平先生が亡くなって、何十年ぶりにこの曲を聴きました。いい曲ですね。渚ゆう子さんの声にとても合っていると思います。
改めて筒美京平さんの歌手の個性を引き出し際立たせる作曲技術に感激します
私が16歳1971年の時に渚ゆう子さんのさいはて慕情がヒットしていました。この曲のエンディングでSLの汽笛が入っています。私が、かつて渚ゆう子さんにファンレターを出した事がありました。返事は返って来ないと思っていたのです。渚ゆう子さんから直筆の手紙が私に来ました。感激し喜んでいた事を今でも覚えております。渚ゆう子さんが、多忙な処をおして書いて下さった事に、ファンを大事に思って下さると事が私には嬉しかったのです。
昔はそんなことがあったんですよね、私も好きな俳優さんの電話番号を調べて電話したことあります。うろ覚えですが、本人と話した気がします。
@@poppohanaoka6145 さん。返信有難う御座います。初めまして、さしだと申します。私が若かりし頃「京都の恋」で、渚ゆう子さんのファンになりました。ファンレターを出したのですが、内容は覚えておりません。記憶も薄れています。あなたが好きな俳優さんに電話をかけて話した事をコメントしていましたが、うろ覚えていますと、コメントしていましたが、私もそう思います。
今では考えられないことですよね。当時はスターとファンの間の距離がお互いに物理的にも心理的にも普通に近かったというか。テレビでも各都市の公会堂などのような会場で生放送の番組中に歌手がステージから降りて来て観客席の階段式通路でお客さんと握手しながら歌い歩くようなことも当たり前の時代でした(大会場での観客と一体型の番組すら今はもう存在しません)。分野は全く違いますが、プロ野球でも選手が感動的なホームランを打つとファンがグラウンドに降りてきて三塁ベースから一緒に肩を組みながらホームインなんていう場面がよくありました。あんなほのぼのとした人間味を感じさせる時代はもう二度と来ないのでしょうね。
@@yoidoretennshi777 さん。私が、若い頃渚ゆう子さんの大ファンでした。あなたが、書かれて、いました。歌手とファンが、近くで触れ合う時も、確かに、ありました。今では、有り得ない事です。時代が変りましたね!
数有る曲の中、私はこの曲がいちばん好きです❗想いで有る曲です🎶‼️
素敵な歌です。中学生の時にレコードを、買って良く聞きました。アップありがとうございます。
このうたが一番好き
私もです!
忘れかけていた曲が、蘇ってきました。
筒美京平さん作曲ですね。歌い手さんの声と曲がマッチしてて素敵です。
作詞した林春生さんも良いのでは?
イントロが、たまりません。 「渚ゆう子」の何処か暖かみの有る歌声と、悲しい歌詞のマッチングが素晴らしい。※「昭和の名曲」( ╹▽╹ )
ほんとイントロたまりませんな🎵
当時父の運転していた日産ブルーバードのカーラジオからよく流れていた曲です。思わずタイムスリップして懐かしさがこみ上げてきました。アップありがとうございます。
好きな曲を聞きながらドライブするって、友達と一緒だろうが、一人だろうが死ぬまで忘れないだろうなあ!
スリーエスですか
むちゃくちゃ過ぎる良い唄
ゆう子さんの昔からの大ファンでして1日1回必ず拝聴してます
doro2067さんありがとうございます。特にこの曲は郷愁にさそはれます
心に沁みます。むかしの情景が蘇り本当に懐かしくおもいます。
渚ゆう子さんの特徴はちょっと聴くとキーが低いのかと感じるけれども、実際に歌ってみると相当高い事が分かる。簡単そうで難しいのがこの人の歌の特徴。
艶々の歌声がたまらないですね!
懐かしい曲です。自分の好きな曲です。最後にSLが汽笛を鳴らしながら去ってゆく所が素晴らしい
多分ですよ。
初めまして、最後に蒸気機関車の汽笛音を東芝レコード会社の関係者が北海道に出掛け直に録音したと言うエピソードが残っています。
素晴らしい❗今でもファンです。最近、お目にかかれないのが気になります。
「渚ゆう子さん」の「さいはて慕情」1971年リリースされた曲でしたか【当時私が21歳】「渚ゆう子全曲集」LPは持っていますがこの曲の「作詞 林春生氏」「作曲 編曲 筒美京平氏」良い曲だと思っていたらやはり「作曲 編曲 筒美京平氏」やはり大天才筒美京平氏でしたか新人歌手の曲を手掛けていたと思っていたらベテラン歌手の曲も手掛けていたんですね。
久しぶりに聞いてよかったです。最高嬉しいです。
若いころ、流行っていたのを憶えています。懐かしいです。
昭和レトロ感、満載で安心して癒されますね。
渚ゆう子「さいはて慕情」1971年発表の曲ですか、渚ゆう子さんと言ったら「ザ・ベンチャーズ」の「京都の恋」「ザ・ベンチャーズ」歌謡曲の始まりで、奥村チヨさんの「北国の青い空」が一番最初でしょう私は渚ゆう子さんのシングル・レコードは持っていませんが、「渚ゆう子ベストアルバム」を持っていて「さいはて慕情」も入ています。「ザ・ベンチャーズ」歌謡曲も良いのですが、流石 筒美京平氏による作曲、編曲 良い曲を作られる天才でしょう。
懐かしいです
いいねぇ、のんびりと旅に出たくなる曲だ。
中学生の時ファンレター出したら京都慕情の歌詞の入ったカレンダーが沢山来たこと思い出しました。個人的には、今日から一人が好きです。
若いころの歌で、この人の特徴は高音域でも言葉が乱れないこと。
僕の好きな曲は京都の恋です、この曲には思い出がありますこの曲が流行っていた時は大阪万博があり人生最後の思い出になりました僕が十五、六の時に万博に行って17才の時に事故で車椅子の生活になりましたその時に流行っていた曲が京都の恋です、色々な音楽を聴くと昔のことを思い出します❣️
あぁ!懐かしい!
The song touched to my heart...so beautiful!!!
Thank you for listening to the Japanese song.This song is A solitary journey to trace the memories of a lover.
京都の恋が、人気だった頃何度もお会いしてます!流石、ご本人の前で聴く歌は、良いもんですね〜
「渚ゆう子さん」と言えば「京都の恋」「京都慕情」「長崎慕情」「ザ・ベンチャーズ作曲」「雨の日のブルース」「さいはて慕情」【作曲 編曲 筒美京平氏】この「渚ゆう子さん」のベストレコードを持っていますが、このアルバムは数十年前に買ったものですからレコードジャケットも黄ばみ、カビ臭いし、でもレコードは新品の状態を保っています「渚ゆう子さん」の「さいはて慕情」流石【大天才作曲 編曲 筒美京平氏】ヒットソングメーカーと言える方なのでしょう。もうこの方を超える【作曲 編曲家】出て来ないのでしょう。
何処の誰かは分かりませんが、高評価有難うございます上記に記した様に「渚ゆう子さん」と言えば「京都の恋」を思い出しますが「さいはて慕情」も良い曲で好きな曲の一曲です。流石「天才作曲 編曲 筒美京平氏」良い曲だと思うと必ず【 筒美京平氏】ですね。
当時14才、さいはて慕情シングルレコード買いました🎵渚ゆうさん哀愁ありました❗️
でも初めてのレコードは「かくれんぼ」だった
確か渚ゆう子、この曲を含めて日本レコード大賞歌唱賞を二年連続で、獲得した記憶があります。声の良さ
本当ですか、知らなかったですありがとうございます。
最後の蒸気機関車の汽笛がいいですね~🎵
流石に唄上手過ぎますねベンチャーズ凄いですが、「京都の恋」よりこちらのが個人的に好きですね
なんと認識できる声の音色でしょう。青い空のように深く......いいね!
@@lissa1588 さん良い歌声ですよね
音楽はとても良い、旋律的です!
@@lissa1588 さん昭和40年代のポップスは良いです
@@junchan9809 これはjpop音楽ですか?
最後にさりげなく入るSLの汽笛も注目です
塩浩司様。渚ゆう子さんの「さいはて慕情」のエンディングのSLの汽笛が、入っていますが、東芝レコードのスタッフさんが、北海道に行き、SLの汽笛を録音していたと言う。エピソードが、ありました。1971年当時、北海道で、急行列車ニセコ号がC62蒸気機関車で、小樽辺りより牽引していました。鉄道ファンが、急行列車ニセコ号を撮影と蒸気機関車の爆音を録音が憧れでした。
スローテンポで歌詞が明瞭で声質が耳に残る歌手ってそうそういない。
そうですよね。渚ゆう子さんは、美人でもあるし。いいですよね。今の歌は、リズムばっかりでぜんぜん頭に残りませんよね。安室奈美恵なんかどこがいいんでしょうね。あんなに騒いで。渚ゆう子さん、最高。
@@大西陸裕 八代亜紀さんもいいね。涙が出そう
あなたを偲んでみるけれど、あなたは現れなかった。でも、私の心のなかにいきている。
シングルレコードを持ってましたが、4年前に終活でブックオフで引き取ってもらいました。
局の最後に響くSLの汽笛が郷愁を誘うね。関東から見たら最果ての島北海道でも今はほとんどSLは姿を消してしまった。今では季節によって走る、森林鉄道雨宮21?号か釧路湿原鉄道くらいだ。あの煙はどうも苦手だが、寂しくもある。
コレ、根室半島の道の駅で聞いたら、めちゃいい。題名わからなかったけど。最果ての地で聴くと、このイマジネーションの素晴らしさがわかる
あ、そうですか!
最果ての地と言われるとかなり引っかかる。おらんところは駅まで砂利道2.5㎞。今は冬で半分除雪していない。い、できない地形。誰かが踏んだ足跡をたどって駅方向に通う。
@チョコ大好き 納沙布岬へ行く道すがらの風景が、稚内行くより変化に富んでて最果て感ありましたね。 植物が低くなって、白鳥の来る湖などなど、だんだんと寂しげになっていく。 いつもバイクツーリングで行くんですが、44号線で納沙布岬(東の最果て)へ行くと、知床や稚内より最果て感 じます。植物とか地形含めての雰囲気。あくまで個人的な感性です。
就職2年目、会社に好きな人が出来た、初めて2人で飲んだ、帰りに公園を歩いていると、最果て慕情が聞こえてきた!思い出の曲。
色気が半端ない。
エンディングでSLの効果音が入っています。C61でしょう。
渚ゆう子さんて、声楽を極めていたのでしょうか。歌唱力半端ないです。(*^^)v
渚ゆう子さんはハワイアン歌手としてデビューされてますよ。
お母さまが沖縄出身お父様が京都出身で、子どものころから沖縄民謡と琉球舞踊を習われていたそうですよ。
修学旅行の電車の中で歌っていた奴がいました、52年前の事です
石野真子の♪彼が初恋 に似てるなって思ったら作曲はどちらも筒美京平先生ということで納得w
あたしは、当時小学生低学年でしたけど…当時流行ったワンピースのミニスカートを着て髪も茶色に染め…当時のあたしからみれば、色っぽい年増のおねえさん…しかし当時20代半ば…!!
この歌詞の「夜汽車に乗ろうか…」は「急行利尻」か「急行大雪」だと思われます稚内も網走も「さいはての町」にぴったりも、個人的には「急行利尻」じゃないのかな?って利尻はこの歌の発売の前である昭和45年12月末で蒸気機関車での運行を止めてディーゼル機関車になったが、その切り替え直前に録音しに行ったのかな?とも考えられますこの歌の発売時には、大雪はギリギリ(46年12月迄)蒸気機関車の牽引は行っていたものの、区間が遠軽~北見という中途半端な区間であるのと、D51と言うのも有って、更にちょっと汽笛の音が違うかな?って勝手な推測しました
なぎささんのこえがきい
ベンチャーズの後を受けられるのは筒美京平しかない!という感じの起用でしょうか。さすがの名曲です。
筒美京平はスゴいと思います。
若い頃カレの車で聞いた思い出の曲
最近、鉄道にまつわる曲が少なくて寂しい。JRが新幹線や観光列車にばかり金をかけ、あちこちの駅をことごとく無人化し、夜汽車を滅ぼした。国民はますます、鉄道から乖離するが当然のことだ。鉄道全滅まで秒読みか?
斉藤良一様。初めまして、指田と申します。渚ゆう子さんのさいはて慕情のエンディングのSLの汽笛をレコード会社のスタッフさんが、北海道で、SLの汽笛を取りに行ったと、エピソードが、ありました。
LPレコードを買って聴いています。
ぃぃきょくですね
Wielka dama z Okinawy.Pozdrawiam.
ぃいね😮
なきもの
木
この曲は私が小学6年生の時、「京都の恋」からゆう子さんの大ファンで今でもレコードで聴いています、深夜にヘッドホンで聴くとまた格別でこのままさいはて?まで行ってしまいそう、、、
この曲も好きな一曲です🎶
50年近い渚さんのファンです。これからも応援します。
懐かしいです、素敵な歌声、きれいな声😊
憧れでした、
年月は過ぎて 驚かされましたが 今でも 時々聴くのです。
京平先生が亡くなって、何十年ぶりにこの曲を聴きました。
いい曲ですね。
渚ゆう子さんの声にとても合っていると思います。
改めて筒美京平さんの歌手の個性を引き出し際立たせる作曲技術に感激します
私が16歳1971年の時に渚ゆう子さんのさいはて慕情がヒットしていました。この曲のエンディングでSLの汽笛が入っています。私が、かつて渚ゆう子さんにファンレターを出した事がありました。返事は返って来ないと思っていたのです。渚ゆう子さんから直筆の手紙が私に来ました。感激し喜んでいた事を今でも覚えております。渚ゆう子さんが、多忙な処をおして書いて下さった事に、ファンを大事に思って下さると事が私には嬉しかったのです。
昔はそんなことがあったんですよね、私も好きな俳優さんの電話番号を調べて電話したことあります。うろ覚えですが、本人と話した気がします。
@@poppohanaoka6145 さん。返信有難う御座います。初めまして、さしだと申します。私が若かりし頃「京都の恋」で、渚ゆう子さんのファンになりました。ファンレターを出したのですが、内容は覚えておりません。記憶も薄れています。あなたが好きな俳優さんに電話をかけて話した事をコメントしていましたが、うろ覚えていますと、コメントしていましたが、私もそう思います。
今では考えられないことですよね。当時はスターとファンの間の距離がお互いに物理的にも心理的にも普通に近かったというか。テレビでも各都市の公会堂などのような会場で生放送の番組中に歌手がステージから降りて来て観客席の階段式通路でお客さんと握手しながら歌い歩くようなことも当たり前の時代でした(大会場での観客と一体型の番組すら今はもう存在しません)。分野は全く違いますが、プロ野球でも選手が感動的なホームランを打つとファンがグラウンドに降りてきて三塁ベースから一緒に肩を組みながらホームインなんていう場面がよくありました。あんなほのぼのとした人間味を感じさせる時代はもう二度と来ないのでしょうね。
@@yoidoretennshi777 さん。私が、若い頃渚ゆう子さんの大ファンでした。あなたが、書かれて、いました。歌手とファンが、近くで触れ合う時も、確かに、ありました。今では、有り得ない事です。時代が変りましたね!
数有る曲の中、私はこの曲がいちばん好きです❗
想いで有る曲です🎶‼️
素敵な歌です。
中学生の時にレコードを、買って良く聞きました。アップありがとうございます。
このうたが一番好き
私もです!
忘れかけていた曲が、蘇ってきました。
筒美京平さん作曲ですね。歌い手さんの声と曲がマッチしてて素敵です。
作詞した林春生さんも良いのでは?
イントロが、たまりません。
「渚ゆう子」の何処か暖かみの有る歌声と、悲しい歌詞のマッチングが素晴らしい。
※「昭和の名曲」
( ╹▽╹ )
ほんとイントロたまりませんな🎵
当時父の運転していた日産ブルーバードのカーラジオからよく流れていた曲です。思わずタイムスリップして懐かしさがこみ上げてきました。アップありがとうございます。
好きな曲を聞きながらドライブするって、友達と一緒だろうが、一人だろうが死ぬまで忘れないだろうなあ!
スリーエスですか
むちゃくちゃ過ぎる良い唄
ゆう子さんの昔からの大ファンでして1日1回必ず拝聴してます
doro2067さんありがとうございます。特にこの曲は郷愁にさそはれます
心に沁みます。むかしの情景が蘇り本当に懐かしくおもいます。
渚ゆう子さんの特徴はちょっと聴くとキーが低いのかと感じるけれども、実際に歌ってみると相当高い事が分かる。簡単そうで難しいのがこの人の歌の特徴。
艶々の歌声がたまらないですね!
懐かしい曲です。自分の好きな曲です。最後にSLが汽笛を鳴らしながら去ってゆく所が素晴らしい
多分ですよ。
初めまして、最後に蒸気機関車の汽笛音を東芝レコード会社の関係者が北海道に出掛け直に録音したと言うエピソードが残っています。
素晴らしい❗今でもファンです。最近、お目にかかれないのが気になります。
「渚ゆう子さん」の「さいはて慕情」1971年リリースされた曲でしたか【当時私が21歳】
「渚ゆう子全曲集」LPは持っていますがこの曲の「作詞 林春生氏」「作曲 編曲 筒美京平氏」
良い曲だと思っていたらやはり「作曲 編曲 筒美京平氏」やはり大天才筒美京平氏でしたか
新人歌手の曲を手掛けていたと思っていたらベテラン歌手の曲も手掛けていたんですね。
久しぶりに聞いてよかったです。最高嬉しいです。
若いころ、流行っていたのを憶えています。懐かしいです。
昭和レトロ感、満載で安心して癒されますね。
渚ゆう子「さいはて慕情」1971年発表の曲ですか、渚ゆう子さんと言ったら「ザ・ベンチャーズ」の「京都の恋」
「ザ・ベンチャーズ」歌謡曲の始まりで、奥村チヨさんの「北国の青い空」が一番最初でしょう
私は渚ゆう子さんのシングル・レコードは持っていませんが、「渚ゆう子ベストアルバム」を持っていて
「さいはて慕情」も入ています。「ザ・ベンチャーズ」歌謡曲も良いのですが、
流石 筒美京平氏による作曲、編曲 良い曲を作られる天才でしょう。
懐かしいです
いいねぇ、のんびりと旅に出たくなる曲だ。
中学生の時ファンレター出したら京都慕情の歌詞の入ったカレンダーが沢山来たこと思い出しました。個人的には、今日から一人が好きです。
若いころの歌で、この人の特徴は高音域でも言葉が乱れないこと。
僕の好きな曲は京都の恋です、この曲には思い出がありますこの曲が流行っていた時は大阪万博があり人生最後の思い出になりました僕が十五、六の時に万博に行って17才の時に事故で車椅子の生活になりましたその時に流行っていた曲が京都の恋です、色々な音楽を聴くと昔のことを思い出します❣️
あぁ!懐かしい!
The song touched to my heart...so beautiful!!!
Thank you for listening to the Japanese song.
This song is A solitary journey to trace the memories of a lover.
京都の恋が、人気だった頃何度もお会いしてます!流石、ご本人の前で聴く歌は、良いもんですね〜
「渚ゆう子さん」と言えば「京都の恋」「京都慕情」「長崎慕情」「ザ・ベンチャーズ作曲」
「雨の日のブルース」「さいはて慕情」【作曲 編曲 筒美京平氏】
この「渚ゆう子さん」のベストレコードを持っていますが、このアルバムは数十年前に買ったものですから
レコードジャケットも黄ばみ、カビ臭いし、でもレコードは新品の状態を保っています
「渚ゆう子さん」の「さいはて慕情」流石【大天才作曲 編曲 筒美京平氏】ヒットソングメーカーと
言える方なのでしょう。もうこの方を超える【作曲 編曲家】出て来ないのでしょう。
何処の誰かは分かりませんが、高評価有難うございます
上記に記した様に「渚ゆう子さん」と言えば「京都の恋」を思い出しますが
「さいはて慕情」も良い曲で好きな曲の一曲です。
流石「天才作曲 編曲 筒美京平氏」良い曲だと思うと必ず【 筒美京平氏】ですね。
当時14才、さいはて慕情シングルレコード買いました🎵渚ゆうさん哀愁ありました❗️
でも初めてのレコードは「かくれんぼ」だった
確か渚ゆう子、この曲を含めて日本レコード大賞歌唱賞を二年連続で、獲得した記憶があります。声の良さ
本当ですか、知らなかったですありがとうございます。
最後の蒸気機関車の汽笛がいいですね~🎵
流石に唄上手過ぎますね
ベンチャーズ凄いですが、「京都の恋」よりこちらのが個人的に好きですね
なんと認識できる声の音色でしょう。青い空のように深く......
いいね!
@@lissa1588 さん
良い歌声ですよね
音楽はとても良い、旋律的です!
@@lissa1588 さん
昭和40年代のポップスは良いです
@@junchan9809 これはjpop音楽ですか?
最後にさりげなく入るSLの汽笛も注目です
塩浩司様。渚ゆう子さんの「さいはて慕情」のエンディングのSLの汽笛が、入っていますが、東芝レコードのスタッフさんが、北海道に行き、SLの汽笛を録音していたと言う。エピソードが、ありました。1971年当時、北海道で、急行列車ニセコ号がC62蒸気機関車で、小樽辺りより牽引していました。鉄道ファンが、急行列車ニセコ号を撮影と蒸気機関車の爆音を録音が憧れでした。
スローテンポで歌詞が明瞭で声質が耳に残る歌手ってそうそういない。
そうですよね。渚ゆう子さんは、美人でもあるし。いいですよね。今の歌は、リズムばっかりでぜんぜん頭に残りませんよね。安室奈美恵なんかどこがいいんでしょうね。あんなに騒いで。渚ゆう子さん、最高。
@@大西陸裕 八代亜紀さんもいいね。涙が出そう
あなたを偲んでみるけれど、あなたは現れなかった。でも、私の心のなかにいきている。
シングルレコードを持ってましたが、4年前に終活でブックオフで引き取ってもらいました。
局の最後に響くSLの汽笛が郷愁を誘うね。関東から見たら最果ての島北海道でも今はほとんどSLは姿を消してしまった。
今では季節によって走る、森林鉄道雨宮21?号か釧路湿原鉄道くらいだ。あの煙はどうも苦手だが、寂しくもある。
コレ、根室半島の道の駅で聞いたら、めちゃいい。題名わからなかったけど。最果ての地で聴くと、このイマジネーションの素晴らしさがわかる
あ、そうですか!
最果ての地と言われるとかなり引っかかる。おらんところは駅まで砂利道2.5㎞。今は冬で半分除雪していない。い、できない地形。誰かが踏んだ足跡をたどって駅方向に通う。
@チョコ大好き
納沙布岬へ行く道すがらの風景が、稚内行くより変化に富んでて最果て感ありましたね。
植物が低くなって、白鳥の来る湖などなど、だんだんと寂しげになっていく。
いつもバイクツーリングで行くんですが、44号線で納沙布岬(東の最果て)へ行くと、知床や稚内より最果て感 じます。植物とか地形含めての雰囲気。あくまで個人的な感性です。
就職2年目、会社に好きな人が出来た、初めて2人で飲んだ、帰りに公園を歩いていると、最果て慕情が聞こえてきた!思い出の曲。
色気が半端ない。
エンディングでSLの効果音が入っています。C61でしょう。
渚ゆう子さんて、声楽を極めていたのでしょうか。歌唱力半端ないです。(*^^)v
渚ゆう子さんはハワイアン歌手としてデビューされてますよ。
お母さまが沖縄出身お父様が京都出身で、子どものころから沖縄民謡と琉球舞踊を習われていたそうですよ。
修学旅行の電車の中で歌っていた奴がいました、52年前の事です
石野真子の♪彼が初恋 に似てるなって思ったら作曲はどちらも筒美京平先生ということで納得w
あたしは、当時小学生低学年でしたけど…当時流行ったワンピースのミニスカートを着て髪も茶色に染め…当時のあたしからみれば、色っぽい年増のおねえさん…しかし当時20代半ば…!!
この歌詞の「夜汽車に乗ろうか…」は「急行利尻」か「急行大雪」だと思われます
稚内も網走も「さいはての町」にぴったりも、個人的には「急行利尻」じゃないのかな?って
利尻はこの歌の発売の前である昭和45年12月末で蒸気機関車での運行を止めてディーゼル機関車になったが、その切り替え直前に録音しに行ったのかな?とも考えられます
この歌の発売時には、大雪はギリギリ(46年12月迄)蒸気機関車の牽引は行っていたものの、区間が遠軽~北見という中途半端な区間であるのと、D51と言うのも有って、更にちょっと汽笛の音が違うかな?って勝手な推測しました
なぎささんのこえがきい
ベンチャーズの後を受けられるのは筒美京平しかない!という感じの起用でしょうか。さすがの名曲です。
筒美京平はスゴいと思います。
若い頃カレの車で聞いた思い出の曲
最近、鉄道にまつわる曲が少なくて寂しい。JRが新幹線や観光列車にばかり金をかけ、あちこちの駅をことごとく無人化し、夜汽車を滅ぼした。国民はますます、鉄道から乖離するが当然のことだ。鉄道全滅まで秒読みか?
斉藤良一様。初めまして、指田と申します。渚ゆう子さんのさいはて慕情のエンディングのSLの汽笛をレコード会社のスタッフさんが、北海道で、SLの汽笛を取りに行ったと、エピソードが、ありました。
LPレコードを買って聴いています。
ぃぃきょくですね
Wielka dama z Okinawy.Pozdrawiam.
ぃいね😮
なきもの
木
ぃいね😮