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このタイトルマッチは凄くいい試合でした。特に1本目のじっくり腕攻めのグラウンドから大技への流れがよくて、見入ってしまいました。ありがとうございました。
楽しんでいただけたようで何よりです。やはり個人的にはこういうきちんと起承転結がある試合が好きです。
両者ともにキャピタルのジャージ格好良いです。
やっぱり、フリーライドサーファーは疾走感があっていいですね。試合も4者躍動感があって、テーズも若い!お客さんの盛り上がりもいい感じで。ただ、スミルノフの国プロ参戦はこれが最後。すでに他団体が触手をしていたのでしょうね。末期の国プロに大いに貢献されたと思います。
特にこの試合のように小走りに入場してくるとカッコいいですよね。本当にこのコンビにマッチした選曲です。スミルノフの国際最期の参戦はこの次の'80年デビリッシュファイトシリーズが最後です。ただ、そのシリーズのスミルノフはこじんまりした感じで印象が薄かった感がありました。
フリー・ライド・サーファーにテンション上がるな〜!この頃の井上浜口組はハズレ無しでしたね。
人によってはサーフィンのイメージだったり、西城秀樹のイメージだったりするフリーライドサーファーですが、やっぱり和製ハイフライヤーズですよね!本当にこのコンビの試合にハズレを見た記憶が無いです。
貴重な動画ありがとうございます。このイベントは当時、サンテレビや近畿放送ではネットされなくて、京阪神では視聴出来なかったんです。
喜んでもらえて嬉しいです。この日は中継が土曜日に移動&期首特番扱いで90分枠だったので、関東地方以外では放送されなかったのでしょうか。中京地区ではどうだったのか気になりますね。
国際プロレスにとって最後のビッグイベントでしたね。当時は視聴出来なくて、大変残念でしたが、時を超えた観戦体験をさせて頂けて大変感謝しています。
大技をやたら連発する最近のプロレスと違って、落ち着いて見られていいですね。和製HFのテクニックをうまく受ける大型外人(しかもコスチュームお揃い)がうまく噛み合ってました。リングサイドにいるおっさんのように見入ってしまいました。ありがとうございます。
急造コンビとは思えない出来の挑戦者組ですが、記録サイトを手繰ると同年の2月~8月頃にジョージア地区で邂逅していて、対戦やタッグを組む事は無かったものの何度も同じショーに出場していますので、気心知れた間柄だったのかもしれませんね。ちなみに同じ時期に同地区に出場し、ザ・USSRことチャーリー・フルトンと何度も対戦している日本人プロレスラーがいました。「Gen'ichiro Tenryu」ですw
いつも丁寧なご返信ありがとうございます。最後の一文はすごい衝撃です!スミルノフ、確か木村にもシングルで勝っていて、その時も決め技はフレンバスターだったような気がしますけど、今見ても技ひとつひとつ迫力があります。
控え選手はタッチロープをしっかりと握る。懐かしいです。
だからこそ、タッチがなかなかできないというフラストレーションが交代時を盛り上げるわけですよね。
久しぶりの「長尺動画」、堪能させていただきましたw結末が予想外ではありましたが、和製ハイフライヤーズ、スミルノフ組それぞれに持ち味が出ていたように思います。浜さん、マイティさんはいつも通りの躍動感溢れる試合ぶり。「急造マスクマン」のUSSRがなかなか「デキる」選手でいい味出してましたし、スミルノフがわざわざUSSRに合わせて上半身ツーショルダーのタイツでファイトしたのも個人的にはポイント高かったですwこれ、後にもタイトル戦が控えてたから「うやむや」の決着になったんでしょうけど、仮にこのタイトル戦がメインにされてたとしたら、おそらくこの4人の力量ならばしっかりと「まとめてた」んじゃないでしょうか。
国際のいつもの試合の如く日本プロレス史に残るような歴史的名勝負ではありませんが、非常にレベルの高い試合だったと思います。ザ・USSRことチャーリー・フルトンは職人ですよね。決してスミルノフを食わないようにしてるのも見事です。テレビ中継のあった豊田市大会や最終戦の越谷大会あたりで決着戦をやっても面白かったのになと今では思います。
22:30 藤波vs前田も真っ青の壮絶な両者KO()
土曜の夜に「まんがことわざ辞典」とは さすが12ch攻めてますねぇ一度観てみたい
私「まんがことわざ辞典」見ていました。途中から日曜朝に放送時間が変わったはずです。子門真人氏が歌うOPとEDは良い曲でした。この番組で「蓼食う虫も好き好き」とか「安物買いの銭失い」とか覚えましたw 「蓼食う虫も…」はおじいさんと孫が寿司屋で食事をしていて、孫が「なんでこんな不味いもの(蓼)食べるの?」と言うので、「お前が不味いと思うものでも、それを好きと言う人もいる。世の中は人それぞれなんだよ」みたいに諭すお話でした。で、最後は孫に好きなものを食べろと言ったは良いが、高いネタばかり頼むので支払いが気になり自分は寿司ネタを注文できず「おじいちゃんはお寿司食べないの?」と聞かれて「わしはこれ(蓼)があればいいんじゃ」とやせ我慢をするというオチだった記憶が。何本か上げている方がいらっしゃいますのでご覧になられてみては?国際と関係なくて失礼w
試合がスイングして充実した内容、
マイティとアニマルは名タッグだったのに、別々のマット人生を歩むことになるんだよなあ。グレッグ・ガニアとジム・ブランゼルの本家ハイ・フライヤーズの対決とか観たかったなぁ。パートナーとしてではなく、一レスラーとしてのアニマルが観たかった❢
なかなか通好みのマッチメークですね。まさに職人的なメンバーがそろった試合ですね。USSRさんの正体がチャーリー・ファルトンさんだったとは。この人、日本プロレス、新日本プロレスに参加してましたね。猪木さんがWWFに遠征した時、確か戦ってるはずです。
チャーリー・フルトンは日本プロレス崩壊直前でテレビ中継最後となったの'73年ダイナミックシリーズに来日しているんですよね。最終回前の'73.03.23に津市大会の坂口&高千穂VSクラップ&フルトンが放送されているそうです。テレビ朝日に映像が残っていると嬉しいですね。WWFでの猪木戦はアメリカで放送された映像が上がっていますよ。
@@js_Tokyo12ch 猪木戦の動画みました!どちらかというとベビー・フエース的な顔だったんですね日本でヒールは無理ぽいのでマスクマンに変身したのかな?それにしてもこの時の猪木の延髄蹴り、強烈でした!
@@ササヤンササヤン-v7p ベビーフェイス的な顔もそうですが、いくらプロレスが巧いと言っても「チャーリー・フルトン」という名前よりは「謎の覆面 ザ・USSR」の方がマッチメイクや営業面でもやりやすかったのだろうなと想像しています。猪木戦のジョバーぶりは見事でしたね。
うれしいです。ザUSSRって、ずばり国名だし、感動すら覚えます。近江八幡市運動公園体育館というのもいいですね。浜口のドロップキック、きれがいい。
当時風に言うなら「ザ・ソ連」ですねw浜口は隠れドロップキック名手ですよね。身体がミサイルのように飛んでいくので説得力もあります。エアープレンスピンの方が印象に残りやすいためか、あまり話題に出ないのが寂しかったところです。ありがとうございましたw
2:4290分特番の翌週の新番組が「まんがことわざ事典」。ゴールデンでやる番組(しかもクイズダービーの裏)じゃねえだろと思ったらまさかの電通企画
私「まんがことわざ辞典」見ていましたw今でもテレビ東京はオリジナリティが評価されていますが、東京12チャンネル時代はそれ+如何わしさがミックスしていて、なんとも言えない魅力がありました。
外国人勢デカっ!国際プロレスってやっぱ面白い。雰囲気が良い。東京12チャンネル(テレビ東京)とこも良いな。
USSRって、気になり調べましたら正体はチャーリーファルトンで日本、新日本、国際に3度も来ていました。更に猪木とはMSGでシングルであたっていたのはビックリですね!
決してトップスターではありませんでしたが、WWFで長く(良い意味での)ジョバーを務めたのはプロレスラーとしての技量が優れている事の証ですね。
この頃の浜口は地道なキャラですね。
今回も貴重な動画のアップありがとうございます。結末に賛否はあるでしょうが、見ごたえのあるタッグ戦でした。IWAタッグへの挑戦するエース外国人のパートナーが力不足と言うケースが多々あったように思いますが、どう言う訳か国際プロレス末期には解消されていますよね。ザUSSRも派手さはないですけど、しっかり仕事していますし、ジ・アトミックも悪くなかったと思います。それにしてもスミルノフはいいレスラーだったなぁ。
>IWAタッグへの挑戦するエース外国人のパートナーが力不足と言うケースが多々あったように昭和50年代前半にその傾向がありましたよね。良く言えば味わい深い連中だったのですがwその中ではスミルノフはパートナーに恵まれた方だと思います。
おっしゃるとおりですね、味わい深い連中でした。ちなみに自分が一番印象に残っているのがレン・シェリーです。素顔でも覆面でも来日して、負けまくったのに何故かIWAタッグに挑戦できるという謎の厚遇w。ザUFOとのグダグダなタッグも何とも言えない味わいがありましたw
場外マットの代わりに畳、、、マットより扱いやすく試験的導入か、タニマチさん筋の畳屋さんから使ってくれと吉原社長が言われたのか、、、選手は戸惑ったことでしょうね、、、
古くから場外マットの代わりに畳が使用される事はありましたが、必ず畳だったというわけでもなく、詳しい事情はわかりかねます。柔道用などの会場側の備品の関係かもしれません。
なんでロシア軍なのにテーマがジューダスプリースト?
ギミックのロシアチーム実力はお墨付き
このタイトルマッチは凄くいい試合でした。
特に1本目のじっくり腕攻めのグラウンドから大技への流れがよくて、見入ってしまいました。ありがとうございました。
楽しんでいただけたようで何よりです。やはり個人的にはこういうきちんと起承転結がある試合が好きです。
両者ともにキャピタルのジャージ格好良いです。
やっぱり、フリーライドサーファーは疾走感があっていいですね。
試合も4者躍動感があって、テーズも若い!
お客さんの盛り上がりもいい感じで。
ただ、スミルノフの国プロ参戦はこれが最後。
すでに他団体が触手をしていたのでしょうね。
末期の国プロに大いに貢献されたと思います。
特にこの試合のように小走りに入場してくるとカッコいいですよね。本当にこのコンビにマッチした選曲です。
スミルノフの国際最期の参戦はこの次の'80年デビリッシュファイトシリーズが最後です。ただ、そのシリーズのスミルノフはこじんまりした感じで印象が薄かった感がありました。
フリー・ライド・サーファーにテンション上がるな〜!
この頃の井上浜口組はハズレ無しでしたね。
人によってはサーフィンのイメージだったり、西城秀樹のイメージだったりするフリーライドサーファーですが、やっぱり和製ハイフライヤーズですよね!本当にこのコンビの試合にハズレを見た記憶が無いです。
貴重な動画ありがとうございます。
このイベントは当時、サンテレビや
近畿放送ではネットされなくて、京阪神
では視聴出来なかったんです。
喜んでもらえて嬉しいです。
この日は中継が土曜日に移動&期首特番扱いで90分枠だったので、関東地方以外では放送されなかったのでしょうか。中京地区ではどうだったのか気になりますね。
国際プロレスにとって最後の
ビッグイベントでしたね。
当時は視聴出来なくて、大変
残念でしたが、時を超えた観戦体験
をさせて頂けて大変感謝しています。
大技をやたら連発する最近のプロレスと違って、落ち着いて見られていいですね。和製HFのテクニックをうまく受ける大型外人(しかもコスチュームお揃い)がうまく噛み合ってました。リングサイドにいるおっさんのように見入ってしまいました。ありがとうございます。
急造コンビとは思えない出来の挑戦者組ですが、記録サイトを手繰ると同年の2月~8月頃にジョージア地区で邂逅していて、対戦やタッグを組む事は無かったものの何度も同じショーに出場していますので、気心知れた間柄だったのかもしれませんね。
ちなみに同じ時期に同地区に出場し、ザ・USSRことチャーリー・フルトンと何度も対戦している日本人プロレスラーがいました。「Gen'ichiro Tenryu」ですw
いつも丁寧なご返信ありがとうございます。最後の一文はすごい衝撃です!スミルノフ、確か木村にもシングルで勝っていて、その時も決め技はフレンバスターだったような気がしますけど、今見ても技ひとつひとつ迫力があります。
控え選手はタッチロープをしっかりと握る。懐かしいです。
だからこそ、タッチがなかなかできないというフラストレーションが交代時を盛り上げるわけですよね。
久しぶりの「長尺動画」、堪能させていただきましたw
結末が予想外ではありましたが、和製ハイフライヤーズ、スミルノフ組それぞれに持ち味が出ていたように思います。浜さん、マイティさんはいつも通りの躍動感溢れる試合ぶり。「急造マスクマン」のUSSRがなかなか「デキる」選手でいい味出してましたし、スミルノフがわざわざUSSRに合わせて上半身ツーショルダーのタイツでファイトしたのも個人的にはポイント高かったですw
これ、後にもタイトル戦が控えてたから「うやむや」の決着になったんでしょうけど、仮にこのタイトル戦がメインにされてたとしたら、おそらくこの4人の力量ならばしっかりと「まとめてた」んじゃないでしょうか。
国際のいつもの試合の如く日本プロレス史に残るような歴史的名勝負ではありませんが、非常にレベルの高い試合だったと思います。
ザ・USSRことチャーリー・フルトンは職人ですよね。決してスミルノフを食わないようにしてるのも見事です。
テレビ中継のあった豊田市大会や最終戦の越谷大会あたりで決着戦をやっても面白かったのになと今では思います。
22:30 藤波vs前田も真っ青の壮絶な両者KO()
土曜の夜に「まんがことわざ辞典」とは さすが12ch攻めてますねぇ
一度観てみたい
私「まんがことわざ辞典」見ていました。途中から日曜朝に放送時間が変わったはずです。子門真人氏が歌うOPとEDは良い曲でした。この番組で「蓼食う虫も好き好き」とか「安物買いの銭失い」とか覚えましたw
「蓼食う虫も…」はおじいさんと孫が寿司屋で食事をしていて、孫が「なんでこんな不味いもの(蓼)食べるの?」と言うので、「お前が不味いと思うものでも、それを好きと言う人もいる。世の中は人それぞれなんだよ」みたいに諭すお話でした。
で、最後は孫に好きなものを食べろと言ったは良いが、高いネタばかり頼むので支払いが気になり自分は寿司ネタを注文できず「おじいちゃんはお寿司食べないの?」と聞かれて「わしはこれ(蓼)があればいいんじゃ」とやせ我慢をするというオチだった記憶が。
何本か上げている方がいらっしゃいますのでご覧になられてみては?
国際と関係なくて失礼w
試合がスイングして充実した内容、
マイティとアニマルは名タッグだったのに、別々のマット人生を歩むことになるんだよなあ。
グレッグ・ガニアとジム・ブランゼルの本家ハイ・フライヤーズの対決とか観たかったなぁ。パートナーとしてではなく、一レスラーとしてのアニマルが観たかった❢
なかなか通好みのマッチメークですね。まさに職人的なメンバーがそろった試合ですね。USSRさんの正体がチャーリー・ファルトンさんだったとは。この人、日本プロレス、新日本プロレスに参加してましたね。猪木さんがWWFに遠征した時、確か戦ってるはずです。
チャーリー・フルトンは日本プロレス崩壊直前でテレビ中継最後となったの'73年ダイナミックシリーズに来日しているんですよね。最終回前の'73.03.23に津市大会の坂口&高千穂VSクラップ&フルトンが放送されているそうです。テレビ朝日に映像が残っていると嬉しいですね。WWFでの猪木戦はアメリカで放送された映像が上がっていますよ。
@@js_Tokyo12ch 猪木戦の動画みました!
どちらかというとベビー・フエース的な顔だったんですね日本でヒールは無理ぽいのでマスクマンに変身したのかな?
それにしてもこの時の猪木の延髄蹴り、強烈でした!
@@ササヤンササヤン-v7p
ベビーフェイス的な顔もそうですが、いくらプロレスが巧いと言っても「チャーリー・フルトン」という名前よりは「謎の覆面 ザ・USSR」の方がマッチメイクや営業面でもやりやすかったのだろうなと想像しています。
猪木戦のジョバーぶりは見事でしたね。
うれしいです。ザUSSRって、ずばり国名だし、感動すら覚えます。近江八幡市運動公園体育館というのもいいですね。浜口のドロップキック、きれがいい。
当時風に言うなら「ザ・ソ連」ですねw
浜口は隠れドロップキック名手ですよね。身体がミサイルのように飛んでいくので説得力もあります。エアープレンスピンの方が印象に残りやすいためか、あまり話題に出ないのが寂しかったところです。ありがとうございましたw
2:42
90分特番の翌週の新番組が「まんがことわざ事典」。
ゴールデンでやる番組(しかもクイズダービーの裏)じゃねえだろと思ったらまさかの電通企画
私「まんがことわざ辞典」見ていましたw
今でもテレビ東京はオリジナリティが評価されていますが、東京12チャンネル時代はそれ+如何わしさがミックスしていて、なんとも言えない魅力がありました。
外国人勢デカっ!国際プロレスってやっぱ面白い。
雰囲気が良い。
東京12チャンネル(テレビ東京)とこも良いな。
USSRって、気になり調べましたら正体はチャーリーファルトンで日本、新日本、国際に3度も来ていました。更に猪木とはMSGでシングルであたっていたのはビックリですね!
決してトップスターではありませんでしたが、WWFで長く(良い意味での)ジョバーを務めたのはプロレスラーとしての技量が優れている事の証ですね。
この頃の浜口は地道なキャラですね。
今回も貴重な動画のアップありがとうございます。結末に賛否はあるでしょうが、見ごたえのあるタッグ戦でした。
IWAタッグへの挑戦するエース外国人のパートナーが力不足と言うケースが多々あったように思いますが、どう言う訳か国際プロレス末期には解消されていますよね。ザUSSRも派手さはないですけど、しっかり仕事していますし、ジ・アトミックも悪くなかったと思います。それにしてもスミルノフはいいレスラーだったなぁ。
>IWAタッグへの挑戦するエース外国人のパートナーが力不足と言うケースが多々あったように
昭和50年代前半にその傾向がありましたよね。良く言えば味わい深い連中だったのですがw
その中ではスミルノフはパートナーに恵まれた方だと思います。
おっしゃるとおりですね、味わい深い連中でした。
ちなみに自分が一番印象に残っているのがレン・シェリーです。素顔でも覆面でも来日して、負けまくったのに何故かIWAタッグに挑戦できるという謎の厚遇w。ザUFOとのグダグダなタッグも何とも言えない味わいがありましたw
場外マットの代わりに畳、、、マットより扱いやすく試験的導入か、タニマチさん筋の畳屋さんから使ってくれと吉原社長が言われたのか、、、選手は戸惑ったことでしょうね、、、
古くから場外マットの代わりに畳が使用される事はありましたが、必ず畳だったというわけでもなく、詳しい事情はわかりかねます。柔道用などの会場側の備品の関係かもしれません。
なんでロシア軍なのにテーマがジューダスプリースト?
ギミックのロシアチーム
実力はお墨付き