【総集編】日本人の9割が知らない!あまりに有名な徳川合戦の真相【4選】【ゆっくり解説】

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  • Опубліковано 20 жов 2024

КОМЕНТАРІ • 5

  • @MsIrina24
    @MsIrina24 Рік тому +3

    家康は裏切ったりしない信頼があったんだろうな
    最後の最後で肝心なとこで裏切ったところは明智光秀と同じ

  • @WearstFaker
    @WearstFaker Рік тому +4

    「勝兵は先ず勝ちてしかるのち戦いを求め、敗兵は先ず戦いてしかるのち勝を求む」
    家康は戦うたびに強くなる。 関ヶ原にしても大坂の陣にしても、「もしも〇〇だったら。」で語られるけど、家康の場合は結局はうまく軌道修正して、自分が勝つように仕組んでしまう。
    例えば関ヶ原、小早川秀秋、吉川広家が家康に明確に敵対していたら、それはそれなりの陣容を整えて関ヶ原で勝利するだろうし、小牧長久手の後、徳川征伐が行われていたら、秀吉を苦しめていたか、やっぱり講和にまで持ち込むだろう。
    また、関ヶ原の戦いを見ると、「内線有利」を知っていた可能性が高い。つまり、包囲されている側が強い。
    一見すると、包囲殲滅される危険があるから負けるように映るが、マスケット銃(火縄銃)ということ、そして戦国武将という性質上、指揮系統が統一できない。その場合有能な将が内線全体を指揮できる方が強い。
    事実、西軍は指揮系統の乱れで、関ヶ原で敗北した。・・・「 完璧な陣容 」を整えた石田三成が敗北したのだ。

  • @ねこちん-y8k
    @ねこちん-y8k Рік тому +2

    上杉氏が新潟に居る!

  • @キリコキューピー
    @キリコキューピー Рік тому +1

    家康の上杉討伐先の画像が、越中越後になってますよ❗️

  • @海小太郎
    @海小太郎 Рік тому +2

    家康は全て汚い裏技で勝った。おそらく、小田原攻めや朝鮮出兵も秀次事件も家康が謀略を巡らせたに違い無い。