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清原に対する最後の2球はすごいボールを投げてますね。当時テレビで見てたけど、銀縁メガネの優しそうな兄ちゃんが最強のPL学園を力で抑え込む姿がとても印象に残りました
清原が同じチームに来た渡辺智男に一言。あいつ他球団に行かなくて良かった、と言わしめたほどの天敵。
終盤終盤、8回清原へのアウトコースのストレート146km伸びが凄い!
なんだ!?渡辺智の高校生の時点での完成度は!!素晴らし過ぎる!
桑田の打球が完全に詰まってる。文字通りKKをねじ伏せてPL倒したのは渡辺くらいだろう。世代ナンバーワンのピッチャーと言っていいと思う。怪我さえなければプロでも200近く勝っただろうな。しかし最後の桑田との勝負は芯で捕らえた桑田に感嘆して首を傾げる渡辺と力負けを認めて笑みを浮かべる桑田との爽やかな対比がいいよね。勝敗を度外視したいいシーンだと思う。
一安打完封の岩倉
最強PL打線をも寄せ付けなかった渡辺智男のインパクトは松坂、藤浪以上でした。
清原が高校時代に対戦した最も印象に残る投手に渡辺智男を上げてました。後に西武で清原と共に戦う事になりますが、怪我によって選手生命が短かった事が悔やまれます。
KKコンビを抑えきった投手としてどこへ進むのか注目していました。NTT四国から西武に入団して、歴史に残る活躍をされると思っていましたが、ケガに泣いたのは本当に残念でしたね。
六連昴 桑田・大魔神佐々木が「渡辺智男が凄い」って言ってました。
当時、自衛隊の訓練で見れなかった。隊のなかでもPL負けたってすごい反響でしたよ。ぼくもPLファンだから大ショックでした。
PL学園も池田を倒した頃よりも明らかにグレードアップしていたと思うが、そのPLをも上回った渡辺智男は凄すぎるとしか言いようがない。
まさに凄すぎます。しかも、見た目ナヨッとしてるのに。。
ズームインかな?で徳光さんも渡辺君を久々に見た豪腕と言ってました。
清原を怪物へと覚醒させた男ですよ
@@ポールポール-d8r その発想は自分にはなかった。
で、後に同じ球団に入る…。
今は実測150キロを目指す投手が後を絶たないけど、渡辺投手や江川投手のような体感で伸びてくる速球を投げる投手がまた出てきて欲しい。清原が手も足も出ないほどやられるとは、凄い。
この時点でも恐らく150㎞/出てる。当時とスピードガンの方式や性能が違うだけ。大体この当時の測定値プラス20㎞/が現在の数値じゃないかも
@フジしきん江川比較ライアンの動画見てみてほぼミットに吸い込まれるタイミング同じだから。多分今の高校生とこの当時のプロが試合すれば26対0とかでもちろんプロの勝ち。そもそも浮き上がると錯覚するようなストレートはどんな回転量かけても150㎞/ℎ後半の初速で全体重をボールを叩く掛けなきゃそうは錯覚できないんだよ。
@フジしきん ua-cam.com/video/Dh_tLYqZjGA/v-deo.htmlこの動画にて君の眼には明らかに現代の投手の投げるストレートより遥かに劣っているように映る?私はちっともそう感じない。
@フジしきん 流石にそれは言わせてもらうがプロ野球と高校野球では次元が違い過ぎる。全く種類の違うスポーツと言ってよい。プロのレベルを見下し過ぎてはいけないよ。実現不可能だけどその想定下でも100戦闘って2~3勝出来るかどうか(現代の高校生側が)それほどまで差があるから斎藤佑樹も根尾も吉田恒星投手も清宮も直ぐに戦力って認めて貰えない。プロの実力を痛感して3年の下積みを体力錬成に費やしてやっと技術を習得して土俵に対等に立てる舞台なんだ。3年で舞台に昇れたらまだ成功の部類
@フジしきん 分かった浸ってる温泉の如き佇まいで以上この話題コレで締結
唯一K.Kコンビが居たPLが力負けした試合だと思います❗この時中2でしたが水野が居た池田がK.KコンビのPLに負けた時と同じ位の衝撃でした😲
当時小学生で、大のKKファンでした。負けてしまったことに只々がっかりしました。でも渡辺智さんが凄すぎたんですね。脱帽です。
高知県人だけど、当時これテレビで見てびっくりしたな(^^♪まさか、この時のPL学園に勝つとは思わなかったな!
PLが 負けるとは はたして誰が 予測出来たかな?
春でこの出来は歴代最高クラスそしてこの後中山のいる高知商業がナベトミを倒して、同レベルのストレートを打ち砕くってストーリーの出来が凄すぎる
当時、最強のPL学園。そこに高知県代表(当時は高知商に好投手多かったですね)とはいえ伊野商の渡辺というメガネ投手。どうせ負けると思ったら、、、!1人敢然と立ち向かってPLに勝っちゃった。本当、たまげた。後になって実はスゴい投手ということを知りました😅
清原は池田のエース水野投手から4三振しましたがあの時はまだ1年生でした。渡辺投手は3年生だった清原から3三振奪ったのは素晴らしい❗この2人がプロ入りして同じ西武ライオンズで味方になるのも不思議な縁ですね☺それでこのセンバツの5年後1990年の日本シリーズ第3戦で渡辺投手と桑田投手か投げ合う(再び渡辺投手勝利)のも野球の神様が引き寄せた因縁ですかね❗
その時は清原は桑田ではなく、渡辺の味方というのも印象深い
そうですね☺️。
渡辺の清原への最後の低め真っ直ぐの伸びはすごいですね。ちなみに彼はあまり高校野球に興味がなくPLの事も詳しく知らなかったようです。恐るべし天才でした
逆に清原も伊野ってどこやって馬鹿してたそうです
松山さんもバカにしてましたもんね。その松山さんには智男さんは被弾しますがそれ以外危なげ無しでしたからね。
弱そうなでナヨッとした人がボール握ったら天才、なんてギャップほどカッコ良さを感じるモノはない。
試合後の有名な会話。清原次は打つから夏絶対出てこいよ!渡辺夏は暑いからもういいです。渡辺の飄々とした性格が出てて好きだなあ。
@@空飛ぶ鯨やる気ない素振りを見せてもどうせ難なく夏も出てくるのかと思ったら、ホンマに地方で負けて消えるっていう😂
江川以外で化物投手といえば、伊野商の渡辺智男を思い出す。しかし、KKコンビの世代前後は人材が豊富だったね・・・皆、打者清原、桑田に真っ向勝負しとった・・・・いい、時代、いい野球小僧ばかりだった。
すぐに名前の上がる選手が沢山居ましたよね。
あの最強のKKコンビがいたPL学園の3年間の5回甲子園でも優勝出来たのは2回だけなんやから、やっぱり春夏春とか夏春夏の3連覇なんてのはちょっと至難の業でしょうね。
球威もさることながら、投球フォームが何ともしなやかで、美しいだよなあ、渡辺智男って。大好きな投手の1人。西武入団、200勝は軽くすると思っていたものですが、分からないもんですね、こればかりは何とも。
怪我ですね。中学時代かららしいですね
こういう素質のある選手を怪我させてしまうって、球団側も少しは責任感じてるのかな。
@@nnon4924 様フォームをみると、テイクバックの時に、後ろが大きいのと、右肩が下がるところが気になりました。負担が大きかったのかもしれません。
@@purplehazerain8420 さん、なるほど、長寿命するしないの投げ方があるんですねー。伊野もまた甲子園に出てくれないかな。
@@nnon4924 様そうですね。初出場で初優勝なんて、実力がないと出来ませんからね。子供たちの数も少なくなって、選手自体が揃わなくなって来てるでしょうけれど、また爽やかな風を感じてみたいですね。
渡辺が伊野商に入った時、監督が「お前みたいな凄い奴が、何でうちみたいなとこに来たんや?」と。しかも、初めは本気で投げたら捕れる捕手がいなかったらしいです。
伊野商やったからこそ初出場初優勝ができたんやないかと😆
失礼ながら、あまりに頭が良くなかったので、仕方なく伊野商に。でしょうね。
BS1、「わがふるさとのベストゲーム」で初めて伊野商業を知りました。最後の清原への146kmは痺れますね。西口と江川のようなフォームでとてもかっこいいです。清原も、高校時代の栄光までは、けがされることはない思います。
このときの映像は覚えているが、当時無敵の清原が渡辺智男のど真ん中のストレートにかすりもしなかった。
清原が甲子園でストレートを空振りするのはこの試合しか見たことない
清原は渡辺の投球を1度もバットに当ててないんだよね
PL学園どころかこのころの高校野球界の主砲とも言える清原がかすりもしないとなると、PL学園と言えどもほかの選手にかなり影響するんだな
清原は渡辺さんの球を『異次元のスピード』と、評価して。後年、西武で一緒になった時『アイツと同じチームで助かった』(アイツと対戦しなくて済むから助かった)と、言わしめたほどです。
本当にストレート真っ向勝負で完全に振り遅れての3三振だもんなぁこんな経験は初めてだっただろう
最後の打席の三球三振は圧巻だわ!あの清原がだよ!!
これ以降清原は打倒渡辺に毎日練習に励んでたらしいよ
池田の水野には4打席4三振だったけど感想聞きたいなまぁあの試合の水野は明らかに絶不調だったけど
あの池田を破った、桑田清原を敗る高校生が出てきたのが、無茶興奮した。しかも、同じ四国には驚きだった。
渡辺のピッチングは頭の良さを感じる
ストレートの伸びはすごいのは知っていたが、変化球もやばいね
球の伸びやべえ
智男さん、清原さんへの最後の球、凄っ!覚醒の瞬間!引き出した清原さんも凄っ!ライバルて最高っ!!!
清原の2打席め。3ボールから、ストレート3つで三振。最高級の打者を手玉に取ってる感じがすごい。
清原がバットにかすりもしないボールを一応バットに当てる桑田のセンス
桑田はバットを短く持ってるからね。それでも詰まるってどれだけw最後はミートしたけどやっぱり球威に押された。渡辺はあれをミートする桑田はさすがって感じだったけどw
なつかしい。清原を最後に仕留めた146kの速球の伸びがすごい。今振り返ってもプロが投げるような伸びのあるストレート。あれだけ素直できれいなフォームでも球自体の威力・伸びがあると簡単にうてないですね。江川動揺に手元で球がさらに伸びる稀有な投手。「ピッチャーが試合を決める」を体現していますね。
この時代は役者が揃ってるね
渡辺智男 曰く…「甲子園は暑すぎてたまらんから早く終わりたかった!」…と、後にインタビューで答えていたのが印象的だった。
確かにスリ鉢状でグランドは熱が籠もります。
渡辺智男さん親戚なので、どんな選手だろうと思って動画拝見させていただいたのですが凄い方だったんですね😲
佐川のミカン農家の息子でしたよね?
スカウトになって初めて実物を見たときは、意外と小柄でメガネかけていませんでした。
桑田はいい感じで打ってるけど差し込まれてる。どんな球威だよ、これ
あのストレートの球筋は凄かったですね。軽く投げているように見えてズドン。渡邊さんはこの試合7奪三振を取ってますが3つがこの清原から。何か清原の時だけギアチェンジしていた気がしました。ある雑誌で後年渡邊さんは決勝戦の帝京戦は抜け殻だったと言ってましたがこの試合は12奪三振に試合を決める2ランホームラン。底知れない力がありました。
江川卓投手に近いよね
たしかに決勝の方がむしろ凄さを感じられずPLに勝ったんだから余裕だろと手抜きしてるのかと思ったんですがそういうことだったんですねそれでもあの帝京がなす術ないという
決勝でも、ノビノビと言うか。気持ち良く投げてた印象があります。PL倒したから、決勝はもうオマケって感覚だったのでは?
渡辺は、清原に対して警戒しながらも勝負に挑んでいましたね。高知県は、高知商の中山、明徳に山本がいて、切磋琢磨していましたね
中山、色々言われたけど須藤大洋時代の野村と並ぶエースピッチャーでしたね。大洋ファンになったのも彼の存在があります😊
高知高には元巨人の西山が居たんじゃなかったっけ。
@@空飛ぶ鯨西山さんがいたのは、そのちょっと後です。KKや渡辺さんは1967年度生まれ。西山さんは1970年度生まれです。
一打席目に三振した直後の清原、なんじゃこりゃ...って顔してるのが面白い
こんなに凄い渡辺智男でも、夏は高知商の中山裕章に負けて出られなかったんだよね。当時の高知はレベル高すぎ
高知大会初戦で打球を肘に当ててそれを庇いながら投げて悪化させて決勝戦はボロボロになってましたからね。
さらに、高知高校・山本まで...怪物投手ぞろいでした。
その中山から清原は甲子園で完璧な当たりを打つんだから、この年の高校野球はレベルが高すぎる。
立花。高知高校は西山じゃねぇの?
山本は明徳。当時の高校球界トップクラスの技巧派投手。
清原が手も足も出てない、すげえ
自分が高校野球を見始めて、球が早いと思ったのは渡辺智男と佐賀工の江口
この試合は見ていて逆転のPLといえど逆転できそうな気がしなかった。この敗戦をきっかけに清原は練習の鬼になったという。
清原「次戦う時は覚えてろよ」渡部「夏は暑いから行きたくない」
伊野のほうが暑いのに~(笑)
渡辺「夏は暑いので遠慮しておきます。」です。
正に、快速球といった感じですね。高めに釣られているケースも多かった。
清原となべとみはプロは同じチームでほんと良かったですね
この試合は清原、桑田を抑えた渡辺が素晴らしかったのは勿論ですが、PLの初回のミスからの2失点が試合を決めてしまいました。前年の取手二戦の初回もそうでしたが、PL程のチームでも痛いミスが出ると、取り返すことは難しいんだなあと感じました。
たしかセカンドゴロエラーでしたよね。
@@tnk8030 失礼しました。ショートゴロとセカンドゴロの順番が記憶の中で逆になってました。ショートゴロはエラーになったけど、やや難しい打球でしたね。
高知県佐川町のみかん農家の息子です。
清原は渡辺の速球を(タイミングが取りずらい、抜けるような感じで、違った。)と言っていました又(三球三振したのは初めて)とインタビューに答えてたんですよねこの試合後、泣きながら室内練習場で、140k以上のバッティングマシーンで練習したらしいですね、それ程ショックだったんですね。
プロ入り後も「西武でよかった」と清原が言ってたそうですね。
清原が夏絶対出てこいよと言うと、渡辺は飄々と夏は暑いからもういいです。と答えたそうな。そして高知県代表の高知商剛腕中山から清原は特大のホームランを打ってる。なんとも面白い話だ
渡辺智は本当に凄いピッチャーだったよね。プロでもデビューから3年連続2桁勝利だったけど、その後急激に衰えたのが信じられなかった。
ケガに泣かされましたね。活躍期間は短かったものの、記憶に残る素晴らしいピッチャーでした
何か話聞くと高校時代から肘をやっていたらしいですね。それがあのセンバツ初優勝した後の夏の高知大会初戦で打球を右肘に当ててそれを庇いながら投げて悪化させて決勝戦で高知商の中山に投げ負けた。それで即プロは諦め社会人に行ったようですね。
投げ方がちょっと腕が伸びきって遠回りに出てくるから、肩にはキツそう。
渡辺智男投手、メガネで分かりづらいけど、独特の雰囲気のあるイケメンですね。これで豪速球とか、カッコよすぎでしょ。
渡辺投手は野球センス抜群でしたね
左打ちでバッティングも素晴らしかったですね。
真っ向勝負が素晴らしい👍
しかも御本人準決勝終わって抜け殻って仰っていたのに2ランホームランに12奪三振の完封勝ち。とんでもない話ですよね。
この年の選抜は、下馬評でほぼノーマークだった伊野商の快進撃に大きな衝撃を受けました。競馬なら間違いなく大穴、単勝万馬券ですね。
急に馬の話かいww単勝万馬券は言い過ぎだ。そうだな。PLが1.7倍。伊野商業が15倍~20倍前後 こんな感じじゃないかな。
@@kenbou2273 いやいや18頭立ての倍から出走してるんやぞ他の無名高と同じパッと見で消されてどう考えてもマンシューやろ
@@ねこだま-i1w さん満州なら8000点です(笑)
146キロって…今の時代なら156くらいの感覚だろうな
懐かしい、しかし今見たらとみおはストレートも変化球もエグいな
宇和島イーストも好きだったなぁ
このときの渡辺は凄かった
当時僕は中学1年。前前年の衝撃からPLファン。そんな僕がプレイボール前から唯一不安な気持ちが起きたのが彼、渡辺智男投手でした。ブルペンでの投球を見てその大き過ぎる佇まい、長い腕をフルにしならせるようなフォーム……開始前からの予感は結果、的中してしまう訳ですがこれはあまり触れられる機会を見ませんが渡辺智男投手のもう1点、他のPLに相対した投手達と違っていた点が投球中の振る舞いでした。余裕過ぎたんです。明らかに「俺の、打てないよ君たちには」というような表情がいやに多くてそれを見る度不快感ではなく一視聴者にも関わらず恐れを感じてしまったんです。「これこそ不世出の投手ではないか」と。皆さんも書かれているように僕もプロ入団後の成績には不満はありますがそれでも工藤公康投手、渡辺久信投手等とローテーションの一角を確かに形成した複数シーズンの投球もやはり忘れるコトは出来ません。PLに対峙した投手の中でも一際個人的に存在が大きな投手でした。
コメントありがとうございます^^この試合 何が悔しかったかと云いますとPLが負けたのももちろんなんですが・・・次の試合(PLが決勝に出るものと信じてまして)の観戦チケットを既に買っていました・・・なので決勝での 渡辺投手が打ったホームランを甲子園で見たのは よく覚えています^^;
Tiger☆Kakefu こちらこそ。返信わざわざ有難うございます。そして貴重な青春の1ページであるこのカードのup、感激しました。これも有難うございます。ところで………決勝カードは伊野商とどこでしたかね?
伊野商と帝京の決勝でしたね・・・前年の PL-岩倉戦が 甲子園での初めての野球観戦でしてPLが負けましたので この年は 絶対優勝!と信じて1回戦の 浜松商も観戦しての 楽しみな決勝だったので思い出が深いです^^;ちなみに 83年 全国制覇したPLは当時 一年生の桑田投手が先発と発表されると「あ~俺たち3年の最後の夏の試合が 一年生投手先発か!負けだな」などと言われたと 桑田さんのwikiにも 書いてありますので個人的に好きになれないチームなんですよね
Tiger☆Kakefu またまた有難うございます。その好きではなかった当時の方達というのは………清原選手4番起用まで4番だった池部さんや朝山主将や神野さん、加藤さん、住田さんなどですかね
さすが 83年 お好きなだけありまして詳しいですね^^もう だいぶ前に読んだので 細かい事は忘れたのですがドカベンか大甲子園の あとがきに 桑田さんが書かれている文章があるのですが練習試合で先輩投手が 次々打たれたので 桑田さんに投げるチャンスが回ってきたそうです。そこで押さえての センバツで投手としてしてベンチ入りもしていたのですがやはり1年生に先発を任せるのが嫌だった 先輩達も居たそうですね84年 85年は好きですよ^^
渡辺さん、軽ーく投げている感じでしたが、コントロールもよく球威があったと思います。この頃はめがね掛けていましたね。
PLのKK時代、この2人に勝った投手は、取手二高の石田投手と、この渡辺投手がいますが、「ひょっとしたらPLに勝つかも。」と思ったのは渡辺投手の方でした。とにかく江川さんに近いストレートの伸びでした。
岩倉の山口投手は1安打完封ですが、彼は記憶にないですか?一世一代の素晴らしい投球でした。
いましたね!その年の夏は出てこれませんでした。 その後この学校は夏に出てきた記憶があります。 山口投手は高卒で阪神タイガースに入りましたが、内野手に転向してぱっとしないまま、ヤクルトにトレードになって引退したと思います。
あと近畿大会かと思われますが、東洋大姫路のサブマリン豊田投手が決勝で1-0で勝利しています。まぁこの辺りも入れてしまうと、石田投手は2勝(国体)したことになってしまいますが。ちなみにこのKK二年生時は選抜、選手権、国体、近畿大会と準優勝で、準優勝コリゴリ桑田優勝宣言とか書かれていましたね。勿論そのまま言ったとは微塵も思っていませんが、翌春のこの試合で準決勝敗退口は災いのもとと言う諺が瞬間よぎりました。
まさに快速球。ガン表示以上に体感スピードは凄かったのではないか。故障さえなければ…。
後の最優秀防御率も取る男だった。さすがこのPLに勝つのは運だけではなかったんだよな。
清原さんから三振奪える高校生ピッチャーいたなんて・・渡辺さんは桑田さんとはタイプが違う天才なんでしょうね。
懐かしいです。県商(高知ではそう伊野商業を呼びます)、結果はともかく。懐かしいのみせていただきました^^
高知商業は”市商”だよね。
最後のバットを振りきれなかったシーンが印象に残ってる
水野は清原は抑えたけど桑田にやられた。ナベトミは清原、桑田を完璧に抑えた。清原が夏凄かったの春の屈辱を晴らしたかったからだろうね。ナベトミはプロ入りするときは肘が悪かったみたいですね。
清原さんへの最後のボール球速146KMだけど今の測り方だと156KMは出てそう
こ・これが清原にして「1打席目より2打席目、1球目より2球目の方が速かった」と言わしめた渡辺とみおか!動画ありっす!
のちに、渡辺と清原は、同僚になって、西武の黄金時代を支えてるんだよな。
渡辺さんが西武に入団して、清原さん『アイツと同じチームで助かった。』(アイツと対戦しなくて済むから助かった)と、言わしめてます。
トミオのストレート、素人の目からしても威力あるな
この時代の高知の投手は異常に足腰強そーだなって想った感があるわ
渡辺智男と桑田の対戦は、高校時代もプロ野球平成2年の日本シリーズでも渡辺が勝利している凄い選手だ❗️⚾
清原が渡辺の球が見えなかったという豪速球。清原はプロで 11:46 高卒1年目で3割、30HR越えの大活躍した。その清原が手も足もでなかった事を考えると、渡辺は、高卒で直ぐにプロに入団していたら、1年目で二桁勝っていたと思う。
ある動画で渡辺投手のこと全くの無名だと言われていたけど、とても無名のピッチングではない気がする
貼らせてください、あなたのその頑張りに この試合で一躍有名になりました。それ以前は、無名でした。
5番ピッチャー桑田君w4番と一緒でバットコントロール凄すぎw
あの清原が高校時代の凄腕ピッチャーとして、渡辺智男、中山、水野を上げてました。伊野商、高知商、池田。あの時代の四国は恐るべきです。人数だって、他県と比べたら決して多くはないのにそれだけの逸材が居たんですね。
その頃は、四国対PLでしたからね。
@@ゴールド2と言うより、この伊野商以外だと、岩倉と取手二校では?あと、宇部商。
懐かしい‼️これアルプススタンドで観た。
この直球は打てないし渡辺はまだ余裕がある。怪物と言って過言じゃない。
しかしその怪物渡辺は夏は高知大会で敗退する。事実渡辺が失点したから敗戦したのだ。
渡辺智男さんが夏の大会は腰痛で思うように投げられず、結果高知商業の中山投手と真っ直ぐ勝負の戦いがみれたのですが、夏に智男が万全で甲子園に来てたらと思うと当時は少し物足りないなと思うていました。
渡辺くんは、それまで故障で全力投球ができなかったけど、この時ばかりは壊れてもいいから全力で投げたんだよね。そしたら、監督さん始めみんながビックリしたらしい。プロに入ってからも、日本シリーズですっぽ抜けたフォークに巨人の駒田が振り遅れて三振してたくらいだから、ポテンシャルが半端なかったんだろうねえ🤔
池田の水野よりもさらにクオリティー高かったし、ストレートの質は桑田より1段上でした。このままプロで投げられそうなのにすぐにプロに行かなかったのはケガのせいですかね?メガネなのに剛腕っていう見た目とのギャップがすごくいい個性でした。なんで西武でもメガネかけてくれなかったのかな?
この頃は高知県最強だった甲子園で勝つより県予選で勝つ方が難しいとまで言われた
高知もそうですが、この頃の四国の甲子園初出場は本当に強かったほぼ準々決勝以上は行ってたのではないでしょうか?
その割には、この伊野商以外甲子園で大して勝ってないような?
西武ライオンズに渡辺が入ったときに清原の一言が今でも思い出す。他球団へ行かなくてよかったと。
清原、桑田にはギアを変えてるんだろうね。安本にはヒットを打たれても清原、桑田は抑えるという。
しかし桑田は三振しないな当てる技術高いな
伊野商業は87年の夏にも甲子園に出てる。1回戦が川島堅率いる東亜学園。相手が悪かった。
いいピッチャーって初速とキャッチャーミットに入る時の スピードかあまり変わらないんでしょ。
清原は最初の打席で気付いたな。渡辺のストレートのえげつなさに。
当時テレビで観て衝撃だった名試合
投球フォームもバッティングフォームも大好き。外野手だった俺が高校初日の練習で投手やれと言われ、初投球練習でテンパって思い出したのがこのフォーム。
清原さんへの最終打席の初球のカーブも凄い。その後の2球は伸びが・・・。話は変わりますが、セットポジション時に渡辺さんの静止が短いように思うのですが、こんなものなのか、昔だからか、上手いのか、よくわからないのでいろいろ教えていただけると幸いです。
一瞬でも静止すればOKだったと思いますが渡辺投手のは本当早いですね^^;
当時146キロって相当速いな
渡辺の渡辺による渡辺のための大会でした 仕事中に車のラジオで聞いてました
けど、この試合以前は、大して注目されてませんでしたよ。
清原への最後のストレートはワールドクラスだよ。アウトローギリギリに伸びる豪速球。打てないです。
わるーどクラスwwwキヨハラが雑魚なだけあいつが打てねえから負けたwww
@@Lala-ni9hm 日本語わからない民族が見栄張って日本語書かなくて良いよwww
この勢いで渡辺智男の伊野商業優勝したんですね。
そんなに絶好調っていう感じでも無さそうですが、マウンドさばきに余裕がありますね。ここぞ、という時にギア上げて豪速球を決める。
無敵状態だった当時のPLが負けるとは少年時代は思わなかった‥
同郷の高知商の中山にスピ―ドガンの数字こそ劣ってたけど、キレは渡辺智男の方が有った。最後の清原への146キロは素晴らしい。中山は中山で良い投手だったのだが、あんな事件を起こすとは。
ちなみに清原は中山投手のストレートをものの見事にレフトスタンドに打ち込みましたよ❗
渡辺智はあの世代最高の素質していましたけど、肩壊して大成できませんでしたね。やはり怪我に強いしないのも超一流の条件です。
清原に対する最後の2球はすごいボールを投げてますね。当時テレビで見てたけど、銀縁メガネの優しそうな兄ちゃんが最強のPL学園を力で抑え込む姿がとても印象に残りました
清原が同じチームに来た渡辺智男に一言。あいつ他球団に行かなくて良かった、と言わしめたほどの天敵。
終盤終盤、8回清原へのアウトコースのストレート146km伸びが凄い!
なんだ!?渡辺智の高校生の時点での完成度は!!
素晴らし過ぎる!
桑田の打球が完全に詰まってる。文字通りKKをねじ伏せてPL倒したのは渡辺くらいだろう。世代ナンバーワンのピッチャーと言っていいと思う。怪我さえなければプロでも200近く勝っただろうな。しかし最後の桑田との勝負は芯で捕らえた桑田に感嘆して首を傾げる渡辺と力負けを認めて笑みを浮かべる桑田との爽やかな対比がいいよね。勝敗を度外視したいいシーンだと思う。
一安打完封の岩倉
最強PL打線をも寄せ付けなかった渡辺智男のインパクトは松坂、藤浪以上でした。
清原が高校時代に対戦した最も印象に残る投手に渡辺智男を上げてました。
後に西武で清原と共に戦う事になりますが、怪我によって選手生命が短かった事が悔やまれます。
KKコンビを抑えきった
投手としてどこへ進むの
か注目していました。
NTT四国から西武に入団
して、歴史に残る活躍を
されると思っていました
が、ケガに泣いたのは
本当に残念でしたね。
六連昴 桑田・大魔神佐々木が「渡辺智男が凄い」って言ってました。
当時、自衛隊の訓練で見れなかった。隊のなかでもPL負けたってすごい反響でしたよ。ぼくもPLファンだから大ショックでした。
PL学園も池田を倒した頃よりも明らかにグレードアップしていたと思うが、そのPLをも上回った渡辺智男は凄すぎるとしか言いようがない。
まさに凄すぎます。しかも、見た目ナヨッとしてるのに。。
ズームインかな?で徳光さんも渡辺君を久々に見た豪腕と言ってました。
清原を怪物へと覚醒させた男ですよ
@@ポールポール-d8r その発想は自分にはなかった。
で、後に同じ球団に入る…。
今は実測150キロを目指す投手が後を絶たないけど、渡辺投手や江川投手のような体感で伸びてくる速球を投げる投手がまた出てきて欲しい。清原が手も足も出ないほどやられるとは、凄い。
この時点でも恐らく150㎞/出てる。当時とスピードガンの方式や性能が違うだけ。大体この当時の測定値プラス20㎞/が現在の数値じゃないかも
@フジしきん
江川比較ライアンの動画見てみてほぼミットに吸い込まれるタイミング同じだから。
多分今の高校生とこの当時のプロが試合すれば26対0とかでもちろんプロの勝ち。
そもそも浮き上がると錯覚するようなストレートはどんな回転量かけても150㎞/ℎ後半の初速で全体重をボールを叩く掛けなきゃそうは錯覚できないんだよ。
@フジしきん ua-cam.com/video/Dh_tLYqZjGA/v-deo.html
この動画にて君の眼には明らかに現代の投手の投げるストレートより遥かに劣っているように映る?
私はちっともそう感じない。
@フジしきん 流石にそれは言わせてもらうがプロ野球と高校野球では次元が違い過ぎる。全く種類の違うスポーツと言ってよい。
プロのレベルを見下し過ぎてはいけないよ。実現不可能だけどその想定下でも100戦闘って2~3勝出来るかどうか(現代の高校生側が)それほどまで差があるから斎藤佑樹も根尾も吉田恒星投手も清宮も直ぐに戦力って認めて貰えない。
プロの実力を痛感して3年の下積みを体力錬成に費やしてやっと技術を習得して土俵に対等に立てる舞台なんだ。
3年で舞台に昇れたらまだ成功の部類
@フジしきん 分かった浸ってる温泉の如き佇まいで
以上この話題コレで締結
唯一K.Kコンビが居たPLが力負けした試合だと思います❗この時中2でしたが水野が居た池田がK.KコンビのPLに負けた時と同じ位の衝撃でした😲
当時小学生で、大のKKファンでした。負けてしまったことに只々がっかりしました。でも渡辺智さんが凄すぎたんですね。脱帽です。
高知県人だけど、当時これテレビで見てびっくりしたな(^^♪まさか、この時のPL学園に勝つとは思わなかったな!
PLが 負けるとは はたして誰が 予測出来たかな?
春でこの出来は歴代最高クラス
そしてこの後中山のいる高知商業がナベトミを倒して、同レベルのストレートを打ち砕くってストーリーの出来が凄すぎる
当時、最強のPL学園。そこに高知県代表(当時は高知商に好投手多かったですね)とはいえ伊野商の渡辺というメガネ投手。どうせ負けると思ったら、、、!
1人敢然と立ち向かってPLに勝っちゃった。本当、たまげた。後になって実はスゴい投手ということを知りました😅
清原は池田のエース水野投手から4三振しましたがあの時はまだ1年生でした。渡辺投手は3年生だった清原から3三振奪ったのは素晴らしい❗この2人がプロ入りして同じ西武ライオンズで味方になるのも不思議な縁ですね☺それでこのセンバツの5年後1990年の日本シリーズ第3戦で渡辺投手と桑田投手か投げ合う(再び渡辺投手勝利)のも野球の神様が引き寄せた因縁ですかね❗
その時は清原は桑田ではなく、渡辺の味方というのも印象深い
そうですね☺️。
渡辺の清原への最後の低め真っ直ぐの伸びはすごいですね。ちなみに彼はあまり高校野球に興味がなくPLの事も詳しく知らなかったようです。恐るべし天才でした
逆に清原も伊野ってどこやって
馬鹿してたそうです
松山さんもバカにしてましたもんね。
その松山さんには智男さんは被弾しますがそれ以外危なげ無しでしたからね。
弱そうなでナヨッとした人がボール握ったら天才、なんてギャップほどカッコ良さを感じるモノはない。
試合後の有名な会話。
清原
次は打つから夏絶対出てこいよ!
渡辺
夏は暑いからもういいです。
渡辺の飄々とした性格が出てて好きだなあ。
@@空飛ぶ鯨
やる気ない素振りを見せてもどうせ難なく夏も出てくるのかと思ったら、ホンマに地方で負けて消えるっていう😂
江川以外で化物投手といえば、伊野商の渡辺智男を思い出す。しかし、KKコンビの世代前後は人材が豊富だったね・・・皆、打者清原、桑田に真っ向勝負しとった・・・・いい、時代、いい野球小僧ばかりだった。
すぐに名前の上がる選手が沢山居ましたよね。
あの最強のKKコンビがいたPL学園の3年間の5回甲子園でも優勝出来たのは2回だけなんやから、やっぱり春夏春とか夏春夏の
3連覇なんてのはちょっと至難の業でしょうね。
球威もさることながら、投球フォームが何ともしなやかで、美しいだよなあ、渡辺智男って。大好きな投手の1人。西武入団、200勝は軽くすると思っていたものですが、分からないもんですね、こればかりは何とも。
怪我ですね。中学時代かららしいですね
こういう素質のある選手を怪我させてしまうって、球団側も少しは責任感じてるのかな。
@@nnon4924 様
フォームをみると、テイクバックの時に、後ろが大きいのと、右肩が下がるところが気になりました。
負担が大きかったのかもしれません。
@@purplehazerain8420 さん、
なるほど、長寿命するしないの投げ方があるんですねー。伊野もまた甲子園に出てくれないかな。
@@nnon4924 様
そうですね。
初出場で初優勝なんて、実力がないと出来ませんからね。
子供たちの数も少なくなって、選手自体が揃わなくなって来てるでしょうけれど、また爽やかな風を感じてみたいですね。
渡辺が伊野商に入った時、監督が「お前みたいな凄い奴が、何でうちみたいなとこに来たんや?」と。しかも、初めは本気で投げたら捕れる捕手がいなかったらしいです。
伊野商やったからこそ初出場初優勝ができたんやないかと😆
失礼ながら、あまりに頭が良くなかったので、仕方なく伊野商に。
でしょうね。
BS1、「わがふるさとのベストゲーム」で初めて伊野商業を知りました。最後の清原への146kmは痺れますね。西口と江川のようなフォームでとてもかっこいいです。清原も、高校時代の栄光までは、けがされることはない思います。
このときの映像は覚えているが、当時無敵の清原が渡辺智男のど真ん中のストレートにかすりもしなかった。
清原が甲子園でストレートを空振りするのはこの試合しか見たことない
清原は渡辺の投球を1度もバットに当ててないんだよね
PL学園どころかこのころの高校野球界の主砲とも言える清原がかすりもしないとなると、PL学園と言えどもほかの選手にかなり影響するんだな
清原は渡辺さんの球を
『異次元のスピード』
と、評価して。
後年、西武で一緒になった時
『アイツと同じチームで助かった』
(アイツと対戦しなくて済むから助かった)
と、言わしめたほどです。
本当にストレート真っ向勝負で完全に振り遅れての3三振だもんなぁ
こんな経験は初めてだっただろう
最後の打席の三球三振は圧巻だわ!
あの清原がだよ!!
これ以降清原は打倒渡辺に毎日練習に励んでたらしいよ
池田の水野には4打席4三振だったけど感想聞きたいな
まぁあの試合の水野は明らかに絶不調だったけど
あの池田を破った、桑田清原を敗る高校生が出てきたのが、無茶興奮した。しかも、同じ四国には驚きだった。
渡辺のピッチングは頭の良さを感じる
ストレートの伸びはすごいのは知っていたが、変化球もやばいね
球の伸びやべえ
智男さん、清原さんへの最後の球、凄っ!覚醒の瞬間!引き出した清原さんも凄っ!ライバルて最高っ!!!
清原の2打席め。
3ボールから、ストレート3つで三振。
最高級の打者を手玉に取ってる感じがすごい。
清原がバットにかすりもしないボールを一応バットに当てる桑田のセンス
桑田はバットを短く持ってるからね。
それでも詰まるってどれだけw
最後はミートしたけどやっぱり球威に押された。
渡辺はあれをミートする桑田はさすがって感じだったけどw
なつかしい。清原を最後に仕留めた146kの速球の伸びがすごい。今振り返ってもプロが投げるような伸びのあるストレート。あれだけ素直できれいなフォームでも球自体の威力・伸びがあると簡単にうてないですね。江川動揺に手元で球がさらに伸びる稀有な投手。「ピッチャーが試合を決める」を体現していますね。
この時代は役者が揃ってるね
渡辺智男 曰く…「甲子園は暑すぎてたまらんから早く終わりたかった!」…と、後にインタビューで答えていたのが印象的だった。
確かにスリ鉢状でグランドは熱が籠もります。
渡辺智男さん親戚なので、どんな選手だろうと思って動画拝見させていただいたのですが凄い方だったんですね😲
佐川のミカン農家の息子でしたよね?
スカウトになって初めて実物を見たときは、意外と小柄でメガネかけていませんでした。
桑田はいい感じで打ってるけど差し込まれてる。どんな球威だよ、これ
あのストレートの球筋は凄かったですね。
軽く投げているように見えてズドン。
渡邊さんはこの試合7奪三振を取ってますが3つがこの清原から。
何か清原の時だけギアチェンジしていた気がしました。
ある雑誌で後年渡邊さんは決勝戦の帝京戦は抜け殻だったと言ってましたがこの試合は12奪三振に試合を決める2ランホームラン。
底知れない力がありました。
江川卓投手に近いよね
たしかに決勝の方がむしろ凄さを感じられず
PLに勝ったんだから余裕だろと
手抜きしてるのかと思ったんですが
そういうことだったんですね
それでもあの帝京がなす術ないという
決勝でも、ノビノビと言うか。
気持ち良く投げてた印象があります。
PL倒したから、決勝はもうオマケって感覚だったのでは?
渡辺は、清原に対して警戒しながらも勝負に挑んでいましたね。高知県は、高知商の中山、明徳に山本がいて、切磋琢磨していましたね
中山、色々言われたけど須藤大洋時代の野村と並ぶエースピッチャーでしたね。大洋ファンになったのも彼の存在があります😊
高知高には元巨人の西山が居たんじゃなかったっけ。
@@空飛ぶ鯨
西山さんがいたのは、そのちょっと後です。
KKや渡辺さんは1967年度生まれ。
西山さんは1970年度生まれです。
一打席目に三振した直後の清原、なんじゃこりゃ...って顔してるのが面白い
こんなに凄い渡辺智男でも、夏は高知商の中山裕章に負けて出られなかったんだよね。当時の高知はレベル高すぎ
高知大会初戦で打球を肘に当ててそれを庇いながら投げて悪化させて決勝戦はボロボロになってましたからね。
さらに、高知高校・山本まで...怪物投手ぞろいでした。
その中山から清原は甲子園で完璧な当たりを打つんだから、この年の高校野球はレベルが高すぎる。
立花。高知高校は西山じゃねぇの?
山本は明徳。
当時の高校球界トップクラスの技巧派投手。
清原が手も足も出てない、すげえ
自分が高校野球を見始めて、球が早いと思ったのは渡辺智男と佐賀工の江口
この試合は見ていて逆転のPLといえど逆転できそうな気がしなかった。この敗戦をきっかけに清原は練習の鬼になったという。
清原「次戦う時は覚えてろよ」
渡部「夏は暑いから行きたくない」
伊野のほうが暑いのに~(笑)
渡辺「夏は暑いので遠慮しておきます。」
です。
正に、快速球といった感じですね。高めに釣られているケースも多かった。
清原となべとみはプロは同じチームでほんと良かったですね
この試合は清原、桑田を抑えた渡辺が素晴らしかったのは勿論ですが、PLの初回のミスからの2失点が試合を決めてしまいました。
前年の取手二戦の初回もそうでしたが、PL程のチームでも痛いミスが出ると、取り返すことは難しいんだなあと感じました。
たしかセカンドゴロエラーでしたよね。
@@tnk8030
失礼しました。ショートゴロとセカンドゴロの順番が記憶の中で逆になってました。
ショートゴロはエラーになったけど、やや難しい打球でしたね。
高知県佐川町のみかん農家の息子です。
清原は渡辺の速球を(タイミングが取りずらい、抜けるような感じで、違った。)と言っていました
又(三球三振したのは初めて)とインタビューに答えてたんですよね
この試合後、泣きながら室内練習場で、140k以上のバッティングマシーンで
練習したらしいですね、それ程ショックだったんですね。
プロ入り後も「西武でよかった」と清原が言ってたそうですね。
清原が夏絶対出てこいよと言うと、渡辺は飄々と夏は暑いからもういいです。と
答えたそうな。
そして高知県代表の高知商剛腕中山から清原は特大のホームランを打ってる。
なんとも面白い話だ
渡辺智は本当に凄いピッチャーだったよね。プロでもデビューから3年連続2桁勝利だったけど、その後急激に衰えたのが信じられなかった。
ケガに泣かされましたね。活躍期間は短かったものの、記憶に残る素晴らしいピッチャーでした
何か話聞くと高校時代から肘をやっていたらしいですね。
それがあのセンバツ初優勝した後の夏の高知大会初戦で打球を右肘に当ててそれを庇いながら投げて悪化させて決勝戦で高知商の中山に投げ負けた。
それで即プロは諦め社会人に行ったようですね。
投げ方がちょっと腕が伸びきって遠回りに出てくるから、肩にはキツそう。
渡辺智男投手、メガネで分かりづらいけど、独特の雰囲気のあるイケメンですね。これで豪速球とか、カッコよすぎでしょ。
渡辺投手は野球センス抜群でしたね
左打ちでバッティングも素晴らしかったですね。
真っ向勝負が素晴らしい👍
しかも御本人準決勝終わって抜け殻って仰っていたのに2ランホームランに12奪三振の完封勝ち。
とんでもない話ですよね。
この年の選抜は、下馬評でほぼノーマークだった伊野商の快進撃に大きな衝撃を受けました。競馬なら間違いなく大穴、単勝万馬券ですね。
急に馬の話かいww
単勝万馬券は言い過ぎだ。
そうだな。PLが1.7倍。伊野商業が15倍~20倍前後 こんな感じじゃないかな。
@@kenbou2273
いやいや18頭立ての倍から出走してるんやぞ
他の無名高と同じパッと見で消されて
どう考えてもマンシューやろ
@@ねこだま-i1w さん
満州なら8000点です(笑)
146キロって…
今の時代なら156くらいの感覚だろうな
懐かしい、しかし今見たらとみおはストレートも変化球もエグいな
宇和島イーストも好きだったなぁ
このときの渡辺は凄かった
当時僕は中学1年。前前年の衝撃からPLファン。そんな僕がプレイボール前から唯一不安な気持ちが起きたのが彼、渡辺智男投手でした。ブルペンでの投球を見てその大き過ぎる佇まい、長い腕をフルにしならせるようなフォーム……開始前からの予感は結果、的中してしまう訳ですがこれはあまり触れられる機会を見ませんが渡辺智男投手のもう1点、他のPLに相対した投手達と違っていた点が投球中の振る舞いでした。余裕過ぎたんです。明らかに「俺の、打てないよ君たちには」というような表情がいやに多くてそれを見る度不快感ではなく一視聴者にも関わらず恐れを感じてしまったんです。「これこそ不世出の投手ではないか」と。
皆さんも書かれているように僕もプロ入団後の成績には不満はありますがそれでも工藤公康投手、渡辺久信投手等とローテーションの一角を確かに形成した複数シーズンの投球もやはり忘れるコトは出来ません。PLに対峙した投手の中でも一際個人的に存在が大きな投手でした。
コメントありがとうございます^^
この試合 何が悔しかったかと云いますと
PLが負けたのももちろんなんですが・・・
次の試合(PLが決勝に出るものと信じてまして)の観戦チケットを
既に買っていました・・・なので決勝での 渡辺投手が打った
ホームランを甲子園で見たのは よく覚えています^^;
Tiger☆Kakefu こちらこそ。返信わざわざ有難うございます。そして貴重な青春の1ページであるこのカードのup、感激しました。これも有難うございます。
ところで………
決勝カードは伊野商とどこでしたかね?
伊野商と帝京の決勝でしたね・・・
前年の PL-岩倉戦が 甲子園での初めての野球観戦でして
PLが負けましたので この年は 絶対優勝!と信じて
1回戦の 浜松商も観戦しての 楽しみな決勝だったので
思い出が深いです^^;
ちなみに 83年 全国制覇したPLは
当時 一年生の桑田投手が先発と発表されると
「あ~俺たち3年の最後の夏の試合が 一年生投手先発か!負けだな」
などと言われたと 桑田さんのwikiにも 書いてありますので
個人的に好きになれないチームなんですよね
Tiger☆Kakefu またまた有難うございます。その好きではなかった当時の方達というのは………
清原選手4番起用まで4番だった池部さんや朝山主将や神野さん、加藤さん、住田さんなどですかね
さすが 83年 お好きなだけありまして
詳しいですね^^
もう だいぶ前に読んだので 細かい事は忘れたのですが
ドカベンか大甲子園の あとがきに 桑田さんが書かれている
文章があるのですが
練習試合で先輩投手が 次々打たれたので 桑田さんに投げる
チャンスが回ってきたそうです。そこで押さえての センバツで
投手としてしてベンチ入りもしていたのですが
やはり1年生に先発を任せるのが嫌だった 先輩達も居たそうですね
84年 85年は好きですよ^^
渡辺さん、軽ーく投げている感じでしたが、コントロールもよく球威があったと思います。この頃はめがね掛けていましたね。
PLのKK時代、この2人に勝った投手は、取手二高の石田投手と、この渡辺投手がいますが、「ひょっとしたらPLに勝つかも。」と思ったのは渡辺投手の方でした。とにかく江川さんに近いストレートの伸びでした。
岩倉の山口投手は1安打完封ですが、彼は記憶にないですか?一世一代の素晴らしい投球でした。
いましたね!その年の夏は出てこれませんでした。
その後この学校は夏に出てきた記憶があります。
山口投手は高卒で阪神タイガースに入りましたが、内野手に転向してぱっとしないまま、ヤクルトにトレードになって引退したと思います。
あと近畿大会かと思われますが、東洋大姫路のサブマリン豊田投手が決勝で1-0で勝利しています。まぁこの辺りも入れてしまうと、石田投手は2勝(国体)したことになってしまいますが。ちなみにこのKK二年生時は選抜、選手権、国体、近畿大会と準優勝で、準優勝コリゴリ桑田優勝宣言とか書かれていましたね。勿論そのまま言ったとは微塵も思っていませんが、翌春のこの試合で準決勝敗退口は災いのもとと言う諺が瞬間よぎりました。
まさに快速球。ガン表示以上に体感スピードは凄かったのではないか。故障さえなければ…。
後の最優秀防御率も取る男だった。
さすがこのPLに勝つのは運だけではなかったんだよな。
清原さんから三振奪える高校生ピッチャーいたなんて・・
渡辺さんは桑田さんとはタイプが違う天才なんでしょうね。
懐かしいです。県商(高知ではそう伊野商業を呼びます)、結果はともかく。懐かしいのみせていただきました^^
高知商業は”市商”だよね。
最後のバットを振りきれなかったシーンが印象に残ってる
水野は清原は抑えたけど桑田にやられた。
ナベトミは清原、桑田を完璧に抑えた。
清原が夏凄かったの春の屈辱を晴らしたかったからだろうね。
ナベトミはプロ入りするときは肘が悪かったみたいですね。
清原さんへの最後のボール球速146KMだけど今の測り方だと156KMは出てそう
こ・これが清原にして「1打席目より2打席目、1球目より2球目の方が速かった」と言わしめた渡辺とみおか!
動画ありっす!
のちに、渡辺と清原は、同僚になって、西武の黄金時代を支えてるんだよな。
渡辺さんが西武に入団して、清原さん
『アイツと同じチームで助かった。』
(アイツと対戦しなくて済むから助かった)
と、言わしめてます。
トミオのストレート、素人の目からしても威力あるな
この時代の高知の投手は異常に足腰強そーだなって想った感があるわ
渡辺智男と桑田の対戦は、高校時代もプロ野球平成2年の日本シリーズでも渡辺が勝利している凄い選手だ❗️⚾
清原が渡辺の球が見えなかったという豪速球。清原はプロで 11:46 高卒1年目で3割、30HR越えの大活躍した。その清原が手も足もでなかった事を考えると、渡辺は、高卒で直ぐにプロに入団していたら、1年目で二桁勝っていたと思う。
ある動画で渡辺投手のこと全くの無名だと言われていたけど、とても無名のピッチングではない気がする
貼らせてください、あなたのその頑張りに
この試合で一躍有名になりました。
それ以前は、無名でした。
5番ピッチャー桑田君w4番と一緒でバットコントロール凄すぎw
あの清原が高校時代の凄腕ピッチャーとして、渡辺智男、中山、水野を上げてました。伊野商、高知商、池田。あの時代の四国は恐るべきです。人数だって、他県と比べたら決して多くはないのにそれだけの逸材が居たんですね。
その頃は、四国対PLでしたからね。
@@ゴールド2
と言うより、この伊野商以外だと、岩倉と取手二校では?
あと、宇部商。
懐かしい‼️
これアルプススタンドで観た。
この直球は打てないし
渡辺はまだ余裕がある。怪物と言って過言じゃない。
しかしその怪物渡辺は夏は高知大会で敗退する。事実渡辺が失点したから敗戦したのだ。
渡辺智男さんが夏の大会は
腰痛で思うように投げられず、
結果高知商業の中山投手と
真っ直ぐ勝負の戦いがみれた
のですが、夏に智男が万全で
甲子園に来てたらと思うと
当時は少し物足りないなと
思うていました。
渡辺くんは、それまで故障で全力投球ができなかったけど、この時ばかりは壊れてもいいから全力で投げたんだよね。そしたら、監督さん始めみんながビックリしたらしい。プロに入ってからも、日本シリーズですっぽ抜けたフォークに巨人の駒田が振り遅れて三振してたくらいだから、ポテンシャルが半端なかったんだろうねえ🤔
池田の水野よりもさらにクオリティー高かったし、ストレートの質は桑田より1段上でした。
このままプロで投げられそうなのにすぐにプロに行かなかったのはケガのせいですかね?
メガネなのに剛腕っていう見た目とのギャップがすごくいい個性でした。
なんで西武でもメガネかけてくれなかったのかな?
この頃は高知県最強だった
甲子園で勝つより県予選で勝つ方が難しいとまで言われた
高知もそうですが、この頃の四国の甲子園初出場は本当に強かった
ほぼ準々決勝以上は行ってたのではないでしょうか?
その割には、この伊野商以外
甲子園で大して勝ってないような?
西武ライオンズに渡辺が入ったときに清原の一言が今でも思い出す。他球団へ行かなくてよかったと。
清原、桑田にはギアを変えてるんだろうね。安本にはヒットを打たれても清原、桑田は抑えるという。
しかし桑田は三振しないな当てる技術高いな
伊野商業は87年の夏にも甲子園に出てる。1回戦が川島堅率いる東亜学園。相手が悪かった。
いいピッチャーって初速とキャッチャーミットに入る時の スピードか
あまり変わらないんでしょ。
清原は最初の打席で気付いたな。渡辺のストレートのえげつなさに。
当時テレビで観て衝撃だった名試合
投球フォームもバッティングフォームも大好き。
外野手だった俺が高校初日の練習で投手やれと言われ、初投球練習でテンパって思い出したのがこのフォーム。
清原さんへの最終打席の初球のカーブも凄い。その後の2球は伸びが・・・。話は変わりますが、セットポジション時に渡辺さんの静止が短いように思うのですが、こんなものなのか、昔だからか、上手いのか、よくわからないのでいろいろ教えていただけると幸いです。
一瞬でも静止すればOKだったと思いますが
渡辺投手のは本当早いですね^^;
当時146キロって相当速いな
渡辺の渡辺による渡辺のための大会でした 仕事中に車のラジオで聞いてました
けど、この試合以前は、大して注目されてませんでしたよ。
清原への最後のストレートはワールドクラスだよ。アウトローギリギリに伸びる豪速球。打てないです。
わるーどクラスwww
キヨハラが雑魚なだけ
あいつが打てねえから負けたwww
@@Lala-ni9hm 日本語わからない民族が見栄張って日本語書かなくて良いよwww
この勢いで渡辺智男の伊野商業
優勝したんですね。
そんなに絶好調っていう感じでも無さそうですが、マウンドさばきに余裕がありますね。ここぞ、という時にギア上げて豪速球を決める。
無敵状態だった当時のPLが負けるとは少年時代は思わなかった‥
同郷の高知商の中山にスピ―ドガンの数字こそ劣ってたけど、キレは渡辺智男の方が有った。最後の清原への146キロは素晴らしい。中山は中山で良い投手だったのだが、あんな事件を起こすとは。
ちなみに清原は中山投手のストレートをものの見事にレフトスタンドに打ち込みましたよ❗
渡辺智はあの世代最高の素質していましたけど、肩壊して大成できませんでしたね。やはり怪我に強いしないのも超一流の条件です。