【ゆっくり歴史解説】匈奴の歴史『建国から滅亡まで』

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  • Опубліковано 28 лис 2024

КОМЕНТАРІ • 74

  • @satoshitanaka7655
    @satoshitanaka7655 Рік тому +10

    個別の話は色々見てきましたが、ロングバージョンありがとうございます。
    2倍速で最後まで動画視聴しました。壮大な流れが味わえて理解が深まりました。

  • @hgmssq7512
    @hgmssq7512 Рік тому +6

    今年も一年お疲れ様でした。とても勉強になりました。
    有難うございます。来年も宜しくお願い致します。

  • @daikon_yakusha
    @daikon_yakusha Рік тому +19

    今年も一年お疲れ様でした。
    同時刻に動画をアップした鳥人間氏も異民族国家「前秦」を扱っていて、年末は中国異民族史コラボとなりましたね。

  • @マッチ-x1y
    @マッチ-x1y Рік тому +25

    モンゴルやハンガリー、隋唐王朝のルーツ(それぞれ諸説あり)だと考えると、興味深い民族ですね。
    来年もよろしくお願いします。

    • @momosuki8372
      @momosuki8372 Рік тому +5

      フィンランドもそうらしいよ!

    • @mwhat1488
      @mwhat1488 Рік тому +1

      昔から47では民族浄化を繰り返してきたぞ !!!
      今の47人は北方民族に入れ替わっているぞ !!!
      47人も丁千人も既に愚民・亜人の集団だぞ !!!

    • @shintenhou229
      @shintenhou229 10 місяців тому

      隋・唐は、鮮卑・拓跋の国

  • @ulojjyu
    @ulojjyu Рік тому +10

    ずっと北方異民族って「国号」が異なるだけでモンゴル人なのかな?とかいったい誰なのかわからなくて悶々としてましたが、結局色んな民族が居て時代時代でお互いの勢力圏が大きくなったり小さくなったり、遊牧民だからどこか固定の場所ではなく流体の様に勢力圏がゆらゆらとしていたのでしょうか。
    そしていくつもの民族が消え去ったのではなく他民族に吸収されていった感じなんですかね。
    すこしもやもやが晴れた気がします。

  • @ななしのよっすん
    @ななしのよっすん Рік тому +3

    投稿お疲れ様です!来年も頑張って下さいね

  • @モルァ
    @モルァ Рік тому +5

    来年も楽しみにしています!

  • @shou-sho
    @shou-sho Рік тому +35

    今我々がズボンを履いていることや椅子に座っているのも元はといえば匈奴の風習なので、匈奴は滅びていないともいえる

    • @橋本哲郎-y4w
      @橋本哲郎-y4w Рік тому +6

      モンゴルは匈奴とは直接関係ないんですか?!

    • @beatnixspeedster2963
      @beatnixspeedster2963 Рік тому +7

      @@橋本哲郎-y4w
      モンゴルとは北方騎馬民族の地部族の名称
      現在では民族も国家名にみなってるいるが元々は違う
      有名どころではタタール族
      キルギス族ウズベキ族各部族は別々に認識すべき

    • @wqwq-ol3hh
      @wqwq-ol3hh Рік тому +6

      @@橋本哲郎-y4w どれだけの関係が今も議論されています
      しかもトルコ人もモンゴル人も匈奴に強い主張をしています。トルコ民族主義は、世界中の遊牧帝国はすべてトルコ人だと考えていました(モンゴル帝国を除いて)。モンゴル人は、モンゴリアの遊牧民はみんなモンゴルだと思っていました。民族主義の論争は面倒ですね…

    • @Seaza_Sr1
      @Seaza_Sr1 Рік тому

      めくれないスカートが必要になれば自然にズボンができる、石や物に座る習慣があれば椅子は作るだろ。
      アフリカな椅子やズボンは無いのか?
      直ぐにバレてしまう起源や原産国の捏造はやめなさいw

    • @beatnixspeedster2963
      @beatnixspeedster2963 Рік тому

      @@Seaza_Sr1
      お前は何を言いたいんだ
      サッパリちんぷんかんぷんだ

  • @youkokuno555
    @youkokuno555 Рік тому +4

    毎回、UP主さんの 研究に参考になります。 ささやかですが、、

    • @れーしch歴史
      @れーしch歴史  Рік тому +2

      お年玉ありがとうございます。
      資料代に使わせて頂きたいと思います。
      この度は、投げ銭ありがとうございました。
      感謝です。

  • @takeshi492
    @takeshi492 Рік тому +3

    最後まで一気に見てしまった…とても面白かったです。
    蕨手刀は茨城県の横穴墓から出土してますよね、諸説ありますが蝦夷が使っていた刀の反りが騎馬戦に適していて、中央側が苦戦したのを受けて当時の直刀から今の日本刀の形に変化したということらしいですよね。
     騎馬民族征服王朝説は違うと思うんですが、前漢から五湖十六国辺りまで日本列島に知られていない何かの影響はあったような気がしますよね。

  • @hidekinishikawa6884
    @hidekinishikawa6884 Рік тому +10

    中華圏は実質、我々匈奴のテリトリー

  • @F5フゴー
    @F5フゴー Рік тому +8

    匈奴の読みは、フンヌとも読めるそうだから、北匈奴=フン族説は、説得力がありますね。

  • @phrk6dwnk480
    @phrk6dwnk480 Рік тому +11

    今までウガンや匈奴などの異民族って名前しか知らなかったので面白かったです

  • @酒田陽仁
    @酒田陽仁 Рік тому +6

    文字がない(?)、インカのキープのような紐を文字にした文化があります。日本も文字がない時代があったとされますが、本当はキープのように縄で作った文字で、考古学会が文字と考えなかったものを伝達手段としていた考えもあると思います。

  • @ゴンベエ-c1l
    @ゴンベエ-c1l Рік тому +12

    匈奴の掟の一つに「年寄は役に立たないから自分の親でも年を取ったら捨てる」ってのがあったと思うが、
    食い扶持を減らすのと、戦闘要員にならないから用無しって意味もあるんだろうけど、自分が年取った時の事をガン無視した掟だよな。

    • @osirkov5238
      @osirkov5238 Рік тому +4

      戦国末期の日本人の倫理観も同じようなものだったそうで、その反動で出てきたのが生類憐みの令だとか

    • @mwhat1488
      @mwhat1488 Рік тому

      昔から47では民族浄化を繰り返してきたぞ !!!
      今の47人は北方民族に入れ替わっているぞ !!!
      47人も丁千人も既に愚民・亜人の集団だぞ !!!

  • @グーグル用おーがにくこっとん

    三国志の小説や漫画で匈奴、烏桓、鮮卑、羌族いろいろなのが出てきてなんじゃこの部族は?
    一緒じゃないのか?と思ってましたが、良く分かりました。
    機会があったら鮮卑や羌族も紹介してください。

  • @スズキ-k2h
    @スズキ-k2h Рік тому +3

    日本が「もし」関係あるとして蕨手刀の殆どが北関東以北の出土になってると聞くので大和王朝というより蝦夷との繋がりかな?とか思ってしまったり
    大和朝廷が古代馬が導入してから50年も経たずに岩手にもいた事が分かったり、それ本当に朝廷経由だったのだろうか?とか
    地理的に朝鮮半島より経由より間宮海峡→宗谷海峡→津軽海峡に楽かも、とか
    戦いに明け暮れてる国とか、逃げてくる部族もいそうとか思ってしまい、妄想を膨らませていますよ
    あ、あと動画お疲れさまでした

  • @宴は終わったが
    @宴は終わったが Рік тому +8

    動画ありがとうございます。
    17:24 E・H・カーは「歴史とは何か」で歴史でifを考えることは無意味である(俗に言われている「ifはない」は誤訳)と述べていますけれど、同時にある種の出来事が社会に影響を及ぼすとも話していますからね。
    今年もれーしさんの動画で楽しませていただきました。来年もよろしくお願いします。

  • @rira_mmd
    @rira_mmd Рік тому +8

    東洋史というと中国が中心になりがちだけど北方異民族もかなり強い。それに蛮族と不当にバカにされた異民族が中国をボコボコにそるところ見るとスカッとして気持ちいい。

    • @wqwq-ol3hh
      @wqwq-ol3hh Рік тому

      北方異民族は他民族に対する不当な差別と迫害が中国よりずっとひどいでしょうwww

    • @yukky474
      @yukky474 Рік тому +2

      元と清は天晴れやな

    • @rira_mmd
      @rira_mmd Рік тому +1

      @@yukky474
      まさに!

  • @れにさんです
    @れにさんです Рік тому +9

    霊夢くん、霊夢くんでワクワクがとまらない。

  • @寿くん-b1e
    @寿くん-b1e Рік тому +13

    匈奴と言うのは名前しか知らなかったので良い学びになりました(^^)d
    また来年も学びになる動画期待しております😇
    それでは主様どうか良いお年を✨

  • @sattakon-nyaku3101
    @sattakon-nyaku3101 Рік тому

    字面のカッコよさよ

  • @paranoiary
    @paranoiary Рік тому +6

    スパルタとかも気がつくといなくなってるよね
    あんなに強烈な国家だったのに

    • @TATANKA-nf4ck
      @TATANKA-nf4ck Рік тому

      あそこは小っちゃかったから。

  • @burai7103
    @burai7103 Рік тому +3

    中華のライバルは長い間モンゴルだったんだよなあ

    • @吃瓜群众-l8i
      @吃瓜群众-l8i Рік тому

      北方的游牧,到现代俄罗斯也是个问题,70年代和苏联作战

  • @バスケ男-h2t
    @バスケ男-h2t Рік тому +4

    郷土の歴史

  • @mocchi2643
    @mocchi2643 Рік тому +3

    因みに李陵が匈奴で娶った妻との間に儲けた子供は呼韓邪単于の時代に別の単于を立てて叛き、処刑されている。

  • @こばーんでにーろ
    @こばーんでにーろ Рік тому

    ハンガリーの少数民族には、自分たちが、フン族の子孫だと誇りに思ってる人たちがいる。
    それにブダペストのブダはアッチラ大王の兄ブレダからきてるとの説もあります。

  • @沙流汰彦
    @沙流汰彦 Рік тому +3

    いるよ、いる😊

  • @kirieereison
    @kirieereison Рік тому +7

    風が吹けば桶屋が儲かる理論で
    1つの事柄が中国史や世界史に影響を与えるダイナミックなスケールを感じる中で
    「この指とーまれ」して人がぜんぜん集まらなかったボッチ単于が癒し枠すぎる( ̄▽ ̄;)

  • @橋本哲郎-y4w
    @橋本哲郎-y4w Рік тому

    後々のもしもの部分スゴイ興味深かったです!匈奴がもうちょっと思慮深かったら、アジアの宗教、文化は全く違っていた!

  • @pox13d8k
    @pox13d8k 5 місяців тому

    遊牧民が強かったのは、何も出来なくて飢えて死ぬのも、
    侵略で戦死するのも同じだからではないでしょうか。
    どの道、生きて行けないのだから。そうなったのでは。

  • @TATANKA-nf4ck
    @TATANKA-nf4ck Рік тому

    くんいくは現代のカフカス地方のクムイク人の先祖?

  • @April-cat
    @April-cat Рік тому +5

    征服された文明って、大抵文字を持たなかったって言われますよね…🤔
    なんか、不自然じゃない?って思うようになりました。

  • @m_incf.m.o.w9327
    @m_incf.m.o.w9327 Рік тому +1

    劉邦が現場主義の面倒臭いおじさんだったからこそ
    今の歴史が作られたのだなぁ
    (項羽・韓信だったら負けなかったというのは若干怪しいけど)

  • @koyo2437
    @koyo2437 Рік тому

    しまった書き忘れた なーーーんちゃって さっきの文の続き

  • @user-ls6wm7gs1p
    @user-ls6wm7gs1p Рік тому

    単干って(ゼンウ)って読むんですか?
    ウは解るんだけど、単は分からん???

  • @recordam
    @recordam Рік тому +1

    すっごい基本的な事気になったんだが・・・
    勃興期の匈奴というか遊牧民族は鉄器どうやって作ってたんだろ?
    毎回設備全部持って移動してたのかすら?
    材料は砂鉄ならまぁ携帯可だけど鉄鉱石とかだと含有量少なくて
    輸送コストが有り得ん量になるし 移動先に鉄鉱石有るとは限らんし
    設備やら道具入れたらとんでもない
    版図が小さなごく初期では鍛冶屋だけ定住とかも有りえんし???
    鉄器が無ければ他民族に攻撃すら出来なかったろうし

  • @ロプノールs
    @ロプノールs Рік тому

    倭人→匈奴→北匈奴→フン族→ハンガリー→フィンランド....? 世界を駆ける遊牧の民...。

  • @TATANKA-nf4ck
    @TATANKA-nf4ck Рік тому

    A市長選の滅亡

  • @shintenhou229
    @shintenhou229 10 місяців тому

    アッチラ大王に率いられてヨーロッパに攻め込み、ハンガリーを作った!

  • @蜻蛉斬斬鉄剣
    @蜻蛉斬斬鉄剣 Рік тому +3

    そもそも遊牧民を劣った文化の人間として話し始められていますが、農耕文明は発祥して1万年。遊牧文明は八千年です。基本的には、後からの方が優れていると見るのが本当なので、遊牧生活は、農耕民より優れた生き方です。彼等の家畜は野に生えた草を食べるだけ。しかし例えばモンゴルの馬なら、毒草を選り分けます。合衆国なら、人間が監視を続けて、毒草を排除する必要が在ります。最終的に肉を食べる生活と言うのも間違い。家畜は大切な財産です。普段は食べません。ミルクの利用なら命を奪わないので、乳製品の数が多いのです。時折肉類を食しますが、これは野生の動物を狩って食べるのです。珍客の時は、やむを得ず家畜を食べますが、滅多と出ない食事ですが、チンギスカンの父親は、泊めて貰った遊牧民に毒を盛られて死亡しました。イエスゲイです。イエスゲイは以前に新婚旅行中の男女を襲って、その女を妻としました。最初に生まれたのがチンギスカンです。この行為は相手側の部族から深く恨まれ、毒殺されたのです。その理由で、家畜は彼等の食料とはされていませんでした。モンゴル高原は寒さの厳しい場所です。雨や雪は少ないのですが、少しでも積り、一寸して温かさで少しだけ解け始め、直ぐに寒気が襲う。これで地面全体が凍り付き家畜は枯れ草を食べられなくなり、脚の強い馬だけになってしまいます。食にも困る一大事なので、彼ら遊牧民は中国の農村を襲った。これも大嘘です。持てる財産が乏しい時には、彼らはじっと我慢して延命を図りました。やがて財産にゆとりが生まれてくると、農村地帯を襲撃しました。遊牧民には広い牧草地帯が必要です。だから子供たちも、独立可能な年齢となると、何処かに去りました。とにかく広い場所に、孤独な生活をしていたのです。これをもって遊牧民は文化的ではないと言われますが、孤独も文化です。仏教僧は孤独を得るために長時間の座禅を行います。孤独は、農耕民が集まって暮らしているより、頭脳にとって、余程文化的と言って間違っていないでしょう(合っているとも言いません)。欲に走るのも特徴のようです。誰かが旗を上げ、それを勝てそうと思った人たちは、忽ち大群衆となって新たな国家を作る例も多いです。逆に戦に敗れると、遁走の早い事。どうしても利に走る性格のようです。ジンギスカンがホラズムを攻撃した時、サマルカンドを徹底的に破壊しましたが、その後は、彼に対して食料や財物などを献上すると、命は助かっているようです。然し従順に振舞った都市でも壊滅させられている例はあります。ジンギスカンも必勝とは思っていないでしょう。戦で敗れれば、味方は一気に逃走する。その味方やジンギスカンにとって、敗北の場合は取り返せない危機となります。そう考えると、逃走路と思える場所に大人数を残しておけず、虐殺も辞さなかったのです。農耕民は居場所が固定され、遊牧民は、好きな場所に移動できる。これだけでも遊牧文化が優れているのはお分かりでしょう。彼らが貧しいという概念も消してください。30年ほど前のドキュメンタリーですが、アフリカで、1人で遊牧をしているお婆さんがいました。スタッフが計算すると莫大な財産です。余程支配力の大きな農耕民の首魁と肩を並べるでしょう。。。。。と言う事で、人生の価値観を塗り替えませんか。山奥で、1人草庵を組んでいる宗教者だって、その頭脳の中は、税金を使い放題で知らぬ顔をしている、k、z、o、k よりも余程優れている筈です。

  • @1jazz779
    @1jazz779 Рік тому

    文字が見にくい

  • @森岩光
    @森岩光 Рік тому +1

    匈奴。
    は中華民族が着けた名称。
    自ら名乗りません?
    姜、羌、

  • @user-kobashigawa
    @user-kobashigawa Рік тому +1

    「きょうど」ではない。「きょうな」と呼ぶ。

  • @TATANKA-nf4ck
    @TATANKA-nf4ck Рік тому

    豚フライエフェクト

  • @水木章夫-k3t
    @水木章夫-k3t 2 місяці тому

    誤りが多い

  • @TATANKA-nf4ck
    @TATANKA-nf4ck Рік тому

    郷土の歴史