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宮本武蔵の枯れ木にモズの絵、たまらなく好き👍
コメントありがとうございます!シンプルでカッコよくて良いですよね☺️!
歴史家で作家で武術家の加来耕三氏の話だと、絵の具の掠れ方が右から左へ書いた形跡が有りコレは左利きの人に多い特徴だと言ってました。有名な『二天一流』の両刀使うのは左利きを隠す為にやってたのでは?と言う話でした。
@@ahawaha2400 そうだったんてすね。驚きました。ソースは失念しましたが武蔵は左利きだったのではないかという記事を読んだことがあります。左利きという身体的特徴を隠すあたりに実戦者の凄みを感じます。またゴルフや野球等、偏った身体の使い方ではなく武道は身体を左右バランスよく鍛錬することで心身のバランスを整え心の錬磨に結びつけていく…ひょっとしたら武蔵は剣だけでなく文芸、生活の中でもそれを意識していたのかも知れませんね。大変貴重なお話ありがとうございます。
宮本武蔵は、実はレオナルドダ・ヴィンチを彷彿させる「万能の能力 」の持ち主で、剣術や絵だけでなく縄張師(都市計画コンサルタント)として能力を発揮した文献が残っているとか。
コメントありがとうございます☺️都市コンサルの能力はじめて知りました!多才すぎて羨ましいですね😅
兵庫県明石市の城下町がそうだと伝わっていますね。あとは明石城の樹木屋敷の作庭も担ったとか。
大山倍達は梶原一騎によって最強の空手家になり、武蔵は吉川英治によって最強の剣豪になった。
コメントありがとうございます!最強の人物には最高の師匠がいるんですね☺️
@@偉人の雑学.都市伝説ch師匠では無く、作家が盛り上げて描くのです。
それでヘミングウェイは晩年「老人と海」という傑作を執筆したんだね
コメントありがとうございます!カジキ釣っていたのかもしれないですね🐟
宮本武蔵の絵、確かにかなり良いです。
コメントありがとうございます!宮本武蔵が描いたと思うと、よりカッコよく見えますよね☺️
内容が一番好き💖😄✨
ありがとうございます☺️✨より良い内容作っていけるよう引き続き精進しますので、また時間ある時にでも、ご視聴頂ければ嬉しいです😊
ガリレオ「私が回っている」
コメントありがとうございます!回っていればなんでもいい状態なってますねw
伊藤博文は、酒だけじゃなく女好きでも有名だった。明治天皇が呆れて苦言を呈するほど。
コメントありがとうございます!天皇に呆れられるとは相当ですね!今の時代ならすぐ失脚してたかもですね😅
日本初のカーセックスした御仁だと言われてます。車は車でも馬車ですが(笑)
桂小五郎は屋根裏ではなく、屋根の上を伝って逃げ廻っていたのでは?京都の家並みは近接しており、屋根から屋根へいくらでも移れたと聞いています。ひいきのおいらんの着物用の長櫃(ながびつ)に隠れていたこともありました。新選組局長の近藤勇はそこに桂がいると見抜いたが、おいらんの顔を立てて見逃したのです。近藤勇にとって、桂は恩人でもあったからです(近藤経営の剣術道場に道場やぶりが来ると、その撃退を頼んでいた)。維新後、そのおいらんは桂小五郎の正妻になったのでしたっけ?
コメントありがとうございます!確かに屋根裏というよりは屋根の上を逃げ回っていたかもしれないですね!補足の雑学までありがとうございます☺️
いくつか間違いがあるけど、それを踏まえた上で人間なんだよね間違いも人間
コメントありがとうございます!間違いがある方が人間味があって親しみもでますよね☺️内容にもよりますが。。💦
逆に夏目漱石は酒が滅法弱く、お猪口一杯で真っ赤に!ww
コメントありがとうございます☺️この時代、お酒弱くても飲まされたりするでしょうし、とんでもなく苦労していたかも知れないですねww
宮本武蔵は風呂に入ったことがなかったんじゃ...😂
補足情報のコメントありがとうございます☺️
なるほど、なたね油なしにチョンマゲできますな(笑)
風呂は一番人間が油断してしまう場所且つ目を閉じてしまうから、刺客が来た時に対応出来なくなるという事で入らなかったらしい。ただ人目のつかない場所で身体を洗っていたという話もあるから、全く入っていなかったかどうかは分からない。
@@鳥居元忠 なるほど入浴中に肛門に小型銃(デリンジャー、峰不二子は無理です!
@@鳥居元忠 そういえば扇谷上杉氏の家老の太田道灌も伊勢原で入浴中に殺られたもんな😭🛀義経の親父の義朝も確か入浴中だったけか....浴室は鬼門なんすね❗🚿🧼
モーツァルトは実際、和訳『俺の尻を舐めろ』って曲作ってるよw
コメントありがとうございます!知れば知るほどモーツァルトに興味が湧いてきます☺️w
@@偉人の雑学.都市伝説ch ちなみに私は最強の剣豪と言われれば塚原卜伝(つかはら・ぼくでん)を推す。生涯を通じてただ一つの刀傷もその身に受けることのなかったという不世出の天才であり、『無手勝流』を編み出した人。たまに、卜伝の食事中に武蔵が奇襲を仕掛けたところ、鍋のフタで防がれたという逸話もある。卜伝の没年が武蔵の生年よりも前なので、完全に創作だけれど。
伊藤博文と言えば、僕には女好きのイメージが強い。「閣下は大政治家と言うよりも、ブッダやキリストのような大聖人です。女グセが無ければ。」(大隈重信が伊藤博文に面と向かって言ったセリフ)
@@花神-k7b 校長の勇姿が浮かんできます。
コメントありがとうございます!ぜひ大隈重信から詳しいエピソード聞いてみたいですね☺️w
コメントありがとうございます!どんな勇姿だったか聞いてみたいですね☺️
宮本武蔵は多芸の凄い剣士でしたね。
コメントありがとうございます!才能ある人は何をしても上手くいくのかもしれないですね☺️
普通天体観測をする人は目が見え難くなるので観測中はアルコールを飲まないと聞いたことあるんだけどガリレオは天体が見えたんだろうか··だから望遠鏡を作った?
コメントありがとうございます!この時代はそこまでアルコールのこと理解されてなかったんですかね?それかすごくお酒が強かったか、少し酔うくらいの方が天体観測が楽しかったのか…いろいろと想像できますね☺️
ガリレオは世界はつの天体望遠鏡の発明家であり、太陽の黒点に興味もち右目を失明するほど、レンズにUV機能は不可能な時代でした!
宮本武蔵、元祖二刀流!
コメントありがとうございます!二刀流カッコいいですよね☺️
武蔵は二刀流の元祖ではありません。二刀流、刀を二本使う技法は、武蔵が生まれる前に存在していた天真正伝香取神道流と陰流という流派の中にあります。天真正伝香取神道流には、両刀術というものがあり、これはUA-camで見れます。陰流の伝書には、刀を両手にもった人物が描かれており、二刀を使う技法が存在していたことがわかります。また、陰流から生まれた新陰流にも二刀を使う技法があります。新陰流から派生した駒川改心流には、両刀居合詰という二刀を使う型が存在します。二刀流は、武蔵が生まれる前から存在していて、いろいろな流派の中にあり、さほど珍しいものではありません。
@@kagetora246 コメントありがとうございます!二刀流=宮本武蔵のイメージですが、歴史はもっとあるんですね^ ^詳しい情報ありがとうございます☺️
宮本武蔵の絵や書物を分析した歴史作家の加来耕三氏によれば、右から左に筆を運ぶ形跡が見られコレは左利きの人に多い特徴だと言われてます。故に二刀流にしたのは左利きを隠す為に編み出したとラジオで解説してました。 剣道の試合では二刀流使う人たまに居ますが、弾かれて落とす人も居るので余り一般的で無い様です。
織田信長はよく酒を飲んでるイメージがある人が多いけど、実はあまり人前で酒を飲んだりしなかったらしく、御馳走にも手をつけなかった。絶対に信用出来る家臣や側室等の前でしか酒や御馳走に手をつけない程用心深かったらしいよ。それに中々の小心者だったらしく、宣教師と謁見する時も、先ず家臣に見に行かせて大丈夫かどうか確認してから謁見してたらしい。
コメントありがとうございます!魔王と言われるほどなので、豪快で恐れ知らずなイメージがありますが、本当はそれだけ用心深いからこそ天下を取れたのかもしれないですね☺️
@@鳥居元忠 不思議な人なんですよね。ある意味、病的に用心深い反面、本能寺ではほとんどノーガード状態でやられちゃいましたから。
@@daisukicomojodan だから昔から言われているのは、本能寺の変の時に明智側に内通している人物がいたって。信長の小姓であった森蘭丸、二条新御所で自刃した息子の織田信忠に疑いがかかってるけどね。
ベートーベン「ウンコ大好きウンコ丸デースwwwwww」モーツァルト「どういうネーミングセンスしとんじゃゴルァ!」
コメントありがとうございます!外から見てたら楽しそうですね☺️笑
宮本武蔵は剣豪として有名だが、生涯唯一の実戦である「島原の一揆」で、島原城に取り憑いた瞬間に城に籠もる一揆勢から落とされた石で負傷。敢え無く後送となり、全く活躍できないまま終わった。いくら道場や決闘では強くても、武士にとって一番肝心な戦(いくさ)での働きは....?と、なってしまった。
コメントありがとうございます!そこで簡単に亡くなっていたかもですし、運も含めて実力のうちという事なんですかね。合戦と試合では必要な強さが違うかったかも知れないですね🤔
武蔵は当時五十半ばだったですね。一応負傷しました!と手紙を書いてますが、豊前藩のまとめでは「無傷」扱いです。 一方、秀吉と家康から『西国無双』と言われた立花宗茂が七十過ぎで総大将補佐で島原の乱に参加。一揆軍側の夜襲を予測し的中。城攻めにも参加し一番乗りしてます。
0:31敬虔な信者だったり愛妻家だったりと良い面は確かにあるだけどブチ切れ過ぎて息子をうっかり殴り○してしまった悲しくてヤバいエピソードもあったりする
コメントありがとうございます!息子にそこまでしといて、すごく後悔したんですよね💦良い面があっても関わりたくは無い人物ですね😅
確か徳川家康は武田信玄との戦で逃げた時便を漏らした。
コメントありがとうございます!それでも天下を取るのは家康なのだから、世の中どうなるか分からないものですね😅
確かにそれは有名だが、本当はもっとたくさんうんこ漏らした武将は大勢いたと思う。記録に残した武将が家康だけだったんじゃないか?
その時の苦渋を忘れない為に絵師を呼んでその時の絵を描かせて側に置いてたと言う有名なエピソード。『徳川家康三方ヶ原戦役画像』
なんか、レーニンがちょっと好きになった
コメントありがとうございます!誰でもハゲは嫌なんですね😅
ムサスィーはムサスィーは画家と言うより兵法家やろ?にしても肖像画なしてあんな猫背に撫で肩なんやろ日本刀は重たいはずなのでムキムキだと思うんだがいや日本人は腱が強くて細くても引き締まって筋肉率が高いからムキムキに太くはないのかしら
発音の良いコメントありがとうございます☺️w
宮本武蔵は、チキンを描くのが好きか!ワッハッハッハ、オイラが好きで食う奴!
コメントありがとうございます!私もチキン大好きです☺️w
宮下武蔵は、大の風呂嫌いで、かなり体臭が臭かったと聞く。
コメントありがとうございます!才能に溢れていたのに、それだけで嫌になる人もいたかもしれないですね😅
実は剣豪兼画家の宮本武蔵。😊😊😊😊😊😊😊
コメントありがとうございます!違う意味でも二刀流だったということですね☺️
ガリレオの時代のヨーロッパは安全な水を手に入れるのが難しくて、ヨーロッパの人達は水の代わりに酒を飲んでいたはずやけど…ドイツ(※当時は神聖ローマ帝国の一部)なんか近代的な水道システムが普及する前は真っ昼間からビールの飲んでいる人ばかりで、ヨーロッパで最も近代化が遅れていた国の一つやった。当時のドイツを見ていると、後の第二帝政時代の躍進が信じられないほどのダメ国家やった。ドイツではビールやけど、イタリアやフランスではワインは水の代わりに飲まれる事が多かった。昔から水が綺麗な日本とは事情が異なるので、現在の価値観で「ガリレオは…」と言ってみたところで意味がない。
とても詳しい補足コメントありがとうございます☺️
宮本武蔵は剣豪として島原の乱に参加も石避けきれず重傷おい退場した
コメントありがとうございます!そうなんですね!そんな中でも無事に生き残っているのが、運も含めた才能なのかもしれないですね☺️
徳川家康は戦の途中で怖くなって漏らしたんじゃなかったか?
コメントありがとうございます!それでも天下取れるんだから夢がありますね😆
三方ヶ原の戦いで敗れ、逃げ帰る途中で馬上で大を漏らしたっていうのは有名ですね。でもこの失敗を自身が忘れないよう、その姿を絵描きに描かせたっていうのは、さすが天下を取る人物だな、と思います。
@@炎嵐と言われていましたが、最近はその絵はそれとは関係無いと言われています。そもそも三方ヶ原の戦いから敗走して漏らしたって逸話も怪しいので…
そうそうお漏らしはしてなくてノブから佐久間信盛送ったよって連絡来たから籠城戦に切り替えただけ
宮本武蔵の枯れ木にモズの絵、たまらなく好き👍
コメントありがとうございます!
シンプルでカッコよくて良いですよね☺️!
歴史家で作家で武術家の加来耕三氏の話だと、絵の具の掠れ方が右から左へ書いた形跡が有りコレは左利きの人に多い特徴だと言ってました。有名な『二天一流』の両刀使うのは左利きを隠す為にやってたのでは?と言う話でした。
@@ahawaha2400
そうだったんてすね。驚きました。
ソースは失念しましたが武蔵は左利きだったのではないかという記事を読んだことがあります。左利きという身体的特徴を隠すあたりに実戦者の凄みを感じます。またゴルフや野球等、偏った身体の使い方ではなく武道は身体を左右バランスよく鍛錬することで心身のバランスを整え心の錬磨に結びつけていく…ひょっとしたら武蔵は剣だけでなく文芸、生活の中でもそれを意識していたのかも知れませんね。
大変貴重なお話ありがとうございます。
宮本武蔵は、実はレオナルドダ・ヴィンチを彷彿させる「万能の能力 」の持ち主で、剣術や絵だけでなく縄張師(都市計画コンサルタント)として能力を発揮した文献が残っているとか。
コメントありがとうございます☺️
都市コンサルの能力はじめて知りました!
多才すぎて羨ましいですね😅
兵庫県明石市の城下町がそうだと伝わっていますね。あとは明石城の樹木屋敷の作庭も担ったとか。
大山倍達は梶原一騎によって最強の空手家になり、武蔵は吉川英治によって最強の剣豪になった。
コメントありがとうございます!
最強の人物には最高の師匠がいるんですね☺️
@@偉人の雑学.都市伝説ch
師匠では無く、作家が盛り上げて描くのです。
それでヘミングウェイは晩年「老人と海」という傑作を執筆したんだね
コメントありがとうございます!
カジキ釣っていたのかもしれないですね🐟
宮本武蔵の絵、確かにかなり良いです。
コメントありがとうございます!
宮本武蔵が描いたと思うと、よりカッコよく見えますよね☺️
内容が一番好き💖😄✨
ありがとうございます☺️✨
より良い内容作っていけるよう引き続き精進しますので、また時間ある時にでも、ご視聴頂ければ嬉しいです😊
ガリレオ「私が回っている」
コメントありがとうございます!
回っていればなんでもいい状態なってますねw
伊藤博文は、酒だけじゃなく女好きでも有名だった。明治天皇が呆れて苦言を呈するほど。
コメントありがとうございます!
天皇に呆れられるとは相当ですね!
今の時代ならすぐ失脚してたかもですね😅
日本初のカーセックスした御仁だと言われてます。
車は車でも馬車ですが(笑)
桂小五郎は屋根裏ではなく、屋根の上を伝って逃げ廻っていたのでは?
京都の家並みは近接しており、屋根から屋根へいくらでも移れたと聞いています。
ひいきのおいらんの着物用の長櫃(ながびつ)に隠れていたこともありました。
新選組局長の近藤勇はそこに桂がいると見抜いたが、おいらんの顔を立てて見逃したのです。近藤勇にとって、桂は恩人でもあったからです(近藤経営の剣術道場に道場やぶりが来ると、その撃退を頼んでいた)。
維新後、そのおいらんは桂小五郎の正妻になったのでしたっけ?
コメントありがとうございます!
確かに屋根裏というよりは屋根の上を逃げ回っていたかもしれないですね!
補足の雑学までありがとうございます☺️
いくつか間違いがあるけど、それを踏まえた上で人間なんだよね
間違いも人間
コメントありがとうございます!
間違いがある方が人間味があって親しみもでますよね☺️
内容にもよりますが。。💦
逆に夏目漱石は酒が滅法弱く、お猪口一杯で真っ赤に!ww
コメントありがとうございます☺️
この時代、お酒弱くても飲まされたりするでしょうし、とんでもなく苦労していたかも知れないですねww
宮本武蔵は
風呂に入ったことがなかったんじゃ...😂
補足情報のコメントありがとうございます☺️
なるほど、なたね油なしにチョンマゲできますな(笑)
風呂は一番人間が油断してしまう場所且つ目を閉じてしまうから、刺客が来た時に対応出来なくなるという事で入らなかったらしい。
ただ人目のつかない場所で身体を洗っていたという話もあるから、全く入っていなかったかどうかは分からない。
@@鳥居元忠 なるほど入浴中に肛門に小型銃(デリンジャー、峰不二子は無理です!
@@鳥居元忠
そういえば
扇谷上杉氏の家老の
太田道灌も伊勢原で入浴中に
殺られたもんな😭🛀
義経の親父の義朝も確か
入浴中だったけか....
浴室は鬼門なんすね❗🚿🧼
モーツァルトは実際、和訳『俺の尻を舐めろ』って曲作ってるよw
コメントありがとうございます!
知れば知るほどモーツァルトに興味が湧いてきます☺️w
@@偉人の雑学.都市伝説ch
ちなみに私は最強の剣豪と言われれば塚原卜伝(つかはら・ぼくでん)を推す。生涯を通じてただ一つの刀傷もその身に受けることのなかったという不世出の天才であり、『無手勝流』を編み出した人。
たまに、卜伝の食事中に武蔵が奇襲を仕掛けたところ、鍋のフタで防がれたという逸話もある。卜伝の没年が武蔵の生年よりも前なので、完全に創作だけれど。
伊藤博文と言えば、僕には女好きのイメージが強い。「閣下は大政治家と言うよりも、ブッダやキリストのような大聖人です。女グセが無ければ。」(大隈重信が伊藤博文に面と向かって言ったセリフ)
@@花神-k7b
校長の勇姿が浮かんできます。
コメントありがとうございます!
ぜひ大隈重信から詳しいエピソード聞いてみたいですね☺️w
コメントありがとうございます!
どんな勇姿だったか聞いてみたいですね☺️
宮本武蔵は多芸の凄い剣士でしたね。
コメントありがとうございます!
才能ある人は何をしても上手くいくのかもしれないですね☺️
普通天体観測をする人は目が見え難くなるので観測中はアルコールを飲まないと聞いたことあるんだけどガリレオは天体が見えたんだろうか··だから望遠鏡を作った?
コメントありがとうございます!
この時代はそこまでアルコールのこと理解されてなかったんですかね?
それかすごくお酒が強かったか、少し酔うくらいの方が天体観測が楽しかったのか…
いろいろと想像できますね☺️
ガリレオは世界はつの天体望遠鏡の発明家であり、太陽の黒点に興味もち右目を失明するほど、レンズにUV機能は不可能な時代でした!
宮本武蔵、元祖二刀流!
コメントありがとうございます!
二刀流カッコいいですよね☺️
武蔵は二刀流の元祖ではありません。
二刀流、刀を二本使う技法は、武蔵が生まれる前に存在していた天真正伝香取神道流と陰流という流派の中にあります。
天真正伝香取神道流には、両刀術というものがあり、これはUA-camで見れます。
陰流の伝書には、刀を両手にもった人物が描かれており、二刀を使う技法が存在していたことがわかります。
また、陰流から生まれた新陰流にも二刀を使う技法があります。
新陰流から派生した駒川改心流には、両刀居合詰という二刀を使う型が存在します。
二刀流は、武蔵が生まれる前から存在していて、いろいろな流派の中にあり、さほど珍しいものではありません。
@@kagetora246
コメントありがとうございます!
二刀流=宮本武蔵のイメージですが、歴史はもっとあるんですね^ ^
詳しい情報ありがとうございます☺️
宮本武蔵の絵や書物を分析した歴史作家の加来耕三氏によれば、右から左に筆を運ぶ形跡が見られコレは左利きの人に多い特徴だと言われてます。故に二刀流にしたのは左利きを隠す為に編み出したとラジオで解説してました。
剣道の試合では二刀流使う人たまに居ますが、弾かれて落とす人も居るので余り一般的で無い様です。
織田信長はよく酒を飲んでるイメージがある人が多いけど、実はあまり人前で酒を飲んだりしなかったらしく、御馳走にも手をつけなかった。
絶対に信用出来る家臣や側室等の前でしか酒や御馳走に手をつけない程用心深かったらしいよ。
それに中々の小心者だったらしく、宣教師と謁見する時も、先ず家臣に見に行かせて大丈夫かどうか確認してから謁見してたらしい。
コメントありがとうございます!
魔王と言われるほどなので、豪快で恐れ知らずなイメージがありますが、本当はそれだけ用心深いからこそ天下を取れたのかもしれないですね☺️
@@鳥居元忠
不思議な人なんですよね。ある意味、病的に用心深い反面、本能寺ではほとんどノーガード状態でやられちゃいましたから。
@@daisukicomojodan
だから昔から言われているのは、本能寺の変の時に明智側に内通している人物がいたって。
信長の小姓であった森蘭丸、二条新御所で自刃した息子の織田信忠に疑いがかかってるけどね。
ベートーベン「ウンコ大好きウンコ丸デースwwwwww」
モーツァルト「どういうネーミングセンスしとんじゃゴルァ!」
コメントありがとうございます!
外から見てたら楽しそうですね☺️笑
宮本武蔵は剣豪として有名だが、生涯唯一の実戦である「島原の一揆」で、島原城に取り憑いた瞬間に城に籠もる一揆勢から落とされた石で負傷。敢え無く後送となり、全く活躍できないまま終わった。いくら道場や決闘では強くても、武士にとって一番肝心な戦(いくさ)での働きは....?と、なってしまった。
コメントありがとうございます!
そこで簡単に亡くなっていたかもですし、運も含めて実力のうちという事なんですかね。
合戦と試合では必要な強さが違うかったかも知れないですね🤔
武蔵は当時五十半ばだったですね。一応負傷しました!と手紙を書いてますが、豊前藩のまとめでは「無傷」扱いです。
一方、秀吉と家康から『西国無双』と言われた立花宗茂が七十過ぎで総大将補佐で島原の乱に参加。一揆軍側の夜襲を予測し的中。城攻めにも参加し一番乗りしてます。
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敬虔な信者だったり愛妻家だったりと良い面は確かにある
だけどブチ切れ過ぎて息子をうっかり殴り○してしまった悲しくてヤバいエピソードもあったりする
コメントありがとうございます!
息子にそこまでしといて、すごく後悔したんですよね💦
良い面があっても関わりたくは無い人物ですね😅
確か徳川家康は武田信玄との戦で逃げた時便を漏らした。
コメントありがとうございます!
それでも天下を取るのは家康なのだから、世の中どうなるか分からないものですね😅
確かにそれは有名だが、本当はもっとたくさんうんこ漏らした武将は大勢いたと思う。記録に残した武将が家康だけだったんじゃないか?
その時の苦渋を忘れない為に絵師を呼んでその時の絵を描かせて側に置いてたと言う有名なエピソード。
『徳川家康三方ヶ原戦役画像』
なんか、レーニンがちょっと好きになった
コメントありがとうございます!
誰でもハゲは嫌なんですね😅
ムサスィーは
ムサスィーは画家と言うより兵法家やろ?
にしても肖像画
なしてあんな猫背に撫で肩なんやろ
日本刀は重たいはずなのでムキムキだと思うんだが
いや日本人は腱が強くて細くても引き締まって筋肉率が高いからムキムキに太くはないのかしら
発音の良いコメントありがとうございます☺️w
宮本武蔵は、チキンを描くのが好きか!
ワッハッハッハ、オイラが好きで食う奴!
コメントありがとうございます!
私もチキン大好きです☺️w
宮下武蔵は、大の風呂嫌いで、かなり体臭が臭かったと聞く。
コメントありがとうございます!
才能に溢れていたのに、それだけで嫌になる人もいたかもしれないですね😅
実は剣豪兼画家の宮本武蔵。😊😊😊😊😊😊😊
コメントありがとうございます!
違う意味でも二刀流だったということですね☺️
ガリレオの時代のヨーロッパは安全な水を手に入れるのが難しくて、ヨーロッパの人達は水の代わりに酒を飲んでいたはずやけど…
ドイツ(※当時は神聖ローマ帝国の一部)なんか近代的な水道システムが普及する前は真っ昼間からビールの飲んでいる人ばかりで、ヨーロッパで最も近代化が遅れていた国の一つやった。
当時のドイツを見ていると、後の第二帝政時代の躍進が信じられないほどのダメ国家やった。
ドイツではビールやけど、イタリアやフランスではワインは水の代わりに飲まれる事が多かった。
昔から水が綺麗な日本とは事情が異なるので、現在の価値観で「ガリレオは…」と言ってみたところで意味がない。
とても詳しい補足コメントありがとうございます☺️
宮本武蔵は剣豪として島原の乱に参加も石避けきれず重傷おい退場した
コメントありがとうございます!
そうなんですね!
そんな中でも無事に生き残っているのが、運も含めた才能なのかもしれないですね☺️
徳川家康は戦の途中で怖くなって漏らしたんじゃなかったか?
コメントありがとうございます!
それでも天下取れるんだから夢がありますね😆
三方ヶ原の戦いで敗れ、逃げ帰る途中で馬上で大を漏らしたっていうのは有名ですね。でもこの失敗を自身が忘れないよう、その姿を絵描きに描かせたっていうのは、さすが天下を取る人物だな、と思います。
@@炎嵐と言われていましたが、最近はその絵はそれとは関係無いと言われています。そもそも三方ヶ原の戦いから敗走して漏らしたって逸話も怪しいので…
そうそうお漏らしはしてなくてノブから佐久間信盛送ったよって連絡来たから籠城戦に切り替えただけ