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当時の世界最強リーグセリエAで日本人であれだけ堂々たる活躍したんだからメンタル面も常人ではないでしょうね。当時はそれに付いていける、やり合える選手が代表の中にいなかったし、中田をうまく扱えるベテランもいなかった。世界に出て闘うことが当たり前になった今の意識高い代表の選手となら上手くやれていたかもしれないが・・・どうだろうね。
元々チームのキャプテンとして引っ張るタイプの性格じゃないだけに、その役割にならざるをえなかったのキツかったんじゃないかね。中田自身が高みに行きすぎて周りも言い返せなかったんだろうし。本当は前園や城みたいな、イジってくれる兄貴分がいたほうがもっとうまくチームに溶け込めそう。
松田さんとかね
ホントに松田を入れてれば良かった
小倉のケガがなかったら…
財前の怪我も
フランスワールドカップの後くらいだったか、ある試合の後の取材に「自分は声を出して味方を鼓舞するタイプではないから、プレーで示そうと思って、積極的に前に出た」と言ってて、今もそういうイメージですが、どこかで変わったのでしょうね。そういえばはじめはファンにサインをせず、韓国の女性ファンがサインを断られて泣いていたという報道があり、川淵さんがサインをしてあげなさいと注意し、イタリアに行ってからはサインをするようになったようですね。イタリアのサポーターは日本より激しいから、サインを断ると何をされるかわかったものではないということだったのかな。
徹底したリアリスト。世界を知っているからこそ、必要な事はすべてやる。そういう印象の選手でしたね。
言いたい事はハッキリと言うタイプの人はだいたい他の人間にハッキリ物を言われると平行線のまま終わる。中田と福西がまさにそんな感じ。オフェンス、ディフェンス意見は様々だったろうけど有能な監督が居たらしっかりと落とし所を見つけて戦術的にはまとまれたはずなのに。
ドゥンガは、あのワールドクラスのボランチだったサンパイオから、尊敬の眼差しを向けられる選手。福西はそのドゥンガからボランチの基礎を徹底的に叩き込まれた。ボランチの哲学が違いすぎる。簡単には納得しないわな。ちなみにジーコも、同郷のドゥンガからボランチの基礎を叩き込まれた福西に何かを感じたのだろう。ボランチのファーストチョイスは福西だった。
松田直樹がいたらチームの雰囲気変わっていたのかも。唯一ヒデを弄れる選手だったし。
中田はいつまでも弟キャラだからダメだったんだよなぁ。ほんとに松田が居たらと思う。宮本は要らなかった、年上のDFが纏めるべきだった。
ゴン中山も、「先輩にはかわいがられるけど、後輩と上手くやれるか…」と駆け出しの頃からその性格面を懸念してましたね。良く言えば職人肌、仕事師だけど、リーダータイプではない。嫌われ役と言えば聞こえがいいかもしれないが、当時ならジーコか宮本が負うべき役目。ジーコに住金、鹿島時代のような情熱があれば良かったのですが、代表監督時代にはその情熱が感じられなかったですね…。
先輩に臆することなく接する事が出来た、それは周りが大人だから。周りもいろいろ経験して大人になったわけだし。だから中田英寿氏ももう少し目線を下げたりするのも良かったかもです。
@@恵比寿デジタルノイズ目線を下げれば負けは確定。中田英寿氏はあの時できる事を全てやっただけ。で負ける。日本人って正論を高々と言われると反抗する奴が多い事。結果出せば人は耳を貸すが、負け犬の言葉には耳を貸さないよ。ジタンもはっきり言っている。あの当時の日本は中田だけだと。
WBCでのイチローとは大違いだな
@@恵比寿デジタルノイズ その通りですね。例えるなら会社によくいる、新人の頃は可愛がられていたが、上に立った瞬間、部下が付いてこないタイプ。そのタイプって目線が常に上だから、上司にとっては非常に有難い存在。しかし、目線を下げることが出来ないから、部下にも自分の新人時代と同じものを求める。ほら、よくいる「俺が若い頃はよお、もっと○○に対して貪欲で、△△に関して常に学んでいた。それなのに最近の若い奴らときたら✕✕の件が全くなってない。」みたいに居酒屋で愚痴っている奴。正に中田がそれ。プレイヤーとしては優秀なのかもしれないが、プレイヤー以外の部分が極端に欠けている。フランスの時の中山さんみたいに、「若手から学ぶこともある。」といった姿勢を見せられず、常に自分が正しいと感じている。かつて中田が「私が間違っているなら言ってくれても構わないが、言ってくれたことに関して納得できない。」みたいに言ってたのが全て。納得するしないじゃない。先ずはやってみる。上に立つならそういった姿勢を持たないといけない。
本田は長友や岡崎みたいに同級生で実力も申し分ない理解者が近くにいて良かった。14年は駄目だったけど18年でちゃんと汚名返上果たしたし。
2010年も忘れちゃいけない。あのチームは、ドイツでの屈辱を晴らそうとしたメンツ、そして本田等の新星、川口等のベテランという、年齢的にバランスの取れた好チームだった。
求めてる ステージが違うんだろうね
引退は当時のグローなんとか言う病気のせい。股関節に問題も抱えていた。全盛期のドリブルやシュート、パスも無くなり、限界を感じてアッサリと辞めたんだ。潔し。
晩年の足の怪我は、若い頃、無理して鍛えすぎた選手に多いね。長くやる選手はそこら辺のコントロールが上手い。
嫌われ役になるなんて中田選手は思ってサッカーやってないでしょ。純粋に世界で戦う為にやるべきことをチームメイトに求めてただけかと。昔は日本代表に選ばれてゴールって感覚もってた人あった印象
そうなんよなしかもチームメイトをしっかり評価した上で、やれると出来ると感じだからそれを求めただけなんだよな誰もそれをしようと、やれると思わずナカタについて行こうしなく、孤立していった
加地が後年国内組の意見に賛成するのではなくて中田に合わせたチーム作りをするべきだったとインタビューで答えてるね。これが全てよね。
@@クールたかぴーWBCではイチローは別格の存在だったけど、相手の立場に下がった上で先ずは意見を聞き、その後は自分の立場で分かりやすく説明していたらしいね。これが真のスター選手。
高校のとき、Jリーグブームが来てました。部活で後輩の女の子がベルマーレのサポーターで、「すっごい選手がいるから見にいきましょうよ」と皆を誘ってました。それがヒデでした。当時、1ミクロンもサッカーに興味なかったワシは、見に行かなかった。いま、スゲー後悔している。
仕方ない。当時は飛び抜けた、「個」の選手だったのでチームにフィット出来なかったのだろう。
中田の伝記によると、ドイツW杯の直前に行われた第一回WBCで、それまでの孤高の存在というイメージを一変させて、チームを引っ張る熱いリーダーとして日本を優勝に導いたイチローの事を相当に意識していたそうです
スポーツだから仕方ない部分もあるけど試合中の中田はかなり高圧的に見えた。毎回キレて怒鳴ってると周りはハイハイまたですかと流すようになってしまう。イチローを意識してたなら各選手を観察していろいろなアプローチの仕方をすれば良かったと思う。大人だからプロだからというのは分かるけど勝つためにあらゆる事をやるべきだった。本来は監督がやるべきなんだけどね。
@@kurusugawahmx12multiそこが中田と本田の違い。本田もかなり高圧的だったらしいが、それは意図や真意などを始めとした、相手の話を聞いた上での話だったらしい。
日本人は海外経験をすると愛国者になって帰ってくる。昔から言われていることです。日本人は日本にいる時は自分が日本人であることをあまり意識しないが、外国に住むと否が応にも意識するようになるからです。イチローはアメリカでの人種差別体験を告白していますし、日本代表としてアメリカを倒してギャフンと言わせたい欲求が人一倍強かったのでしょう。中田もおそらく同じような経験をしているはずなのでイチローと似た心理状態だったのではないでしょうか。サッカーも野球も一人ではできない。自分の闘志をチーム全体で共有させて高いレベルのパフォーマンスを維持しないと優勝などできない。厳しい要求をするのは理解できます。
ジーコジャパンからオシムジャパンになったけどそこでヒデ見たかったオシムとヒデ・・・見たかったわー
この中田英寿って若くして海外サッカー経験したけど、この人の言動はやっぱり日本サッカーを本当に強くしたかったんだろうなーと思うね
金子達仁、戸塚啓の「敗因と」を読むと当時の様子がよくわかります。あのメンバーで勝てなかったのはなぜなのか。予選中揉めたときまとめたのはキャプテン宮本ではなく三浦淳宏でした。三浦淳宏をメンバーに残さなかったのが敗因だと私は今でも思っています。
あの代表は名波浩さん、藤田俊哉さん、三浦淳宏さん、中山雅史さん、秋田豊さん、森岡隆三さん、森島寛晃さんが親分だった。全員物凄く慕われていたが、特に慕われていたのが三浦淳宏さん。三浦淳宏さんが無理なら、上記の中の誰か最低1名は連れていくべきだった。それか、どうしても全員無理なら、アトランタ世代、シドニー世代、アテネ世代のボスだった山本昌邦さんを。
やろうとすることは間違ってないけど、やり方が日本人には合わなかったんだよな。チーム競技って難しい
努力してなければ悔しがることもないし、責任感がなければ怒ることもない。鬼気迫る思いで叱咤した中田の熱量にまわりがついてこなかったのは残念でしかたない。
クリスティアーノ・ロナウドは、ポルトガル代表では皆の立場に下がって話を聞いていたみたいだけどね。んで、中田君は?
中田の残して来た実績、努力を考えると 日の丸背負った選手達が 甘い考えや パフォーマンスの落ちる場面で食いしばって乗り越えるとは当然であって 何より怪我もあったり 戦術面で難しい事もあった中、お前らなら出来るだろと思っての事だったと思う その分誰よりも走り回っていたことを忘れちゃいけないよ 最後に仰向けになった時のあの姿が今でも鮮明に蘇るよ
選手のせいではないし、纏めれなかったジーコが責任を取るべきこと。
ジーコは選手を大人扱い、放任主義。それは良かったですが肝心な時にまとまらなかった。それが悔しいです!
初心者監督に代表を任せるなんて、バカじゃねーの?って感じこれを反省せずに選手が叩かれるのは本当に可哀想
ジーコ退任時、責任は私にあるとか言うのかと思ったら「日本人はフィジカルが足りない」と選手のせいにして捨て台詞。やはりこの人に監督任せちゃダメだった。
責任を取るのはジーコではなく、ジーコを雇った協会
ジーコはトルシエの遺産を無駄に食い潰しただけ。
代表でのヒデの振る舞いは深くは知りませんが、少なくてもイタリアではチームに溶け込んでいました。彼が自分の意見をハッキリ言う事はヨーロッパでは好意的に受け取られていました。誤解の無いように話しますが、ヒデは天才ではありません。どちらかと言えばボディコンタクトに優れ、すぐには倒れないで味方に繋げるボランチが適任との見方が多数でした。当時のセリエAのレベルでは、パスの精度やテクニックは日本での評価とは違って驚くものは無く、ヒデの望むトップ下での起用は創造性という意味でも非現実的な選択でした。しかし普通のイタリア人のアベレージには達していた優れた日本の選手でした。
世界基準で観ると天才では無いのか・・世界は広いな
@@てち仮面 長くイタリアで暮らしてミラノの本田圭佑もスタジオで何度も観ましたが、期待していた程ではありませんでした。ミラノのNo.10には技術的にもスピードも足りていません。ヨーロッパでの評価も香川真司、小野伸二、中村俊輔の順です。
当時のイタリアのレベルだと、中盤の底で、ボールを刈り取り、前にボールを供給する役目を目指せば、ローマでももっと活躍できたと思います。
@@soundwill17 おっしゃる通りです。イタリアの識者や優れた指導者の間でもボランチからのつなぎ役が適所だと言われていましたが、日本での実績とヒデ自身のプライドが邪魔したのでしょうが、後にポジションを下げて成功したピルロを見れば私達の判断は正しかったと言えるでしょう。日本のファンにあえて真実を言うなら、ヒデはファンタジスタではありません。黒子に徹してチームを勝利に導く選手、アルベルティーニやマウロシウバのようになれたと思っています。
いやイタリアでも浮いてたらしいよ
ネームバリューと日本サッカー協会にとって使い易いということでジーコを監督に選んだ連中が反省しないと中田は日本のサッカー界に戻ってこなそう
本当に世界一のサッカーチームなりたいなら仲田さんみたいな人間が必要だね😊
自分に厳しい人物がいきなり最高水準のレベルを周りに要求しても無理なものは無理と拒絶されてしまうものなのでしょうね。リーダーとして周りのレベルを上げる事を目標に掲げるなら、最終到達部分だけでなく、細かく段階を分け、達成し易いステップを築く事が必要だったと思います。結局、どんなに立派な目標であっても実現出来なければ、その試みは失敗だった、やり方を間違えていたという結論になってしまいます。有能ではあるけれど万能では無かった。まあ、個性的な印象の強い彼も、他の人と同様に長所短所を合わせ持った人間らしい人間なんだなと感じるエピソードでした。
弟的立場だと力発揮出来るようなイメージ
一通り動画見て思うのは、結局一番問題だったのはジーコ監督と、その監督を選び、問題があるのにそのままにしておいたJFAが原因。中田もこの日本代表の指導側がまともだったら、他の所属チームと同様に、普通に1選手としてやれていたと思う。
最近のコメント見るとサッカーの世界に全く未練はなさそう。戻ってこないだろうな。
自分が嫌われ者になってでもチームをまとめようとする覚悟は尊敬する。誰にだってできることじゃないしそれだけかける思いがあったんだと思う。それでもそのやり方には賛同できない。嫌われ者を槍玉に挙げてまとまったチームが果たして強いチームなのかは疑問。あくまで厳しいことを言っても嫌われない関係を目指すべき。
宮本恒靖は中田の言う通りにしてたら良かった説
そのレベルに日本代表のDFリーダーが至ってなかったそら勝てんよ
6:25あたりの言葉で『ごもっとだけど、あれじゃ、やる気のなくす選手が出てくる』とあって、もしその言葉が本当ならばそんな言葉を発した選手は『プロ選手として日本代表失格』と思いました。『やる気云々は個人の話で、代表選手は『日の丸を背負う』わけで、個人のことしか考えられない選手は『代表失格』』かなと思いました。中田選手は素晴らしい選手だったと思っています。
2006年当時は中田より足元の技術に長けてる選手が数名居たけど、守備強度の高いガチの試合になると、相手のプレスにはバックパスしか出来ず、走れない、守備緩いという欠点が浮き彫りになった。現代サッカーでは当たり前の勝負する、走るを中田が説いても技術至上主義の当時のメンバーには理解できなかったのだろう
結果的に、そのやり方は間違っていたという事になる。ピッチに立っていない監督が嫌われるのは「アイツはよく見れてないから」等の理由で、ピッチに立っている選手が考え、積極的に動くようになる。だが、ピッチに立っている人間が嫌われ役をやってしまうと、「アイツ、同じピッチに立っているのに俺達の様子が見れてないのかよっ⁉️」となり、ある者は反目して積極的にプレーに関わらなくなり、ある者は自信を無くして80%以下の力しか出せなくなる。子供じゃねーんだから、そんな訳ねぇだろ!?って? 人間の身体に起きる無意識化の拒絶反応は大人も子供も関係ない。団体戦である以上は、非難ばかりするのではなく。お互いが助け合い引っ張りあげるような動きや考えをする必要がある。ドイツでの2006代表はそれができていなかった。
自分もチームスポーツやってたから、このコメントはスゲエ分かるわ。そうなんだよ、嫌われ役は外の人間が勤めなきゃ駄目なんだよ。
本当に嫌われている奴がなったら訳わからん
当時のサッカーマガジンに「W杯が終わってひとりグラウンドに倒れたときに、誰もヒデを起こしに行かなかったことが全てを象徴していた」と記事にあったが、それを読んで大いに納得した記憶がある
クソ見たいな記者だな。
全力出して試合をやっていたら、疲れて他人を助けるどころの話ではないだろう。控えが起こしにいかなかったというならば否定しない。
@@penmanship2425 誰もいかなかった
中学生レベル、一部高校生レベルのチームに大学生レベルの選手が混じっていたようなものだったからなあ。
同級生の宮本さんは声掛けてましたけどね。あと、アドリアーノかな。
嫌われ役になろうとかではなく、ただ単に意識の違いでより高みのみを見ていたからこそ自他共に要求を強くしていたんだと思います。引退後、サッカーに関わる姿がないのがその象徴ですよね
ヒデは実力だけあっても、慕われない選手の典型って感じでした。サッカーはチームスポーツなのにチームのまとめ方を知らなかったのでしょう。とにかく他の選手の言うことを聞かない。だからこそ、ツネさんがキャプテンをやったアジアカップの時の方がチームが纏まりました。あと、ジーコが放任主義だったのも痛かったです。監督でもコーチでも誰でもいいからヒデに説教したり、話をする人が必要でした。ジーコがヒデに厳しいことを言ったなら聞いてた可能性もあった筈です。いくらヒデでも流石に世界の神様には逆らわないでしょうし。あと、ヒデは日本よりイタリアの方が居心地が良かったのかな、とも思いました。
天才じゃないだろう天才とは伸二の事だ!
まだ多くの代表選手が青かったんだよ!中田や世界にはついていけてなかった!
今見返すと確かにパス強すぎるよ。って所はあった。
フィジカル、柔軟性、俯瞰力は飛び抜けてるけど、強いパスは(俺がここに出すの)分かるだろっ!(ここしかスペースないの)分かるだろっ!ってメッセージが乗ったパスでした。対応してたラパイッチとかペトラッキとか、ピチピチパンツマッツァンティーニとかかわいい。
ローマでのカフーは余裕でヒデのパスに追いついてましたよ。
当時の他の選手も同じ事を言ってたが、当時の日本にそのプレー要求に応えられる選手がいなかったことが彼の悲劇だ。
@@wearenotborn4ourselv しかもサイドチェンジでね。
一人だけ意識高い系で孤立してた感じでしたね…それと監督の言うこと聞きたくないマンなのが…同じ意識高い系でも本田との違いは一人で突っ走るのが中田、周りもいじったり引っ張るのが本田…最後の年の一人でシュート練習が物語ってましたねぇ…
中田英寿がいなかったチェコ戦勝ったんだよな…、親善試合とはいえ全盛期のチェコに。
ドラゴンの左やばかったですよね
当時彼だけがプロだった周りと上手く行かなかったのはプロ意識の差
ピークはローマに居た時までで、正直、以降は皆さんがリスペクトするほどでもなかったのは、キャリアを追っていれば解る。それよりもジーコ枠やアディダス枠にこだわりすぎた事が個を抑えて貢献した選手たちはやる気出ないよな。中田のハードなパスをトラップできる選手は当時小野くらいだったが、その小野はジーコから嫌われてたし、ま、96年以降でチームとしては最悪だったのは間違いないですな。
それでもヒデが大好きだぞ!
そーだそーだ!!
2002年のドイツWカップで、日本が負けた時のヒデさんの悔しがりよう、見てて辛かったな。色んな想いあったろうし。
本当に嫌われていたら、中村俊輔さんが自分の引退試合に呼ばないでしょう。
それ確かに思いました。
選手としての彼は優秀だが、それゆえにプレー要求が厳しく、時に年齢関係なしに歯に衣着せずはっきりモノをいう真剣さゆえに、味方としてはやり難い選手だっただけで、人間的に嫌っていたわけでは無いと思う。
本当は呼びたくないけど交流のある元選手もいて、呼ばないと陰険だと思われるからじゃね
@@benishoga749そんな気遣いをするのが日本人だぞ
確かに本当に嫌われてた本田は呼ばれてかったよね。
そもそも重要なのはチームが一つになることであって嫌われ役がいないと一つになれないと言う発想が違うと思うけど中田がいないアジア杯やチェコとかの親善試合はかなり良かったと思うしまあ違ったからドイツW杯は一勝もできずに終わったんだろうけど
嫌われ役にならないようにまとめあげることは出来なかったのかね?仕事でもそうだけど、実力ある人って嫌われ役になるよりもみんなをまとめる方に力注いだ方がいいよ。
マネジメントタイプとスペシャリストタイプがいるとして中田は後者
中田選手が何かの試合でバックパスをとられて失点した試合があったけど、周りに厳しく言ってくれる人が他にいないと誰もついて来ないんだよね。
しかもめちゃくちゃ大事なワールドカップ本戦のクロアチア戦。この失点シーンの発端が中田のパスミスだって事を何故かメディアであまり取り上げられない…。
やはり秋田豊か、中山雅史を呼ぶいるべきだった。きちんと言うべき事は言う選手は、ヒデ、秋田、中山雅史位じゃない?
嫌われようが何だろうが、当時の日本代表に結果面で中田英寿氏に物を言える人間は不在だった。
中田英寿は自分が小野伸二や中村俊輔より遥かにテクニックで劣ってる事についてどう思ってたのだろうか??小野伸二や俊輔が「ヒデさんの方が下手じゃないですか??」とか言ったら。あと、2006年のワールドカップで日本が失点した際にレジェンドGKの川口能活に罵詈雑言の限りを浴びせてたのはドン引きしたわ。嫌われ者を演じるとか、鼓舞するとかじゃなくて人間性や人格性を否定してた。はっきりいってあいつはクズだよ。
あんた所属クラブのボルトンでベンチなのに偉そうにすんな!と言ってやればよかったのにな。
一方的にに演説だけする人間性が招いた結果 話し合う事が出来無い
それって言えない方が駄目人間でしょ。ものを言うことが全て反抗的行為と思う人間は、人から何か言われても反抗としか受け取らないから話にならない。
中田さんがいたからこそ今ヨーロッパに挑戦する選手が増えたと思ってる、だから今の日本は強くなったし高みを目指せてる中田さんは日本サッカーを牽引してくれた絶対的レジェンド
いや、別にこいつが居なくても、問題なく次から次に行ってるよ、協会と各世代のチームの育成力とスポンサーと施設を作ってくれてる国のおかげだろ
彼は早すぎる天才かもしれない。
全部、財前の後追いだよ。財前の怪我が無ければあるある。
中田自身も全盛期の頃のプレーができずにナーバスになってた印象
ドイツW杯当時の中田が別格だったとか大嘘だよな。フィオレンティーナでもボルトンでも全く活躍できずベンチ要員にされていたのに。レッジーナの俊輔やルマンの松井の方がよっぽど海外で通用していたわ。
@@tai-em7hlジョホールバルとペルージャ初期とローマユベントス戦でピンポイントに活躍したのが、まるで現役時代にコンスタントに別格な活躍したみたいに印象操作されてるんだよな。別にリーグ年間MVPや得点王受賞したこともないし。
嫌われ役って本当に嫌われているのにその役になる必要あるのか?
中田ファンだけど、早熟タイプだったのは否めない。フランスw杯前後からペルージャまでがMAX絶頂で、日韓W杯がギリ。ローマの時はもう既に下降が始まっていた。そこまでは好き勝手やっても誰も文句無いし、言えないし、むしろそれがチームにとって1000%良かったから。その後、ご本人曰く「どんどん特徴の無い普通の選手になっちゃった」と評しているように、そんな選手にガンガン喝入れられても、プライド高い福西さん、小野さん他には逆効果だったのかと。ドイツw杯はほんとにオレらファンも死にそうなくらい悲しんだ。
実力が劣化して代表内でも別格ではなくなったのだから偉そうにせず周りに合わせておとなしくしていてほしかった。
〇〇だけどって話始めるやつは〇〇じゃないこれ豆な
@@tai-em7hl さん返信ありがとうございます😊
@@H-uj2nfgt さん返信ありがとうございます😊
誰かに付いていくんじゃない、俺がチームを引っ張るんだ!勝たせるんだ!自分が中心にならなくちゃいけない!オレが頑張らなきゃ!こういう強い意識を持った選手が後の世代で次々と出てきました、今の代表でも。そういう部分は着実に進化してきてるよ、ヒデ…
嫌われ者の存在が闘うのに必要不可欠なものなのかどうか。少なくともピッチの中では不要だったろう。そしてドイツW杯の時には、故障もあって中田自身のパフォーマンスが最盛期に比べて大きく低下していた。闘う意思はあっても結果が伴わないのではいたずらに仲間を傷つけるだけ。そして結果に全て現れちゃったね。
本当に嫌われているやつが嫌われ役をやる
サッカーて、11人いてさらに控えも、それぞれ役割があって、意見が分かれやすいスポーツなのかなと。我慢や周りと合わせる、コミュニケーション能力もかなり必要だなと。中田さんの頑固さやこだわりの強い性格はサッカーに向いてる部分と、少し向いてない部分もあったのかなと。
ヒデもゾノ、カズには言葉では言えなかった。ワ-ルドカップの切符を取れなかったのを目の当たりにしてから、目上でも思った事を言ってぶつからなければチ-ムは強くならないと悟ったんだろう。練習が止まる程よく言い合いをしていたという服部選手とはプライベートでは仲が良いらしいし。避けられるのでは無くチ-ムを強くする為に意見をぶつけて来て欲しかったんだろう。
まぁ職場ってのは仲良しこよしじゃ上手く回らないんだからどこでもこんなもんでしょ
やはり 中田が普通の日本人とかなり違う感覚ですから! 仕方無いですね。😩つまり イタリア人と似てます!🤔 特に軍曹のカペッロにローマ時代に出会う! 当時は🌿ローマ かなりスター軍団ですよ。 バティ カフー サムエル
中田英寿さんは気難しい、周りを圧倒する雰囲気があるかも。しかし実力、経験もある。彼の個性と能力が集大成のドイツ大会でうまく融合出来たらね。
無理矢理にでもキャプテンさせてれば、孤独な選手で終わらず、自分勝手が許されないキャプテンという立場で何とかしようと奮闘するうちサッカー選手としても人間的にも成長してドイツ大会の結果も違ったものになってたかもしれない。
中田が入った代表は全て「初進出」している。A代表のW杯初出場が分り易いけど。チームスポーツなんで全て中田のおかげというわけじゃないが、中田が入った代表が全て今までより好成績を収めていて、その中心にいたんだから相当な貢献度であった事は間違いない。
そしてこれもチームスポーツなので全て中田のせいではないが、21世紀以降の日本代表のいちばんつまらなかった時期がドイツW杯のチームでもある。自分にとって一番おもしろかった日本代表はその次の南アW杯の代表です
そもそもオーストラリア(全盛期)、既にベスト4経験のあるクロアチア、ブラジルそりゃ日本は無理だろwガンバで控えのツネ様がレギュラーキャプテンだったんだぞ苦笑
えっ あの時のつね様控えだったんですか?😅そらライン下げて裏取られないようにして、バカスカど真ん中抜かれてやられ放題だった訳だ世界と戦えるCBではありませんでしたなツネ様は好きだけど😊
控えじゃないですよ
6:20 結局やってないやつの言い訳
仲良く楽しくチヤホヤされたいんだよ!中田は勝ちたかったんだよ
なんでわざわざ美談に仕立て上げようとするのかねぇ。わざとらしい話だな。どっちが悪いかはともかく、実際は中田はチームメイトに受け入れられなかっただけ。こんなわざとらしい美談なんて反吐か出る。
個々人が自立した意識をもって取り組まないと果たせない目標に取り組んでいるのに「ついていけない」って誰かに”引っ張ってもらう”ことを前提としたセリフを言う選手がいたあたりが当時のチームのレベルを物語っていると思います。一体、どの選手が言ったのでしょうね
組織のパフォーマンスを上げるうえで一番大事なのは選手のモチベーションの向上だが、中田選手の辛辣な言動により選手のモチベーションを破壊してしまったことが、ワールド・カップの惨敗に繋がっている。中田選手が代表に招集されなければ、ドイツ大会は違った結果になっていただろう。
小笠原満男は嫌いだった。イタリア行ってもすぐ戻ってきたしアントラーズでイキってた内弁慶のお山の大将というイメージしかない。
ほんそれ。
ワールドカップの時の不貞腐れた、やる気ないプレイには怒りしかなかった
アレがワールドユース組の批判最先鋒だったんでしょ。その後の鹿島では後輩とかが怯えててどうしようもなかった様子。
小野伸二とか稲本は仲良かったよ
中田が嫌われていたのと、ドイツワールドカップでベスト16に行けなかったのは別問題だろ。
やはり ジーコは🌿監督は🌿無能だ! それにしてもあまりにも 柳沢敦がミス。😭 バラバラのチームワーク!😭 ブラジル代表 あまりにも強いですね!😭
当時は🌿2006年の夏場!神奈川 鶴見 ラジオ📻聴いたよ! 解説者の加茂さんが 日本代表 やはり守備は🌿下手くそって ロビーニョ ロナウドに やられる!😭
本当それ全然別問題だと思います。
いくら海外組でもクラブでベンチの選手が偉そうに説教したら、そりゃ嫌われるだろ。4年後に岡田ジャパンはスタメン8人JリーガーでW杯ベスト16行ったわけだからドイツW杯メンバーの実力が特別低かったわけではないと思うが。
@@tai-em7hl 海外に行けない(オファーがない・断った)選手がソレ言うの?どっちが偉そうなん
ブラジル相手にただ1人戦っていた姿を忘れない。その他の口だけで動けなかったクソどもはプロに値しない。
言い過ぎですよ
偽善者
絶対友達いなくて草
王様的な存在がいる場合、弱いチームは独裁・周りがイエスマン。カズ、中田がそれにあたる。強いチームはムードメーカーや王様との間を繋いでくれる人がいる、本田の場合がそうである。
中田は本物の世界クラス。誰が見ても他の日本のスターと比べても異次元だったから周りが理解できなかった。ジダンやトッティ、怪物ロナウド一流相手に一流で張り合ってたから。現に中田のレベルまでみんなが腐らず出来るようになれていたら、もうとっくに日本はワールドトップ4になれてた。
んなわけない。
ジーコが悪い。中田を王様のようにしていたから。それと違いトルシエは中田に対しても特別扱いせず、容赦しなかった。それでもトルシエは結果を出した。
中田英寿、俊輔、小野、稲本ら欧州でプレーする選手も増えたし日韓大会経験した選手が熟れた頃だった。経験も実力もあったからドイツ大会は集大成。残念ながら噛み合わなかったな。海外組も増えて代表に合流するのは直前、海外組少なかったアジアカップで優勝したり良い方向に向かっても最後にまとまらなかった。
@@ネオチンジャオロース の
まぁ全盛期の中田クラスが11人いればワンチャンBEST8いけたかもね
中田が指導者やらないのも納得
彼がライセンス取る話しは聞いた事が無い。
いくら海外組が少なかったとはいえ、日本代表になるくらいだし…中田自身が自分で孤独になった、という印象でした。ドイツ大会は、悲しくて情けなくて涙が止まらなかったですね。おかげでその後全くサッカー見れなくなった。でも、今回のワールドカップで久々にみたらやっぱり面白いです、サッカー。
手の平返しか
まずはJリーグを観てよ。Jリーグが無ければ海外も日本代表もワールドカップもないんだよ。テレビで観る世界戦より、LIVEの試合の方が楽しいよ。テレビじゃボールの周りしか分からないじゃん。
あるよね。1人飛び抜けて優秀で、考え方や感覚がすごすぎるからまわりが理解できずついていけない状態。多数決ばかりな世の中、ついていけないことに蓋をしてみんなで距離置くことしかできなかったんじゃないのかな。
中田は正しかったと思う。仲良しこよしで勝てるほどサッカーは甘くないと思う。
まぁそれで勝ててたらよかったんだけどね
今は皆と和解したから大丈夫
元々、皆と仲良くする選択肢がない人なんだろな。特定の人とだけ仲良くするか、誰とも仲良くしないか、どちらかしか選択肢がない。
中田の言ってることは間違っていないんだけど、日本人には合わなかったんだと思っている組織にこう言う人いるけど、嫌われるか信じて着いていけるかは別物
お前はまず日本語を学び直せ話はそれからだ
松田直樹がいつも仲に入ってくれた。全ては松田直樹がいなかった。ただそれだけ。
そーゆ~訳であの辞め方、その後の態度だったのか。初めて全て納得。腐ったミカン含め。
結局は人としての器の問題だと思うけどねスポーツはことある度に美談として語られるけどもっと人間臭い確執は当たり前のようにあるだろその中でどうたち振る舞うのか自身が突出してるならどう導くのか個人競技じゃないから尚更そういったものは必要なんじゃね求めるだけでは誰も着いてこないいつだって時代にそぐわない存在はいるよ其れが先を行ってるのか後を追いかけてるのかは知らないけど今の時代なら中田の考えは浸透したかもしれない
自分はヒデと福西の言い争いはヒデが正解だと未だに思っています。
マイケル・ジョーダン並の振る舞い。
なんだかんだで本田とチームメートが一番良かった気がする。
素晴らしい選手だけど好きではない。でも凄い!
当時、今と比べて本当にレベルが低かったのですが、当時からサッカーにおいては、日本人は勤勉ではなく、ヨーロッパ各国よりも走らずサボると言われていました。また、映像を見ればわかりますが、特に、国内組はパススピードも遅く、判断も悪く、中央部分にただ人がいるだけでプレッシングの理解も浅く、トラップやキックの精度も低いものでした。そんな国内組が大半を占める代表では、中田英が目指した前プレについていけるはずもなく、中田英自身の前プレも周りの状況を半分無視した、あるいは無視せざるを得なかったものだったので、効果的ではありませんでした。当時から散々言われてましたが、その辺りは監督コーチが整理して、プレッシングの位置を共有しておかないといけないわけですが、それが無かったことが一番の原因かなと。
本来ならサッカーの基本を覚えたばかりで、ワールドカップ出場で息切れしていた当時の日本に、その先を見ているような高い技術と意識を持つ選手が誕生する事すら奇跡的な事だったが、そんな時代の選手達に、彼の高いプレー要求に応えることを望むのは無理がありすぎた。
彼は当時の日本において時代の20年先を行く選手であると同時に、日本人の誰もがワールドカップは夢と誰もが言っていた時代から、その先を見ていた当時としては技術も意識も高すぎる選手だった。それゆえプレー要求が厳しく、時に年齢や立場も関係なしに遠慮なく物をいう選手だった為にやりにくい選手ではあったと思うが、当時の日本にはそんな彼を理解し、そのプレー要求に応えられる選手がいなかったことが彼の悲劇であり、早すぎた天才ではないかと思っている。
ジーコが中田のポジション作る為に4-4-2に変更した時に「システムに興味無いんで。」ってそっけなく言った時に、もう代表来るなって思った。
英だけレベルが高すぎたんだな。しゃーない
世界レベルが、大学生のチームに入ったら確執は生まれるんじゃないのでしょうか?あの頃のJリーグの選手って、やっぱりその位のレベルに感じました。もちろん凄い選手も居たけど、やっぱりあの頃はそのぐらいの差はあったと思います。セリエAに行った中田を見れば一目瞭然です。
あんた名前やステイタスや職種や地位で人を判断する人間だろ??小野伸二や中村俊輔より遥かに下手くそだったよ。「セリエA」で云々を抜いたら、パスセンスや足元のテクニックは小野伸二や中村俊輔の足元にも及ばんのよ。分不相応。2006年のドイツW杯のブラジル戦で失点した際に川口能活に罵詈雑言尽くしてたのは、人間としてクズだと思ったわ。「鼓舞する」とか「嫌われ者を演じる」とは全く違った。あの試合は本当に殺意を覚えるレベルで不快だった。
4年後…岡田ジャパンはスタメン8名がJリーガーでW杯ベスト16に進出した…。ちなみにドイツW杯当時の中田さんは所属クラブのボルトンでベンチに座っていた…。
欧州リーグ試合見た後、Jの試合見たら一目瞭然だったね。どれだけヨーロッパが偉そうにしても文句を言えるレベルじゃなかった
ゴール前でパス出す様な人達ばっかりだったから、あの当時は何で打たないの?って言うのが日常だった、ジダンにも日本代表には中田しか居ないって言われてた。
ジダンが言っていたのは日韓W杯前だよ。ドイツW杯の中田は所属クラブでもベンチで別人のように劣化していた。
ジーコがアマちゃんの存在で本物のリアリストな監督じゃなかったから、これじゃマズいと考えての嫌われ役志願だと思う。結果的にその言動は裏目に出た感があるが、全てが中田の責任であるはずが無いし、例えば今の森保さんが監督ならこういう役回りをする必要もなかったと思う。日本サッカーが世界の強豪にならぶ道中で避けて通れない道筋だったと言える。
チームプレーっす
フォローも最低限のコミュニケーションも取らずに文句ばかり言ってたら正論だろうが誰もついてこないだろう、エースだったけどキャプテンやリーダー向きじゃなかった。誰か中田をフォローしてくれる選手がいればまた違ったかもしれないけどね
相手はプロ契約選手で、しかもその中から厳選された日本代表なんですが? アマの高校生じゃないんですよ・・・
現場にいなかった人間が真実もクソもねえだろw
中田の強靭なフィジカルで以ってDirty町田の選手と監督を吹っ飛ばして欲しい
天才とは、生まれながら備わった平均より高い才能、またその才能を持って各分野で創造性を発揮する者みたいな事が書いてありました。中田さんは自分は大好きな選手の一人ですが、さて中田さんは天才ですかね?昨今やたらと天才、神、奇跡などの言葉がやたらと目につきますが、簡単に使わない方が良いと思います。
中田は団体競技には向いてない人だったんだろうな…孤高の選手という感じで。善悪好悪で言うならば善悪なら善、好悪な悪の人。
当時の日本のチームに向いてなかったんじゃないかな強烈な個がお互いに問題点をぶつけ合って改善するのが本当に強いチーム
それえで欧州リーグでうまくやれるはずないだろ
2010年W杯まで現役を続けていたらどう変わっていたのかな?その世界線も見て見たかった
当時の世界最強リーグセリエAで日本人で
あれだけ堂々たる活躍したんだから
メンタル面も常人ではないでしょうね。
当時はそれに付いていける、やり合える選手が
代表の中にいなかったし、中田をうまく扱える
ベテランもいなかった。世界に出て闘うことが
当たり前になった今の意識高い代表の選手となら
上手くやれていたかもしれないが・・・どうだろうね。
元々チームのキャプテンとして引っ張るタイプの性格じゃないだけに、その役割にならざるをえなかったのキツかったんじゃないかね。中田自身が高みに行きすぎて周りも言い返せなかったんだろうし。
本当は前園や城みたいな、イジってくれる兄貴分がいたほうがもっとうまくチームに溶け込めそう。
松田さんとかね
ホントに松田を入れてれば良かった
小倉のケガがなかったら…
財前の怪我も
フランスワールドカップの後くらいだったか、ある試合の後の取材に「自分は声を出して味方を鼓舞するタイプではないから、プレーで示そうと思って、積極的に前に出た」と言ってて、今もそういうイメージですが、どこかで変わったのでしょうね。
そういえばはじめはファンにサインをせず、韓国の女性ファンがサインを断られて泣いていたという報道があり、川淵さんがサインをしてあげなさいと注意し、イタリアに行ってからはサインをするようになったようですね。イタリアのサポーターは日本より激しいから、サインを断ると何をされるかわかったものではないということだったのかな。
徹底したリアリスト。世界を知っているからこそ、必要な事はすべてやる。そういう印象の選手でしたね。
言いたい事はハッキリと言うタイプの人はだいたい他の人間にハッキリ物を言われると平行線のまま終わる。中田と福西がまさにそんな感じ。オフェンス、ディフェンス意見は様々だったろうけど有能な監督が居たらしっかりと落とし所を見つけて戦術的にはまとまれたはずなのに。
ドゥンガは、あのワールドクラスのボランチだったサンパイオから、尊敬の眼差しを向けられる選手。福西はそのドゥンガからボランチの基礎を徹底的に叩き込まれた。
ボランチの哲学が違いすぎる。簡単には納得しないわな。
ちなみにジーコも、同郷のドゥンガからボランチの基礎を叩き込まれた福西に何かを感じたのだろう。ボランチのファーストチョイスは福西だった。
松田直樹がいたらチームの雰囲気変わっていたのかも。唯一ヒデを弄れる選手だったし。
中田はいつまでも弟キャラだからダメだったんだよなぁ。
ほんとに松田が居たらと思う。宮本は要らなかった、年上のDFが纏めるべきだった。
ゴン中山も、「先輩にはかわいがられるけど、後輩と上手くやれるか…」と駆け出しの頃からその性格面を
懸念してましたね。良く言えば職人肌、仕事師だけど、リーダータイプではない。嫌われ役と言えば聞こえが
いいかもしれないが、当時ならジーコか宮本が負うべき役目。ジーコに住金、鹿島時代のような情熱があれば
良かったのですが、代表監督時代にはその情熱が感じられなかったですね…。
先輩に臆することなく接する事が出来た、それは周りが大人だから。周りもいろいろ経験して大人になったわけだし。
だから中田英寿氏ももう少し目線を下げたりするのも良かったかもです。
@@恵比寿デジタルノイズ
目線を下げれば負けは確定。
中田英寿氏はあの時できる事を全てやっただけ。で負ける。
日本人って正論を高々と言われると反抗する奴が多い事。
結果出せば人は耳を貸すが、負け犬の言葉には耳を貸さないよ。
ジタンもはっきり言っている。あの当時の日本は中田だけだと。
WBCでのイチローとは大違いだな
@@恵比寿デジタルノイズ
その通りですね。例えるなら会社によくいる、新人の頃は可愛がられていたが、上に立った瞬間、部下が付いてこないタイプ。
そのタイプって目線が常に上だから、上司にとっては非常に有難い存在。しかし、目線を下げることが出来ないから、部下にも自分の新人時代と同じものを求める。ほら、よくいる
「俺が若い頃はよお、もっと○○に対して貪欲で、△△に関して常に学んでいた。それなのに最近の若い奴らときたら✕✕の件が全くなってない。」
みたいに居酒屋で愚痴っている奴。正に中田がそれ。プレイヤーとしては優秀なのかもしれないが、プレイヤー以外の部分が極端に欠けている。フランスの時の中山さんみたいに、
「若手から学ぶこともある。」
といった姿勢を見せられず、常に自分が正しいと感じている。かつて中田が
「私が間違っているなら言ってくれても構わないが、言ってくれたことに関して納得できない。」
みたいに言ってたのが全て。納得するしないじゃない。先ずはやってみる。上に立つならそういった姿勢を持たないといけない。
本田は長友や岡崎みたいに同級生で実力も申し分ない理解者が近くにいて良かった。14年は駄目だったけど18年でちゃんと汚名返上果たしたし。
2010年も忘れちゃいけない。
あのチームは、ドイツでの屈辱を晴らそうとしたメンツ、そして本田等の新星、
川口等のベテランという、年齢的にバランスの取れた好チームだった。
求めてる ステージが違うんだろうね
引退は当時のグローなんとか言う病気のせい。股関節に問題も抱えていた。全盛期のドリブルやシュート、パスも無くなり、限界を感じてアッサリと辞めたんだ。潔し。
晩年の足の怪我は、若い頃、無理して鍛えすぎた選手に多いね。長くやる選手はそこら辺のコントロールが上手い。
嫌われ役になるなんて中田選手は思ってサッカーやってないでしょ。純粋に世界で戦う為にやるべきことをチームメイトに求めてただけかと。昔は日本代表に選ばれてゴールって感覚もってた人あった印象
そうなんよな
しかもチームメイトをしっかり評価した上で、やれると出来ると感じだからそれを求めただけなんだよな
誰もそれをしようと、やれると思わずナカタについて行こうしなく、孤立していった
加地が後年国内組の意見に賛成するのではなくて中田に合わせたチーム作りをするべきだったと
インタビューで答えてるね。
これが全てよね。
@@クールたかぴー
WBCではイチローは別格の存在だったけど、相手の立場に下がった上で先ずは意見を聞き、その後は自分の立場で分かりやすく説明していたらしいね。これが真のスター選手。
高校のとき、Jリーグブームが来てました。部活で後輩の女の子がベルマーレのサポーターで、
「すっごい選手がいるから見にいきましょうよ」
と皆を誘ってました。
それがヒデでした。当時、1ミクロンもサッカーに興味なかったワシは、見に行かなかった。
いま、スゲー後悔している。
仕方ない。当時は飛び抜けた、「個」の選手だったのでチームにフィット出来なかったのだろう。
中田の伝記によると、ドイツW杯の直前に行われた第一回WBCで、それまでの孤高の存在というイメージを一変させて、チームを引っ張る熱いリーダーとして日本を優勝に導いたイチローの事を相当に意識していたそうです
スポーツだから仕方ない部分もあるけど試合中の中田はかなり高圧的に見えた。
毎回キレて怒鳴ってると周りはハイハイまたですかと流すようになってしまう。
イチローを意識してたなら各選手を観察していろいろなアプローチの仕方をすれば良かったと思う。
大人だからプロだからというのは分かるけど勝つためにあらゆる事をやるべきだった。
本来は監督がやるべきなんだけどね。
@@kurusugawahmx12multi
そこが中田と本田の違い。本田もかなり高圧的だったらしいが、それは意図や真意などを始めとした、相手の話を聞いた上での話だったらしい。
日本人は海外経験をすると愛国者になって帰ってくる。昔から言われていることです。日本人は日本にいる時は自分が日本人であることをあまり意識しないが、外国に住むと否が応にも意識するようになるからです。イチローはアメリカでの人種差別体験を告白していますし、日本代表としてアメリカを倒してギャフンと言わせたい欲求が人一倍強かったのでしょう。中田もおそらく同じような経験をしているはずなのでイチローと似た心理状態だったのではないでしょうか。サッカーも野球も一人ではできない。自分の闘志をチーム全体で共有させて高いレベルのパフォーマンスを維持しないと優勝などできない。厳しい要求をするのは理解できます。
ジーコジャパンからオシムジャパンになったけどそこでヒデ見たかった
オシムとヒデ・・・見たかったわー
この中田英寿って若くして海外サッカー経験したけど、この人の言動はやっぱり日本サッカーを本当に強くしたかったんだろうなーと思うね
金子達仁、戸塚啓の「敗因と」を読むと当時の様子がよくわかります。あのメンバーで勝てなかったのはなぜなのか。
予選中揉めたときまとめたのはキャプテン宮本ではなく三浦淳宏でした。三浦淳宏をメンバーに残さなかったのが敗因だと私は今でも思っています。
あの代表は名波浩さん、藤田俊哉さん、三浦淳宏さん、中山雅史さん、秋田豊さん、森岡隆三さん、森島寛晃さんが親分だった。
全員物凄く慕われていたが、特に慕われていたのが三浦淳宏さん。三浦淳宏さんが無理なら、上記の中の誰か最低1名は連れていくべきだった。
それか、どうしても全員無理なら、アトランタ世代、シドニー世代、アテネ世代のボスだった山本昌邦さんを。
やろうとすることは間違ってないけど、やり方が日本人には合わなかったんだよな。
チーム競技って難しい
努力してなければ悔しがることもないし、責任感がなければ怒ることもない。
鬼気迫る思いで叱咤した中田の熱量にまわりがついてこなかったのは残念でしかたない。
クリスティアーノ・ロナウドは、ポルトガル代表では皆の立場に下がって話を聞いていたみたいだけどね。
んで、中田君は?
中田の残して来た実績、努力を考えると 日の丸背負った選手達が 甘い考えや パフォーマンスの落ちる場面で食いしばって乗り越えるとは当然であって 何より怪我もあったり 戦術面で難しい事もあった中、お前らなら出来るだろと思っての事だったと思う その分誰よりも走り回っていたことを忘れちゃいけないよ 最後に仰向けになった時のあの姿が今でも鮮明に蘇るよ
選手のせいではないし、纏めれなかったジーコが責任を取るべきこと。
ジーコは選手を大人扱い、放任主義。それは良かったですが肝心な時にまとまらなかった。
それが悔しいです!
初心者監督に代表を任せるなんて、バカじゃねーの?
って感じ
これを反省せずに選手が叩かれるのは本当に可哀想
ジーコ退任時、責任は私にあるとか言うのかと思ったら「日本人はフィジカルが足りない」と選手のせいにして捨て台詞。やはりこの人に監督任せちゃダメだった。
責任を取るのはジーコではなく、ジーコを雇った協会
ジーコはトルシエの遺産を無駄に食い潰しただけ。
代表でのヒデの振る舞いは深くは知りませんが、少なくてもイタリアではチームに溶け込んでいました。彼が自分の意見をハッキリ言う事はヨーロッパでは好意的に受け取られていました。誤解の無いように話しますが、ヒデは天才ではありません。どちらかと言えばボディコンタクトに優れ、すぐには倒れないで味方に繋げるボランチが適任との見方が多数でした。当時のセリエAのレベルでは、パスの精度やテクニックは日本での評価とは違って驚くものは無く、ヒデの望むトップ下での起用は創造性という意味でも非現実的な選択でした。しかし普通のイタリア人のアベレージには達していた優れた日本の選手でした。
世界基準で観ると天才では無いのか・・
世界は広いな
@@てち仮面 長くイタリアで暮らしてミラノの本田圭佑もスタジオで何度も観ましたが、期待していた程ではありませんでした。ミラノのNo.10には技術的にもスピードも足りていません。ヨーロッパでの評価も香川真司、小野伸二、中村俊輔の順です。
当時のイタリアのレベルだと、中盤の底で、ボールを刈り取り、前にボールを供給する役目を目指せば、ローマでももっと活躍できたと思います。
@@soundwill17 おっしゃる通りです。イタリアの識者や優れた指導者の間でもボランチからのつなぎ役が適所だと言われていましたが、日本での実績とヒデ自身のプライドが邪魔したのでしょうが、後にポジションを下げて成功したピルロを見れば私達の判断は正しかったと言えるでしょう。日本のファンにあえて真実を言うなら、ヒデはファンタジスタではありません。黒子に徹してチームを勝利に導く選手、アルベルティーニやマウロシウバのようになれたと思っています。
いやイタリアでも浮いてたらしいよ
ネームバリューと日本サッカー協会にとって使い易いということでジーコを監督に選んだ連中が反省しないと中田は日本のサッカー界に戻ってこなそう
本当に世界一のサッカーチームなりたいなら仲田さんみたいな人間が必要だね😊
自分に厳しい人物がいきなり最高水準のレベルを周りに要求しても無理なものは無理と拒絶されてしまうものなのでしょうね。
リーダーとして周りのレベルを上げる事を目標に掲げるなら、最終到達部分だけでなく、細かく段階を分け、達成し易いステップを築く事が必要だったと思います。
結局、どんなに立派な目標であっても実現出来なければ、その試みは失敗だった、やり方を間違えていたという結論になってしまいます。
有能ではあるけれど万能では無かった。まあ、個性的な印象の強い彼も、他の人と同様に長所短所を合わせ持った人間らしい人間なんだなと感じるエピソードでした。
弟的立場だと力発揮出来るようなイメージ
一通り動画見て思うのは、結局一番問題だったのはジーコ監督と、その監督を選び、問題があるのにそのままにしておいたJFAが原因。中田もこの日本代表の指導側がまともだったら、他の所属チームと同様に、普通に1選手としてやれていたと思う。
最近のコメント見るとサッカーの世界に全く未練はなさそう。戻ってこないだろうな。
自分が嫌われ者になってでもチームをまとめようとする覚悟は尊敬する。
誰にだってできることじゃないしそれだけかける思いがあったんだと思う。
それでもそのやり方には賛同できない。嫌われ者を槍玉に挙げてまとまったチームが果たして強いチームなのかは疑問。
あくまで厳しいことを言っても嫌われない関係を目指すべき。
宮本恒靖は中田の言う通りにしてたら良かった説
そのレベルに日本代表のDFリーダーが至ってなかった
そら勝てんよ
6:25あたりの言葉で
『ごもっとだけど、あれじゃ、やる気のなくす選手が出てくる』
とあって、もしその言葉が本当ならば
そんな言葉を発した選手は『プロ選手として日本代表失格』と思いました。
『やる気云々は個人の話で、代表選手は『日の丸を背負う』わけで、個人のことしか考えられない選手は『代表失格』』かなと思いました。
中田選手は素晴らしい選手だったと思っています。
2006年当時は中田より足元の技術に長けてる選手が数名居たけど、守備強度の高いガチの試合になると、相手のプレスにはバックパスしか出来ず、走れない、守備緩いという欠点が浮き彫りになった。
現代サッカーでは当たり前の勝負する、走るを中田が説いても技術至上主義の当時のメンバーには理解できなかったのだろう
結果的に、そのやり方は間違っていたという事になる。ピッチに立っていない監督が嫌われるのは「アイツはよく見れてないから」等の理由で、ピッチに立っている選手が考え、積極的に動くようになる。だが、ピッチに立っている人間が嫌われ役をやってしまうと、「アイツ、同じピッチに立っているのに俺達の様子が見れてないのかよっ⁉️」となり、ある者は反目して積極的にプレーに関わらなくなり、ある者は自信を無くして80%以下の力しか出せなくなる。子供じゃねーんだから、そんな訳ねぇだろ!?って? 人間の身体に起きる無意識化の拒絶反応は大人も子供も関係ない。
団体戦である以上は、非難ばかりするのではなく。お互いが助け合い引っ張りあげるような動きや考えをする必要がある。ドイツでの2006代表はそれができていなかった。
自分もチームスポーツやってたから、このコメントはスゲエ分かるわ。
そうなんだよ、嫌われ役は外の人間が勤めなきゃ駄目なんだよ。
本当に嫌われている奴がなったら訳わからん
当時のサッカーマガジンに「W杯が終わってひとりグラウンドに倒れたときに、誰もヒデを起こしに行かなかったことが全てを象徴していた」と記事にあったが、それを読んで大いに納得した記憶がある
クソ見たいな記者だな。
全力出して試合をやっていたら、疲れて他人を助けるどころの話ではないだろう。
控えが起こしにいかなかったというならば否定しない。
@@penmanship2425 誰もいかなかった
中学生レベル、一部高校生レベルのチームに大学生レベルの選手が混じっていたようなものだったからなあ。
同級生の宮本さんは声掛けてましたけどね。あと、アドリアーノかな。
嫌われ役になろうとかではなく、ただ単に意識の違いでより高みのみを見ていたからこそ自他共に要求を強くしていたんだと思います。
引退後、サッカーに関わる姿がないのがその象徴ですよね
ヒデは実力だけあっても、慕われない選手の典型って感じでした。サッカーはチームスポーツなのにチームのまとめ方を知らなかったのでしょう。とにかく他の選手の言うことを聞かない。だからこそ、ツネさんがキャプテンをやったアジアカップの時の方がチームが纏まりました。
あと、ジーコが放任主義だったのも痛かったです。監督でもコーチでも誰でもいいからヒデに説教したり、話をする人が必要でした。ジーコがヒデに厳しいことを言ったなら聞いてた可能性もあった筈です。いくらヒデでも流石に世界の神様には逆らわないでしょうし。あと、ヒデは日本よりイタリアの方が居心地が良かったのかな、とも思いました。
天才じゃないだろう
天才とは伸二の事だ!
まだ多くの代表選手が青かったんだよ!
中田や世界にはついていけてなかった!
今見返すと
確かにパス強すぎるよ。
って所はあった。
フィジカル、柔軟性、俯瞰力は飛び抜けてるけど、強いパスは
(俺がここに出すの)分かるだろっ!
(ここしかスペースないの)分かるだろっ!
ってメッセージが乗ったパスでした。
対応してたラパイッチとかペトラッキとか、ピチピチパンツマッツァンティーニとかかわいい。
ローマでのカフーは余裕でヒデのパスに追いついてましたよ。
当時の他の選手も同じ事を言ってたが、当時の日本にそのプレー要求に応えられる選手がいなかったことが彼の悲劇だ。
@@wearenotborn4ourselv しかもサイドチェンジでね。
一人だけ意識高い系で孤立してた感じでしたね…それと監督の言うこと聞きたくないマンなのが…同じ意識高い系でも本田との違いは一人で突っ走るのが中田、周りもいじったり引っ張るのが本田…
最後の年の一人でシュート練習が物語ってましたねぇ…
中田英寿がいなかったチェコ戦勝ったんだよな…、親善試合とはいえ全盛期のチェコに。
ドラゴンの左やばかったですよね
当時彼だけがプロだった
周りと上手く行かなかったのはプロ意識の差
ピークはローマに居た時までで、正直、以降は皆さんがリスペクトするほどでもなかったのは、キャリアを追っていれば解る。
それよりもジーコ枠やアディダス枠にこだわりすぎた事が個を抑えて貢献した選手たちはやる気出ないよな。
中田のハードなパスをトラップできる選手は当時小野くらいだったが、その小野はジーコから嫌われてたし、ま、96年以降でチームとしては最悪だったのは間違いないですな。
それでもヒデが大好きだぞ!
そーだそーだ!!
2002年のドイツWカップで、日本が負けた時のヒデさんの悔しがりよう、見てて辛かったな。色んな想いあったろうし。
本当に嫌われていたら、中村俊輔さんが自分の引退試合に呼ばないでしょう。
それ確かに思いました。
選手としての彼は優秀だが、それゆえにプレー要求が厳しく、時に年齢関係なしに歯に衣着せずはっきりモノをいう真剣さゆえに、味方としてはやり難い選手だっただけで、人間的に嫌っていたわけでは無いと思う。
本当は呼びたくないけど交流のある元選手もいて、呼ばないと陰険だと思われるからじゃね
@@benishoga749そんな気遣いをするのが日本人だぞ
確かに本当に嫌われてた本田は呼ばれてかったよね。
そもそも重要なのはチームが一つになることであって
嫌われ役がいないと一つになれないと言う発想が違うと思うけど
中田がいないアジア杯やチェコとかの親善試合はかなり良かったと思うし
まあ違ったからドイツW杯は一勝もできずに終わったんだろうけど
嫌われ役にならないようにまとめあげることは出来なかったのかね?仕事でもそうだけど、実力ある人って嫌われ役になるよりもみんなをまとめる方に力注いだ方がいいよ。
マネジメントタイプとスペシャリストタイプがいるとして中田は後者
中田選手が何かの試合でバックパスをとられて失点した試合があったけど、周りに厳しく言ってくれる人が他にいないと誰もついて来ないんだよね。
しかもめちゃくちゃ大事なワールドカップ本戦のクロアチア戦。この失点シーンの発端が中田のパスミスだって事を何故かメディアであまり取り上げられない…。
やはり秋田豊か、中山雅史を呼ぶいるべきだった。きちんと言うべき事は言う選手は、ヒデ、秋田、中山雅史位じゃない?
嫌われようが何だろうが、当時の日本代表に結果面で中田英寿氏に物を言える人間は不在だった。
中田英寿は自分が小野伸二や中村俊輔より遥かにテクニックで劣ってる事についてどう思ってたのだろうか??小野伸二や俊輔が「ヒデさんの方が下手じゃないですか??」とか言ったら。あと、2006年のワールドカップで日本が失点した際にレジェンドGKの川口能活に罵詈雑言の限りを浴びせてたのはドン引きしたわ。嫌われ者を演じるとか、鼓舞するとかじゃなくて人間性や人格性を否定してた。はっきりいってあいつはクズだよ。
あんた所属クラブのボルトンでベンチなのに偉そうにすんな!と言ってやればよかったのにな。
一方的にに演説だけする人間性が招いた結果 話し合う事が出来無い
それって言えない方が駄目人間でしょ。ものを言うことが全て反抗的行為と思う人間は、人から何か言われても反抗としか受け取らないから話にならない。
中田さんがいたからこそ今ヨーロッパに挑戦する選手が増えたと思ってる、だから今の日本は強くなったし高みを目指せてる
中田さんは日本サッカーを牽引してくれた絶対的レジェンド
いや、別にこいつが居なくても、問題なく次から次に行ってるよ、協会と各世代のチームの育成力とスポンサーと施設を作ってくれてる国のおかげだろ
彼は早すぎる天才かもしれない。
全部、財前の後追いだよ。
財前の怪我が無ければあるある。
中田自身も全盛期の頃のプレーができずにナーバスになってた印象
ドイツW杯当時の中田が別格だったとか大嘘だよな。フィオレンティーナでもボルトンでも全く活躍できずベンチ要員にされていたのに。レッジーナの俊輔やルマンの松井の方がよっぽど海外で通用していたわ。
@@tai-em7hl
ジョホールバルとペルージャ初期とローマユベントス戦でピンポイントに活躍したのが、まるで現役時代にコンスタントに別格な活躍したみたいに印象操作されてるんだよな。別にリーグ年間MVPや得点王受賞したこともないし。
嫌われ役って本当に嫌われているのにその役になる必要あるのか?
中田ファンだけど、早熟タイプだったのは否めない。フランスw杯前後からペルージャまでがMAX絶頂で、日韓W杯がギリ。ローマの時はもう既に下降が始まっていた。
そこまでは好き勝手やっても誰も文句無いし、言えないし、むしろそれがチームにとって1000%良かったから。
その後、ご本人曰く「どんどん特徴の無い普通の選手になっちゃった」と評しているように、そんな選手にガンガン喝入れられても、プライド高い福西さん、小野さん他には逆効果だったのかと。
ドイツw杯はほんとにオレらファンも死にそうなくらい悲しんだ。
実力が劣化して代表内でも別格ではなくなったのだから偉そうにせず周りに合わせておとなしくしていてほしかった。
〇〇だけどって話始めるやつは〇〇じゃない
これ豆な
@@tai-em7hl さん
返信ありがとうございます😊
@@H-uj2nfgt さん
返信ありがとうございます😊
誰かに付いていくんじゃない、俺がチームを引っ張るんだ!勝たせるんだ!自分が中心にならなくちゃいけない!オレが頑張らなきゃ!
こういう強い意識を持った選手が後の世代で次々と出てきました、今の代表でも。
そういう部分は着実に進化してきてるよ、ヒデ…
嫌われ者の存在が闘うのに必要不可欠なものなのかどうか。少なくともピッチの中では不要だったろう。そしてドイツW杯の時には、故障もあって中田自身のパフォーマンスが最盛期に比べて大きく低下していた。闘う意思はあっても結果が伴わないのではいたずらに仲間を傷つけるだけ。そして結果に全て現れちゃったね。
本当に嫌われているやつが嫌われ役をやる
サッカーて、11人いてさらに控えも、それぞれ役割があって、意見が分かれやすいスポーツなのかなと。我慢や周りと合わせる、コミュニケーション能力もかなり必要だなと。中田さんの頑固さやこだわりの強い性格はサッカーに向いてる部分と、少し向いてない部分もあったのかなと。
ヒデもゾノ、カズには言葉では言えなかった。ワ-ルドカップの切符を取れなかったのを目の当たりにしてから、目上でも思った事を言ってぶつからなければチ-ムは強くならないと悟ったんだろう。練習が止まる程よく言い合いをしていたという服部選手とはプライベートでは仲が良いらしいし。避けられるのでは無くチ-ムを強くする為に意見をぶつけて来て欲しかったんだろう。
まぁ職場ってのは仲良しこよしじゃ上手く回らないんだからどこでもこんなもんでしょ
やはり 中田が普通の日本人と
かなり違う感覚ですから!
仕方無いですね。😩
つまり イタリア人と似てます!🤔
特に軍曹のカペッロに
ローマ時代に出会う!
当時は🌿ローマ
かなりスター軍団ですよ。
バティ カフー サムエル
中田英寿さんは気難しい、周りを圧倒する雰囲気があるかも。
しかし実力、経験もある。
彼の個性と能力が集大成のドイツ大会でうまく融合出来たらね。
無理矢理にでもキャプテンさせてれば、孤独な選手で終わらず、自分勝手が許されないキャプテンという立場で何とかしようと奮闘するうちサッカー選手としても人間的にも成長してドイツ大会の結果も違ったものになってたかもしれない。
中田が入った代表は全て「初進出」している。A代表のW杯初出場が分り易いけど。
チームスポーツなんで全て中田のおかげというわけじゃないが、中田が入った代表が全て今までより好成績を収めていて、その中心にいたんだから相当な貢献度であった事は間違いない。
そしてこれもチームスポーツなので全て中田のせいではないが、21世紀以降の日本代表のいちばんつまらなかった時期がドイツW杯のチームでもある。自分にとって一番おもしろかった日本代表はその次の南アW杯の代表です
そもそもオーストラリア(全盛期)、既にベスト4経験のあるクロアチア、ブラジル
そりゃ日本は無理だろw
ガンバで控えのツネ様がレギュラーキャプテンだったんだぞ苦笑
えっ あの時のつね様控えだったんですか?😅
そらライン下げて裏取られないようにして、バカスカど真ん中抜かれてやられ放題だった訳だ
世界と戦えるCBではありませんでしたな
ツネ様は好きだけど😊
控えじゃないですよ
6:20 結局やってないやつの言い訳
仲良く楽しくチヤホヤされたいんだよ!中田は勝ちたかったんだよ
なんでわざわざ美談に仕立て上げようとするのかねぇ。わざとらしい話だな。
どっちが悪いかはともかく、実際は中田はチームメイトに受け入れられなかっただけ。
こんなわざとらしい美談なんて反吐か出る。
個々人が自立した意識をもって取り組まないと果たせない目標に取り組んでいるのに「ついていけない」って誰かに”引っ張ってもらう”ことを前提としたセリフを言う選手がいたあたりが当時のチームのレベルを物語っていると思います。一体、どの選手が言ったのでしょうね
組織のパフォーマンスを上げるうえで一番大事なのは選手のモチベーションの向上だが、中田選手の辛辣な言動により選手のモチベーションを破壊してしまったことが、ワールド・カップの惨敗に繋がっている。
中田選手が代表に招集されなければ、ドイツ大会は違った結果になっていただろう。
小笠原満男は嫌いだった。イタリア行ってもすぐ戻ってきたしアントラーズでイキってた内弁慶のお山の大将というイメージしかない。
ほんそれ。
ワールドカップの時の不貞腐れた、やる気ないプレイには怒りしかなかった
アレがワールドユース組の批判最先鋒だったんでしょ。その後の鹿島では後輩とかが怯えててどうしようもなかった様子。
小野伸二とか稲本は仲良かったよ
中田が嫌われていたのと、ドイツワールドカップでベスト16に行けなかったのは別問題だろ。
やはり ジーコは🌿監督は🌿無能だ!
それにしても
あまりにも 柳沢敦がミス。😭
バラバラのチームワーク!😭
ブラジル代表 あまりにも強いですね!😭
当時は🌿2006年の夏場!
神奈川 鶴見 ラジオ📻聴いたよ!
解説者の加茂さんが
日本代表 やはり守備は🌿下手くそって
ロビーニョ ロナウドに やられる!😭
本当それ
全然別問題だと思います。
いくら海外組でもクラブでベンチの選手が偉そうに説教したら、そりゃ嫌われるだろ。4年後に岡田ジャパンはスタメン8人JリーガーでW杯ベスト16行ったわけだからドイツW杯メンバーの実力が特別低かったわけではないと思うが。
@@tai-em7hl 海外に行けない(オファーがない・断った)選手がソレ言うの?どっちが偉そうなん
ブラジル相手にただ1人戦っていた姿を忘れない。その他の口だけで動けなかったクソどもはプロに値しない。
言い過ぎですよ
偽善者
絶対友達いなくて草
王様的な存在がいる場合、弱いチームは独裁・周りがイエスマン。カズ、中田がそれにあたる。
強いチームはムードメーカーや王様との間を繋いでくれる人がいる、本田の場合がそうである。
中田は本物の世界クラス。誰が見ても他の日本のスターと比べても異次元だったから周りが理解できなかった。ジダンやトッティ、怪物ロナウド一流相手に一流で張り合ってたから。現に中田のレベルまでみんなが腐らず出来るようになれていたら、もうとっくに日本はワールドトップ4になれてた。
んなわけない。
ジーコが悪い。中田を王様のようにしていたから。それと違いトルシエは中田に対しても特別扱いせず、容赦しなかった。それでもトルシエは結果を出した。
中田英寿、俊輔、小野、稲本ら欧州でプレーする選手も増えたし日韓大会経験した選手が熟れた頃だった。経験も実力もあったからドイツ大会は集大成。残念ながら噛み合わなかったな。
海外組も増えて代表に合流するのは直前、海外組少なかったアジアカップで優勝したり良い方向に向かっても最後にまとまらなかった。
@@ネオチンジャオロース の
まぁ全盛期の中田クラスが11人いればワンチャンBEST8いけたかもね
中田が指導者やらないのも納得
彼がライセンス取る話しは聞いた事が無い。
いくら海外組が少なかったとはいえ、日本代表になるくらいだし…中田自身が自分で孤独になった、という印象でした。
ドイツ大会は、悲しくて情けなくて涙が止まらなかったですね。おかげでその後全くサッカー見れなくなった。
でも、今回のワールドカップで久々にみたらやっぱり面白いです、サッカー。
手の平返しか
まずはJリーグを観てよ。Jリーグが無ければ海外も日本代表もワールドカップもないんだよ。テレビで観る世界戦より、LIVEの試合の方が楽しいよ。テレビじゃボールの周りしか分からないじゃん。
あるよね。
1人飛び抜けて優秀で、考え方や感覚がすごすぎるからまわりが理解できずついていけない状態。
多数決ばかりな世の中、ついていけないことに蓋をしてみんなで距離置くことしかできなかったんじゃないのかな。
中田は正しかったと思う。仲良しこよしで勝てるほどサッカーは甘くないと思う。
まぁそれで勝ててたらよかったんだけどね
今は皆と和解したから大丈夫
元々、皆と仲良くする選択肢がない人なんだろな。特定の人とだけ仲良くするか、誰とも仲良くしないか、どちらかしか選択肢がない。
中田の言ってることは間違っていないんだけど、日本人には合わなかったんだと思っている
組織にこう言う人いるけど、嫌われるか信じて着いていけるかは別物
お前はまず日本語を学び直せ
話はそれからだ
松田直樹がいつも仲に入ってくれた。全ては松田直樹がいなかった。ただそれだけ。
そーゆ~訳であの辞め方、その後の態度だったのか。初めて全て納得。腐ったミカン含め。
結局は人としての器の問題だと思うけどね
スポーツはことある度に美談として語られるけどもっと人間臭い確執は当たり前のようにあるだろ
その中でどうたち振る舞うのか
自身が突出してるならどう導くのか
個人競技じゃないから尚更そういったものは必要なんじゃね
求めるだけでは誰も着いてこない
いつだって時代にそぐわない存在はいるよ
其れが先を行ってるのか後を追いかけてるのかは知らないけど
今の時代なら中田の考えは浸透したかもしれない
自分はヒデと福西の言い争いはヒデが正解だと未だに思っています。
マイケル・ジョーダン並の振る舞い。
なんだかんだで本田とチームメートが一番良かった気がする。
素晴らしい選手だけど
好きではない。でも凄い!
当時、今と比べて本当にレベルが低かったのですが、当時からサッカーにおいては、日本人は勤勉ではなく、ヨーロッパ各国よりも走らずサボると言われていました。
また、映像を見ればわかりますが、特に、国内組はパススピードも遅く、判断も悪く、中央部分にただ人がいるだけでプレッシングの理解も浅く、トラップやキックの精度も低いものでした。
そんな国内組が大半を占める代表では、中田英が目指した前プレについていけるはずもなく、中田英自身の前プレも周りの状況を半分無視した、あるいは無視せざるを得なかったものだったので、効果的ではありませんでした。
当時から散々言われてましたが、その辺りは監督コーチが整理して、プレッシングの位置を共有しておかないといけないわけですが、それが無かったことが一番の原因かなと。
本来ならサッカーの基本を覚えたばかりで、ワールドカップ出場で息切れしていた当時の日本に、その先を見ているような高い技術と意識を持つ選手が誕生する事すら奇跡的な事だったが、そんな時代の選手達に、彼の高いプレー要求に応えることを望むのは無理がありすぎた。
彼は当時の日本において時代の20年先を行く選手であると同時に、日本人の誰もがワールドカップは夢と誰もが言っていた時代から、その先を見ていた当時としては技術も意識も高すぎる選手だった。それゆえプレー要求が厳しく、時に年齢や立場も関係なしに遠慮なく物をいう選手だった為にやりにくい選手ではあったと思うが、当時の日本にはそんな彼を理解し、そのプレー要求に応えられる選手がいなかったことが彼の悲劇であり、早すぎた天才ではないかと思っている。
ジーコが中田のポジション作る為に4-4-2に変更した時に「システムに興味無いんで。」ってそっけなく言った時に、もう代表来るなって思った。
英だけレベルが高すぎたんだな。しゃーない
世界レベルが、大学生のチームに入ったら確執は生まれるんじゃないのでしょうか?
あの頃のJリーグの選手って、やっぱりその位のレベルに感じました。
もちろん凄い選手も居たけど、やっぱりあの頃はそのぐらいの差はあったと思います。
セリエAに行った中田を見れば一目瞭然です。
あんた名前やステイタスや職種や地位で人を判断する人間だろ??小野伸二や中村俊輔より遥かに下手くそだったよ。「セリエA」で云々を抜いたら、パスセンスや足元のテクニックは小野伸二や中村俊輔の足元にも及ばんのよ。分不相応。2006年のドイツW杯のブラジル戦で失点した際に川口能活に罵詈雑言尽くしてたのは、人間としてクズだと思ったわ。「鼓舞する」とか「嫌われ者を演じる」とは全く違った。あの試合は本当に殺意を覚えるレベルで不快だった。
4年後…岡田ジャパンはスタメン8名がJリーガーでW杯ベスト16に進出した…。ちなみにドイツW杯当時の中田さんは所属クラブのボルトンでベンチに座っていた…。
欧州リーグ試合見た後、Jの試合見たら一目瞭然だったね。どれだけヨーロッパが偉そうにしても文句を言えるレベルじゃなかった
ゴール前でパス出す様な人達ばっかりだったから、あの当時は何で打たないの?って言うのが日常だった、ジダンにも日本代表には中田しか居ないって言われてた。
ジダンが言っていたのは日韓W杯前だよ。ドイツW杯の中田は所属クラブでもベンチで別人のように劣化していた。
ジーコがアマちゃんの存在で本物のリアリストな監督じゃなかったから、これじゃマズいと考えての嫌われ役志願だと思う。
結果的にその言動は裏目に出た感があるが、全てが中田の責任であるはずが無いし、例えば今の森保さんが監督ならこういう役回りをする必要もなかったと思う。
日本サッカーが世界の強豪にならぶ道中で避けて通れない道筋だったと言える。
チームプレーっす
フォローも最低限のコミュニケーションも取らずに文句ばかり言ってたら正論だろうが誰もついてこないだろう、エースだったけどキャプテンやリーダー向きじゃなかった。誰か中田をフォローしてくれる選手がいればまた違ったかもしれないけどね
相手はプロ契約選手で、しかもその中から厳選された日本代表なんですが? アマの高校生じゃないんですよ・・・
現場にいなかった人間が真実もクソもねえだろw
中田の強靭なフィジカルで以ってDirty町田の選手と監督を吹っ飛ばして欲しい
天才とは、生まれながら備わった平均より高い才能、またその才能を持って各分野で創造性を発揮する者みたいな事が書いてありました。中田さんは自分は大好きな選手の一人ですが、さて中田さんは天才ですかね?昨今やたらと天才、神、奇跡などの言葉がやたらと目につきますが、簡単に使わない方が良いと
思います。
中田は団体競技には向いてない人だったんだろうな…孤高の選手という感じで。善悪好悪で言うならば善悪なら善、好悪な悪の人。
当時の日本のチームに向いてなかったんじゃないかな
強烈な個がお互いに問題点をぶつけ合って改善するのが本当に強いチーム
それえで欧州リーグでうまくやれるはずないだろ
2010年W杯まで現役を続けていたらどう変わっていたのかな?
その世界線も見て見たかった