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日テレ版の存在、やっぱり記憶は間違っていなかった。確か、OP主題歌の映像の最後でドラえもんが学校?の大時計の針にぶら下がっていた記憶がうっすらとあるんだけど…。
「僕のドラえもんが街を歩けば、みんな、みんなが振り返るよ ハァ ドラ ドラ」と主題歌は印象的だった。みんな覚えていてなんか仲間がいて嬉しい。
今ならさくらまやさん辺りにカバーして欲しいです。🌸
その主題歌、かすかに覚えています。あと、エンディング曲かは定かではないですが、『のってけ、のってけ、のってけ、のってけ、のってけ、ドラえもん…』と、言う曲もあったと思います。
普通に「ドラえもん」として観てました、よねぇ。😊
小さい頃、その歌のカセットテープが家にあって聴いたことがあるんですがテレビで1度も聴いたことがなくて謎でした日テレ版の曲だったんですね
日版主題歌、覚えていますよ。画像にも有りましたが[物言う、物言う、物言う、物を言う(だったかな?)おいら強〜いネコ•ネコ•ネコ•ネコ•ネコロボット〜]→EDの方ですね(物語だと[かげきりバサミ]は恐かった思い出があります
「のび太負けるな〜♫(のび太待ってろ〜♫)助けに行くぞ〜♫」?みたいなエンディングソング?を聴いて、感動して涙がこぼれたのを覚えてます。
昭和48年に、生まれました。野沢雅子がドラえもんの声出してるのは知らなかったです。私が小学生の時は、ドラえもんは大山のぶ代でした。😀ドラえもんは大好きです。今もやってるので、見てます。😀📺小学生の時から本も読んでました。😀
26:30 真佐美さんのおっしゃっている事が正しい。私は当時小学館の小学3年生の読者であったが、TVでドラえもんがはじまり、楽しみに見ていました。この頃は原作とTV版がイメージが違うことは多々あり、子供たちはそのどちらも純粋な気持ちで信頼し、愛して観て(読んで)いた。大人の理由で封印された作品が世の中にたくさんあるが、(おかしな意図は無く)純粋な気持ちで製作され、また見る側も純粋に楽しみにして観ていた作品をはじめから無い物にする、とかエゴで葬るのはやめてくれ!!って思っている。放送当時、このドラえもんが好きで観ていた者として一言書きました。
原作者が批判したと聞いたからいい加減に作ったのかと思ったら凄まじい苦労と努力があったんだな加えて制作陣の愛情と思い入れもあったとは本当は素晴らしい作品だったんだろうほとんど内容は覚えてないけどしかし当時「ドラえもん」が終わって、すごくがっかりしたのは覚えてる
『ドラえもん』の最終回を見られて幸福でした。
学習雑誌の原作を読んでたので アニメ化は楽しみだったこともあり 日テレ版も しっかり覚えてる😮😄 内容もそれほど悪くなかったし、当時は 打ち切りとは思わなかった😭😱
激しく同意。アニメ化はホント楽しみだったし、内容も良かった。なぜこんな酷評されるのかよくわからない。
お、おんなじだっ!😯「ぼくもそう」
まったくもって同感ですな😯
大山版で大きく歪められたイメージでものを言ってる人が多いのも一つの原因だと思うアニメ化された頃の原作初期を知っていれば雰囲気は言うほどかけ離れてはいないジャイアンの家が父子家庭とかいうような設定のねじ曲げはどうかとは思うけど
日テレ版が酷評されるのはテレ朝の陰謀だと思う
最終回、別れを告げたドラが引き出しの中に入って行くのを見送り、涙ぐむのび太だったけど、ドラが、「お土産のどら焼きを忘れた」と言って戻ってきて、また引き出しの中へ。そしてタイムマシンに乗ったドラが、のぞき込むのび太に手を振って、「今度こそ、本当にお別れだよ」のシーンは、よく覚えてます。
これは勉強になりました。日テレ版ドラえもんが封印された原因はいろんなところに書かれてますが、その中でもっとも信ぴょう性が高かった、日本テレビ動画の当時の社長が、金を持って夜逃げしたという説が正しかったようですね。ほかにドラえもんのマンガ連載が始まるとすぐにドラえもんは大人気となり、雑誌で特集を組むことになり、小学館の担当者がアポをとったうえで不二子F先生を訪ねたものの、そのときなぜかF先生の機嫌が最悪で、まったく取り合ってくれず、しかたなくA先生と細かな設定をしたという話も聞いたことがありましたが、それも事実だったようで。
のぶ代版が始まる前にもグリコのお菓子のCMにドラえもん(野沢雅子の声)メインで出てるのがあるし普通に人気はあったよ
それ、私もよく覚えています。その他にも、バンダイのドラえもんのかき氷機のCMでも、野沢雅子版の方でしたのを覚えています。
@@zxcvbasdfg-m3hクソなついwシャッキリシャッキリシャッキリな♪
テレ朝版「ドラえもん」が始まってからも、ドラえもんのかき氷機のCMだけは1980年頃まで野沢雅子さんの声でした。
ホンマに幼少の頃、リアルで少し見ましたね。OP曲は覚えてましたね。テレ朝版見た時は、前にやってたで?と、思ってました
若い頃の野沢雅子さん、けっこう美人だね。
勝生真沙子も(;^ω^)そんな感じの見た目なんすよね
のび太&ママを演じた小原さんだって美人だよ
当時雑誌では人気あったのにアニメは学校で全然話題にならなかったこと、すぐに打ち切りになったこと、テレ朝でしら~っとまた放映し出して以後日テレ版がほぼ言及されなかったことなど、長年の疑問が解けました、ありがとうございます。確かにテレ朝版と比べストーリーや主題歌など地味さは感じてましたが、たいへんなご苦労だったのですね。OP検索してみたら歌えるレベルでしたw
あ~っなにがタブーだっ!。 立派な作品だ!!真差美さんっ、私は味方です!!
小学校時に買ってもらった「ドラえもん」歌集のカセットテープの中に唯一日テレ版のOP「ドラえもんブルース」があり、やけに心に残ってます。当時のテレ朝版の曲と比べても明らかに異質?と思ったのか歌詞の合いの手が民謡調(ハーヤッショーマカショーホイキタサッサ)というところも。
補足でこのドラえもんにはガチャ子というキャラが出てきますが漫画本でも藤子F不二雄大全集ドラえもんに本の数回出ていますが今では幻のキャラになってます。
子供の頃からずっとテレビ朝日版のドラえもんを観ていたので、日テレ版まったく知りませんでした、この動画見て初めて知りました。
最初がゲッターロボの早乙女博士の富田耕生のおっさん声の狸ロボット?🤣。途中から野沢雅子に変わる。このドラえもん幼児の頃見た記憶が微かにあります🥰
物心付く前に放映されてたんだけど、なぜかこの日テレ版のオープニングが記憶に残ってて、友人たちに訊いても『そんなん無かったわ!妄想乙!』みたいに言われてたけど、後にネット上にアップされた動画見て、これや!ワイの記憶に残ってたのはまさにこのドラえもんや!と感激したな。でもホント物心付く前なのになんで覚えてたんやろな?
再放送をどこかで見ていたのだと思いますよ
関東圏では少なくとも1975年まで再放送があった。再放送は平日朝8時台。
日テレ版のドラえもんは見ていたが話はいっさい覚えてないのが残念ですね。ただ他の部分はインパクトがあったのか、ドラえもんの声が冨田さんと野沢さんだったのは記憶にあります。あと、主題歌が演歌調だったのもw
ヒャーはやや
私もトレーサーバッジの回しか覚えてなくて最後ドラえもんが感電するとこしかもう記憶が声は野沢雅子でした 声の印象だと一番近いのは カラー版怪物くんでした
50年前のドラえもん……、すごい
富田耕生、野沢雅子、です
日テレ版のドラえもんちょうどこの裏番組が記憶が間違ってなかったらマジンガーZの裏番組で本放送は見た覚えがなく封印される前に何回か再放送もされその時に1話くらいは見た覚えがあります。でこの主題歌ですが日本コロムビアの懐かしのテレビまんが大全集にタイトルがドラえもんでC/Wがドラえもんルンバ(こっちは聞いたことないけど)聞いた覚えがあります。
Dr.ヘルとドラえもんが(;^ω^)富田耕生
だから途中で変えたんじゃないかな?富田耕生氏から野沢雅子嬢への変更は同じ理由で放送時間が同じ日曜日の19時30分で宇宙戦艦ヤマトの 森雪とフランダースの犬アロアの声が1話から3話まで麻上洋子嬢で4話から最終回まで桂玲子みたいな感じ?
今では17時から18時30分はニュースが当たり前ですが昭和の時代ではこの時間帯はどの局もアニメや特撮ヒーロー番組の再放送が当たり前のようにやっていたのでその時に見たと思います。よく再放送してたのはルパンの1stシリーズとヤマトのstシリーズ後、新オバQかな?
@@ナインボール77我成先生とスネ夫パパの加藤治氏は グレートマジンガーでゴーゴン大公を演じています。
マジンガーZ枠も後にキテレツが放映されていたりしたんですが…
小学1-2年の頃、このドラえもんの放送が1週間で一番の楽しみだった。長く続かずに終わってしまったので本当にショックだった。このドラえもんのアニメを心待ちにしてたんだけど、次にアニメになった時には思春期を過ぎて純粋に楽しめない年齢になっていた。
テレ朝版の頃には宇宙戦艦ヤマトによる大アニメブームが来ていたので自分の中ではすでにドラえもんは「小さい子供の見るマンガ」になってましたね。
野沢先生のドラえもん、見てみたいなぁ
ドラえもんの声が可愛いです
最終回だけ 少し記憶に残ってます!
野沢雅子美人伝説は本当だった。
今とは見た目がだいぶ違う
日テレ版ドラえもんは良かったですね。LPレコードで歌も歌詞を覚えるまで聴いてました。そのLPにはおはよう子供ショーとかお母さんと一緒とか赤銅鈴之助とかも入ってましたね。
ものすごく手間暇かけて作られた解説をありがとうございます。
こちらこそ、ご視聴ありがとうございます。
大山ドラも声優交代しでかなり経つのに最近大山ドラにソックリな声を出す女性がタレントみたいになったりして、今でも大山ドラのイメージは強いなあ。
大山ドラも初期を聞くと水田の初めとあんまり変わらないんですよ(その記憶があるから皆が言うほど違和感を感じなかったのかも)そのあたりは経年かも野沢ドラは可愛い女の子ぽくなってます
旧ドラえもんのレコードを持っていたから今でもOP,EDともフルコースで歌える はぁドラドラ♪
マジンガーZの裏番組だったんだ。リアル世代だが観たことがなく、後の再放送で運良く観る事が出来ました。ドラえもんの声が途中で変わり、この声どこかで聴いた事あるなぁと思い、ようやくいなかっぺ大将の人と気付きました。情報の錯綜に関しては、やはり著作物となっている物が正しいと信じるのが世の常で他作品だがある動画に対し、間違っている事を指摘する視聴者に対し、出自の資料(著作物)を上げ、間違っていないと主張していたが、著者が思い込みで書いいるのが明白だった。話変わって、藤子不二雄作品として、うめぼし殿下にスポットを当てて欲しい。近年、日本食が注目されているのだから、おにぎりの具であり焼酎にも入れられるのだから、業界も間違ってゆるキャラなんかを作ろうとせず、うめぼし殿下を起用すればいいのに。
わたしはぽこにゃんかな 藤子作品ではアニメはオバQ漫画だとぽこにゃんが最初に触れているんですよ ぽこにゃんは一度アニメなってはいますが
小学館の学年雑誌のドラえもん打ち切り説も納得いかない部分があるんだよな。当時の月刊雑誌の連載システムがどうなっていたのか分からないが、あの有名な「さようならドラえもん」の翌月繰り越し学年誌号には即座に「帰って来たドラえもん」が掲載されていた。一時期「モッコロくん」「4じげんぼうPポコ」がドラえもんの代わりに連載されていた学年誌はあったが、ドラえもん自体が途絶えた事は無かったと思う。
秘話発掘ご苦労様です。真佐美ジュンさんですが実は手塚治虫先生とアニメを作った人たちの漫画『TVアニメ創作秘話~手塚治虫とアニメを作った若者たち~』に下崎闊として登場しており、日テレの重役に下崎闊さんがイビラレている時に、手塚先生から日テレに電話が入り「下崎君は私の片腕として働いていた人なんですよ!」と擁護してくださったそうです。まあ真佐美ジュンさんはドラえもんの件でアニメ界に嫌気がさしたのか引退して自動車整備工になりましたが、漫画のラストで引退後に一緒に新作アニメを作らないかという手塚先生のお誘いを断腸の思いで断った話も描かれていました。
リンダリンダさんもそうですが、あなたも秘話をご教授して頂き、ありがとうございます。いつの世も同じようなことの繰り返しですね。人間社会なんてこの先永遠に良くはならないとしか思えませんね。
幼稚園の時、白黒テレビで観た覚えある。ガチャ子も覚えてる。小学生のころ朝日版が始まったが、昔テレビでやってた話をしても信じて貰えなかった。
僕のドラえもんが、町を歩けば、皆みんなが振り換えるーよ。はぁあ、ドラドラ。ほぅら、ドラドラ。つんつるおつむはツンツルてんだよ。ドタドタあんよは扁平足だよー。だけど、ドラえもん。良い男。困った時のドラ頼み。はぁあ頼んだよ。はぁあ任せたよ。ホイ来たさっさのドラえもん。って歌だったと思う。
当時(9歳)、ドラえもんが始まる前にお湯を沸かし、「サッポロ一番CUP STAR」を食べながら観るんだという習慣があったので、OP、EDを聞くだけでパブロフの反応を起こしてしまう。。。(スープは飲み干し、そのあとのカップに三ツ矢サイダーを注いで飲んでいました!😋)
花笠音頭の「ヤッショマカショ」は欲しいです。歌う前の「ヒャア-」も。
@@mikiable2571 ゆびパッチンも
@@kirin4126 さんそうすると「ハアヤッコラドッコイショのショ」も欲しいし、「ヤッショマカショ」の前の「ハア」も要りますね。
日本コロムビアから出ている『テレビまんが主題歌のあゆみ』に収録されていますから、楽曲自体は普通に聞けます。自分はこのCDの存在をCSのキッズステーションのCMで知って、キッズステーションの通販で1〜3(無印,続,続々)を購入し、4(続々々)を地元の書店併設のCDショップで購入しました。5(続々々々)の購入も検討しましたが、作品のラインアップが小学校中〜後半で視力の低下もあってアニメをあまり見なくなっていた時期の作品だったので購入はしませんでした。
日テレ版ドラえもん、今では奇跡ですね。やはりオバQの日本テレビ版のウケがよくて、実現の運びになったのかも。日本テレビ動画の経営は大変だったのですね。ネガの大部分が失われて残念。田中角栄氏の関与説は面白いですね。高畑さんがテレビ朝日版のシノプシス作っていたのですね。よくIMAGICAに残っていましたね。テーマソングからして異風ですね。
形が違いますが、同じ日テレの社員の方二人が企画として立ち上げたのが特撮作品[スーパーロボット=レッドバロンとマッハバロン]でしたね。視聴率や玩具の売れいきも良かったが、元の会社の営業不振で打ち切りになりましたし、日テレ作品が不遇が多かったですね
当時小学生だった身としては日テレ版こそが本家、本流だと思ってる。
本家本流は明らかに原作原作の前には日テレ版ものぶ代もわさびも等しく二次創作にすぎない
日テレ版は安孫子先生の色が濃い感じがする。若干ブラック。
@@改過遷善 藤本先生の闇を知らないようですねドラえもんにも隠しきれず見えかくれする安孫子先生に負けず劣らずのブラックさを
個人的にはオッサンくさい声のドラえもんだったのがショッキングでした…
米主はアラ還の人かな👴✌
今では藤子不二雄作品のアニメはドラえもんしかなくなってるのも感慨深いですね
原作者不在で未だに続くアニメって凄いことなんですよね。
@@prc148mbitr おっとさざえさんもちびまるこちゃんも
日テレドラえもんは本当にもう視聴するすべはないのかなぁ、あぁもったいない。富田耕生さんや野沢雅子さんのドラえもんを見たかった。
富田耕生版ドラえもんの声は『魔法使いチャッピー』のドンちゃんの声とほぼ同じです。同作のエンディングテーマはドンちゃんが歌っていると言う体で富田耕生さんが歌っておられるので、その歌を聞けば富田耕生版ドラえもんがどんな感じか分かると思います。
59歳当時はまだ9歳のリアタイ視聴者でした学年誌で毎月読んでいたドラえもんがアニメで観られると、本当に嬉しかったものですだからわずか半年で終了した時は何で?と思いましたが、こういう経緯があったのですねちなみに、ドラえもんの声のイメージはいまだに富田さんです
@@ちゃんねる月齢3.06 ドラえもんの声が大山のぶ代さんから水田わさびさんに変わった時「全然違う!」と言った批判が寄せられていたようですが、日テレ版を見ていた立場としては「女性が女性に変わっただけじゃないか。あんなもん変わったうちに入らんわい」と思っていました。こちとら「富田耕生から野沢雅子」を経験してるので。(当たり前の話ですが、富田耕生さんのドラえもんと野沢雅子さんのドラえもんでは声の感じが全然違っていました)
@@ちゃんねる月齢3.06 リアタイ組でしたか(^^) 僕はネットを知るまで日テレドラえもんの存在すら知らなかったもので…どんな作品でも裏では色んな人が頑張ってますから、もう陽の目をみるすべがないのは悔しいでしょうね、ホントに…
@@final-bento アニメファンとしては声優さんが変更になるのは事件ですから。男性声優から女性声優に変えるのは思い切りましたね。
日テレ版のドラえもんの声の富田耕生さん、ドラえもんの声でも魔法使いチャッピーのドンちゃんの声みたいな感じでやってたような記憶がある
まさにドンちゃんの声そのもの。「魔法使いチャッピー」ではドンちゃんとチャッピーの祖父の2役を富田耕生さんが演じていた。
藤子プロは今もなおF先生の意向を大事にしているので、F先生がここまで嫌わなければ、ここまでの封印作品扱いまではされなかったかもしれないな……原作者が嫌だったっていうの自体は仕方ないんだけど、封印作品にまでなっちゃったのは可哀想
突然の変な打ち切りだったのが致命的だったとただ普通に丸1年続けたらそのままドラえもんは10巻行かずに終了していたかもしれません
原作者が直接嫌っていたっていう証言はないんですよね…F先生が嫌っていたと仰っていたのは全て他者による証言なので
@@たけのこの砂糖 嫌っていた人がOPの歌詞書くかなあとも思いますし(まさかA先生が書いた?)
@@kirin4126 作詞の時点では恐らく本編はまだ出来ていないでしょうし、その後本編を見て嫌いになった可能性もあります。
@@makotoishizuka6479嫌いっていうと言い過ぎなのかなと。旧版がF先生の中で思ったより微妙だったのと現在のアニメをすごく気に入ったらしいですね。
解説ありがとうございます。オープニング、エンディング共に歌はとても良いので日の目を浴びないのは残念です。
カラオケでは入ってますよ
と言っても藤子不二雄先生も手塚治虫原作鉄腕アトムで所属していたスタジオゼロが監督したミドロが沼を采配してあまりの作画崩壊に手塚先生が激怒し、封印作品になった事件がありました。
超豪華な(;^ω^)作画崩壊(笑)トキワ荘の面々のやりたい放題な顔した似せる気がない鉄腕アトム(悪気無し善意)
仕方無く一応放送はしたらしい
手塚先生は面白がっていたという説もあります。
自身も大人になり、大人の事情は本当に良く理解出来ますが、何とか残ったフィルムを元に、DVDなどソフト化して欲しいですね😌 「日テレ版ドラえもん」を見てみたい層は、日本全国かなりいると思うんですけどね〜。
世代的にはわさドラ世代ですが、日テレ版がどんなものだったのか一番見てみたいです!
私は大山世代のオジサンです😅やっぱりドラえもんファンは一度は、どんな感じなのか見てみたいですよね!
これと同時期の同じ原作者のジャングル黒ベェも黒人差別問題で一時期封印みたいな感じになっていましたね。これも取り上げますか?
たまには取り上げていきたいですね。
ジャイアン&スネ夫を演じた方の主役作ですから封印?ってきいて悲しかった
「シャングル黒べえ」は解禁になり、DVD化。
日テレ版はリアルで観てました。内容は覚えてないけど。
よく言われてる有名な話もだけど、制作にかかる前の道中にも怪しい部分が多いな・・・。「野沢さんの白黒だった」発言についてですが、この72~3年頃にようやくカラーテレビが白黒より普及率で上回った時代だったので、「単なる勘違い」とは言えない当時のテレビ事情が透けて見える気がします。
恐らくですが、スタジオでレコーディングする時のモニターが白黒だった可能性もありそうなので、白黒作品と思い込んでいたのでは?
@@nabe9215 日本テレビ動画の財政状況考えると確かにありそうですね・・・
このドラえもん大好きだったんですよね。テレビ朝日版、大抵最近の映像使ってるんでこなれた絵になってますが、当初はバランスが悪かったんですよだから、テレビ朝日版が始まった時なんだこの不細工なドラえもんはって憤慨したもんです
まあ、原作者の意向に沿わず半ば強引にアニメ化されれば、作品に拘りを持つ藤子F氏からして見れば否定されても可笑しくないとは思いますね。因みに、当時の藤子A氏のほうは寛大で寧ろ旧作(日テレ版)の制作には協力的だったそうです。ただ、旧作映像の制作&放映記録は嘘をつかないものなので、わざわざ費用をかけてまで封印する必要性は一切無いと思います。それに、旧作(1973年日テレ版)の本放映中に制作会社社長の失踪や制作会社の解散があったことは異例で今では到底考えられないことですし、制作に関わっていたチーフディレクターの上梨氏が後のスタジオぴえろの創設者になられたのは初耳ではあります。原作者サイドや今の制作者サイドも過去の歴史から逃げないで、例え堪らない内容であっても現存する旧作フィルムは今後もいつか陽の目が見られる機会が得られるよう、大切に保存してもらいたいものです。
リアルタイムで見ていた世代ですが、日本テレビからNETへ移って再開された時は嬉しかった事を覚えています。大人の事情があったのですね。動画をアップしていただきましてありがとうございます。
どういたしまして、こちらこそ、ご視聴ありがとうございます。
すみません、『net』じゃ無くて『テレビ朝日』ですよ。『net』から『テレビ朝日』(厳密に言えば正式名称は全国朝日放送[anb]だけど)に変わったのは大山版のやる2年前からだけど。
ドラえもんだけでなくドリフも半年で終わった日7。
テレ朝版がはじまったころのコロコロコミックの記事でドラえもんが2度アニメになってるのは知っての通りだが実はオバQも2度アニメになってるんだぜ、というような書き方がされてたのを憶えてます。当時はべつに触れていけないようなこともなかったのかな。
事実ですから だから藤子が封印しろ!のようなことは言っていないと思うんですよ会社があんな形になったのがそもそも原因オバQは新の方が良く再放送されてました最初のオバQは私は見たことが無いです
1期のオバQは映像がまともに残ってる可能性も少ないですもんね…
1期のオバQは白黒だったような…わざわざカラーにして再放送はしないよね。
「オバQ」は3度アニメ化。1965年のTBS版(曽我町子主演)、1971年の日テレ版(堀絢子主演)、1985年のテレ朝版(天地総子主演)。
@@prc148mbitrモノクロのままでいいので、CSのTBSチャンネル2で再放送してほしい。
🙋♀️当時の子供たちの日曜日も早起きする狙いもあって!日曜朝の9時30分からテレ朝版がスタートしたのを覚えてる!コロコロコミックで読者の再アニメ化の要望が殺到した経緯も☝😮映画化の時も同じだった😳
藤子F不二夫が、どう思っていたかが、最大の謎だよね。小学館の専務だった人は、先生は激怒してる。再放送はやめさせろ。テレビ朝日の人は、テレ朝が放送を止めるように頼んだ。俺はテレ朝が主導したと思う。先生が怒ってやめさせたていうのは、小学館の専務だった人の作り話じゃないかな?藤子F不二夫本人は、そこまで怒っていなかったんじゃないかな?
私は大山ドラ世代の為日テレ版ドラえもんを見た事はありませんが、15歳上の主人は小学生の頃に見た事があったそうです。当時のドラえもんは男性の声だった為、大山のぶ代さんのドラえもんの声を最初聞いた時は違和感があったそうです。またシニカルで大人向けな内容だったそうで、テレ朝で放送が始まった時は、内容が子ども向けになっているのにも違和感を感じたそうです。
ハァ〜ドラドラ♪ハァ〜ドラドラ♪って主題歌で、転けたなぁ😅
ヤッショマカショも。
困った時のドラ頼み(麻雀かよって(;^ω^))
このOPを笑いものにする人たちってまず、頭のてっぺんに毛が三本毛が三本とか、時速は99キロだい、とかはスルーが定番w作詞者の名前も知らないで歌詞笑いものにしてるのが大体のお約束www
@@JWagtail 作詞フジコフジオでしたよね
色々語りたいが…やはりマジンガー〜名作劇場は強かった。宇宙戦艦ヤマトも殆んど認知されてなかったですからね。
ヤマトはまだ見られていた方だとただ本当の打ち切りですからね私もハイジや猿の軍団は良く見ていたけどヤマトはずいぶんとばして数回しか見てませんでした
ここまで調べ上げてた情報みたことなかったです
のぶ代ドラが始まった時えらい達観したようなドラえもんだなぁと思ったのを思い出すそれと一緒にしずかちゃんの家にいたアヒル型ロボがリストラされてて寂しいなぁとも
私はいきなりノビタランドから始まったのが驚きましたあれ?みのがしたのか?って思いましたから
@@kirin4126 最初からドラえもんがいる設定でスタートし、後から1980年の正月特番として本来の第1話となるべき「未来の国からはるばると」を放送。
半世紀前のドラえもん
マジンガーZは関テレ19時からの放送、旧ドラは読売テレビ19時3放送放送で、競合は毎日放送のアップダウンクイズだったかと記憶してるです。
訂正、旧ドラ放送時間は、19時30分放送です。誤字だらけですいません。
確かに見ていたのだが、最終回ののび太が自転車を一生懸命に漕いでいる最後のシーンしか記憶が無い。消えたドラえもんに対して「ドラえも〜ん!これからは(ドラえもんが居なくても)立派にやってみせる。いつか必ず君を探し出して見せる」というのシーンじゃなかったかな?マンガでは残されていた秘密道具のウソ800を飲んだのび太が泣きながら「ドラえもんはもう帰って来ない…」と言ってしまった為、ドラえもんが戻って来た。
♪困った時のドラ頼み〜♪は印象的でした。
どらえもんの最初から最後まで通じているテーマです
日テレ版は全話存在すると知り合いの古本屋の店主さんがいってたな。
やはり日テレで最初に放送されて、野沢雅子さんが、ドラえもんの声を担当なさっていらっしゃったので、間違っていませんでしたよね?子供の頃の事でしたので、私の記憶違いかと思っていたのですが、合ってた!!因みに、高校時代の友達に、野沢雅子さんの親戚の子がいました!!
新オバQの再来を期待した当時の私。あぁ、愚かでありました。出来には全くピンと来なかったですが、OPとEDだけは印象的で、今でも鼻歌を歌えます。
ぼっくぅの ドラえモンが まっちぃを 歩っけば 皆 皆ぁが 振り返るぅよ ハア ドラドラッ
@@bigmarch8686風切る頭はツルツルテンだよドタドタあんよは扁平足だよ ~♪(記憶によって書いており、正確性は保証しかねます)
新オバQこそは日本のアニメ史に燦然と輝くスタンダードですよね!🤣
記憶が美化されてるだけかもしれませんが、劇中のBGMとかも覚えてたりして、抜群に印象に残ってる作品です。何より楽しかった!「つづきをみるラッタ!」一生忘れられない!
元祖天才バカボンの元祖っぽくなさと似てます
マドンナじゃないクソガキしずちゃんこそ「学年誌時代のドラえもん」の雰囲気が残ってます最終回でジャイアンが未来に帰るドラえもんに「さびしいじゃねえか」と泣いたのは忘れられない
この番組は、セリフとセリフの間がえらく間延びしていて違和感がありました。テレ朝の最初の放送では10分番組と時間枠が短く、時間枠を短くするか他の何かの場繋ぎのシーンを入れないとテレビ放映には合わないのかと思いました。それでも裏番組がマジンガーZしかなかったから視聴率は悪くなかったはず。
テレ朝帯番組版の「時間が短い」に関しては、元々短編な原作の持ち味を活かすため原作のまんま脚本を置かずに制作すると高畑勲氏が決定したことに由来するようです。
10分だった頃のOPは、最後の音がカットされていました。
昔になりますが関東地方でサザエさんがお昼に放送していたのがありましたよね。
三才ブックスのゲームラボという雑誌での特集記事での製作スタッフの方の話では、作者の藤子先生との関係も悪くなかったような事言ってた記憶がありますね。会社解散後にフィルムを焼却処分した話とかもあったはず、手元には雑誌は残ってないんですが何年か前にゲームラボ創刊号からの全号をPDF化するという話があってPDF化したら購入したいと思ってたんですが、どうも企画が無くなったみたいなんですよね。
この手の話で、原作者やその関係の会社は、著作権を持っていればすべてその権利を有する者がどうにでも自由に出来ると、確かに法的にはそうかもしれないが、いくら自分の作った作品であっても、広く(出版やTVなどの全国的なメディア)出してしまえば、(情熱を傾けて制作した人達だけでなく)当然その作品によっていろいろな人達(私のような視聴者など)が、原作者やプロデューサー達の考えているよりはるかに強い影響を受け、あるいは感動し、中には一生涯の宝もの、神様から授かった子供のようなもの、と魂に刷り込まれた人だって出てくるかもしれない。そんな人たちの魂の宝ものや、子供のようなものまで無残にも「著作権の権利」というだけで長い間(さらには一生涯)苦しみや悲しみを与えてしまっている。て思う。もちろん、著作権を持っている人達にも当然いい分はあるだろうが、見せて感動させておいてやっぱりこの世に無かったものにする、と言われているようで、なら初めからそんなものは広くメディアを通して世の中に発表しないでくれっていう気持ち。生まれ出たものを抹殺するなっていう気持ち。子供の頃見たテレビ番組の影響力を、商売上の数字、お金儲けのタネでしか考えていないんじゃないかと思う。しかし、それもテレビ番組の仕組みだから仕方ない、法的に悪いことは一切何もない。。って言われるだろうが、法律より前にもっと人として大事にしなきゃいけないものがあるだろうという思い。新しい部長が赴任してきました。その人の方針で、今までのポジション、過去の業績や味わった苦労は一切忘れてもらい、全員、一から評価することにする!って言われました。言われたら、たとえ仕方のない事であっても、人間であれば何十年間の自分を否定された事に怒りや、苦しみや絶望感を感じないはずがない。私の今の会社のこの経験と、真差美さんの経験が重なって感じてしまい、つい熱くコメントしてしまいました。
熱いコメントありがとうございます。
@user-sh3cq5zv2iでも、平成〜令和の時代のアニメの実写版とかで、「原作の世界観を崩壊させた」とばかりに、大批判が起こり、興行成績も大赤字って事が多いですよね。ゼロから何かを生み出すのは、イチから色々変えて作るのより、遥かに難しいと言われますしね。
42歳の俺はUA-camで日テレ版のドラえもん初めて知り衝撃的だった。子供の頃は日テレのドラえもんの情報は全く入ってこなかったからだ。国民的アニメに成長しただけにテレビではタブーなんだな~
藤子作品がシンエイ動画制作になったからそれ以前の他社製作作品が黒歴史扱いされて封印されているのが残念でならない。本作日テレ版ドラえもんはもちろん旧怪物くん、旧パーマン、新旧オハQは何とかネット上で公式に見れるようにできへんもんやろか?藤子F&A両先生ともに大好きなだけにシンエイ以外を封印しているのは本当に残念でならない。
日テレ版があちこちの動画で黒歴史扱いされたりコメント欄で叩かれてるのを見ると本当に心が痛みます…日テレ版は円盤化かなんらかの形でまた見れるといいのですがね…
それは知らない人が面白半分に取り上げるせいだと思いますよ大抵そういうことをする連中ってそんなものですその時代を直接知らなくてもキチリと調べていたり分別がついているのであればそういうことはしないですよ
チャンネルは違うが、ゆっくりドラちゃんねるでも日テレ版ドラえもんについて語っている。
とにかく、放送がよく潰れた印象はあった。日テレが巨人戦をほぼ独占してたおかげで何時やってたのかと言う感じだった。地方による差は結構あったと思うが本当に全話放送したのか、と言う感じだった。最終回は似た様な話しが小学館の学習雑誌向けであったと思う。作品は意外と暗く。原作ドラえもんの初期の様な雰囲気はあったと思うがなぁ。
日本ベンケーシーテレビ
日テレ系の月曜以外のゴールデンタイムの番組は、いつやるの?という感じでしたね。たしか『YAWARA』が火曜日の19時〜の放送でしたが、春期〜夏期だと月1回程度だったような記憶があります(苦笑)。(同時期に放送していた『美味しんぼ』は月曜だったので、毎週放送されていた。)
焼却してしまった書類一式買い取りたかったなぁ
白黒で観たような気がするが気のせいかも知れん
2:14児童漫画(低年齢向け)はイキナリ物語が始まる....。「こんにちは。」
そうそう、富田耕生さんの声で聴き慣れてたから、大山のぶ代さんには最初は違和感が・・・野沢雅子さんのは覚えて無いんだけど裏番組に浮気しちゃったんだろうなぁきっと(;^ω^)
水木一郎あにきが歌う番組へ行きましたね?
これ、リアルタイムで観てました!(あ、裏番組のジェットスクランダー初登場回だけはそっちを観たけど)本作の制作会社を、東京ムービー(東京ムービー新社?)だと思い込んでました(汗)のび太とジャイアンの声優さんが、「オバQ」「新オバQ」でも同じポジションのキャラを担当されてたので、そのつながりかと思ってました。ドラえもんの声優交代、原因は“裏被り”だったんでしょうね。裏番組では敵のドクターヘルとヌケ(ボスの子分)の二役でしたから。
OPが「♪ ぼくのドラえもんが街を歩けば~」という奴だったかな?後、小学館の「小学〇年生」は当時購読しており「少年サンデー」等の他の少年漫画誌以上にメジャーだと思っていたので実はマイナーだったというのは意外。
ターゲットが小学生だけというのが雑誌読者が少ない原因だと
初期の「のび太の為にと道具を出すが全て裏目」のドジでアホで食いしん坊のオバQをロボットに変えたキャラのドタバタ劇を見事に表してると思います。ドラえもんのキャラって、初期と中期以降で大きく変化してますもんね。
日テレ版ドラえもんは幼少期に観た記憶は無いと思う。映画「祇園祭」をリクエストします。
リクエストありがとうございます。確認しましたが、このチャンネルの内容とはちょっと違う感じなので、昭和のテレビアニメもしくわテレビドラマ(特撮)でお願いします。
藤子不二雄は二人のコンビをうたっていますが実際の所はユートピア、海の王子、オバQなど一部の作品を除き大体の作品はお互い関わらず別々に描かれております。雑誌に掲載されているのを読んで初めて「こんなの描いてたんだ」と知ることも多かったそうです。たとえば藤子A先生の自伝的名作『まんが道』で藤子F先生がモデルの才野茂は天才肌の人物に描かれていますが、これをご自身をだめな怠け者の「のび太」になぞらえていたF先生が一緒に描いていたなら全力で止めさせたでしょう。ドラえもんに関してもA先生は一切内容には関わっておりません。
うちの兄がシンエイ版ドラえもんが始まった頃、日テレ版ドラえもんを覚えており、少し混乱していた部分がありました違う制作会社だとかそんなこと考えることもない年頃だったので、映画ドラえもんの主題歌「ぼくドラえもん」を日テレ版の主題歌だと思っていましたおそらく「僕のドラえもんが街を〜」の部分をうろ覚えしていて「ぼくドラえもん」のボクの部分を混同したんでしょうね兄の当時の混乱を考えると、やはり日テレ版の再放送をシンエイ版以後にも放送していたら大混乱する子供も多くなってたんじゃないかな
日テレ版ドラえもん見たかったなー
祖父母や両親たちはアップダウンクイズ、男児はマジンガーZだったけど、ドラえもんを見ている子は見ていたね。その当時の絵かき歌でドラえもんを描いていた子もいたからね。
同時期ジャングル黒べえはシンエイの前身のAプロ(東京ムービー)制作で出崎統監督、杉野昭夫がキャラデザ、宮崎駿が演出して何度も再放送されていた。こちらはF先生色が薄いからどうでもいいのだろうか?
OPでドラえもんが学校の大時計の針にひっかかってたくだりは覚えてる。多分OPだけみてマジンガーにチャンネルを変えてたかも。ただし最終回だけは見たくて家族ですき焼き(鮮明に覚えているのが謎)食べながら、自転車こぐのび太をタイムテレビで見守るドラでうるっと来てた。最後OPが流れてきてエンディング、、、だったと記憶。その後数年間はコロコロコミックでドラえもんのアニメ化を待ってて、ついにテレ朝で!って決まった時に、確か関東地方だけ?平日夕方の10-15分?だったっけ。東京に家族旅行するタイミングがあったので、何んとかホテルで観たような。。、で、声もそうだけど、絵タッチが原作や日テレ版と全然異なるのに驚いた記憶です。絵のタッチは現在版が一番、原作を尊重してますよね。
ヘリトンボなんですよね、タケコプターではなくて。それとED・「ドラえもんルンバ」の歌詞「おいらカッコいいネコ型ロボット」が違和感。現在のドラえもんは、自分の事を「おいら」とは言わないです。
日テレ版の2代目CVが野沢さんなだけに😅 😅😅
「おっす、おらドラえもん」ならピッタリでしたね。
どらえもんはいい男だからおいらでOK
今のアニメ版の言葉遣いは大山のぶ代が意識してなったものらしいですね。
アニメ制作会社が倒産したのも打ち切りの一因?又、裏番組に視聴者を取られた事も?
サムネのスネ夫、悪の権化みたいな顔しとるやん(笑)
のび太ママの声優が後にのび太の声優に
日テレ版ドラえもんは「そのウソほんと」の本放送回をラジカセに録音して何度も聴いてたのを覚えてる。後のテレ朝版とは終盤の展開が違っている。あと、ドラえもんがのび太の所に派遣された本当の理由を、のび太が知って、笑いながら(視聴者に向かって)話すシーンが妙に記憶に残っているなぁ。あれはテレ朝版でも映像化されたのだろうか。確か本放送っきりではなくて、再放送もちらっと見た記憶がある。映像を封印するのは間違ってると思う。理由が法律に触れるとかではなく、単に「原作者が気に入らない」これこそ気に入らない。放送時口出ししなかったならまさに“後だしジャンケン”ではないか。
サンダーマスクと同じニオイがします
日テレ版はパラレルワールドと見るべきかも
1:35なぜかジャイアンがいないw
日テレ版の存在、やっぱり記憶は間違っていなかった。
確か、OP主題歌の映像の最後でドラえもんが学校?の大時計の針にぶら下がっていた記憶がうっすらとあるんだけど…。
「僕のドラえもんが街を歩けば、みんな、みんなが振り返るよ ハァ ドラ ドラ」
と主題歌は印象的だった。みんな覚えていてなんか仲間がいて嬉しい。
今ならさくらまやさん辺りにカバーして欲しいです。🌸
その主題歌、かすかに覚えています。あと、エンディング曲かは定かではないですが、『のってけ、のってけ、のってけ、のってけ、のってけ、ドラえもん…』と、言う曲もあったと思います。
普通に「ドラえもん」として観てました、よねぇ。😊
小さい頃、その歌のカセットテープが家にあって聴いたことがあるんですがテレビで1度も聴いたことがなくて謎でした
日テレ版の曲だったんですね
日版主題歌、覚えていますよ。画像にも有りましたが[物言う、物言う、物言う、物を言う(だったかな?)おいら強〜いネコ•ネコ•ネコ•ネコ•ネコロボット〜]→EDの方ですね(物語だと[かげきりバサミ]は恐かった思い出があります
「のび太負けるな〜♫(のび太待ってろ〜♫)
助けに行くぞ〜♫」?
みたいなエンディングソング?を聴いて、
感動して涙がこぼれたのを覚えてます。
昭和48年に、生まれました。野沢雅子がドラえもんの声出してるのは知らなかったです。私が小学生の時は、ドラえもんは大山のぶ代でした。😀
ドラえもんは大好きです。今もやってるので、見てます。😀📺
小学生の時から本も読んでました。😀
26:30 真佐美さんのおっしゃっている事が正しい。私は当時小学館の小学3年生の読者であったが、TVでドラえもんがはじまり、楽しみに見ていました。この頃は原作とTV版がイメージが違うことは多々あり、子供たちはそのどちらも純粋な気持ちで信頼し、愛して観て(読んで)いた。大人の理由で封印された作品が世の中にたくさんあるが、(おかしな意図は無く)純粋な気持ちで製作され、また見る側も純粋に楽しみにして観ていた作品をはじめから無い物にする、とかエゴで葬るのはやめてくれ!!って思っている。
放送当時、このドラえもんが好きで観ていた者として一言書きました。
原作者が批判したと聞いたからいい加減に作ったのかと思ったら凄まじい苦労と努力があったんだな
加えて制作陣の愛情と思い入れもあったとは本当は素晴らしい作品だったんだろう
ほとんど内容は覚えてないけど
しかし当時「ドラえもん」が終わって、すごくがっかりしたのは覚えてる
『ドラえもん』の最終回を見られて幸福でした。
学習雑誌の原作を読んでたので アニメ化は楽しみだったこともあり 日テレ版も しっかり覚えてる😮😄 内容もそれほど悪くなかったし、当時は 打ち切りとは思わなかった😭😱
激しく同意。
アニメ化はホント楽しみだったし、内容も良かった。
なぜこんな酷評されるのかよくわからない。
お、おんなじだっ!😯「ぼくもそう」
まったくもって同感ですな😯
大山版で大きく歪められたイメージでものを言ってる人が多いのも一つの原因だと思う
アニメ化された頃の原作初期を知っていれば雰囲気は言うほどかけ離れてはいない
ジャイアンの家が父子家庭とかいうような設定のねじ曲げはどうかとは思うけど
日テレ版が酷評されるのはテレ朝の陰謀だと思う
最終回、別れを告げたドラが引き出しの中に入って行くのを見送り、
涙ぐむのび太だったけど、ドラが、
「お土産のどら焼きを忘れた」と言って戻ってきて、また引き出しの中へ。
そしてタイムマシンに乗ったドラが、のぞき込むのび太に手を振って、
「今度こそ、本当にお別れだよ」のシーンは、よく覚えてます。
これは勉強になりました。日テレ版ドラえもんが封印された原因はいろんなところに書かれてますが、その中でもっとも信ぴょう性が高かった、日本テレビ動画の当時の社長が、金を持って夜逃げしたという説が正しかったようですね。
ほかにドラえもんのマンガ連載が始まるとすぐにドラえもんは大人気となり、雑誌で特集を組むことになり、小学館の担当者がアポをとったうえで不二子F先生を訪ねたものの、そのときなぜかF先生の機嫌が最悪で、まったく取り合ってくれず、しかたなくA先生と細かな設定をしたという話も聞いたことがありましたが、それも事実だったようで。
のぶ代版が始まる前にもグリコのお菓子のCMにドラえもん(野沢雅子の声)メインで出てるのがあるし普通に人気はあったよ
それ、私もよく覚えています。
その他にも、バンダイのドラえもんのかき氷機のCMでも、野沢雅子版の方でしたのを覚えています。
@@zxcvbasdfg-m3h
クソなついw
シャッキリシャッキリシャッキリな♪
テレ朝版「ドラえもん」が始まってからも、ドラえもんのかき氷機のCMだけは1980年頃まで野沢雅子さんの声でした。
ホンマに幼少の頃、リアルで少し見ましたね。OP曲は覚えてましたね。テレ朝版見た時は、前にやってたで?と、思ってました
若い頃の野沢雅子さん、けっこう美人だね。
勝生真沙子も(;^ω^)そんな感じの見た目なんすよね
のび太&ママを演じた小原さんだって美人だよ
当時雑誌では人気あったのにアニメは学校で全然話題にならなかったこと、すぐに打ち切りになったこと、テレ朝でしら~っとまた放映し出して以後日テレ版がほぼ言及されなかったことなど、長年の疑問が解けました、ありがとうございます。確かにテレ朝版と比べストーリーや主題歌など地味さは感じてましたが、たいへんなご苦労だったのですね。OP検索してみたら歌えるレベルでしたw
あ~っなにがタブーだっ!。 立派な作品だ!!真差美さんっ、私は味方です!!
小学校時に買ってもらった「ドラえもん」歌集のカセットテープの中に唯一日テレ版のOP「ドラえもんブルース」があり、やけに心に残ってます。
当時のテレ朝版の曲と比べても明らかに異質?と思ったのか歌詞の合いの手が民謡調(ハーヤッショーマカショーホイキタサッサ)というところも。
補足で
このドラえもんには
ガチャ子というキャラが
出てきますが
漫画本でも
藤子F不二雄大全集
ドラえもんに本の数回出ていますが
今では幻のキャラになってます。
子供の頃からずっとテレビ朝日版のドラえもんを観ていたので、日テレ版まったく知りませんでした、この動画見て初めて知りました。
最初がゲッターロボの早乙女博士の富田耕生のおっさん声の狸ロボット?🤣。途中から野沢雅子に変わる。このドラえもん幼児の頃見た記憶が微かにあります🥰
物心付く前に放映されてたんだけど、なぜかこの日テレ版のオープニングが記憶に残ってて、友人たちに訊いても『そんなん無かったわ!妄想乙!』みたいに言われてたけど、後にネット上にアップされた動画見て、これや!ワイの記憶に残ってたのはまさにこのドラえもんや!と感激したな。
でもホント物心付く前なのになんで覚えてたんやろな?
再放送をどこかで見ていたのだと思いますよ
関東圏では少なくとも1975年まで再放送があった。再放送は平日朝8時台。
日テレ版のドラえもんは見ていたが話はいっさい覚えてないのが残念ですね。ただ他の部分はインパクトがあったのか、ドラえもんの声が冨田さんと野沢さんだったのは記憶にあります。あと、主題歌が演歌調だったのもw
ヒャーはやや
私もトレーサーバッジの回しか覚えてなくて最後ドラえもんが感電するとこしかもう記憶が
声は野沢雅子でした 声の印象だと一番近いのは カラー版怪物くんでした
50年前のドラえもん……、すごい
富田耕生、野沢雅子、です
日テレ版の
ドラえもん
ちょうどこの裏番組が
記憶が間違ってなかったら
マジンガーZの裏番組で
本放送は見た覚えがなく
封印される前に
何回か再放送もされ
その時に1話くらいは
見た覚えがあります。
でこの主題歌ですが
日本コロムビアの
懐かしのテレビまんが大全集に
タイトルが
ドラえもんで
C/Wがドラえもんルンバ
(こっちは聞いたことないけど)
聞いた覚えがあります。
Dr.ヘルとドラえもんが(;^ω^)
富田耕生
だから
途中で変えたんじゃないかな?
富田耕生氏から野沢雅子嬢への
変更は同じ理由で
放送時間が同じ
日曜日の19時30分で
宇宙戦艦ヤマトの 森雪と
フランダースの犬
アロアの声が
1話から3話まで
麻上洋子嬢で
4話から最終回まで
桂玲子みたいな感じ?
今では
17時から18時30分は
ニュースが当たり前ですが
昭和の時代では
この時間帯は
どの局も
アニメや特撮ヒーロー番組の
再放送が当たり前の
ようにやっていたので
その時に見たと思います。
よく再放送してたのは
ルパンの1stシリーズと
ヤマトのstシリーズ
後、新オバQかな?
@@ナインボール77
我成先生とスネ夫パパの加藤治氏は グレートマジンガーで
ゴーゴン大公を演じています。
マジンガーZ枠も後にキテレツが放映されていたりしたんですが…
小学1-2年の頃、このドラえもんの放送が1週間で一番の楽しみだった。長く続かずに終わってしまったので本当にショックだった。
このドラえもんのアニメを心待ちにしてたんだけど、次にアニメになった時には思春期を過ぎて純粋に楽しめない年齢になっていた。
テレ朝版の頃には宇宙戦艦ヤマトによる大アニメブームが来ていたので
自分の中ではすでにドラえもんは「小さい子供の見るマンガ」になって
ましたね。
野沢先生のドラえもん、見てみたいなぁ
ドラえもんの声が可愛いです
最終回だけ 少し記憶に残ってます!
野沢雅子美人伝説は
本当だった。
今とは見た目がだいぶ違う
日テレ版ドラえもんは良かったですね。LPレコードで歌も歌詞を覚えるまで聴いてました。そのLPにはおはよう子供ショーとかお母さんと一緒とか赤銅鈴之助とかも入ってましたね。
ものすごく手間暇かけて作られた解説をありがとうございます。
こちらこそ、ご視聴ありがとうございます。
大山ドラも声優交代しでかなり経つのに最近大山ドラにソックリな声を出す女性がタレントみたいになったりして、今でも大山ドラのイメージは強いなあ。
大山ドラも初期を聞くと水田の初めとあんまり
変わらないんですよ(その記憶があるから皆が言うほど違和感を感じなかったのかも)
そのあたりは経年かも
野沢ドラは可愛い女の子ぽくなってます
旧ドラえもんのレコードを持っていたから今でもOP,EDともフルコースで歌える はぁドラドラ♪
マジンガーZの裏番組だったんだ。リアル世代だが観たことがなく、後の再放送で運良く観る事が出来ました。ドラえもんの声が途中で変わり、この声どこかで聴いた事あるなぁと思い、ようやくいなかっぺ大将の人と気付きました。情報の錯綜に関しては、やはり著作物となっている物が正しいと信じるのが世の常で他作品だがある動画に対し、間違っている事を指摘する視聴者に対し、出自の資料(著作物)を上げ、間違っていないと主張していたが、著者が思い込みで書いいるのが明白だった。話変わって、藤子不二雄作品として、うめぼし殿下にスポットを当てて欲しい。近年、日本食が注目されているのだから、おにぎりの具であり焼酎にも入れられるのだから、業界も間違ってゆるキャラなんかを作ろうとせず、うめぼし殿下を起用すればいいのに。
わたしはぽこにゃんかな 藤子作品ではアニメはオバQ漫画だとぽこにゃんが最初に触れているんですよ ぽこにゃんは一度アニメなってはいますが
小学館の学年雑誌のドラえもん打ち切り説も納得いかない部分があるんだよな。
当時の月刊雑誌の連載システムがどうなっていたのか分からないが、あの有名な「さようならドラえもん」の翌月繰り越し学年誌号には即座に「帰って来たドラえもん」が掲載されていた。
一時期「モッコロくん」「4じげんぼうPポコ」がドラえもんの代わりに連載されていた学年誌はあったが、ドラえもん自体が途絶えた事は無かったと思う。
秘話発掘ご苦労様です。真佐美ジュンさんですが実は手塚治虫先生とアニメを作った人たちの漫画『TVアニメ創作秘話~手塚治虫とアニメを作った若者たち~』に下崎闊として登場しており、日テレの重役に下崎闊さんがイビラレている時に、手塚先生から日テレに電話が入り「下崎君は私の片腕として働いていた人なんですよ!」と擁護してくださったそうです。まあ真佐美ジュンさんはドラえもんの件でアニメ界に嫌気がさしたのか引退して自動車整備工になりましたが、漫画のラストで引退後に一緒に新作アニメを作らないかという手塚先生のお誘いを断腸の思いで断った話も描かれていました。
リンダリンダさんもそうですが、あなたも秘話をご教授して頂き、ありがとうございます。
いつの世も同じようなことの繰り返しですね。人間社会なんてこの先永遠に良くはならないとしか思えませんね。
幼稚園の時、白黒テレビで観た覚えある。ガチャ子も覚えてる。
小学生のころ朝日版が始まったが、昔テレビでやってた話をしても信じて貰えなかった。
僕のドラえもんが、町を歩けば、皆みんなが振り換えるーよ。
はぁあ、ドラドラ。ほぅら、ドラドラ。
つんつるおつむはツンツルてんだよ。ドタドタあんよは扁平足だよー。
だけど、ドラえもん。良い男。困った時のドラ頼み。はぁあ頼んだよ。はぁあ任せたよ。
ホイ来たさっさのドラえもん。
って歌だったと思う。
当時(9歳)、ドラえもんが始まる前にお湯を沸かし、「サッポロ一番CUP STAR」を食べながら観るんだという習慣があったので、OP、EDを聞くだけでパブロフの反応を起こしてしまう。。。
(スープは飲み干し、そのあとのカップに三ツ矢サイダーを注いで飲んでいました!😋)
花笠音頭の「ヤッショマカショ」は欲しいです。歌う前の「ヒャア-」も。
@@mikiable2571 ゆびパッチンも
@@kirin4126 さんそうすると「ハアヤッコラドッコイショのショ」も欲しいし、「ヤッショマカショ」の前の「ハア」も要りますね。
日本コロムビアから出ている『テレビまんが主題歌のあゆみ』に収録されていますから、楽曲自体は普通に聞けます。
自分はこのCDの存在をCSのキッズステーションのCMで知って、キッズステーションの通販で1〜3(無印,続,続々)を購入し、4(続々々)を地元の書店併設のCDショップで購入しました。
5(続々々々)の購入も検討しましたが、作品のラインアップが小学校中〜後半で視力の低下もあってアニメをあまり見なくなっていた時期の作品だったので購入はしませんでした。
日テレ版ドラえもん、今では奇跡ですね。
やはりオバQの日本テレビ版のウケがよくて、実現の運びになったのかも。
日本テレビ動画の経営は大変だったのですね。
ネガの大部分が失われて残念。
田中角栄氏の関与説は面白いですね。
高畑さんがテレビ朝日版のシノプシス作っていたのですね。
よくIMAGICAに残っていましたね。
テーマソングからして異風ですね。
形が違いますが、同じ日テレの社員の方二人が企画として立ち上げたのが特撮作品[スーパーロボット=レッドバロンとマッハバロン]でしたね。視聴率や玩具の売れいきも良かったが、元の会社の営業不振で打ち切りになりましたし、日テレ作品が不遇が多かったですね
当時小学生だった身としては日テレ版こそが本家、本流だと思ってる。
本家本流は明らかに原作
原作の前には日テレ版ものぶ代もわさびも等しく二次創作にすぎない
日テレ版は安孫子先生の色が濃い感じがする。若干ブラック。
@@改過遷善 藤本先生の闇を知らないようですね
ドラえもんにも隠しきれず見えかくれする安孫子先生に負けず劣らずのブラックさを
個人的にはオッサンくさい声のドラえもんだったのがショッキングでした…
米主はアラ還の人かな👴✌
今では藤子不二雄作品のアニメはドラえもんしかなくなってるのも感慨深いですね
原作者不在で未だに続くアニメって凄いことなんですよね。
@@prc148mbitr おっとさざえさんもちびまるこちゃんも
日テレドラえもんは本当にもう視聴するすべはないのかなぁ、あぁもったいない。富田耕生さんや野沢雅子さんのドラえもんを見たかった。
富田耕生版ドラえもんの声は『魔法使いチャッピー』のドンちゃんの声とほぼ同じです。同作のエンディングテーマはドンちゃんが歌っていると言う体で富田耕生さんが歌っておられるので、その歌を聞けば富田耕生版ドラえもんがどんな感じか分かると思います。
59歳
当時はまだ9歳のリアタイ視聴者でした
学年誌で毎月読んでいたドラえもんがアニメで観られると、本当に嬉しかったものです
だからわずか半年で終了した時は何で?と思いましたが、こういう経緯があったのですね
ちなみに、ドラえもんの声のイメージはいまだに富田さんです
@@ちゃんねる月齢3.06 ドラえもんの声が大山のぶ代さんから水田わさびさんに変わった時「全然違う!」と言った批判が寄せられていたようですが、日テレ版を見ていた立場としては「女性が女性に変わっただけじゃないか。あんなもん変わったうちに入らんわい」と思っていました。こちとら「富田耕生から野沢雅子」を経験してるので。
(当たり前の話ですが、富田耕生さんのドラえもんと野沢雅子さんのドラえもんでは声の感じが全然違っていました)
@@ちゃんねる月齢3.06 リアタイ組でしたか(^^) 僕はネットを知るまで日テレドラえもんの存在すら知らなかったもので…どんな作品でも裏では色んな人が頑張ってますから、もう陽の目をみるすべがないのは悔しいでしょうね、ホントに…
@@final-bento アニメファンとしては声優さんが変更になるのは事件ですから。男性声優から女性声優に変えるのは思い切りましたね。
日テレ版のドラえもんの声の富田耕生さん、ドラえもんの声でも魔法使いチャッピーのドンちゃんの声みたいな感じでやってたような記憶がある
まさにドンちゃんの声そのもの。
「魔法使いチャッピー」ではドンちゃんとチャッピーの祖父の2役を富田耕生さんが演じていた。
藤子プロは今もなおF先生の意向を大事にしているので、F先生がここまで嫌わなければ、ここまでの封印作品扱いまではされなかったかもしれないな……原作者が嫌だったっていうの自体は仕方ないんだけど、封印作品にまでなっちゃったのは可哀想
突然の変な打ち切りだったのが致命的だったと
ただ普通に丸1年続けたらそのままドラえもんは10巻行かずに終了していたかもしれません
原作者が直接嫌っていたっていう証言はないんですよね…
F先生が嫌っていたと仰っていたのは全て他者による証言なので
@@たけのこの砂糖 嫌っていた人がOPの歌詞書くかなあとも思いますし(まさかA先生が書いた?)
@@kirin4126
作詞の時点では恐らく本編はまだ出来ていないでしょうし、その後本編を見て嫌いになった可能性もあります。
@@makotoishizuka6479嫌いっていうと言い過ぎなのかなと。
旧版がF先生の中で思ったより
微妙だったのと現在のアニメを
すごく気に入ったらしいですね。
解説ありがとうございます。オープニング、エンディング共に歌はとても良いので日の目を浴びないのは残念です。
こちらこそ、ご視聴ありがとうございます。
カラオケでは入ってますよ
と言っても藤子不二雄先生も手塚治虫原作鉄腕アトムで所属していたスタジオゼロが監督したミドロが沼を采配してあまりの作画崩壊に手塚先生が激怒し、封印作品になった事件がありました。
超豪華な(;^ω^)作画崩壊(笑)
トキワ荘の面々のやりたい放題な顔した似せる気がない鉄腕アトム(悪気無し善意)
仕方無く一応放送はしたらしい
手塚先生は面白がっていたという説もあります。
自身も大人になり、大人の事情は本当に良く理解出来ますが、何とか残ったフィルムを元に、DVDなどソフト化して欲しいですね😌 「日テレ版ドラえもん」を見てみたい層は、日本全国かなりいると思うんですけどね〜。
世代的にはわさドラ世代ですが、
日テレ版がどんなものだったのか一番見てみたいです!
私は大山世代のオジサンです😅やっぱりドラえもんファンは一度は、どんな感じなのか見てみたいですよね!
これと同時期の同じ原作者のジャングル黒ベェも黒人差別問題で一時期封印みたいな感じになっていましたね。
これも取り上げますか?
たまには取り上げていきたいですね。
ジャイアン&スネ夫を演じた方の主役作ですから封印?ってきいて悲しかった
「シャングル黒べえ」は解禁になり、DVD化。
日テレ版はリアルで観てました。
内容は覚えてないけど。
よく言われてる有名な話もだけど、制作にかかる前の道中にも怪しい部分が多いな・・・。
「野沢さんの白黒だった」発言についてですが、この72~3年頃にようやくカラーテレビが白黒より普及率で上回った時代だったので、「単なる勘違い」とは言えない当時のテレビ事情が透けて見える気がします。
恐らくですが、スタジオでレコーディングする時のモニターが白黒だった可能性もありそうなので、白黒作品と思い込んでいたのでは?
@@nabe9215 日本テレビ動画の財政状況考えると確かにありそうですね・・・
このドラえもん大好きだったんですよね。
テレビ朝日版、大抵最近の映像使ってるんで
こなれた絵になってますが、当初はバランスが悪かったんですよ
だから、テレビ朝日版が始まった時
なんだこの不細工なドラえもんはって
憤慨したもんです
まあ、原作者の意向に沿わず半ば強引にアニメ化されれば、作品に拘りを持つ藤子F氏からして見れば否定されても可笑しくないとは思いますね。
因みに、当時の藤子A氏のほうは寛大で寧ろ旧作(日テレ版)の制作には協力的だったそうです。
ただ、旧作映像の制作&放映記録は嘘をつかないものなので、わざわざ費用をかけてまで封印する必要性は一切無いと思います。
それに、旧作(1973年日テレ版)の本放映中に制作会社社長の失踪や制作会社の解散があったことは異例で今では到底考えられないことですし、制作に関わっていたチーフディレクターの上梨氏が後のスタジオぴえろの創設者になられたのは初耳ではあります。
原作者サイドや今の制作者サイドも過去の歴史から逃げないで、例え堪らない内容であっても現存する旧作フィルムは今後もいつか陽の目が見られる機会が得られるよう、大切に保存してもらいたいものです。
リアルタイムで見ていた世代ですが、日本テレビからNETへ移って再開された時は嬉しかった事を覚えています。大人の事情があったのですね。
動画をアップしていただきましてありがとうございます。
どういたしまして、こちらこそ、ご視聴ありがとうございます。
すみません、『net』じゃ無くて『テレビ朝日』ですよ。『net』から『テレビ朝日』(厳密に言えば正式名称は全国朝日放送[anb]だけど)に変わったのは大山版のやる2年前からだけど。
ドラえもんだけでなくドリフも半年で終わった日7。
テレ朝版がはじまったころのコロコロコミックの記事で
ドラえもんが2度アニメになってるのは知っての通りだが実はオバQも2度アニメになってるんだぜ、
というような書き方がされてたのを憶えてます。
当時はべつに触れていけないようなこともなかったのかな。
事実ですから だから藤子が封印しろ!のようなことは言っていないと思うんですよ会社があんな形になったのがそもそも原因
オバQは新の方が良く再放送されてました最初のオバQは私は見たことが無いです
1期のオバQは映像がまともに残ってる可能性も少ないですもんね…
1期のオバQは白黒だったような…わざわざカラーにして再放送はしないよね。
「オバQ」は3度アニメ化。1965年のTBS版(曽我町子主演)、1971年の日テレ版(堀絢子主演)、1985年のテレ朝版(天地総子主演)。
@@prc148mbitr
モノクロのままでいいので、CSのTBSチャンネル2で再放送してほしい。
🙋♀️当時の子供たちの日曜日も早起きする狙いもあって!
日曜朝の9時30分からテレ朝版が
スタートしたのを覚えてる!
コロコロコミックで読者の再アニメ化の要望が殺到した経緯も☝😮
映画化の時も同じだった😳
藤子F不二夫が、どう思っていたかが、最大の謎だよね。
小学館の専務だった人は、先生は激怒してる。再放送はやめさせろ。
テレビ朝日の人は、テレ朝が放送を止めるように頼んだ。
俺はテレ朝が主導したと思う。
先生が怒ってやめさせたていうのは、小学館の専務だった人の作り話じゃないかな?
藤子F不二夫本人は、そこまで怒っていなかったんじゃないかな?
私は大山ドラ世代の為日テレ版ドラえもんを見た事はありませんが、15歳上の主人は小学生の頃に見た事があったそうです。
当時のドラえもんは男性の声だった為、大山のぶ代さんのドラえもんの声を最初聞いた時は違和感があったそうです。
またシニカルで大人向けな内容だったそうで、テレ朝で放送が始まった時は、内容が子ども向けになっているのにも違和感を感じたそうです。
ハァ〜ドラドラ♪
ハァ〜ドラドラ♪
って主題歌で、転けたなぁ😅
ヤッショマカショも。
困った時のドラ頼み(麻雀かよって(;^ω^))
このOPを笑いものにする人たちってまず、頭のてっぺんに毛が三本毛が三本とか、時速は99キロだい、とかはスルーが定番w
作詞者の名前も知らないで歌詞笑いものにしてるのが大体のお約束www
@@JWagtail 作詞フジコフジオでしたよね
色々語りたいが…やはり
マジンガー〜名作劇場は強かった。
宇宙戦艦ヤマトも殆んど認知されてなかったですからね。
ヤマトはまだ見られていた方だとただ本当の打ち切りですからね私もハイジや猿の軍団は良く見ていたけど
ヤマトはずいぶんとばして数回しか見てませんでした
ここまで調べ上げてた情報みたことなかったです
のぶ代ドラが始まった時えらい達観したようなドラえもんだなぁと思ったのを思い出す
それと一緒にしずかちゃんの家にいたアヒル型ロボがリストラされてて寂しいなぁとも
私はいきなりノビタランドから始まったのが驚きました
あれ?みのがしたのか?って思いましたから
@@kirin4126
最初からドラえもんがいる設定でスタートし、後から1980年の正月特番として本来の第1話となるべき「未来の国からはるばると」を放送。
半世紀前のドラえもん
マジンガーZは関テレ19時からの放送、旧ドラは読売テレビ19時3放送放送で、競合は毎日放送のアップダウンクイズだったかと記憶してるです。
訂正、旧ドラ放送時間は、19時30分放送です。誤字だらけですいません。
確かに見ていたのだが、最終回ののび太が自転車を一生懸命に漕いでいる最後のシーンしか記憶が無い。消えたドラえもんに対して「ドラえも〜ん!これからは(ドラえもんが居なくても)立派にやってみせる。いつか必ず君を探し出して見せる」というのシーンじゃなかったかな?マンガでは残されていた秘密道具のウソ800を飲んだのび太が泣きながら「ドラえもんはもう帰って来ない…」と言ってしまった為、ドラえもんが戻って来た。
♪困った時のドラ頼み〜♪は印象的でした。
どらえもんの最初から最後まで通じているテーマです
日テレ版は全話存在すると知り合いの古本屋の店主さんがいってたな。
やはり日テレで最初に放送されて、野沢雅子さんが、ドラえもんの声を担当なさっていらっしゃったので、間違っていませんでしたよね?
子供の頃の事でしたので、私の記憶違いかと思っていたのですが、合ってた!!
因みに、高校時代の友達に、野沢雅子さんの親戚の子がいました!!
新オバQの再来を期待した当時の私。あぁ、愚かでありました。
出来には全くピンと来なかったですが、OPとEDだけは印象的で、今でも鼻歌を歌えます。
ぼっくぅの ドラえモンが まっちぃを 歩っけば 皆 皆ぁが 振り返るぅよ ハア ドラドラッ
@@bigmarch8686
風切る頭はツルツルテンだよ
ドタドタあんよは扁平足だよ ~♪
(記憶によって書いており、正確性は保証しかねます)
新オバQこそは日本のアニメ史に燦然と輝くスタンダードですよね!🤣
記憶が美化されてるだけかもしれませんが、劇中のBGMとかも覚えてたりして、抜群に印象に残ってる作品です。何より楽しかった!「つづきをみるラッタ!」一生忘れられない!
元祖天才バカボンの元祖っぽくなさと似てます
マドンナじゃないクソガキしずちゃんこそ「学年誌時代のドラえもん」の雰囲気が残ってます
最終回でジャイアンが未来に帰るドラえもんに「さびしいじゃねえか」と泣いたのは忘れられない
この番組は、セリフとセリフの間がえらく間延びしていて違和感がありました。
テレ朝の最初の放送では10分番組と時間枠が短く、時間枠を短くするか他の何かの場繋ぎのシーンを入れないとテレビ放映には合わないのかと思いました。
それでも裏番組がマジンガーZしかなかったから視聴率は悪くなかったはず。
テレ朝帯番組版の「時間が短い」に関しては、元々短編な原作の持ち味を活かすため原作のまんま脚本を置かずに制作すると高畑勲氏が決定したことに由来するようです。
10分だった頃のOPは、最後の音がカットされていました。
昔になりますが関東地方でサザエさんがお昼に放送していたのがありましたよね。
三才ブックスのゲームラボという雑誌での特集記事での製作スタッフの方の話では、作者の藤子先生との関係も悪くなかったような事言ってた記憶がありますね。
会社解散後にフィルムを焼却処分した話とかもあったはず、手元には雑誌は残ってないんですが何年か前にゲームラボ創刊号からの全号をPDF化するという話があってPDF化したら購入したいと思ってたんですが、どうも企画が無くなったみたいなんですよね。
この手の話で、原作者やその関係の会社は、著作権を持っていればすべてその権利を有する者がどうにでも自由に出来ると、確かに法的にはそうかもしれないが、いくら自分の作った作品であっても、広く(出版やTVなどの全国的なメディア)出してしまえば、(情熱を傾けて制作した人達だけでなく)当然その作品によっていろいろな人達(私のような視聴者など)が、原作者やプロデューサー達の考えているよりはるかに強い影響を受け、あるいは感動し、中には一生涯の宝もの、神様から授かった子供のようなもの、と魂に刷り込まれた人だって出てくるかもしれない。そんな人たちの魂の宝ものや、子供のようなものまで無残にも「著作権の権利」というだけで長い間(さらには一生涯)苦しみや悲しみを与えてしまっている。て思う。
もちろん、著作権を持っている人達にも当然いい分はあるだろうが、見せて感動させておいてやっぱりこの世に無かったものにする、と言われているようで、なら初めからそんなものは広くメディアを通して世の中に発表しないでくれっていう気持ち。
生まれ出たものを抹殺するなっていう気持ち。
子供の頃見たテレビ番組の影響力を、商売上の数字、お金儲けのタネでしか考えていないんじゃないかと思う。
しかし、それもテレビ番組の仕組みだから仕方ない、法的に悪いことは一切何もない。。って言われるだろうが、法律より前にもっと人として大事にしなきゃいけないものがあるだろうという思い。
新しい部長が赴任してきました。その人の方針で、今までのポジション、過去の業績や味わった苦労は一切忘れてもらい、全員、一から評価することにする!って言われました。言われたら、たとえ仕方のない事であっても、人間であれば何十年間の自分を否定された事に怒りや、苦しみや絶望感を感じないはずがない。
私の今の会社のこの経験と、真差美さんの経験が重なって感じてしまい、つい熱くコメントしてしまいました。
熱いコメントありがとうございます。
@user-sh3cq5zv2i
でも、平成〜令和の時代のアニメの実写版とかで、「原作の世界観を崩壊させた」とばかりに、大批判が起こり、興行成績も大赤字って事が多いですよね。
ゼロから何かを生み出すのは、イチから色々変えて作るのより、遥かに難しいと言われますしね。
42歳の俺はUA-camで日テレ版のドラえもん初めて知り衝撃的だった。子供の頃は日テレのドラえもんの情報は全く入ってこなかったからだ。国民的アニメに成長しただけにテレビではタブーなんだな~
藤子作品がシンエイ動画制作になったからそれ以前の他社製作作品が黒歴史扱いされて封印されているのが残念でならない。
本作日テレ版ドラえもんはもちろん旧怪物くん、旧パーマン、新旧オハQは何とかネット上で公式に見れるようにできへんもんやろか?
藤子F&A両先生ともに大好きなだけにシンエイ以外を封印しているのは本当に残念でならない。
日テレ版があちこちの動画で黒歴史扱いされたりコメント欄で叩かれてるのを見ると本当に心が痛みます…
日テレ版は円盤化かなんらかの形でまた見れるといいのですがね…
それは知らない人が面白半分に取り上げるせいだと思いますよ大抵そういうことをする連中って
そんなものですその時代を直接知らなくても
キチリと調べていたり分別がついているのであればそういうことはしないですよ
チャンネルは違うが、ゆっくりドラちゃんねるでも日テレ版ドラえもんについて語っている。
とにかく、放送がよく潰れた印象はあった。日テレが巨人戦をほぼ独占してたおかげで何時やってたのかと言う感じだった。地方による差は結構あったと思うが本当に全話放送したのか、と言う感じだった。
最終回は似た様な話しが小学館の学習雑誌向けであったと思う。
作品は意外と暗く。原作ドラえもんの初期の様な雰囲気はあったと思うがなぁ。
日本ベンケーシーテレビ
日テレ系の月曜以外のゴールデンタイムの番組は、いつやるの?という感じでしたね。
たしか『YAWARA』が火曜日の19時〜の放送でしたが、春期〜夏期だと月1回程度だったような記憶があります(苦笑)。
(同時期に放送していた『美味しんぼ』は月曜だったので、毎週放送されていた。)
焼却してしまった書類一式買い取りたかったなぁ
白黒で観たような気がするが気のせいかも知れん
2:14児童漫画(低年齢向け)はイキナリ物語が始まる....。
「こんにちは。」
そうそう、富田耕生さんの声で聴き慣れてたから、大山のぶ代さんには最初は違和感が・・・野沢雅子さんのは覚えて無いんだけど裏番組に浮気しちゃったんだろうなぁきっと(;^ω^)
水木一郎あにきが歌う番組へ行きましたね?
これ、リアルタイムで観てました!
(あ、裏番組のジェットスクランダー初登場回だけはそっちを観たけど)
本作の制作会社を、東京ムービー(東京ムービー新社?)だと思い込んでました(汗)
のび太とジャイアンの声優さんが、「オバQ」「新オバQ」でも同じポジションのキャラを担当されてたので、そのつながりかと思ってました。
ドラえもんの声優交代、原因は“裏被り”だったんでしょうね。
裏番組では敵のドクターヘルとヌケ(ボスの子分)の二役でしたから。
OPが「♪ ぼくのドラえもんが街を歩けば~」という奴だったかな?
後、小学館の「小学〇年生」は当時購読しており「少年サンデー」等の他の少年漫画誌以上にメジャーだと思っていたので実はマイナーだったというのは意外。
ターゲットが小学生だけというのが雑誌読者が少ない原因だと
初期の「のび太の為にと道具を出すが全て裏目」のドジでアホで食いしん坊のオバQをロボットに変えたキャラのドタバタ劇を見事に表してると思います。
ドラえもんのキャラって、初期と中期以降で大きく変化してますもんね。
日テレ版ドラえもんは幼少期に観た記憶は無いと思う。
映画「祇園祭」をリクエストします。
リクエストありがとうございます。
確認しましたが、このチャンネルの内容とはちょっと違う感じなので、
昭和のテレビアニメもしくわテレビドラマ(特撮)でお願いします。
藤子不二雄は二人のコンビをうたっていますが実際の所はユートピア、海の王子、オバQなど一部の作品を除き大体の作品はお互い関わらず別々に描かれております。雑誌に掲載されているのを読んで初めて「こんなの描いてたんだ」と知ることも多かったそうです。
たとえば藤子A先生の自伝的名作『まんが道』で藤子F先生がモデルの才野茂は天才肌の人物に描かれていますが、これをご自身をだめな怠け者の「のび太」になぞらえていたF先生が一緒に描いていたなら全力で止めさせたでしょう。
ドラえもんに関してもA先生は一切内容には関わっておりません。
うちの兄がシンエイ版ドラえもんが始まった頃、日テレ版ドラえもんを覚えており、少し混乱していた部分がありました
違う制作会社だとかそんなこと考えることもない年頃だったので、映画ドラえもんの主題歌「ぼくドラえもん」を日テレ版の主題歌だと思っていました
おそらく「僕のドラえもんが街を〜」の部分をうろ覚えしていて「ぼくドラえもん」のボクの部分を混同したんでしょうね
兄の当時の混乱を考えると、やはり日テレ版の再放送をシンエイ版以後にも放送していたら大混乱する子供も多くなってたんじゃないかな
日テレ版ドラえもん見たかったなー
祖父母や両親たちはアップダウンクイズ、男児はマジンガーZだったけど、ドラえもんを見ている子は見ていたね。その当時の絵かき歌でドラえもんを描いていた子もいたからね。
同時期ジャングル黒べえはシンエイの前身のAプロ(東京ムービー)制作で出崎統監督、杉野昭夫がキャラデザ、宮崎駿が演出して何度も再放送されていた。
こちらはF先生色が薄いからどうでもいいのだろうか?
OPでドラえもんが学校の大時計の針にひっかかってたくだりは覚えてる。多分OPだけみてマジンガーにチャンネルを変えてたかも。ただし最終回だけは見たくて家族ですき焼き(鮮明に覚えているのが謎)食べながら、自転車こぐのび太をタイムテレビで見守るドラでうるっと来てた。最後OPが流れてきてエンディング、、、だったと記憶。その後数年間はコロコロコミックでドラえもんのアニメ化を待ってて、ついにテレ朝で!って決まった時に、確か関東地方だけ?平日夕方の10-15分?だったっけ。東京に家族旅行するタイミングがあったので、何んとかホテルで観たような。。、で、声もそうだけど、絵タッチが原作や日テレ版と全然異なるのに驚いた記憶です。絵のタッチは現在版が一番、原作を尊重してますよね。
ヘリトンボなんですよね、タケコプターではなくて。それとED・「ドラえもんルンバ」の歌詞「おいらカッコいいネコ型ロボット」が違和感。現在のドラえもんは、自分の事を「おいら」とは言わないです。
日テレ版の2代目CVが野沢さんなだけに😅 😅😅
「おっす、おらドラえもん」ならピッタリでしたね。
どらえもんはいい男だからおいらでOK
今のアニメ版の言葉遣いは大山のぶ代が意識してなったものらしいですね。
アニメ制作会社が倒産したのも打ち切りの一因?
又、裏番組に視聴者を取られた事も?
サムネのスネ夫、悪の権化みたいな顔しとるやん(笑)
のび太ママの声優が後にのび太の声優に
日テレ版ドラえもんは「そのウソほんと」の本放送回をラジカセに録音して何度も
聴いてたのを覚えてる。後のテレ朝版とは終盤の展開が違っている。あと、ドラえ
もんがのび太の所に派遣された本当の理由を、のび太が知って、笑いながら(視聴者
に向かって)話すシーンが妙に記憶に残っているなぁ。あれはテレ朝版でも映像化さ
れたのだろうか。確か本放送っきりではなくて、再放送もちらっと見た記憶がある。
映像を封印するのは間違ってると思う。理由が法律に触れるとかではなく、単に
「原作者が気に入らない」これこそ気に入らない。放送時口出ししなかったなら
まさに“後だしジャンケン”ではないか。
サンダーマスクと同じニオイがします
日テレ版はパラレルワールドと見るべきかも
1:35
なぜかジャイアンがいないw