【ゆっくり解説】料理の鉄人を覚えてますか?平成初期伝説のグルメ番組!
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- Опубліковано 17 лис 2024
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厳しい世の中ですが,一緒に健康に,上手く生きていきましょう(*'▽')
lin.ee/J0Bvp6m ゆっくり食堂にいらっしゃいませ!
今回は懐かしい平成初期に放送してた伝説のグルメ番組”料理の鉄人”についてです!そんな理由で放送中止になってたんですね…(; ・`д・´)
ゆっくり解説 してるので召し上がれ(*‘∀‘)
動画投稿後3hまでのコメントには魔理沙、霊夢、きめぇ丸ができる時は返信する予定になってます!
魔理沙、霊夢、きめぇ丸、うぷ主というキーワードが入ってたら特に返信率高めです( *´艸`)
コメントしていってね(*´ω`*)
#ゆっくり解説
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この番組見て今料理人やってます。当時は陳建一さんの中華をベースに和風、洋風、あらゆるアレンジな料理に感化されました。こうして今の仕事に行き着いた料理の鉄人には今でも感謝してます。
「キャプテン翼があったからこれだけの才能ある選手たちが他の道を選ばず日本サッカー界に集まった」
と誰かが言ってました。医学界においてのブラックジャック然り。そして料理の鉄人も。
いつか番組が再開されるおりまたは類似番組で鉄人としてご出演されるのを楽しみにしています。
陳健一さんはマックグランのCMでハンバーガーの批評をしていたり、挑戦力が衰えていないですよねー
料理の鉄人は、当時、バイト上がりに見てたなあ。腹減ってる時間帯に、1番美味そうな料理で、羨ましいと思いながら、コンビニ弁当つついてた記憶があります😭
道場さんが大好きで、和食と言う事もあり普段の料理に取り入れられる事はやってみようと思って見てたなあ。
陳さんは作っている時とても楽しそうで、料理って楽しいんだな、楽しく作ると本当に美味しそうだなって思って見てた。
坂井シェフは時々実験的に作った物が失敗して審査員の人に「シェフ、これは無いわ」って言われて「僕もそう思ったんだよね」って言う事が有ったりして、料理人で一流と言われる人達はユーモアが有って、好奇心旺盛で楽しい人が多いんだなと思って見てました。
その頃は自分が料理人になるとは思ってもいなかったけど、料理の楽しさはこの番組から教わったと思います。
テーマ食材の説明の時の「わたしの記憶が確かならば~」のくだり大好きで良く真似してました。
わかります、懐かしいです(*^^*)
何かを説明するのに
「私の記憶が確かならば、それは〇〇なはず」
みたいに言いまくってた思い出あります
今は学校給食の仕事してますが、当時は料理の鉄人の方達に憧れて都内のホテルで6年間働いてた時のことを思い出しました。鉄人の方達の発想にすごい衝撃を受け、毎週楽しみにしてた番組です♪懐かしくて嬉しくなりました😊
審査員の「料理記者歴40年」の岸朝子さんもこの番組で知ったなぁ。「とっても美味しゅうございます。」のセリフが懐かしい。
「おいしいです」というのは、日本語として適当でないということもここで知りました。
岸さんのお姉様があのタコさんウインナーを考えたんですよね
凄いわ
北大路 魯山人っていう美食家の名前もそこで知った。
@@LoveLove-sm5ex 甘いは美味いだな
私は岸朝子さんの
「大変美味しゅうございます」
が最大の賛辞だと感じましたね。
この番組のおかげで料理に興味を持ち、調理師学校に通ったのは良い思い出…
本当に素晴らしい番組だったなぁ…
当時洋食器メーカーにいて、この番組に食器を提供しておりました。その関係で2度ほど収録に立ち合わせていただきました。本当に60分で料理を仕上げていたのに感動したのを覚えています。
60分?客、激怒すんだろ。
@@kyoro9068 コース料理で60分は普通だろ
@@kyoro9068 超一流の手際を60分も観れるのに怒る?何故?むしろ短いと感じる
@@kyoro9068 当日持込同然の食材で仕込みから始める調理なら、60分で怒るような客はそれこそシェフから塩撒かれて出禁にされてもおかしくないんじゃない?
@@cwc5117 コースならわかるわ。コースならな。
道場さんの懐食みちばに行きましたが本当に良かった。コースは料金も手ごろだし、お弟子さんもたくさん(その内何名かは海外の方も)いらっしゃったし改めてその影響力に圧倒。個人的に特に良かったのは前菜のチーズとすっぽんの雑炊。お代わりも頂けた。紙に書かれたお品書きはお土産に持って帰れたし店内スタッフの方も皆さん親切でろくさん亭と合わせてまた行ってみたい。・・・ここ食べログじゃないですよね
実は二年前に特番扱いで後継番組「料理の神様」が放送されてました。
対戦形式は変わりましたが、陳建一さんをはじめ鉄人側の人選も大物で、
主宰に鹿架丈史さんを呼び戻し、審査員もきちんと審査ができていた印象です
神田川さんの料理をしながら片付けをし、完成時には綺麗になっている状態だったのは、今の食事作りの基礎になりました。
片付けまでが料理のスタイルというのを教えてくれたのは神田川さんでした。
ありがとうございました。
確かその後、「きょうの料理」 の人気コーナー「20分で晩ごはん」に、出演されていた陳健一さんが「片付けも20分の内に入ってるんですよ」と、料理中にキッチンを片付けてましたよ。
@@たれ松ぴよ
そういう話を聞くとやはり真のプロの方は違うと実感できますね。
調理しながら片付けをするのは、全てに目配り気配りが出来る調理師としては当然出来て当たり前の事です。
でも味を部下に覚えさせる為に、ワザと部下に洗わせる。部下はそのチャンスにペロリと舐めて味を覚える。
本来の調理師修行の姿だろうね。
味を覚えさせる為にワザワザ作るなんて事はしないから。
@@sken5848 料亭などの料理人の修業は必ず皿洗いからのスタートで、皿洗いの際に客の食べ残しをつまみ食いすることで味を盗んでいく。だから一流の料亭で食事する常連はわざと少しづつ残すとか聞いたことがある。
ホントかどうかは知らないけれど、兄が学生時代にバイトしていた料亭では、客が帰った後で襖を全部閉めて残り物の豪華料理をつまみ食いするのがバイト仲間内での最大の楽しみだったと語っている。
少なくとも少しづつ残すという風習があるのは確かなようで。
私が神田川さんを初めて知ったのは「神田川料理道場」と言うテレビ番組でした、番組中神田川さんは笑顔を絶やさずユーモアを交えながら料理の作り方を主婦達に教えていました、当時両親が共働きだった自分は神田川さんの料理をよく作って両親に誉められました、料理を作る楽しさを教えてくれた神田川さんの訃報はとてもショックでした、神田川さんと神戸さんのご冥福を心から祈りいたします。
自分は小さい時から料理をするのが好きで毎週見ていました❗専門学校に行きながら夜はホテルの厨房で働いていた時、当時の料理長がこの番組に挑戦者として出て中華の鉄人と戦ったな。その後、フレンチの酒井や中華の周富徳が料理長のコラボでホテルでイベントをして一緒に写真を撮ったのは今でも良い思い出です❗
バックドラフトのテーマがカッコよかった。パプリカを生で齧って表情が崩れてしまう鹿賀さんが可愛かったw
道場六三郎さんは、表向きではご高齢で・・・となっているけれど、
数年経ったあるTV番組で「何故、番組を降りたのか?」との質問に、
重い口を開けるように「毎回、若い女子タレントが、塩辛いだの文句を言うのを聞いて腹が立った」って
言ってました。そのタレントは高田万由子でした💧
梅干し対決の試食で、高田「ちょっと梅干しが主張していないですね」と一言、それに道場が「そんなに言うなら、いくらでも梅干しぶち込めばいいんだ」と声を荒げたのを鮮明に覚えてます^^;そうとう頭に来ていたんですね。
当時高田万由子がやたらゲスト・審査員で出まくっていました。
フジテレビまたは番組スタッフの偉いさんのお気に入りだったんでしょうかね。
学歴(幼~高まで白百合学園。大学は東大。旦那の葉加瀬太郎は藝大の学歴だけは最強クラス)と人格は一致しない。
今だったら「こいつ何様だ」とかとネットでバッシングされてるな。
@@よしかず-z3d
審査員でいうと、加納典明の偉そうな態度とか景山民夫の食べ方とかもバッシングされてそう。
料理の鉄人は二代目フレンチ坂井さんの無茶ぶり食材へのボヤキが好きでしたw
テーマ食材が出た時の「使ったことねぇ~よ~!」は画面越しに大笑いしましたが、そこは流石鉄人、見事にアレンジして美しい料理を創作したことに毎回驚いたものです。
道場さん、陳さん、坂井さんの三鉄人時期が私には一番面白かったと思います。
岸さんの「美味しゅうございました」も好きでした。
今ならグリル厄介みたいな感じですね。時間制限が、それぞれキツイみたいでした。
たしか神田川俊郎さんとの対決では、テーマ食材が〈レンコン〉。
和食有利の中、鉄人坂井さんが「オレの時はヘンなものばっかりだよ」といいながら、レンコン対決に見事勝利しました。 坂井さんの懐の深さと想像力に恐れ入りました。
@@matsudocity1
その対決覚えてます。
時間ギリギリに神田川さんがレンコンを筆にして墨で字を書いて「どうや、坂井さん」と坂井さんに見せると、盛り付けに必死の坂井さんが「そんな汚い字は読めねぇーよ」と返したところが最高の盛り上がりでした(^^;
確か、アンコウもありましたよね
タコ対決ですね
坂井対大田戦
です
バルサミコ酢はこの番組で認知し。
料理に1番必要なのは愛情だと言う事を学び。
そして、料理の最高の褒め言葉は、おいしゅうございます。
www.…「美味しゅうございます!、岸朝子で〜す!」←バッファロー吾郎木村、今でもやってるんじゃないかな〜?
料理人という職業のステイタスをずいぶん上げた番組だったと思う。
課題の食材の応用、動きの面白さ、巧みさ。
技法のバリエーション。
中でも道場さんは最初のお品書き、和にとらわれない斬新な食材など、番組の要としてもっとも大きな風格や面白さを持っておられたと思う。
お鍋の料理にチーズを使われたのは今でも覚えている。
道場さんの降板が番組の終了の一因という指摘は納得できる。
制限時間がある中で毎回お品書きをちゃんと書いてくれてる道場さんすげーって子供ながらに観てましたねぇ☆
神田川さんの「打倒道場さん」への情熱が強く印象に残ってる。何度目かの挑戦で、遂に勝利を収めた時は号泣してましたね。ご冥福をお祈り申し上げます。
お亡くなりになったというニュースを知ったときには、思わず「マジかッ」と叫びました。神田川さんの名言「料理は愛情」。一見シンプルだけどその分、非常に奥深い言葉だと思います。今ごろは天国でもたくさんの人に料理の腕を振るっているのでしょうか?
道場六三郎さんとの対決で、
習字の半紙に「心」とでかく
書いて道場さんに見せたら、
道場さん苦笑いしてましたね。
でも自分としては中村孝明さん
から勝利して嬉し泣きしてた
のを今でも覚えてます。
たかしんnoばーで、酔っぱらった「やしきたかじん」にむちゃぶりされて、毎回泣きそうになっていたのが懐かしい。
料理対決というと、どうしても鹿賀丈史さんの「アレ、キュイジーヌ!」ってのがないと締まらない印象になってしまったところ
桃鉄で(;^ω^)全額スリの印象しかない(笑)
上れでは爲いのですか?
上れッ cuisine‼︎
今では某UA-camrのスマホ起動ネタになってるけどw
半世紀生きているが、いまだこの番組を超える料理番組はないし、これからもないだろうなぁ。
神戸氏の作る料理はホンマに美味かった。何年か前に、テレビ番組で菓子を食材にフェイク料理みたいなものを作っておいでのお元気そうな姿を見て、また行きたいなと思ってた矢先の事故やった。気さくで人懐っこい笑顔が目に浮かぶ。
多分モニタリングかな、私も見てた
本当に亡くなる直前くらいだったから…訃報聞いて本当にびっくりした
神戸さん亡くなったのは嘘だろ…て思ったな。一番若い鉄人だったのに。どの鉄人もみんなカッコ良かった。
個人的には、フレンチの鉄人は石鍋さんより坂井さんの方が印象深いなぁ。任期も長かったし、イメージカラーも赤で三原色揃った形になったし(道場さんが青、陳さんが黄なので。石鍋さんは緑だった)
確か石鍋さんは名誉鉄人という肩書きで、酒井さんの代打で出ていたことありましたよね?
あの登場の仕方が胸アツだったことを思い出しました。
@@susuwatari5378 若手フレンチ集団・クラブミストラルのメンバーとのアボカド対決で、鉄人のパネルが三枚ともペラっと裏返って石鍋さんのパネルになり、道場さんが登場する真ん中からせりあがって来た演出は衝撃的だった。
道場シェフは漫画「美味しんぼ」にも登場したり、自身のUA-camを開設したりして、未だに感覚が若くて凄いわ。
岸朝子もたしか出てましたね
この番組で道場さんの助手をやってた方が今六さん亭で料理長やってます
料理の鉄人の臨場感はF1と同じ構成やカメラワーク、実況や解説を取り入れたかららしいですね。
F1好きとしてもあの番組はドキドキハラハラさせられ、目が離せませんでした。
番組の作りが本当に上手かった
料理をエンターテイメントに昇華させた当時のフジは流石の一言ですね
懐かしい番組ですね。鉄人・鹿賀丈史さんの存在感もさることながら、「かの魯山人の愛弟子」平野雅章さん、「料理記者歴40年」岸朝子さんなど個性ある審査員も魅力の一つだったと思います
美味しゅうございました
復活スペシャルで主宰が死去、孫(だかという設定)の本木雅弘がやったけどドン引き以外の何物でもなかった。
その後、リスタートで主宰が玉木宏くんかな、で始めたけど初代の面白さは微塵もなかった。
確か各鉄人の名勝負VHSが出ていたからまた見たいな。
岸朝子さんのお姉さんの尚道子さんがタコさんウインナーの考案者ってどこかで見た記憶
急に思い出した
@@iy4826 たしか、鹿賀主宰が死去したため黙祷を捧げる、なんてことを番組内でやっていたような。なんで死去したことにしたんだろう?
@@たさくたろ チコちゃんデスネ
鹿賀さんはなんだかんだで華のある芸能人だった。
イケメンだけど愛嬌のある風貌で、シリアス芝居もコメディもできて、司会やトークもこなせて、ミュージカルの主役を張って美声を披露。
まさしく日本のヒュー・ジャックマン。あるいはヒューがオーストラリアの鹿賀丈史w
HEY!HEY!HEY!という番組に料理の鉄人の服装で出ていたのですが、お茶目で素敵な方だった
神田川俊郎さんや周富徳さんとの対戦は鉄人と挑戦者の両方から凄い気迫を感じて手に汗を握った思い出。
とても並みの料理番組ではありませんでした。
周富徳さんはその後脱税事件がありイメージが悪化
逆にプロレス団体FMWはそのイメージを利用、「悪の料理人」というキャッチフレーズで出演してました。
リングサイドで料理を振るい、中華鍋や香辛料でレスラーに攻撃を加えてた。
周富徳さんが道場さんと対戦した時に作ったのが、エビマヨの始まりって凄いっすよね
誰が何といおうが、
神田川や周富徳といった「ライバル」の登場が番組を盛り上げたことは事実なんだよなあ
プラスに梅宮辰夫さんが挑んだエピソードも忘れられなかった(この時のVSは道場さんで、勝ったのも道場さん)
この番組に出演した料理人の中で、唯一食べた事あるのが周富徳さんの中華。
めちゃくちゃうまかった。
MC、鉄人の人選もそうだけど、審査員に岸朝子先生がいてこその料理の鉄人。忖度はないけど愛があるコメント。「大変おいしゅうございますね」までが1セット
あのコメントほんとに素敵でしたね。とても品を感じる見応えのある番組でした^_^
料理記者歴40年という紹介でおなじみの岸朝子さんも調べたら2015年にお亡くなりになってたんですね…
岸朝子の最後の晩餐が気になる
ちゃんと最後晩餐を召し上がって
おられた事を願うばかりです。
当時の正直な巷の話しだが、、岸は普段は吉野家などの常連で、、そう、フレンチなどが判る舌ではなかた。
道場六三郎さんのUA-camを知ったのが今回の一番の収穫。
自分も初めて知りました。にしても道場さんほどの方が6.5万人の登録者ってのが驚いた。もっと伸びていい!
陳さんも日本中国料理協会とい番組でUA-camに出てますよ。作り方も家庭向けにアレンジしてあって作りやすいです。
道場さん
美味しんぼにも出てたな
@@桂基子
この動画のおかげで登録者伸びるんじゃない?
確かに道場六三郎さんの引退後はあまり見なくなった覚えがありますね。
まさかyoutuberになっていたとは驚きです。
あとフレンチの鉄人は坂井さんの方が印象が強いですね。
道場六三郎さんの
品の良さは料理に現れていたし
今現在90才になっても
料理に対する愛情と
色気はビックリするくらい
真っ直ぐで驚きます
とんねるずのタカさんが
美味しいものを作る人って
色っぽいって言う理由がわかります
私も道場さんが大好きです。先月末か今月初め頃、道場六三郎さんのUA-cam channelを見付け、即登録しましたよ。
お歳は確かに召されましたけど相変わらずの六さんは貴女さまが仰る通り色気がありました。
今でも折々新しい発見があり面白いと言うような事を仰ってました。
調理師学校で中村孝明さんが講演された時、生徒から
「料理人になっていちばん嬉しかったことは何ですか?」
と聞かれ、一瞬間をおき
「料理の鉄人で道場六三郎に勝った事」
と微笑みながらのを見て答えたのを見て、
あの番組は本気の料理人バトルだったんだな~と実感しました。
スゴイ番組でしたね。
それだけ道場六三郎さんは料理界では重鎮であり目指して追い越すべき存在だったんですね。
すごい。めっちゃガチ番組だったんですね…
2001年1月、アメリカでホームステイした時OAされていて、お前達もこの番組は好きか?と聞かれ、日本では番組はもう終了した旨を伝えると、日本人はなぜこんな素晴らしい番組を止めてしまうんだ!と驚かれてました。
確かスペシャルでフランスだかイタリアで海外ロケ1回したことありましたね
@GGひろぴょん様
確かフランスのある貴族の領地で行い、領主夫妻を王と王妃と呼んでいました。
審査員の岸朝子さん、解説の服部幸慶さん、実況の福井アナ、レポーターの太田慎一郎氏など、番組を様々な角度から盛り上げてくれた「プロ」の面々も忘れちゃいけない。
道場六三郎さんに憧れ料理人の道を選ぶも接客が好きになり料理人を挫折
今では家族に振る舞う程度ですが料理の楽しさを教えてくる最高の番組だったと記憶します
ちなみに好きな戦いは神田川vs道場六三郎と陳健一vs周富徳の戦いですね
特に神田川さんが初出場で道場さんに負け「腕を磨いて来ますのでリベンジさせて下さい、次は負けません」とお互い笑顔で握手しEDに入るのが好きです
個人的な事ですが、神田川さんに料理を食べて貰える機会がありお世辞とは言え新米小憎の自分に「美味しかったよ」と言われたのは感動しました
その時に貰った名刺はある意味宝物です
後に中村さんとの勝負に勝った神田川さんを見てこんな人に褒められたのかと改めて感動したのを覚えてます
いい思い出を持っておられて良かったですね。
料理の鉄人はフジテレビの番組で一番好きでした。岸朝子氏や周富徳氏、神田川氏もあの世に旅立ちました。
かの魯山人の愛弟子 平野雅章も…
これが放映してる間、鹿賀丈史が外食しにくかったといいともで言ってたなあ
店の人が物凄くそわそわそわそわしてたらしい
この時代のテレビは楽しかった。この番組も夜遅くて眠いけどいつも観てた覚えがある。懐かしい解説嬉しかった。
今はテレビ持ってない。
コンプラとかフェミとか言い出してから正直つまんねーもん
料理の鉄人のことあまり知らなかったけど、国会中継をナレーションつきでやったらきっと面白いでしょう。
神田川さんは敵役としての立ち回りをよくご理解されていて面白かったなぁ。
さすが大阪人。エンターティナーと思っていました。
神田川氏は1980年代には既にテレビでおなじみのタレント性のある料理人でしたからね。
一定の年代以上の人なら「2時のワイドショー」の料理コーナーの方が印象が強いかと。
そういう意味では「料理の鉄人」出演も必然だったのかも。
「花に水、人に愛、料理は心やぁ〜!」…関西では、たかじんさんが自身の番組で、「クラブ回って、 ただ酒飲んで、客探してる〜!」とか、「あのおっさんズラやでぇ〜!」とか、 ぶっちゃっけてましたね。
@@aimarl7776
〇〇(食材名)も ちょっと工夫で この美味さ
確か、一番最初に和の鉄人のオファーが来たのは神田川氏だったと聞いた。しかし断られたので仕方なく道場氏にオファーが回ったと聞いた。オファーをしに当時道場氏がいた分けとく山に行くと老眼鏡をかけしょぼくれた風体の道場氏は「自分はもう漆喰場はたくさんです」と消極的な返事だった。しかし、それを押して強く頼み込んで引き受けてもらったそうな。それがいざ始まってみるとおお化けして大活躍して番組を牽引してしまったんだから面白い。
@@shoteocha6557
もともと「1年間だけ」という条件での出演だったようですが、その1年経った時にドイツ人のフレンチシェフ、アルトア・ルターとピーマン対決で敗れたことで逆に闘志が湧いて続投を決めたと言われていますね。もしこの時勝っていたらあっさり鉄人をやめていたかも。
道場さんのときは常に楽しみで絶対に観てたなあ
懐かしい番組でした(笑)
料理人たちの緊張感、アナウンサーの福井さんや現場レポーターのやり取りとかも面白かったのも覚えています。
「福井さん、福井さ〜ん」はタモリさんがいいともでよくまねしてたのもいい思い出です(笑)
当時食材を料理人に提供する仕事をしていたため面識のある方もいらっしゃったので思い入れあります。陳さんや坂井さんは各地のホテルのイベントでもメニューから自分でかんがえて食材集めにも熱心でした。調理場ではもちろん厳しい方ですがスタッフさんを使いこなすのも上手でしたよ。道場さんは人間的な魅力が凄い。そして超絶天才的です。この方ほとんど感覚なんですよ。だからお弟子さんも個性的な方が多い。自分で考えながら料理する事が染みついたのでしょう。みんな傍から見ていても楽しい偉大な料理人です。
ただこの番組の後、名前だけ売れて勘違いをしてしまう若い料理人がかなり出てしまったのは残念でした。イベントでもメニューも食材集めも人任せ。だから季節外れの食材を平気でオーダーする。これでは薄っぺらい料理しか提供できません。腕はあったのでしょうからもったいない話です。
たくさんの人に食に対して興味と憧れを持たせたこの番組は大きな価値があったと思います。それと同時に妥協のない厳しい設定だったため放送できない失敗も多くあったと聞きます。光があれば影もある。今よりも影の部分に寛容な時代だからできた番組なんでしょうね。
「料理の鉄人」は料理人同士の真剣勝負が見られて好きな番組でした。梅宮辰夫さんが挑戦者として出演されたり
助手なしで鉄人2人VS挑戦者2人の「タッグマッチ」など対決のアイデアも面白かったです。
島田紳助を見たことがあります。道場六三郎にはさすがに負けましたが
リアルタイムでみてました
道場さんは他の料理人と違いいきなり作り始めることはなく、まずは落ち着いて和紙に筆で何を作るかお品書きを書いてから料理を始めていたのがとても好印象でした。
そして必ず勝っていたし、本当に美味しそうでした。
バブルの余韻が残る時代の「カネが湯水のごとく使える」最後でしたね。他局ですが「どっちの料理ショー」というのもあって、今ではとても望めない番組です。
個人的には気さくな雰囲気の陳さんが好きで、著書にご自身のスキルアップになった、と書かれていました。
特番だったか、坂井シェフの「松茸対決で負けて、腹立ったので残ってるのを全部持ち帰ったらかみさんが喜んだ」というエピソードには笑っちゃいました。
審査員の景山民夫さん、岸朝子さんとともに、神戸シェフのご冥福をお祈りします。
「どっちの料理ショー」も懐かしいですね。
2名のプレゼンターによる二品の料理の紹介、調理を経た後に、どちらを食べたいかの多数決で少数派は食べられないという…
家族で見ながら「どっちが食べたい?」などと相談したり、翌日のメニューになったりしてましたよ。
まさに「お茶の間でテレビを見る時代」の終わり頃でしたかね…
私の記憶が確かならば、「残りはスタッフがいただきました」というような配慮のテロップが入りだしたのはこの辺りからだった気がします。
神田川俊郎さんの回は記憶に残ってて、確か鯛の鱗を取らずに皮と鱗と一緒に身から剥いでいた記憶があります。
「これが神田川流やっ」て、言ってたような気がする。(曖昧)
ニュースで訃報を聞いた時はまさか…と思いました。
ご冥福をお祈りします。
道場さんは長年綴ってきたすべてのレシピを燃やしてしまって
「一から学び直す」っとおっしゃられていたのが印象的でした。
坂井さんは随分前(10年位前?)にヒルナンデスを見たのが最後かなー
ご健在の内に料理を食べるにふさわしい資格を持った身分になりたいものです。
個人的に神田川さんの「料理は心や」が好きですね
TV外でも気さくな人柄でしたよ
料理の鉄人は、企画もそうだが、人選が凄すぎた。
そして、あの独特の話し方で、作るもの、観ているもの、番組の裏方さんに至るまで、独特の高揚感を覚え、出来上がりを待つ楽しみ。
そして、両者に惜しみない拍手と称賛が送られる。
まるで、漫画の料理対決をリアルタイムで観てる高揚感が対決した両者、審査員、観覧客までもが一体になり、勝敗を超えた満足感に浸る至福の時を過ごしてる。そんな瞬間を覚える。それが画面を通じて視聴者に伝わって来た。
それが以後の類似番組では、料理人さんから伝わる気迫だけでなく、審査員が料理に対して、どの様なポイントが凄いのか?また、料理に対してのポイントの尋ね方についても、食材に対する畏敬の念が感じられず、料理人に対して、尊敬や感謝の言葉が薄っぺら。極め付けは、司会者の話し方が、会場全体をバトルフィールドだが、天下分け目の決戦には思えないくらい淡々として、観覧客のシラケ感が酷いこた。審査員の先生方の質問のポイントが、単なる興味本位にしか聞こえない。元祖料理の鉄人は、素材や料理人への尊敬の念を感じたが、ほかの番組では、全く感じず、シラケてしまった。
その差が、結果として出たのでは、無いでしょうか?
良くヤラセ!と酷評してる方々がおられましたが、ヤラセで、あそこまでの真剣勝負を演ずる事が出来るのは、俳優とシナリオがあるなら可能。でも、料理人も観客も審査員も素人。ガチの対決を観てるから興奮し、素材が料理人の手により、どんな料理になるのかをワクワクして待っていたのは、画面を通じて伝わって来ました。
漫画の料理対決よりも、ハラハラドギドキしたのは、全く結末が予想出来無い真剣勝負だからでは?
周富徳さんと道場さんの対決が凄かった。
鉄人たちを初めて見たのはこの番組の始まる10年位前のNHKの今日の料理のゲスト講師。NHKの情報力はすごいと思う。
全部録画残ってる。特番も。
画質は経年劣化で荒いけど宝物です。
テーマ食材を紹介する時に、時々食材のウンチクを解説するのが好きでした。
「茄子を食べるならヘタの下」とか、ヘェ〜って思ってた。
年越し特番の、道場さんVS中村さんの、「究極のおせち」対決は、本当に凄かったですよね・・・。
(正に「龍VS虎」、「風神VS雷神」でした・・・)
ちなみに、その時私は、推しの道場さん(今も)応援してました。
テープがダメになる前にデジタル化などした方がいいと思います。それは貴重すぎますよ。
素晴らしい 経年劣化 やむを得ない‼二十代のわたしみも経年劣化しました❗
どうにかデジタル化して、UA-camに投稿すればアーカイヴとして残せるのでは?と思っております💖👍️
録画が全部残ってるのは凄いですね。
デジタル化は色々な意味で時間との戦いです。
まず、PCにキャプチャするには再生しながらになるので、最低でも録画時間分の時間が必要です。
なので、数が多いと途方もない時間が掛かります。それでデジタル化を諦めた人も。
VHSビデオデッキは既に生産終了で入手困難、古いデッキを直そうにもメーカーサポートも終わっているでしょう。
動くデッキを持っているならまだ動く内に、ないなら動作する中古が出回ってる内に、です。
東芝に3次元DNR回路付きのデッキがありましたが、あれは中々優秀でした。
懐かしいわ~
陳さん、坂井さん、道場さんの時は毎回欠かさず見てました。
技術がすごいのもおいしそうなのもですが、いろいろなアレンジとか、見ていて面白かったなあ。
最初に鹿架丈史さんがパプリカを生でかじるシーンがあるのが印象的。これがないと始まらないって感じでした。
道場さんのUA-camで紹介されていたおかかのふりかけは、作ってみたら絶品でした!!
OPのバックドラフトと合っててカッコよかったですねぇ!
当時子供でしたけど料理漫画の様な雰囲気がとても楽しみでしたね、深夜番組なのでなかなか見れませんでしたけど…神田川軍団や道場VS周富徳戦 岸朝子さんのおいしゅうございます、アイスクリームマシンはよく不調になるなどを覚えてます、映画バックドラフトの音楽が臨場感ある料理バトルの雰囲気にもマッチしていて好きでした、あとバックドラフトはとても面白くて熱い名作映画なのでオススメです
審査員には料理記者歴40年の岸朝子さんや魯山人の愛弟子・平野雅章氏などが居て、コメントも「美味しい」だけではなく時には厳しい言葉も使い誰もが納得する評価していた。今のグルメコメンテーターにはない味のある解説が好きでした。
今、そんな辛辣且的確な事を言える
審査員って果たしているのだろうか?
岸朝子さんが、かなりシビアでしたね〜。「大変美味しゅうございます」等古風な上品な言い回しをした時、緊張感がほぐれほっとした気分になりました。懐かしいなぁ。そして知識が凄かった。
平野・岸両氏のコメントも好きでしたが、個人的に特番時に審査員で出演していた香港のチャイ・ラン氏の辛辣なコメントが好きでした
細木数子さんも一番右の辛辣枠で出てましたね〜その頃は肩書きが「心照学研究者」でした()
改めて、神田川氏、神戸氏の御冥福をお祈りいたします。その分、道場氏には長生きして頂きたいですね😞
+ジャムじじぃ様
あと審査員の岸朝子さん(2015年)、挑戦者ならびに坂井鉄人の刺客シェフを送り込んだライバルだった
ジョエル・ロブション氏(2018年)も世を去られてますね。
神田川敏郎氏,神戸勝彦氏と共に謹んで哀悼の意を申し上げます。(黙祷)
@@古澤修-b1m さらに平野雅章さん(2008年)、影山民夫さん(1998年)もそうですし、挑戦者の方でも松本吉正さん(vs坂井宏行・松葉蟹対決)、木村昌義さん(vs森本正治・米対決)、梅宮辰夫さん(vs道場六三郎・鯵対決)、程一彦さん(vs陳建一・蛸対決)等が鬼籍に入られています。
道場さん、ユーチューブチャンネルを持っていますが、現在90歳ですが背筋も真っ直ぐで、お元気でしたよ。
NHKで放送した今日の料理と料理の鉄人のコラボ特番が忘れられない。
道場さん、坂井さん、陳さんに土井さんにきじまさんという超豪華メンバーで、アナウンサーも福井さんと後藤さんが各々の番組でのキャラを発揮していて面白かったな。
改元の時に有名料理人大集合だよね
道場さんが戦うとき、毎回お品書きを書いてから手を付けていたのが思い出深い。
そうそう。最初の5分は献立の組み立てから入って、お品書きしたためてから料理作るんだよね。
達筆でさらさらっと。カッコ良かったよね。
確か・・・
そのお品書きは、マニアの間じゃ万単位の値が付くとか言ってましたな。
最後に書いてた時もあったような
テーマが和食に使う
食材じゃねーって時に
記憶違いかな
@@戦力外-n3c テーマがピーマン(パプリカ)の時でしたね。
あの時はお品書きを最後にやってしまった事でリズムが崩れてしまい負けたと語っています。
陳建一さんと仕事ご一緒させて頂いたことがありますが、偉大さを感じさせない笑顔と、楽しそうに麻婆豆腐を作ってたのを、覚えています!
この番組も出演者の方々も大好きでした。全てにおいて 品格を感じ、料理人の方々が積み上げてきた技を拝見するのが、子供ながらに感嘆し夢中で観ていました。現在のTV番組にもこのような品格を望みます🙏
神戸さんが亡くなられていたとは、、
料理の鉄人では見たことは無かったのですが、別の番組で新潟へ行き、そこで茶豆農家を訪ねたり、釣りをして鯵を釣り上げたり、従前茄子という初めて見る素材を使い凄い料理を次々と作り始め、驚いた記憶があります。
中でも茶豆のニョッキは自分も真似をして今でもたまに作ってはおり、美味しさと手軽さに感謝していました。
本当に残念です。
毎回、服部先生の解説や予想が的確で凄かった。もっと大人の事情ドロドロなのを期待してたけど割と普通の原因だった。
美食アカデミー主宰に加賀丈史さんを選んだ方天才すぎる。品があり貴族風の衣装を見事に着こなしてましたね。
劇団四季出身ということもあり、彼にとっては四季の舞台の延長のような感覚で主宰を演じていたんでしょうね。
同感です。綺麗な方ですよね。
鹿賀丈史さんは、大河ドラマで大久保利通を演じられた時も明治時代の貴族風の服装がよくお似合いでした
劇団四季のご出身だったんですね
@@abccab8 気品が感じられますね。
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翔ぶが如くの大久保利通役は、大久保の子孫からも好評だったようですね。
鹿賀丈史という芸名は浅利慶太の命名です。
金沢出身+鹿のような俊敏な動きができる役者になれということで「鹿賀」になったとか。
市村正親は四季時代の同輩ですね。
ちなみに道場六三郎も同じ石川県出身で、大久保利通を暗殺した島田一郎も石川県出身。
大学のサークル仲間が好きで見始めたらハマりました。
主催人としての鹿賀さんの喋り方がめちゃ好きでした
鹿賀氏は劇団四季出身ということもあり、四季の舞台の延長の感覚で主宰を演じていたのかも。
道場さんは毎回、お品書きから始まるんだよね。
あの時代の料理番組と言えば、ビストロスマップか料理の鉄人か、チューボーですよ!のどれかだった
キューピー3分クッキング
に勝る物なし!
どれも料理を扱いながらそれぞれに味わい深く楽しませてくれる番組だったと思います。見ていて楽しかったですね。
郁恵、井森と結城みみず先生を
忘れてはいけない。
ジャングルクッキングも入れてあげて
どっちの料理ショー
私はこの番組があった事を知らずにいたのですが、亡き妻が「一緒に観よう」と言って無理やり見せられたのがきっかけでした。それ以来嵌まってしまい、鹿賀丈史さんの「私の記憶が確かならば・・・」とか、岸朝子さんの「美味しゅうございました」などのセリフが甦ってきます。 懐かしいです。再開して欲しいですが、あの頃の鉄人全員とはもうお会いする事ができないのはちょっと悲しいですね。本当にレベルの高い番組でした。スポンサーの日産自動車さんありがとう。
陳建民、陳建一親子は神様として神社に祀られてもいいレベルで日本の食文化に貢献したと思う。
心の底から尊敬する。
私の記憶が確かならば、今では中華の定番メニューである「エビチリ」を考案したのは陳建民だとか
@@k1forest 私の記憶が確かならば麻婆豆腐を日本人向けにしたのも陳健民さんですよ
中華の「回鍋肉」を日本人に合うようにアレンジしたのも陳建民さんです。
四川飯店 旭川ESTA店と札幌本店、新札幌店は年に数回行っていた。ガラスケース内のサンプル脇に陳建一氏のサイン色紙があって、「あっ、毎週支店巡回の噂は本当なんだ」って思った。
しかし、その後旭川は消え、新札幌はフランチャイズ変更で別の中華屋になっていた。
米飯はお代わり無料と良心的だったんだけど…。
よく本場中華の味は日本の中華料理店の味では無いとか、本格的なお店の味は違うとか言われるが、
その日本人の口に合う中華料理というカテゴリーを作っちゃった人ですからね…
「私の中華料理は嘘ある!でもそれは良い嘘、美味しい嘘!」が無かったら、こんなに中華料理が広まってなかったかも知れない。
大好きな番組でした。
アイスクリーマーがよく故障して、
「アイスクリーマーが故障したようです!!」
の実況をよく覚えています。
鉄人がたまに負けるトコが、カイジと一緒でガチ感あって味わい深いですねw
当時学生で料理店でバイトしておりましたが、この番組は良くも悪くも料理人の皆さんの関心の的でした。若い職人さんが作業中に「おおーっと鉄人、火が入ったぁ~!!」と言いながら鍋を振っているのが板長さんに見つかって「ふざけてんじゃない!!」と一喝されていたのを見て気の毒ながら爆笑していた記憶がありますw。和の道場六三郎さんがお品書きを書いて制限時間オーバーになった回について「あんなのやってるからだよw!」とか言うアンチの職人さんも居たり。でも、とにかく放送の次の日は必ず『鉄人』の話題で盛り上がっていましたので、皆さん何だかんだ言いつつも観ていて、ホントに凄い番組だったんだなと思います。
企画というより、キャラ人気の視聴率だったんだなあ。
すごい人がたくさん出ていた。
リアル美味しんぼの究極VS至高の料理。
Mr.味っ子並みのスケールの調理とアイデアと演出。
最初から最後まで緊張感があって気の抜けないプロ達の真剣勝負。
媚びることのない超辛口の審査員。
最初と最後にしか登場しないのインパクトのある加賀さんのミュージカル仕込みの語り口とアクションと不味いパプリカを我慢し悶えるオープニング。
こんな番組を作ってたフジテレビに戻って欲しい。
そして当時のアイアンシェフは本当にレジェンド。
神田川さんも敢えてヒール役で盛り立てて好きでした。
岸さんの超辛口な評価も好きでした。
本当に楽しい番組でした。
一層の事、鹿賀丈史さんに海原雄山を演じて欲しいもんだね。
道場六三郎さんが、毎回、お品書きを達筆の毛筆で書かれていたことが鮮明に記憶に残っています。
当時見てた者だけど道場六三郎って2年ちょいしか出演してなかったのが意外だ。それであれだけのインパクトを残したんだからすごいな。
同感。もっとご出演しているものだと思ってた。「最強の鉄人」として、印象が
強かったからねぇ。
名前からして、強すぎるって言うか、美味そう過ぎた。
私も2年だったんだ〜と驚きました。
もしかしたらそのくらいで見るのを止めた可能性が
ただね、他の挑戦者が審査員個々の分を律儀に作っている時、鉄人である道場さんは、ハッタリ紛いの大皿盛りで「鉄人自ら取り分けます」とか言っちゃってたんだよな。
もちろん味も一流だろうさ、だけど魅せる料理人としてのパフォーマンスの方が印象に残ってる。その意味で、むしろ旨そうに魅せる事に長けた鉄人だったわ。
そういえば番組の冒頭で
「私の記憶が確かならば、この番組は日産自動車の提供でお送りします」
ってのがあったよなぁ
ありましたね!加賀さんの声で!
@@hiyokos4391 しかも道場さんが引退した時はそれ専用のCMまでわざわざ作ったりもした。
『私の記憶が確かならば、かつて最強の鉄人が存在した』からの道場さんのシーンを流して、あとは『鉄人・道場六三郎』と勝利宣言
@@赤井雷 さま
懐かしいです。
間の日産のCMには鉄人たちの休日編もありましたね。
厚労省から指導は無い無い 料理番組全TV局に存在し続けてるわけで
私の記憶が確かならば…小林カツ代さんの回は神回
フジテレビ全盛期の、金にあかせて優秀な人材とスタッフを揃えまくった鉄人と、没落後の青息吐息でマトモな人材が逃げ出した後の出涸らしスタッフと低予算のアイアンシェフじゃぁ そりゃあなぁ……
陳さん最初弱くて当時30代で最年少でもあったけど、途中からどんどん強くなって不動の連勝記録作ったりとかいう成長具合もドラマだったんだよなぁ。
周富徳さんの方がキャラ立ってて人気ありましたね
神田川俊郎率いる神田川軍団対道場六三郎の和食対決では、
一つ料理を作るたびに「どや!六さん!」って叫ぶもんだから
道場六三郎も料理作りながら「うるさいんだよ」って呆れてたな。
ありましたね~
別の回ではなぜかフレンチの酒井さんに挑んでいるのに、
「どや!道場の六さんよ!」って繰り返し言っていて、
酒井さんに「俺は六さんじゃねぇよ!」って返されてい
ましたね(失笑)
度々現れる名物挑戦者でしたが、調理場でおしゃべりは…(;-ω-)ノ
一度、背水の陣とばかりに頭を丸めて出演したこともありましたね
翌日「あれは剃ったんじゃなくて、外したんだろうな」と話題になってました
料理の鉄人を見て、どうしても石鍋シェフのお料理が食べたくて、何回かクイーンアリスに行った事があります。石鍋さんは笑顔で出迎えて下さり感激しました。スタッフの皆さんのサービスも素晴らしかったし、勿論お料理全てが美味しかった!帰りに誕生日の愛犬にと、骨付きの子羊をお土産に下さり、滅多にないご馳走を一心不乱に食べた愛犬は下痢してしまいました😓普段食べない良い物食べ過ぎたみたい。。お気持ちが最高に嬉しかったです。最近は全く行ってないので、どうなっているか気になります。。フレンチの坂井さんを焼肉屋で偶然お見掛けしましたが、若い女性の肩を抱きながらお店に入って来られ「大胆だなぁ」と思ってしまいました。マズかったかな💦?
小学生のころにリアルタイムで見ていた。
NHK今日の料理に出ていた小林カツ代さんが、陳健一さんを倒した時は、
一般の家庭料理でも極めれば最高の武器になるんだなと感心した。
それリアルで見てた。
品数でも鉄人を上回ってたし、しかも途中で鉄人の厨房を覗きに行ったりもしてた
小林カツ代さん、周富徳、惜しい人が亡くなったよなあ。 あの水準の対戦相手は仲々居ないよ
豪華な料理も良いけど、日々食べてる家庭料理…『実家に戻って来た様な安心感』が、有るんでしょうね⁉️
(ちなみに、個人的には伊豆方面の旅館の朝食が、大好物🎵…軽く炙った鯵の干物が…( ̄¬ ̄) ヂュルリ💕w💦)
出演者みな個性的で面白かったー(^^)
時代が進むにつれて個性的な人減ってますよね!
同じような人ばかりでつまらなくなってテレビ見なくなった😁
UA-camは個性的な人多くて面白い
それ私も覚えています!肉じゃが作っていましたよね。あれ、旨そうだったなぁ。
小林カツ代が「誰と戦う!」って言われて「どなたでもいいですよ〜だって皆さん素敵ですもん」って天然炸裂してたの面白かったw(しかも勝った
@エマちゃんパパ ケンタロウ氏も出たなかったっけ?
私の記憶が確かならば、料理の鉄人は前説から演出、料理の見せ方からジャッジまで全ての面で画期的な番組だった
アイアンシェフはその演習の上っ面を真似ただけ、料理の鉄人を焼き直せば良いのにやらなかったのが敗因
私の記憶が確かならば・・・ 確かアイアンシェフを受け持った女の
プロデューサーが「私ならこうする」と、色々と我流で手を加えすぎて
元番組の色を無くしてしまった。挑戦者を「ノミニー」という聞き慣れない
言い換えたり、料理対決より挑戦者の過去話に時間が割かれていた。
番組当初には実況役で宮川大輔を出していたが、うるさ過ぎで雰囲気台無し
にしてた。
当時、勤めていたホテルで『中華フェア🇨🇳』があり、陳さんが招かれ厨房を案内させて頂きました。その時に、陳さんはジョークを並べ場の空気が和んでいました。もぅ20年以上前の事ですが、とても懐かしい思い出です😁。お元気そうで何よりです。今後も美味しい中華料理を創り続けて下さい🌈
「料理の鉄人」は週末の〆として楽しく見ていたのを思い出します。
番組に使われたBGMは米映画「バックドラフト」のサントラを流用したもので現在でも聴くことができますよ。
(番組テーマ曲の「Show me your firetruck」,「Fighting 17th」が神曲)
一番驚かされたのがフレンチの坂井宏之鉄人 × 中華の陳健一鉄人の「薄い本」があったという事、いやマジで。
(叡智物は避けたけど、「料理の鉄人」の収録ルポや坂井鉄人主催のディナーショールポとかもありました)
「料理の鉄人」の出演者の中にはジョエル・ロブション氏も2018年に世を去られてます。(黙祷)
あと解説の服部幸應先生が宝くじのCMに鍋持って宝くじ売り場に駆け付けたのには懐かしさにぶったまげたぞw
仰る様にその方々の同人誌ありましたよね。読んだことあります。
当時は受験勉強しながら欠かさず見てた。
審査員の「珍しいものをおつくりになりましたね」が不味いとは言えないけど褒めてるよう配慮した言葉だったって事を後から知って感動した。
審査員の品も良かったよね。
品悪い人も居たけどな。ちゃいらんとか嫌いだった。
神戸さんが一人だけでオーケストラの演奏で登場するのがかっこ良かった
道場さんもう90歳なのにほんと元気だよな
当時の正直な多くの巷の感想いえば、、放送後、赤坂や銀座のろくさん亭の評価は芳しいものではなかた。お上り客をホールスタッフや弟子らが手際よく適当な料理で遇うイメージだったよ。
私の師匠が鉄人に出て、陳さんに勝ちました👍🏼本当に華やかな時代でした…料理の鉄人を作ったのは、放送作家の小山薫堂さん…あのくまモンの産みの親ですね✨私も撮影を観に、また師匠の応援に行きました!緊迫した雰囲気、師匠の集中している姿、カッコよかったなぁ〜✨✨✨
「私の記憶が確かならば~」は今でもリアルで使って、「それ料理の鉄人やん!(笑」と突っ込まれています。
料理対決も面白かったけど、食材に関するうんちくも面白かった記憶があります。
当時は朝、始発から最終電車、時には事務所のソファーで寝ながら録画見てレシピ考えてた、同業者としてとても良い番組を見れた、有難うございました🙇
毎週楽しみに拝見していました。番組で出版したレシピ本なども購入して、今はすっかり料理好きなおじさんになりました。
ラ・ロシェルだけ行った事があるけど料理だけじゃなくスタッフや店の雰囲気も最高だった
私が料理人時代、まだ20代前半の後輩が少ない給料はたいてラ・ロシェルに行ったあと、まったく同じことを言ってました。
すべての料理が柔らかく食べやすく、料理の味もスタッフの対応にも感動したそうです。
金もなく貧乏くさい服装で来客してる若者に対しても気持ちよく接してくれるようなスタッフを育てる坂井さんは料理人としてだけではなく、人間としても一流だと思います。
子供ながら遅くに観てた!
服部先生がドヤ顔で解説しているのをバッサリと切り捨てる道場さんらが面白かったな。
服部先生時々挑戦者として参戦してたけど、毎回返り討ちにあってたっけ。
@@遠山芳 さん
服部さんは、本番フランスでの評判、知名度は当時はそれ程無かったですからね⁉️ 調理師専門学校のオーナーとしては、辻さんの方はフランスでも有名な料理人でしたから…😓 鉄人のメンバーに比べて服部さんは正直、かなりランクが…😓
@@稲田宜浩 様
いや~、挑戦者として出ると毎回ナゾの料理を作って、岸朝子さん等の頭の回りに『?』マークが乱れ飛んでたんです😅
日産一社提供もあって鹿賀丈史及び鉄人たちが出演したオリジナルCMも印象深かった
加賀さんのあのキャラクターは誰も真似できないと思う。
ほんとに凄かった。「今日のテーマはぁーーー! 〇〇(言い回し色々)ドンドン、ドンドン」
youtube にも少しあるけど、あれがよかった。
私の記憶がたしかならば~
道場さんが「最近は唐揚げの粉も美味しいですな」と美味しい物はリスペクトしているのが面白いしそれが強さの源かも知れませんね。
極めてなお好奇心に溢れていて好きです。
懐かしい~😆親父と一緒によく見てた
やらせとかで終了じゃ無かったのね
とある岐阜のショッピングセンターに、周富徳氏が一週間ほど実演販売で来てました。当時そこで働いていた私がひょんな事から周富徳氏と仲良くなり、
彼は仕事終わりに売上金の金庫をぶら下げたまま必ず店に遊びに来てくれました。「料理の鉄人」を見ていた私は、目の前で起きていることが信じられませんでした。
とても気さくで優しい周さんでした。頂いた高いコック帽を被った周富徳人形とチャーハンはとても良い思い出であり記念です。
亡くなられたというニュースはとてもショックでした。この場をお借りして、ご冥福をお祈りします。良い思い出を有難うございました。
懐かしいお話でした。プロのプライドを掛けた真剣勝負、ほんと素晴らしい番組でした、
あれを観て料理人になった人もいるんでしょうね、それにしても動画内で「お元気」とか「〇〇されている」とか
ちゃんと丁寧な言葉使いをされていて、とても好感持てました、今後も動画楽しみにしてますっ!٩(ˊᗜˋ*)و
特番で三代目の和の鉄人の森本さんが日米対決でアメリカのスターシェフと戦った時、対決終わりに調理台のまな板の上に土足で飛び乗ったの見てた森本さんが試合後のインタビューで「彼は料理人として間違ってる!まな板に足のせるな。まな板と包丁は俺達の命だ。」と割とガチでキレてて勝負はキッチリ勝ったのが印象的で、同時に「あぁ、アメリカ料理なんてのが発展しない理由はこの価値観だろな」と思ったな
料理の鉄人で思い出すのは制限時間終了後スタッフに
「(相手陣営の盛り付けを)やめさせて やめさせて 時間来たんだから」とか
演出もあったのかもしれないですが緊迫感がありました
個人的には道場六三郎出演時代が至高ですね