一条天皇が「一帝二后」を受け入れた背景には、行成の説得があった!?

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  • Опубліковано 14 жов 2024
  • #大河ドラマ #平安時代 #解説
    ※概要
    前代未聞の「一帝二后」を一条天皇がOKしたのは、行成くんの働きが大きかった!? ということで、今回は行成くんの日記である『権記』をもとに、彰子の立后までの様子を詳しくお話しています。
    2024年、NHK大河ドラマ「光る君へ」解説動画です。
    【関連動画】
    皇后・女御・更衣、そして中宮 天皇の妻の呼び名について
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КОМЕНТАРІ • 141

  • @nukataokimi4475
    @nukataokimi4475 2 місяці тому +3

    行成君の説得に痺れました。帝が下々の男のように妻子を優先するなどあってはならない事、神事を疎かにしてはならない事等、よく言ってくれた!と思いました

  • @gone5018
    @gone5018 2 місяці тому +97

    彰子ちゃん立后のお式の時にわざわざ赤い可愛い靴が映って「なぜ?」っと思っていたのですが、今回の解説で謎が解けました😀NHKの美術さんも喜んでいると思います👍

  • @sS000
    @sS000 2 місяці тому +50

    ドラマで、一条天皇が笛を吹いて、彰子に「なぜこちらを見ないのか」と聞いたとき、彰子は「笛は聞くもので、見るものではございません」と答えてました。私は哲学的な良い回答だと思ったのですが、一条天皇と赤染衛門は固まってましたね。

  • @PiyoPiyo-r9v
    @PiyoPiyo-r9v 2 місяці тому +3

    道長のお姉さん、自分の夫にお父さんが薬を飲ませた!と怒って私は薬は飲まない!と言っていましたよね。亡くなる時にも「くすりは飲まない。と言っていましたよね。長い時間がながれてもあの時に薬は飲まない!と言った事を守っていたんですね!

  • @user-yh7tq9if3g
    @user-yh7tq9if3g 2 місяці тому +25

    行成の一条天皇説得のシーンは、優しい2人の引き締まった空気感で心に残りました。

  • @sanaki6398
    @sanaki6398 2 місяці тому +75

    おまけのコーナーの
    行成くんの息子さんのエピソード泣けました😢

    • @江國慶子-t5y
      @江國慶子-t5y 2 місяці тому +1

      行成は定子が、なくなったので、一帝弐后に加担したことをだいぶ悔いたみたいだが、
      やはり一帝二后を推し進めたものは
      バチを受けている。本人ではなく子ども達が。

    • @江國慶子-t5y
      @江國慶子-t5y 2 місяці тому

      道長は蛇蝎。蛇蝎の娘が、人間の(一条帝)の愛情なんていらんだろう。
      源氏物語の中身のように一帝二后を推し進めたものはバチが、あたり、娘が、不幸二なる。彰子も子どもは二人出来たが、本当の愛情は得られなかったとするべき。

  • @髙木正美
    @髙木正美 2 місяці тому +9

    行成推しとしては最近の板挟み具合に胸がギュっとなります。
    F4の中で一番年下だったから、可愛い可愛い❤で観ていたけれど、大人になったなぁと同時に大変な事があれこれ。
    行成~‼️頑張れー👊😆🎵

  • @saya-rc2rl
    @saya-rc2rl 2 місяці тому +39

    平安貴族の日記があっての「光る君へ」ですね✨ ドラマでは、全体的に薄暗いトーンで、前代未聞感が伝わったし、行成君の迫真に迫る演技も、見どころでした😌 辛い現実が沢山... それでも全力で生きてる平安の人々のパワーが凄い!

  • @ケンケン-g8g
    @ケンケン-g8g 2 місяці тому +45

    一条帝と左大臣道長に対する忠誠心に優劣は付けられないと苦慮する行成くんですが、一条帝に理詰めで一帝二后を説得し認めさせる辺りの能吏ぶりは、役者さんの好演も相まって「藤原行成」株が私の中で急上昇中⤴です😉書の名人だけではなかった❗公私ともに忙しかった蔵人頭の役職・・・行成くん、お疲れ様✨

  • @杜安太郎
    @杜安太郎 2 місяці тому +45

    行成の息子さんが亡くなる話は、仕事のためとは言え、かなり切ないです。

  • @yofca514
    @yofca514 2 місяці тому +27

    一条天皇と定子ちゃん、夕日のシーンがはかなく、麗しゅうございました。正直、まひろ&道長より肩入れしてしまうお二人でした(笑) そして、このドラマでの意外な大収穫、清少納言との絆!これを知ることができて本当によかったです。
    この大河が推せる理由の一つ、一条天皇とか伊周くんとかイケメン枠?の役者さんも演技が良くて安心して物語を楽しめます。

  • @suzu-br4lf
    @suzu-br4lf 2 місяці тому +41

    一条天皇と定子ちゃんの純愛には今まで応援する気持ちしかなかったですが、今回のお話を聞いたら、一条天皇。少し公私混同が過ぎるな…と感じました。この半年光る君へを見続けた私は心に実資が住み着いたようで、平安貴族的な価値観を持つようになったようです。
    定子ちゃんが髪を下ろさなければ変わったのでしょうか?でも後ろ盾が無くなっていたから出家しなくても変わらなかったのかな?
    定子ちゃんの最期は本当に悲しかったなぁ😢

  • @野村香織-y7c
    @野村香織-y7c 2 місяці тому +36

    皇后の儀式で紅いキレイな上履きだけはわかりました。きりゅうさんありがとう❤

  • @旅人ゆき
    @旅人ゆき 2 місяці тому +8

    私の推しが大活躍の回でした。行成のじっと耐え機を逃さない姿が❤皆様のチャンネルで楽しさ倍増です。

  • @rira807
    @rira807 2 місяці тому +42

    行成と道長の二人BLチックでドキドキ❤帝と定子様の美しいお二人がもう見られなくなるなんて😣

  • @sasaisayt
    @sasaisayt 2 місяці тому +16

    行成くん推しなのでいっぱいいっぱい褒めて労ってあげます。

  • @まり子佐藤-y5c
    @まり子佐藤-y5c 2 місяці тому +18

    行成の子供を亡くす時の話に涙が出てしまいました。
    子供が生まれるのは救いになったのかな。
    でも気持ちのアップダウンが激しくてこの時代の人のメンタルの強さ 素晴らしい🤔

  • @rough-o9d
    @rough-o9d 2 місяці тому +16

    道長が回復して帰宅した時、土御門邸の庭が道長のバックに見え驚きの広さにビックリしました!
    明子様でなく倫子様を正妻にしたのに納得。
    しかし今回の明子様も怖かったですねぇ~😅

  • @黄桜-q6s
    @黄桜-q6s 2 місяці тому +9

    明子さんが姫君抱いて「殿のお役に」と言うシーン、 まひろ>倫子、さらに>明子、と続くのか、と脚本の緻密さに驚愕しました。しかも、意識不明の夫の目前で正妻と妾のバチバチのバトル。ホラーでした😅

  • @やまがラ
    @やまがラ 2 місяці тому +6

    わかりやすい解説をありがとうございます😊タイトルの『一条天皇に…受け入れさせた行成の説得』というのが、よくわかりました
    ドラマでは、行成が一条帝を慕っているからこその諫言、という感じでその真摯さに胸打たれました
    挿鞋というのを知ることができました👠
    平安のドラマは少ないから、この大河で花を飾った牛車とか、屏風とか、菖蒲の輿とか色々視覚化されて、とても楽しいです😊

  • @pecoe3
    @pecoe3 2 місяці тому +6

    御堂関白記、残されていて本当に良かった。先人が残してくれた貴重な日本の宝ですよ。
    日記を書いた本人は、あちらで頭を抱えたでしょうけど。

  • @seven-w1c
    @seven-w1c 2 місяці тому +4

    行成君も、すぐに説得する言葉を思いつくのがさすが天才!と思いました。

  • @ずばっち
    @ずばっち 2 місяці тому +14

    今回は行成君の魂の説得が印象深かったんですが、史実的には定子ちゃんへのお手当てを盾にとってのかけひきだったんですねえ
    でも納得しました(笑)

  • @麻-o6f
    @麻-o6f 2 місяці тому +14

    彰子ちゃんの笛は耳で聴くもので…は、一心に聴こうとしていることを伝えたかったのかなと感じました。彰子ちゃんは心理には深いものを感じます。対して、母倫子さんは直情的。高松邸へは駆け付けた、というより乗り込んだ感じで、「あなたは死なないわ」に続けて「私が守るもの!」とやってもおかしくない勢いでした。

    • @user-65pok
      @user-65pok 2 місяці тому +3

      倫子さま、子らが好きなこと分かるって女院さまに言ってだけど、全部表に見えることばかり。そして彰子さまの好きなことは挙げてなかった。
      倫子さまは自分と似た子のことはよく理解できるんだなぁと思ってみてました。

  • @cancan5892
    @cancan5892 2 місяці тому +42

    清少納言と定子の場面は、史実だそうだ。実際に二人が共に定子の子らと居た最後の幸せな時として”枕草子”に描かれている。”そなただけが、私の思いを知ってくれている”という意味の和歌は、まさに二人だからこそ分かり合える特別な感情であり、この幸福の時を書き留めておきたいという使命感と定子に対する心からの思慕の念が込められているのだろう。この大河ドラマが始まる前には、ウイットに富んだ洒脱なエッセイとしか認識していなかった”枕草子”が、このような大きな隠されたテーマを帯び、それを生んだのが二人の密接な心の結びつき、触れ合いであったことに感銘を受ける。定子の悲しい死を経て、清少納言はこの心持ちをさらに高め文学として昇華していったと感じる。
    まひろが生まれたばかりの賢子に漢詩を読み聞かせるするのに笑った!いくら何でも早いだろう。最近の乳幼児の子役は、本当に美形で驚く。

    • @savagebear2610
      @savagebear2610 2 місяці тому +15

      清少納言と定子さまの関係は泣いちゃいますね

    • @cancan5892
      @cancan5892 2 місяці тому +14

      @@savagebear2610 さん 本当に理想的な主人とお付きの者ですよね。主従関係とは、敢えて言いたくない、もっと人間の根源的な信頼関係を軸にした思いを両者に感じます。

    • @user-65pok
      @user-65pok 2 місяці тому +15

      赤ちゃんに漢文聞かせてるまひろちゃん、英語を流してるママみたいって思いました。

  • @くぬぎさんか
    @くぬぎさんか 2 місяці тому +33

    今回も素敵な解説ありがとうございます!一帝二后の決断の裏には皇后の仕事を定子ができないからという意味もあったのですねドラマで行成君が意見を出して説得させてる姿かっこいいと思いました!行成君の胃に穴が空いてもおかしくない状況でよく頑張ってると思います!黒光る君も蔵人頭の時大変だったのでもしかして蔵人頭って1番板挟みにあってる役職なのではとも思いました

  • @nekomataginu
    @nekomataginu 2 місяці тому +10

    今回行成くん本当に頑張ってましたね 史実の方も大変だったんだろうなと想像できる
    脅しというけど仕事せずにお手当は貰い続けているのだからそりゃ不満も溜まりますよ

  • @nekoshamamogi
    @nekoshamamogi 2 місяці тому +11

    こんばんは🌙😃❗、今回もいいお話に感謝です❤医療職でしたが。出産は下手したら、お葬式が2つ出ると習い緊張した覚えがあります、しょ乳は栄養が高く新生児の免疫力向上にも役立ちますが、その当時は飲ませてなかったのでしょうね、勿体ない😢。

  • @COSF101
    @COSF101 2 місяці тому +18

    今回は、まひろちゃんのまの字も紹介されないぐらい、彼女ら夫婦にとっては平穏な日々だったのですね😊

  • @スノー-y5w
    @スノー-y5w 2 місяці тому +18

    一条天皇の熱愛❤が定子の命を縮めてしまった感じが,とても悲しくせつない……
    一条天皇は定子亡き後,どんな気持ちで生きたのか
    (*´∩ω・`)゚+.゚
    大河ドラマの,今後の一条天皇に注目します!

  • @qyl7e6fu0i
    @qyl7e6fu0i 2 місяці тому +8

    行成君、激務の時期にそんな辛いこと、(と嬉しいこともだけど)あったのですね。すっかり知り合いの息子さんくらいの気持ちで見ています。
    彰子立后の儀。荘厳でした。見れてうれしい!獅子と履物(挿鞋というのですね)は大写しでわかったけど大床子は、NHKの解説ページで見て、映っていたんだなと知りました。彰子の装束が美しくて・・・。表情は哀しい😢生贄のよう。
    (前の定子さんの立后だったか、他のシーンだったかもしれないけど、荘重な行事で、パイプオルガンの音楽ついていたのは、頭の中にゴチック建築の教会が現れて困ったけど、今回は大丈夫😊)
      
    彰子の、笛は見るものでは無く聴くもの、という言葉。演奏は見る楽しみもあるけれど、音に籠められたものを余さず聴こうとする時はあの彰子の姿になると思う。彰子の内省的な感性・優れた知性が感じられました。
    かつて定子に笛を聴かせて、二人で微笑みあっていたのも愛情細やかで美しい姿でしたけれど。
    天皇と定子の、彰子立后についての会話も、深いなぁ・・・。定子は輝かしい一瞬のあとは苦しいことばかりではあったけれど、彰子を憎むのではなく思いやり、自分より愛する帝のためを思う人になっていた。
    「人の思いと行いは裏腹にございます。」とは何を言っているのでしょうか?分かるような分からないような。
    書きたいこと多くなってしまいました💦

    • @尚子脇坂-n2g
      @尚子脇坂-n2g 2 місяці тому +2

      なんか、まひろが、人は嬉しくても悲しくても、涙がでるのよって言ってたのを、ふっと思い出した

  • @bumerangogo1958
    @bumerangogo1958 2 місяці тому +8

    そういえば、今週の大河ドラマで、まひろが赤ちゃんのオムツを替えているとき、惟規くんが赤ちゃんがお父さんに似てると声をかけ、まひろに諭されて?言った「無理?してないよ」と言った真意がわからないのですが。。。惟規くんは道長の子どもとわかっていないと思うのだけど、何を無理してたのかしら?

  • @ペパーミント-t8j
    @ペパーミント-t8j 2 місяці тому +39

    定子ちゃんが旅立ってしまって悲しい😢一条帝元気出してくれ😢

  • @あるるるる-s2m
    @あるるるる-s2m 2 місяці тому +9

    大床子、見落とした(というより、そもそも知らなかった、そのような物の存在を)!再放送でちゃんと見なくては!
    獅子の置物と靴は「見落とすことすら無理!」な映り方だったので、知らなくてもちゃんと観て覚えてました、が、でも、こちらも再放送の時に「中宮の“三種の神器”」と知った上でよくよく見ようと思います。
    その靴、明治以降?から現代の女性の皇族方が外で履かれる靴とは違って(宮様方がまひろスタイルの短い袴の十二単に合わせるあの赤い靴、ヨーロッパスタイルじゃないですか)、古式ゆかしい上に「刺繍?織?きれいだなぁ〜」と見惚れる美しさでした。

  • @コウキュウ
    @コウキュウ 2 місяці тому +13

    良くよく、わかりやすいお話をありがとうございます😭❤😊子どもを産んだ後の体は、妊娠しやすいからお気をつけてと、子供を生んだばかりの病院で、言われましたよ.😅

  • @毎度楽々-i8v
    @毎度楽々-i8v 2 місяці тому +5

    このチャンネルを畏きあたりの方々もご覧になってるかな?
    1000年前のご先祖の事ですが御進講もあるのでご存じでしょうね。
    ドラマと史実をお楽しみだとすれば国民として嬉しいです。
    その内にきりゅうさんにも御進講のお話があるでしょうね。

  • @syan5844
    @syan5844 2 місяці тому +4

    一帝ニ后になった話しは今回のドラマは割と史実に近かったんですね
    行成くんの必死な説得にグッときました
    一条天皇と定子ちゃんが普通に幸せに暮らして欲しかったのに😢定子ちゃんが出家しなければ….
    それもこれも全てあのヤンキー兄弟(伊周・隆家)のせいだ❗️💢
    彰子さんも賢后だったようですがもし定子さんが出家などしなかったら、などと考えてしまいます
    また次回の解説も楽しみにしております🙏💕

    • @user-65pok
      @user-65pok 2 місяці тому +1

      定子さまが盛り返すチャンスはあったのかもしれないけど、そうなったとき、高階一族がハバをきかすようになるはずて、当時の貴族たちはそれを嫌ったのかな~と思いました。なにしろ上の方は藤原ばっかりなんだから。
      で後にリベンジで、阿部サダヲ信西入道とか、鈴木京香丹後局が出てくるの。

  • @user-g46
    @user-g46 2 місяці тому +16

    何処かで読みましたが、現代の日本女性は身体が出来上がるのは21歳らしいですよ。彰子も遺伝の影響大だと思いますが二十歳過ぎてからの出産も長寿の秘訣だったかも?ドラマも後半になり更に面白くなってきました。

    • @すなこ-h1e
      @すなこ-h1e 2 місяці тому +9

      道長の妻の倫子さんも晩婚だったから子沢山でも健康で長寿だったんでしょう、その娘しかり。

  • @宇都宮照美
    @宇都宮照美 2 місяці тому +2

    立身出世が軸となっていますが、道長の力になり行成の伝家の宝刀正論返しが決まってましたね。落飾後の入内という前代未聞がありましたが、敦康の立太子の時に行成は相談役ながら理屈を並べて正論で前代未聞返しをしましたね。もちろん道長の力になったのですが。仕事のできる人間です。

  • @ももももも-b5x
    @ももももも-b5x 2 місяці тому +3

    行成は、一条天皇と道長との間で板挟みになり苦労していたのに
    その上、仕事のために子供の最期の時を看取ることもしないとは忠義の人ですね😂

  • @もちごめ-x5v
    @もちごめ-x5v 2 місяці тому +12

    ひとつ前の回での第二子敦康親王の誕生の場面で
    白布をたくさん持ってくる女官に対して別の女官が「足りませぬ!」と言うやりとりが、まだ産声が聞こえる前にあったことや、産後の定子様が寝たきりだったことetcを見ていて、同じ回でのまひろの出産シーンに比べると難産に描いているなと感じました。
    他の方々のコメントを拝見していると定子様は後産がおりないまま崩御されたということなので、胎盤遺残による大量出血でしょうか。前回のお産での貧血をきたすほどの出血は、それを暗示していたんですね。
    くくりつけてあった遺詠も、まるで自分がお産で命を落とすことを予見していたかのような内容で、余計に悲しかったです😢お上だけでなく幼い子たちを残していくのはさぞ心残りだっただろうと思います。

  • @コウキュウ
    @コウキュウ 2 місяці тому +7

    良くよく、わかりやすいお話をありがとうございます😭❤😊

  • @asmr-uc1rb
    @asmr-uc1rb 2 місяці тому +6

    昔の人は愛人やら妾が沢山いたのに皇后って称号がつく人が2人できるのは嫌なんだね。
    その辺の感覚がよくわからん

    • @yayoia8017
      @yayoia8017 Місяць тому

      皇后&中宮は天皇の正妻ですので一人だけ、女御や更衣は側室ですので複数人いても大丈夫です。この構図は中国の後宮もそうですし、戦国大名や大奥もおなじです。貴族たちも嫡妻は一人で妾や側室は数多いました。
      光る君へでも兼家の嫡妻は時姫だけで道綱の母以外にもたくさん妻がいました。

  • @cancan5892
    @cancan5892 2 місяці тому +21

    行成が彰子立后を進言する際に、道長と帝の間に立って辛い立場だった。一度は承認した立后を辞めようとする帝に、神事を行う者のない朝廷ではたたりや天変地異が起こるのを誰も止められない、帝は一般の者とは違う、覚悟も持って欲しいと説得する行成の言葉に緊迫感があった。その決定をすべての公卿が賛成したことが、出家した后という定子の特殊性を誰もが認められないという貴族の合意を示していた。
    定子は妊娠中からかなり衰弱し、出産を前に死をも覚悟していたそうだ。立て続けの妊娠は、帝との仲睦まじさ(エッチ好き)よりむしろ、さらなる子の誕生により定子一家の権威を上げ皇統の安定させたいという帝の意志もあったそうだ。そこまでしての出産が、結果的に定子の死を招いたのだから、帝はさぞ辛かっただろう。同じ年に生まれた賢子と敦康親王、片や父母に慈しまれ大切に育てられたと子と、母を幼くして亡くしその後も決して安楽に過ごせなかった親王(唯一の皇太子になれなかった后をから生まれた親王)との対比に、胸が痛い。

  • @bs5143
    @bs5143 2 місяці тому +9

    まひろの愛の執念!?
    道長は高松殿(源明子の家)で胸の痛みを覚え意識を失う。
    夢を見ていた道長に まひろの「逝かないで」と云う声が聞こえてきた。まひろは、道長の左手親指の甲(合谷・こうこく)窪みのツボを両手でじっと押さえていた……。
    明子は、意識を取り戻した道長をその枕元で喜ぶ。
    道長は明子を左腕で抱き寄せるが、【その親指の甲には、まひろが付けたアザがくっきりと残っていた。】

    • @尚子脇坂-n2g
      @尚子脇坂-n2g 2 місяці тому +4

      だから道長は、手を見ていたんだね
      意味がわかりました✨
      まひろも、ある意味生き霊?

    • @sS000
      @sS000 2 місяці тому +2

      するどいですね。全然気が付かなかった。

  • @user-さわ
    @user-さわ 2 місяці тому +11

    行成くんは、後年、定子ちゃんの忘れ形見、敦明親王を東宮にたてたい一条天皇に対して敦成親王を東宮にすべしと訴えますよね
    初登場時は頼りなさげだった行成くんがどんどんデキる男に成長してますね

  • @Orangepeel-v1o
    @Orangepeel-v1o 2 місяці тому +8

    総理大臣と首相が同一人物をさすように、皇后と中宮も同じだったのに、「皇后」「中宮」をそれぞれ別にお妃の階級のひとつにしてしまった…と前に習いましたが…つくづく権力者の都合で都合よく変えちまうんだなあ😨って…。

  • @kenhisayosi
    @kenhisayosi 2 місяці тому +2

    今日も分かり易い解説ありがとうございます🤗道長さん少々強引に一帝二后を進めたけど定子さんも前代未聞だったので一帝二后が出来たんでしょうね😅

  • @杉本仁-u6b
    @杉本仁-u6b 2 місяці тому +3

    教えるのに熱心なまひろさん
    赤ちゃん相手に…胎教もかなりあったはず
    畑仕事の女の子に地面に文字を欠いて、あめ、つち…古今集の前文か
    どんな子にも笑顔で接するのが一番ですね

  • @sS000
    @sS000 2 місяці тому +4

    定子は中宮としての手当は朝廷から貰ってたのですね。出産のとき平生昌邸を間借りしてましたが、経済的な負担まではかけなかったということですか。

  • @人間まひろ
    @人間まひろ 2 місяці тому +9

    何人か似た様なコメントがありましたが、一条天皇のそれは愛ではなく執着の様な気がします
    正妻(逆かもしれませんが)が居ぬ間に片方を家に呼んでるイメージになってしまいました
    子作りがお仕事とは言え、何事も度を過ぎるのは宜しくないかと・・・・
    あと、行成くんにスタンディングオベーションの嵐を👏

    • @江國慶子-t5y
      @江國慶子-t5y 2 місяці тому

      この後定子が亡くなり、代用品の御匣殿も亡くなり、淋しい独り身の木石ならぬ男の身の一条帝は源氏物語に吊られて、彰子の局に。弱っちい一条帝の種でも頑丈な畑の彰子はちゃんと妊娠出産。ただ2人で打ち止め。一条帝にその気があればもう少し子供が出来たはず、かなり体調不良か彰子にはその気が起きなかったのではないかと思う。
      定子への執着とはえらい違いだ。

  • @雪男頸南の人
    @雪男頸南の人 2 місяці тому +11

    明子様もおるでぇ (*´ω`*)

  • @poin503
    @poin503 2 місяці тому +4

    ドラマでは定子ちゃんは清廉潔白な感じでしたが、倫子ちゃんからは帝を意のままに操ってるなんて言われてましたよね。
    入内前には母からは帝と仲良くするだけではダメなんて教えられてましたが、実際の定子はどんな風だったのでしょう?

  • @うさぎらら
    @うさぎらら 2 місяці тому +6

    なななんと見逃しました😨😨😨録画は毎週録画設定だったのに、何故か録画されて無い。・゜・(ノД`)・゜・。なぁぜなぁぜ❓ううっ(´;ω;`)土曜日まで耐えます❗

    • @user-gv2nb9ek3u
      @user-gv2nb9ek3u 2 місяці тому +6

      NHKプラスなら見逃したのは見られるよ

  • @沙樹-s1d
    @沙樹-s1d 2 місяці тому +9

    定子の亡き後に兄の伊周が「左大臣の〜」って泣いていたけど「いや、お前のせいやないかっ」って突っ込んでしまいましたけどこのあたりもきりゅうさんたちなら突っ込んでくれるのでしょうか…?

    • @pecoe3
      @pecoe3 2 місяці тому +3

      伊周のセリフに引いた人間はここにも居ますよ~。道長叔父さん、とんだとばっちり。

    • @パン大好き-s4i
      @パン大好き-s4i 2 місяці тому +3

      道長を恨むのはお門違いだと思いました。

    • @沙樹-s1d
      @沙樹-s1d 2 місяці тому +1

      @@パン大好き-s4i ですよねっ!?全部切っ掛けは自分達で悪化した原因も自分たちじゃないのって思いましたね。清少納言、平手打ち食らわせてやってよって思いました!

  • @makoto-kito
    @makoto-kito 2 місяці тому +4

    この時代穢れや占いが貴族の日常に溶け込んでいるけど本当に信じてそれに沿って行っていたのか、それとも世間体みたいなもので行わなければならなかったのかどちらなんだろう?と、ふと

  • @kumishobu2406
    @kumishobu2406 2 місяці тому +1

    一条天皇と定子の純愛は素敵とは思えないんですよね…。
    だって一条天皇が励みすぎたおかげで、定子さんは一年ごとにご懐妊され、その為に亡くなっちゃったんじゃないかと、どうしてもそう思っちゃいます。
    同じ女性として受け身しかできない定子さんの哀れに私はもやります…

  • @s58kk47
    @s58kk47 2 місяці тому +2

    出産は命がけというのはたしかにですが、今でも子宮回復のためには産後一年はあけた方が良いと言われるので、だからこそ、やはり身体への負担が大きかったのではと思います。そもそもプレッシャー、ストレスも相当あったと思いますし。焦らなければもっと長く一緒にいられたのかもしれないなぁ、と出産期間の短さから思ってしまいました。
    かたや、毎年妊娠出産してても丈夫な方もいらしたでしょうが。

  • @そんそん-s4o
    @そんそん-s4o 2 місяці тому +4

    前々回を見て彰子ちゃん一条天皇に惚れてるのかなと思ったが、なんか今回中宮に冊立された彰子ちゃんあまり嬉しそうじゃないのが気になりました。行成くんも大活躍でしたね、かっこよかったですよね。あとは倫子さんと明子さんのシーンは軽い修羅場でしたね。定子ちゃんの散るシーンは切なかったです。今回の話は結構きりゅうさんに語ってほしいシーンが多い回になったと思いました!

  • @中川真由美-v7z
    @中川真由美-v7z 2 місяці тому +4

    定子ちゃんは、何かと、出家した!と言われて、一帝ニ后まで成立してしまうのですが、定子ちゃんは、還俗することはできなかったのですか?

  • @アラサー女子-r8i
    @アラサー女子-r8i 2 місяці тому +3

    定子と清少納言の関係性が好きだから、、、😢
    次回の解説、ハンカチ用意します

  • @TheBath26
    @TheBath26 2 місяці тому +16

    授乳中は生理が来ないという話は有名ですが、授乳をしていなかったから、子供ができてしまったんですね。また後産がおりない場合、現在では手を突っ込んでかきだすなり、器具を使って書き出すなどしますよね。
    母乳さえ与えて居たら……

    • @user-ll7cy8pm8d
      @user-ll7cy8pm8d 2 місяці тому +4

      授乳中に妊娠した人たくさん知ってる。
      定子は授乳しなかったとしても、授乳してても排卵が完全に止まるわけじゃないです。

    • @TheBath26
      @TheBath26 2 місяці тому +2

      @@user-ll7cy8pm8d 勿論それは知ってます。年子ということもよくありますし、ただ、あれだけ弱っていたのであれば、排卵をしない場合もあったのではとおもったたけです。タラレバですけれどね。

  • @杉本仁-u6b
    @杉本仁-u6b 2 місяці тому +3

    詮子、明子、彰子、3人いると「あきこ…」と呼んだらややこしそうですね
    しかし、「まひろ…」と呼んだのを明子さんは聞き逃さなかったはず
    後々なんかありそう
    彰子さんの場違いで居心地の悪そうな表情がお気の毒でしたね
    直接文句を言えない女御達は陰口ばかり
    「サイテー、どの面下げて…」なんて平安時代も言ってたのでしょうか
    関西弁の2人なら「おのれら、やろうっちゅうんか、しばいたるから表に出んかい!!」とすごんでもよかったのに
    行成くん、子供のお遣いみたいでしたが、進言・説得で熱い語りが帝の心に届いたのでしょうね
    役職が人を成長させるということでしょうか
    道長・宣孝ライン
    倫子・明子ライン
    どちらも目が離せませんが、まひろさんが台風の目になるのでしょうね

  • @羽ウサギ-f7c
    @羽ウサギ-f7c 2 місяці тому +8

    出産は命がけ・・ほんとに。倫子ちゃんは、、すごかったのね。(安産で)。藤原家のDNAやっぱり庶民とは違うてことなのかな。

    • @kashimashi_rekishi_ch
      @kashimashi_rekishi_ch  2 місяці тому +6

      倫子、明子は源氏ですねw

    • @ユミコ-i9c
      @ユミコ-i9c 2 місяці тому +3

      あれだけの子を産んで、長生きするなんて、倫子さんすごい。

    • @ERJ-170_NKM
      @ERJ-170_NKM 2 місяці тому +6

      倫子→宇多源氏
      明子→醍醐源氏

  • @kk-uc4wt
    @kk-uc4wt 2 місяці тому +26

    道長が一帝ニ后に出来たのは、定子が出家して
    神事を行えないという納得の理由があったから
    貴族社会からの反発が少なかったんですね〜
    道長のただのゴリ押しだと思ってました😂

  • @user-vp7zp4fg8l
    @user-vp7zp4fg8l 2 місяці тому +10

    ここ数回の大河を拝見し、一条天皇の稚拙さを感じました。政への積極的な熱心さもまったくなく、彼自身からの訴えは母である女院様への恨み節とその寂しさゆへの定子愛のゴリ押しみたいな...定子様がお気の毒でした。これは史実上本当の出来事でしょうか、
    一条天皇は優れた天皇であったと理解していましたが、少々お株を下げられてしまったのではないでしょうか。

  • @user-65pok
    @user-65pok 2 місяці тому +2

    皇后も宮中の神事をするのですか?
    皇后が公式に公的な役目をせ担うのは明治以降のこと。「天皇皇后両陛下」ってお対で並び立つのは西欧の影響だと思ってました。
    后が公式行事に出るのは皇后だからではなく母后として。ミカドが幼いからおかあちゃんが抱っこして式次第をこなすイメージなのですが……。
    大原野神社の神事は藤原氏の私的なものだから、皇后の公的な仕事ではないと思ってました。ただ母后が藤原氏だから一条帝もしょうがないと思って行成くんのいう通りにしたのかな😮

  • @dreamyumika
    @dreamyumika 2 місяці тому +2

    一帝二后とは前代未聞の出来事なので立后の史料はどのような記載であったのか期待したが、
    先の藤原彰子を女御にする宣旨文同様、現存しない。
    通常、立后宣下は、宣命体で記載され、その文には藤原定子を中宮から皇后にする旨と
    藤原彰子を女御から中宮する旨が併記されているという未曽有の文章が考えられる。
    藤原実資の小右記。藤原行成の権記。藤原道長の御堂関白記に残念ながら記載されていない。

  • @rira807
    @rira807 2 місяці тому +9

    きりゅうさんに質問です。宣孝が道長に子供が出来たと報告した時、道長は自分の子と思ったのですか?それとも額面通り宣孝の子と思ったのですか?

    • @安ゆ
      @安ゆ 2 місяці тому +3

      教えてください。道長はもしかして!自分の子ども?と考えなかったの?

    • @rira807
      @rira807 2 місяці тому +3

      ですよね。彰子の入内や政治で頭が一杯だったのでしょうか?

    • @nekoshamamogi
      @nekoshamamogi 2 місяці тому +4

      どうでしょうね。道長さんは、ご自分も病になるくらいだし、彼女の最終月経も知らないし、頭がいっぱいだった説に一票

    • @ケンケン-g8g
      @ケンケン-g8g 2 місяці тому +1

      史実上は宣孝の子ですから~どうドラマで描くかは全くの自由ですね。出仕後の道長・紫式部の関係は無かったと100%は否定しきれないので、それに絡めると・・・愛憎劇としては今後楽しみです。宣孝さんが「つま」を寝取られた設定は現代に置き換えると、結構にヘビーなものがある・・・

    • @rira807
      @rira807 2 місяці тому

      @@ケンケン-g8g そうですよね。ドラマとして楽しむとして🤭

  • @savagebear2610
    @savagebear2610 2 місяці тому +6

    質問です。ひらがなは平安時代にできたそうですが、ではそれ以前の和歌はみな漢字で書かれたってことですか?けっこう当て字が多かったってこと?

    • @kashimashi_rekishi_ch
      @kashimashi_rekishi_ch  2 місяці тому +5

      万葉仮名ですかね

    • @真琴齋藤-x9l
      @真琴齋藤-x9l 2 місяці тому +3

      返信しようと思ったら、さすがきりゅうさん、早い😳

    • @sakuyako_sekigeisyuu55
      @sakuyako_sekigeisyuu55 2 місяці тому +7

      『万葉仮名』ドゾ
      ja.m.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%87%E8%91%89%E4%BB%AE%E5%90%8D
      『古代の日本で日本語を表記するために漢字(真名)の音を借用(仮借)して用いられた文字である。片仮名や平仮名の誕生前の日本において、漢字のみで日本語を記述するために用いられ[1]、『萬葉集』(万葉集)での表記に代表されるため万葉仮名と呼ばれる。』

    • @savagebear2610
      @savagebear2610 2 місяці тому

      みなさん、ありがとうございます!

    • @savagebear2610
      @savagebear2610 2 місяці тому

      @@kashimashi_rekishi_ch ありがとうございます。和歌はひらがなのほうが風流ですね。

  • @熊澤典子-h2v
    @熊澤典子-h2v 2 місяці тому +2

    こんにちは(*゚ー゚)v😊

  • @とらねこ-v3h
    @とらねこ-v3h 2 місяці тому +3

    出家、どれだけ悪手なんだよ・・・。

  • @yngkz23
    @yngkz23 2 місяці тому +1

    脚本の大石さんは素晴らしいと思うんですけど、「あきこ」さん多すぎ問題は何とかしてほしかったです。
    「あきらけいこ」「あきらこ」「あきこ」とかに呼び方をわけたらもう少しわかりやすかったのになぁって。
    時代考証の先生からストップがかかったのでしょうか。

  • @lilicg1722
    @lilicg1722 2 місяці тому

    大床子には、何座りをするんでしょう?

  • @sawako9852
    @sawako9852 2 місяці тому +2

    第3子出産後、後産が下りなかったらしい

  • @ケンケン-g8g
    @ケンケン-g8g 2 місяці тому +8

    「同じ食べ物を食べることによって、主従の結び付きを・・・」=【同じ釜の飯を食う】も通じますね😄
    以前のきりゅうサンの解説にあったように~一条帝が定子さんが大好きなのは当然として、円融帝の血筋の子を為してくれる確率が一番高い定子さんに期待したのは理解できるのですが⇒「出家」した定子さんには「后」の資格なしのロジックから、公卿たちが眉をひそめているわけですが⇒一条帝と定子さんの逢瀬を結局許してしまっているグダグダ構図はどう理解したら良いのでしょうか❓天皇に強くは言えず、道長の「嫌がらせ」行為がせいぜい❓または虐めすぎても「祟られる」のが怖いとか😅😂
    そうそう~この時代の乳母(めのと)はお子様にお乳も与えていたのでしょうか❓実母もお乳が張るわけだから~本当は授乳させた方が健康面でも良くないですかね❓定子さん、「二子と三子の間隔が短い」=ラットさんに賛同です。定子さんに休息を与えて欲しかった❗

  • @sakata.5139
    @sakata.5139 2 місяці тому +11

    道長は重病になっていましたが、糖尿病とは関係あるのでしょうか?
    私は糖尿病を発病し、治療をしています。
    病院に置いてある糖尿病学会が発行する冊子の表紙には道長の肖像画がありました。
    道長は糖尿病の合併症で亡くなったとされます。
    酒をたらふく飲み 栄養過多 運動不足 権力闘争からのストレスからだとされます。
    道長は糖尿病の症状を記録された最初の日本人とされます。
    記録を見ると 道長は糖尿病の合併症に苦しめられ、怯え、平安時代最大の権力者でもこのような最後を迎えるのかと思う最後を迎えています。
    もし可能なら道長と糖尿病についての動画をお願いしたいです。
    現代でも糖尿病を放置して悲惨な状況を招く人がいます。
    それの警鐘になれば良いなと思います。

  • @yuko.s_ivy.k.m-maria
    @yuko.s_ivy.k.m-maria 2 місяці тому +1

    彰子ちゃんの表情がどうしても理解し難くて あんなに無で居られるもんなんですかね🙄

    • @user-65pok
      @user-65pok 2 місяці тому +1

      分からないことばっかりだからじゃないかな?と思ってます。私はこう思うけど、周りは全然違う方へ動いていくなぁ、不思議だなあ、こわいなあ、みたいな感じ。

  • @葉月ナレーター
    @葉月ナレーター 2 місяці тому

    個人的にかたい子ちゃんを道長さまとの子供設定だったり
    しょうしをあきこ呼びにしたりとかなり、納得がいかないので見る気が無かったので
    きりゅうさんの解説は有難いです。

  • @sawako9852
    @sawako9852 2 місяці тому +2

    神事をはたしていない定子にお手当を払うのはおかしい

  • @taka586
    @taka586 2 місяці тому +1

    帝も定子も、何だかなぁ😮‍💨非常識過ぎてどん引き❗まひろと道長も「それはあり得ないでしょ😵‍💫」って展開が多いし…時代劇と思うと違和感しかない😮‍💨割り切らねば…

    • @江國慶子-t5y
      @江國慶子-t5y 2 місяці тому +1

      一条帝と定子の恋愛ドラマは若者の
      純愛物語、まひろ&道長は大石静が
      どうしても大人の恋物語を描きたかったんだろ。
      やっぱ、まひろvs倫子vs明子女王vsついでに和泉式部
      という争いにしたい。明子女王と倫子はもしかしたら見苦しい諍いをするかな?まひろは
      結構鈍感で、今何が起きてと!?、?が続いていたも。

    • @江國慶子-t5y
      @江國慶子-t5y 2 місяці тому

      だからあんぽんたんの一条帝と不細工彰子との恋愛ドラマなんか見たくもない!
      是非まひろvs倫子vs明子女王vs和泉式部のおばさん対決が見たい。かなり見苦しいだろうが、こちらのほうが面白い。

  • @江國慶子-t5y
    @江國慶子-t5y 2 місяці тому

    一条帝としては第一に定子の地位を揺るぎないものにしたかった。中宮所生の敦康親王が時期皇太子決定のはずので、もち執着もある。他の天皇は知らないが、執着=一条天皇の愛情と言える。