日本人が知るべき八幡大神と心の炎

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  • Опубліковано 2 гру 2024

КОМЕНТАРІ • 25

  • @穂積新一-z1r
    @穂積新一-z1r 7 місяців тому +5

    私の家の近くに宇佐神宮があります
    奥宮の大元神社へは百回くらい参拝しました
    とても素晴らしい神社ですよ

  • @弘子石井
    @弘子石井 11 місяців тому +1

    有難うございます。人間の無知はかぎりがありません。私もその通りです。その無知の果てしない対抗エネルギーにもめげる事なくこの世の軌道修正を命を懸けて下さっているお姿、ご研究に私は毎回毎回新しく目覚めさせて頂いております。石井弘子ご報告まで。

  • @堀百夏
    @堀百夏 11 місяців тому +12

    神と名の付く天皇は日本の建国に力を入れていた、海外からの渡来人を受け入れた応神天皇が奉られた事から八幡神社が広がり、元々は神仏習合から始まっていたなど、今日のひかるさんは歴史の先生に見えました。原点に戻ると今まで見えなかった真実の日本の姿に出会えるのが嬉しい。感謝🙏

  • @世界の変化
    @世界の変化 5 місяців тому +1

    羽賀先生はいつもエネルギッシュですね⁉️
    ありがとうございます

  • @世界の変化
    @世界の変化 5 місяців тому +1

    尊い、話しでした。
    ありがとうございます。
    源氏に崇敬された神宮さま
    応神天皇に神功皇后、比売大神の三柱さま八幡大菩薩として、どっと広がった八幡太郎義家が崇敬した旗上げの神

  • @junkoflowers3814
    @junkoflowers3814 11 місяців тому +2

    いつも有難う御座います。🙏
    自身の産土神社が八幡宮なので、とても興味深く拝見させて頂きました。
    応神天皇は、渡来人を受け入れ渡来人から崇められたのですね。‼️八幡神社のルーツを学ばせて頂きまして、有難う御座います。🙏
    その後は神仏習合、八幡大菩薩となって、全国に広まったんですね。全国に四万社もある理由も良くわかりました。
    有難う御座いました。🙏

  • @onethirdful
    @onethirdful 11 місяців тому +1

    初詣楽しみにしています〜✨

  • @根岸明-v5v
    @根岸明-v5v 11 місяців тому +4

    皇室の系譜の説明、ありがとうございます。

  • @ellytamaru8023
    @ellytamaru8023 11 місяців тому +6

    遅くまでお仕事お疲れさまです!
    北極流の新春初詣参拝には毎年かなり行きましたが、
    石清水八幡宮からスタートしているので、やはり事始めの神社だけあって、
    気持もキリっとなるし、その参拝前にあるセミナーのお話が同じ神社であっても、
    全く一緒の話ではなく、天界、神々の世界の様相と移り変わりも教わり、
    そこから、その話がどんなふうに地上界との因果関係なり私たちのリアルな日常生活との
    関連性があるのか、なぜ今の時代の世情となっているのかなども紐解いた話もあったりと、
    初春からかなり有意義な神社参拝セミナーを受けることができました。
    今年は上賀茂神社もありますね。時代だなあって思いました。全社お参りすると、だいたい決まって2月から絶好調。全社の神様の波動と氣をもらいますよね。スゴイことになるからなぁ🍊🌷

  • @jun6185
    @jun6185 11 місяців тому +6

    貴方の心に火を灯す❤️‍🔥
    開運初詣セミナー⛩
    志を立ててお参りします🙏
    ありがとうございます😃

  • @東郷メイ
    @東郷メイ 11 місяців тому +3

    もう、神を理由、平和を理由に『生命』を散らしたくないですね。
    神様は宇宙人で、今のこの世の中を納める為に姿を表さないかなぁ。
    よく、大自然にいくと、小さな人間を感じて、スッキリするみたいに…。
    こちらの配信を見ていると何かを伝えたくているのかなと感じました。
    力強い話し方に意思を感じています

  • @9238696able
    @9238696able 11 місяців тому +3

    日本武尊は司令官の様な役職名で数名いた。武内宿禰(も役職名)がその内の1人とむっちゃん先生が仰っていましたね。武内宿禰から天皇に選ばれた時もあった様です。更に土御門兼嗣先生が日本武尊に倒されたクマソが秦氏で、2000年くらい前の話だと仰ってましたね。衝撃でした。と、なると景行天皇に景の字が使われているのも、応神天皇の産まれも……と妄想が捗ります

  • @user-pq6pn8bw2p
    @user-pq6pn8bw2p 11 місяців тому +6

    神功皇后は朝鮮出兵中に出産されたのではなく、勝利して帰国後すぐに、福岡の宇美神宮で出産されたと伝承があり、また、下関の安岡という地で出産されたの伝承もあり、いずれにしても、妊娠したまま出兵し、帰国後出産との説が有力だと思います。

  • @りん-g3x
    @りん-g3x 11 місяців тому +1

    石清水八幡宮、きれいなところですよね。
    神功皇后、応神天皇といえば、yoshi sun TV というチャンネルの考察が面白かったですー。

  • @am-ss6jf
    @am-ss6jf 11 місяців тому +1

    応神天皇の古墳は天王寺から近鉄で20分の古市駅にあります。譽田八幡宮がそばにあり源頼朝がお神輿を寄進しているほか
    頼朝の母は、頼朝を授かる前に、源氏の棟梁を授かりたいと願って、譽田八幡宮に行く用にお告げがあったと言われています。

  • @自警団
    @自警団 11 місяців тому +5

    長野県にある安布知神社は「新羅明神」江戸期には「よさか八幡」とも呼ばれていた様です。
    なぜ新羅なのか、なぜ江戸期のみ八幡なのか不思議です?

  • @am-ss6jf
    @am-ss6jf 11 місяців тому +3

    出兵した理由はご神託があったからですね。朝鮮出兵に反対し神のお告げを無視した仲哀天皇は直後に亡くなり、神功皇后が再度ご神託をきいて出兵する事になりました。
    ご神託を聞いた時の審神者は明治時代にお札になった武内宿禰です。それほど日本人は知っていたという事ですね。神功皇后も武内宿禰もお札になるほどの人だった。
    戦後のお札に書かれた人が文化人になったのはGHQの意向なんでしょうね。

  • @うさけんちゅーば
    @うさけんちゅーば 2 місяці тому +1

    源平の合戦の時は 平氏も 八幡神の旗を立てて 戦ったみたいだね

  • @鈴木薫-c5p
    @鈴木薫-c5p 10 місяців тому

    神様の声が聞こえて来るようになってから、10年くらいになります。狐憑きだと言われそうですけど、前世で景行天皇だった時があると聞こえて来たことがあります。私だけではなく、何人も前世が景行天皇だった人はいるそうです。

  • @marfuku4984
    @marfuku4984 11 місяців тому +3

    今年もありがとうございました。縄文人も渡来人もまとめた方々という感じですかね。何故、朝鮮出兵する必要があったのですかね?
    その辺も知りたいですけど…自分でも調べてみます😂

  • @kagematuri066
    @kagematuri066 11 місяців тому +2

    話の内容は素晴らしいですが、最近は少し力み過ぎて聞きずらいです。

  • @iriyaanko4783
    @iriyaanko4783 11 місяців тому +2

    わかりやすい正史のご解説ありがとうございます。ただ八幡という名称が謎のままです。秦氏は関わっていないようです。カラシマ氏が八岐大蛇を祀る一族の末裔で八岐(yamata)が八幡(yabata)になったという解釈はどうでしょうか。八岐大蛇の一族は海外から来たナーガ神を祀る一族との説があります。八幡(八岐)大神は蛇神様なので隠されますがでおおきなご利益が期待できます。

  • @TECHNOPOLItarou
    @TECHNOPOLItarou 11 місяців тому +2

    渡来系だった?
    漢字からヤハンを連想してしまう。