聖書はLGBTQについて何と語っているのか?|ジャン ドウゲン 牧師

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  • Опубліковано 8 лис 2024

КОМЕНТАРІ • 14

  • @Josefina_Fumie_Syrja-Sano
    @Josefina_Fumie_Syrja-Sano Рік тому +6

    アーメン!なんて日本語がお上手なんでしょう💖
    例えが豊富で本当にわかりやすいです!

    • @takajcp
      @takajcp Рік тому +1

      その牧師さんの例え話はとてもわかりやすいんでしょうけど、性に関するナッシュビル声明及びNBUSは、LGBTQの兄弟姉妹を差別・排斥するだけでなく、性に関するナッシュビル声明及びNBUSに従うシスジェンダーかつ異性愛者とLGBTQの兄弟姉妹に癒やしがたい傷を招いてしまいますよ。キリストの体(Corpus Christi)によくわからない亀裂と傷をもたらすだけです。よくわかっておられないからでしょうが、そのような牧師を褒めるのはやめてもらたいです。

    • @Josefina_Fumie_Syrja-Sano
      @Josefina_Fumie_Syrja-Sano Рік тому +7

      @@takajcp
      細川さん、様々なところにいらっしゃいますね😆
      どんな傷もイエスキリストが治します
      当たり前ですが、傷付けるつもりも間違ったことを言っているつもりもありません。心から同意しています。御霊に導かれるままに、聖書をそのまま受け入れようとしています。
      細川さんのことを様々な動画でよくお見かけしますので、私とあなたは似た情報を得ていると思います。私は聖書に対して自分で解釈しません。決して妥協しません。あなたも同じように思っているでしょう。
      それでもこのように意見が違います。
      これはもう、それぞれの決断です。それぞれの信仰です。
      あなたも私も、主を求め、御霊に従って生きているつもりでしょう。
      ですから、文面での、これ以上の個人同士の直接的な議論、攻撃は無用です。
      祈って、主にやってもらってください。
      私や他のたくさんのクリたちがあなたのような正しい聖書信仰を持てるよう、熱心に祈ってください。私もそうします。
      少なくともわたくしSano Jonaにはそうして頂けたら感謝です。
      私はまだ若く未熟で、非常に拙い文となってしまい、すみません。
      シャローム!祝福がありますように💖

    • @takajcp
      @takajcp Рік тому

      @@Josefina_Fumie_Syrja-Sano イエス・キリストを信じながら、LGBTQの兄弟姉妹を排斥・差別する性に関する関するナッシュビル声明及びNBUSに同意とはどういうことでしょうか?
      御霊に導かれるままに、聖書をそのまま受け入れようとしているとのことですが、聖書には奴隷制の容認と
      家父長制度的男尊女卑などがあるわけで、そのまま受け入れるわけにはいかない記述がございます。
      それぞれの信仰とのことですが、イエス様をキリストと信じていながら、どうしてLGBTQの兄弟姉妹を排斥・差別する言い分に同意し、意見が違うやそれぞれの信仰で誤魔化そうとするのですか?
      批判を攻撃だと解釈されるあなたに、どうして正しい聖書信仰を持てるように熱心に祈らないと
      いけないのでしょうか?あなたによれば、それぞれの信仰なのではありませんか?

  • @石の枕
    @石の枕 Рік тому +3

    日本人には契約、権利、人権という考え方は理解も受け入れることも難しいようです。
    なぜなら人と人との互いの関係は神によって成立したものではなく、自然という母胎における人であり民族、国、社会的共同体、企業、家族という共依存関係における人なのです。
    西欧社会においては人は神の創造とその関係におけるひとりの人、家族という
    独立した夫婦関係を基礎とした社会であると理解されています。
    そのような神を父とした関係を基礎とした社会は父性社会と言えるかもしれませんが、
    日本においては人は自然と一体であるという自然を母胎とする人と理解され、一人の人は自然を母として、母親の胎内における胎児的関係だと理解されているようです。
    ひとりの人は民族、国、社会、家族という母胎の中で生きているという
    理解ではないかと思います。
    自然は神の創造されたもので、神が良しとされた世界ですが、日本人は自然を母の胎のような豊かな自然の恵みとして理解し、自然の脅威には母なる自然に対する畏怖、怒り、
    呪いを感じるのが日本人の宗教心の本質であって、
    そこには人格的な父性的神を受け容れることに深い違和感があるようです。
    日本は世界中で特異な母性社会ですが、世界が広く認知される中で西欧国家による
    侵略、植民地支配、搾取などには父性の神信仰への恐れ、不信、怒り、
    脅威、疑い、不安を感じながら葛藤しているように思われます。
    ウッド先生にはその父性的神への強い信仰を感じますが、
    初めてドウゲン先生の話を聞きましたが、同じ信仰でありながら私にはやさしさを感じました。
    ありがとうございました!

  • @koniimu663
    @koniimu663 Рік тому +5

    素晴らしい心に響くお話し感謝します

  • @yotharvar417
    @yotharvar417 6 місяців тому +1

    素晴らしいお話、本当に有難うございました。とても感動致しました。内容自体が全て素直に心に入って来ました。私の信仰観や信じている内容に共鳴共感したからだと思います。ただ『カルト教団の特徴と仕組み』の動画には、全く違う雰囲気を感じました。入信するきっかけやホワイはクリスチャンになる場合も同じように思いますし、お話自体に本当のこともあれば間違いや誇張もあるような気がしました。キリスト教も当初はカルト扱いされましたし創価学会はフランスではカルト指定ではなかったでしょうか?いずれにしましてもそちらの動画は悲しくなりました。

  • @ケトラおすず
    @ケトラおすず 8 місяців тому +1

    とても分かりやすいお話しをありがとうございます。ずっとLGBTQ問題についてモヤモヤしてまして。否定肯定否定肯定??世の中の流れ?そんなことをいつも考えてばかりいました、
    しかし先生のお話しを拝聴して聖書、神様の言葉を信じるのが一番自分にとりしっくりきて気持ちが安らぐように感じました。ありがとうございます。

  • @watarukamimura3536
    @watarukamimura3536 Рік тому +4

    聖書は神の言葉であり絶対である事は疑いのないことであると思います。しかし毎日その事で悩み苦しんでいるLGBT 人達を神はどのように救いたまうのででょうか?これは「心の問題」そのものです。イエス様はどのように導き救いたまうのででょうか?

    • @pneuma_in_christ
      @pneuma_in_christ Рік тому +10

      聖書が語る罪であることを認め自分が罪人であることを認めるのであれば、謙遜にみ言葉の前でひれ伏すべきだと思います。
      罪に負けることはあるでしょうが、その度にキリストの十字架の贖いを称えるべきだと思います。罪は容認するのではなく、警戒し戦っていくべきです。

  • @ttmm1632
    @ttmm1632 Рік тому

    神さまのお名前を賛美します。今や日本人は子供どころか結婚したくても相手が見つからないのです。知り合いのゲイカップルは本人たちの精子をつかい代理母で子供を授かっています。heterosexualでも相手がいないのが日本の状況です。お祈りください。

  • @takajcp
    @takajcp Рік тому +5

    性に関するナッシュビル声明第一条には、「私たちは、神が作った結婚は、性的で、出産を伴い、生涯にわたる契約関係であり、一人の男と一人の女が夫と妻として一つになるものであること、またキリストとその花嫁である教会の間で結ばれた契約に基づく愛を象徴していることに同意する。
    私たちは、神が結婚を同性愛、一夫多妻、多夫多妻の関係となるように計画されたという考えを否定する。また、結婚が神の前で結ばれる契約ではなく、単なる人間の契約であるという考えも否定する。」とあるが、LGBTQの兄弟姉妹への差別だけでなく、不妊症の異性愛者やへの排斥・差別でもある。それに、イザヤ書54:1の主旨に反する言い分である。それに、第一サムエル記1章に登場するエルカナさんには、二人の妻がいたのに、一夫多妻を否定するとはどういうことか?二人の妻がいるエルカナさんと
    ハンナの間に出来たサムエルは、どうなるのか?

  • @takajcp
    @takajcp Рік тому +3

    エホバの証人の問題はわかるのに、NBUSの問題点がわからないのは、どうしてですか?
    イエス様は、聖典にあるからとして、差別を正当化するようなことをしたのでしょうか?
    イエス様が罪に定めた人がいたのでしょうか?