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顔も魅力的だけど、カラーにした時のかんざしや着物の配色豊かで豪華絢爛な感じが素敵
この頃なんてカラコンも無ければメイク道具だって今ほど普及してない、整形だって加工だってない時代。天然美人さんだ。
夢を壊して申し訳ないが、この時代既に写真を加工する技術はあります⋯。
鼻も明治時代に蝋を入れて高くする人いましたよ。松井須磨子で調べれば出てきます。
玉虫色の口紅が流行るくらい、メイクについてある種の洗練があったと思うけどなぁ
いやぁこれは角度と写りとメイクの問題ですよぉ美人じゃないにしても花魁まで上り詰めるその努力と才能はとてもとても真似できない
性病をもらわないとか運もありますよね。
メイクもあるけど、だいたいきれいな卵形の輪郭に、すっとした鼻、少し小さい口・・・を考えると美人ですよ。顎がえらはりまくりの、同じ150年ほど前の韓国人女性の白黒写真をカラー化したのあるけど、すっごい不細工でまじ「えええー」ってかんじです。雲泥の差がある。
花魁に失礼かと思われます。花魁って体を売るとかそうことだけではなく、書道、茶道、古典、和歌、囲碁、筆、三味線など全ての芸事に秀でていることが求められました。なのでそれらを含め上り詰めた人達なので尊敬しかないです。
花魁になるには容姿や床だけでないと聞きます。歌や踊りが上手で、お客様のお話についていける知識があり、文才などもかなりの高得点だったとか。
日本で初めてレコードが発売された頃、プロと言える歌手と言えば民謡歌手の他は芸者さんたちだった。彼女らの歌はyoutubeでも聴ける。興味ある人は『美ち奴』でググってみて。浅草の芸者さんだよ。日本の歌謡曲は民謡の他では芸者さんの歌からスタートしたんだよ。恋愛を歌った流行歌という意味では芸者さんの歌がルーツと言っても過言じゃないと思う。
@@shoteocha6557 なぜ芸者の話…?😂
@@pmtwj 要するに、花魁の話なのになぜ芸者の話かとかいうとろくさいツッコミしたつもり?芸者がこれくらいできたらトップレベルの花魁なら推して知るべしってことに気が付かないほど頭悪いのか?
身受けされた花魁は多くの場合、大店の女将とか大名や大身旗本の側室になっていたから知識と教養が無くては務まりませんよね。
武家の娘や豪商クラスの娘とかレベルじゃないと基礎教養もさる事ながらまず顔が違う ハイクラスと農民とじゃ顔付きと体つきが違っていたから
皆めちゃくちゃ美人だな配置が整ってて素材が綺麗だから今風の化粧をしたら皆現代でも美人なんだろうな。この上教養もあるんだからすごいよね。
綺麗
写真では美醜の判断はつかないよね。所作や表情で全く変わるもの。何よりも、抗えない人生を生き抜いた女性たちに思いを馳せます。
美醜だけで言うなら、写真で判断はつくけどね。その上でどれほどの+αがあったかだと思う。
綺麗とか美人とかという言葉よりも、『艶やか』という言葉がしっくりくるのではと思います😄
カリスマホストとかもめっちゃカッコいいかって言われると、うーん…って人も多いから、やっぱり知性だとかどれだけ顧客を喜ばせられるかとか、見た目だけでは埋められないものがあるってことなんでしょうね
はふは
声、仕草、表情、雰囲気、フェロモン・・・など、写真だけじゃわからない部分があるんだろうな。
100年前とは思えない着物や髪飾りが素晴らしい京都人ですが 今の技術では作れない染めと織物ばかりです
百年前の方が染色や工芸など高度の技術を持った人が多かったと聞きます。ただ、後世に伝えようとする努力がなかっただけ。
@@キキ-p6u そうなんですね残念な事です。。
@@Maru.01208dos_djp 僕も後世に受け継がれなかったことはとても残念に思います。
当時の美人の基準が現在と違うし、教養や所作、言葉使いが必要だったはず。余計な話ですが、昭和40年~50年頃まで雇い主がお金を払ってキャバレーのホステスにお茶やお花を習わせたそうです。今じゃ考えられない😅😅😅
どれも着物の柄がカッコ良くて素敵ですね
江戸の吉原と、京の島原が混在してますね?帯の結びで見分けがつきます。花魁は吉原のみの言い方です。
現代のクラブや風俗の高級店でも、若くてきれいな子はみんなすぐ飽きて客が付かなくなるが多少年齢が高く美人ではなくても、情が深く機転が利いて教養がある、頭の回転が速いと言う子は客が長く付く。つまり美貌以上に愛情深く、知性と教養に裏打ちされた気品が勝負所だったんじゃないかな。
大抵は、置き屋のおかみさんが小さい頃から見定めて(その条件に容姿が入っている)「花魁」に育てることと、やはり、買う側の人間も容姿がいいほうに目がいくという心理から、自然と「容姿が優れてた人」が「花魁」になるのでしょう。
顔がどうとか立場とかは置いといて、こんなに豪華に着飾るのってカッコいいなー😍
ところが、その豪華な衣装やかんざしはほぼ自腹だったので、借金はどんどんかさみ、年季明けるか、身受け(借金を肩代わりしてもらって、その人のお妾さんになる)されるかまでは借金がなくならないシステムだったため、やめたくてもやめられなかったらしいです。当時はコンドームなんてなかったから、身を売らずに芸を売るってとこまで出世しない限りは、性病や出産(まあ、妊娠に関してはおまじないレベルの堕胎法や薬もあったらしいですが)で亡くなる方も多かったようですよ。
@@深井瑞穂-s7c 「郭でタダなのは空気位だ」と日記に書き残した遊女もいたそうです。
@@深井瑞穂-s7c やっぱり大変でしたね😢
この動画を観ると、観音様とか弁天様とかの像は現代風に言えば美人の彫刻芸術だったんだなと思う。
観光用花魁道中はともかく昔のは美人不美人に限らず地毛でボリューミーに髪結ってカンザシこれでもかってほどに差せるのがそれだけでもう特別な存在
地毛かどうかは疑問が残る。髢(カモジ=昔のエクステ💦)みたいなの使ったかも知れん。
そう思う、ずっと結ってると結んだところとか簪などの重さも加わって禿げると読んだことがある、無論最初は地毛で皆結ってるとあの頃の人々
@@ニャンコ大好き-s3c 大銀杏、と呼ばれる部分は付け毛でしょうね。「ひょうご」と呼ばれる結いかたの変形ですが腰までの長さのある髪でもあのボリュームは出ません。土台の方にも「梳き毛」をたくさん入れてふわりとさせてあるのです。でないとかんざしが刺さりません。(UA-camで、日本髪の結い方を伝授しているチャンネルがあったので見たことがあるのでご参考までに)
花魁のあの髷を、全部地毛でするにはラッコ並みの毛量が必要ですよね。
そうでもない括りにされてる最初の2枚の人は美人だと思うなぁ。2枚目の人は特にめちゃくちゃ顔が整ってる。眉毛の流行りはあるだろうけど。整形もない時代にこんなに整った顔立ちすごい。2:00の写真は、花魁の周囲の人もやけに顔が整ってて、映画のワンシーンかなんかじゃないだろうか? 2:53の写真も現代だと思うなぁ
男性の方々は、どう思うかしらないけれど女性にとっては、苦しいく、悲しい時代だと思いますね。
今でも通用する人とそうでない人がいる。
なんというか……最初の方の方々の表情が、撮影時間の長さと装飾品の重さにがんばって耐えてますって感じに見える
今の美人と昔の美人の定義も違うと思いますよ。今は西欧の情報に侵されていて、二重のぱっちり、鼻が高い方が美人と言われますが、昔は違ったのでしょう。
若紫がいかに美しかったかがわかる!
近年もそうだけど、好まれる顔やスタイルって変化していくからね。自分は昭和後半〜平成がメインだけど、アイドル全盛期は聖子ちゃんに始まり、明菜ちゃん、ミポリン、、で、段々女優やモデルに移行していく流れ。等身大の鈴木保奈美、ちっちゃくて可愛いだったのがかっこいい系の山口智子、JJモデルと美形でスタイル重視に、、また変わるかもね☺️
女を買うとか買わないとか美人とかそうでないとか嫌だよこんな世界笑
そういう仕事がないと、性犯罪増えるゃないの?花魁は昔の貧しい女性の下克上でっせ。
社会の一部はそういう価値観で回ってる
需要と供給があるのも事実ですね
でも今の価値観と違う貧しい時代の日本の文化です、現代の視点で見ては本質を見誤ります。
現代の価値観ではそうだけど、そもそもこの女性達の家は一家心中するしかないくらい貧しい家とかだったらしいし選択肢が一家で死ぬか自分が遊女になるかだったんだよ
全員標準以上だけど写真写りと化粧レベルの問題だな
いやいや、現代のアイドルとかは基本的にみんな整形じゃん。天然物でこの見た目なら十分綺麗。AKBとかの卒アルググってみ。全員ブスだぞ?
歌舞伎に登場する吉原の花魁で一番好きな花魁ベスト3第一位歌舞伎十八番の内(助六由縁江戸桜)より三浦屋揚巻、白玉第二位(籠釣瓶花街酔醒)より兵庫屋八ッ橋、兵庫屋九重第三位(廓文章)通称吉田屋より夕霧、ここからは落語に登場する花魁紺屋高尾、仙台高尾
親に売られた娘たちだから金持ちに身請けされたごく一部を除いて、無事に年季明けしても金も帰る場所もなく、結局は夜鷹として通りで立ちんぼで食いつないでいくしかなかった悲惨な人達
😮あ😮😮
多くは20代で亡くなっている。
凄い映像見れて幸せ😃💕です🎉この映像は日本遺産です🎉
花魁の横にいる禿達…全員では無いかもしれないけどこんなに小さなうちに口減らしに出されたのかと思うと胸が痛い。
口減らしで売られた子供もいる一方で、身売り目的で産む家もありました。その反面堕胎された子供も多いです。こけし(子消し)がそれです。身売りするまで養えないと判断したのでしょう。昔は避妊等ありませんでしたので、貧しい農村の女性や遊女等もしていました。ほおずき市の発祥も堕胎と関係があるとか?と聞いたことがあります。どちらも胸が痛いですね。
遊女にも何段階かのランクがあって高位の遊女になれるのは禿から修行した人だけ。高位の遊女は客を選べるし個室を持ってるし(仕事部屋ではない完全なプライベートスベース)し身の回りの世話をする禿が何人も付く。大人になってから身を売るとなると非正規の岡場所で働くしかない。禿で入って能力が高そうな子はエリートとして投資してもらえるが見込みのなさそうな子は店にでれる年齢まで下働きとかでこき使われる。
遊郭に売られるだけでなく普通は奉公に出されましたよ?今じゃおじろくおばさが悲惨みたいに言ってる人が居てびっくりします。婚家の労働力として嫁に出すこともせずに生家で養って貰えるのですからとても幸せな事ですよ?
小さい時に親から引き離され、大人の欲望のためにコキ使われたと思うと....現在でも舞妓の仕込みは姉さんがお座敷から戻るまで寝れないのに、この時代の花街で子供らは酷い生活だったのかと。。😢
江戸時代の花魁とはちと意味が違いますね。当時は八芸に秀でていなければならず一晩500万円とも言われていて相当の人物でないと相手にされませんしたから。政治家と会話できるレベルの政治経済の知識も必要だったでしょう。因みに花魁道中とはこの八芸の修行の事。
ゴージャスですね大変なお仕事だったと思いますたまに 大工道具?みたいな かんざしを付けている方を見て ちょっと笑ってしまいました😊
思った事多くの写真に禿が写ってますが幼い彼女たちも売られてきた身でいずれは客を取らされたと思うと不憫です。紫の鉢巻をしてる人がいましたが演出でしょうか?「病鉢巻」ですよね。かんざしや笄が凄い、最終兵器彼女みたいや❗️戦前、新橋で芸者をしてた人によると花魁は曲輪言葉以外はたいてい東北弁だったそうです。美人ほど訛ってたそうです。てか、ありんす言葉がそれを誤魔化すための言葉だったんですね。
花魁の女性達は…美貌だけで無く、性格や頭脳…健康体の持ち主だったのでしょう…。精神的にも強かったんだろうなぁ。😂
面長で切れ長の目が美人とされていたんでしょうそのようなメイクを皆している気がします
geisya と書いてありますが、芸者と花魁は違いますよ。芸者は「芸は売っても身は売らない」が基本だそうです。実際は旦那というかスポンサーはつくらしいですけど。花魁は豪華な衣装ですが、ほとんどの人が悲しそう・・死んだ魚の目に見えます。今の言葉で言えば性的奴隷ですから、心が殺されているのでしょう。芸者さんの写真は本当にきれいな人が多いと思います。芸は売っても身は売らずはある程度本当なのでしょうね。
時代によって 美人の基準が違うから 何ともいえない
100年前なら今と変わらんよ。美少女コンテストもお目々くりくりの美少女が選ばれてる
やっぱり所作が美しいんだろうと思います。写真だけで判断はできないですね。
思ったより、かんざしがでかいひとがいて、びっくりしました。
結構、髷に対して大きい人いましたね何人か。
狭い額、瓜の実がたの輪郭、細い目、かぎ鼻、受け口がお江戸の美人だったから、まぁ・・。現代は上が丸くて下は尖ってる、猫みたいな顔が人気ですね。
ボルトのような金具級のかんざしが何本も刺してあって頭重そう😅
個人的な好みもあるけどキャバ嬢も、ん?って人がナンバー取ってたりしますよね。花魁は特に相性が良かったり、床上手だったりなんじゃないかな。
美人と云うより、その時代時代の顔ですね~顔だけじゃなく教養+知性かな?
昔の美人と今の美人では全然違うんだな、と思いました。日本人の民族的な美しさが垣間見れました。
たぶん実物はもっと綺麗なんだろな
容姿もそうだけどお客さんの心を掴むのが上手い極一部の遊女が花魁というお店の看板にされてたのかな?
写真がのこるだけあって、皆さんお美しいです。良いものを見せていただきました。😊禿ちゃんたちも可愛い
化粧が今風でないから分からないけど、花魁というのは、心根や教養も必要とされるんだよね。
花魁が玉石混交なのは、昔は行灯とか蝋燭しか照明もなくてそれも通常は1〜2灯だけで部屋はうす暗かったしそのうす暗さを補うために白粉で顔を真っ白に塗りたくったのが始まりだからな
それなりに美人ですよ私は思う批判的な人間もいるけど見る目を持っていると素晴らしい花魁です私は見えてきます
「花魁」と名乗れるのは美貌は勿論、教養や芸事に優れ頭の回転がよく機転が利かないと駄目だったようですから。美人度は現代の目線で見ると「?」って思うところもある人もいるかもしれませんが。
「そうでもなかった」組と「きれい」組に同一人物らしい同じ顔の方がいます。多分カラー技術の違いだけの様です。
中盤で白いリボンを巻いた貴婦人が、和風美人ですね。市松人形のようです。
画質が悪いだけで皆美人ですよ!
まぁ 確かに綺麗な方もいたけれど 今と美人の基準が違うしね 顔だけじゃ花魁にはなれないから知性と教養と夜の必殺技も優れてないと
凄い簪の数重そうだ、花魁ともなるとお偉い方々ややんごとない方の相手もするというので作法、お茶お花など手習いも習ったそうです、和歌なども詠んだと聴いたことあります
そうでもないからスタートって出てたから、覚悟して見始めたら、普通に美人でワロタwwww最初の人は若干面長ながらも目と唇が非常に魅力的で、これは美人のカテゴリに入るでしょう。2人目の人は凛とした魅力がありますし3人目は若干写真がぶれているようですが、綺麗な方です。4人目もセクシーな雰囲気があり、艶やかな派手さがあり、間違いなく美人カテゴリです。以下省略
3:45右の人の方が美人すぎる件
現代風だよね
皆さん、輪郭がたまごがたなんですね
年代や遊郭の場所によっても 髪型や簪、衣装の感じも異なるもの…だて兵庫(よく花魁のかつらで見るタイプ)になるのは、後期に近いし 。島原遊女と吉原遊女の違いも興味深いです。いずれにしても、美人の価値観も一律じゃないし、何より教養とやさしくなければ一流にはなれない、大変な仕事ですよね。
昔、魁傑(かいけつ)という力士がいた。最高位は大関で優勝2回、引退後は年寄・放駒として横綱大乃国などを育て、相撲協会の理事長を務めた。 その魁傑を「おいらん」と読んだヤツがいた😓😅😆
唇小さく見えるようにメイクしてるね昔はおちょぼ口が美人だったのか
容姿より知性と教養(と努力)が有ってこそ【お職】になれたんだと思うぞ💦てか、重そうな御着物(体力)➕高下駄(体幹)➕愛嬌(処世術)も必要だった筈だし、幼い内に売られて御職の両脇とかに立ってて可愛がられなきゃ登り詰められなかっただろうから、容姿は2の次だろ😥因みに初見(1回目に花魁に会う)時から床入はしなかったとか読んだ記憶が有る。床入は【馴染み(3回目以降)】だけの特権だったとか??(2回目は初見の御礼と称して花魁が呼び付けた←らしい。)
今でも遊廓があるのは京都の島原遊廓だけですね。吉原や横浜等の遊廓と違い、芸事を生業していたので廃業にならなかったのでは。確か太夫は5人、営業は輪違屋のはず。
ペンペン芸者ならいざ知らず。芸者はね「芸は売っても体は売らない」のです。件の花魁になるには三味線、鼓、箏、舞踊はもちろん短歌や俳句、華道、茶道、習字等の習い事を教えられる程度になるまで習得する必要があります。お客は御大尽なので政治経済にも明るくなければなりません。お客は自分で楽しむというより接待で使うような所なのです。十人並みの器量ならお客の教養に合わせ楽しめさせる事の出来る人です。現在なら銀座の高級クラブのNo1ホステスと言った方が解り易いですかね。
花魁は芸者ではなく遊女ですよ。花魁を芸者と混同しては芸者に失礼ではないでしょうか。
その言い方もそれはそれでかなり花魁に失礼な気がしますけどね
ずっと見てたら頭にタラバガニ乗っけてるみたいに見えてきた
美しい人もいるけど!志村けんと研ナオコのコントみたいな人もいますね~!😂
江戸後期から明治の写真、当時の空気感が伝わるようでワクワクします。最後の葛飾応為の浮世絵すき絵師の視線が暗闇から喧騒の明かりを遠くに望む感じが想像力をかきたてられる
島原のこったいはんのお写真こないにぎょうさん、、綺麗、、今は輪違屋さんだけになりましたね、、。花魁さん方もお綺麗アップありがとうございます。
この言い回しだと気付かない人が大多数かも。吉原の花魁と島原の太夫の違いをもっとよく勉強してください、ぐらいは言ってもよさそう😅
美人が多いですね!今の時代の水商売の人とは、違い知性や品とか、芸とか求められる時代だったんでしょうね、お客様もやっぱり今と違い、セレブみたいなお客様しか行けなかったんでしょうね!日本の美人って、やっぱりやまとなでしこって言われるように色白くて可愛いらしい人が多かったんですね😊今で言う吉原とかは、やっぱり高級店は面接厳しい、スタイルいい美人多いと聞きます!
日本人形のような美しさですね。
昔はそれほどコンドームを着けなかったから、毒梅や病淋やミラジ毛や疳下性軟を感染されて泣いた奴も多かっただろう。
だから高位の花魁は客とそう簡単には寝なかったようですなんなら生涯誰とも寝なかった花魁も居たそうで、そこがただの売春婦でな無い所以
カラーになると一気に親近感湧きますね‼︎
肩凝りすごかったろうな。
昔は公家・武士・農民・職人・商人限られた地域身分で婚姻関係があっていたわけでそれもあり花魁は落ちぶれた元公家・元武士・元豪商が多い傾向にあると聞いたことがある体系も華奢・色白・博学なら当然だし家柄が付けば超上級国民が挙って競うわ、今で言うなら銀座の超高級クラブホステスクラスでも゙厳しいだろう
百年前って意外と現代っぽい人多いね。女優さんが昔っぽい風景の場所で取ったっていっても違和感ない
頭が重そうで、首と肩に負担が…という目線でみてしまう😂
当時の美人の条件瓜実顔富士額通った鼻筋おちょぼ口なので、後半の現代でも美人で通る人たちだけじゃなく、写真の女性たちはだいたい美人かと。(おちょぼ口は化粧で作ってるとこあるけど)
美人写真一枚目の、右側の禿ちゃん!かっわいー!!❤
ほんまにあのサイズのかんざしなんか浮世絵は誇張かと思ってた、肩凝りそうやてか、割と最近の写真も混ざってるような…?
序盤に葵太夫さん紛れてへん…?w
頭のかんざしが阿弥陀如来の後光みたいですね✨✨髪結いさんが凄いのかな😊
こんなに髪飾りを豊富に使っている中でどうやって遊戯するんだろう
騎乗位や正常位(四角い枕に首を乗せて頭を浮かす)はともかく、口淫ができなさそうですね?
見た事無い凄い簪の花魁も居たんですね〜😳ヘラクレス大カブトムシも負ける😱
比較がカブトムシwww
この時代整形なんてないはずなのに、皆美しいなぁ…
古いはずなのにファッションセンスがかなり遠い未来に感じるんだけどwwww美しいと思う。
豪華絢爛…見た目よりも、この方達の心情は?とか年季明けした花魁はいたの?等々…思いながら観ました。
銀座ホステス・キーセン・〇〇夫人、ステータスが上がる⤴️と髪型が巨大化
時代によって美人の定義も違えば、個人の好みも違う。それにしても着物の豪華さや艶やかな髪飾りの力強さなど全体を特別な存在え仕上げる美意識の感性が時代を超えてもう響きます。
時代によって美人の定義も変わってるからなぁ。でも太夫は美人なだけではなれない。常識はもちろん芸事にも政治的にも教養が必要だったし。あとあの独特な言葉も操れないとダメだし。大変だったんだろうなぁ。投げ込み寺の話とか聞くともう言葉もない。
歯並びが美しいく、肌のキメが細かい色白だとか、あとはアソコの形や色なんかも関係したそうです。花魁になった人達はそもそもかむろの時から扱いが違うので目で見える物以外の魅力が沢山あったのでしょうね( ̄∀ ̄)
写真写りがすごいあると思うけどなあ
逆に美人じゃないのに花魁にまでなったって事は、物凄い技量の持ち主なのでは?
綺麗も必須ですが床上手もです得てして綺麗な花魁は自惚れてるから不細工な花魁は頑張って た🎉
花魁って結構見ることができたんですね!この時代の美人さんってこんな感じなんですね!
多くの人を連れて優雅にやってくる花魁道中、客から見たらそれはもう極楽にいるような気持ちだろうな…「花魁は可哀想だ」という声も聞かれますが、自分としては美しい着物を纏って所作や話し方も学んでおり、客に夢のような時間を見せられる花魁は一つの立派な仕事だと思っているので、それを可哀想の一言で済ませるのは花魁をして必死に生きていた女性達に失礼な気がします😢
昔は美人の基準が違うのかなぁ。ただ若紫さんて花魁はめちゃくちゃ美人ですね❤年期明ける寸前に刺されて亡くなったみたいで悲しい一生だったみたいですね😢年期明けたら好きな人と結婚する約束して幸せ掴むはずだったのに。悲しいですね。
容姿は花魁と認められるための一つの要素にすぎない。花魁は、学識、芸事、話術、礼儀作法など、あらゆることに秀でているスーパーエリート。容姿さえ良ければ無条件になれるというものではない。それにしても中国の京劇役者みたいな人も出てきた(1:24)けど、一体何?
前半と後半の花魁さんの差が分からない😂 完全に個人の好みの差なのかも😅
顔も魅力的だけど、カラーにした時の
かんざしや着物の配色豊かで豪華絢爛な感じが素敵
この頃なんてカラコンも無ければメイク道具だって今ほど普及してない、整形だって加工だってない時代。天然美人さんだ。
夢を壊して申し訳ないが、この時代既に写真を加工する技術はあります⋯。
鼻も明治時代に蝋を入れて高くする人いましたよ。松井須磨子で調べれば出てきます。
玉虫色の口紅が流行るくらい、メイクについてある種の洗練があったと思うけどなぁ
いやぁこれは角度と写りとメイクの問題ですよぉ
美人じゃないにしても花魁まで上り詰めるその努力と才能はとてもとても真似できない
性病をもらわないとか運もありますよね。
メイクもあるけど、だいたいきれいな卵形の輪郭に、すっとした鼻、少し小さい口・・・を考えると美人ですよ。
顎がえらはりまくりの、同じ150年ほど前の韓国人女性の白黒写真をカラー化したのあるけど、すっごい不細工でまじ「えええー」ってかんじです。雲泥の差がある。
花魁に失礼かと思われます。
花魁って体を売るとかそうことだけではなく、書道、茶道、古典、和歌、囲碁、筆、三味線など全ての芸事に秀でていることが求められました。なのでそれらを含め上り詰めた人達なので尊敬しかないです。
花魁になるには容姿や床だけでないと聞きます。
歌や踊りが上手で、お客様のお話についていける知識があり、文才などもかなりの高得点だったとか。
日本で初めてレコードが発売された頃、プロと言える歌手と言えば民謡歌手の他は芸者さんたちだった。彼女らの歌はyoutubeでも聴ける。興味ある人は『美ち奴』でググってみて。浅草の芸者さんだよ。
日本の歌謡曲は民謡の他では芸者さんの歌からスタートしたんだよ。恋愛を歌った流行歌という意味では芸者さんの歌がルーツと言っても過言じゃないと思う。
@@shoteocha6557 なぜ芸者の話…?😂
@@pmtwj 要するに、花魁の話なのになぜ芸者の話かとかいうとろくさいツッコミしたつもり?芸者がこれくらいできたらトップレベルの花魁なら推して知るべしってことに気が付かないほど頭悪いのか?
身受けされた花魁は多くの場合、大店の女将とか大名や大身旗本の側室になっていたから知識と教養が無くては務まりませんよね。
武家の娘や豪商クラスの娘とかレベルじゃないと基礎教養もさる事ながら
まず顔が違う ハイクラスと農民とじゃ顔付きと体つきが違っていたから
皆めちゃくちゃ美人だな
配置が整ってて素材が綺麗だから今風の化粧をしたら皆現代でも美人なんだろうな。
この上教養もあるんだからすごいよね。
綺麗
写真では美醜の判断はつかないよね。所作や表情で全く変わるもの。何よりも、抗えない人生を生き抜いた女性たちに思いを馳せます。
美醜だけで言うなら、写真で判断はつくけどね。
その上でどれほどの+αがあったかだと思う。
綺麗とか美人とかという言葉よりも、『艶やか』という言葉がしっくりくるのではと思います😄
カリスマホストとかもめっちゃカッコいいかって言われると、うーん…って人も多いから、やっぱり知性だとかどれだけ顧客を喜ばせられるかとか、見た目だけでは埋められないものがあるってことなんでしょうね
はふは
声、仕草、表情、雰囲気、フェロモン・・・など、写真だけじゃわからない部分があるんだろうな。
100年前とは思えない
着物や髪飾りが素晴らしい
京都人ですが
今の技術では作れない染めと織物ばかりです
百年前の方が染色や工芸など高度の技術を持った人が多かったと聞きます。ただ、後世に伝えようとする努力がなかっただけ。
@@キキ-p6u
そうなんですね
残念な事です。。
@@Maru.01208dos_djp 僕も後世に受け継がれなかったことはとても残念に思います。
当時の美人の基準が現在と違うし、教養や所作、言葉使いが必要だったはず。余計な話ですが、昭和40年~50年頃まで雇い主がお金を払ってキャバレーのホステスにお茶やお花を習わせたそうです。今じゃ考えられない😅😅😅
どれも着物の柄がカッコ良くて素敵ですね
江戸の吉原と、京の島原が混在してますね?
帯の結びで見分けがつきます。
花魁は吉原のみの言い方です。
現代のクラブや風俗の高級店でも、若くてきれいな子はみんなすぐ飽きて客が付かなくなるが
多少年齢が高く美人ではなくても、情が深く機転が利いて教養がある、頭の回転が速いと言う子は客が長く付く。
つまり美貌以上に愛情深く、知性と教養に裏打ちされた気品が勝負所だったんじゃないかな。
大抵は、置き屋のおかみさんが小さい頃から見定めて(その条件に容姿が入っている)「花魁」に育てることと、やはり、買う側の人間も容姿がいいほうに目がいくという心理から、自然と「容姿が優れてた人」が「花魁」になるのでしょう。
顔がどうとか立場とかは置いといて、
こんなに豪華に着飾るのってカッコいいなー😍
ところが、その豪華な衣装やかんざしはほぼ自腹だったので、借金はどんどんかさみ、年季明けるか、身受け(借金を肩代わりしてもらって、その人のお妾さんになる)されるかまでは借金がなくならないシステムだったため、やめたくてもやめられなかったらしいです。
当時はコンドームなんてなかったから、身を売らずに芸を売るってとこまで出世しない限りは、性病や出産(まあ、妊娠に関してはおまじないレベルの堕胎法や薬もあったらしいですが)で亡くなる方も多かったようですよ。
@@深井瑞穂-s7c 「郭でタダなのは空気位だ」と日記に書き残した遊女もいたそうです。
@@深井瑞穂-s7c やっぱり大変でしたね😢
この動画を観ると、観音様とか弁天様とかの像は現代風に言えば美人の彫刻芸術だったんだなと思う。
観光用花魁道中はともかく
昔のは美人不美人に限らず地毛でボリューミーに髪結って
カンザシこれでもかってほどに差せるのがそれだけでもう特別な存在
地毛かどうかは疑問が残る。髢(カモジ=昔のエクステ💦)みたいなの使ったかも知れん。
そう思う、ずっと結ってると結んだところとか簪などの重さも加わって禿げると読んだことがある、無論最初は地毛で皆結ってるとあの頃の人々
@@ニャンコ大好き-s3c
大銀杏、と呼ばれる部分は付け毛でしょうね。
「ひょうご」と呼ばれる結いかたの変形ですが腰までの
長さのある髪でもあのボリュームは出ません。土台の方にも
「梳き毛」をたくさん入れてふわりとさせてあるのです。
でないとかんざしが刺さりません。
(UA-camで、日本髪の結い方を伝授しているチャンネルがあったので
見たことがあるのでご参考までに)
花魁のあの髷を、全部地毛でするにはラッコ並みの毛量が必要ですよね。
そうでもない括りにされてる最初の2枚の人は美人だと思うなぁ。2枚目の人は特にめちゃくちゃ顔が整ってる。眉毛の流行りはあるだろうけど。整形もない時代にこんなに整った顔立ちすごい。2:00の写真は、花魁の周囲の人もやけに顔が整ってて、映画のワンシーンかなんかじゃないだろうか? 2:53の写真も現代だと思うなぁ
男性の方々は、どう思うかしらないけれど女性にとっては、苦しいく、悲しい時代だと思いますね。
今でも通用する人とそうでない人がいる。
なんというか……最初の方の方々の表情が、撮影時間の長さと装飾品の重さにがんばって耐えてますって感じに見える
今の美人と昔の美人の定義も違うと思いますよ。
今は西欧の情報に侵されていて、二重のぱっちり、鼻が高い方が美人と言われますが、昔は違ったのでしょう。
若紫がいかに美しかったかがわかる!
近年もそうだけど、好まれる顔やスタイルって変化していくからね。
自分は昭和後半〜平成がメインだけど、アイドル全盛期は聖子ちゃんに始まり、
明菜ちゃん、ミポリン、、で、段々女優やモデルに移行していく流れ。
等身大の鈴木保奈美、ちっちゃくて可愛いだったのがかっこいい系の山口智子、
JJモデルと美形でスタイル重視に、、また変わるかもね☺️
女を買うとか買わないとか美人とかそうでないとか嫌だよこんな世界笑
そういう仕事がないと、性犯罪増えるゃないの?花魁は昔の貧しい女性の下克上でっせ。
社会の一部はそういう価値観で回ってる
需要と供給があるのも事実ですね
でも今の価値観と違う貧しい時代の日本の文化です、現代の視点で見ては本質を見誤ります。
現代の価値観ではそうだけど、そもそもこの女性達の家は一家心中するしかないくらい貧しい家とかだったらしいし
選択肢が一家で死ぬか自分が遊女になるかだったんだよ
全員標準以上だけど写真写りと化粧レベルの問題だな
いやいや、現代のアイドルとかは基本的にみんな整形じゃん。天然物でこの見た目なら十分綺麗。AKBとかの卒アルググってみ。全員ブスだぞ?
歌舞伎に登場する吉原の花魁で一番好きな花魁ベスト3
第一位歌舞伎十八番の内(助六由縁江戸桜)より三浦屋揚巻、白玉
第二位(籠釣瓶花街酔醒)より兵庫屋八ッ橋、兵庫屋九重
第三位(廓文章)通称吉田屋より夕霧、
ここからは落語に登場する花魁
紺屋高尾、仙台高尾
親に売られた娘たちだから金持ちに身請けされたごく一部を除いて、無事に年季明けしても金も帰る場所もなく、結局は夜鷹として通りで立ちんぼで食いつないでいくしかなかった悲惨な人達
😮あ😮😮
多くは20代で亡くなっている。
凄い映像見れて幸せ😃💕です🎉この映像は日本遺産です🎉
花魁の横にいる禿達…全員では無いかもしれないけどこんなに小さなうちに口減らしに出されたのかと思うと胸が痛い。
口減らしで売られた子供もいる一方で、身売り目的で産む家もありました。
その反面堕胎された子供も多いです。こけし(子消し)がそれです。
身売りするまで養えないと判断したのでしょう。
昔は避妊等ありませんでしたので、貧しい農村の女性や遊女等もしていました。
ほおずき市の発祥も堕胎と関係があるとか?と聞いたことがあります。
どちらも胸が痛いですね。
遊女にも何段階かのランクがあって高位の遊女になれるのは禿から修行した人だけ。高位の遊女は客を選べるし個室を持ってるし(仕事部屋ではない完全なプライベートスベース)し身の回りの世話をする禿が何人も付く。
大人になってから身を売るとなると非正規の岡場所で働くしかない。
禿で入って能力が高そうな子はエリートとして投資してもらえるが見込みのなさそうな子は店にでれる年齢まで下働きとかでこき使われる。
遊郭に売られるだけでなく普通は奉公に出されましたよ?今じゃおじろくおばさが悲惨みたいに言ってる人が居てびっくりします。婚家の労働力として嫁に出すこともせずに生家で養って貰えるのですからとても幸せな事ですよ?
小さい時に親から引き離され、大人の欲望のためにコキ使われたと思うと....現在でも舞妓の仕込みは姉さんがお座敷から戻るまで寝れないのに、この時代の花街で子供らは酷い生活だったのかと。。😢
江戸時代の花魁とはちと意味が違いますね。
当時は八芸に秀でていなければならず一晩500万円とも言われていて相当の人物でないと相手にされませんしたから。
政治家と会話できるレベルの政治経済の知識も必要だったでしょう。
因みに花魁道中とはこの八芸の修行の事。
ゴージャスですね
大変なお仕事だったと思います
たまに 大工道具?みたいな かんざしを付けている方を見て ちょっと笑ってしまいました😊
思った事
多くの写真に禿が写ってますが幼い彼女たちも売られてきた身でいずれは客を取らされたと思うと不憫です。
紫の鉢巻をしてる人がいましたが演出でしょうか?「病鉢巻」ですよね。
かんざしや笄が凄い、最終兵器彼女みたいや❗️戦前、新橋で芸者をしてた人によると花魁は曲輪言葉以外はたいてい東北弁だったそうです。美人ほど訛ってたそうです。てか、ありんす言葉がそれを誤魔化すための言葉だったんですね。
花魁の女性達は…美貌だけで無く、性格や頭脳…健康体の持ち主だったのでしょう…。精神的にも強かったんだろうなぁ。😂
面長で切れ長の目が美人とされていたんでしょう
そのようなメイクを皆している気がします
geisya と書いてありますが、芸者と花魁は違いますよ。芸者は「芸は売っても身は売らない」
が基本だそうです。実際は旦那というかスポンサーはつくらしいですけど。
花魁は豪華な衣装ですが、ほとんどの人が悲しそう・・死んだ魚の目に見えます。
今の言葉で言えば性的奴隷ですから、心が殺されているのでしょう。
芸者さんの写真は本当にきれいな人が多いと思います。芸は売っても身は売らずは
ある程度本当なのでしょうね。
時代によって 美人の基準が違うから 何ともいえない
100年前なら今と変わらんよ。美少女コンテストもお目々くりくりの美少女が選ばれてる
やっぱり所作が美しいんだろうと思います。写真だけで判断はできないですね。
思ったより、かんざしがでかいひとがいて、びっくりしました。
結構、髷に対して大きい人いましたね何人か。
狭い額、瓜の実がたの輪郭、細い目、かぎ鼻、受け口がお江戸の美人だったから、まぁ・・。現代は上が丸くて下は尖ってる、猫みたいな顔が人気ですね。
ボルトのような金具級のかんざしが何本も刺してあって頭重そう😅
個人的な好みもあるけどキャバ嬢も、ん?って人がナンバー取ってたりしますよね。
花魁は特に相性が良かったり、床上手だったりなんじゃないかな。
美人と云うより、その時代時代の顔ですね~顔だけじゃなく教養+知性かな?
昔の美人と今の美人では全然違うんだな、と思いました。
日本人の民族的な美しさが垣間見れました。
たぶん実物はもっと綺麗なんだろな
容姿もそうだけどお客さんの心を掴むのが上手い極一部の遊女が花魁というお店の看板にされてたのかな?
写真がのこるだけあって、皆さんお美しいです。良いものを見せていただきました。😊
禿ちゃんたちも可愛い
化粧が今風でないから分からないけど、花魁というのは、心根や教養も必要とされるんだよね。
花魁が玉石混交なのは、昔は行灯とか蝋燭しか照明もなくてそれも通常は1〜2灯だけで部屋はうす暗かったし
そのうす暗さを補うために白粉で顔を真っ白に塗りたくったのが始まりだからな
それなりに美人ですよ私は思う批判的な人間もいるけど見る目を持っていると素晴らしい花魁です私は見えてきます
「花魁」と名乗れるのは美貌は勿論、教養や芸事に優れ頭の回転がよく機転が利かないと駄目だったようですから。美人度は現代の目線で見ると「?」って思うところもある人もいるかもしれませんが。
「そうでもなかった」組と「きれい」組に同一人物らしい同じ顔の方がいます。
多分カラー技術の違いだけの様です。
中盤で白いリボンを巻いた貴婦人が、和風美人ですね。
市松人形のようです。
画質が悪いだけで皆美人ですよ!
まぁ 確かに綺麗な方もいたけれど 今と美人の基準が違うしね 顔だけじゃ花魁にはなれないから知性と教養と夜の必殺技も優れてないと
凄い簪の数重そうだ、花魁ともなるとお偉い方々ややんごとない方の相手もするというので作法、お茶お花など手習いも習ったそうです、和歌なども詠んだと聴いたことあります
そうでもないからスタートって出てたから、覚悟して見始めたら、普通に美人でワロタwwww
最初の人は若干面長ながらも目と唇が非常に魅力的で、これは美人のカテゴリに入るでしょう。
2人目の人は凛とした魅力がありますし
3人目は若干写真がぶれているようですが、綺麗な方です。
4人目もセクシーな雰囲気があり、艶やかな派手さがあり、間違いなく美人カテゴリです。以下省略
3:45右の人の方が美人すぎる件
現代風だよね
皆さん、輪郭が
たまごがたなんですね
年代や遊郭の場所によっても 髪型や簪、衣装の感じも異なるもの…
だて兵庫(よく花魁のかつらで見るタイプ)になるのは、後期に近いし 。
島原遊女と吉原遊女の違いも興味深いです。いずれにしても、美人の価値観も一律じゃないし、何より教養とやさしくなければ一流にはなれない、大変な仕事ですよね。
昔、魁傑(かいけつ)という力士がいた。最高位は大関で優勝2回、引退後は年寄・放駒として横綱大乃国などを育て、相撲協会の理事長を務めた。
その魁傑を「おいらん」と読んだヤツがいた😓😅😆
唇小さく見えるようにメイクしてるね
昔はおちょぼ口が美人だったのか
容姿より知性と教養(と努力)が有ってこそ【お職】になれたんだと思うぞ💦てか、重そうな御着物(体力)➕高下駄(体幹)➕愛嬌(処世術)も必要だった筈だし、幼い内に売られて御職の両脇とかに立ってて可愛がられなきゃ登り詰められなかっただろうから、容姿は2の次だろ😥因みに初見(1回目に花魁に会う)時から床入はしなかったとか読んだ記憶が有る。床入は【馴染み(3回目以降)】だけの特権だったとか??(2回目は初見の御礼と称して花魁が呼び付けた←らしい。)
今でも遊廓があるのは京都の島原遊廓だけですね。
吉原や横浜等の遊廓と違い、芸事を生業していたので廃業にならなかったのでは。
確か太夫は5人、営業は輪違屋のはず。
ペンペン芸者ならいざ知らず。芸者はね「芸は売っても体は売らない」のです。
件の花魁になるには三味線、鼓、箏、舞踊はもちろん短歌や俳句、華道、茶道、習字等の習い事を教えられる程度になるまで習得する必要があります。お客は御大尽なので政治経済にも明るくなければなりません。お客は自分で楽しむというより接待で使うような所なのです。十人並みの器量ならお客の教養に合わせ楽しめさせる事の出来る人です。現在なら銀座の高級クラブのNo1ホステスと言った方が解り易いですかね。
花魁は芸者ではなく遊女ですよ。
花魁を芸者と混同しては芸者に失礼ではないでしょうか。
その言い方もそれはそれでかなり花魁に失礼な気がしますけどね
ずっと見てたら
頭にタラバガニ乗っけてるみたいに見えてきた
美しい人もいるけど!志村けんと研ナオコのコントみたいな人もいますね~!😂
江戸後期から明治の写真、当時の空気感が伝わるようでワクワクします。
最後の葛飾応為の浮世絵すき
絵師の視線が暗闇から喧騒の明かりを遠くに望む感じが想像力をかきたてられる
島原のこったいはんのお写真こないにぎょうさん、、綺麗、、
今は輪違屋さんだけになりましたね、、。
花魁さん方もお綺麗
アップありがとうございます。
この言い回しだと気付かない人が大多数かも。吉原の花魁と島原の太夫の違いをもっとよく勉強してください、ぐらいは言ってもよさそう😅
美人が多いですね!今の時代の水商売の人とは、違い知性や品とか、芸とか求められる時代だったんでしょうね、お客様もやっぱり今と違い、セレブみたいなお客様しか行けなかったんでしょうね!日本の美人って、やっぱりやまとなでしこって言われるように色白くて可愛いらしい人が多かったんですね😊今で言う吉原とかは、やっぱり高級店は面接厳しい、スタイルいい美人多いと聞きます!
日本人形のような美しさですね。
昔はそれほどコンドームを着けなかったから、毒梅や病淋やミラジ毛や疳下性軟を感染されて泣いた奴も多かっただろう。
だから高位の花魁は客とそう簡単には寝なかったようです
なんなら生涯誰とも寝なかった花魁も居たそうで、そこがただの売春婦でな無い所以
カラーになると一気に親近感湧きますね‼︎
肩凝りすごかったろうな。
昔は公家・武士・農民・職人・商人限られた地域身分で婚姻関係があっていたわけでそれもあり花魁は落ちぶれた元公家・元武士・元豪商が多い傾向にあると聞いたことがある体系も華奢・色白・博学なら当然だし家柄が付けば超上級国民が挙って競うわ、今で言うなら銀座の超高級クラブホステスクラスでも゙厳しいだろう
百年前って意外と現代っぽい人多いね。女優さんが昔っぽい風景の場所で取ったっていっても違和感ない
頭が重そうで、首と肩に負担が…という目線でみてしまう😂
当時の美人の条件
瓜実顔
富士額
通った鼻筋
おちょぼ口
なので、後半の現代でも美人で通る人たちだけじゃなく、写真の女性たちはだいたい美人かと。(おちょぼ口は化粧で作ってるとこあるけど)
美人写真一枚目の、右側の禿ちゃん!かっわいー!!❤
ほんまにあのサイズのかんざしなんか
浮世絵は誇張かと思ってた、肩凝りそうや
てか、割と最近の写真も混ざってるような…?
序盤に葵太夫さん紛れてへん…?w
頭のかんざしが
阿弥陀如来の
後光みたいですね✨✨
髪結いさんが凄いのかな😊
こんなに髪飾りを豊富に使っている中でどうやって遊戯するんだろう
騎乗位や正常位(四角い枕に首を乗せて頭を浮かす)はともかく、口淫ができなさそうですね?
見た事無い凄い簪の花魁も居たんですね〜😳ヘラクレス大カブトムシも負ける😱
比較がカブトムシwww
この時代整形なんてないはずなのに、皆美しいなぁ…
古いはずなのにファッションセンスがかなり遠い未来に感じるんだけどwwww
美しいと思う。
豪華絢爛…
見た目よりも、この方達の
心情は?とか
年季明けした花魁はいたの?
等々…思いながら観ました。
銀座ホステス・キーセン・〇〇夫人、ステータスが上がる⤴️と髪型が巨大化
時代によって美人の定義も違えば、個人の好みも違う。
それにしても着物の豪華さや艶やかな髪飾りの力強さなど全体を特別な存在え仕上げる美意識の感性が時代を超えてもう響きます。
時代によって美人の定義も変わってるからなぁ。でも太夫は美人なだけではなれない。
常識はもちろん芸事にも政治的にも教養が必要だったし。あとあの独特な言葉も操れ
ないとダメだし。大変だったんだろうなぁ。投げ込み寺の話とか聞くともう言葉もない。
歯並びが美しいく、肌のキメが細かい色白だとか、あとはアソコの形や色なんかも関係したそうです。
花魁になった人達はそもそもかむろの時から扱いが違うので目で見える物以外の魅力が沢山あったのでしょうね( ̄∀ ̄)
写真写りがすごいあると思うけどなあ
逆に美人じゃないのに花魁にまでなったって事は、物凄い技量の持ち主なのでは?
綺麗も必須ですが
床上手もです
得てして綺麗な花魁は
自惚れてるから
不細工な花魁は頑張って た🎉
花魁って結構見ることができたんですね!この時代の美人さんってこんな感じなんですね!
多くの人を連れて優雅にやってくる花魁道中、客から見たらそれはもう極楽にいるような気持ちだろうな…
「花魁は可哀想だ」という声も聞かれますが、自分としては美しい着物を纏って所作や話し方も学んでおり、客に夢のような時間を見せられる花魁は一つの立派な仕事だと思っているので、それを可哀想の一言で済ませるのは花魁をして必死に生きていた女性達に失礼な気がします😢
昔は美人の基準が違うのかなぁ。
ただ若紫さんて花魁は
めちゃくちゃ美人ですね❤
年期明ける寸前に刺されて亡くなったみたいで
悲しい一生だったみたいですね😢
年期明けたら好きな人と結婚する約束して幸せ掴むはずだったのに。
悲しいですね。
容姿は花魁と認められるための一つの要素にすぎない。
花魁は、学識、芸事、話術、礼儀作法など、あらゆることに秀でているスーパーエリート。
容姿さえ良ければ無条件になれるというものではない。
それにしても中国の京劇役者みたいな人も出てきた(1:24)けど、一体何?
前半と後半の花魁さんの差が分からない😂 完全に個人の好みの差なのかも😅