近江画像博物館
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滋賀県 草津市 / 幻の 旧 栗太郡 常盤村八勝 発見!( 近江八景だけではない ) 明治~昭和初期 希少 絵葉書
Переглядів 55114 годин тому
日本各地で選定されている風景評価の八景。 江戸時代頃から現代に至るまで、各地で新たな切り口の〇〇景や〇〇勝が選定されてきました。しかし、紹介する「常盤村八勝」(ときわむら はっしょう) のように一つの村単位での選定は極めて珍しく知る人ぞ知るといった存在かもしれません。あまりに知名度が高い「近江八景」の陰に隠れて語られることすら無いのではないでしょうか。各風景に選定されている場所や建物・事象・事物 いわれ等は、すでに忘れ去られているのかも知れません。常盤村八勝について客観的に記載されている資料の存在も不明です。情報をお持ちの方 ご教授お願い致します。この絵葉書は 実際に一般流通したものなのか、それとも試作品( 非売品 )で終わったものなのか・・・希少な絵葉書です。
滋賀県 高島市 ( 旧高島郡 ) に「大正の広重」 吉田初三郎が残した足跡 (直筆エッセイ/ 手紙 礼状?) 白髭神社 琵琶湖 大鳥居 古文書 解読 鳥瞰図
Переглядів 5314 днів тому
日本一の鳥瞰図画家、吉田初三郎が、昭和初期に滋賀県旧高島郡 白髭神社を訪れた際に残した直筆エッセイです。2枚目「貴楼 御自慢の鮒寿司・・」の下りからは境内?にあった飲食店への礼状など手紙の下書きのようにも感じられます。昭和27年(1952)に「白ひげ食堂」が神社付近で営業を始めた記録が確認できますが、少しの時代のズレがあるようです。もし「鉄道省嘱託として・・」が過去を振り返っているのであれば「楼」には飲食店を指す意味もあることから、「白ひげ食堂」で鮒寿司を食べながら眺望を楽しんだと理解できます。この解釈が正しければ初三郎最晩年の直筆エッセイ(手紙)の一つという事になります。また「景勝ルンベン」とは初三郎が訪れたことのあるインドネシアの地を引き合いに出しているのでしょうか?いずれにしても想像の域を出ません。下書きのため署名や日付の記載はありませんが間違いなく初三郎の筆跡です。懐かしさを...
滋賀県 大津市 奇跡の琵琶湖 絶景 ( 2016年10月22日 オリオン座流星群の朝 ) サンライズ
Переглядів 46Місяць тому
琵琶湖全体を覆いつくすようにスモーキーピンクの朝焼が染めていく。 まるで地球外の惑星に居るかのような錯覚に言葉を失ってしまった。 もう二度と遭遇することはないだろう・・・
滋賀県 大津市 石山寺 古文書 を読み解き石碑の謎に迫る(石碑は実在した!)
Переглядів 874Місяць тому
石山寺にあるという石碑についての古文書を入手したことをきっかけに、天保時代に彫り込まれた文字から伝説にたどり着きました。小さくひっそりと立つ石碑に込められた故人への尊い思いが伝わってきます。数十年来 参拝に足を運んできた石山寺。これからも積み重ねてきた歴史を守っていってください・・・
滋賀県 大津市 大津祭 大正~昭和初期 曳山の姿 重要無形民俗文化財(絵葉書)
Переглядів 71Місяць тому
大津市にある天孫神社の例祭で行われる曳山行事で、曳山13基が曳き出され、町内を巡行します。初日の宵宮では、各町内の会所で宵宮飾りが披露され、付設した曳山上で囃子が奏し続けられます。 翌日は本祭で、各町内から出た13基の曳山がいったん神社に集結し、籤改めと称した巡行の順番を確認する儀式が行われ、次々と市街地へと出発していきます。巡行の途中では30か所ほどある所定の場所で、曳山ごとにからくり人形の操作や粽撒きなどが繰り返し行われます。そして夕方、終着点に到着すると個々に別れて各町内へと戻っていいます。(毎年10月に「山建て」「宵宮」「本祭」を迎えます) 伝統と祭礼への思いを継承されている全ての関係者の皆様に感謝 。
滋賀県 大津市 膳所 旧伊勢屋町 名物 <小林長角軒 おてつもち> 江戸時代の引札(古文書)
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江戸時代に「膳所名物 おてつもち」として繁盛した商店の引札です。商品等の広告チラシのルーツと言える木版の 貴重な資料ですが、明治時代には紙質や印刷技術が一気に向上し、今や多色摺りの美術的価値をそなえたコレクターズアイテムとなっています。
滋賀県 大津市 旅館・料亭 ( 明治 ~ 昭和初期の景観 老舗 絵葉書 )
Переглядів 561Місяць тому
古来より大津宿を訪れ通り過ぎる旅人。安らぎと思い出を与え続けてきた旅館・料亭は現在にも引き継がれている「おもてなし」のルーツの一つであることは間違いない事実です。残念ながら明治以降に道路・鉄道が整備され交通手段や宿泊施設に対する顧客ニーズが多様化し昔ながらの旅館・料亭の数は、昭和に入り急激に減ることになりました。築かれ継承されてきた伝統と文化・慣習は建物と共に画像等により、これからも伝えていきたいと思います。
明治・大正時代 滋賀県 老舗 商店 広告 ( 引札の世界 )
Переглядів 677Місяць тому
<引札 >:江戸時代から大正時代にかけて、商店・問屋・製造業・運送業などを営む事業者が宣伝のために作成した広告チラシのことです。日本らしい絵柄や色使い、ユニークなデザインは毛筆文字との相性も素晴らしく芸術品までに価値を高めています。ここで紹介するコレクションは滋賀県で営業されていた事業者の引札で、やはり近江商人発祥の地と言われる湖東周辺に多くが作成されていたように感じます。長年に渡り看板を守ってこられた店主・従業員など関係者の皆様に感謝と尊敬の気持ちを捧げます。
滋賀県 琵琶湖 遊覧船の歴史 ( 大正期〜昭和初期 絵葉書 観光 汽船 )
Переглядів 153Місяць тому
古来からの景勝地 琵琶湖遊覧のために多くの人々を乗せ、数々の思い出を作ってきた遊覧船。 明治2年(1869)蒸気船<一番丸>の就航から始まり戦後にかけて多くの遊覧船が活躍してきました。船舶名は数十種存在していたと思われます。これからも語り継いでいきたい滋賀の歴史の1ページです。
謎の神社 どこの神社でしょうか 大津市 石山?( 情報をお願いします ) スティルフリード
Переглядів 171Місяць тому
江戸時代末期頃に来日していた、現在のチェコ共和国出身の写真家スティルフリードが明治5年頃に関西各地を巡回撮影した際に撮られた1枚。場所は表記から滋賀県大津市石山にある神社の境内と考えられますが、現在の大津市内の寺社を可能な限り訪れてみましたが、このような景色を有する神社仏閣は存在していないようです。どうしても、どこにある神社かを知りたくてアップしました。情報をお持ちの方がおられましたら書き込みでも結構ですので、よろしく御教授ください。よろしくお願いいたします。(この写真は私のコレションの1枚です)
夜明けの 龍王宮秀郷社 ( 滋賀県 大津市 瀬田 俵藤太 龍神 跋難陀 )
Переглядів 1012 місяці тому
竜宮の乙姫と藤原秀郷公(俵藤太)を祀る神社として百足退治伝説と共に知られ、多くの方が参拝に訪れています。日が落ちてから参道・境内にかけての石灯籠や提灯に明かりが灯っている事を知る人は少ないと思います。特に薄暗い明け方の群青色に染まる空を背景に、鳥居から拝殿にかけての景色と澄み切った空気感は、まさに神宿るオーラを発散しているかのようです。 癒しの朝に出会えました。(宮司さんの許可を得て撮影しました) Ryujin & Tawara Touta Shrine ( Seta Otsu-city SHIGA JAPAN )

КОМЕНТАРІ

  • @miniroad
    @miniroad 6 днів тому

    なにもかも、みな、懐かしい。

    • @jazzykanagawa
      @jazzykanagawa 6 днів тому

      ありがとうございます。私は幼い頃に安羅神社で遊んだ記憶があります。

  • @sanjiya916
    @sanjiya916 Місяць тому

    貴重なものを公開いただきましてありがとうございます。

    • @jazzykanagawa
      @jazzykanagawa Місяць тому

      長年コレクションしてきましたが、保管してるだけではなく時代の事実を伝えていきたいと考えました。ありがとうございます。

  • @topizm
    @topizm Місяць тому

    意外と平仮名がほとんど使われてないんですね 漢字ばかりでカタカナ少々、屋号に平仮名みたいな それにしてもどれも書体が達筆で美しい

    • @jazzykanagawa
      @jazzykanagawa Місяць тому

      おそらく、書体も訴求ポイントの一つでオーダー時チョイス出来るようになっていたのだと思いますが、まだ時代的に筆文字体が人気だったようですね。